神さまばっかの世紀末な世界に、俺が望むこと   作:赤サク冷奴

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愛惟が信じてくれるから……大事にしていると、俺は誠意で返したい。


女の子と仲良くなると、大抵申し訳ない気持ちになる

 

 ……私が初めてシアンに会ったのは、慰問コンサートの為にサテライトを回っていて、その内の一つでだったんだ。

 

 真ん中の広場で、物資の入っていた空箱の上で、白い髪の女の子が座っていて、それを囲むように子供たちが集まって、何かをしてたの。とても楽しそうな雰囲気だった。

 なんだろう……って気になって近寄ってみたら、子供が立ち上がって、女の子に話し掛けてね。

 

「シアンおねえちゃん! ツルできたよ!」

「ん……よく、出来てる」

「やったぁ!」

 

 子供たちがやってたのは、折り紙なの。今は紙も潤沢に無いから中々やる機会もないし、色付きの折り紙なんて高級品なんだ。

 でも、シアンは何枚も持っていた。好きな色を言うと、その色の紙をくれる。ただ、手の中から魔法みたいに現れるから、見た時は凄く驚いちゃったよ。でも、何度見ても手の中からサッと出てくるから、タネは全然分からなかったなぁ。

 

 そうしてたら、みんなチラチラ見てる私に気付いて、もちろん、シアンも子供たちの視線を追って、私に辿り着いた。

 

「え……」

 

 宝石みたいな目を真ん丸にして、折っていた紙を落とすくらいビックリしてた。私もどうすればいいか分からなくて、黙り込んじゃってて……結構気まずかったんだ。

 

「ユノお姉ちゃん、こっちきてー!」

「いっしょにおりがみしよー!」

 

 でも、そんな空気も子供たちにはあんまり関係なかったみたいで、手を引っ張られて、その輪の中に入ることになった。

 

 自信満々に作り上げた成果を見せてきて、折り紙ってこんなに種類があるんだなぁ、って見てると、シアンは落とした折り紙を拾って、手早く何回も折り込んでいくの。その後、直ぐに完成したそれを、私に差し出してきたんだ。

 

「……えっと?」

「……これ」

 

 受け取ると、灰色の紙で折られた、太い二足の脚と大きな尻尾、上向きの牙が生えた生き物だった。

 

「……あ、オウガテイル?」

「ん……そう」

 

 とても一つの折り紙から出来ているとは思えない重厚感で、いっそ売り物にもできちゃうかもしれない出来だった。

 

「くれるの?」

「……」

 

 そう聞くと無言で、こくん、と小さく頷いた。

 

「ありがとね。大事にする」

「…………ん」

 

 ちょっと顔を赤くしてたから、照れてたんだと思う。

 

 ちなみに、今もそのオウガテイルは……ほら、そこにあるでしょ? 毎回持っていったらボロボロになっちゃうから、アナグラの私の部屋に置いてるの。

 

「ユノー? そろそろ音響テスト始めるわよー!」

「あっ、サツキ! ちょっと待ってて!」

 

 その後すぐサツキに呼ばれちゃったけど、すぐには行かないで、シアンにも歌を聞いてもらいたくて、お誘いを掛けたんだ。

 

「私、これからここでコンサートをするの。良かったら、聴きに来てね」

「……分かった」

 

 それじゃあ、ってサツキの所に行こうとしたら、今度は子供たちが集まってきて、

 

「お歌、たのしみにしてるね!」

 

 そう言って見送ってくれたから、やる気もいつも以上に出ていたと思う。

 

 軽くリハも終えて、本番になった。

 

 この日のコンサートは、今でもよく覚えてる。ステージに立ったら、沢山のパイプ椅子の座席に入り切らない程の人が集まっていて、さっき会った子供たちが、精一杯手を伸ばして、振ってくれている。そんな視界の隅で、あの子が腕を組んで荷物箱の壁に寄りかかっているのが見えて、妙な既視感を覚えながらも、ピアノの音に合わせて喉を震わせる。

 

「光の声が──……呼んで────いる

 

 失くした────……日々の向こう側」

 

 みんなも一緒になって歌って、大合唱になって歌を終えた時は、とても満たされたような気分になる。歌が、みんなを一つにしてるんだと実感できるこの瞬間が、大好きなの。

 

 だから、あの子の目に涙が溢れてるのが見えて、びっくりして声が出ちゃった。

 

 急いでステージから退場して、彼女の下に走った。まだ泣き止んでいなくて、私もどうすればいいのか分からなくなっちゃったんだけど……

 

「ごめん、なさい……貴女の声が、とても懐かしくて……」

 

 私の歌が、シアンの琴線に触れたんだって。今でも、何が懐かしかったのかは教えてもらってないけれど、私の歌で、気持ちを運ぶことができたのなら、歌い手としてこれ以上に嬉しいことは無かった。

 

 シアンが、出会った時に見せていた無表情とは打って変わって、満面の笑みを向けて言ったんだ。

 

「……ありがとう。お蔭で、大切な事を思い出せた」

「ふふっ、それなら、コンサートに誘った甲斐があったかな?」

「ん……もちろん」

 

 鼻を啜って、濡れていた目元を拭い切ると、ずっと気になっていた名前を教えてくれた。

 

「私は……シアン。シアン・シックザール。クレイドルのゴッドイーターをしている」

「え! じゃあ、もしかしてソーマさんの……」

「……ソーマは私の兄」

 

 その時に、歌う前に見たシアンの佇まいに見覚えがあったのを思い出して、どうりで……と得心がいった。

 

 あれからも、やっぱりソーマさんっぽい壁の寄っかかり方してるの見るし、兄妹だと、そういうのも似るのかも。

 あ、やっぱり? お兄ちゃん大好き! って感じ、すごいするよね。

 

 ……ソーマさん、妹が居るなんて全く教えてくれなかったけどね! また会ったら、なんでシアンがいるのを教えてくれなかったのって、文句を言ってみようかなって思ってる。

 

「すっごく遅くなっちゃったけど……改めまして。葦原ユノって言います。よろしくね、シアン」

「……よろしく、ユノ」

 

 これが、私とシアンの出会い。

 

 私にできた、たった一人の友達とのお話……

 

 


 

 

 極東支部のラウンジは、ゴッドイーター達の数少ない憩いの場なだけあって、平生から人々が(たむろ)して、束の間の休息に浸っている姿が見られる。

 

 その中に、第四部隊と第一部隊の面々もあった。

 

 彼らはソファに座り込んで、退屈げにテレビの画面を見ていた。映っているのはフェンリル放送局のニュース番組だ。

 

『前の事だけど、合同作戦のときは急に止まっちゃったでしょ? やっぱロボットなんてアテにならないって話をしてたんです』

『でも最近はアラガミをいっぱい倒してくれて助かるねぇ。しかも無人でしょ? このままアラガミ全部狩り尽くしてほしいですね』

 

『……と、このように、無人型神機兵により、旧市街地の小型、中型アラガミの数が減少。神機使いのアラガミ討伐の一助ともなっています。フライアはさらに神機兵の数を増やし、討伐にあたると発表しました。新しいアラガミ討伐の形に、期待が寄せられています』

 

 そんな内容のニュースに、エリナは長い溜息を吐いてテレビを消した。

 

「神機兵が来てから、すっかり仕事無くなっちゃったな……」

「ですよね……でも、その分、誰かが死ぬって事も無くなりましたし、きっと、これが一番良い形なんだと思います」

 

 思わぬカノンの正論を受けて、それはそうなんだけど……と心で呟いた。

 

 ずっとやっていた自分の仕事の領分が侵されるというのは、あまり気持ちの良いものではない。

 

「いや! 僕たちの使命は何も変わりはしない! 闇の眷属どもを打ち払い、遍く地平に光をもたらすのだ!」

「イラッ……」

「あははっ、確かにやる事はいつもと同じですもんね」

 

 言い回しは一々大仰過ぎるとはいえ、その通りだとカノンが頷く。寧ろ、神機兵が露払いをしてくれるお蔭で、かなり作戦がやりやすくなったという実感もある。

 

「まぁ、何よりもアレだ。神機兵と合同で動く時は、カノンの犠牲者が神機兵に集中するようになってな。俺、最近吹っ飛んでねぇんだわ」

「えっ。それマジっすか、ハルオミさん」

「ただ、あまりに神機兵を誤射し過ぎて、危うく査問会に行きかかったがな」

「ううっ……その件は、本当にすみません……」

 

 査問会行きは、サカキ博士の取り計らいもあって、どうにか免れている。もれなくカノンは、ブラストの弾丸を制限されて、衛生兵に徹する羽目となったが。

 全くもって道理である。今後のヒロの頑張りが期待されるところだ。

 

「……にしても、シアンの嬢ちゃんはいつ戻ってくんだかねぇ」

 

 ハルオミの口から出たその名前で、全員がそっと口を閉ざした。

 

 ──シアン・シックザール

 

 その名を知らぬ者は、もう極東には誰にも居ないだろう。

 あの、神機兵との合同演習によって、シアンという存在は、極東において完全に周知された。

 

 当然、あのシックザールと聞いて、眉を顰めた者も少なからずいた。エイジス計画が結果的に失敗に終わった事を、三年経っても恨めしく思っているのだ。

 

 ただ、その事でシアンの功績が霞む様なことは少しもなかった。

 

 それ程に、彼女が与えた影響というものは、人々にとって大きいものであったのだ。

 

「……まだ、意識が戻る見込みはないんですか?」

 

 コウタが静かに首を横に振った。全員が、息を飲んで押し黙る。

 

 エリナは思った。この絶望的な気持ちも、きっとシアンの兄も味わったのだろうと。

 

 エリナはなんだかんだ、シアンと仲良くしていた方だ。お互いにブラコン戦争*1をし合ったこともあったし、自分の兄エリックについて、彼女の兄が語っていた心情を知る事もあった。

 

 それでも、兄の親友であったソーマという人物がよく分からなかったが、今こうなって初めて、彼の事が少し解った気がした。

 

「……そう、ですか」

 

 そうして、沈痛な顔で俯いたエリナに、なんて声を掛ければいいのか、コウタには分からなかった。

 

 ソーマからシアンの容態について話された時、驚いて、自分を責めるしかなかった。命の瀬戸際にあって、それももって一ヶ月も無いという事実に、どうしようもなく打ちのめされた。

 思っていたよりもシアンが成長していて、大丈夫だろうと勝手に思い込んでいたのがいけなかったのだ。最近、任務を共にしていたというのに、心の変化に気付いてやれなかった自分の不甲斐なさが、何よりも腹立たしい。

 

 それは、エリナも同じ筈。彼女にはどんな慰めの言葉も意味を成さないと知っているが、今だけは、何か声を掛けてやらなくてはと、口を開こうとする。そこへ……

 

「あらー、皆さん腐ってますねー」

 

 皮肉めいた声が聞こえて、ラウンジのある方を見ると、ユノのマネージャーである高峰サツキが、コーヒーのカップを片手にコウタ達を見下ろしていた。

 

「……ま、腐ってるのは私も同じなんですけどねー。ユノは引き篭っちゃうし、予定されてたイベントも無期延期。本当に、とんだ置き土産を残していきましたよ、あの子は」

 

 左の手で眉間を揉みほぐす。

 

 いつの間にか、幼馴染みの友達というポジションに居座っていた少女。調べてみればみるほど怪しくて、『白材』と呼ばれる奇妙な建材が出回りだしたのも、この少女がクレイドルで活動し始めた頃から。

 

 そして、とある情報筋から『白材』の出処を特定し、そこで、シアンというこの少女が、人の形をしたアラガミだと分かった。

 

 サカキ博士にも、それらの証拠を突き付けて、シアンがアラガミである事を自白させている。

 

 ただ……サツキとしては、彼女をどうこうしようとは思っていなかった。

 シアンが、ユノにとっての唯一気兼ねなく話せる友人だったからだ。

 

 彼女自身に悪評や怪しい噂を聞く訳でもなく、サツキの一ヶ月に渡る調査で、為人もおおよそ把握していた、というのもある。

 

 しかし何よりも、ユノが変わったのだ。アナグラやサテライトに着く度にシアンの姿を探したり、積極的に絡みに行く様子は、長年幼馴染をしているサツキには衝撃的で、でも新鮮で、いい変化だと感じていた。

 

 積極的になり過ぎて、寧ろシアンが困惑している程なのはさて置いてもだ。

 

「……ユノを笑顔にできるのがあの子なら、その笑顔を曇らせるのもまたあの子。最近はブラッドとか、ユノの周りに同年代の子達が集まるようになりましたけど、一番の友人に変わりはなかったんですよ」

 

 くるくると中身を回していたコーヒーに口をつけ、長く息を吐き出す。

 

「それはそれとして、さっきサカキ博士から返信来てて、ソーマさんとかブラッドの人達の第一次接続実験……とやらが終わったみたいですよ? 相変わらず何をしてるかサッパリなんですけどねー」

「──えっ、マジで!?」

 

 突然立ち上がったコウタを、エリナ達が不思議がって見ていると、コウタは何も言わずにラウンジから走り去っていった。

 

「あ、コウタ隊長!? どこに行くつもりですか!」

 

 エリナがハッとして、コウタを呼び止めようとするが、その声は届かず。むすっとした顔のまま、ソファに座り込んだ。

 

「あーあー……俺たちにも教えてくれたっていいのになあ?」

「そうですよ。いつも私達は除け者なんですから」

 

 ハルオミは肩を竦め、エリナは肩を落として、旧第一部隊組へのささやかな愚痴を口にした。

 

 

 

 

 

 ◯ ✖️ △ ◆

 

 

 ソーマが感応領域から帰ってきて目を開けると、ヒロの顔がどアップで映った。

 

「……あまりジロジロと見られても困るんだが」

「す、すみません……」

 

 ヒロがおずおずと顔を退ける。

 

 機器を外して身体を起こすと、左の方で、ソーマより先に起き上がっていたロミオがジュリウスと話し込んでいる。

 

「俺はどれくらい眠っていた?」

「大体一分くらいです。ロミオもさっき起きたばっかりでした」

 

 すると、ジュリウスがソーマに気付き、略式の礼をする。

 

「お疲れ様です、シックザール中尉」

「……ん? あっ、ソーマさんも起きてたんだ」

 

 結局、感応領域内で合流できなかったものの、あちらはあちらで収穫はあったようだ。

 

「……サカキのおっさんは?」

「あーっと、博士ならラボに行っちゃいましたよ」

 

 仕事熱心な事だ、と若干呆れて、床に足を着かせる。

 

「俺達も戻った方が良いだろう。解析にはそこまで時間は掛からないはずだ」

 

 その言葉に頷いた三人と共に、ソーマは試験場を出る。

 

 最後に扉を閉めようとする前に、視界に入った水槽を一瞥してから。

 

 

 

 

「おっと、早かったね。丁度解析が終わった所だよ」

 

 サカキ博士が手を止めて、いつもの怪しげな笑みをモニターの隙間から晒してきた。

 

「ああでも、各個人の報告がまだだったか……何せ、連絡が取れなかったからね。是非とも、そちらの方を聞かせてくれるかい?」

「そうか。……なら、俺から話しても構わないか?」

「あ、はい、問題ないです」

 

 ソーマが先行して、感応領域や、以前の感応現象で観測したシアンの過去について説明する。

 

「……シアンは特別な記憶を持っている。五十年前に生きていた、蘭ケンヤという青年の記憶だ」

 

 驚かされるのは、やはりその時代だ。

 

 五十年前というだけで、なぜだか途方もなく昔の事に思えてしまう。

 

「五十年前……? そうであるならば、2020年代、と言うことになりますが」

「そうだ。まだアラガミなんざが地上を闊歩しちゃいない、人類が頂点にあった時代だ」

「あっ、丁度じいちゃん達が子供だった頃だ。そんな前に、ケンヤがいたんだな……」

 

 で、本題はここからだ、とソーマは、短時間で捻り出した推測を口にする。

 

「そのケンヤの記憶を、どういう訳か最初から持っていたようだ。つまりアイツの人格は、ケンヤの記憶がベースとなっていると考えていい」

「……つまり、シアンを助ける鍵は、その彼の過去を知る事にある訳ですか」

「ああ。同時に感応同期率を上昇させ、領域の深層に向かう。まだ一部に過ぎないが、アイツの過去を、よく記憶しておく事だ」

 

 そうして、その凄惨な人生は語られた。

 

 まるで、天が彼にだけ試練を与えているようだった。もっと現実的な言い方をすれば、誰かが狙ってそう仕組んだとしか思えなかった。

 

 結果として、彼は両親を失い、友達を失い、次第に塞ぎ込む彼を支えてくれた幼馴染さえも失った。

 

 常に絶望と罪悪に苛まれ、非難を浴び、疎まれた。

 

 救いなど、一つも無かった。

 

「……その、後は?」

「分からない。何があって、どうしてシアンになったのか。それは、これから突き止める必要があるだろう」

 

 それで、とソーマがロミオに目配せすると、茫然としていたロミオはハッとしてから、軽く咳払いして、感応領域で体験してきたことを話した。

 

「お、俺はその、ソーマさんみたいに上手くいかなかったんです。記憶の結節? っていうのにも、結局遭遇できませんでしたし、シアンの記憶に触れることもできませんでした……」

 

 しょぼくれた様子で、消え入るような情けない声を出していた。

 

 不甲斐なかったのだろう。悔しかったのだろう。何もできていない自分を責めているようでもあった。

 あの時、誰よりも身近にいたのに、助けられたばかりでなく、ロミオが取った行動が、シアンが自死を招いたのだ。シアンを助けたはずが、助けられなかったのだ。

 

 巷では、アラガミの大群を追い払った英雄との呼び声も強いが、一番に守らなくてはならない大事な人を守れなかった自分に、英雄なんて相応しくない。

 

 後日フェンリルから授与された勲章を辞退したのも、シアンを殺してしまったからという認識だったから。

 

 こうして、シアンに何かをしてやれる機会がやってきたというのに、またしても何もできなかった事への無力感は、ロミオ自身が何よりも感じているに違いなかった。

 

 そこへ、サカキ博士は、いつものニヤケ顔で、なんてことの無いように断言した。

 

「でも、ロミオ君は彼女と出会い、対話した。……違うかい?」

 

 狐につままれたようにポカンと口を開けた。イレギュラーが起きて、見れなかったのではなかったのか。

 

 あるいは、それが嘘だったのか。

 

 ともかく、ソーマからの鬱陶しい視線を何とかするべく、ロミオが口を開いた。

 

「はい。俺は……最初から、別の場所にいて、その、『アイ』って女の人から、色々な事を聞いたんです」

 

 ソーマの肩が跳ね上がる。

 

 その名前は、シアン──ケンヤが口にしていた名前。

 心の傷となった、最も大きな原因。

 

 ロミオは、出会った時の事を事細かに説明していく。

 

『……お、目が覚めたんだね〜ロミオくん』

 

 何も分からないまま、何故か膝枕から始まった初対面。

 

『あー、そう言えば初めましてだったか。私、藍川アイでっす。よろぴくね☆』

 

 なんか、とんでもないくらい明るい人、としか説明できないおちゃらけた性格。

 

「アイは、自分は記憶だけの存在だとか、とっくに死んでるって言ってたけど、俺には難しくてあんまり理解できなかったんだけど……」

「……そういうことか」

 

 ロミオが、《感応領域》内で人に会ったと言った時から、ソーマは予想していた。

 

 前回の実験の際に、死んでいるはずの人物が記憶として生きているという話。アリサだけではなく、シアンも持っているとなれば……

 

 ソーマがひとりでに納得していることを、サカキ博士もまた理解する。

 

「つまり、アリサ君の感応領域に入った時に出会った、あのオレーシャ君と同質の存在ということかな。ふむ……感応領域には、自身の思い入れのある人物のイミテーションが投影されると。これはこれは……実に興味深い話だね」

 

 そうして納得する一方、置いてけぼりにされて、ポカンとする者が三人。

 

 うんうん頷く二人に向かって、ヒロはこっそり手を挙げた。

 

「サカキ博士。イミテーション? って何ですか」

「ん、ああ、偽物、贋作、模造品といった意味だね。何せ、オレーシャ君やアイ君は、それぞれアリサ君やシアン君が知る彼らのイメージから形作ったに過ぎない。もしかしたら、生前の彼らが本心や本性を隠していたかもしれないだろう? あくまで、自分から見た他人でしかない。だからイミテーションなのさ」

「……では、彼らは実際とは異なる、ただの虚像ということでよいのでしょうか」

 

 幾分かきつい言い方に、ロミオが「その言い方はないでしょ……」と若干呆れているが、サカキ博士は遠慮がちに肩をすくめる。

 

「有り体に言ってしまえば、そうだね。概ねジュリウス君の認識で相違ないよ。……他己、という言葉があるように、他人から見る自分の姿が、自分自身の認識と異なっていることがあるだろう? それがそのまま映し出された姿、ということだよ」

「……う~~~ん。理解できるような、できないような」

「おっと、少し難しかったかな? まあ、彼らが本人の代弁者ではない、とだけ考えてくれたら良いよ。きっと彼らも、それは理解しているさ……さて」

 

 サカキ博士が頬杖をやめて、キーボードをカタカタと打ち始めながら、ロミオに視線を投げかける。

 

「他に、何を言っていたのか覚えているかい?」

「他……は、その、さっきソーマさんが、ケンヤの事を語ってくれた時と同じ感じで。アイがケンヤの幼馴染で、彼女さんだった事と、事故に巻き込まれて自分はとっくに死んでる事も、話してくれました」

「それから?」

「ええっと……次二人が感応領域に来る時は、深い所にいけるように私()でサポートする とか言われて……そん時にはもう切断シーケンスに入って、戻ってました」

 

 カチッ、とエンターキーが押される音がして、ロミオの身体が強ばった。

 

 考えているのか、よく分からないような無表情にロミオが困惑していると、サカキ博士はニヤニヤと笑って頷いた。

 

「ロミオ君の収穫はそこにあるようだ。まさか現地協力者を取り付けてくるとは、中々やり手だね?」

「そ、そうですかね……?」

「うむ。今回の試みで、私のサポートもあまり信頼できるものではないと判明したばかりだ。もしアイ君()の力を借りられるなら、それに越したことはない」

 

 ふー……と息を吐き出してから背もたれに寄りかかると、締め括った。

 

「じゃあ、今日はここまでだ。明日、もう一度協力をお願いするから、また頼んだよ」

「「「──はい!」」」

 

 ブラッドの三人が敬礼をした後、次々に研究室を出ていく。それをじっと見つめてから、また画面に目をやり……眼鏡がずり落ちた。

 

「あ、ヒロ君! ちょっと君だけは待ちたまえ!」

「……うえっ!? ……ええと、なんでしょう」

 

 スライドのドアに腕を挟まれながら、扉の向こうでヒロは首を傾げた。

 

 

 


おまけ ブラコン戦争

 

 

 その日、シアンはゴッドイーターの居住区の中でも、新人区画にやって来ていた。

 

 インターフォンを押すと、無言で扉が開く。

 

 中は、意外にも物がない。てっきり女の子らしい物が沢山あると思っていた分、少し拍子抜けしつつ、部屋に足を踏み入れる。

 

 ベッドの上で、ぬいぐるみを抱える少女が一人。

 

「……来て、くれたんだ」

「……そういう約束だったから」

 

 その少女、エリナの部屋にまでやってきた事情は昨日に遡る。

 

『そういう訳で、これからシアンは、ウチで頑張ってくれよ!』

『…………は?』

『えっ、何その兄貴譲りの凍える目線……あっすみませんなんでもないです』

 

 メールでコウタに呼び出されたと思えば、これからシアンは第一部隊に加わって動く事が多くなるという話を聞かされて、内心かなり驚いていた。

 

 顔合わせは以前済ませていたから、最初から気まずい、なんて事にはならないだろうが、少し不安要素はある。

 

 ただ、今回の臨時部隊を気掛かりに思っていたのは、シアンだけでは無かったようだ。

 

 コウタから告げられたその日、同じ話を知ったらしいエリナからメールを貰っていた。

 

 その内容は簡潔に、会って話がしたいという事が記されていた。

 

 初めて会って以来、二人だけで話す事は少なかった。

 シアンとしても、もっと本音で話したいと思った時があったが、機会に恵まれ無いままだった。

 

 丁度いい機会だと思い、メールに返信して、夕方から訪れるという約束をし、現在に至るという訳だ。

 

 取り敢えず、立っているのもなんなので、シアンはソファに座った。

 

「……何でそこに座るの。そこだと話すのに遠いでしょ」

 

 ん、とベッドの上をポンポンと叩く。隣に座れという事らしかった。

 

 シアンが隣に腰を下ろすと、エリナがじーっと、シアンの顔を覗いた。

 

 まじまじと見られるのは、かなり恥ずかしくて、顔をぷいと背けると、エリナは何か分かったように、へぇ〜、と感嘆した。

 

「……あんまり、顔とかは似てないんだ」

「……血縁上の繋がりは、無いみたいなものだから」

「そうなの?」

「……一応、ソーマの養子って事になってる。私を拾ってくれたのも、ソーマだから」

 

 道理で……と納得すると、次はシアンの頬っぺをツンツンとつついて、ぷにぷにし始めた。

 

「でも、性格とか雰囲気とかそっくり。これでもかーってぐらい、ソーマさんっぽいんだよね。本当に血の繋がりは無いの?」

「……はふん(多分)

「でも、その不機嫌な顔、ソーマさんにそっくりだよ。三年前とかいっつも仏頂面だったから、割と覚えてるんだ」

 

 不機嫌そうなの分かってるならやめてくれ、と内心で愚痴る。

 

「……私は、あんまりお兄ちゃんと似てないから。羨ましいなって、思ってる」

「……そう?」

 

 似てる所なら、意外とある。

 

 当然ゲームをやっていたシアンにも理解できることだが、実際に会ってもいないエリックの事を詳しく知っていたら怪しがられるだけだ。

 

 なので……全部兄に押し付けることにした。

 

「……ソーマに言わせれば、全然ガードしないし、華麗に戦おうとしてドジ踏むし、あんまり変わらないって……」

「えっ、う、嘘でしょ?」

「突っ込んでったら怖いから、エリックもエリナも、あんまり前に出したくないって……」

 

 エリックの事はほぼ推測に近いものがあるが、そこは深く気にしないことにした。

 

 しかし、兄がダメな奴だと言われれば、黙っていないのがエリナという妹。

 

「お、お兄ちゃんだって、それこそソーマさんより凄い所は沢山あるんだから!」

 

 わざわざソーマを引き合いに出してそんな事を言うものだから、シアンのこめかみがピクリと疼いた。

 

 (ソーマ)より優れた兄など存在しないと、最近かなりそう思い始めてきたシアンには、我慢ならない発言だった。

 

「確かに、エリック上田は伝説を築いた。それは私も認めるところ」

「ちょっと!? 名字間違ってるんだけど!」

 

 シアンはスルーした。

 

「しかし、それだけ。……ソーマは実質、無印なら主人公格」

「……は、はぁ?」

「ツンデレ褐色、中○和哉。これで勝てない要素あるとでも?」

 

 自信満々にそんな事を言った。

 

 エリナは訳が分からなかったが、なんか自慢されてるのは癪に障るので、負けじと反論する。

 

「そ、それならお兄ちゃんは、いつもはプライド高い系の人だけど、私には凄い優しかったんだから! 私の為に、わざわざ極東まで来てくれて、怖いアラガミなんて華麗に倒してやるからって、神機使いになって……暇な時、いつも会いに来てくれた」

 

 昔を懐かしんで、彼女は笑う。

 

「『エリナも、いつか僕のように華麗な人間になれる』って、よく言ってくれて……私、ゴッドイーターになる前は身体が弱くて、寝込みがちだったの。でもお兄ちゃんが、いつも励ましてくれた。でも、お兄ちゃんってばその後、『僕が居ない時は、これを僕だと思うといい』とか言って、愛用のサングラス渡してきたんだよ? これ、唯一の形見だから持ち歩いてたけど、もう本当にダサくて着けられないし……」

 

 試しに着けてみると、制服っぽい服装のせいか、本当にただ着けただけ、という感じ。お世辞にも、似合っているとはいえなかった。

 

 シアンも微妙な表情になると、だよねー……とばかりに苦笑いを浮かべた。

 

「……大切に保管する方がいい」

「永遠に飾りかなぁ……ごめん、お兄ちゃん」

 

 声音があまり残念そうじゃないように聞こえたのは気のせいか。

 

 しかし、傍に置かれたそれを、シアンはぼうっと見ていた。

 

「……贈り物、貰ったことない」

「えっ!? ソーマさんからのプレゼントとかって……」

「……生活必需品以外は、とくに」

 

 あの朴念仁め、とどこぞに居るソーマに邪念を送った。

 

 健気に兄を愛してくれている妹に、感謝の気持ちすら無いとは。

 人の機微を察する事に関しては、エリックとは大違いだ。

 

「じゃあ、今度ねだってみたら?」

「……それは、ソーマに悪い」

「妹はお兄ちゃんにねだるのが当たり前なの。シアンはもっと欲を持っていいからね」

 

 そう言われても……とシアンは首を捻る。

 

 この世界にいるという時点で、シアンは充分に幸福を感じているのだ。

 

 良き友人、同僚に恵まれ、素晴らしい兄もいる。

 忘れられない心の傷はあれど、それを消し飛ばしてくれるくらい温かい日々だった。

 

「……ソーマが私を見つけてくれて、居場所をくれた。ずっとソーマにはいつも貰ってばかりだから。だから、私もゴッドイーターをしてる」

 

 元々は、シアンの身分を作る為に、対外的にゴッドイーターにならざるを得なかったというだけ。

 それでも積極的に任務に赴いているのは、シアン自身の意思だ。

 

 ……まあ、ゲームに出てくる人達と仕事がしたい、という不純な動機は大いにあるのだが。

 

 いずれにしろ、ソーマに感謝してる事には違いない。

 

「……それに、ソーマはよく頭を撫でてくれる。それが、私にとってプレゼントになる」

 

 そう言うと、無表情に綻びが生まれた。

 

 ああ、とエリナは察した。

 出会った頃から予感していたが、目の前の少女は自分と同類だと確信した。

 

「……私が言うのもなんだけど、ブラコン過ぎ」

「む……本当にエリナにだけは言われたくない」

 

 ブラコン対ブラコン。

 

「この際、勝負しようよ。私とシアン、どっちが真のブラコンか。白黒はっきり付けてやるわ」

「……乗った。兄と過ごした時の長さが、ブラコン度の決定的差では無いことを教えてやる」

 

 真のブラコンとは。

 

 ブラコン度とは。

 

 そこに突っ込む者は、この場には誰も居ない。

 だってブラコンしか居ないから。

 

 こうして、後に語り継がれる、第一次ブラコン戦争が始まった。

 

「……ソーマは、エリックの事をちょっぴりウザがってたけど、何度も絡んでくるから、その内毒気も消えてたらしい。でも、あくまで仕方なくだから。ご飯を一緒に食べたり、二人で任務に出掛けるようになったのも、エリックに押されて仕方なく。仕方なくで言い訳するの、ここツンデレポイント。かなり高得点だと思います」

「お兄ちゃんね、病室に来る度、毎回ソーマさんの話してたんだ。なんだかお兄ちゃんから見て、死に急いでるみたいでほっとけなかったって。初めて一緒に食事できた時は、大喜びで私の所に飛び込んできて、ソーマがデレたって、凄い自慢してきたの。お兄ちゃん可愛くない? 可愛いよね!? あんな見た目だけど、結構中身子供っぽいんだよね〜」

 

 こんな、兄達が聞いたら悶絶ものな兄自慢話を繰り広げては、

 

「……くっ、フォーゲルヴァイデのブラコン度は化け物かっ」

「シアンめぇ……!」

 

 などとお互いのブラコンパワーに打ちのめされたりして、延々と不毛な兄自慢を日を跨いでも繰り返した結果。

 

 二人はいつの間にか寝落ちしていた。

 

「……8:30……八時半!?」

 

 寝ぼけ眼で見えた時間に、シアンの意識は一瞬にして覚醒した。

 

 基本、疲労というものが存在しないアラガミの身体だが、例外はある。OPの回復だ。

 

 任務帰りでエリナの部屋に直行したので、休息を必要としていたのだ。

 

 しかし、この時間になるまで起きなかったということは……

 

「……ううん、おにいちゃーん……」

 

 隣には、お腹を出してぐーすか眠るエリナの姿が。

 

(あああ……エリナと同衾しちゃってるし……いや違うんだよ愛惟、こいつは不可抗力って奴なんだ。許してくれぇ……!)

 

 断じて、浮気ではないのだと、空の向こうから見ているだろう恋人に心の中で弁解する。

 

 だが、弁解もほどほどにしておかなくては、更に遅れてしまう。

 恋人への詫びの言葉と共に、シアンはエリナの肩を揺さぶって呼び掛けた。

 

「エリナ、起きて。とっくに遅刻してる」

「うぅ……何時……?」

「もう八時半」

「……八時半!? もう10分も遅れてるじゃん!」

 

 面食らうエリナに支度をさせて、急いでエントランスに向かった。

 

 今日がコウタ達との初任務の予定である。

 とは言え、あのコウタだ。あまり強くは叱って来ない筈だろうと、気持ちを落ち着かせて下階に降りる。

 

 真っ先にエリナが飛び出して、出撃ゲート前で待っていた彼に頭を下げる。

 

「すみません、遅れました……!」

「ごめん、遅刻し────」

 

 追従する形でシアンが謝罪しようとして、彼と目が合った。

 

 まさか、とシアンが口を半開きにしたまま、硬直した。

 

「……集合は八時二十分だと記憶していたが」

「……へ?」

 

 エリナも顔を上げて、その異常性を認識する。

 

 集合予定時間にいた人物は、想像とまるで違うどころか、会う事すら少し躊躇われる、クレイドルの白い隊服を着たあの男だった。

 

「そ、ソーマさん……何でここに」

「ああ。コウタとエミールは、ウチの都合で別の任務をアサインされていてな。すまないが、シアンを交えた第一部隊の運用実験は午後からになる」

「……ソーマは、欠員補充?」

「端的に言えば、そうだ。だが、俺達もまた違うミッションを受けることになる」

 

 まあ、そいつはさておき、とソーマはエントランスの時計を見た。

 

 八時四十分。

 

 せっせと準備しても、既に二十分の遅刻だった。

 

 しかも、叱る立場の上官が、コウタではなくソーマであるという事に、地獄へと叩き落とされた気分になる。

 

 しかも、遅刻という失態を、よりにもよって最も敬愛するソーマに見られた事が、一番最悪なパターンだ。

 

 ……あまりの気まずさに、シアンはサササッとエリナの背後に逃れた。

 

「ちょっと、シアン……!?」

「……頑張って」

 

 まさかの身代わりである。エリナは泣きたくなった。

 

 そもそも、ソーマも無表情がベーシックな人間だ。それが怒るともなれば、きっと鬼の権化のようになるだろう。

 

 何を言われるのだろうか、と思うと怖くて、二人ともギュッと目を瞑ると、頭に強い衝撃が響いた。

 

「いたっ」

「あうっ」

 

 若干ひりつくおでこをさすりながらソーマを見ると、チョップを構えていた。

 

 遅刻への制裁、ということか。戦場を駆け抜けている二人ですら、痛みのあまり目が潤んでるぐらいなので、本人達には十分な罰に違いない。

 

「時間にはルーズにならない方が身の為だ。……幸い、時間には余裕がある。九時には出発する。その間に軽く飯でも食べてこい」

 

 なんだ、ただの天使か。シアンは別の意味で泣いた。

 

「すみません、ご配慮に感謝します!」

 

 エリナは感謝の言葉を述べて、シアンは無言で喜びを噛み締めながら敬礼し、ラウンジへと駆け込んでいった。

 

 その後ろ姿を目で追いながら、ソーマはフッと笑った。

 

「兄が兄なら、妹も妹か。……お前も、そう思うだろう?」

 

 それは、誰に向けた言葉だったのか。

 ソーマは虚空に訊くと、塗装の剥げた、フレームだけのサングラスをかざした。

 

 

 

*1
エリナの部屋で行われた、どちらの兄がいかに凄いかを決める、シスコン共の仁義なき戦い。白熱し過ぎて深夜まで行われたが、結局二人とも仲良く寝てしまい、翌日、揃って遅刻している。




君は、完璧で究極のゲッ──(違う)


アイは死んでも(盛大なネタバレ)、今日あまじゃなくてバガラリーな世界線です
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