神さまばっかの世紀末な世界に、俺が望むこと   作:赤サク冷奴

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旧劇は見た事ないです(キリッ)


Nana/まごころを、君に

 

「……はぁ」

 

 部屋で一人、ベッドに寝転がりながら、もう何度目かも分からない溜息を吐いたハルオミは、ほんの十数時間前に起きた出来事を回顧していた。

 

 帰投準備中に報された、希少種の襲撃とシアンの窮地。

 駆け付けた時には、黒いカリギュラに磔にされ、見るも無惨な姿で、死に体の彼女が。

 

 助けにやってきたハルオミ達を見ると、安心したような、でも苦笑いに近いような……会う度無表情を貼り付けている、仏頂面の彼女が今際に湛えた笑みは、表情にこそ現れていなかったが、ハルオミには、いつも他人を気遣う姿と同じに見えていた。

 

「……〝ごめんね〟じゃねぇっての。謝りたいのは、こっちの方だ……俺が誘ってなけりゃ、こうはなってなかったのかもな」

 

 シアンと出会ったあの日、あの時が思い返される。

 あの時見た、酷く深刻な表情……今思えば、あれは彼女が、亡くした誰かを偲んで、苦しんでいたのだ。似た様な顔を、ハルオミは数え切れないほど目にしてきて、またハルオミ自身もそうなってきた。

 

 そんな訳アリな雰囲気に、ハルオミはつい話しかけてしまった。

 それが、全ての始まり。

 

 瞼を閉じれば、哀愁漂うシアンの姿や、ふとした時に見えた穏やかな雰囲気、普段のミステリアスで凛とした佇まいが浮かんできて……どの姿を取っても、彼の最愛を除いて、彼女はこれ以上にない程いい女だったと思ってしまう。

 

 だがそれも、まだシアンのほんの一面に過ぎない。

 

 笑ったり、泣いたり、怒ったりといった、様々な側面があって……それも、ハルオミは見てみたかったのだ。

 

「……しかも、美少女のアラガミときたもんだ。あー……クソ、会いてぇなぁ」

 

 ポケットをに手を突っ込んで、それを天井の照明で照らすと、キラキラと紫色が反射して光っている。

 シアンのコアの破片……つまり心臓の一部である。

 

(……死んだ奴にはもう会えないことぐらい、分かってるんだがなぁ。ここ最近で、随分弱くなっちまった)

 

 それなのにまた会いたいだなんて、言うだけ虚しくなるのを悟ったか、寝転がり、瞼を閉じたまま黙り込む。

 

 眠る、というにはあまりにハルオミの意識はハッキリしていて、空寝をしていると言える状態にあった。

 

 かつて彼の最愛の人が死んでしまった時も、ひと頻り涙を流した後で、こうやって寝転がり、眠るわけでもなく、瞼の裏に映る思い出に耽けて、ただ何もしなかった。

 無論、神機使いである以上親しい仲間の死というのは予期しない所で、しかし当たり前のようにやって来る。ほかの支部で、任務中に仲間が斃れた時も、悲しみに暮れながら、こうやって、毎回のように……

 

 一種のルーチンとも言えるかもしれない。心を慰め、区切りをつけ、それを背負う……彼にとって亡き友人との思い出に浸ることは、とても特別な事なのだ。

 

 別れへの悲しみを背負っていくと分かっているにも関わらず、彼が他の支部を転々として色々な人と繋がりを作っていこうとするのは、背負えるだけの広い器を持っているから。

 薄情とは全く違う。亡き友、亡き婚約者に、ちゃんと別れを告げられる人間が、ハルオミという人間なのだ。

 

 聖なる探索というのは、彼が繋がりを作る為に考え出したもの。

 まあ恐らく、彼の趣味も多分に含まれているだろうが──あの性格からして、誰かと繋がりを持つには最適だろう。

 

 極東での記念すべきものになるはずだった第一回の聖なる探索は、しかし最悪の結果になってしまった。

 

 あの任務の後、ヒロとは一度も顔を合わせておらず、年長者であるこちらが閉じこもってしまっている。自分よりも遥かに人の死を見慣れていない新人を放ったらかしにするのは、とても忍びなかった。

 

 ヒロの部屋でも訪ねるか……と、起き上がろうとしたその時、

 

「ん……」

「し、失礼しま〜す」

 

 驚いたことに、電子ロック付きの横開きドアがスーッと開かれて、誰かがさりげなく入り込んだのだ。咄嗟にとんだ異常事態だと認知したが、時既に遅く、ズカズカと自室を踏み入る侵入者がハルオミの近くまで来ていた。

 

(おいおい……人の部屋に勝手に入るなよ。いや、そもそもどうやってロック解除したんだ……?)

 

「……ってか、鍵空いてたから勝手に入って来ちゃったけど、果たして良かったのか……」

 

 まさかの、鍵の締め忘れが侵入の原因だった。

 内心で自身の肝心な時の不甲斐なさを呪いつつ、このタイミングで起きるのも気まずいので狸寝入りを決め込み耳をそばだてる。

 

「……叩き起こす?」

「いやいやいや……でもどうしようか。寝起きドッキリ大作戦、とかいけるか?」

「……その頃には私達が寝てる」

「だ、だよな……」

 

 聞こえてくる二人の声。一人は、聖なる探索に付き合う同胞の副隊長。そしてもう一人は……

 

「……でも、朝起きた瞬間を狙って、お化けだぞ〜……ってやるのは、面白そうではある」

「それ、本当にハルさんが幽霊出たって騒ぐから止めておこうな……」

 

 会話が全てハルオミに筒抜けとなっているとは知らずに、目の前でヒソヒソと囁き声で話している。

 

 それを聞いていて、ハルオミは猛烈に目を開けたくなったが、グッと堪えつつ、顛末を見守る……もとい盗み聞きする。

 

「……で、どうするの?」

「……やっぱ普通に起こした方が早いかなって」

「……じゃあ、叩き起こす、肩を揺らす、フライパンとお玉をかち合わせて起こすの内だと、どれがいい?」

「最後の選択肢がよく分からないけど……まあ、無難に肩でも揺らそうか」

「むぅ……つまらない」

「遊びじゃないんだから……」

 

 ブーたれたり、呆れたりと仲良さげな会話によれば、じきに起こしに掛かってくるだろう。

 

 寝息と見せかけた深呼吸をして、精神を研ぎ澄ませる。そして、ヒロの手が段々と迫り来る中で……そこだっ、とばかりに目をカァッと見開いた!

 

「とう──ッ!!」

「うわぁっ!?」

「っ!?」

 

 待ちに待った最高のタイミング、ハルオミは荒ぶる鷹の様相でガバッとベッドから跳ね起きると、目の前で起こそうとしていたヒロはひっくり返って地面に尻もちをついた。

 

「ハッハッハ! 俺を驚かせるなんて高等テク、簡単に出来ると思ったのか? 漢なら、もっとドシッと構えるんだ。……だが、ナイスリアクションだ、ヒロ」

「お、驚かさないで下さいよ……ってか、普通に元気そうじゃないですか」

「ま、ずっとベッドで寝っ転がってただけだしな。……それは良いとして、だ」

 

 ハルオミは視線を横に向けて、平然と……いや、まだ逆ドッキリの余韻が残ってるのか、ちょっと放心気味のその少女を見やる。

 

 服装は、見慣れた腰マント付きで、ハルオミからすれば子供が背伸びした様なクレイドルの隊服や、あの時着ていたゴスロリチックな黒いドレスではない。同じクレイドルのアリサが着ているのと全く同じ、下乳の見える隊服とミニのプリーツスカートだが、アリサと違って髪は銀どころか純白にまで色が無くて、アメジストの虹彩だった。

 胸囲もアリサに比べ僅かに大きいというのも、ハルオミにとって判断のファクターともなっていた。

 

 ひょいとベッドを降りると、ハルオミはさりげない仕草で少女に近付いて、自身の胸元へと引き入れた。

 

「……なあ、これは夢か?」

「……頬でも引っぱたく?」

「いや、女の子からのビンタは御免被りたいな。できれば、このままずっと夢にいたい」

「……でも残念、ここは絶望たっぷりの神様がいる世界。現実逃避も程々に」

「おっと、そりゃ手厳しい」

 

 おどけた様なやり取りに、ふふっと笑い合う。

 

「自分でも、かなり信じ難いんだぞ? こうやってお前を抱き締められるのはさ」

「……冗談。神様はなんでも有り。よって、私もなんでも有り」

 

 なんて不条理だ……そう思うと、心の裡での笑いが止まらない。

 

 どうやら、神様に常識や道理を求めていた自分が馬鹿だったようだ、とも思いつつ。

 

 強めに抱いている腕を彼女から離すと、紫水晶の瞳が見上げてくる。ハルオミは、それに笑い掛けた。

 

「何はともあれ……おかえり、シアン」

「ん。……ただいま」

 

 そんな当たり前の挨拶を、親しい友人といつものように交わせる事が、どんなに幸せな事だろうか。

 

「はぁ〜……マジか、くそっ……こんな経験、初めてだっつうの……」

 

 ハルオミが、顔に手を当てながら天を仰いだ。

 

 そこから吐き散らすように出た言葉は、まるで何かを堪えている様子で……

 

 シアンが心配して体を揺さぶろうと手を伸ばせば、ハルオミの頬から顎を伝い、ポタリと、手の甲に落ちた。嗚咽も僅かに聞こえてくる。

 

「……ハル、泣いてる?」

「女の前で、こんなみっともない姿は見せたくなかったんだがなぁ。……でも、考えてもみてくれ。死んだと思ってた奴が、何事も無かったみたいに生きてるんだぜ? ……これで泣かない奴はよっぽどの無愛想しか居ないわ、バカ野郎」

「ハルさん……」

 

 ヒロは知っていた。ハルオミが失くした人が、どんなに彼にとって大事な人だったかを。その悲しみが計り知れなかったからこそ、今の涙があるという事を。

 

「……なぁ、シアン」

「……ん?」

「……お前、本当に死んでたら、ハルさんは心に傷を負って、また復讐する可能性もあったんだからな」

 

 シアンが、眉をピクリと動かした後、少し瞼を開いてハッとした顔になる。

 

「……確かに、そうなったかも……」

「それに、不死性も完全じゃない(・・・・・・)って博士から聞いた。こんな、世界一死人の出る職業でもさ……お前が死んだ時、周りにどんな影響が出るか。ハルさんを見ても分かるだろ?」

「お、おいおい……人が泣いてるからって好き勝手言ってくれるなよ……俺の心は繊細なんだ。丁重に扱ってくれ」

「セクハラするのに繊細って何ですか……」

「……ふふふっ」

「し、シアンお前、さっきの言葉聞いてたか!? 死体蹴りで俺のライフはもうゼロよ!」

 

 シアンに釣られてか、ヒロも「プッ、あははっ!」と笑いを堪えきれなくなり、ハルオミもなぜだか可笑しくて、「クク、くはははっ!」と腹を抱えて馬鹿みたいに笑った。

 

 ……この後、隣の部屋の住人であるゴッドイーターが、あまりの煩さにハルオミの部屋まで押し掛けてきたのは、言うまでもないだろう。

 

 

 ◯ ✖️ △ ◆

sideシアン

 

 

 ハルさん、ヒロと一緒に馬鹿笑いしてたら、たまたま隣に部屋を構えていたらしい金の亡者カレルさんに怒られるという珍事が発生した翌日のこと。

 

「血の力の暴走……?」

「ラケル博士の見解によれば、ナナ君が本来持つ偏食因子の能力が、血の力によって増幅されてしまった……ということらしい。彼女は稀少なゴッドイーターチルドレンでもあるから、血の力とどういう関連性があるのか、気になる所だね」

 

 用事で訪れた支部長室で、用を済ませてさっさと帰ろうとしたが、なんか引き留められていた。

 

 丁度、昨日にナナの血の力が暴走するイベントがあったらしく、その会話に付き合わされている。レアケースなのにその辺りに精通してる人もいなくて、そこへ鴨が葱を背負ってきた俺が大抜擢。サカキ博士の貴重な考察やらを聞かされたり、ゴッドイーターチルドレンの性質の講義が始まったり、かれこれ一時間は話している。

 

 まあ、面白いからいいんだけどね!

 

「……それで、彼女は?」

「今は、偏食場が漏れ出ないよう、シオ君のいたラボの別室で安静にしてもらっている。彼女の力が働いても、恐らく影響は無いだろう」

 

 シオを匿っていたあの部屋は、バウアー──シックザール前支部長からシオの存在を秘匿する為に、特殊な偏食因子を用いて作られた部屋だ。アラガミが発する偏食場を探知されれば即アウトなので、ナナをあそこに隔離するにはベストだったりする。

 

「……会いに行ってもいい?」

「うん? いや、構わないが……随分と突然だね? てっきり、ヒロ君以外のブラッドの隊員には無関心だと思っていたよ」

「……単に、興味が湧いただけ。どうこうする気はない」

 

 俺とて、一人のGEファンだ。

 俺が極東に来たのはルフス・カリギュラ戦後であるからして、その後に続くストーリーの重大イベントの一端にも触れられないのは悲しいのだ。

 

 そんな内心の興奮を包み隠して、素っ気なく答えると踵を返した。

 

「……そろそろ、君の秘密の一つや二つくらい、話してくれると嬉しいんだけどね」

 

 ……なんでその話を今出してきたし。

 

 俺がシオの記憶をほぼ全て持っていることへの理由は説明した。日本語の能力も、その記憶によって補完されたものと考えられる。

 

 いや、まだバーストアーツの話もしてなかったか。しかし、これでは一つだけだ。

 もし、前世の記憶に勘づいているのなら、かなりマズイな。

 

 ゲームで、博士のことはある程度分かってきたつもりだが、こうも飄々として掴めない性格だと中々に厄介だ。

 サカキ博士最強説もあながち間違いじゃない。

 

 ふんと鼻を鳴らすと、最高の無理難題を叩きつけてやる。

 

「……乙女は秘密があるほど可愛いもの。知りたければ、自分で掴み取ればいい」

「そうかい。……じゃあ、私も好きにやらせてもらうよ」

 

 その時にゲンドウポーズからチラッと見えたニヤニヤ顔が少しウザかったが、いつもの事だ。

 

 支部長室を出て、慣れた足取りでエレベーターを経由し、ラボラトリへ。

 カードキーでロックを解除し、左の赤い扉のドアノブを捻ると、白い部屋が広がっている。様々な色のクレヨンで、壁には子供が描いたような絵がある。一際目立つのは、灰色の髪の似顔絵だ。他にも、無造作に置かれた本や、齧られたように一部が無くなっているベッドや冷蔵庫も見える。

 

 最後に、そこにはベッドにちょこんと座る、露出過多な猫耳っ子がいた。俺の姿を見て、暫し硬直した後、こてんと可愛らしく小首を傾げる。

 

「……ええっと〜、どちらさま?」

「……初めまして、私はシアン。ナナ、貴女と話に来た」

「お話し? いいよ! ちょうど暇でさー。博士から安静にしてろー、って言われたけど、ジッとしてるのって難しいんだよね……」

 

 お話しって……そんなお喋りみたいな感覚に言われるとは。

 そういう目的じゃないんだけどなぁ。

 

「あ、そういえば! シアンちゃんって、最近ヒロと一緒にいた気がする! 私とか、他のブラッドのみんなといた所は見たことないし、結構気になってたんだー。ねぇねぇ、何で仲良くなったの?」

 

 そう言って、ずいっと顔を近付けば、鼻先がくっつきそうな距離感になっていた。

 

 同性とはいえ、凄いグイグイ来る娘さんだ。多分異性にもこの調子だろうし、もう少し女の子としての貞操観念を持ってほしい。

 って、精神が男の俺が何言ってんだか……

 

 目の前に広がるナナの顔面を、頬を掴んで少し押しのけながら、ヒロとの関係について熟考する。

 

「……ん〜。ただの戦友……じゃない……だからって親友でもないけど、言動は腐れ縁っぽい……?」

 

 自分とヒロとの関係性なんて考えてもみなかったが、考えてみればみるほど、漠然としていて曖昧な関係に思える。

 

 ヒロは俺の事を嫌っているらしいし、でもその割によく話すし、ちょっとした諍いだって起こる。

 

 なんというのか……全くもって形容出来ない。

 

「でもそうだねー。ヒロは他人と喧嘩なんてしたがらないから、ある意味シアンちゃんと仲良くしてるのはとっても大事なことだと思うよ?」

「……喧嘩、したがらない?」

「うん。なんかねー、いつもはちょっと一歩引いてるのかな? でも、シアンちゃんと話してる時のヒロは生き生きしてるよ!」

 

 え、マジで? あんな適当そうなのに?

 ちょっと生意気そうに、『はいはい分かった、分かったよ』とか、『え? 何で俺が……? あれぐらいシアンがやってくれてもいいでしょ』とか言ってくるアレが? 嘘おっしゃい。

 

「……有り得ない。生意気な口叩かないヒロなんて、ヒロじゃない……」

「気になるなー。静かだけど、優しくてみんなの事考えてくれる頼れる副隊長! ってのが私のイメージだもん」

 

 羨ましいなー、と洩らすナナを傍目に、ヒロの豹変ぶりについて少し考えてみる。

 

 なぜ、俺を相手にする時だけあんな態度なのか。最もらしい理由は、俺を憎んでいるからだろう。

 

 前にエレベーターで聞いた話だと、家を出ていた間に、両親と妹をアラガミに喰われたと言っていた。

 

 マグノリア・コンパスでラケル先生に拾われて、偏食因子を適合試験を通過したのは、皮肉だが、彼にとっては正に天啓だっただろう……自分の幸せを奪った神へ復讐出来るのだから。

 

 そして、極東で出会ったのが、アラガミがヒトの形を取った、言わば人を模した神である俺だ。

 

 最初の態度や言動の通り、俺を認めようとはしなかった。

 そこで、俺が宿題としてヒロに提示したのは、サカキ博士の中でも有名な、『神が人となるか、人が神となるか』という言葉の意味について考えてみてほしいというもの。

 

 それに対して、ヒロは結論を出したのだろうか。まだ聞かされていないが、もしも忘れてたなどと宣った暁には、後でじっくりと血祭りに上げてやろうと思う。

 

 しかし、結論を出していなければ、つい先にあった黒き暴君襲撃事件でのヒロの行動の理由や、その他思い当たる節多数と結びつかないはずなので、自分の中でキチンと整理がついたという事なのだろう。

 

「シアンちゃんってさー」

「……?」

 

 得心がいったと思えば、ナナがジーッと見詰めてきて、唸り、一つ頷くと、

 

「大変だなーって、思う? アナグラのみんなは優しいけど、シアンちゃんには、ちょっと息苦しいんじゃないかなって、勝手に思っちゃったんだけど……」

 

 段々と尻すぼみになりながら、困ったような顔で訊いてきた。

 

 一瞬、何を言ってるのかと思ったが、言葉の文脈と、ある前提を組み込んで意訳すると、多分こうだ。

 

『人やゴッドイーターが沢山いる中で、アラガミのシアンちゃんが生きるのは、大変なんじゃない? 生きづらくないの?』

 

 ……だいぶ、俺の捻くれた思考が混じったが、恐らくはこうなるだろう。

 

 前提──それはつまり、俺がアラガミか、もしくは人ではない何かと気付いていること。

 そうでなければ……俺が人間であると思っている状態で、今の言葉を解釈するのはかなり無理がある。

 

 質問を質問で返すなぁーっ!! と某殺人鬼に怒られるのを覚悟で尋ねる。

 

「……いつから、私が人じゃないって気付いた?」

「入ってきた時からだねー。なんか、アラガミっぽい感じがしたし、初めての実地訓練?でも会ったから、それで分かったよ」

 

 ……ううむ、流石はゴッドイーターチルドレン。勘と記憶で正体を見破ったか。

 

 それはさて置き、質問に答えなくちゃあなぁ。

 

「……此処に居て、大変とも、息苦しいとも思ったことは無い。博士もリッカも、アリサもソーマも優しい。そうやって、理解してくれる人が居るだけで、私は幸せだから」

 

 ヒト型アラガミという存在を、受け容れてくれる人達がいる限り、大変だなんて思う訳が無い。

 

 まあ、GEのキャラが居るだけで俺は幸せだけどね!

 

 そんな下心満載の本心も混ざった返答に、ナナは無垢な瞳を向けて、にへらと表情を崩した。

 

「えへへ、良かった。シアンちゃんが幸せなら、私が言うことなんてなーんにも無いや」

 

 ……うぐっ、大人に向かってなんて純粋な目をしてくるんだ。

 

 アリサみたいな神々しいオーラは微塵も感じないが、キラキラと眩い少年少女のオーラは、ネット社会で穢れきった20歳の心をダイレクトに抉ってくる。

 

 話を逸らそうと、コホンも咳払い。

 

「……なら、ナナは、どうしてた──」

 

 

 ──ドゴォォォ……!!

 

 

「えっ……!」

 

 突然、部屋が横に激しく揺れる。何事かと身構えると、天井のスピーカーからノイズが聞こえてくる。

 

『外部居住区にアラガミが侵入! 討伐班およびブラッド隊が戻るまで、防衛班は第3防衛ラインまで後退してください!』

 

 ヒバリさんの声だった。アラガミの襲撃が外部居住区まで及ぶのは俺が来てからは一度もない。アナグラ内がここまで緊迫感に包まれるのは、初めての経験だった。

 

『聞こえるか、ナナ君! 無事かい?』

 

 再度ノイズが走ると、サカキ博士がスピーカーを使っているようだった。

 

「サカキ博士! これって、もしかして……私のせいじゃないんですか?」

『いや、それは明確に否定しておこう。老朽化していた第6外壁からの侵入だよ』

 

 何せ、この部屋はシオを匿うために、アナグラの偏食場レーダーに感知されないよう偏食場を遮断する素材で全面作られている。

 暴走もしていないのに、影響があるわけが無い。

 

『でも、ナナ君、君はそこで待機しておいてほしい。危険なので、くれぐれも戦場に出ないように』

「はい、わかりました……」

 

 サカキ博士の忠告を、俯きがちに、心ならずも肯定の言葉を捻り出した。

 声は、とても暗澹としている。本当に嫌々という様子だ。

 

『それじゃあ、また。後でそっちに行くよ。……ああ! それと、シアン君はいるかい?』

 

 おっと、俺に用……という事は、つまり。

 

「……ん、なに?」

『良かった。今は人手が足りなくてね、どうか出動して欲しい』

「……了解」

 

 案の定の出動要請だ。分かってはいたが。

 プツッとスピーカーが切れたと同時に、後ろを向いてドアを開けようとする。

 

「待って! 私も行かせて! ……お願いします!」

 

 すると背後から左手首を掴まれて、俺は歩みを止める。

 ナナは、とても必死に、泣きそうな顔で頭を下げていた。

 

「……博士の話、聞いてなかったの? 貴女は待機。それが命令」

 

 極めて淡々と、それが当たり前であると冷たく突き放して言い返す。

 

 俺の言葉を受けて上げられた顔は、驚愕と絶望で歪んでいた。普段のジト目を更に細めて睨むと、「ひぅっ」と竦み上がって、手を離して後ずさる。

 

「……いい子で留守番してて」

 

 でも俺は知っている。

 あのナナが、この程度で屈する訳が無いと。

 

「……私も、一緒に連れて行って! 極東のみんなを……ブラッドのみんなを、守りたい! みんなを、放っておけない! だからっ…………!」

 

 ──助けてよ、シアンちゃん……!

 

 体の向きはそのまま後ろを眇めると、ナナは手を真っ直ぐと差し出して、そう懇願を口にした……助けてほしい、と。

 

 

 ……それなら、仕方ないよね?

 

「……サカキ博士には、内緒だから」

「っ!? ありがとぉー!!」

「ぎゅむっ!?」

 

 む、胸がっ、布一枚隔てられただけの胸がっ……!!

 

 

 ◯ ✖️ △ ◆

 

 

 窒息死しかけた後、ラボラトリから上がって一階に来てから、俺とナナは二手に分かれた。

 俺は装甲車の確保。ナナは神機の確保だ。

 

 装甲車格納庫までやって来ると慌ただしい様子の整備班の人達が、やって来た俺を見てギョッとする。

 良くも悪くも、あのソーマの妹である。しかも、今のソーマほど愛想良くなく、常に無表情なのが災いしたのだろう。

 

「……あれ、使ってもいい?」

 

 帳簿を持って、取り仕切ってそうな班長らしき人に確認を取れば、妙に怯えた様子で「は、はいぃ!! し、少々お待ちを!」と走っていった。

 

「おいお前らァ! 手間取ってお嬢を待たせんじゃねぇぞ! ソーマ博士に首をもがれる前になァ!!」

「「「「!? うっす!!」」」」

 

 先程の班長らしき人からツッコミどころ満載の怒号が飛ぶと、キビキビした動きとチームワークで、目の前の装甲車の整備がされていく。

 

「お嬢、整備完了っす! いつでもどうぞ!」

 

 もう何やってんのか分からんスピードで分解と再構成が繰り広げられたと思えば、整備班の人が軍人の伝令のごとく敬礼しながら報告してくる。

 目配せで下がっていいと言えば、シュパッと腕を下げて「Yes,ma’am!」と行って走ってどっかに行ってしまった。……なんだこのやり取り。

 

 装甲車に乗り込むと、大量の計器類がズラリと並んでいる。飛行機ほどでは無さそうだが、今度乗る時はマニュアルを持ってこようと思った。

 極東だからか、右ハンドル仕様なのは有難い。

 

「あ、お〜い! 取ってきたよー!」

 

 ナナが神機保管庫から帰ってきた。神機を肩に担ぎながら小走りでやって来る。

 それに合わせ、装甲車のエンジンをポチッと掛ける。

 電気自動車って便利だなぁ……

 

『第一格納庫、ゲートが開きます』

 

 かなり分厚く作られたオーバードア式のゲートが開かれ始めた。

 

「よいしょっと……」

 

 神機を持って助手席に乗り込んだナナ。後部座席の方に神機を置くと、初めて乗ったのか、装甲車に不思議そうなご様子。

 

「これ、普通の車となんか違うねー」

「……操作性は変わらない、多分」

 

 完全にゲートが開くと、アクセルを踏んで飛び出した。

 

 ここから外部居住区のの対アラガミ装甲壁まで行くのにそう時間は掛からない。トンネルなどを経由し、颯爽と外界に飛び出せば、周りにいたオウガテイル十数体とコンゴウ3匹が、こちらに振り向いた。

 

「……数が多い。ナナ、操縦」

「シアンちゃんは!?」

「……ストーカー共にキツイお仕置きしてくる」

 

 ナナにアクセルとハンドルが渡ったのを確認すると、装甲車のドアを蹴って上に乗る。

 足に手を当てると、オラクル細胞の形質状態を確定させ、物質として生やす。

 

 イメージは、雪山とかを登る時に使うアイゼン。だが、それよりもガッチリと接地面と足を固定するように、杭として装甲車の上面に突き刺している。

 

 神機を生成……ヴァリアントサイズ、スナイパー、バックラーで固定化。

 

 さて、後は撃ち抜くだけだ。

 

 スナイパーの銃身によって体内オラクルから狙撃弾を生成し……ただ、狙い撃つ。

 

「ギャウッ」

 

 複数のオウガテイルの顔面に直撃し確殺。次。

 

「ゴォォォ……」

 

 コンゴウの顔面。活動停止。次……

 

 と思った所で車が急に横にドリフトし、照準がズレてしまう。そこへ、ヴァジュラが頭上を過ぎて行くのを見て納得した。

 

 更に面倒な事に、プリティヴィ・マータが急速に迫って来ていた。これは先手を打つ他あるまい。

 

 銃身を変更。ブラストを基礎として、銃身をもっと細く、オラクル変換機構を爆発から一点収束に。純粋なオラクルエネルギーに属性を乗せることで、攻撃力とする。

 

 最初から最大出力で放たれた熱線は、マータの顔を一瞬で消し去り、そのままヴァジュラやオウガテイルを融かしていく。

 

 ──〝レイガン〟

 

「……熱線こそ、ロマン」

 

 GE3でブラストの代替品として登場したこの銃身は、照射弾という、持続する光線を放ち続けられるバレットを扱える。

 

「ふふ……焼かれたい者は順に並ぶがいい。私がまとめて消し炭にしてやる」

 

 ナナの制御しきれていない〝誘引〟の力で、ゾロゾロと客がやって来る。中には、ピターさんもいるが全部お構い無しだ。

 

 Oアンプルも適度に摂取しつつ、次から次へと来るお客さんを物理的に捌いていると、周囲の景色が、一瞬で雪景色に変わる。そろそろ、目的地の鎮魂の廃寺に着くのだろう。

 

 乱暴だが、俺よりも上手いドライビングテクニックで躱して、からの急ブレーキ。周囲はすっかり、寺の境内だった。

 

 ナナが神機を持って降りたので、足のオラクル細胞を吸収して、飛び降りた。

 

 この廃寺に来る時はいっつも夜だな……と、ありもしない運命の強制力というのをひしひしと感じながら、早速打ち漏らした団体客の一体が飛び出したのを、サイズの刃を伸長して薙ぎ払う。

 

「……私がいる限り、貴女は死なせない」

「うん! ピンチの時はよろしくね!」

「……残念、もう早速ピンチらしい」

「えっ? ……嘘!?」

 

 気がつけば、ヴァジュラ、ボルグ・カムラン、シユウ、ウコンバサラ、サリエル、ハンニバル……団体さんが大挙として押し寄せて、周囲を囲まれていた。

 

 ストーリーでこんな量が出てくれば、ナナ単身ではあっという間にやられてしまうだろう。

 俺が原因だろうなぁ……間違いなく。

 

 原因は後で追求するとして……先にこちらの処理だ。

 

「……私が数を減らしていくから、ナナは敵を引きつける。スタミナを確認しながら、防御に専念して」

「分かった!」

 

 ナナの元気の良い返事に頷き返すと、前方にいるアラガミ共を視界に入れて、一呼吸。

 

「──せああっ!」

 

 ステップから、『シュトルム』を発動して吶喊。ヴァジュラの顔面を引きちぎってバースト状態になれば、後は鎌を振り回すだけの作業だ。

 

 先程みたいに、鎌の刃を伸長する咬刃展開状態から、前方を半円状に薙ぎ払う攻撃、ラウンドファング。水平に振り回される鎌の過ぎていった後には、紅の残光の揺らめきが走り……

 

『グギャァッ……!!?』

 

 纏めて咬刃が絡め取り、横一閃に斬り裂いた。

 

「えっ……今の、ブラッドアーツ……!?」

 

 惜しい。ナナがよそ見して口に出したものとは別物の存在だ。

 

 ──ヴァリアントサイズ・ラウンドファングBA(バーストアーツ)『ジェノサイドファング』

 

 すかさず、咬刃展開状態の応用で、プレデタースタイルの『太刀牙』がそのままのリーチでもって振るわれ、アラガミを呑み込んでコアを奪取しつつ、オラクルを回収。

 

 オラクルの使い過ぎで腹が減ったので、呑み込んだコアの幾つかを平らげる。

 

 ピリピリくる炭酸のソーダみたいな味……これはヴァジュラ。噛みごたえがあって好み。

 甲殻類の旨みの詰まったプリプリのエビ肉は、言うまでもなくボルグ・カムラン。

 そして、深い香りと苦味が特徴なブラックチョコレート……甘い方がサリエルなので、こっちはサリエル堕天だな。

 

 取り込んで一秒と経たずに食レポを終えると、身体に力が漲ってきた。女性形のサリエル堕天を食べた影響もあってか、一段と調子が良い。

 

 さて、ナナは……と背に振り向く。やはり、アラガミの嵐に防戦一方になっているが、持ち前の体力とスタミナでどうにか乗り切れていると見た。

 

「やっばい……ヘトヘトになりそう……」

 

 タワシを展開して、隙を見てハンマーで叩いているが、一向に減っていない。

 そもそも中型や大型のアラガミがかなりの割合を占めているので当然っちゃ当然だ。

 

 レーションを投げ渡して、それを食べるよう指示してから、ナナの前に出る。

 

「……疲れるにはまだ早い。団体さんはまだ来る」

「うへぇ……頑張らなきゃ」

 

 咬刃展開状態で保っていた神機を、振り下ろす直前の構えで固定。

 

「……せいっ」

 

 気の抜けた掛け声と共に振り下ろす技、バーティカルファングでアラガミを地面に沈める。

 更に、ここからもう一つ繋げる。

 

 伸長した咬刃を元の長さに引き戻す時に叩き付けたアラガミごと抉り裂く攻撃、グリーヴファング。そのBAの中でも、極めてピーキーかつ強力なものがある。

 

 黄金のオラクルの光が纏われ、やがて神機から自分とのオラクルの流れが一本化し、莫大な量のエネルギーの奔流が生まれ出る。

 ほんの一瞬……それを手繰り寄せて、放つ!

 

 すると……

 

 

 

 

 

 …………黄金のオラクルエネルギーの奔流は、儚くも燐光となって消え去った。

 

「えっ」

 

 ……あ、やっべぇ、タイミングミスったぁ……!

 

 ──ヴァリアントサイズ・グリーヴファングBA『ヘルオアヘヴン』

 

 というのも、このBAは先程も言ったがピーキーなのだ。ゲームならば、キャラの腕あたりに金の輪が表示されて、それが小さくなり、ピカっと光るタイミングでグリーヴファングを行う事で、規格外の威力を発揮するという代物なのだが。

 

 ……なのだがっ!

 

「……あれ? なんか凄い力がぶわーってなったのに……シアンちゃーん、どうしちゃったのー?」

 

 やだもう、後輩の前で格好つけようとしてコレとか恥ずかしっ!

 

 俺ってばもう、恥ずかしくて後ろ向けないんですけど! 

 

 それどころか、目の前のアラガミ達ですら憐れみの目で一歩引いたような感じしてるから、八方塞がりだけどな!

 

 クソッタレが、絶対俺の顔赤くなってるじゃん……このアラガミ生でまだ数個しかない黒歴史が新しく刻み込まれてしまったのも痛い……! ……くそぉ。

 

「……ええい、ミスは捏造する為にあるものっ。捏造上等!」

 

 意志の力を高めて、紫のエネルギーが神機に立ち昇らせると、今度は間違いなくグリーヴファングでアラガミ共をかっ捌いた。

 

 まあ、さっきのとは別物ですけどね! クソッタレめ!

 

 ──ヴァリアントサイズ・グリーヴファングBA『ナイトメアリッパー』

 

 ヤケクソ気味に放たれたグリーヴファングは、憐れみの視線を向けてきている様にしか見えないアラガミ共を丸ごと裂くと、ラウンドファングで一箇所に集めてから咬刃を閉じる。

 

 ズカズカと、呆然とするナナの目の前まで詰め寄ると、肩をガシッと掴んだ。

 

 やはり、やはりこれだけは言わなくちゃならないのだ……絶対に。

 

「えっと、その……シアンちゃん、顔赤いよ」

 

 知ってるよそんなこと!

 ええい、精神抉ってくることを言ってぇ……

 

 

「う、うるしゃいっ。……そ、それより、さっきのは、あの……ししっ、失敗なんかじゃ、ないきゃら……っ!?」

 

 

 何 故 二 度 噛 む !?

 

 これじゃただのテンパってる上がり症のコミュ障だよクソッタレぇ!

 

 そんな俺の心を知ってか知らでか、またはナナは俺の心をまだ抉り足りないのかは知らないが、少し俯きがちで、小刻みに揺れながら彼女は爆弾を投下してきた。

 

「……うん。でも、あのね……顔赤くしてるシアンちゃんって……ちょっと、可愛いかも」

「!?」

 

 その言葉がトドメとなって、俺は四つん這いで崩れ落ちた。

 

 なんで俺がこんな仕打ちを受けなきゃならんのだ……俺が何したっていうんだよ……たかだか『ヘルオアヘヴン』失敗しただけじゃん……ア◯ロとかシ◯ジくんのポジションとか嫌だよ俺……

 

「し、シアンちゃん!?」

 

 もうやだ、このまま土に還りたい……こんなクソッタレな職場で働きたくない……

 

「って!? し、シアンちゃん上見て! あ、あれカリギュラってアラガミだよ! 私一人じゃ勝てないかも……!」

 

 カリギュラ。

 

 その単語が聞こえた瞬間、興奮とどんよりとした思考が引いていき、段々と元来の冷静さを取り戻してきた。

 

 手元の神機を拾い上げて上空を睨み上げると、青の光を放ち滞空する通常種のカリギュラがそこにいた。

 

 それが一瞬、あの黒き暴君と重なる。色が違くても、見ていると腹が立ってくる。

 

 ……よくも、俺をボコボコにしてくれたな、と。

 

 咬刃を展開。それを先程の要領で、しかし更に加速したバーティカルファングは、月下より、地に這い蹲る俺を見下す皇帝を文字通り急転直下させた。

 

 そしてこれは、さっきの醜態の挽回だ──!

 

 黄金のオラクルが身体の隅まで行き渡り、咬刃は凄まじいエネルギーの暴風に包まれる。

 

 引き抜くと同時に、暴風が体を突き抜ける。カリギュラは粉々に肉の破片となり、俺の真横を飛んで壁にグチャりと汚らしい音を立てて激突した。

 その時の血を浴びて、俺の右半身はすっかり血塗れになっている。

 

 ……いける。

 

 今の俺になら……いける。

 

「……ヘルオアヘヴン!」

 

 振り下ろし、引き抜く。

 

 それだけでディアウス・ピター、ヤクシャ・ラージャ、ハガンコンゴウの肉片が、ゴミの様に辺りに散りばめられ、

 

「ヘルオア、ヘヴンッ!」

 

 雑魚のドレッドパイクやら、ザイゴートやらは跡形もなく消え去り、

 

「ヘルッ、オア……ヘヴンッッ!!」

 

 周りのアラガミの一切合切を、血の海に沈めてしまう。

 

「はぁ、はぁ……まだだ、まだいけ──あぐっ!? カハッ……!」

 

 だが、そんな力にはいつだって代償が付きものだ。

 

 体に纏わり付く倦怠感。口の端からは血が垂れていて、また四つん這いになった時に見えた地面には、血の塊が生々しく吐き出されていた。

 

 ……これ、本当に天国か地獄かって意味か? 

 どちらにしたって地獄だろ、これ。

 

 まるで黒BA(ブラッドアーツ)みたいなデメリット。しかも、これはゲームに無かった。

 俺が使ったのが問題なのか? いや、ならどうしてだ……

 

「シアンちゃんっ! 大丈夫……!?」

「……気に、しないで。放っても、治る……」

 

 くそ、頭が回らない……こんな代償があるなら、先に言って欲しいもんだ。

 

 ズキズキと痛む頭を働かせて、周囲の偏食場を探知する。

 

 はぁ……まだ、残党はいるかな────ぁあ!?

 

「ナナ、後ろっ……!」

「へ?」

 

 残っていたオウガテイルが飛びかかった。俺を心配していたナナに、それを防御する余裕は無く……

 俺も力を振り絞るも、足首に力が入らない。

 

「万事、休すか……?」

 

 ……いや、まだ手はある。

 

 第二のエリックを、ましてやナナをそうならせる訳にはいかない。

 憎々しげにオウガテイルを睨みながら、庇おうと腕の力でナナを引っ張った。

 

「えっ……シアンちゃん?」

 

 そんな眼をしないでくれって……オウガテイルにやられる程、俺はやわな作りをしていない。

 

 涙目のナナを庇うべく、サイズを杖に立ち上がって……

 ……炎弾がオウガテイルの横っ腹に直撃した。

 

「間に合ったようだな」

「みんな……!?」

 

 炎弾が撃たれた方向を見ると、ジュリウスとブラストを構えたロミオ、そしてヒロが揃ってやって来ていた。

 

 ……ふぅ、ようやく来たのか。

 

「偉いぞ、ナナ。よくアナグラを守ってくれた」

「でも、私のそば来ちゃったら、ダメだって……」

「あまり笑わせてくれるな、ナナ。家族を見捨てるほど、俺たちは落ちぶれていない。それを理解しておいてくれ」

「ジュリウス隊長……」

 

 流石イケメン……まるで言うことが違う。

 それにイベントシーンだからか、やけに浪川ボイスが耳に残る。うーんイケボ。

 

『でも、ナナさん。独断行動は……あまり良くないですよ?』

『こちらブラッドβ、こっちはなんとかなりそうだ!』

「シエルちゃん、ギル……」

 

 シエルにはあんまりいい思い出が無いが……やはり根は優しい女の子だ。それに能登さんの安らぐ声が聞こえただけで十分です。

 ギルは……いや、森川さんとってもいい声だけどね。某殺人鬼の中の人ですから。

 

「……ロミオ先輩、シアンちゃんを助けてくれて……ありがとう!」

「お、おう? まぁ、なんだ……ナナもシアン?さんも無事で、本当によかったよ。が、シアンさん一緒に戦ってくれたんだろ?」

「うん……あんなになるまで、ずっと……」

「なら、後でしっかりお礼言わないとな! ウチのナナを守ってくれて、ありがとうってさ!」

「うん……うん! そうだね!」

「よっしゃ! じゃあもういっちょ行ってくる!」

 

 ふぉぉ……ロミオかっけぇぇ。

 なんで最初からコウタはあんな風になれなかったんだ。同じお調子者キャラでも、格が違うと思う。

 

「……ナナが引き付けてくれなかったら、今頃外部居住区は火の海になってたよ。独断でも、俺たちや極東のみんなを助けてくれた。ありがとう」

「ヒロ……」

 

 わしゃわしゃと、ナナの髪を撫でている。

 この野郎主人公め、手を出すのが随分と早いじゃないか。

 

 忌々しげに見つめていると、女の子座りのまま、サイズを杖にしてどうにか姿勢を保持している俺に、蹲踞するみたいにしゃがんで、やれやれみたいに溜息を吐きやがった。

 文句があるなら聞いてやろうじゃないか。

 

「それで、お前また無茶したのか……」

「……無茶は私とユウの専売特許。それに、無茶するから、成し遂げられることもある」

「それ専売特許じゃないでしょ……ったく、あんまり人を困らせるんじゃない。でも、今回はナナを守ってくれて助かった。何せ、接触禁忌種がワラワラ出てきたのを一挙に引き受けて、全部討伐してくれたんだろ?」

「……じゃないとこんな事にはならない」

「ははっ、それは確かに……っていうか、その返り血を拭きなって。なんかおめでたくなってるぞ」

「……む、誰がおめでたい頭だと?」

「そんな事言ってないぞー」

 

 コイツ……俺と話す時は人が変わったみたいに雑な態度になりやがる。

 猫かぶってんじゃない。人の事言えないけどさ。

 

「やっぱり仲良いんだね、ヒロとシアンちゃん!」

「「今の見てそれ!?」」

「ほら〜、息ピッタリ!」

 

 同じタイミング同じツッコミを入れてしまった。なんて屈辱……!

 

「はぁー、まぁいいや……ナナはみんなと一緒に戦ってほしい。今からシアンを装甲車で休ませてくる」

「任されました! ……じゃあ、シアンちゃんまたねー!」

 

 ハンマーを担ぎ、少し距離が離れてから俺に大きく手を振ると、残党狩りに出掛けて行ってしまった。

 

 装甲車の密室。瀕死の俺とヒロで二人きり。しかもヒロは俺の手当をしてくれている。

 当然何も起きないはずがなく……

 

「……改めて、礼は言うよ。ナナを守ってくれたこと」

「…………」

「……じゃあ、俺は行ってくるから。大人しくしてて」

「…………」

「…………いや、なんか言ってよ」

「……………………ユウのエッチ」

「!?」

 

 妙に優しくしてきて気まずかったので、時々下乳に目が向いていた事をからかってやった。

 急にデレられても、こっちは困るんだよなぁ……

 

 


おまけ

 

 

 それからアラガミを殲滅し終えて、ブラッド隊全員が廃寺に集結する頃には、倦怠感と出血は止まっていた。

 

「みんな……ありがとう……でもさ……ほら……私、また……こんな風に迷惑かけるかもしれないから」

「ばっか! そんなこと気にしないで、泣きたいときには思いっきり泣いたらいいんだよ!」

「でも、でも……!」

「ナナ。ほら……これ」

 

 ヒロが差し出したのは、ナナがよく作っている、ヨシノさん特製のおでんパン。

 

 それをゆっくり手に取ると、パクリと、小さくかぶりつく。

 

「えへへ……冷めちゃってるよ……でも、おいしい……すごく……おいしいよ……」

 

 

「ありがとう……」

 

 

 その瞬間……ナナの偏食場が形を変えた。

 安定した、とも言うのだろう。

 

 これは恐らく、タイミングからしても血の覚醒だ……候補生から、本当のブラッドへ進化を遂げたのだ。

 

 これで、残りはロミオだが……彼は、このままでは、確実に死んでしまう。

 

 阻止したら、このゲームのシナリオがどう変わるのか。ラケル先生が、俺というイレギュラーをどうするのか。

 

 まあ、それは帰ってから色々考察してみるとして、だ。

 

「……(くいくい)」

「ん? どうしたの?」

「……私からも、一つ」

 

 渡したのは、とある物が入った紙のパック。全体のイメージカラーは赤と白。

 

「? これって……」

 

 そう、これは……

 

「極東第五ハイブ……旧北海道札幌市にある──雪◯メグ◯ルクの本店で作られた牛乳」

 

 フェンリル傘下の企業となってしまったが、いつぞやのし◯むらの如く、このご時世で、乳牛達と一緒に生き残っていた会社である。

 

 そしてなんと言っても、この会社が重視しているのが……

 

「ナナ……〝まごころ〟を、君に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


おまけ2

 

 

「……さて。『知りたければ、自分で掴み取る』という言質は取ってあるからね。これで心置きなく、監視出来るというものだよ」

 

 サカキ博士が、いつものニヤケ顔を更にニヤニヤさせながら見ているのは、送られてきたある映像。

 

『えっ』

『……あれ? なんか凄い力がぶわーってなったのに……シアンちゃーん、どうしちゃったのー?』

『……ええい、ミスは捏造する為にあるものっ。捏造上等!』

『えっと、その……シアンちゃん、顔赤いよ』

『う、うるしゃいっ。……そ、それより、さっきのは、あの……ししっ、失敗なんかじゃ、ないきゃら……っ!?』

『……うん。でも、あのね……顔赤くしてるシアンちゃんって……ちょっと、可愛いかも』

 

「いやー、分かる、実に分かるともナナ君。あのシアン君が顔を赤くするなんて、天変地異でも起きない限り無理だと思っていたけど……これは僥倖としか言い様がない。それに、シアン君も噛む事があると……この映像を質として揺さぶってみるのも、一考の価値がありそうだ……」

 

 一体何処から撮ったのか……それはサカキ博士が開発した、自立の四足歩行する、蜘蛛の様なロボットからだ。

 

 あらゆるオラクル技術を結集し、かつて大車博士が作ったという、アラガミによってそれぞれが嫌う偏食因子になるよう調節するスーツ……あの忌まわしくも世紀の発明品を、自ら開発してみせたのだ。

 

 それを組み込む事により、超近距離からシアンの様子を見る事が出来た。というのが今回の盗撮の真相だ。

 

「すまないね、シアン君。私も手段を選んでる場合じゃないんだ。君の仮称ブラッドアーツも……

 

 

 

 その頭に隠し持ってるだろう、秘密もね?」

 

 

 

 




これがダイレクトマーケティング……!

ロミオPの処遇について

  • いつも通り、逝くなぁぁぁ!される。
  • シアンちゃんに救出される。

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