ありふれない怪物は、やがて英雄へ   作:シロマダラ

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第七話 ベヒモス

 階段側の魔法陣からは、骨格だけの体に剣を携えた魔物、トラウムソルジャーが溢れるように出現した。空洞の眼窩からは魔法陣と同じ赤黒い光が煌々と輝き目玉の様にギョロギョロと辺りを見回している。その数は、既に百体近くに上っており、尚、増え続けている。

 

 だが、ユキとハジメはもう一方、通路側に出現した魔物の方が危険だと感じていた。

 

 通路側の魔法陣からは体長十メートル級の四足で頭部に兜のような物を取り付けた魔物が出現した。もっとも近い既存の生物に例えるならトリケラトプスだろうか。ただし、瞳は赤黒い光を放ち、鋭い爪と牙を打ち鳴らしながら、頭部の兜から生えた角から炎を放っているという付加要素が付くが...

 

 メルド団長が呟いたベヒモスという魔物は、大きく息を吸うと凄まじい咆哮を上げた。

 

「グルァァァァァアアアアア!!」

 

「ッ!?」

 

 その咆哮で正気に戻ったのか、メルドが矢継ぎ早に指示を飛ばす。

 

「アラン! 生徒達を率いてトラウムソルジャーを突破しろ! カイル、イヴァン、ベイル! 全力で障壁を張れ! ヤツを食い止めるぞ! 光輝、お前達は早く階段へ向かえ!」

 

「待って下さい、メルドさん! 俺達もやります! あの恐竜みたいなヤツが一番ヤバイでしょう! 俺達も...」

 

「馬鹿野郎! あれが本当にベヒモスなら、今のお前達では無理だ! ヤツは六十五階層の魔物。かつて、“最強”と言わしめた冒険者をして歯が立たなかった化け物だ! さっさと行け! 私はお前達を死なせるわけにはいかないんだ!」

 

 メルド団長の鬼気迫る表情に一瞬怯むも、「見捨ててなど行けない!」と踏み止まる。

 

 どうにか撤退させようと、再度メルド団長が話そうとした瞬間、ベヒモスが咆哮を上げながら突進してきた。このままでは、撤退中の生徒達を全員轢殺してしまうだろう。

 

 そうはさせないと、ハイリヒ王国最高戦力が全力の多重障壁を張る。

 

「「「全ての敵意と悪意を拒絶する、神の子らに絶対の守りを、ここは聖域なりて、神敵を通さず――〝聖絶〟!!」」」

 

 二メートル四方の最高級の紙に描かれた魔法陣と四節からなる詠唱、さらに三人同時発動。一回きり、一分だけの防御であるが、何物にも破らせない絶対の守りが顕現する。

 

 衝突の瞬間、凄まじい衝撃波が発生し、ベヒモスの足元が粉砕される。橋全体が石造りにもかかわらず大きく揺れた。撤退中の生徒達から悲鳴が上がり、転倒する者が相次ぐ。

 

 トラウムソルジャーは三十八階層に現れる魔物だ。今までの魔物とは一線を画す戦闘能力を持っている。前方に立ちはだかる不気味な骸骨の魔物と、後ろから迫る恐ろしい気配に生徒達は半ばパニック状態だ。

 隊列など無視して我先にと階段を目指してがむしゃらに進んでいく。騎士団員の一人、アランが必死にパニックを抑えようとするが、目前に迫る恐怖により耳を傾ける者はいない。

 

 その内、一人の女子生徒が後ろから突き飛ばされ転倒してしまった。「うっ」と呻きながら顔を上げると、眼前で一体のトラウムソルジャーが剣を振りかぶっていた。

 

「あ」

 

 そんな一言と同時に彼女の頭部目掛けて剣が振り下ろされた。

 

 死ぬ――園部優花がそう感じた次の瞬間、トラウムソルジャーを一振りの攻撃が吹き飛ばした。そのそばには武器を振り抜いたユキが立っていた。

 そのまま数体のトラウムソルジャーを吹き飛ばし、優花の手を引っ張り立ち上がらせる。

 

「大丈夫か?」

「は、はい。ありがとうございます」

「ならしっかりしろ。さすがに次は助けられんぞ」

(チッ! 誰もがパニックになって周りを見てない。このままじゃ死者が出るぞ)

 

 ユキが周りを見渡すと、ハジメも周りを見渡しながら考える

 

「なんとかしないと…必要なのは…強力なリーダー…道を切り開く火力…天之河くん! ユキさん! 天之河くんを呼んでくる! それまで何とかこらえて!」

「……分かった。だが急げ、長くは持たないぞ」

 

 ハジメは踵を返してべへモスと相対している光輝達の元に向かって走っていく。

 

 

 

 

 

 ベヒモスは依然、障壁に向かって突進を繰り返していた。

 

 障壁に衝突する度に壮絶な衝撃波が周囲に撒き散らされ、石造りの橋が悲鳴を上げる。障壁も既に全体に亀裂が入っており砕けるのは時間の問題だ。既にメルド団長も障壁の展開に加わっているが焼け石に水だった。

 

「ええい、くそ! もうもたんぞ! 光輝、早く撤退しろ! お前達も早く行け!」

「嫌です! メルドさん達を置いていくわけには行きません! 絶対、皆で生き残るんです!」

「くっ、こんな時にわがままを...」

「光輝! 団長さんの言う通りにして撤退しましょう!」

 

 雫は光輝を諌めようと腕を掴むが、

 

「へっ、光輝の無茶は今に始まったことじゃねぇだろ? 付き合うぜ、光輝!」

「龍太郎……ありがとな」

「状況に酔ってんじゃないわよ! この馬鹿ども!」

「雫ちゃん……」

 

 苛立つ雫に心配そうな香織。

 

 その時、一人の男子が光輝の前に飛び込んできた。

 

「天之河くん!」

「なっ、南雲!?」

「ハジメくん!?」

 

 驚く一同にハジメは必死の形相でまくし立てる。

 

「早く撤退を! 皆のところに! 君がいないと! 早く!」

「いきなりなんだ? それより、なんでこんな所にいるんだ! ここは君がいていい場所じゃない! ここは俺達に任せて南雲は…」

「そんなこと言っている場合かっ!」

 

 ハジメを言外に戦力外だと告げて撤退するように促そうとした光輝の言葉を遮って、ハジメは今までにない乱暴な口調で怒鳴り返した。

 

 いつも苦笑いしながら物事を流す大人しいイメージとのギャップに思わず硬直する光輝。

 

「あれが見えないの!? みんなパニックになってる! リーダーがいないからだ! ユキさんがどうにかしているけど、長くは持たないんだ!」

 

 光輝の胸ぐらを掴みながら指を差すハジメ。

 

 その方向にはトラウムソルジャーに囲まれ右往左往しているクラスメイト達がいた。

 ユキが何とか対処をしているが、クラスメイト達が好き勝手に動くため流石に手が足りていない。

 

「一撃で切り抜ける力が必要なんだ! 皆の恐怖を吹き飛ばす力が! それが出来るのはリーダーの天之河くんだけなんだ! 前ばかり見てないで後ろもちゃんと見て!」

 

 呆然と、混乱に陥り怒号と悲鳴を上げるクラスメイトを見る光輝は、ぶんぶんと頭を振るとハジメに頷いた。

 

「ああ、わかった。直ぐに行く! メルド団長! すいませ――」

「下がれぇーー!」

 

 〝すいません、先に撤退します〟――そう言おうとしてメルド団長を振り返った瞬間、その団長の悲鳴と同時に、遂に障壁が砕け散る。

 

 暴風のように荒れ狂う衝撃波がハジメ達を襲う。咄嗟に、ハジメが前に出て錬成により石壁を作り出すがあっさり砕かれ吹き飛ばされる。

 

 舞い上がる埃がベヒモスの咆哮で吹き払われた。

 

 そこには、倒れ伏し呻き声を上げる団長と騎士が三人。衝撃波の影響で身動きが取れないようだ。光輝達も倒れていたがすぐに起き上がる。メルド団長達の背後にいたことと、ハジメの石壁が功を奏したようだ。

 

 それ光景を見ていたユキは流石に限界だと感じ、そばにいる優花にここを任せるように言う

 

「時間がないか...園部、少しここを任せる」

「え、任せるって、ロスリックさんは」

「あれの相手をする」

 

 ユキはその身に宿す力を解放し、ベヒモスへ突撃していく。

 

 

 

 

 

 ベヒモスによって障壁が破られ、ベヒモスが咆哮を上げる。

 

「ぐっ……龍太郎、雫、時間を稼げるか?」

 

 光輝が問い、それに苦しそうではあるが確かな足取りで前へ出る二人。団長たちが倒れている以上自分達がなんとかする他ない。

 

「やるしかねぇだろ!」

「...なんとかしてみるわ!」

 

 二人がベヒモスに突貫しようとしたその時、ベヒモスの頭部に何かがぶつかる。

 それは風を身に纏ったユキの姿があった。

 

「ロ、ロスリックさん! なんでここに」

「ユキさん、その風ってまさか……」

「お前たちは戻って退路を作れ。ベヒモスは俺が受け持つ」

「で、でも! 俺たちも」

「光輝! ここはユキさんに任せて戻りましょう!」

 

 光輝は階段の方へ目を向け、悔しそうな顔をしながら生徒たちの方へ走り出す。

 それに続くように光輝の後を追って階段へ向かっていく。

 

 それを尻目にユキは再度ベヒモスに突撃していく。

 

(さて、どうしようか。無理すると橋が崩れるな)

 

 ボロボロの橋の上で全力を出せば崩れる可能性があるため、倒そうとしているわけではない。

 ただ時間を稼ごうとしているだけだった。

 そこにハジメが走ってきた。

 

「ユキさん!」

「ッ! ハジメ!? なんで来た!」

「待ってください、考えがあります!」

 

 その考えは〝錬成〟によってベヒモスの足元を固めベヒモスの動きを止めその後、後方のクラスメイト達によって魔法を撃ち奈落の底に落とす作戦だった。

 ユキ役目はハジメが錬成をするための隙を作りベヒモスの気を逸らすことで、他に考えがなかったユキはそれに賛同する。

 

「わかった……無理はするなよ。行くぞ!」

「はい!」

 

 ユキはもう一度ベヒモスに突撃していった。

 

 

 

 

 

「後衛組は遠距離魔法準備! もうすぐ坊主の魔力が尽きる。アイツが離脱したら一斉攻撃で、あの化け物を足止めしろ!」

 

 ビリビリと腹の底まで響くような声に気を引き締め直す生徒達。中には階段の方向を未練に満ちた表情で見ている者もいる。

 無理もない。ついさっき死にかけたのだ。一秒でも早く安全を確保したいと思うのは当然だろう。しかし、団長の「早くしろ!」という怒声に未練を断ち切るように戦場へと戻った。

 

 その中には檜山大介もいた。自分の仕出かした事とはいえ、本気で恐怖を感じていた檜山は、直ぐにでもこの場から逃げ出したかった。

 

 しかし、ふと脳裏に迷宮に入る前日、ホルアドの町で宿泊していたときの情景を思い浮かべる。

 

 緊張のせいか中々寝付けずにいた檜山は、トイレついでに外の風を浴びに行った。涼やかな風に気持ちが落ち着いたのを感じ部屋に戻ろうとしたのだが、その途中、ネグリジェ姿の香織と雫を見かけたのだ。

 

 初めて見る香織の姿に思わず物陰に隠れて息を詰めていると、二人は檜山に気がつかずに通り過ぎて行った。

気になって後を追うと、二人はとある部屋の前で立ち止まりノックをした。その扉から出てきたのは……ユキだった。

 

 檜山は頭が真っ白になった。檜山は香織に好意を持っている。しかし、自分とでは釣り合わないと思っており、光輝のような相手なら所詮住む世界が違うと諦められた。

 だが、ユキは異世界に召喚された時に現れた全くの無関係者だった。いきなり現れたくせに香織のそばにいるなんておかしい。それなら自分でもいいじゃないか、と檜山は本気で持っていた。

 

 ただでさえ溜まっていた不満は、すでに憎悪するまでに膨れ上がっていた。香織が見蕩れていたグランツ鉱石を手に入れようとしたのも、その気持ちが焦りとなってあらわれたからだろう。

 

 その時のことを思い出した檜山は、ベヒモスを抑えるユキとハジメを見て、今も祈るようにユキを案じる香織を視界に捉え……ほの暗い笑みを浮かべた。

 

 

 

 その頃、ハジメはもう直ぐ自分の魔力が尽きるのを感じていた。既に回復薬はない。チラリと後ろを見るとどうやら全員撤退できたようである。隊列を組んで詠唱の準備に入っているのがわかる。

 ユキが与えたダメージとハジメの足止めによって、ベヒモスとそれなりの距離があることを確認した二人は階段の方へ走り出す。

憤怒の色が宿っている眼を二人に向けたベヒモスは怒りの咆哮を上げ、二人を追いかけようと四肢に力を溜めた。

 

 だが、次の瞬間、あらゆる属性の攻撃魔法が殺到した。

 

 夜空を流れる流星の如く、色とりどりの魔法がベヒモスを打ち据える。ダメージはやはり無いようだが、しっかりと足止めになっている。

 

 ここで、予想外のことが起きた。

 

 放たれた致死性の魔法。そのうちの一つが、急に進路を変えて二人の方に落ちたのだ。

 

 明らかに二人を狙い誘導されたものだ。

 

(ッ! まさか、ここでフレンドリーファイア! 正気か!)

 

 ユキはハジメを抱えて火球を避ける。しかし、それが悪手だった。

 ベヒモスに放たれた無数の魔法と二人に放たれた火球によって、ボロボロだった橋が…ついに崩壊を始める。

 

「グウァアアア!?」

 

 悲鳴を上げながら崩壊し傾く石畳を爪で必死に引っ掻くベヒモス。しかし、引っ掛けた場所すら崩壊し、抵抗も虚しく奈落へと消えていった。ベヒモスの断末魔が木霊する。

 

 ユキも脱出をしようとするが、ハジメを抱えていることにより能力を使えず、瓦礫を足場にジャンプしながら登ろうとしている。

 

 しかし、ここでもう一度、火球が二人に向かって放たれた。火球はユキが飛び移ろうとしていた瓦礫を破壊し、ユキは体勢を崩す。

 足場を崩され奈落へ落下していくユキとハジメ。

 落下する中で、ユキが生徒たちの方へ目を向けると、香織と雫が飛び出そうとして光輝や龍太郎に羽交い締めにされているのが見えた。他のクラスメイトは青褪めたり、目や口元を手で覆ったりしている。メルド達騎士団の面々も悔しそうな表情で二人を見ていた。そして、一人の男が卑しい笑みを浮かべていた。

 

 そのことに気付くも、当然ユキとハジメは奈落に落ちていく。

 

 徐々に小さくなる光に手を伸ばしながら……




彼の星辰光の情報や星辰光を使った戦闘シーンはもう少し先です...
お待ちください...
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