気が付いたら前回投稿から一ヶ月以上が経ってました……
完結までは続けるつもりなので、温かい目で見守ってくれると嬉しいです。
前日譚 星辰戦争
新西暦1029年
軍事帝国アドラー
軍高官でも極一部しか知らない極秘施設、旧日本国の遺産が眠るその場所で、二人の男が相対していた。
軍事帝国アドラー第37代総統閣下、クリストファー・ヴァルゼライド。
総統閣下とその副官、共に同じ戦場を駆けてきた戦友であり、そして幼少期からの幼馴染。その仲はとても良好で、両者と付き合いが長い者からも、意見が対立している所すら見たことがないと言われている。
そんな二人が今、アドラーの最重要極秘施設で、互いに殺気をぶつけながら向き合っていた。
「本当に俺と戦うつもりか、ユキ」
「そうだ。歪みを正し、この世界をあるべき形に戻して見せる。そのために」
それは、数えきれないほど繰り返してきた決別の
ユキは太刀を抜き構え、呼応するようにヴァルゼライドもまた二振りの太刀を抜き放つ。
「そうか、ならば是非もない。来るべき聖戦のため、俺はここで死ぬわけにはいかんのだ」
「それはこちらも同じだ。
これより始まるのは、
「「”勝つ”のは、俺だ!!」」
「〝
「〝
開幕初手から両者は
この選択は単に、互いの力量を信頼している故なのだろう。共に全力、様子見不要。加減や躊躇はかけらもなく、出し惜しみなど一切ない。何故なら、
双方共に、新西暦最高峰の
終末の天災は万象を喰らい尽くし、殲滅の光刃は邪悪を滅ぼし尽くす。
そして、約束された繁栄を民へ齎す為に。
「ッ、ハァ!」
「――シッ!」
光刃が怪物へと空気を斬り裂きながら襲い掛かるが、怪物は次撃すらも読み切った上で、まるでお手本を見せるかのように光刃を捌いた。そして捌いた流れに沿うように放たれた怪物の太刀筋が、英雄に
致命傷どころか、英雄の動きを阻害することすらできない僅かな掠り傷。しかしそれが、この二人の差を物語っていた。
単純な
ユキが有する星光は、核化反応制御能力。そして、極限域の干渉性。それ即ち、万物万象に干渉できると言っても過言ではない。そしてそれは、英雄の星光に対しても有効だった。英雄が有する星光は、核分裂・放射能光発生能力。ならば、その核分裂反応を抑制すればよい。
結果、出力差によって無効化までは出来なかったものの、英雄の極光斬はその威力を大きく減衰させていた。少なくとも、一撃必殺には確実に届かない。
加え、ユキの戦闘技巧。これこそ、戦局の天秤を傾ける最も大きな要因であった。
英雄は、東部戦線という超激戦区を駆け抜け、また一切の努力を惜しまなかった傑物ではあるが、その英雄の隣に常に立ち続けてきたのが怪物だ。ならば当然、英雄に匹敵するだけの戦闘経験を怪物も積んでいるということに他ならない。更に、〝死に戻り〟という怪物の
「フッ、ハァ!」
故に、英雄に傷を負わせるという怪物の強さが浮き彫りになるのだ。
徐々にだが確実に、怪物の刃は英雄を敗北へと誘っている。
「……見事、よりかは流石と言うべきか」
間隙を縫ってヴァルゼライドの口から出たのは称賛だった。
「
「何を言うよ。お前のその告白には同意するが、だけどお前も
「必要ならばそうするまでだ。そしてやはり、俺にはお前の考えが読めんよ。ここで俺と戦って、一体何になるという」
そして英雄は、怪物へと問う。怪物が
「今更野心に目覚めたか? 純潔と呼ぶに相応しい
故に何故だと、ヴァルゼライドの眼光がユキを貫いた。対してユキはその眼光に一切怯むことはなく、むしろ僅かな微笑を含ませながら強く押し返した。
「なに、最初に言ったじゃないか。歪みを正し、この世界をあるべき形に戻して見せる、とな。クリストファー・ヴァルゼライド、そして
「
叫びと同時に、ユキはヴァルゼライドの右太刀を上へと弾き飛ばした。無防備に晒されるユキの胴。しかし、ヴァルゼライドはその隙を突くことはなく、後ろに大きく跳び退く。
「チッ!」
そしてヴァルゼライドがいた位置へと雨霰と鎌鼬が降り注ぎ、直ぐ様進路を地面からヴァルゼライドへと切り替え襲い掛かる。
即座に直撃するものだけを選び抜きそれらを光刃で消し飛ばしたが、残りの鎌鼬がまたもや進路を切り替えて向かってきた。ヴァルゼライドと言えど、これには無傷とはいかなかった。
腕を、脚を、頬を斬り裂く鎌鼬。更にはユキの一振りと共に発生した大竜巻が追撃して襲い掛かる。その大竜巻を突撃と同時に放った極光斬で消し飛ばすが――
「――シッ!」
「――ォッ」
――ユキによる蹴撃がヴァルゼライドの胸部へ叩き込まれ、その体は宙へと飛ばされる。
これは誰もが言葉を失くす光景だろう。最強の
しかし、当のユキ自身はヴァルゼライドをあしらっているなどとは微塵も思ってはいない。一つの間違いが致命の隙と敗北へと誘うこの攻防が、そんな軽いも尾であるはずがないのだから。
「……立てよ、クリストファー・ヴァルゼライド。お前がこの程度であるはずがない」
それに応えるように飛び出してきたヴァルゼライドの光刃を、ユキは受け止める。同時、反対の太刀による追撃を身を捩って回避するが、体勢を崩されたことで押し込まれ、ユキはこの戦闘初めての傷を負った。
「ッ、ああ、やっぱり変わらないな!」
覚醒したと、ユキは傷口から蝕む
「ならばッ!」
「そう来るッ!」
斬撃斬撃斬撃刺突斬撃斬撃薙払回避斬撃刺突斬撃薙払。
斬撃斬撃斬撃薙払斬撃刺突回避斬撃斬撃防御刺突薙払斬撃斬撃、斬撃斬撃斬撃斬撃薙払刺突薙払斬斬斬斬斬突薙斬斬斬回斬斬斬斬斬斬――
回転率は最高潮へと達している。剣舞の嵐は途切れる様子を全く見せない。
「……俺や
「ハッ、まさか!」
弾かれるように煌いた斬閃と真空の刃が、再びヴァルゼライドへと殺到する。致命となるもののみを回避し、ヴァルゼライドがユキへと刃を振るうが受け止め流され、返しの刃がヴァルゼライドを斬り刻む。
それでも、ヴァルゼライドは傷に一切の気を止めることはない。偽りなど一切許さぬと、その蒼き瞳でユキを見据えて。
「―――ならば語れよ、親友。お前の胸の内を曝け出せ」
“親友”と、その一言にユキは総身を震わす何かを感じ取った。これまで何度も聞いてきたはずなのに、何度も経験してきたはずなのに、まだ何かしてくれるのか、と。
「俺はッ――」
そして、ユキは堰を切ったように
「――俺は、許せないんだよ。この歪んだ世界が、未来がッ!
憤怒で顔を歪ませながら、ユキは咆哮する。
「お前達はこの世界の特異点だ。数多の物語を終わらせ、そして数多の物語を生み出す。正しく、歴史が生み出した存在だよ」
「でも、俺は違う。本来、この時代に、この世界に存在するはずがない異端者。あるべき物語に歪みを生じさせる、究極最大の破壊者。そんな俺のせいで、お前の英雄譚を終わらせるなど、認められるわけがないだろうがッ!」
そう、ユキが口にする歪みとはヴァルゼライドと
ならば、歪みとはユキ・ロスリック本人に他ならない。異なる時間軸から飛来し、この世界に突如として
英雄が怪物に倒されるなど、あってはならないのだから。
「だからこそ、この
それなのに、英雄は怪物に敗北する。それが
「ゆえに、勝つのは俺だッ!」
ゆえに、俺に
激突は既に万の域へ到達し、常識的限界は彼方へと置き去った。両者ともに傷を負っていない部位は存在せず、仮に第三者がこの光景を見れば、二体の死体が大戦争を繰り広げているように見えるだろう。
戦況は技量と経験で勝るユキへと僅かに傾いていると言え――
「ハァァ――ッ!」
――そして決着は唐突に訪れた。
一瞬の間隙を縫って放たれた渾身の袈裟斬り。ヴァルゼライドから吹き出る血潮は
これにて、
この結末を迎え、ユキは先ほどまでの熱が嘘だったかのように冷えた様子で、項垂れながら呟いた。
「……俺の
あと一手、届かなかったと。
これまでに経験してきた
「……ああ、これで、また――」
また繰り返す。この終わりの見えない地獄を繰り返す。
もう
何度繰り返してきたかなど、そもそも数えていない。たとえ数えていたとしても、数百数千ではまず足りない。
それでも尚、虜囚のようにユキ・ロスリックは
「――いいや、まだだ」
いや、繰り返した。
「俺への勝利を、
「――は? ッグォッ!?」
ユキの耳朶に雄々しき宣言が聴こえて思わず呆けると、その無防備な胴を薙ぐように眼前の男の一閃がユキを斬り裂いた。
腹が斬り裂かれ傷口から侵食する、これ迄とは比べ物にならない程に強力な破壊の光。常人はおろか
ユキは、確かにヴァルゼライドを斬った。放った渾身の袈裟斬りはヴァルゼライドの命を断ち切り、それが当然だと言うかのように
「――な、んで…斬られ…て…」
「お前が抱えていた苦しみを理解した、などとは到底言えん。だが、お前が俺の勝利を信じているということは理解した。
ゆえに今一度、いや、何度でも宣しよう。
――今、自分は何をされた? 斬られた。誰に? 当然、ヴァルゼライドに。
ここで
否。では何故と、更に疑問は深まっていく。
因果という理不尽の鎖に繋がれている以上、
「―――あッ、あぁッ。まさ、か」
因果という鎖に繋がれているから結果が変わらない。では逆に言うならば、結果が変わったならば、鎖はどうなった?
「越えたのか。このふざけた
鎖は断ち切られた。そう認識した途端に、何かから解放されたと感じ取った。
この新西暦に辿り着いて一度たりとも拭えたことがない違和感。
あの日、クリスに出会ったときに感じた、決して無関係と思えなかった感覚。
あの日、ガイアに出会ったときに知った、何かに縛られているという感覚。
その一切が砕け散り、歪んだ軸は正された。
「――は、ははッ。ハハハハハッ! 最っ高だ! 素晴らしいぞ、クリストファー・ヴァルゼライド! 我らが英雄!」
血涙を流し、血反吐を撒き散らしながらユキは歓喜の咆哮を上げる。
因果律という概念的な繋がりを断つ所業。常人はおろか人の身では不可能なことを、この
原理は不明。
偶然なのか、奇跡なのか、はたまた必然なのか。しかし、
先の一撃に続くように繰り出される光の剣を捌いていき、その一撃一撃を受ける度に
なぜなら、既に己の末路は定まったから。
だから、さあ――
「――ああ、だからこの
「―――〝
怪物の懇願に答えるように轟いた、邪悪を滅ぼす死の光。
そして、天霆の極光が怪物を飲み込んだ。
血の池へ仰向けで倒れている
「……は、はは。勝者が、なんて顔を、してるんだよ」
ユキは倒れる自分を見下ろす勝者の表情を見て、掠れるように笑う。とはいえ、その表情の変化は永年の親友であるからこそ分かるようなものであり、もう一人の親友以外には変わらず仏頂面に見えるだろう。
それでも、そんな表情が理解できるほどの付き合いの長さが嬉しいから、自分の為にそんな表情をしてくれることが嬉しいから、ユキは苦しそうに笑う。
「
「……ああ、そうだな。さらばだ、
「それでいいさ。それが、俺の憧れた、お前の英雄譚なのだから」
ユキは瞳から光を失いつつも、心から安心しきった表情で――
「あり、がとう、クリス。お前、たちに、会えて、本当に、よかった」
――静かに、息を引き取った。
アスクレピオスの大虐殺から二年が経過したその日、一人の帝国軍人の訃報が伝えられた。
英雄の隣に立ち、多くから慕われてきた男の訃報は決して小さくない影響を与えた。
しかし、そもそも世界の異物であったためなのか、人々の記憶から徐々に消えていき、一年も経過した頃には誰からの記憶にも残っていなかった。
そして、新西暦の歴史は正しい形で紡がれる。
その数年後、
渾身の袈裟切り
袈裟斬り。肩部から腹部までを斜めに斬り下ろすこと。
幾百、幾千と英雄の命を奪ってきたこの攻撃は、ユキ自身の諦観によって英雄殺しの属性を宿すに至っている。
すなわち■■魔法ならぬ、■■技法。ユキ自身が、