神さまばっかの世紀末な世界に、俺が望むこと   作:赤サク冷奴

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場面転換多め。そして長い。
上中下の三部構成の予定……本当に三話分で終わるかは不明。


ウィジャボード 上

 

side──

 

 

 高校一年の夏の、とある昼休み。

 

 最近どこの高校も入れなくなっていると話題の屋上だが、うちの高校はそんな事は無い。

 自殺防止の為にフェンスが高くて内側に反り返っているし、安全性は確保されているから、たぶん問題無いと判断したのだろう。

 

 ただ、あらゆる教室から遠い位置に扉がある上、屋上が開放されていると知る人がまず居ないので、わざわざ利用しようとする人は皆無に等しいのが特徴だ。

 

 その為、俺達にとっては静かに昼休みを満喫できる空間と化している。

 

「なぁ、愛惟」

「ん〜?」

 

 購買で買ってきたパンを貪りながら、最近割と疑問に思っている案件について、人生の相談役こと俺の幼馴染に、今日も一つ相談持ちかけた。

 

「俺さ、お前のこと好きなんだけどさ」

「うんうん」

「……どうすれば良いと思う?」

「え〜……? どうすればって、好きなら告れば良くない? 私なら速攻で『喜んでー!』が飛び出すけど」

「マジで?」

「マジマジ」

 

 そっかー、と返しながら、しかし困ったものだとも思う。

 告り方というのが、どうにも──

 

「──ブッフーッ!!?」

「ちょっ、おま、何噴き出してんだよ、汚いぞ」

「『何噴き出してんだよ、汚いぞ』って、衝撃の事実に気が付いた幼馴染への第一声がそれ!?」

「衝撃の事実ってなんだよ」

「それも分からない!? 重症だよ!」 

 

 顔を真っ赤にしてプンスカ怒る幼馴染に、はてと思いつつ自らの言動を振り返る。

 

 まず、俺は愛惟を好きだと気づいたがどうすればいいのか分からなくなったので、唯一の相談相手である愛惟にそれを告白したと。

 うん、徹夜明けだが頭は冴えているな。

 

 ……しかし、おかしいな。俺は愛惟が好きなのに、何でそれを愛惟に相談してるんだ?

 

 それって元も子もないよな?

 

 ……えっ?

 

 俺、何してんの?

 

「どど、どうしよう愛惟! 俺、お前に告白してるんだけど!」

「傷ついた! 一世一代の告白がこんな形とか傷ついたよ! 私の心はズタボロだよ! 手遅れだから責任取って結婚しろ!」

「結婚はせめて20になってからな!? 高校生で結婚したら突然の席替えに加えてクラスの奴らが騒ぎ出すぞ!」

 

 そのままギャースギャースと言い合っていたら、時間は過ぎ去ってしまうもので。

 

 ──キーンコーンカーンコーン♪

 

 これは昼休み終了のチャイム。次のチャイムは5分後に始まる5限目……体育開始のチャイムだ。

 

「「……あ」」

 

 残り5分で自分らの教室に行くのさえ至難だ。ましてや、体育着を着て外に出るなんて、土台無理な話だろうな。

 

 と、思いきや、うちの幼馴染は……俺を見捨ててダッと駆け出した。

 

「こ、告白の返事はまた放課後〜ってことで、今日休んだら絶頂期になる前に先に人生が死ぬ!」

「ひ、ひでぇ! ちょ待てって!」

 

 急いで追いかけ、階段に差し掛かった時。

 

 不意に、愛惟の姿がガクリと傾いた。

 

「あっ────」

 

 咄嗟に伸ばされた手を掴もうと、階段から飛び出して……

 

「──愛惟っ!!」

 

 ……俺の手が、空を切った。

 

 目をぱちぱちとすれば、愛惟の手を取るべく伸ばされた手は、いつの間にか蛍光灯に向けられている。

 

 ……保健室か?

 

 むくり、と体を起こせば、そんな質素な天井とは違って、ちょっと豪華な意匠のある壁や家具と、極太の管で繋がれたメカメカしいターミナルがあった。

 

 なんて事の無い、アナグラにある俺の部屋だった。

 

「……夢か」

 

 なんてベタな目覚め方なのか。

 はぁ、と深い溜息が出て、ベッドの横になると膝を抱えて丸くなる。

 

 あの夢には続きがある。

 

 階段を踏み外したあいつの手を、取りこぼした……なんてことは無くて、俺は左手を手すりに掛けて支えにしながら右で掴んだのだ。

 あんな状況ゆえに流石に無傷とはいかず、俺と愛惟は盛大に片足をくじき、二人仲良く保健室入りしたが。

 

 結局六限も休んで、二人で恋人とは何かを話し合って、キスをするのに数十分の時間を要したり、錯乱しながら保健室と言えば逆レだよねとか言って暴走する幼馴染を押さえ込んだり……

 

 保健の先生から無言でゴムの箱を渡され、サムズアップされた時は、苦笑いしながら静かに受け取ったものだ。

 それが後に、たった一日で溶けるとは思わなかったが……

 

 あの頃が一番幸せだった。

 

 二人なら、何でも乗り越えられると思っていたし、あいつが隣にいる世界が、この上なく大事だった。

 

 なのに、それなのに……

 

『……犬夜を取り巻く、世界の全てが、きっと……幸せで、あらんことを……』

 

 彼女はもうどこにもいない。

 

 腕の中に抱き締めて離さなかった、あの匂いも、感触も、温もりも……もうその断片たりとも、感じることは出来ない。

 

 ただ一つ残っている愛惟との繋がり……思い出は、今もずっとこの胸の中にある。

 ゴッドイーターの設定やストーリーを幾ら忘れようと、現実の記憶が段々希薄になっていこうと、この思い出だけは、永遠に忘れもしない。

 

 

 ……でももういちど。

 

 

 たったもういちどだけでいいから、あの輝くような笑顔が見たい。

 

 一緒に馬鹿やって、ツッコミを入れて笑い飛ばして……

 

 そうやって、いつだって俺を明るく照らした、太陽のような彼女に会いたい。

 

 ……会いたい……また会いたいなぁ……っ!

 

「……愛惟……あい……! ごめん、ごめんな……!」

 

 どうしようもなく募っていく想いが、必死に過去を求めて喉から飛び出す様を、俺はどこかで嘲笑う事しか出来ない。

 

 お前が悪いんだろと、愚かしさを責め立てる事しか。

 

「ふぐっ……ひぐ……大好きだよ、愛惟……!!」

 

 嗚咽混じりに絞り出した(アイ)は、ただただ空しくて、余計に自分を傷付ける。

 

 愛惟を殺した自分に……それどころか、大勢を殺してきた死神(・・)なんかが、誰かを愛し、愛される資格を持てる筈がないんだ。

 

『こんな事なら、息子なんて要らなかった……』

『お前がいると他人に迷惑なんだよ、犬夜』

『死神なんかと一緒だから、僕は死んだんだ! お前のせいだ!』

『この、人殺し! 私の娘を返して! 返してよッ!』

 

 こんなの要らない。他人に迷惑。死神。人殺し。

 

 みんな揃って俺をそう糾弾する。

 それは間違いじゃない……毎回、俺の周りの人達は、みんな……

 

『犬夜は悪い子だよ。だって……』

 

 

 ──恋人だって、殺しちゃうもんね?

 

 

「……あ、ああぁぁぁ……っ! やめてくれ……もう、やめてくれぇ……!俺は……! ()は……うぅぅっ……!」

 

 

 

 

 ……ああ。

 

 

 

 

 ……()なんて、さっさと居なくなればいいのに。

 

 

 

 

 ◯ ✖️ △ ◆

 

 

「日霊トウカ、入ります!」

 

 ブラッドの第五期生、日霊トウカはドアを三度ノックし、軍人らしい芯のある声と共に、フライアにある研究室の扉を開けた。

 

 研究室というよりかは、高級ホテルのような華々しさを感じさせる内装をしているが、大きく主張する円形のモニターと計器、その下の巨大なキーボード型の端末、壁の壁や天井の各所に張り巡らされたケーブルやパイプがその体裁を保っている。

 

「……ふふ。久しぶりですね、トウカ」

 

 ウィーンとモーターの駆動音と共に、黒いベールで顔を覆った喪服姿の女性が微笑むと、トウカも心なしか気持ちが緩んだ。

 

 ラケル・クラウディウス……本当の親を知らないトウカにとって、小さい頃から育ててくれた彼女は、正に母親だった。

 

「フライアまで呼びつけるから、驚きましたよ。どうしたんですか?」

「ええ……少しだけ、気になることが」

 

 トウカを手招きして自分の側までやって来させると、腰を曲げて姿勢を低くした彼女の耳に、片手を添えながら口を近付ける。

 

 そして抑揚のない声音のまま、こそりと……

 

Sei un agente(セイ ウン アジェンテ)……degli dei(デグゥリ ディ)

「ッ──!?」

 

 なんて事の無いイタリア語……しかし、トウカがそれを聞いた途端、ビクリと身体を跳ね上げて、身体が奇妙に痙攣を起こした。

 

 それが十秒ほど続いて……痙攣の治まったトウカは、何もかもが抜け落ち能面のように、ピクリとも顔を動かさずに、ラケルの前で跪いた。

 

「……命令を下さい、ラケル先生」

「……ふふふ」

 

 その様子を見て、先程と同じようにラケルは微笑み返した。

 だがそれは、先程とは比べるべくもなく冷たく、狂気に満ちている。

 

「……裏切らず、かつ主人の命令に絶対遵守できるお利口さんな犬は、良いものですね。……そうでしょう? シックザール前支部長」

 

 既に亡き者の反応は返ってくる筈もない。ラケルにとってある意味命の恩人である者への問い掛けは空気に溶け込んで、霧散していった。

 

 頭を垂れたまま動く様子のないトウカの顔を片手でクイと持ち上げると、慈しむように頬を撫ぜ、ヒロとそっくりなセルリアンブルーの瞳を覗き込む。

 

 その瞳は澄み切っていて、意志の光さえ感じられる。表情が抜け落ちた程度で、それ以外の様子は何ら普段と変わりない。

 ただ……その意志の方向が一体どこに向いているのかは、全くの別問題だが。

 

「……そろそろ返してあげましょう。──Dio è morto(ディオ エ モルト)

 

 囁き、そして両手をパチンと鳴らす。そうするだけで、トウカに掛かっていた魔法は、幻だったように解けていく。

 

 目を二三度瞬かせると、え?と困惑を露わにしながら左右を振り向いて、正面のラケルをじっと見上げた。

 

 トウカの表情がピキっと強ばった。

 

「あ、あの……私、また寝ていましたか? 寝てましたよね、完全に」

「……うふふ」

「意味深な笑みはやめて下さい! 私の方が惨めになります……」

 

 頭を抱え込んだトウカの頭に、そっとラケルの華奢な手が置かれる。

 

「そんなに自分を責めなくていいわ……それに、寝てる間に貴方のメディカルチェックと確認(・・)は終わらせましたもの」

「え……ってことは、その」

「時間を取らせてごめんなさいね……もう帰っても構わないわ」

「……あ、その…………はい」

 

 あからさまにシュンと肩を落として、失礼します、と小さく呟くと、トボトボとした足取りで出ていった。

 その後ろ姿に哀愁が漂っているような気がするのは、きっと気のせいでは無いはず……

 

 ラケルは小さく手を振って彼女を見送ると、車椅子の方向を変えて、キーボードの方に進めた。

 

 これからの計画がぎっしりと書き連ねられた画面を見て、にんまりと笑みを湛えながら……

 

 〝ロストプラン〟……彼女が見ている、そう題されたそのファイルに記されている文には、多くの『日霊トウカ』という名前があり、この計画がトウカを機軸としたものであることは明らかだった。

 

 その隣に開かれていたファイルの内容には、逆にトウカの名前は一切なく、代わりに『ジュリウス』の名前が散見される。

 ラケルはそちらの方を見ると、画面をその二つの計画で二分し、並べて眺め始めた。

 

「玉座を簒奪せん霊長の王と、我が母なる星の意志の代行者……荒ぶる神々の新たな神話は、今、終末への岐路にあるようです」

 

 手を組み、何かに祈る姿勢のまま数秒、モニターの電源を切り、車椅子を反転させて研究室の扉を開けた。

 

 出る前に、ふと何かを思い出したのか、ラケルは天井を見上げ、どこか懐かしげに呟いた。

 

「ああ、それと……貴方にも感謝の言葉を──────大車ダイゴ先生」

 

 

 

 

 ◯ ✖️ △ ◆

 

sideシアン

 

 

「……んん……?」

 

 ……目が覚めた。

 うん、おはようございます。

 

 さっき起きたばっかなのにまた寝ていたという事は、大方、俺が自分でトラウマを刺激して勝手に泣いて、泣き疲れて二度寝したんだろう。

 途中から全く記憶が無いし。

 

 ……しかし、なんか狭くてちょっと暑いな。

 

 なんだろうな……あいつに体をホールドされたまま、朝起きた時みたいな感覚がする。

 

 と、そこで俺の頭が、まさかと思いつつも警鐘を鳴らしていた。

 

 恐る恐る目を開けると、目の前には黒いシャツと黄色のネクタイ、そして褐色肌の首元がそこにある。

 

 わざわざ顔を見るまでもなく、簡単に分かった。

 

「……ソーマ?」

「…………すぅ…………」

 

 ……いや寝てるし!

 

 しかも、すっかり抱きかかえられて身動きが取れない。

 ここ俺の部屋なんですけど!

 

 毎朝、ムツミちゃんのいるラウンジに駆け込んで、和食を頂いてから任務に赴くのが日課なのだ。

 朝はやっぱり米じゃないと目が醒めないというのに……

 

 いや、それは置いておいてだ。

 

 ソーマは研究に没頭するあまり、寝ていない事が多くなってきている。褐色肌なので分かりにくいが、隈も出来ていた。

 

 それがようやく寝てくれたのは嬉しいが、何もわざわざ俺の部屋で俺を抱き枕にすることは無いよな……?

 

 しかし、無用に熟睡中のソーマを起こしたくはない。

 その為なら、どアップ美形顔エターナルも吝かでは無いのだ。俺の決意は堅い。

 

 そして……俺は目を閉じた。

 

 禁断の三度寝だ。アラガミにとって睡眠行動とは、オラクルを極力消費せずに、損耗したオラクルを回復する事を言う。

 どアップ美形顔エターナルなんて無かったんや……

 

 オラクルの損耗と言うとピンと来ないだろうが、第一世代の銃型神機は基本的にそのシステムを利用している。

 コウタとかサクヤさんなどの旧型の銃使いが近接攻撃による回復手段が無いのにいつもバカスカ撃てるのは、ゲーム的に言えばスキルのOP自動回復のお蔭だが、その現実的な理由付けの一種でもある。

 

 俺はアラガミだ。つまり、俺も睡眠をとる事でOPを回復しているのだ。

 よってこの活動に誰も文句は言えまい……俺がアラガミっていう事情を知ってる人限定だけども。

 

 そうあれこれとこじつけを付けて、三度寝を敢行することにした。

 

 幸い、この身体は寝れば寝れる仕様だ。だから、こうやって寝ていれば……直ぐに眠気が…………ぐぅ………………

 

 

 ──ピリリリリッ、ピリリリリッ!

 

 

 …………眠気が『ピリリリリッ!!』…………。

 

 このタイミングでまさか電『ピリリリリッ』ってうるせぇ!

 

 左腕をどうにか外に出して携帯を手に取り、コールアイコンを横にスワイブする。

 

 誰だよ、俺の三度寝を邪魔する奴は!

 

「……もしもし」

『あ、シアンちゃんですか!? もう、どこにいるんですか! クレイドルの定例会議、始まってますよ!』

 

 クレイドルの定例会議……定例会議?

 

 電話を掛けてきたアリサが、咎めるような口調でそんな事を言う。

 

 腕時計を見ると、8月18日の午前10時。

 

 すぐさま身を捩って、壁のカレンダーを確認する。次行われる予定のクレイドルの定例会議は……8月18日。

 

 あ、やばい……

 呑気に三度寝してる暇なんて無かった!

 

『それに、ソーマも来てませんし……博士の研究室を見に行っても居なかったんです。居場所は知ってますか?』

「……えっと、その……まあ」

 

 だって目の前で寝てるもの。

 

 さて、どうやってしたものかな……と、まずはゴソゴソ動いてこの場からの脱出を試みる。

 

 しかし、思った以上に腕の拘束が強い……ぬ、抜けないっ。

 

 こちとらアラガミなのに、それを超える筋力ってヤバいと思う。

 

『あの〜? シアンちゃん? どうしたんですか?』

 

 ふ、ふんぬぅぅぅ!! 離れろ腕ぇぇぇ!

 

「…………あ?」

「……? あ」

 

 謎の声が聞こえて見上げると、訝しそうな目をした視線と目が合った。

 まるで「なんでお前ここにいんだよ」と言わんばかり。それはこっちの台詞なんですが。

 

 非難がましい目でムッと睨み返すと、ソーマは何かを思い出したのか頭に手を当てて天を仰いだ。

 

「……しまったな。お前を抱いて、そのまま寝ちまったらしい。……クソ、頭が働かねえ……」

 

 いや、だからどうしてそうなったんだ。

 

 分からない真相にやきもきしていると、電話の向こうから震えるような声が聞こえてきた。

 

『そ、ソーマ……抱いて寝たって、どういう事ですか』

「……ん? 電話してるのか……そのまんまの意味だ」

『そそ、そのまんま!?』

 

 携帯を耳に当てているのは俺なのに、ソーマにも聞こえてるらしい。

 

 ところで、アリサは何か勘違いしてるよな、その反応。

 

『えっ……ソーマが、シアンちゃんを抱いた……ってことは、今部屋に居るんですか……?』

「あ、ああ。シアンの部屋だが」

 

 ソーマも素直に返さない!

 アリサが完全にソッチの方向に思考偏ってるのに気付いて!

 

「……アリサ、抱くの意味が違う。そっちの意味じゃ──」

『ぎ、義理でも妹ですよね……? 手、出したんですか……? ……ソーマ、超ドン引きです』

「……は、はぁ!? 待て、お前何勘違いしてやがる!」

『だって、ソーマがシアンちゃんを抱いたって! 今言ったじゃないですかぁ!』

 

 うご、み、耳が……それにアリサさん、そんな事を会議室に叫んだら紛糾するの知ってて言ってるの……?

 クレイドルの女性隊員の多くがソーマファンクラブに所属してるから、既に危うい俺の立場が針の筵になるんだけど……

 

 しかし、思考がそっちの方に傾いたアリサは聞く耳を持たない。

 

 ヘルプミーソーマ! と必死に目で訴えれば、ソーマはやれやれと肩を竦め、俺の手から携帯をぶんどった。

 

「お前は脳内お花畑か。抱くっつっても、抱き締めるの意味合いに決まってるだろうが。少し寝惚けて抱き枕にしていただけだ」

『……えっ?』

「……さっき、私も言った。意味が違うって」

『…………』

 

 アリサが黙り込んだ。

 

 これはあれだ。向こうで羞恥心でプルプルしているところだ。

 黒歴史化確定の瞬間だろう。

 

「……今からそっちに行く」

 

 そう言って一方的に切ると、バサッと体を起こした。

 更に遅れると、ファンクラブの人達に何をされるか分かったものではない。

 

 幸いクレイドルの隊服は着たままなので、少し身支度をするだけ。そう時間は取らない。

 

「……フッ。大方、ユウと付き合いだして意識し過ぎてるんだろうが、あの慌てぶりはいつになっても変わらんな」

「……耳年増にはよくある」

「耳年増って言う程の歳じゃない。一般的な教養としちゃあ、性知識はこれくらいの年齢が妥当だろ……抱くって言葉が、その内に入るかは知らないが」

 

 髪を一つ結びに結いて、ソックスを穿いた。ソーマもクレイドルのコートを羽織うのを一瞥すると、一緒に職員区画の会議室まで向かう。

 

「……今朝は、大丈夫だったか?」

 

 エレベーターで上がっていると、不意にソーマが、遠慮がちにそんな事を訊いてきた。

 

「……? 何のこ──」

 

 質問の意味が分からず、『何のこと』と言おうとした口が硬直した。

 

 今朝のこと……今朝俺がやったことと言えば、夢を見て、トラウマを刺激してガチ泣きして二度寝したことだ。

 

 大丈夫か、という言葉のニュアンスからして、つまり、アレだ。

 

「………………み、見た……?」

「見たっつうか、さっきまで俺がお前の部屋で寝てたのはだな……お前がガッツリしがみついたまま寝ちまったからだ。入り込んだ訳じゃねぇ」

 

 え゙っ。

 

「……そ、そんな、まさか……」

「……まあ、無理に詮索するつもりは無い。お前もここに来るまでに、何かしらはあっただろうからな。聞いたことは忘れておく」

 

 つまりなんか言ってたって事じゃん!

 

 未練タラタラに前世の恋人の名前出しながらギャン泣きする無口無表情なTS人外少女って……キャラ崩壊待ったなし?

 

「……うわぁぁぁぁあうあう〜〜!!

 

 やっば、恥ずい、恥ずかし過ぎる……顔に火が点くってこんな気分なんだ……

 

 顔が熱い……!

 

「…………死にたい」

「そ、そこまでか……」

 

 そこまでだよ! 角っこで蹲って耳と目を完全に塞いでるくらい!

 

 うわぁうわぁと呻いているうちに、エレベーターがガシャンと揺れて、停止した。

 早すぎやしませんか……? もうちょっと待って、心の準備が……

 

「……ソウゴか、少しぶりだな」

「お久しぶりでさァ、土方さん」

 

 ……〝でさァ〟? 〝土方さん〟?

 

 エレベーターに人が乗ってきた事は何となく察したが、僅かに聞こえた声は、確かにそう言っていた。

 みんなご存知、万事屋(よろずや)さんで有名な銀の魂に出てくる一番隊長だ。CVもしっかり鈴村さんの声に聞こえた。

 

 い、いや、でも、ゴッドイーターと〝銀◯〟は、GE2の時に衣装としてコラボしたくらいしか関係が無い。

 いつから本格コラボしたんだ……?

 

 異常事態にチラリと顔を上げる。

 ソーマの隣に、茶髪の、かなり顔立ちの整った男性が苦笑している姿が視界に飛び込んできた。

 

「……お前、まだそれ続けてるのか」

「い、いやあ……こう、つい脊椎反射で。銀魂の見過ぎかなぁ……ってあれ、君、シアン……だよな? どうしてそんな隅っこに」

 

 乗ってきた人物は、この極東支部の第八部隊隊長……岡倉〝ソウゴ〟だ。いつかの廃寺で助けた三人の一人で、数年前までフェンリル本部にいた実力者らしい。

 

 しかし、副長の中の人も中井さんだから、ソーマがあの口調でソウゴって言うと、もう何が何だか分からなくなる。

 

「……なんでもない。ただ、少し鬱になっていた」

「な、なるほどな。何も聞かないでおこう」

 

 絶対に聞かないでくれ。

 

「……第八部隊の面々はどうした? 大抵一緒に居るだろう」

「ヒューガとタイチは、第四部隊の方で任務だ。最近、サカキ博士が内密に依頼してくるもんだから、一人になる時が多くて」

「あのおっさん……変な事を手伝わせてないだろうな」

「まあ、羽振りはいいからな。それより、そっちこそこんな時間にどうしたんだ?」

 

 はい、クレイドルの会議に絶賛遅刻中です……だなんて言えないので、ソーマは、

 

「ああ、会議の時間に寝過ごしてな。重役出勤中だ」

 

 と、ありのままの事実を述べた。

 おい。

 

「……わざわざ言わなくていいのに」

「ハハハ! 二人揃って遅刻か! 兄妹だとそういうのも似るんだな?」

「フッ……憎たらしいことにな」

 

 ちょっ、髪わしゃわしゃしないでくれ。

 折角結んだのに崩れるだろ。

 

 ムッと睨んでいると、コーンという音ともに、エレベーターが職員フロアに到着した。ここに目的の会議室が待っている。

 

 溜息を吐いて立ち上がると、ソーマと同じようにソウゴに手を振って別れると、支部長室前の左手にある扉を開けた。

 

 暗色のオレンジの光がまずに目に入ってくるので、中に入る。

 

 そこは、部屋全体が暗めで、飾り気のない金属質な空間だ。映画館のような巨大なスクリーンが奥に広がり、極東周辺の地図が表示されていた。

 

 そしてなんと言っても……女性クレイドル隊員達の炯々とした眼光の数々。それに軽く引いてる男性クレイドル隊員……

 殺気じみたオーラが漂っているのは気のせいじゃないだろうなぁ。

 

「おっ、ソーマ、シアン! やっと来てくれたね。これで会議が始められるよ」

 

 いつにも増してオーラが眩しい……周り見てみなよ、怨念だらけで空気が澱んでるよ?

 

 そんな事は露知らず、今日もニコニコ元気なユウくん。

 最近恋人が出来たせいで、光り輝き度がパワーアップしている。

 

「……遅れた」

「すまない、遅れた」

「いやいいよ。事情は何となく聞いたし。ソーマは特に疲れてるから無理もないよ」

「そう言ってくれると助かる」

 

 ユウに連れられてスクリーンの手前、クレイドルの隊員達の前までやって来ると、ユウが声を張り上げた。

 

「これから、第46回クレイドル定例会議を行います。先ずはサテライトについて報告を」

 

 一人が手を挙げ、手元にある資料を見ながら答えていく。

 

「はい。建設班によると、現在建設中の第8サテライトは予定よりも早く竣工しそうです。第9サテライトも開発の目処が立っていますが、新種のアラガミの危険性で、今すぐの着工は困難となっています」

 

「……資材班は現活動に異状無し。各サテライトへ必要な物資は既に搬入済み。第8サテライトの建材も今朝方には到着した。ただ、資材の余剰が完全に尽きている……第三次計画書にある必須項目は確保しておきたい」

 

「保安班ですが、最近第3、第7、第8サテライトで、仕事が欲しいと陳情する人が続出しています。それと、全てのサテライトでは、子を持つ女性達が新たな産婦人科や小児科の開設を求めています」

 

「研究班だ。ウチらが資材の面で後回しになるのは仕方無いが、必要な器具さえままならない時がある。リストは用意しておいた。手が回るようなら頼みたい」

 

 それぞれ一人ずつ発言していくのを、アリサが高速でタイピングして打ち込み、スクリーンに表示させていく。

 

 明らかになっていく問題点が列挙されると、次はそれらの整理と改善、解決案の提案。

 

「現在、小児科医や産婦人科医といった医療スタッフの確保に努めていますが、状況が芳しくないのでオンライン診療所で代替させていただくのは可能でしょうか」

「分かりました。説明をするので、セッティングを医療班の方でお願いします」

 

「こっちの資材関連ですが、本部からの配給が24日に来る予定です。研究班の要望の方は、フライアで用意があるそうです」

「分かった。新たに手配する必要は無いんだな?」

「はい! 全てリストと符合しているのを確認しています」

 

「仕事についてだが、近々幾つかのサテライトのインフラ整備の為に土木作業員が大量に必要になりそうだ。仕事のない人々に優先して斡旋しよう」

「……資材班も、トレーラーの運転手が荷物の量に対して不足している。居住者から、運転経験のある人を回してほしい」

「ああ、了解した」

 

「建築班、偵察班用に低コストのトラップ系をコンテナ一つ分用意しているが、進捗の無い第四次計画はそれで動かせそうか?」

「ありがとうソーマ博士! それだけあるなら、第9サテライトの開発も前倒しできる!」

「そ、ソーマさん謹製のトラップ……ぐへへ……じゃなくて、これで観測が困難な岩山地帯に踏み込めそうです! 有難く頂戴致します!」

 

 うーん、会議が進む進む。

 

 ここにはそれぞれの班のリーダーと付き添いのサブリーダーぐらいしか集まっていないが、問題点を洗い出して共有するだけで、解決策が直ぐに生まれるのだから素晴らしいものだ。

 

 それらを高速でタイピングしていくアリサの技量も凄まじいが……

 恥ずかしくなった時は作業に没頭したくなる気持ちはよく分かる。

 

 ともかく、妥協案を含めはするが、発生した問題への対処は一通り決まった。

 他に話し合うことが無ければ解散の流れになるなる筈だが、ユウが次の資料を配り始めた。

 

 それを受け取ると、題は【神機兵との大規模合同演習概説】。

 

 なんぞこれ。

 

「みんな聞いてると思うけど、二週間後の水曜日……9月1日は神機兵と、第8サテライトを中心とした合同演習が行われる。当日の流れが載っているから、ここで一通り確認したいと思う」

 

 いや、全く聞かされてないんだけども!

 

 誰か連絡を怠りやがったなと憤慨して一ページ目を開くと、ズラリとこの合同演習の意義について書いてあるが、下を見るとフェンリル本部著と書いてあったのでスルーして二ページ目に。

 

 二ページ、三ページと読み込んでいくと、何となく理解出来た。

 

 うわぁ……マジかぁ。

 

 もう来るとか聞いてないよ、本当に。

 

「──って流れで、当日は動くことになる。万一神機兵が全部停止した時も考えて、緊急時の対応が8ページにあるから、これも確認しておくこと。分かった?」

『了解!』

 

 えー、えー……

 

 これ、俺参加しなくていいですか?

 別行動取りたいんですけど……

 

 ユウに目で訴えると、何を思ったかニコッと笑って手を振ってきた。

 いやそうじゃない。笑顔になるところじゃない。

 

 あと、この資料には一応、神機兵が停止する可能性は極めて低いって書いてあるのに、さっきの神機兵全停止を想定して考えてるの、完全にフラグになってる気が……

 

「神機兵か……嫌な予感しかしねぇな」

 

 こらっ、ソーマ!

 

 

 ◯ ✖️ △ ◆

 

 

「おっし。これで任務終わりっと……」

「ん……お疲れ様」

 

 コウタに労いの言葉を掛けつつ、眼前で倒れているヴァジュラのコアを回収する。

 ヴァジュラのコアは舌にピリッと来るような味なので好みだが、コイツと言えども貴重な大型アラガミのコア。おいそれと食べるわけにもいかないのだ。

 

 今日は第一部隊との任務だった。ヒバリちゃん曰く、これから第一部隊+俺みたいな形で任務に行くことが多くなってくるそうなので、これは実践訓練的な意味合いを込めているんだとか。

 

 そして今回の四人の初仕事は、ヴァジュラとボルグ・カムランそれぞれ一体ずつという、ゲームなら程々な難易度の任務だが、今回一緒に居るのはあの〝第一部隊〟である。つまり────

 

「ちょっとエミール! なんでさっきの割り込んできたのよ!?」

「なに、妹の危機に馳せ参じただけだ、エリナ。危険に晒されている女性を見て、助けに行かぬ騎士が居るのだろうか、いや居ないッ!!」

 

 この通り、任務後にも速攻喧嘩が勃発するのだ。うがー!とエミールに食ってかかるエリナと、それを諌めよう……?としているエミールの図がなんともやかましい。

 割と気が散るし、本人達が危なっかしいので、早くエミールのお父さん帰ってきてくれ。

 

「だーかーらー! あれくらい入ってこなくても自分で出来たから! 邪魔しないでよ!」

「そう言うなエリナよ。僕はエリナを案じているだけのこと──」

「──案じている案じているって、そろそろウザったいの! いい加減、私から離れてよっ!!」

「お、おいおい二人とも……頼むから喧嘩しないでくれって言っただろ……? ほら、シアンが困ってるじゃないか」

 

 すわ、顔に出ていたか、とコウタの指摘で、顔をペタペタ触る。

 

 ……まぁ顔に出てたなんて分かるわけないよな。

 

 少し溜息を吐きつつ、二人の下に歩いていく。

 

「……仕事に私情を持ち込むな、とは言わない。でも、確実に足元は掬われる。それに、エリナは作戦中に独断の行動。エミールは騎士道精神……?とかでトラップも回復も使おうとしない。正直、この仕事を舐め過ぎてる」

「「…………」」

「……私達は部隊である以上、上官の命令には逆らってはならない。コウタの優しさに付け込んで規律を守る事を良しとしないなら、そこから教える必要がある。……自分の行動が負う責任をよく考えて」

「「…………はい」」

 

 言いたい事は全て言い終わったので、腰マントを翻し、二人から距離を取ってから、内心で思い切り溜息を吐き出す。

 

 ……説教、かぁ。

 

 俺はあんまりした事が無かったから、今ので良かったのか不安になる。

 付け加えると、俺も独断行動の常習犯であるので、全くもって人の事を言えない。あれ? 説得力無さすぎ……?

 

 しかし、俺は二人と違って頑丈だし、生き返る事も出来る。

 ここで明確に違うのは命の重さだ。傷付こうが身体を半分にされようが再生し、また戦えることの出来る俺と、何かしらの怪我を負えば生命に関わる普通の神機使いとでは、命の価値は同等ではないのだ。

 

 となれば、二人に死なないように成長して貰わなければならない。その成長というのは、主人公……この場合ヒロとのキャラクターエピソードを通じて行われるのだ。

 ヒロが二人とのキャラエピを進めてくれている感じはするのだが、このゲーム的に考えれば、ストーリーの進行度が序盤も序盤。話すキッカケがないのだろう。

 

「ちょっ、シアン、シアン!」

「……?」

 

 コウタがやたらと慌てながら、かつ小声で呼び掛けてくる。

 キョトンとすれば、えっ、と一歩引いたような顔をして、ぐったり肩を落とした。アクションが多いなぁ。

 

「あ、あのな? あいつらはまだ入りたてホヤホヤの新人なんだよ。キツく言うのは大事なんだけどさあ……」

「……むぅ。エリナはユウから色々教わってたし、エミールも座学と訓練は問題無い。でも、実戦だとこのレベルでも危なっかしいのが現実。コウタが辛うじてカバーしてるけど、二人の攻撃の位置が被ってたり、お互い意識を向けてるから、注意も散漫になってる。見ていてかなり怖い」

 

 幸い、二人ともアラガミの攻撃パターンや弱点は理解してはいるようなので、そこは一安心か。

 

 とは言え、二人のコンビネーションが崩れていては部隊にならないのも事実。早くヒロが仲良くしてくれなければ、不安は募るばかりだ。

 

「なぁ、シアンって入隊何ヶ月目?」

「……五ヶ月、くらい?」

「全然経ってねぇじゃん……! なんでそんなベテランみたいなんだよ……俺泣くぞ?」

 

 絶望した様子のコウタに、ヨシヨシと頭を撫でてやる。

 こればっかりは、アラガミのポテンシャルとゲームの経験があるからなので、コウタは言うまでもなく優秀な神機使いだ。安全地帯でぬくぬく遠隔操作しているのと、危険な場所に赴いて実戦を行うのとでは、経験の厚みがまるで違う。

 

「そう言えばシオも凄かったもんな……神機使いになっても学習能力はちっとも変わってねぇよ俺……」

「……大丈夫。コウタはもう十分にベテラン」

「いや入隊五ヶ月に言われたくないんだけどぉ!? 入隊二年舐めんな!」

 

 鋭いツッコミ共に、ペチッと手を払いのけられる。

 さすが、中の人が眼鏡の本体の人をやっているだけあると感心していると、少し奥の方で、エリナとエミールがヒソヒソと話し始めた。

 

「うわ、コウタ隊長がシアンに先輩風吹かせてる……」

「そう言ってくれるな、エリナ。人は誰しも、人の前に立ちたいと思うのが常なのだから……」

「外野でさりげなくディスるのやめてくんねぇ!?」

 

 シアンが来てから、あいつらの俺への態度が酷すぎる……とボヤきながら帰投地点に帰っていくのを見送ってから、徐ろに空を見上げた。

 

 最近は、何事もない平和な日々が続いている。

 

 何かとイベントばっかりで気の休まらない時が多かったから、ありがたい事にはありがたい。

 

 しかし、これが嵐の前の静けさであることは、俺には容易に想像できた。

 

 神機兵が本格的にサテライト防衛、アラガミ討伐に導入され始めているという話をよく聞く。というか、一昨日は神機使いとの連携を考えた合同演習が行われるとクレイドルから直接説明されたばかりだ。

 そのたび、この言葉ばかりが脳裏を過ぎって、離れなくなってしまう。

 

 ──〝ウィジャボード〟

 

 ブラッドという主人公のチームの主要キャラだったはずのロミオが、感応種マルドゥークに殺されるという作中屈指のトラウマイベントの前にある任務名。この任務を終えると、ロミオとジュリウスは以降、続編レイジバーストのラスボスを倒すまでNPCとして連れて行けなくなってしまう。

 

 前作、無印及びバーストのGEではリンドウが死んだとされていたが、その描写が直接映っていた訳ではなく、腕輪と神機が残されているという証拠だけだった。

 それに、エリックの様にハイスピードハンティング!なんて冗談も言える場面でもなく、フライアの庭園で葬儀も行われ、鎮魂歌が空しく響く……

 

 ゴッドイーターとしての現実を叩きつけられる、外してはならない場面。

 それ故に、かなりの賛否両論があったそうだ。

 

「シアーン! ヘリ来てるぞー!」

「……ん」

 

 あれこれと考えている内に、帰投ポイントにヘリが到着していたらしい。コウタに生返事を返しながら付いて行く。

 

 

 

 見上げた空は、まるでこの内心を映し出すように、赤く赤く、その雲行きを怪しくしていた。

 

 

 ◯ ✖️ △ ◆

 

 

 極東支部に戻ると、先ずはやる事は一つ。

 報告書の提出だ。

 

 任務に着いた神機使いが無事に帰投した事と、任務中の異常やその他諸々のアラガミの詳細、部隊全体で拾得したアイテム……これらを報告し書類に纏めて、報酬金を受け取るまでが仕事だ。

 

 部隊で任務を行った際、書類提出をするのは大抵隊長か副隊長の仕事である。

 ソロの場合は無論自分で提出しなければならないが。

 

 今回は俺に一任されたので、ちゃちゃっと報告を纏めて、ヒバリちゃんに提出する。

 

 それをヒバリちゃんは流れるように一瞬で目を通した。

 神機使い志望の筈が、ベテランの動きだ。速すぎる。

 

「ふふ、エリナさんとエミールさんのフォロー、完璧でしたよ。コウタさんも手を焼いているそうなので、これからもお二人をよろしくお願いしますね」

「ん……」

 

 ヒバリちゃんの見ているだけで癒される笑顔を胸に、シアンは今日もクールに去るぜ……

 

「あ、シアンさん! 言い忘れてましたが、リッカさんが第五訓練場──〝適合試験会場〟で呼んでいるそうです!」

「……ん!?」

 

 

 

 

 場所は変わって、第五訓練場……通称、〝適合試験会場〟。

 

 目の前には、二つの赤い箱と白い神機、紫色に白のラインが入った腕輪が置かれている。

 

 これが意味するところはただ一つ。

 

『任務の終わって直ぐに呼び出してごめんね。もうなんとなく分かっちゃったかもしれないけど、これは世界初の『第四世代神機』適合試験。神機を二本扱うにあたって、腕輪も二つ用意してあるんだ』

 

 ……キタコレ。

 

 俺が兼ねてより要望していた、俺の為の新たな神機。

 

 この純白の神機こそ、俺が求めていたものだ。

 

 あの生えてくる神機は作りやすいが脆いし、何よりゴッドイーターな以上は神機の一つくらい持っていたかった。

 

 上の方で試験を見守ってくれているリッカを見上げると、眼にはくっきりと隈が浮かび上がっていて、相当寝ていないらしい。

 

 神機が欲しいというただの欲望を、あんなになってまでが叶えてくれたと思うと本当に頭が上がらない。

 

 リッカちゃん大好き! 結婚して!って言っても良いまである。

 いや、そしたらあいつにぶん殴られて笑われるかな……

 

 気持ちがすーっと穏やかになると、リッカの隣に二人、誰かが並んでこちらを見守っていることに気がついた。

 

 一人は、着物にインバネス・コートを羽織った和洋折衷の様相をした、いつもの博士。

 もう一人は、リッカの右隣に居る、白衣姿の初老の男性。少なくとも、顔は一度も見たことがない。

 

 その人は、気怠そうというか、あまりこの試験には興味なさそうなご様子。

 あれだ。眠くなるくらい長々しい校長先生の話を、先生に怒られたくないからどうにか意識を保ってる隣の男子みたいな顔をしている。

 

 その男性をジーっと見つめていると、半目でジーっと見返された。

 

 じー、じー、じー…………

 

『……犬飼博士。あまりシアン君を睨みつけないでくれないかい?』

『なんだと? 最初に睨みつけてきたのは先方からだ。私が責められる謂れはないぞ』

『その嫌味ったらしい言動を控えたら、説得力があると思うけどね』

 

 ……犬飼博士?

 

 あれ、どこかで聞いたような名前だったような……なんだっけ。

 

『ああ、シアン君にはまだ紹介していなかったね。彼は犬飼アキヒコ博士。オラクル捕食能の権威で、神機開発において最大の功労者となった傑人さ』

『フン……アラガミに紹介してやる名など無い。早く実験を再開したまえ。私はいま非常に不愉快なんだ』

『すまないねぇ、シアン君。彼は素直じゃないんだ。この第四世代神機の開発やP41偏食因子の研究にも協力してくれているし、ここは私に免じて、勘弁してやってくれると嬉しい』

 

 そ、そうですか……

 

 博士はさておき、今回ここに来たのは、この第四世代神機との適合に来た訳だ。

 

 早速近くまで来て各部について観察してみると、全体的に色々な箇所が従来と異なっている。

 

 第四世代と銘打つだけあって、腕輪のカラーリングさえ既存と異なっていた。俺のコアや瞳の色合いからかアメジスト色で、高級そうに見える。

 

 神機パーツは、見るからにフライアの制式装備、クロガネの派生進化──シロガネ長刀型、重火型、大盾型だ。

 

 しかも、刃や縁が黒で、刀身や銃身などが白という配色。

 クロガネがシロガネに派生した後、更に強化されたシロガネ参式のカラーだ。

 

『何となく気づいたと思うけど、この子のパーツは、フライアが使ってる最新型が元なんだ。開発したギル君とトウカちゃんは、『シロガネ装備』って呼んでる。で、それに、犬飼博士がシアンちゃんのオラクル細胞でチューンアップを施したのが、この『新シロガネ装備』。シアンちゃん専用だね』

『……特段、熱心に開発に協力していたわけではない。こんなもの、私には無聊の慰めにもならん。……開発したマクレインと日霊とやらは、中々見どころがあったがな』

『あ、あはは……でも、性能はお墨付きだよ』

 

 まじまじと見ていたからか、リッカの補足が入った。

 

 ギルのキャラクターエピソードの方は、女主人公ポジと思われる新メンバー、トウカがやってくれているらしい。

 ギル主♀︎は個人的にも好みなので、ガンガン仲良くなって欲しいところだ。

 

 犬飼博士は……サカキ博士の様子からしてあれが割と平常なのだろう。科学者は気難しいのが多いイメージだし、そういうキャラとでも思っておけばいいかな。

 

『あと、適合って言っても元は君の身体だし、そんなに痛くないと思うよ。準備が出来たら、両手を台座に置いて神機を握ってみて』

「……こう?」

 

 赤いダミーの腕輪と左腕のタイツ的なアレを取り外して、言われた通りに神機を握る。

 

 普段の神機には無い金属の冷たさを感じていると、二つの台座の蓋が手首を強くプレスした。

 

 極東製の適合装置は、下に置かれた腕輪の半分に、蓋に用意されたもう半分を上からプレスする形式を取っている。

 フライア式はドリルでアタッチメントが付けられるので割と見た目が怖いので、実は極東式で一安心していたり。

 

 とかなんとか思っていると、プシューと音を立てて台座の蓋が開かれてしまった。

 

 適合試験と言えば、なんかスゲー強烈に痛いというイメージが強い。

 ほら、GE2の主人公は試験中に絶叫してるし。

 

『ほらね? 痛くなかったでしょ?』

 

 ……いや、まあそうなんだけどさ。

 

 折角なら試験中に絶叫してみたかったというかね? どんな風に痛いのかとか、ちょっと気になるし……

 

 満面の笑みを浮かべるリッカちゃんに、寧ろ逆が良かったとは言えずにバツが悪くなったが、今は試験の真っ只中なのだ。集中集中……

 

『うーんと……どこも身体に異常は無さそう?』

「……問題無い」

『オッケー。それじゃあ、神機を使ってみて。前に神機を使ってるって聞いたけど、やり方は覚えてる?』

「ん……大丈夫」

 

 少しリッカちゃんの口調にチュートリアルっぽさを感じるのは気のせいだと思いたい。

 

 台座の神機を掴んで、試験会場の真ん中にやって来ると、先ずは基本である形態の変遷。

 

 右の神機にRボタン……ではなく意志を込めて命令すると、剣が引っ込んで銃が前に出る。そして剣形態と命令すると銃が引っ込んで剣に戻る。そして盾も展開可能と。

 左腕も同様の挙動でガシャンガシャン出来た。両手でやるの楽しいな、これ。

 

『うん! ゴッドイーターと神機間の意思伝達は問題無さそうだね。二本で運用してるから負担が出るかと思ったけど、その条件はクリア。次は捕食形態にしてみて』

「ん……」

 

 いつもの様に捕食の動作を取ろうとすると、それと同時に捕食口が形成された。左神機も同時に捕食形態を取り、ガブッと目の前の空間に食らいついた。

 

 ……はあぁぁぁぁ。

 

 良い。このメカメカしさと生々しさが融合しているのが本当に堪らない。

 

 厨二心を擽られるような、少年の頃の興奮感というか、クリスマスプレゼントにビデオゲームを貰った時みたいな……というよりどちらかと言うと、「シャアザクかっけー!」とか「専用機すげー!」とか「俺がガンダムだ!」的な気分かな?

 

 いやそんなのはどうでもいい。

 これから、これを完璧に使いこなせるように練習だ。

 

『……よしっ。じゃあ、これで適合試験は終了だよ。戻ったらラボラトリでバイタルチェックとか、もろもろの測定するから忘れずに来てね』

「んっ……!」

 

 ……嗚呼、素晴らしき哉、神生(じんせい)

 

 

 ◯ ✖️ △ ◆

 

 

「……実験は無事成功だね」

「当たり前だろう。何せ、元となった材料は奴のオラクル細胞だ。馴染まないわけが無い」

 

 その返答に、サカキは苦笑した。

 常に嫌味な言動が口を衝いて出ている彼の本質を、限りなく理解しているサカキにとって、その言葉に喜色が混じっていると悟るにはそう時間は要らなかった。

 

「……じゃあ、偏食因子を投与した私も適合出来るかな?」

「適合? そんな工程など無いに等しい。P41を投与されさえすれば、誰であろうと第四世代を扱える……遺伝子の問題で、多少の適合率の差は生まれるだろうがな。確実に50%は切らないと試算が出ている。ヒト型アラガミのオラクル細胞とはそういうモノだ。ヒトと相似していて、相性が悪い道理は無い」

 

 言うまでもない質問をおどけて言ってみせると、今度は饒舌に答えた。

 

 ヒト型アラガミのオラクル細胞は人間に対し偏食傾向を持たない。それはシアンだけでなくシオもまた然り。

 この性質があるからこそ、サカキはP41の存在を危惧し、内密に実験を行っていたのだ。

 

「いや、実際にやろうと思ったら、ちょっと怖くてね」

「フン、皮肉だな……これまで一般市民に適合試験という犠牲を強いてきたお前が言うのか」

「怖いものは怖いだろう? そもそも、私は《星の観察者(スターゲイザー)》だ。こうして表舞台に出る事さえ遠慮したいとも」

 

 その言葉が一体何を意味するのか……内奥を巧みに包み隠したまま、こちらを見透かしてくるような双眸から目を逸らし、アキヒコは再びフンと鼻を鳴らして、ささやかな反抗を顕にした。

 

 一方、リッカはと言うと、水色のラベルのソーダを隣にいた彼に手渡している所だった。

 

「……あんなに自然に笑いやがって」

「くふふ、そうだね。子供の頃、私も機械の部品とかを貰った時はよくこんな顔してたから、なんか嬉しいな」

「神機を貰って子供みたいに嬉しがるヤツは、そうはいないだろう」

「そうかなぁ……神機、結構格好良いと思うけどなぁ。……あ! ソーマ君も、何かシアンちゃんにプレゼントあげてみたらどうかな? あの子ならきっと喜ぶと思うよ」

「フッ……それもそうか。まぁ、考えておこう」

「考えておくんじゃなくて、絶対あげた方が良い!」

 

 消極的な態度に、呆れつつ、語尾を強めて断言すると、ソーマは困ったような、悩ましげに肩を竦めて返した。あまり自発的にやった事の無い行動に、どうにも気が引けるのだ。

 

 缶をカシュッと開けて一口。ソーマは凭れていた背中を持ち上げ、部屋を退出した。シアンに何か、プレゼントをしてやろうかと悩みながら。

 

 その白衣の広い背中を、険しく眉間の皺を刻み込ませたアキヒコにじっと睨め付けられながら……

 

 

 

 




実に三ヶ月ぶりでビックリ。
ちなみにエタる予定はないです。

ソーマ君がシアンに渡すプレゼント

  • ネックレス
  • イヤリング
  • 指輪(え
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