神さまばっかの世紀末な世界に、俺が望むこと   作:赤サク冷奴

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みんなのトラウマ


ウィジャボード 下

 

From:高峰サツキ

件名:ブラッドと合同の野外昼食会の開催について 

 

一昨日話し合った件の事なんですが、折角なのでブラッドと一緒にやる会に混ぜた方が早いと思ったんで、神機兵との演習が終わったら、シアンちゃんも一緒に来てくださいねー。

あ、音響機器とかは用意しておくので、手ぶらで問題ないですよー。

それに、ブラッドのメンバーの方々に聴いてもらえるなんて中々ない機会ですよ?

詳細はまた後で連絡しますから、それまで喉を慣らしておいてください。

 

もし来なかったら……分かってますよね?

 

 

 

 そう送られてきたメールを見て、うぐっと声を詰まらせた。

 

 伝説の鬱イベントは回避するとして、その後に歌わされるのだ……ヒロやロミオ達の目の前で。絶対にサツキだけは締めてやる。

 

 にしても、歌う曲……どうしようかな。

 『光のアリア』は御本人がいる前でなんてとても歌えないし、後は……

 

「どうした? そんなとこで考え込んだりして」

「……む。丁度いい所に」

 

 思いがけぬところでソーマGET。

 

 こんなサテライトまで来るとは何事だろうかと思いつつも、ソーマの腕を掴んだ。

 

「……この腕は何だ?」

「……これから、何する?」

「何するって、ヘリでアナグラまで帰るが」

「……じゃあ、連れてって」

「は?」

 

 ぽかんと口を開けるソーマの手をグイグイと引っ張って駄々を捏ねてみると、胡乱な目付きでじっと睨めつけられる。

 

「お前には任務があるだろ」

「今は無い。だから、早く」

「いやな……」

 

 ジーッと目を見続ければ、降参したのか、分かった分かったと宥めて、腕を引っ張ってくれた。チョロいぜ。

 

「で、わざわざ俺に頼った理由はなんだ? 別に一人でアナグラくらい帰れるだろ」

 

 待機していたヘリに乗り込むと、予想するまでもなく尋ねられた質問に、ただ一つ返す。

 

「ソーマの部屋に行きたい」

「……随分といきなりだな。俺の部屋なんざ行っても、大したもんはねぇよ。せいぜい、コンポがあるくらいだ」

 

 コンポ……って、確か、プレーヤーとかスピーカーとかの、音楽聴く本格的な機材のことだっけ?

 

 そう言えば、エイジスで流れたシオの記憶の中で、シオがソーマの部屋にあったコンポとやらで『my life』を聴いていたな。

 

「ん。それを使わせて欲しい」

「あ……? お前、CDなんか持ってんのか?」

「……無い。でも、ソーマなら色々持ってるはずだから、多分それもある」

 

 シオの記憶では、『フライ・ミー・トゥー・ザ・ムーン』なる、聞き覚えがなくもないジャズの曲を聴いたり、シオが『my life』のディスクを口の中に入れて、それを引っ張りだそうとソーマが悪戦苦闘したり……

 

 ゲームで語られなかった、シオが曲を知ることになった一幕だ。

 

「……大丈夫。口の中に入れたりはしない」

「そんなシオみてぇな心配はしてねぇ」

 

 フッと笑う。今でも鮮明に覚えているのか、どことなく目が優しい。

 

「で、シアンが聴きたいっつう曲は何だ? タイトルが分かんなきゃ、ジャンルを特定して片っ端から聴いていくしかないが」

「……そこは大丈夫。でも『my life』があるなら、多分持ってるはず」

「……それって、まさか」

 

 オ──と言いかけたソーマの口を人差し指でピトッと押さえつける。

 一度、これやってみたかったんだよね。

 

 まあ、ずっとやってると恥ずかしくなってくるので、頃合を見てすっと腕を引く。

 

「……月まで飛んでいけるなら、雲ぐらい越えられていい」

「お前な……」

 

 呆れ混じりの溜息を吐かれる。だが、俺は歌わなくてはならない。

 

 ユノの前で恥を掻く真似は、絶対に阻止しなければ……!

 

 

 ◯ ✖️ △ ◆

 

 

 作戦当日。

 

 第7サテライトで、ブラッドα隊と作戦が始まるまでの待機を命じられており、俺は手持ち無沙汰過ぎて、パイプ椅子で足をぶらぶらさせて待っていた。

 

「? 何見てるの、それ」

「ふっふっふー……じゃーん! 今度のピクニックに持って行くお弁当です!」

「あ、美味しそうだ」

 

 ヒロが、作戦が終わったらやるという野外昼食会……もといピクニックの事でナナと盛り上がっている。

 

 俺もいくつか料理は出来るが、この世界ではあまりに物資がないので、得意な料理は大体作れない。少なくともアヒージョは無理そうだったよ……ピクニックに持ってくものでも無いが。

 

「あの神機兵、いきなり実戦投入するのかよ。いやな予感しかしねぇ……」

「神機兵の信頼性は向上しているとのこと。機能不全の可能性は限りなく低い……という、クジョウ博士の能書きをとりあえず信じてみようか」

 

 俺の隣でそんなことを話し込んでいる、ギルとジュリウス。

 そんな能書きは当てにしない方が吉だ。ラケルによって強制停止させられるのだから。

 

 足をぶらぶらさせるのを止めると、二人に向き直った。

 

「……今回、確実に神機兵は停止する」

「? 何か確証があるのか、シアン」

 

 確証……なんてものは一つだってありはしない。

 

 ラケル先生の事だから、そこら辺の証拠隠滅もきっちりやっているのだろう。フライアに忍び込むのは難しいし、神機兵の中身をこねくり回したけど、専門外で何も分からなかったし……そんなわけで、証拠は何一つ無いのだが。

 

「……気を付けた方がいい。忠告はした。私は出来るだけの事をやるだけ」

「おい、テメェは何を知ってやがる。一人だけ分かったような顔しやがって……って、待ちやがれ!」

 

 ギル君には悪いが、これ以上言えることはない。

 

 神機ケースを両手に携え、ギルの制止に振り返りもせずに走り抜ける。

 

「お子さんの手をしっかり握ってあげてください──! 急がず焦らず、周りの人と歩調を合わせて──ってシアン!? ど、どこ行くの!?」

 

 ごめん、ユノ。また後で。

 

 内心で謝ると、人混みを掻き分けて進み、外のゲートに到着する。

 

 ここから、対アラガミ装甲壁の上まで、50メートルある階段を駆け上がって登ると、神機ケースを床に置いた。

 

 見れば、ここ……ウェストゲートの方の奥の平野から、アラガミらしい大群が迫っているのが見える。

 

 こちらには、神機使いの人員がいっぱい居るので、これはそっちに任せておいてと……

 

 二振りの愛機を握りしめ、右の方向……北に向かって壁の上をひた走る。

 

『第7サテライト防衛班各員に通達! 第23ブロックが突破されました! 至急、担当班はアラガミの討伐に向かってください!』

 

 通信はスルー。クレイドルは今回、遊撃班の様な自由な役回りなので、俺が居なくとも回るようになっている。

 

 そして、走る事三分。ノースゲートまでやってきた俺は、その場に伏せて、右神機を持ってスナイパーで構える。伏射という奴だが、生憎と実戦で使うのはこれが初めてだ。

 

 スコープを覗き、丁度よくいたウコンバサラに、氷属性の狙撃弾を叩き込む。数発も撃てば、簡単に倒れたそれから目を離し、次の目標を狙い……

 

 どれくらいそうしていたか。いつの間にか、ここに来ていたアラガミの大群は一通り殲滅し終えたらしい。

 

『こちらブラッドα、南のアラガミは全部やり終えたぜ』

『こちら第九部隊! 誰だか分かんないが、ノースゲートからの狙撃サンキューな!』

『第7サテライト、神機使い、居住者、避難民全て負傷者は確認できませんでした』

 

 ヒバリさんが、テキパキと確認を進めていくのを聞きながら、伏射姿勢から立ち上がって空を見上げた。

 

 ゴロゴロと音を立てて唸る黒い空は、これから起こる事を示唆しているかのように不吉に蠢いている。

 

 

 

 

 ──やがて、雨が振る

 

 

 

 

 そして、その次に、目の前の空に広がる、赤い雲を見た。

 

 

 

 

 ──絶望の種を育む雨

 

 

 

 

『赤乱雲が予報より5時間も早く来ています! 第7サテライト防衛班は安全を確認でき次第、直ちにシェルターに退避を!』

 

 ……赤乱雲。

 

 人間が一度でもその雨に濡れてしまうと、致死率100%の病気──実際には偏食因子の増殖によるものだが──である黒蛛病を発症する。

 

 それは最早死をもたらす象徴で、さっきヒバリさんが声を荒らげたのはそういう訳なのだ。

 

 なので俺も早くシェルターに……とはいかない。

 

 このイベント、神機兵の合同演習では、住民を守る筈の全ての神機兵が原因不明の停止を起こし、それとほぼ同時に予測よりも早く赤乱雲がやってくる。

 明らかに仕組まれた偶然の連続。そして、いつぞやのお爺さんお婆さんがまだ集落に取り残されていると知ったロミオが、ノースゲートに向かい、そこでマルドゥークと交戦して……という流れとなっている。

 

 俺の目的とは、ロミオと共にマルドゥークを撃退し、ロミオの死を回避すること。

 別に後で復活するからいいじゃないかと思っていても、どうしても見過ごせなかった。

 

『ブラッドβ! 聞こえるか、状況を報告しろ!』

『こちらブラッドβ、敵残数一体です』

『こちらコウタ、周辺住民の護送が終わりそうだ! あとは神機兵に任せて撤退する!』

 

 

 

 

 ──雨は降り止まず、時計仕掛けの傀儡は来るべき時まで

 

 

 

 

「──眠り続ける」

 

 

 

 

 

『フライアから緊急連絡! すべての神機兵が停止していきます! 原因は現時点で不明……』

『全極東支部員に告ぐ! 全員作戦を中止し、直ちに撤退しろ! 第一部隊隊長の権限において命じる……撤退だ』

 

 ……止まったか。

 

 もうすぐそこへ迫りつつある赤い雨だが、今更臆することは出来ない。

 赤い雨は、アラガミには通用しない……いや、影響が無いのだ。これまで、意図的に避けてきたが、それも今日で終わり。

 

 赤い雨だろうがマルドゥークだろうが、掛かってこい。

 

 そう決意を胸にすると、複数の偏食場が現れた。この音は、ガルムが三体と……アーテル・カリギュラに酷似したものが一つ。

 

 そちらに目を向けると、案の定、白い(たてがみ)を揺らして、走ってくる狼──マルドゥークだった。

 

 下には、突然神機が止まった事に狼狽えている神機使い三人の姿。第九部隊とか言ったか。

 

 スナイパーに変形した右神機を剣に戻し、放ってあった左神機を持って装甲壁を飛び降りる。

 

 

「誰か! 聞こえるか! 頼む、助けてくれぇぇぇ!!」

 

「……ん。助けに来た」

 

 

 駆けながら薙ぎ払われたマルドゥークのガントレットをジャストガードで受け止め、勢いよく二つの神機で斜めに切り裂く。

 

 真横からガルムの熱球が飛んできたのをステップで避け、左の神機の氷爆弾で牽制、別方向から飛びかかってきたガルムを両手の神機で押し返す。

 

 チッ、4対1は有り得ないだろ……

 

「あ、あんた……〝揺りかごの天使〟……」

「死にたくないなら、早く行け! ……私は、ここで奴を止める。生き延びたいなら、私には構わないで」

「っ……済まん! お前も機を見て早く離脱してくれよ!」

 

 隊長らしい男はそう言い残して、隊員の二人を連れてノースゲートから去っていく。

 

『シアンさん、気を付けてください! 相手は恐らく、ガルム三体共に《動異種》である可能性が高いです! マルドゥークは《黒き暴君》の力を得ている為、行動が素早い事も予想されます……気をつけて!』

 

 ヒバリちゃんの忠告を聞きながら、懐から取り出した、注射キットとなっている強制解放材を噛み砕いて飲み干す。身体が強制的にバースト状態にされ、疲労感が襲うが、構ったものでは無い。

 そのまま、意志を練り上げる。

 

 黄金の燐光を纏わせた、『ダンシングダガー』。眼前に迫るガントレットに向かって閃光が煌めき、ガルムがよろめくと、追撃して首元に神機をねじ込む。そのままアラガミの膂力でマルドゥーク達に斬り捨てつつ、投げる。

 

 マルドゥークの指示か、二体が用意していた熱球が投げ飛ばしたガルムに直撃した。身体を焦がしながら仲間の元に捨てられたガルムへ、左のブラストを構え直し、氷属性のメテオが放たれた。

 

 無論、三発全部が三体に命中した訳では無い。ガルム達は《動異種》なのか、最初の一発は三体全員に当たったが、残り二発は全て斬り捨てられたガルムに命中。その一体だけが息絶えた。

 

『アラガミ、討伐! まだ三体残っています、焦らず隙を突いて攻撃を!』

 

 すかさず、『シュトルム』でガルムの死体に食らいつき、コアを吸収。俺自身と神機がフルバーストモードに移行した。

 

 だが、ゆったりしていられる暇はなく、マルドゥークが、黒き暴君を思わせる神速じみた突進で急接近。

 咄嗟のガードをしたが、勢いを殺し切れず、民家の壁を突き破りながら神機を地面に突き刺して止まると、追い打ちとばかりにガルムがガントレットを地面に叩きつけて、爆発させ、民家ごと吹き飛ばされた。

 

『シアンさん!? バイタルが危険域です、確認して下さい!』

 

 ……こんなん、アリかよ。

 

 空を舞う身体に鞭を打って回復錠を数個口に入れると、神機のエンドグリップを接続……薙刃形態に移行した神機を眼下のガルムへ向ける。

 

 今度は青がかった深紫を纏わせ、一回転しながらガルムへ叩きつける。直後、乱れるような連撃が襲った。薙刃形態BA『ファントムペイン』だ。

 

 ついでにプレデタースタイル『弐式』で喰らい、バーストを回復させておく。正直、マルドゥーク相手にバースト無しでは勝てるビジョンが見えないのだ。

 

 薙刃で頭を斬り上げると、その顔面を脚撃で思い切り蹴飛ばして、もう一度ガルムを撹乱してみる。転がり落ちていったガルムに、残ったガルムが衝突するが、近くにいたマルドゥークはそれをひょいと躱して、こちらを見据えてきた。

 

 あの位置じゃ、巻き込まれてくれないか。

 

「……あっ、シアン!」

 

 元気な少年の声が聞こえて、ビクッと肩が跳ねる。ピチャピチャと、赤い雨に濡れた地面を走りながら、彼はやって来ていた。

 

「……ロミオ」

「おうよ! さっき、通信があったんだぜ、〝揺りかごの天使〟が、俺達の代わりに命張ってくれてるってな」

 

 にしても、幾らアラガミの身体でも、防護服くらい着けとけよなー、とか、割と呑気な事を言っているロミオは、目の前の状況──マルドゥークがこちらを睨んでいるという──を見て、げぇっと鳴いた。

 

「ちょっ、アイツ来てんのかよ!」

『依然、二体のガルムも偏食場が確認出来ます……ロミオさんは、ガルムの対処を優先し、シアンさんを援護してあげて下さい!』

「お、おう! 分かったぜ、ヒバリさん!」

 

 うむ。適切な指示出しをありがとう。

 マルドゥークはどうやっても、今のロミオに相手できる奴ではない。

 

「あ、そうだ……シアン。実は、北の集落の爺ちゃん達がまだ避難し終わってないんだよ。俺達がここで食い止めないと、爺ちゃん達が……」

「……助けないと、ね」

 

 ロミオに頷くと、マルドゥークがガントレットを展開し、瞬間移動じみた速度で至近距離に現れ、爆炎を放つ。

 遅れて、二つの神機の装甲を開いた。腕に焼け付くような痛みが広がる。

 

「……ロミオ、行って!」

「わ、分かった!」

 

 薙刃から双刃に。爆炎を放ち終わったマルドゥークがバックステップするように逃げ去るが、ステップで距離を詰めれば、刃にたちまち青い炎が灯る。それを頭に振り下ろすと、マルドゥークの身体がよろめいた。

 その『双刃衝破』に続き、翠光が身体と一体になって右の神機共に突進する『瞬光刹』を繰り出すと、奴は上跳びに回避した。

 

 頭上から掴みかかってくるマルドゥークのガントレットに、薙刃がぶつかり合う。

 

「ッ!? チィッ……!」

 

 ガントレットが展開され、爆発。それをもろに受けて、地面を転がっていってしまう。同時にコアが割れて、それが一瞬で再生された。

 残りのオラクル残量的に、あと三回だけ。

 

 

 しかし、ここまで手応えが無いとは、驚いた。まるでダメージを与えられているようには見えない。

 

 それに、明らかにこちらが劣勢。やってくれるな……

 

 

 チリチリと焦げた臭いがする中、バースト状態の再生力に任せて、立ち上がる。

 

 活性化の一つもしないのかと、余裕綽々といった相手の姿に、思わず歯噛みする。

 

 行動は普通のそれでは無いし、ガントレットを使った立ち回りは厄介以外の何物でもない。

 

『シアンさん……赤い雨の中での戦闘は、長引かせない方が得策です。撤退を最優先に!』

「……それは駄目。まだ、避難も終わってない」

『でも……』

「大丈夫。必ず、戻るから」

 

 右神機の狙撃銃を膝で構え、ガントレットを狙う。第一射、命中。第二射、回避され、第三射、命中。

 その途端、マルドゥークがガントレットを展開し、熱球を五、六個飛ばしてくる。

 

 空いた左手で左神機を持ち直し、盾を展開。大質量に、身体を踏ん張りつつ耐えると、瞬間、マルドゥークのガントレットが上に現れて、盾を上から押し付ける。

 

「んぐっ……!?」

 

 神機がミキキッと嫌な音を立てる。両腕も、あまりの力と重さに悲鳴を上げていた。

 

 

 構図は、ボロボロになったいたいけな少女を片手間に嬲る化け物。

 俺も化け物ではあるが、見た目は厨二めいた衣装を着た白髪ロングの美少女。これが画面上なら非常に燃えるシーンだが、当事者としては全くもって嬉しくない。寧ろキレるまである……

 

 ……って、俺、こんな時に何考えてんだよ。

 

 

 現実逃避していた自分を張り飛ばし、目の前でせめぎ合う神機とガントレットへ目を向ける。

 

 その時。

 

 フルバーストの光が霧散した。

 

「──ぎぃっ!?」

 

 励起していた神機と俺自身の身体がすぅっと力を失い、拮抗していた力が一方的なものに変わる。

 

 正に、この最悪のタイミングでの事だった。

 

 腕が徐々に曲がり、力に押し負ける。腕がプルプルと震え、神機が段々こちらに押されていく。

 

 視界の端で、マルドゥークが空いているもう一つのガントレットを徐に振り上げていた。これはまずいと冷や汗を掻いた。

 

 頭の中で打開策を考える。

 インパルスエッジによる脱出……装甲展開中につき、オラクルエネルギーで自爆するので無し。

 スタングレネード……片手で神機を持てば、その瞬間地面のシミだ。

 エンゲージ……残念、ロミオとは別の場所で戦ってるので、感応率を上げることも出来ない。

 

 これが所謂八方塞がりか……って違う!

 

「だ……れか……!」

 

 そう願った時、一陣の風が吹いた。

 斬撃の嵐が吹き荒れ、マルドゥークの身体が倒れる。

 

 

 ……はぁ〜。俺がどんだけ待ってたと思ってんだよ、この野郎め。

 

 

「俺も加勢させてもらおう」

「……やっと来た。遅い」

「……まるで、俺がやって来ると思っていた口振りだが」

 

 そうだよ……と、ロミオを追い掛けてやってきたジュリウスをジト目で見ると、スッと視線を逸らされ、マルドゥークに向ける。

 

「身体は持つか?」

「ん……ちょっと待って」

 

 ポッケに手を突っ込んで、回復錠改を二個ほど噛み砕いて飲み込んでから、右神機を手に取って立ち上がった。

 

 それと、せっかく二人居るのだから、エンゲージを発動して……

 

「っ! 来るぞ!」

「……クソめ」

 

 薙刃形態にした神機を片手に持ちつつ、ジュリウスの手を取って逃げる。マルドゥークの速度的に振り切れはしないが、この時間さえあればいける。

 

「……この手は」

「黙って」

「…………」

 

 頼むから感応波のチューニングの邪魔をしないでくれ!

 黙って手を握ってろ!

 

 こいつは体質が体質で、それはもう複雑な感応波のパターンをしている。

 なので、こうやって感応波を合わせるのも中々面倒だ……なっと!

 

 

 

 

 

 

 

ジュリウス、シエル、ロミオ、アリサ、ソーマ

ジュリウス、シエル、ロミオ、アリサ、ソーマ

 

 

『ジュリウスさんとのエンゲージ、成立しました!』

 

 よし……曲がりなりにも、一緒に戦ってきた仲間だ。これでエンゲージが成立していなかったら、ジュリウスが心の底から俺を信用していない事になっていた。

 ピクニック隊長で本当に助かる。

 

「これが……ヒロとしていた〝エンゲージ〟の感覚か。妙に暖かいな」

 

 妙にって何だよ……

 

 まあいいや。

 

 マルドゥークの攻撃を全部ジャストガードで受けながら、背後のジュリウスに顔を向ける。

 

「ジュリウス、〝統制〟を三回発動して」

「……擬似的にフルバーストするのか。負担が重いが、やってみる価値はありそうだ」

 

 ゼロスタンスの構えをしたジュリウスが、意志の力を高めていくと、神機と俺の身体が淡く光を纏った。

 

 乱雑に振り撒かれる熱球を全て装甲で受け切り、俺とジュリウスが駆け出す。

 

 ジュリウスがアサルトを連射してマルドゥークのタゲを取ると、剣形態にしてガントレットの振り下ろしをガードしている。そこへすかさず、俺のスナイパーが火を吹いた。

 

 俺の体内オラクルを用いて放たれた狙撃弾のメテオ──『脳天爆発弾』が、着弾までのスピードを格段に速くしながら、威力そのままに雨あられと降り注いだ。

 ガード中のジュリウスも一緒に巻き込んで、計九発、全弾が命中する。

 

 俺の体内オラクルが、コアを後一個再生出来るかという量まで減少してしまったが、これでかなりダメージを与えられた筈。つまり……

 

『マルドゥークの頭部、ガントレット、結合崩壊!』

 

 ヒバリの通信に、計画通りと口角を上げた。ガントレットが壊れてしまえば、後はこっちのものだ。

 

 土煙が晴れると、マルドゥークはブルブルと体を揺らしていて、ジュリウスはその前でロングブレードを向けていた。

 

 だが、結合崩壊した以上、これからアラガミが取る行動は一つだけ。

 

 マルドゥークがガントレットを展開しながら、赤の空を見上げ……

 

『マルドゥーク……活性化!』

 

「ウォォォォォン!!!」

 

 感応波の嵐が吹き荒れ、耳をつんざく程けたたましい偏食場の音に、思わずがくりと膝を突いてしまう。

 

『なっ……エンゲージ、強制終了!?』

 

 最早感応種のレベルではない、そんな規模の感応波の嵐だ。エンゲージが強制終了するのは分かるとして、もう一つ、俺に異常が現れた。

 

 身体が、全く言う事を聞かないのだ。ピクリとも動いてくれない。

 あの感応波の音を聞いたから思わず膝を突いたのではなく、身体から力が抜けたから、自然と姿勢が膝を突く形になっていただけ。俺の意思は介在していない。

 

 それはまるで、感応種に遭遇して動かなくなった神機みたく。

 

 まさか、俺がアラガミだから、その影響を強く受けているとでも言うのか?

 

 想定し得なかった事態に、俺の頭は次の打開策を求める。だが、身体が動かせないのに、何が出来ようか。

 

『シアン、ジュリウス! 大丈夫か? 今そっちに行くからな!』

 

 

 ──やめろ、来るな!

 

 

 そう言いたくても、口が動かない。何も出来ない。

 

『ぐあっ!?』

『ジュリウスさん!? バイタルが低迷していますっ、早く回復を!!』

 

 ジュリウスのくぐもった重い声が聞こえた。マルドゥークの攻撃に吹き飛ばされたのか、それからは何も聞こえない。

 

 次に、俺が音も無く吹き飛ばされた。

 

 

 痛い。

 ただひたすらに、痛い。

 

 

 まともな受け身を取れなくなった無防備な身体が、地面を跳ねて、雨に濡れた真っ赤な地面に転がり、真っ赤な空を仰いだ。

 

「ッ、シアン、シアン!」

 

 

 ロミオ……

 頼む……やめてくれ。

 

 

「待ってろ、シアン……俺、アイツをやって来るからな」

 

 抱きかかえられた身体が地面に置かれて、首が横を向いた。

 

 バスターブレードを片手に歩いていくロミオと、火の粉を噴き上げ、悠然と歩くマルドゥークが対峙した。

 

 やめてくれと懇願する声も、辛うじて動いた手も、もう届かない。

 

 

 

 

 ──ああ、ロミオ

 

 

 

 

 ──歯車が狂おうと、貴方はやはり、世界の礎なのですね

 

 

 

 

 ロミオが走り、溜めたチャージクラッシュを上に振り上げる。

 

 『CC・アービター』の名が冠されたブラッドアーツは、赤い刃を地面に走らせ、マルドゥークに直撃していた。

 

 だが、それだけ。猛進するマルドゥークは、ロミオに飛びかかり、ガントレットを爆ぜさせる。

 

 そして、その眼を次に俺に向けた。

 

 

 このまま、俺を殺して喰らえば、それでもういいだろ……

 だから、帰ってくれ。

 

 

 ガントレットが振りかざされる。あの一撃を受ければ、俺は間違いなく死ぬだろう。そう直感した。

 

 

 オラクルは尽きた。俺はもう、何も出来ない。

 だから、こんな残りカスくらい、くれてやる……

 

 

 白の流星が、俺の身体に墜ちる。

 

 

 

 

 ……刹那、一つの後ろ姿が、その間に割って入った。

 

 

 

 

 ボロボロの防護服に身を包んだ、ニット帽の少年。

 

 神機のタワーシールドを展開して、俺を庇うようにして、そこに立っていた。

 

 

 そうだ、あの時も、こうやって……

 愛惟も、お父さんも、お母さんも、みんな……

 

 

 上に吹き飛ばされたロミオが、神機を手放しながら、落ちていく。

 

 

 やめてくれ……

 俺に、殺させないでくれ……

 俺のせいで、誰かが死ぬのは、もう嫌だ……!

 

 

 マルドゥークの右腕が構えられる。

 

 

 嫌だ、嫌だ、殺させてたまるか!

 動けよ……! 肝心な時に、何で動けないんだよ!

 誰かを守ってから死ぬのが、せめてもの償いだろうが!

 

 

………………!」

 

 右手が神機を情けない力で掴む。

 

 だが、そんな悪足掻きで何かが出来るはずも無かった。

 

 無情にも振り下ろされた鉄槌は、身体を抉りながら強かに、地面へ叩きつけた。

 

 

「ぁ……あぁ……!」

 

 

 首が、ロミオの横たわる方へ向いた。

 

 彼は、地面に手を突いて、立ち上がる。

 

 血だらけの腹を抱え、だらりと姿勢を傾けて、一拍。

 

 

 

 

「うぉぉおおお──────!!!!」

 

 

 

 

『大丈夫だよ』

 

『俺は、大丈夫だからさ』

 

『安心して、待っててくれよな』

 

『必ず、迎えにいっからな』

 

 

 

 

 ……そんな、優しい声が聞こえてきたような気がして。

 

 

 

 

 気が付くと、俺はロミオの傍で、その身体を抱えていた。

 

 マルドゥークは姿を消し、降り頻って地面に叩きつけられる雨音だけが、俺達を包み込んでいる。

 

 

「……どうして」

 

「……へ、へ……ごめ、ん……あいつ、倒せなかったよ……」

 

 

 俺が知ってる光景とは、まるで掛け離れていて。

 

 俺の腕の中で、ロミオは、輝くような笑顔で言った。

 

「あ……じいちゃん、達は……?」

「もう……避難は終わった」

「そっ、かぁ……良かったぁ」

 

 安堵の息を吐くと、ロミオは、何か驚いたように瞼を開いた。すぐに、ふにゃりとした笑顔になって、俺の顔に手を伸ばす。

 

 グローブの上から、拙く目尻を拭われて、今度は俺が驚く番になった。

 

「……シアンが泣いてるとこ、初めて見たなぁ」

「っ……!」

「笑顔も、良いけど……泣いてんのも、結構可愛いじゃん……」

 

 死に際に、なんて事を言ってるんだ……と、内心呆れが混じる。

 

 でも思えば男から可愛いという言葉を聞くのは、多分これが初めてだ。

 ソーマはそんな事は言わないし、アリサとかサクヤぐらいからしか聞いたことなかったな……

 

「なぁ、シアン……さっきさ、どうしてって……聞いたろ?」

 

 いきなりそう言われて、少し思考が固まる。

 

 ……確かに聞いたけど。

 そんなのは、自分から蒸し返すものじゃないだろうに。

 

 でも、蒸し返された以上、気になってしまう。

 

「……なんで、私なんかを……庇ったの?」

「……シアンなんか、じゃないって」

 

 尋ねて、返ってきたものは答えになっていなくて、何それと、零れ出る涙を拭いていると、真剣な目付きになったと思えば、ロミオはとんだ爆弾を残した。

 

 

「シアンだから、庇ったんだよ」

 

 

 シアン〝だから〟……それを言われて気付かない程、俺は鈍感でも無い。

 

 なんで、いきなり蒸し返されたのか。なんで、俺に可愛いなんて、一番似合いそうにないお世辞を言ったのか。

 俺は、その意図を今更ながらに悟った。

 

 最期だからと、ロミオは、最初で最後の告白をする為に……

 

「やっぱさ……好きな人のピンチには、カッコつけたいじゃん……」

 

『あはは……そりゃあ、ね……好きな人のピンチくらい、助けなくちゃ……』

 

 目の前の少年が、一瞬だけ、俺の愛しい人と重なって見えて、涙が一層溢れ出る。

 

 なんで、俺なんか、好きになるんだよ……

 

「……驚いたろ? でもさ……俺に親身になってくれた女の子って、あんま居なくて……俺の為に、一緒に訓練してくれたり、アナグラ抜け出したり、話し掛けてくれるんだぜ? ちょっと無表情がちだけど、そこも含めて、好きになってた」

 

 酷くうるさい雨の音さえ聞こえなくなって、ロミオの掠れた声だけが、鮮明に耳に反響する。

 

「……意外と恥ずかしいな、これ……コミュ力あっても、こういう所は全然ダメっぽい」

「……だいじょうぶ。男の子なんて、みんなそうだから」

「なんでシアンが知ってる風に言ってんだよ……!」

 

 だって、俺がその口だったしな……恥ずかしい顔を隠しながらギャーギャー騒ぎまくって……

 

 そう思うと余計に、涙が止まらなくなった。

 

 何回も涙を指で払いながら、不意に、ロミオの目があちこちに彷徨っているのが見えた。光のない青い瞳で、何かを必死になって探している。

 

「あれ……なんも見えなくなった……やばっ、すんげぇ寒い……」

「っもう喋らなくていい……!」

「なぁ、シアン……顔、見えないんだけど……」

「私はここに居る! 居るから……!」

 

 ロミオは睫毛に涙を溜めて、俺の身体に手を回した。

 

 まるで、母親を求める赤子のような手つきに、俺も抱き締め返す。

 

 体温はすっかり失われて、冷たくなった身体を温めてやるように。

 

 

「……ありがとう、シアン……こんな、俺に寄り添ってくれて……」

 

 

 もう、ほとんど聞こえない声が、紫色の唇の震わせながら耳に届く。

 

 

「……あ……それと……みんなに、メーワク掛けて、ごめんって……勝手に、飛び出して…………言っておいて、くれたら、嬉しい……」

 

 

 ロミオの涙が、俺の涙と合わさって雨と一緒に流れて、俺の腕に落ちていく。

 俺を抱き締めていた腕が、力を失って地面にぼとりと落ちた。

 

 

 

 

「弱くて、ごめん、な……」

 

 

 

 

 腕に乗せられた、人の体とは思えない程に軽いそれが、俺に全てを預けてしなだれがかった。

 

 最期の言葉は、俺もよく知っているもの。

 

 だからもう、動きはしない。身動ぎの一つも、起こさない。

 

 この重さも、俺は知っている。

 死人の、重さだった。

 

 

 …………あぁ。

 

 

 物言わぬ骸になったロミオを、そっと地面に横たわらせる。

 

 

 

 

 ……俺はただ守られるだけの存在じゃなくて、誰かを守れる存在になりたかっただけなんだ。

 

 

 

 

 証明したかったんだ。

 俺でも、誰かを助けられるって。

 

 お父さんもお母さんは、強盗から俺を庇って死んだ。

 それが嫌になって、俺は現実から逃げて、あいつに体を任せてしまった。

 

 バスの追突事故で、自分とわずか数人しか助からなかったあの日。

 自分だけ軽傷だった事を同級生に責められ、一時は家から出ない事を選んでいた。

 

 中学校。唯一の男友達が事故で亡くなって、それは俺と関わったせいだと、友達の親に怒号を浴びせられた。

 やっぱり、俺のせいだった。

 

 コンビニの前で、俺の買い物を待っていた妹が、アクセルを踏み間違えた自動車に轢かれて亡くなった。

 俺が待たせなければ、こんな事にはならなかった。

 

 唯一の幼馴染で恋人だった人は、爆破から俺を庇って死んだ。

 何もかもが嫌になって、俺は人生から逃げた。

 

 でも、昔の非力な自分とは違って、今なら、死ぬはずのロミオを、あのマルドゥークから助け出せる力もあるんだって。

 

 そして、また同じ事を繰り返して……ロミオに庇われて、俺だけのうのうと生き延びている。

 

 自分の注意が足りなかっただけなのに、自分だけが悪いはずなのに、みんな俺みたいな奴の命を気にして、自分を顧みてくれない。こんな俺なんかよりも、かけがえのない大事な命だったのに。

 俺を愛してくれる人間は、みんな不幸になる。

 

 嫌だ、もう嫌だ。

 

 全部、何もかも思い出してしまった。

 

 俺が殺した。俺のせいで、大事な人が死んでいく。

 

 

 

 

 ──世界が礎の、その終焉が来たる時

 

 

 

 

 傍に捨て置かれた右神機を逆手に持って、切っ先を胸に宛てがう。

 

 

 

 

 ──穢れなき神の子は、絶望の種を芽吹かせる

 

 

 

 

 残りのオラクルは、もう無い。

 たった一突きで俺は死ねる。

 

 傍に横たえられたロミオを見下ろしながら、神機の刃を食い込ませる。

 

 俺に出来る事は、何も無い。

 俺が、いまここに存在する意味がもう分からなくなった。

 

 せめて、最後に、何かしてやりたかったけれど。

 それも出来そうにない。

 

 

 

 

 ──されど真なる王は、ふたたび冠を戴きて、玉座に廻帰する

 

 

 

 

「……やっと繋がった! シアン、大丈夫……か……?」

 

 声が聞こえて、ふと顔を上げる。

 数メートル先で、シオが俺を見たたま立ち尽くしていた。

 

 不思議なことに、周りの時間は遅くなっていない。赤い雨が、ずっと地面を打ちつけられている。

 

「な、何やってるの!? シアン、ゆっくりその神機を下ろして。話、聞くから、絶対に早まらないで!」

 

 いつもの口調をかなぐり捨てて、ゆっくりとこちらに歩きながら、必死に訴えかけてくる。

 

 でも、俺はもう止まれない。

 

「……いまさら。それに、私が死ねば全部解決する」

「それは解決じゃない! ただの諦めに他ならない! 今まで、命を救ってくれた人達に報いて、必死に生きて、足掻き続ける……それがヒトの生き方だ!」

「──それでもっ!」

 

 それでも、俺は死ななきゃならない。

 

 見知らぬ誰かを救えても、大事な人さえ救えない、あまつさえ殺してしまう……そんな俺なんか。

 

 

()が生きていたって誰も救えないし、何にもなりやしない! それに気づいたんだよ! だから、もう、俺に構うなッッ!!」

 

「!!?」

 

 

 俺は、もう生きていたくない。

 

 たとえ独り善がりな事だとしても。

 

 救ってもらった命でも。

 

 逃げてばっかりだけど、もう、諦めていいだろ……?

 

 

「だめ……だめなんだよ、そんな事は……! 生きる事から逃げちゃだめだよ、シアン!」

 

 

 神機の先がコアを小突いたのを確認してから、赤黒い、曇天の空を仰ぐ。

 

 

「最期に……ロミオが、勝手に飛び出してごめんって、迷惑掛けてごめんって……ブラッドのみんなに言っておいて」

 

 

 それだけ言い残せれば、もう、十分だ。

 

 

 

 

 ありがとう、ヒロ。

 

 

 ありがとう、ロミオ。

 

 

 ありがとう、シオ。

 

 

 ありがとう、みんな。

 

 

 

 

「なっ……シアンッ!! テメェ、何しようとして……!」

 

 

 

 

 ……ありがとう、ソーマ。

 

 

 

 

 最期に、二人の家族の声が聞けて良かった。

 

 

 

 

「ああ、荒ぶる神の王よ……歯車に命を吹き込む神の子……」

 

 

 

 

 …………ごめんなさい。

 

 

 

 

「だめぇぇぇぇぇ────!!」

「やめろぉぉぉぉぉ────!!」

 

 

 

 

「ゆっくりお休みなさい……遍く世界を統べる、その時まで」

 

 

 

 

 俺の身体を……残された最後のコアを、一息に穿いた────。

 

 

 

 

 ◯ ✖️ △ ◆

 

sideヒロ

 

 

「急げ、急げ!!」

 

 ロミオとジュリウスがマルドゥークと接敵していると聞いて、赤い雨の中、防護服を着て、ノースゲートに向かって車を走らせる。

 

 車を走らせる前、暖かい鼓動を感じた……あれは、ロミオ先輩の《血の力》だ。確証は無いけど、前にも感じた事があったから、分かる。

 

 その直後に、サテライトに集まっていたアラガミが一斉に引き返したから、本当に《血の力》が開花したのだろう。

 

 ゲートの内側で車を停め、がむしゃらに外を目指す。時間が惜しくなって、強制解放剤を腕に打ち込んでバーストしてしまうくらいの焦りを感じながら。

 

 

「……ッ!?」

 

 

 ノースゲートを抜けた所で、今度は、あの鼓動に似て暖かい、しかし悲しみに満ちたような……えも言われぬ複雑な気持ちが伝わってきて、かと思えば、身体に満ちていた疲労がまるで無かったかのように抜け落ちた。

 

 ……血の、力。しかも、ロミオ先輩とはまた違う、知らない誰かの……

 

『だ、第7サテライト救護班から報告……負傷していた神機使い達の傷が、一瞬で癒えていきます!』

『こ、こちら第5サテライト! 怪我人が……神機使いとか、一般人とか関係なく、一瞬で癒えていきます……! 新しい機械か何かですか!?』

『極東支部より通達します! 現在謎の感応波が、極東地域全域に発せられました! 発生源は第7サテライト近辺と思われ……』

 

 その通信を聞いて、俺は思わず駆け出した。候補生のトウカは、別のサテライトのブラッドβ班にいるから、ブラッド以外で、尚且つP66偏食因子を投与された者……俺は一人だけ知っていた。

 

『いやー、つい出来心だったんだけどね? こう、ズバッと色々投与してみたんだけど、それどれとも拒絶反応を示さなかったんだよ。無論だが、事前に彼女のオラクル細胞で試験してるから、問題無いよ』

 

 そうサラリと言われた時は軽く引いたが、本人にも了承済みだというのだから、一応納得はした。

 

『彼女も、あるいは《血の力》に目覚めるかもしれないね』

 

 サテライトの外にある民家を抜けて、激しい戦闘の跡が残る地面を辿ると、視線の先に、四人の人物が立っているのが見えた。

 

 ジュリウス隊長と……防護服に身を包んで分からないが、シアンと同じような白い神機を持った人、白い衣装に身を包んだ、シアンに似た雰囲気の女の子、そして……

 

 

「……嘘、だろ」

 

 

 ……ボロボロになった、クレイドルの制服。

 

 血色の良い肌色は、元の真っ白な肌に戻っていて、その容貌は、初めて出会った頃のように無機質になっていた。

 

 心臓から、貫くように刺さった白い神機。

 

 その柄は、自分で握られたもので、その刃からは血が滴り落ちていた。

 

 認めたくなかった。でも、そこに彼女は立っている。

 

 

「シアン……」

 

 

 すると、ジュリウスが顔を上げ、こちらを見た。神機を携えて、こちらにやってくる。

 

「……これは、どういう事ですか」

「……済まない。俺が、守り切れなかった」

「守り切れなかったって……」

 

 明らかに、彼女は自殺していた。

 あの様子だと、コアも最後の一個だった所に、自ら止めを刺した……その後に見える。

 

 正直に言うと、まだ俺には、彼女が死んだんだと、実感を持って見れていない。あの残された二人の様子から、そうなんだろうと思えるが、心臓を突き刺されても、ケロリとして戻ってきた時の事を考えると、まだ生きてるんじゃないかって、勝手にそう思ってしまう。

 

 だが同時に、自ら命を絶ったその姿は、俺の心に深く杭を入れた。なんで、どうして、彼女はこんなことをしているのか……悲しみや嘆きよりも、驚きが何よりも勝っていて、戸惑いを感じていた。

 

 このままシアンを見続けていたら、頭がどうにかなりそうだ……

 

 ごめんと思いつつも彼女から目を逸らし、そして、はたと自分の目的を思い出した。

 

「あ……ロミオ先輩は……?」

「ッ……」

 

 所在を尋ねると、ジュリウス隊長は小さく息を吸い、顔を俯けた。

 

「……来い」

 

 重苦しい雰囲気でそう言われ、絶句した。

 

 

 まさか、そんな筈は……無いだろう。

 

 

 ジュリウスに連れられて、シアンのいる場所にやって来ると、気が付かなかったが、地面には一人、防護服の人が横たわっていて……

 

 防護服に大きく穴が空いて、中の衣服には血が染み込んでいる。それも、かなり多量で、到底生きてられるとは思えなしい出血量のその人は、俺が危惧していたそのまさかだった。

 

「ロミオ、先輩……!?」

 

 思わず神機を取り落として駆け寄り、名前を呼ぶ。だが、目を瞑ったまま動いていない。 

 

「そんな……嘘ですよね、嘘だって、言ってくださいよ、隊長……!」

「……そんなのは、こんなクソッタレな世の中じゃ当たり前にある」

 

 ジュリウス隊長ではない、聞き覚えのある声が聞こえて上を向いた。白い神機を握っているのは、褐色肌の男の人で……二回だけ会ったことがある。確か、ソーマさん……シアンのお兄さんだ。

 

 彼は吐き捨てるように様にそう言うと、シアンの身体を横抱きにして、俺達に背を向けた。その傍らには、少女もいて、不安そうにソーマさんを見上げている。

 

「……そーま」

「……こんな形で、お前と再会するとはな」

「…………うん」

 

 その遣り取りで、俺は何となく察した。

 

 あの少女は……恐らく博士が言っていた、シオというアラガミの女の子だ。シアンとは、似て非なる存在。月の特異点……

 シアン曰く、自分の姉にあたる人らしい。

 

 だから、その家族を亡くした喪失感が、胸にぽっかりと穴を開けてしまう。大事な妹が、目の前で死ぬ……そんな絶望と共に。

 

 二人の姿は、マグノリア・コンパスに送られる前の俺によく似ていた。

 

 そしてまた、俺も……一人の家族を、失った。

 

「先輩……どうして、先に行っちゃうんですか」

 

 意地っ張りで、カッコつけたがりで、でも後輩想いの良い先輩で……

 

「俺……まだ、先輩に返しきれてないもの、沢山あるんですよ……? ナナにも、チキン七ピース、奢る約束でしたよね……?」

 

 動かない。

 

「ギルへの借り、返すんじゃなかったんですか……?」

 

 うごかない。

 

「シアンに、好きだって、告白するんでしょう……?」

 

 ウゴカナイ。

 

「ほら、もう、晴れちゃいましたよ……」

「……ヒロ」

「早く、起きて下さい。みんな、先輩の帰りを待ってるんですから」

「もう、やめてくれ……ロミオは……帰ってこないんだ」

 

 ジュリウスの、嗚咽混じりの声がトドメになって、視界が滲み始めた。

 ポタポタと、防護服の透明なカバー部分に零れて、服を濡らす。

 

 

「ごめんなさい、ロミオ先輩……俺が間に合ってれば、こんな事には……あぁぁぁぁぁ────ッ!!」

 

 

 地面に腕を叩きつけながら、力の限り叫んだ。

 

 現実が崩れ落ちて、どん底に落とされて……

 

 あの朗らかな声が、段々遠のいていく。

 

 

『おいヒロ! おまえのジャケットにもサインしてくれるってよ!』

 

『ちょっ、誰にもバラすなよ! まだおまえにしか言ってないんだからな、シアンのこと!』

 

『……俺、ブラッドのみんなに会えてよかったよ。ありがとな』

 

 

 暗闇の中で、先輩が一人、俺に背を向いて立っている。

 

 奥には光が見えていて……それはさながら、天国の扉のようで。

 

「ロミオ先輩!」

 

 俺が呼ぶと、肩越しから振り向いて、ニカッと笑った。

 

 たまらず走り出す。

 ロミオ先輩は俺を見て、気恥ずかしそうに頭を搔くと、こっちを向いて、右手を差し出した。

 

 その右手に、俺の右手を合わせた。肩で息をする俺の頭に、左手が乗っけられて……

 

 

 

 

 

 

「泣くなってば……おまえらしくないぞ、ヒロ」

 

 

 

 

 

 

 頭を上げると、ロミオが身体を起こして、フードの上から撫でていた。

 

 

「……先輩?」

「おうよ。ロミオ先輩だぜ。起きたらおまえが泣いてるから、すんげぇビックリしてたとこ」

 

 ジュリウス隊長を見ると、隊長は目を見開いてロミオを見ていた。

 

 そして、ぽつりと一言、呟いた。

 

「……生きて、いたのか」

「あー……うん。なんか、このとおり? 五体満足ってやつ」

 

 そう苦笑して、手を広げる。お腹の傷だと思われたものは、血液が溜まっていただけで、ロミオがお腹を摩ると、傷一つないお腹と、大きく穴が空いた服が正体を現した。

 

 ……傷が無い。

 

 やっぱり、シアンの《血の力》が、ロミオ先輩を助けていたんだ。

 

 ロミオ先輩の背中に手を回して、抱き入れると、心の裡が言葉になって漏れる。

 

「……呼び掛けても全然反応しないから、死んじゃったと思いましたよ……?」

「うっ……それは、ごめん。でも、なんかヒロが呼んでる気がして、起きれた」

「ロミオ、先輩……!」

 

 俺の背中を、ぽんぽんと安心させるように叩いて抱き返してくる。

 

 更に、足音が一つ。膝立ちになったジュリウスが、俺達を覆うように抱き締めてきた。

 

「……本当に、生きていて良かった……ロミオっ」

「大袈裟だなあ、ジュリウスは……でも、俺、ちゃんと生きてるからさ! そんな死にそうな顔はやめろよな!」

 

 ……結局、そのまま五分くらいはこうして抱き合って、一緒にロミオが生きていた喜びを分かちあった。

 

 その後、サテライトのシェルターに戻った後も、ロミオがブラッドのみんなにもみくちゃにされたのは、言うまでもない。

 

 

 

 


 

 

 ブラッドが極東支部に帰ると、一日置いてサカキ博士からの呼び出しを受ける事になった。

 

 ロミオはその間、シアンの姿を探していたようだが、ジュリウスとヒロの口からは、シアンがどうなっているかなど、到底言えるはずも無かった。

 

 そんな中での呼び出しと来れば、間違いなく、神機兵合同演習の事と、シアンの事に触れることになるだろう。

 

 そんな思いで、ヒロはインターフォンを押した。支部長室の扉が開くと、そこには既に全員が揃っているようだった。

 

「おっ、来たようだね。じゃあ早速だけど、今日ここに集まって貰った理由を話そう」

 

 サカキ博士らしくない性急な物言いに、ブラッドのメンバーが不思議そうに顔を見合わせる。

 

 サカキ博士の視線が、ロミオを真っ直ぐに貫いて、ロミオが柄になくシャキッと背筋を伸ばした。「そんな身構えなくていいよ」と博士が相好を崩す。

 

「まず、ロミオ君の《血の力》についてだよ。ロミオ君は、もう自分の力に名前は付けたのかな?」

「え、えーっと…………まだ、決めてません」

「あー! ロミオ先輩、昨日ずっとシアンちゃん捜してたから、考えてなかったんだ!」

「あ!? それ言うなよーナナ!」

 

 ああ、いつもの日常だなぁ……と、ヒロがほっこりしていると、サカキ博士がキランと眼鏡を光らせ、パソコンのモニターをこちらに向けた。

 

 全員がモニターを囲むように並ぶと、表示されていたのは、極東地域の地図。何かの記録のようで、時間が上に記されていた。

 

「これって、昨日の演習のですか? 見た感じ、アラガミの所在地と符合してますから、オラクル反応が記録されているようですが……」

「惜しいね、トウカ君。これはオラクル反応ではなく、偏食場の記録だ。ウチに搭載された、大規模偏食場レーダーが探知したものだね」

 

 それじゃ、時間を進めるよ……とEnterキーを押すと、点が色々なサテライトを囲むように大量に現れ始め、消え、また現れてを何回か繰り返している。

 

 暫く時間が進むと、サカキ博士がもう一度Enterキーを押して、時間の経過をストップした。

 

「さて、ここからだよ。第7サテライトの北側……丁度この辺りを見てくれたまえ」

 

 ここだよ、とサカキ博士が指さした所へ視線が集まる。

 

 再度Enterキーが押されると、大きな偏食場が現れ、そこの上に『Response Species』と名前が現れた。

 

「……マルドゥーク、ですか」

「そう。最初に、これが大きな偏食場パルス……感応波を放ったんだよ」

 

 ジュリウスが感慨深そうに言った名前に、サカキ博士が肯定する。

 

 すると、赤い円がマルドゥークを中心に広がっていく。

 

 この円が偏食場パルスを示してるよ、と博士が補足を入れ、時間が少しずつ経過する。

 

 そして、次の瞬間、黄色い円がマルドゥークの近くで大きく広がり、極東地域を覆い尽くすレベルで広がった。その円の中心には、『BLOOD:1』の表示が。

 

「こいつは……ロミオの《血の力》だな」

「15時3分……一つ目の《血の力》を感じ取った時と時刻が一致します。これを、ロミオさんが……」

「そして、同時にアラガミが、この円から離れるように引き返していくのが分かるね? そう、これがロミオ君の《血の力》。彼の神機の方からも感応波の痕跡があった事から、この一回目のものはロミオ君だと確信しているよ」

「ロミオ先輩がアラガミを追い返してるんだね〜。私と真逆の力だ〜!」

 

 いや〜、とロミオが照れる中、更に時間が進む。

 

 黄色い円が無くなり、アラガミが極東から姿を消してから五分以上が経過してから、紫色の円がロミオと同じように広がって、すぅと消えた。

 

「『BLOOD:2』……二回目の、ロミオ先輩とは違う力なんだねー」

「だが、トウカじゃないんだったな?」

「はい。そもそも、担当してた場所じゃないですからね。……まあ、外にはいましたけど」

「……先も言いましたが、赤い雨の中で行動するのは無茶が過ぎます。トウカさんには一度、規範というものを一からお教えした方が……」

「……シエル。それだけは、どうか勘弁して下さい……」

 

 シエルの半目でじと〜っとした視線に、目を逸らした。

 

「コホン。さて、じゃあ、これが誰のものかと言うと……」

「シアンですよね」

 

 ここまで、一言も喋る様子が無かったヒロが、博士の言葉に被せるように即答した。

 

 ああ、そう言えば、という風に頷いたサカキ博士は、PCの画面を閉じると、どこからかホワイトボードを持ってきながら、

 

「……確かに、君には事前の説明をしていたね。ここにいるブラッド諸君も、何度も顔を合わせているだろう彼女の事について、ここで一度おさらいしておこう」

 

 何故? という疑問は横に流された。ピンッと指示棒を持って、いつの間にか書き込んだか、シアンのラフなイラストと共に『よく分かる! クレイドルのシアンちゃん講座!』と題が打たれていた。

 

 ロミオの話はもう終わったようで、もう一つの本題であろうシアンの話に移っている。これには、ブラッドの表情が微妙になっていた。

 

 あ、あのイラスト、シアンっぽいなーとか言う声が聞こえつつも、サカキ博士は一つ一つ解説していく。

 

 まず、ヒト型アラガミとは。

 

 要するに、アラガミが捕食の結果至った進化の袋小路の一つで、人間と限りなく同一の器官、形態をとったもの。人間よりも優れた知能を持ち、過去二例のみ、生きたまま発見されている。

 またそのオラクル細胞は人に無害で、偏食傾向は全て自分よりも上位の存在にあるので、人とも触れ合える唯一のアラガミである。

 

「? 博士〜、もしかして、死んじゃってから発見されたヒト型アラガミっているんですか〜?」

「おっ、いい質問だねナナ君。実の所、ヨーロッパでは一例のみ、オラクル細胞が霧散せず、遺骸となったヒト型アラガミのサンプルが存在するんだ。でも、肝心のコアが無かったから、研究は途中で行き詰まったけどね」

 

 次に、シアンとは何者なのか。

 

 三年前、極東で発見されたヒト型アラガミ、シオのオラクル細胞と、超弩級アラガミ、ノヴァの細胞が再集合し、形を為したものと考えられている……サカキ博士は、あくまでも、シアンのオラクル細胞の類似性から鑑みて、二つを掛け合わせれば、ほぼ同様のオラクル細胞が形成されるのでは推論を立てたに過ぎないと断っているが、その実、それはほぼ正しい。

 

 当初のシアンの異様なまでの成長速度は、ノヴァの因子に起因するもので、喰らえば喰らうだけ強くなるのだ。第二のノヴァ、アリウスノーヴァの例があるように、捕食の結果、ハンニバルのコア再生能力を獲得したり、仮神機の作成に至ったのだ。

 因みにだが、シアンは長髪である。ノヴァの元となった、ソーマの母のオラクル細胞をしっかりと受け継いでいる証でもある。

 

 シオのオラクル細胞というのは、各地に残された、シオが怪我したときや、エイジスに残された僅かな細胞の事である。ある意志に沿って全て再集合したそれは、姉の面影を残しつつ、シアンの容姿の大半の形を形作った。

 また、シオの記憶の大半もこのオラクル細胞が呼び起こしたもので、エイジスのノヴァの残骸に触れることで、全て甦ったのだ。

 

「それと、今ではクレイドルの隊員としてよく働いてくれてるね。ここの所のサテライトの建造には全て彼女が携わっている。それに、彼女が自身のオラクル細胞で作った建材──『白材』のお蔭で、住居問題はかなり改善が見られるんだ。今じゃ各地のサテライトで人気はうなぎ上りだよ。『揺りかごの天使』って言われてね」

「人体に捕食傾向が無く、かつアラガミにとっては装甲ともなる……ヒト型アラガミのオラクル細胞独自の有用性、ということですか」

「既に、シアン君のオラクル細胞を使った新型対アラガミ装甲壁を開発中だよ。一部のサテライトでは試験的に用いられたけど、驚いたことに、此度の襲撃で、そのサテライトは鉄壁の護りを誇ったそうだ。今後は、極東支部含め、順次他のサテライトにも適用していく予定だよ」

 

 ほへー、と聞き入っている人半分聞いてない人半分という具合に講座が進む中、ロミオが「うがー!」と声を上げた。

 

「なー! シアンが《血の力》ってどういう事だよー! もうそこだけ解説して欲しいんだけど!」

「おおっと、これは済まない……だが、次で解説するよ」

 

 最後、シアンの力について。

 

 シアンのオラクル細胞は特殊であり、それ故に独自の性質を持っている。

 

 例えばその一つに……《対抗適応因子》というものがある。

 

 そもそも、シアンが未来でAGE(Adaptive God Eater)でないのにも関わらずバーストアーツを放ったり、エンゲージを行う事が出来る理由がこれであり、シアン自身の高い感応能力と制御性によるものだ。

 シオはヒト型アラガミが元来これを有している事を地球の記憶を通じて知っており、それをシアンに教える事で、数々の窮地を救ってきた。

 

 サカキ博士もこの因子の存在を、あの犬飼フユヒコを通じて知らされていたりする。

 そこら辺も含めてブラッドに説明しつつ、本題とばかりにホワイトボードをくるりとひっくり返した。

 

 そこには、シアンの血の力とは? そもそも、血の力とはなんだ? というのが事細かに記されている。

 

「でも、血の力のことは、恐らく君達が一番よく知っているだろうから省かせて貰うよ。それで、そもそもヒト型アラガミのシアン君に《血の力》が発露するのはどうしてなのか、という所に行き着く訳だけど」

 

 さて、どうしてだと思う? と質問を投げかける。

 ヒロがちょっとげんなりした。早く話進めていいから……と。

 

「はいはーい! えっと、シアンちゃんのオラクルって、何でも取り込めるんですよねー? だから、私たちが投与されてる偏食因子を、パクッと食べちゃったからとか?」

「おいおいナナ……みんながみんな、ナナみたいに何でもかんでも食べる訳じゃないんだぞ」

「むっ、その言い方は女の子には駄目だよー!」

「ですが、ナナさん……これからは、あんまりラウンジの食べ物を摘み食いするのはやめましょうね」

「む……むー!!」

 

 シエルの鋭い突っ込みが刺さった。ロミオの物言いにぷんすかしていたナナが、何も言い返せないことに口を閉ざしつつ、ささやかながらシエルへの反逆の意志を見せる。

 

「ふむ、パクッと食べるか……あながち間違いでは無いかもしれないよ?」

「うそぉ!?」

 

 ロミオ的に、信じたくなかったらしい。シアンが食いしん坊か……いやでも、アリだな……なんて呟いている。

 惚れた弱みとはこの事なのかと、ヒロが密かに戦慄した。

 

「シアン君は、どうやら偏食因子の性質を取り込んでしまってね。体内からは綺麗さっぱり無くなって、《ブラッド因子》とも呼ばれるP66偏食因子が持つ感応能力そのものを手にしている。そして、その力が目覚めた結果が、あの広範囲に渡る人体の回復現象だよ」

「ああ……通信でやたらと、謎の治癒が起きたって言ってたのは、アイツの仕業だったのか。それも、《血の力》だってんなら納得がいく」

「しかも、その影響を直に受けたロミオ君に至っては、一度完全に死亡した後、完全に蘇生してしまったくらいにね?」

「……うそぉ!?」

 

 俺一回死んでたの!? と、本日二回目の叫びが支部長室に木霊する。

 

「先輩、本当に死んでたんですか!?」

「いや、俺も今、衝撃の事実!!」

「ロミオ……口調がおかしくなってますよ。気持ちは分かりますが」

「じゃあ、シアンちゃんがいなかったらロミオ先輩、死んじゃってたんですか……?」

 

 ナナのこてんと首を傾げながら質問すると、サカキ博士はそれを静かに肯定した。場の雰囲気が引き締まって、ひゅうっと息を飲んだ。

 

「ヒバリ君が、ロミオ君のバイタルがゼロになって、死亡した所を確認している。戦闘不能状態にさえならず、字のごとく死力を振り絞って、マルドゥークに立ち向かい……ね? ログも残されているから、後でメールを通じて送っておこう」

 

 さて、と指示棒を血の力の能力の詳細に滑らせた。

 

「この通り、シアン君の《血の力》は、回復能力であることは明確なんだけれど……私は徹夜で解析を進めた結果、もう一つの事実に気が付いた」

 

 真実を知る用意はいいかな……? とあからさまに眼鏡を輝かせ、そんな不穏な言葉を残した。

 

 

 

 

 サカキ博士に追従し、地下深くの階層へと下りる事になったブラッド一行は、居住区域とは明確に趣の違う真っ白なフロアを見て、事がどんな重大さなのかを悟っていた。

 

「うーん、眩しいなぁー……」

「大方、何かの実験をするとこなんだろうさ」

 

 あちこちが真っ白な空間というのは、中々見ない光景ではある。だが、そこを特になにも感じていない様子のサカキ博士は、やはり研究者と言った所か。

 

 扉の前に着いたサカキ博士が、傍にあった機械にカードキーを差し込んで引くと、扉が開く。

 

「……こんなとこにシアンがいるってことは、やっぱ何かあったんだな」

 

 ロミオの言葉を、ブラッドの面々は無言でもって肯定した。

 

 部屋の中に入ると、金属質な小さな部屋となっていた。左右の壁にはモニターが置かれていて、『chien』という文字と、何かのメーターを示している。

 その中央は、正方形の鉄の壁が遮っていた。

 

 その傍のベンチに、見慣れたクレイドルのコートに身を包んだ、アッシュグレーの髪の青年……ソーマが腕と足を組んで座っている。

 

「……来たか」

 

 立ち上がると、手に持っていた物をサカキ博士に投げ渡し、壁に寄りかかった。

 その視線は、一直線に、鉄の壁を見詰めている。

 

「……もう一度、忠告しておくよ。見るのならば、覚悟してほしい」

 

 ブラッド一同が首肯で返事すると、サカキ博士は無言で壁に向かって、投げ渡されたリモコンを操作した。

 

 博士の前で、正方形の鉄の扉が開く。

 

「え……?」

「コイツは……マジかよ」

「どうして、こんな事に……」

 

 ブラッドのメンバーが呆然と中を覗くが、ヒロとジュリウスは、それを見て、ただ押し黙ることしかできない。

 

 培養槽だろうか。緑の槽の中に、シアンは浮かんでいた。

 

 ただし、白い神機に貫かれたまま、装いもクレイドルの制服そのままに、様々な機械が取り付けられて、見るのさえ憚られる見た目となって。

 

「シアン……? なあ、おい……どうなってるんだよ、これ!?」

「それを、一から説明する為に呼んだのだよ……」

 

 博士に掴みかかる勢いでロミオが叫ぶ。

 無理もなかった。自分が好意を持ち、自分が命を賭して守った人が、こんな仕打ちを受けているのだ。激情に駆られずにはいられない。

 

 それを諌めることはせず、眼鏡をかちゃりと直すと、博士は大きく息を吐き、培養槽の中のシアンを見遣りながら断言した。

 

「現在……シアン君は死亡している。コアを貫かれ、正真正銘、アラガミとしての死を迎えているんだ。このまま自然に彼女が回復することは、無いと言っていい」

 

 これが、ロミオという命が助かった代償。

 

 ブラッドに重くのしかかった、新たなる問題だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(お前が抱えていたものを、俺は……何も……)

 

 ポケットの小箱は、未だに、手の中で転がされていた。

 

 




エンゲージ『統べる者の意志』……バースト時間30%延長、攻撃力5%上昇、防御力5%上昇。

これにて第二部終了。主人公を失ったSSの末路とは……!

作者の次回作にご期待ください。

ソーマ君がシアンに渡すプレゼント

  • ネックレス
  • イヤリング
  • 指輪(え
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