フェンリル極東支部、アナグラ。
まだブラッドが着いていないその場所の支部長室にて、数々の書類に目を通す者がいた。
(ほうほう、あの感応種を討伐できると……)
ペイラー・サカキ。
フェンリルでも屈指の研究者にして、かつて事故で死亡したとされるヨハネス・フォン・シックザールの後任として、要らぬ支部長の座を預かってしまった者だ。
そんな彼は、最近発生したという、通常の神機使いが対処不能という感応種のせいで、仕事に忙殺される日々を過ごしていた。
そんな中届いたのが、感応種に唯一対処可能な部隊、本部直轄である極致化技術開発局の特殊部隊、ブラッドが派遣されるという報せと、極東支部へのブラッド受入要請。
「だが、後三日は掛かると言っていた筈だが……一部の感応種が討伐された?」
任務記録を詳しく読み込んでみると、その詳細にある一つの単語に、サカキ博士は目を引かれた。
「白い衣服と白い肌、白い髪をした少女……だとっ!?」
思わずズリ落ちた眼鏡をクイッと戻すと、記録を深く読んでいく。
「任務に向かった第八部隊のソウゴ君は、その少女と共闘した……それを皮切りに、廃寺での目撃情報が増えたと。容姿は白い髪と白い肌に白い布のような衣服、年は16くらいで、紫水晶色の瞳を持っていた、と。ふむ……」
PCを操作してマイクを起動すると、カウンターにいるヒバリに呼び掛けた。
「ヒバリ君。至急ソーマ君を呼んでほしい」
『はい、少々お待ちください…………連絡が取れました。今から、そちらに向かわれるとのことです』
「ありがとう、ヒバリ君」
『はい』
すると程なくして、うっすらと目の下にクマを作って、気だるそうな一人の褐色の青年が入室してきた。
「サカキのおっさんが呼び出すなんて珍しい。感応種でなんか掴めたのか?」
「ううむ、無きにしも非ず、ってところだね。でも本題はそっちじゃないんだ」
「となると、キュウビ……いや、さては新種か?」
「これは……そうだね。特に君にとっては大事なことさ」
「大事なこと、だと?」
勿体ぶらずにとっとと言えよ、というソーマの言外のオーラをひしひしと感じながら、サカキ博士は落ち着いた口調で告げた。
「最近、様々な神機使いが目撃しているのさ。廃寺エリアで、ヒト型アラガミの姿を、ね?」
「──それは本当かおっさん!?」
気だるそうな雰囲気を一瞬で消し飛ばし、必死の形相でサカキ博士に詰め寄り、机をバァン!と叩いた。それにより紙が崩れ、ペラペラと宙を舞った。
「あ〜あ〜、折角書類を整理していたというのに」
「その情報筋、確かなんだろうな」
「……ああ、そうだとも。レーダーでも何度か偏食場を観測しているのと、ウチの第八部隊隊長が、その報告書を提出してくれていて、且つ他にも証言は幾つもある。かなりの信憑性があるって言っていいだろうね」
紙を拾い集めながら、サカキ博士は頷く。
冗談でないと感じ取ったのか、ソーマが近くのソファに座り込み、缶コーヒーを飲むと、
「……シオ、なのか?」
「いや、まだ分からないんだ。情報を纏めてみると、特徴はヒラヒラした白い服、白い髪、白い肌。見た目の年齢は16〜18歳。神機らしき武器を二つ、二刀流で使用している。しかし、決して人を殺さず、必ず神機使いがピンチになった時だけ颯爽と駆けつけ、アラガミを蹂躙し、声をかける暇もなく無言で去るらしい……どうやら、ソウゴ君はその限りではなかったようだがね。報告例は現時点で七件のみだが、先程も言った通り、これはかなり信憑性が高い」
そこで、一旦切ると、飲み物をグイッと一飲みしてから告げる。
「なのでソーマ君には、このヒト型アラガミの調査を命じたい。出来るなら接触し、会話が可能ならば……またはシオ君ならば、こちらまで連れてきてほしい。いいね?」
「分かった。あの廃寺に向かえばいいんだな?」
「そうだね。でも、無茶はしないようにお願いするよ」
ソーマは、足早に支部長室から出た。
◯ ✖️ △ ◆
ソーマが捜索を命じられて、それなりの日にちが経った。
ブラッドが極東に到着したことで、感応種の数は前よりもグンと減っているのだが、それに呼応するかのように、段々報告例が消えていった。
もう廃寺では報告例が完全に無くなったが、元地下幹線道路でそれらしき影を見たという報告があり、そこへ向かっている最中……
『ブラッド隊が地下道にて正体不明のアラガミと交戦! 作戦エリアに近い神機使いに救援を要請します!』
「俺が行こう」
ソーマは通信を聞くと、走り出した。
(チッ、フライアの連中に知られるのは避ける意図があるとは言え、おっさんの奴は何も話してねぇのか。面倒な……)
交戦中のエリアへと真っ直ぐ向かっていると……
高速で動く白い影が、ソーマの横を過ぎ去ろうとしていた。
そして、一瞬時の流れが一時的に遅くなったような感覚に陥っていると、その顔に、酷く懐かしさを覚えた。
「シ、オ……?」
もう三年近く会えていないアラガミの少女に、そっくりの顔立ちだった。
違うところと言えば、衣服と外見の年齢、二本のロングブレード型神機を模した物、そして瞳の色だ。
「ソー、マ……」
微かなものだったが、その声はソーマの耳にしっかりと聞こえていた。
そこで、凝縮された時間が解放されたかのように一気に加速し、通常の時を刻みはじめた。
「おいっ、待て!!」
その頃には既に少女の姿は無く、あまりの事態に呆然としながらも、ソーマはアナグラへと帰投した。
帰投したブラッドとソーマの姿は、支部長室にいた。
副隊長である神威ヒロは、事の顛末を報告してから、サカキ博士に僅かな怒気を孕みながら問い質す。
「……サカキ博士、あのアラガミの事ですけど、何か知ってるんですよね? 少なくとも、そのアラガミが言うには、貴方やコウタさん、アリサさんを知っていると話して──」
「それは真かね!?」
「うわわっ!?」
話している最中に、執務の机を叩くようにいきなり身を乗り出し、立ち上がったサカキ博士に、ヒロは思わず仰け反った。
「……ええと、そうです。シオっていう少女と、アーク計画という名前を聞きました。聞き覚えがあれば、俺達にも教えて頂きたいです」
頭を下げるヒロの隣に、ジュリウスが並び、同じく頭を下げた。
「私からも、どうかお願いしたい。かの人型のアラガミは、ここへ来る前に一度だけ遭遇したきり故に、情報を持ち合わせておりません。しかし、無理に、とは言えませんが」
現在、感応種に唯一対抗できる部隊の隊長と副隊長二人に頭を下げられて、それを無碍にするのはよっぽどの人物だろうね……とサカキ博士は溜息を吐いてから、観念したかのように椅子に着いた。
「ふむ……では早速だけど、君達は、終末捕食って知ってるかい?」
「……? はい。たしか、あるカルト教団が勝手に提唱して、人々を恐慌に陥れ集団自殺させたっていう事件に出てくる……」
「そう、君の言う通り、世間では眉唾物と信じられているものだ。……突拍子の無いようで申し訳無いんだけど、実の所を言うと、その終末捕食は実在するんだ」
ブラッドの面々が、驚きの表情を浮かべているが……ナナとロミオが分からなさそうに、「何それ?」と首を傾げている。
「今日は終末捕食の講義では無いから詳細は端折るけど、ノヴァとよばれる巨大なアラガミによって、惑星を丸ごと捕食し、地球の生命をリセットし、再分配するという地球の機能なんだ。これはフェンリルでも機密にあたる情報だから、口外すると大変なことになるよ?」
ブラッド隊の顔色がサッと引き締まる。まさか機密にまで立ち入るとは、とヒロとジュリウスが圧倒されていた。
ロミオは言うまでもなくビビっていた。
「その終末捕食には無くてはならないものがある。……それが『特異点』だ。かつて、この極東地区にも3年前、特異点が現れた。それが、君達の出会っただろう彼女の言っていたシオであり、人の心を持った、人型のアラガミさ」
「……発言、宜しいでしょうか」
懐かしそうな口ぶりで語るサカキ博士に、シエルが手を挙げる。
ふむ? と視線を向けて「どうぞシエル君」と当てる。
「そんな事があり得るのでしょうか。アラガミが心を持つ……いえ、そもそも、アラガミは本能に従い、考えて喰らうという、それだけの生物であるはずですが」
「うむ。これがあり得るのさ。シオ君は極めて人体に近い構造をしていたんだ。人間も、心の実体は脳にあると言うだろう? だから、彼女を研究室に持ち帰って、日本語を学ばせてみたんだけど、十日も経たずに言語、及び思考能力は成人のそれと同等レベルになったよ」
サカキ博士の、アラガミを持ち帰った発言に、ギルが顔を顰めた。
「……人型とは言え、危険も顧みようともせず、よくもまあこの天敵の住処まで持ってこようしたもんだな?」
「ギルバート君の言うことはご尤もだね。でも、彼女にとって人は捕食対象に入っていない、そう分かっていたからこそ可能だった荒業さ」
こいつ狂ってる……と話があまり分かってない二人以外のブラッドの顔が引き攣る。
極東の神機使いにとってはサカキ博士の奇行は珍しくも何ともないので、軽く聞き流せてしまうが、外部からの普通の反応はこの通り。
久しく見ない反応に、ドン引きさせてしまったかなと、軽く罪悪感を覚えつつも、サカキ博士は続けた。
「話を戻そう。この終末捕食理論に基づいて誕生した計画こそ、アーク計画と呼ばれるものだ。アーク計画は、終末捕食によって地球の生命をリセットすることで、アラガミのいない世界を作り出すという、かつてこの極東で極秘に行われていた計画だ。でも、そんな凄惨な真似をさせるつもりは無かったから、当時の第一部隊隊長、神薙ユウ君と第一部隊……そして、シオ君の協力もあり、この地球で終末捕食が開始されることは無くなった」
「終末捕食がこの極東で、しかも私たちの生きている間に一度行われていたと?」
「うん、そうだとも。しかし、終末捕食は一度発生したら止められない。だからシオ君は、特異点である自分を、ノヴァごと月まで持っていった。それによって発生したのが、世界で周知の事実である『月の緑化』の真相だ。特異点に集約された地球の情報によって、月を擬似地球化してしまったのさ」
月の緑化は、周知と言っていたように、地球上で知らない人は居ない衝撃的な出来事となっている。
そこまで切り出されて、アラガミ研究の権威に反論出来る者は居なかった。
「……ヒト型アラガミの少女が、自分の意思で月まで持って行ったから、『月の緑化』が起きたなんて……」
「そうだろうね。極東支部の一部の人間しか知らないことさ。そこに居るソーマ君も、その一人だよ」
「……ソーマ・シックザールだ。神機使いだが、科学者もしている。今後関わる機会もあるだろう、宜しく頼む」
壁に寄りかかり、腕を組みながら軽い自己紹介をするソーマに、サカキ博士は何か思い出したかのような素ぶりをして言った。
「ああ、特にソーマ君はシオ君に対して思い入れが強くてね。だから、実は彼にはそのヒト型アラガミの調査を依頼していたんだ」
「おいおっさん……余計なことを言うな」
「とまあ、そんなところだね。件のヒト型アラガミが、月に行ってしまったシオ君か、はたまた別の何某かは現在調査中だ」
質問はあるかい? とブラッドを一瞥して、それにジュリウスは真っ先に反応した。
「今後、あのヒト型アラガミと接触した場合、我々がどう行動すべきでしょうか」
「先ずは最初に、敵対の意思が無いことを相手に示す必要があるね。神機を向けなければ、襲ってくる心配は皆無といっていい。そして、可能であるなら極東支部まで来てくれないかと言っておいてね」
「ええ、承知しました」
「ではブラッド諸君。この事はくれぐれも、他言無用で宜しく頼むよ。……何と言っても、これは極東の、そしてフェンリルの最高機密なんだ。口外すれば、どうなるか分かってるよね?」
博士から、何か気が張り詰めるような重圧がかかり、ブラッドの間に改めて緊張が走る。
「では失礼します、ペイラー支部長」
ジュリウスの一言で、ぞろぞろとブラッドが退散していった。
「……ふぅ。ソーマ君、君が場を取り成してくれても良かっただろう?」
ブラッドが出ていったタイミングを見計らって、大げさに肩を下ろしたサカキ博士が、いつの間にかソファへと移動していたソーマへと話しかける。
「そういうのは俺には不向きなんでな。……まあいい、それよりも、益々謎が深まっちまった」
「ああ、そうだね。まさか、私達の名前を知っているとは……これまでの対応からして、シオ君とはまた別のヒト型アラガミ……そう考えるのが妥当だったけど、シオ君の記憶以外には私達のことを知る術は無い……だからと言って、回収し尽くしたノヴァの残滓がアラガミ化したとも考え難いし、あの言語能力をどこで学んだかが不明だ……」
深まる疑問に、研究者の二人は直ぐに黙り、思索を重ねていく……
「おーっす! 博士ー、何か用でも……って、ソーマもいるのか」
「招集だなんて珍しいですね。どうしましたか?」
そんな支部長室にノックも無しに入ってきたのは、第一部隊隊長のコウタと、クレイドルで活動するアリサだった。
「よく来たね。折角の機会だから、君たちにも教えておこうと思って急遽呼んだのさ……」
そこで話された内容は、二人にとって想像を絶するものだった。
「新しい、ヒト型アラガミ……最近目撃されているという、『再来の白い少女』はシオちゃんじゃなかったんですね……」
シオじゃない可能性があると聞き、アリサがズーンと肩を落としていた。自分の思い入れのあるシオに会えるという望みが限りなく薄くなったので、残念がるのも無理はないだろう。
「ええっと、それってつまり、特異点がまた地球で生まれたってことですかね?」
一方で、冷静な分析をするコウタの質問を、サカキ博士は首肯する。
「恐らくはそうだろうね。月に特異点が移動してしまったものの、短期間で別の特異点が発生するのは奇跡と言っていい。ああ、そうそう。報告によると面白いことに、大昔の極東にいた剣士、宮本武蔵の様に二刀流で刀みたいな武器を操るそうだよ。しかも、腕も中々のものらしい」
「じゃあ、シオじゃないですよね? 確か、片手にショートブレードみたいな神機を生やしてましたし……」
「いや、今この時点で、分からないことが一つある。こうして二人に集まってもらったのは他でもない。彼女はどうやら、この場にいる全員全ての名前を知っているのだよ。だよね? ソーマ君」
サカキ博士の問いにソーマが頷くが、コウタがコテンと首を傾げた。
「一度も会ってないのに俺達のこと知ってるって……それ、絶対シオ以外の何者でもないでしょ」
「いえ、分かりませんよ。シオちゃんのオラクル細胞が残っていたとしたら、可能性はゼロでは無いと思います。……でも、そんなに莫大な量は無いはず」
アリサも、結局は少し不可解だという結論に至ったらしい。ソーマが不意に立ち上がると、手元のタブレットをサッと操作し、顔を上げて二人の方へ向く。
「詳しい事は、直接ここで検査をさせてもらう他にねぇ。要は、どうにか説得して連れ帰って来い、という事だな。これから二人には特務を発注しておく。内容はいつもの仕事に差し障りない程度のものにする予定だ」
「分かりました。では、今後の任務と並行での特務ですね?」
「つまりはそういう事だ」
では、もう解散……という雰囲気の中、いきなりコウタが手を挙げた。
「えっと、コウタさん?」
アリサが行動の意図を聞こうとして、しかし一体何だと三人が内心不思議そうにしていると……
「あのー博士ー、その子を俺が見つけたら、もちろん自分で名前付けていいですよね?」
次の瞬間、空気が凍りついた。
特に、アリサとソーマがクワッと目を見開いて、「うっわ、マジかよコイツ」という視線でコウタを見ている。
シオの一件があるように、コウタのネーミングセンスは皆無と言っていい。万が一にも『ノラミ』などという名前を付ければ、途端にソーマによる実力行使が始まるだろう……
そんな様子をニヤニヤと見ていた博士は、うんうんと頷いてから、口を開いた。
「では、一番最初に見つけた人が、あの子の名付け親になってもらおう。いいかい? 早い者勝ちだから、仕事をサボらない程度に──」
「行くぞ、アリサ」
「はい、では、目撃情報のあった地下道を中心に捜索に当たりましょう」
スタタッと足早に支部長室から出ていくソーマとアリサ。
その二人の瞳には、何やら強い意志の光が煌めいていた。
「……では、今日はお開きにしよう。私も情報があれば連絡するから、ターミナルはよく確認しておくように」
「……あの、博士?」
「なんだい?」
「俺、そんなに名前で信用無いっすかね……」
「……私からはノーコメントだよ」
それはもう深い溜息と共に、トホホ……と肩を落として部屋を出ていくコウタを見送ると、博士の目の前のPCには一つの画像が表示されていた。
多少ブレているが、両手に神機を持ち、アラガミへと疾走する紫色の目の少女。体をローブのような布で覆い隠しているだけの姿の彼女は間違いなく、ヒト型アラガミだった。
「……次世代のゴッドイーター、ブラッド。そして新たなヒト型アラガミ。特異点の消失と復活。またもや神が人となり、次第に人は神になる道を歩もうとしている。この星は、一体何処へ向かうのだろうね? ヨハン、アイーシャ……」
かつての旧友らの名を呟きながら、グッタリと椅子に寄りかかった……
『サカキ支部長! 空母地帯の感応種とグボロ・グボロ種の群れの反応が瞬間的に消失! 加え、エイジス島に第一種接触禁忌種、アマテラスを観測しました!』
「……私にも、少しくらい休みは欲しいんだけどね。分かった、空母に向かわせた部隊には引き続き調査を。エイジスの方は……致し方ないけど、ここはソーマ君に頼もうか」
……溜息を吐きながら、やっぱりかつての旧友に仕事を押し付けたくなったのであった。
前支部長の声を聞いていると、段々とテロ対策の徹夜マンとか、魔術師殺しに聞こえてくる……
恋愛要素未定だけど、あった方がいいかなぁ
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恋愛要素アリ(=精神的BLとなる)
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(恋愛要素は)ないです
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その他(√ラケル……なんつって)