神さまばっかの世紀末な世界に、俺が望むこと   作:赤サク冷奴

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第一部隊が酒盛りする話
時系列は、合同演習が行われる一週間前くらい。


幕間 第一部隊だよ!全員集合

 

「……宝探し?」

 

 唐突に部屋まで押し掛けたソーマが、いきなり「宝探しだ。お前も手伝え」と言ってきた。

 

 何それ? である。

 すーぱー寝耳に水な情報に、とりあえず手許のコーヒーをズズズッと啜る。

 

「つっても、金銀財宝の類いじゃないがな」

「?? 分からない」

「お前にはまだ早い代物だ……とも思ったが、そもそもアラガミじゃあアルコール分は捕食されちまうからな。この際、味わってみるのも良い機会だ」

 

 アルコール…………酒?

 

 え、宝探しってお酒を探すの?

 

 お酒がお宝って、そんなリンドウじゃあるまいし。

 

「……ソーマ、お酒飲むの?」

「人並みにはな」

 

 そう言えば、ソーマも一応二十歳過ぎてるんだよな。

 

 前世の俺とほぼ同じくらいの年齢だ。

 

 ……まあ、前世は酒に耐性が無さ過ぎてすぐに酔ってたから、人生でも三回くらいしか飲んだことがないし、飲んだ記憶も曖昧だ。

 

「ソーマ博士〜、お前さんの部屋にゃ何もねぇぞー」

「博士はやめろ……まあそうだろうとは思ったがな」

 

 扉の縁に寄り掛かるようにして立つソーマの隣に入った長身の男性は、むむ? と俺の部屋を覗いて、やがて俺の姿を認めると、「ん〜?」と眉を寄せながら、前のめりに姿勢を傾けた。

 

 いや、あのう……

 

「あぁ〜、ウチの新人隊員か? 俺は雨宮リンドウってもんだ。まあ宜しくな、新人ちゃん」

 

 金のガントレットの方の腕を振ってくる彼は、タバコと酒が似合う神機使いランキング第一位、元第一部隊隊長雨宮リンドウその人だった。

 

 まさか……お酒探しの為だけに極東に帰ってきたのか? この人。

 

「リンドウ……お前、報告書は読んだか?」

「あ〜、確かそんなもんがあったような……いやースマン! 後で読んでおく!」

 

 ソーマが、呆れというか、侮蔑の視線でリンドウを睨む。「コイツまるで変わってねぇ……」という感じだった。

 

 確かに、この適当さは真似出来ない。

 何せ、これじゃ四つだな……が口癖なのだ。

 

 だが、そんな適当さとは裏腹に、実に仲間思いで頼れる隊長さんだ。

 

 椅子から降りて、左手を差し出した。一応、ガントレットじゃない方の手で握手しておこう。

 

「……ん。シアン・シックザール。宜しく、リンドウ」

 

 そう自己紹介すると、腕が差し出されず……黒い瞳があちこちに泳いだ。

 

「……待てよ、シアン……そういやソーマの奴が養子を取って……あー! いや、すっかり忘れてたなー……」

 

 彷徨う視線が俺にしっかりと固定されて、ガシッと手を握った。

 

「話はなんとなく聞いてる。あの……シオと同じアラガミなんだってな? こんな無愛想なのが兄ちゃんで苦労するだろうが、まあ仲良くしてやってくれや」

「勝手にアイツが苦労してる体で話すな」

 

 こんな無愛想なのがっていうか……主にソーマのファンクラブに苦労してるだけで、個人的に普段は良いお兄ちゃんしてると思う。

 

「……大丈夫。ソーマは優しい」

「おー……まあそうだわな。こんな可愛い妹出来たら、可愛がらない訳は無いか!」

「……んっ」

 

 身長差からか、まるで小さい子を相手するように大きい手でわしゃわしゃと髪を撫でられる。

 お父さんの手だった。やっぱり一児の父の手は違うなぁ……

 

「リンドウ、もう離してやれ……困ってるぞ」

「おっ……なんだなんだ、妹を取られて嫉妬か?」

「んなもんじゃねぇ……」

「しかしアレだなぁ。こうやって撫でてみると、娘も欲しくなってくるな!」

 

 いや、知らねぇよ……そんなソーマの視線を受けながら、快活に笑うリンドウと、なんか巻き込まれた俺を率いて、ソーマのお宝探検隊は進む。

 

「おーい、アリサ、コウタ! 久し振りだな!」

「……えっ!? リンドウさんじゃないですか!」

「え? マジで!? いつ帰ってきたッスか!?」

 

 任務帰りだったらしいアリサとコウタに居住エリアで遭遇してしまった。

 

「あ〜、割と今さっきだな」

「というか、シアンちゃんまで……何してるんですか?」

「……宝探し、みたいなもんだ。とある酒を探してる」

「おおう、ソーマの口からそんな夢溢れる言葉が出てくるとは……」

「へぇ〜! 面白そうですね! 私も混ぜて下さい!」

「あ、俺も俺も!」

「おうおう、手が増えるのは助かるぜ」

 

 二人とも乗り気になって新たに加わってしまった。

 

 まだ増えるんじゃなかろうな……と胡乱に思っていると、大所帯のエレベーターに、また誰かが乗り込んできた。

 

「はい。なので、今リンドウさんと……あ、リンドウさん」

「あら、リンドウじゃない! しかも、みんな揃って……」

 

 レンを連れたサクヤと、ユウ。

 

 多分、これで過去の第一部隊の面子が全員揃ってしまった気がする。

 

「もう三ヶ月、いや四ヶ月は会ってなかったか……? まあ、久し振りだなサクヤ。レンも元気そうだなぁ」

「パパー! ひさしぶり!」

「お〜うおう、可愛いなぁ〜!」

 

 レンがすごいにこやかな笑顔を浮かべながらリンドウに抱き着いて、それを抱っこして可愛がっている。

 何気に、レンが本気で子供らしく甘えているのは初めて見た気がする……あ、こっち見た。口が動く。

 

 なになに……バラしたら承知しないですからね?

 

 そんな風に言われた気がしたが、別に正体をバラしても、それはそれでリンドウは可愛がってくれそうではある。

 一番古い戦友が自分の子供になって帰ってきた訳だし。

 

 とは言え、言いふらす意味もないのは確か。本人がそう言ってるのだから、大人しく守っておこう。

 

「それで、この大所帯はなんですか?」

「あー、そいつはだな……」

 

 本日三回目の、ある酒を探しているという話をしたソーマに、

 

「全くもう、リンドウはお酒に目がないわね……でも折角なら、私も一緒に探すわ。レンはお酒飲んじゃダメよ?」

「なんか楽しそうですし、僕も混ざっていいですか?」

 

 と、軽い口調で交ざり、八人になってしまったソーマのお宝探検隊は、次なる場所へと進む。

 

 向かうは支部長室。ソーマ曰く、最後に心当たりのある場所らしい。

 

 鍵が空いていたので、扉のボタンを押して中に押し入る。

 

「邪魔するぞ、博士」

 

 ソーマが、俺、ユウ、アリサ、コウタ、リンドウ、サクヤ、レンをぞろぞろと引き連れると、サカキ博士があからさまに困惑した表情で出迎えた。

 

 そして、今日は珍しく、博士の傍に人が控えており……

 

「……こんな大人数で押しかけるとは、余程な事態のようだな?」

 

 耳にぞわぞわ来る、艶やかなアルトボイス……

 

 田中敦子さんの波動を感じる、この声は。

 

「いやぁ、私もビックリだよ……まさか、元第一部隊が全員揃ってるなんてね。みんなで同窓会でもやるかい、ツバキ君?」

「……同窓会、と言うには、少々新顔がいるようですが」

 

 冷ややかな目が、ソーマの傍で縮こまっていた俺にぶつけられる。

 

 ひ、ひえぇぇ……ツバキさんが本気出してる……

 

「ありゃ……姉上、こんな所にいたんですか」

「……はぁ。リンドウ、お前の代わりに誰が報告をやっていると思っている?」

「あー、アハハ……それは、すみません」

 

 リンドウの姉、ツバキ。

 今はクレイドルの任に就いて、欧州へ遠征に行っていたっぽいが、リンドウの帰還と共に彼女もまた帰ってきていたようだ。

 

 凄い、これで本当に勢揃いだ。

 

「それで、例のは何処にあるんですかね。僕じゃ見当もつかないなぁ……」

「おいソーマ、ほんとにここにあるのか? 変わり映えしない、いつもの支部長室だぞ?」

 

 来て早々、辺りを見回し始めたユウに、そういや本命が、と今更になってリンドウはソーマに尋ねる。

 

「倉庫も資料室も、ほかは粗方ひっくり返した。本部に押収されてなきゃ、この部屋のどこかにあるはずだ」

 

 本部に押収されてなきゃ……という言葉に、博士がピンと来たらしい。

 

「ヨハンの持ち物だね……」

 

 ヨハン……ヨハネス・フォン・シックザール。

 

 その名前を聞く機会は、そうそうない。

 

 ソーマの父で、世界さえ揺るがす大事件、アーク計画を企てた彼は、フェンリルにとっては重犯罪人であり、世間的には事故死扱いとなっているが……

 

 彼もまた、俺の生みの親なのだ。ノヴァを育てていなければ、今の俺は居ない。

 

 良くも悪くも、爪痕を残しているラスボスだ。

 

 そんな彼が、息子に酒を残して死んでいったと。

 

「……ここまでの人数で探しているということは、相当の物なのか?」

「いや、酒だ。大人になったらやるから飲んでみろって言ってやがった」

「……なるほどな。リンドウが躍起になって探そうとする訳だ」

 

 くっそ〜、隠せる場所なんてないだろ〜! と頭をガシガシと書きながら、あちこち物を動かしたりして探している。残念な酒の亡者の姿がそこにはあった。

 

「シャンパンだね……アイーシャが好きだった」

 

 サカキ博士が、天井を仰ぎ見ながら、郷愁に浸るように言った。

 

 これまたビッグネームである。ソーマの母親……アイーシャ・ゴーシュ。

 今世における俺の母親とも言っていい。

 

「嗜好品の類いは前支部長の押収された所持品には無かったはず……それに、シャンパンを取り出している所も私は知らないな」

「だねぇ……となれば、やはり隠されていると見るべきだろうけど」

 

 リンドウが棚をガサゴソ探しても、未だ見つからず。

 そこら辺は押収される時にも探されたに違いないから、多分探しても無駄だと思うけどなぁ。

 

 すると、ソーマが動き出した。迷うことなく、執務室のデスクの横にある壁に掛けられた、カルネアデスの板の絵の前で止まる。

 

 俺もとことことソーマの隣に歩み寄って、絵の前に立ってみる。

 ゴッドイーターをやっていた時、何回も見た事もあるその絵。それがリアルに見れていることにちょっぴり感動を覚えた。

 

「その絵はヨハンの思い入れがあったものだからね。監察官に無理を言って残してもらったんだ」

 

 嵐の海の上に、ポツンと漂う一枚の船板。誰かが生きて、誰かが死ぬか、若しくは死なば諸共だという、二つの選択肢を選ばせる装置。

 

 選ばれた者だけが生き残れる……ヨハネスは、それでも大事な誰かを生き残らせたくて、選別した人類だけを宇宙に飛ばし、終末捕食による地球のリセットを図った。

 それを、第一部隊が命を懸けて止めたのだ。

 

 この絵は、そんな彼を象徴するもの。

 

 ソーマは、その絵の額縁に手をかけ絵を外した。すると、その絵の裏の壁に埋め込まれるように、小さなワインセラーが現れた。扉には、十二度を示すデジタル温度計が付いている。

 

「そんなところに……」

 

 そう呟くサカキ博士は、奇しくもそうとは知らずに監察官から、このワインセラーを密かに守り抜いていたのだ。

 

 前支部長はそこまで想定して置いたのだろうか……

 流石、テロ対策も魔術師殺しもやってのける人物である。

 

「隠し事が好きな、あの親父らしいぜ」

「おお、今夜は酒盛りだな!」

 

 リンドウの言葉にサクヤが苦笑し、ユウとアリサがハイタッチする。コウタはレンを抱えて一緒に喜んでいた。

 

「やったー!」

「だめだめ、お前らはまだ未成年だろ?」

「えー!? そりゃないでしょ!」

「ちょっとぐらい飲んでみたいなぁ……」

「そんなぁ! 私だって人類の宝っていうのを味わってみたいですよ!」

「パパ、僕も飲みたーい!」

 

 口を尖らせて抗議するコウタ達はさて置いても……レン、お前は初恋ジュースで我慢してなさい。

 幼児がお酒はシャレにならない。

 

 フェンリルの法において、成人は18歳だが、お酒やタバコは20歳からになっている。まるで俺が生きていた令和の日本みたいな法律だ。

 

 なので、18歳である三人は飲めないのだ。

 

 だが、しめしめ酒は貰ったぜ、と喜ぶリンドウの背後に女帝が現れた。

 今にも手に持っているボードでリンドウを叩きそうなぐらい、気迫が溢れている。

 

「酒盛りはいいが……本来、酒は容量用法を守って飲むべきだ。特にリンドウ……お前は飲み過ぎだ。酒ぐらい慎め」

 

 リンドウの顎があんぐりと開いた。ガーンという効果音も聞こえてきそう。

 

「そんな殺生な!? こんな時に酷いですよ姉上!」

「ほう? 守れないのならば、これからはクレイドルに送られる配給の酒は全て私が接収しよう。……分かったのならば返事をしろ!」

「い、イエス、マム!」

 

 出たよ、出ちまったよ鬼教官ツバキさん……

 

 怖すぎて、思わずソーマに抱き着いた。頭もぽんぽんとされる。

 ふぇぇぇ、怖いよう。

 

「も、もうツバキったら……そんなに厳しくしなくていいのに」

「お前はお前でリンドウを甘やかし過ぎだ……昔から配給のビールを横流ししていただろう。この幼馴染みの目は誤魔化せんぞ」

「ギクッ……!?」

 

 そして、義妹にも容赦が無い。

 

 俺は心底、ツバキさんが教練担当じゃなくて良かったと安堵した。

 娯楽も何もかも消し飛んで、ただの社畜になっていた自信がある。

 

 改めて恐れ戦いていると、ツバキさんの視線が第一部隊を巡り……最後に、俺で止まった。

 

「ひうっ……」

 

 丁度よく掴まっていたソーマを前面に押し出して、ガード。

 

 ちょ、おま、という声が聞こえた気がするが気にしない。

 これは俺の生存戦略なのだ……!

 

「あ、姉上……? 何を……」

「黙れ」

「イエス、マム……」

 

 でも、彼女はその目を向けてきて、コツンコツンと歩いてくる。

 

 なんなの、あいつ……怖すぎるよ……

 

 無理、無理……()じゃ、何も……

 

 ああ、でも……これが罰なんだ……

 

 惨めな、蛆虫みたいな私じゃ、何も出来ないって……

 

「……随分、怖がらせてしまったな」

「コイツは、まだそういうのには疎いんでな……殺気ならまだしも、純粋な恐怖は感じた事が無かったんだろう」

「ソーマ……お前は私を何だと思っているんだ……」

 

 彼女がしゃがんで、私と目を合わせてくる。

 酷く、優しい目だった。眦を垂れ下げて、親友が見てくるような優しい目で、見てくる。

 

「すまないな。私のような人間に会うのは初めてだろうか。だが、大丈夫だ、安心してくれ。お前を害する気は全くない」

 

 滑らかな手が乗っかって、髪の毛にそって嫋やかに撫でられる。

 

 ……私は、そんな事をされる人間ではないのに。

 

 ……でも、今は、それが少しだけ、心地好くて。

 

「ふふ、小さい頃のサクヤを慰めている時を思い出すな」

「そんなの思い出さなくていいでしょ……」

 

 彼女が立ち上がって、私の手を取って立たせてくれる。

 

 その横で……私達の理解者になってくれる人が、ワインボトルを手に取って、ラベル……じゃなくて、エチケットを確認していた。

 

「親父の奴、こんなものまで……」

 

 ……アルコールの度数が無い。

 

 私は、実際に見た事ない……けど、これは、シャンパンじゃなくて、ジュース。

 

 ちょっと、気になって……中から一本、ボトルを取ってみた。

 

 これは……本物のシャンパン……?

 

 犬夜も飲んだ事ないから、私にも分からない……

 

「なあー、そもそもシャンパンって何? どんなお酒なの?」

 

 コウタが、レンを肩車しながらそう訊くと、ソーマが答えてくれた。

 

「フランスのシャンパーニュ地方で醸造された炭酸のワインのことだ。手間も暇も、人員も道具も必要でな……この世の中じゃ滅多にお目にかかれない。それに、シャンパンを名乗れるのはシャンパーニュで作られるモンだけだ。他にもブドウの品種やら細かい規定とかがあったりだので、専用の委員会まで存在しているらしい。詳しい事は俺も知らん」

 

 コウタが首を傾げている。

 

「でも、それって美味しいって事ですよね?」

 

 アリサが、短絡的なことを言った。

 

 お酒は……人によって好みが分かれるのに。

 

 これだって、辛いのか甘いのかも分からないし……

 

「まあ、こっちから飲め。俺のお気に入りだ。味は保証する」

 

 ソーマが差し出したのは、ブドウジュースの方。

 お気に入りって事は、ソーマのお父さんが生きてた頃に飲んだことがあったらしい

 

「それなら、お酒が飲めない僕達はそれだね。これってレンでも飲める?」

「心配するな。ノンアルコールだ」

 

 そう言うと、アリサ達がはしゃいでボトルを取っていった。

 

 どこから持ってきたのか、ちゃんと栓抜きまで用意してる……

 

「ソーマ博士ー! シャンパンってどうやって開けるんですかー!」

「密閉されているのか……普通に力で開けられそうだが」

「お前らな……」

 

 多分、力で開けた瞬間、炭酸が暴発すると思う……

 

「ああ、針金を触っては駄目だよ! 私がシャンパンの開け方を教えるから、少し待ちたまえ……あと、念の為布類を用意してほしい」

「おっさん、開けられるのか……!」

「何度もヨハンとアイーシャの晩酌に付き合わされてるからね。ほら、ボトルを貸したまえ」

 

 ほら、シャンパンの炭酸は隙間を開けてゆっくり出すんだよ……とか、何これ、ブドウスゲーうめえ! とか……みんな、とても楽しそうにしている。

 

 今まで、画面の中でしか見た事ない人達が、この世界では確かに息づいているのだ。

 

 そう思うと、とても心が苦しい……私達が、こんな所にいていいのか。

 

 また、誰かを傷付けないか。また、誰かを殺してしまわないか……

 

 

 命があるということが……私には怖い。

 

 

「……シアン、お前は飲まないのか?」

「…………私は……いい」

 

 

 

 こうして、目の前に立っているこの人も……

 

 ゲームじゃない、この現実の世界で、実際にはどう思っただろう。

 

 自分の周りの……親しくしてくれる人がいなくなっていく……そんな、辛い現実。

 

 友達も巻き込んで……みんなから恐怖されて、生き続けても、生きる意味が分からなくなった私には、ソーマの在り方が不思議だった。

 

 孤立する中で、優しくしてくれる大事な人を失って……そうしてまで生きる理由が分からない。

 

 境遇に違いはあっても……私なら、生きようとは思えない。

 

 

 

「ユウー! これ味が違いますよ! 交換しましょうよ!」

「そうなの? じゃあ貰おうかな」

「あー……なんでアキの奴帰ってきてないんだよ〜」

「霊代なら、アメリカで仕事を張り切ってるな。休暇が欲しいと嘆いていた。お前にも会いたがっていたぞ」

「こんな時に一番の友達に会えないのは辛いっス……」

「おいおい、コウタお前まだそんな事言ってんのか〜? アキは見るからにコウタに気があるぞ?」

「そうよね〜。アキちゃんったら、隙あらばコウタ君の部屋に押し掛けてるのに、可哀想で仕方ないわ」

「は? リンドウさんもサクヤさんも何言ってんすか。そんな訳無いでしょ」

「妙な所で鈍感だよね、コウタ」

「それ、ユウが言いますか……」

 

 みんなのやり取りをぼーっと眺めていると、横から腕が伸びてきた。

 

 しゅわしゅわと音を立てているグラスが手の中にある。

 

 隣を見上げると、ソーマが、両手にグラスを持って、片方を私に差し出していた。

 

「飲んでみろ」

 

「……私は」

 

「遠慮するこたねぇよ。……まあ、酔えるかは知らんが、雰囲気には酔えるだろ」

 

 無理矢理持たせられた。

 ブドウのいい香りが漂ってくる。

 

 でも、なんでわざわざ……

 

 目線が合うと、シャンパンを呷ってから、頭の上に手が落ちてきて、慈しむように、撫でてくる。

 

「何を悩んでるのかは知らんが、それが何だろうと飲んでる時は忘れられる……それが酒だ。今は、もっと楽しい事でも考えてろ」

 

 

 楽しい、こと。

 

 お酒を飲めば……そんなことも、考えられるのだろうか。

 

 

 目の前で泡を吹き出すシャンパンを一目見ると、グラスを口に傾けて、一口だけ口に含む。

 

 口の中がしゅわしゅわってなって……ちょっと、あまくて、酸っぱい。

 

 ……お酒の、味。

 

「フッ……酒を飲んでそんな百面相する奴は、初めて見たな」

「……でも、美味しい」

「そりゃ良かった。これで不味かったら、親父の墓を蹴り飛ばしに行く所だったぜ」

 

 もう一口、飲んでみる……もう一口……

 

「まだ残りはあるからな。量なんて気にせず飲むといい」

「…………ん、お代わり」

「はいよ」

 

 継ぎ足されて、もう一回飲む。

 

 ……やっぱり、美味しい。

 

 犬夜は、すぐ酔っちゃうから……あんまり飲まなかったけど……

 

 一回ぐらいは……私が飲めて、良かった。

 

 

 ◯ ✖️ △ ◆

sideソーマ

 

 

 そうやって、遠慮せずに飲みまくっていたからか。

 

 いつの間にか、支部長室は酒に溺れた奴らで死屍累々となっていた。ツバキが頭を抱えてやれやれと肩を竦めさせ、サカキのおっさんが愉快に笑っている。

 

 結局、ユウの奴らも飲んじまったしな……

 

 幸い、レンは自分から飲まないように頑張っていた。今はサクヤの上で寝ている。

 父親に似ず、健気なことだ。

 

 俺は生まれ持っての体質からか、シャンパンの度数でも程々にしか酔えていない。

 

『誰もがアラガミに怯えることのない世界を取り戻すんだ。そして、大人になった私たちの子供と君の好きなシャンパンを一緒に飲もう。それが私の夢だよ』

『もう、気が早いのねヨハン。お酒が飲める子かどうかもわからないわ』

『飲めるさ、私と君の子だよ? その子が成人したら、生まれ年のシャンパンやワインをたくさんプレゼントしよう!』

 

 そんなやり取りが、頭の中で反芻した。

 

 どうやら、親父と母親の血をしっかりと受け継いじまってるようだな……

 

「……んぅぅ……そーま……」

 

 皮肉げに笑っていると、ソファに座っていた俺に寄り掛かるように眠るシアンが、寝言なのか、俺の名前を呟いていた。

 

 どことなく、シオを感じさせる子供っぽい声に、思わず苦笑する。

 

 外見の事もあって忘れがちだが、シアンはこの世界を知り始めて、まだ一年も経っていない。

 

 精神は出会った頃からかなり育っていたみたいだが、コイツの内面はまだ底が知れない。時々見せる翳りと、感応現象が見せてきた記憶の数々が、それを示している。

 

 俺はまだ、コイツの事を何も知らないのだ。

 

「…………そーま、しゅき…………」

 

 …………俺への、異様な懐きも含めて。

 

「……うへへ……」

 

 つーか、さっきからコイツは何を夢見てやがる。

 

 いや、俺も、まさかアラガミの体で酩酊するとは予想外だったが……

 

 そもそも、アラガミが夢見るっていうのも謎だ。

 

「……んっ……? そーま……ダメ……そんなところ……やっ」

 

 …………。

 

「おや、どうやらシアン君は幸せな夢を見ているようだね。私の見解によると……これはソーマとの結婚生活かな?」

「はっ倒すぞ」

 

 久々におっさんに殺意を抱いた。

 

 クソ……こんな奴にP41偏食因子なんてモンを投与したのは間違いだったか。

 

 部屋の隅にいるシアンの声が聞こえるのは、間違いなくそれのせいだ。しかも、体力が付いて色々厄介になりやがった。

 向こう三十年は現役でいられるに違ぇねぇ……

 

 片腕に抱き着くシアンの腕をどかして、背中に背負うと、後ろを一瞥する。

 

「……取り敢えず、俺はシアンを寝かせてくる。後片付けは任せた、ツバキ」

「許さん。ソーマもやっていけ。宝探しの元凶はお前だろう」

「まあまあ、ツバキ君。良いじゃないか……二人はそっとしておこう」

 

 チッ……変な気を遣いやがって。

 

 だが、今回ばかりは口車に乗ってやることにして、足早に支部長室を出た。

 

 居住区画までエレベーターで移動し、シアンの部屋のパスを入れて、背中にしがみついたシアンを引っ剥がす。

 

「ん〜……!」

「……くっ、コイツ……離れねぇ!」

 

 アラガミの力でしがみついて離れないのに加え、背中という手が届きにくい所が災いした。ひっつき虫の如く、背中から離れてくれない。

 

 

 コイツ、いつまで胸押し付けやがる気だ……!

 

 ち、畜生……面倒くせぇ……!

 

 とっとと離れろ!

 

 

 顔に青筋が浮かぶのを感じつつ、様々な手を講じるが、まるで離れる気がしない。

 

 それに、ここで起こすのも何となく憚られて……仕方なしに、シアンのベッドの上に転がった。

 

 ここに転がるのは実に二度目の事だが、他人のベッドは慣れたものでは無い。

 

 他人の匂いっつうのは、特にな……

 

 溜息が盛れるが、今日はここで寝るしかないようだ。

 

 背中の柔い感覚から意識を逸らしつつ、俺は徐に目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 ◯ ✖️ △ ◆

sideシアン

 

 

 

 やべぇ、何も覚えてねぇ!

 

 

 目を覚まして、まず真っ先に思った事がそれだった。

 

 最後の記憶は、ツバキさんのえげつない目線攻撃を食らった所で終わっている。

 ど、どういうことだってばよ……

 

 そして、目の前を見る。

 褐色美形が当たり前のように寝ていた。

 

 ……事後ですか? と思った俺は悪くない。いや、服は着ているが。

 

 しかし、しかしである。今俺が居るのは自室。

 

 この様子からして、もう既にお酒は飲んだのだろう。

 

 つまり、俺は。前世と同じように酒を飲んだ記憶が吹っ飛んでいる訳で。

 

 イコール、飲み損ということになり。

 

 取り敢えず、ソーマに回されている腕を引っ込めて、一人で起きる。

 

 乱れた髪をオラクルで生成した櫛で梳かしながら、エレベーターで移動し、支部長室の扉を開けた。

 

 すると……

 

「うおぉぉぉ!! これが噂の二日酔いぃぃぃ!! やべぇよコレ!」

「う、うう……ユウ、起きて下さい……もう朝ですよ」

「サクヤ、起きないか。もう直ぐ八時だ、レンにご飯でも作ってやれ」

「あ、頭が痛い……」

「ふぃー……酒飲んだ後はやっぱ、回復錠が一番だな。お? お〜シアンか! 昨日はソーマとお楽しみだったか?」

 

 俺は無言で扉を閉めた。

 

 そして、俺は固く誓った。

 

 

 

 

 ……うん。酒飲むの、諦めよう!

 

 

 


おまけ

 

 

「……コウタに会いたい。会いたい、私が死ぬ……そろそろコウタニウム欠乏症に陥るぅぅぅぅ! だからっ、お前は死ねぇぇぇぇ!!」

「グォオウ!?」

「Oh my gosh!! Is she really human!?」

「誰が人外だこらぁぁぁぁ!!」

 

 アメリカでは、そんな物騒な言葉と共に、パイナップルヘアーの神機使いによって、ショートブレードが猛威を振るい、ショットガンが吹き荒れたり……吹き荒れてなかったり……

 

 

 

 




内容自体は、小説版の『moonlight mile』から
お酒の力ってスゲー……
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