ありふれない怪物は、やがて英雄へ   作:シロマダラ

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第九十話 変わる人形

 荘厳な神殿内部の回廊を縦横無尽に()けながら、時折衝突しながら金属音を鳴り響かせる二つの影。

 

「――シッ!」

 

「――フッ!」

 

 “怪物”天津悠姫と“真の神の使徒”ノイントの二人だ。二人の通過した跡は、まるで爆撃にでも遭ったかのような無惨な光景が広がっている。

 

 悠姫の太刀が振り下ろされ、石造りの床に深い切痕を刻む。その斬撃は双大剣の腹で受け止められる。衝突の瞬間、衝撃波が走り、壁面の装飾が一斉に砕け散る。

 

「――ッ」

 

 悠姫は踏み込みを止めず、太刀を返して間を詰める。斬撃が連なり、刃の軌道が重なって空間を切り裂く。ノイントは後退しながら双大剣を交差させ、斬撃を弾く。そのまま距離を保つように身を滑らせ、回廊の柱の陰へ移動した。

 

 柱の影から無詠唱の魔法が放たれる。炎、雷、圧縮された衝撃。多種多様な攻撃が悠姫に迫りくる。

 

 悠姫は駆ける足を止めることなく、星辰光(アステリズム)を切り替える。斬空真剣が宙を走り、魔法は断ち切られ、霧散する。切断の余波で、天井の一部が崩れ落ちる。

 

 悠姫が崩落を避けるように進路をずらして床を蹴って前に出て、ノイントは回廊を折れ、さらに奥へと移動する。

 

 壁を足場にノイントへとい直線に迫り、追撃するように太刀が振るわれ、今度はノイントの双大剣と正面から噛み合った。金属音が鳴り、衝撃が互いの腕を伝う。

 

「――シッ」

 

 悠姫が押し込む。だが、双大剣がわずかに角度を変え、その圧を受け流す。

 

 そのままノイントが距離を取ると同時に、銀翼から無数の銀羽が放たれる。迫りくる銀羽を視認すると、悠姫は刹那で直撃するものだけを選び抜き斬空真剣にて迎撃する。だが、それ以外の銀羽も悠姫に襲い掛かる。

 

 僅かに掠った銀羽が悠姫の身体を端から分解していく。しかし次の瞬間、削れた部分が即座に復元する。いくら不死性を貫通できる分解魔法とはいえ、今の悠姫なら掠り傷程度は即座に治すことは出来る。

 

 だが、それでもわずかな遅れは生じてしまう。

 

 悠姫は踏み込みを一瞬止め、姿勢を立て直す。その隙を、ノイントは逃さない。双大剣を振り抜き、回廊の床を叩き割る。

 

 床が崩れ、瓦礫が舞う。悠姫は瓦礫を切り払いながら前に出る。切断された石塊が左右に弾け、神殿の壁に叩きつけられた。

 

 ノイントはさらに後退し、回廊を横断する形で位置を変える。魔法が再び放たれ、今度は天井を狙う。

 

 太刀を振るい、落下する石材を切断する。その動作の間に、双大剣が迫った。

 

「――ッ!」

 

 刃が交差し、再び衝撃が走る。悠姫は押し返し、ノイントは受け流す。その衝撃で回廊の奥で、壁に走った亀裂が音を立てて広がる。両者はそのまま神殿内部を縦横に移動しながら、刃と魔法を交わし続ける。

 

「―――随分と印象が変わったじゃないか。もうお前を無機質な人形(コッペリア)なんて言えないな」

 

 斬り結びながら悠姫はノイントに語り掛ける。

 

「それはどうでしょう。いまだ私は、感情(こころ)というものが分からない。イレギュラー……天津悠姫。貴方の言う『涙を笑顔に変える』という、その意味が分からない」

 

 ノイントも悠姫の語りに応えた。その変わらず声色は淡々としているが、まるで褒められた嬉しさを表すように、口角が僅かに上がっていた。

 

「それはどうかな。俺にはそう見えないが、なッ」

 

 悠姫が上段から太刀を振り下ろす。ノイントは双大剣を交差させて受け止め、そのまま鍔競り合いに発展し膠着する。

 

「気付いているか? 口元が笑っているぞ。楽しい、というよりは、嬉しいといった風だ」

 

「嬉しい……」

 

 悠姫の指摘にノイントがポツリと呟く。するとその言葉がしっくりと来たのか、胸中に暖かい何かが広がっていくのが分かる。

 

「……なるほど、これが嬉しい、という感情ですか」

 

 自覚した瞬間、ノイントの中には色とりどりの感情(こころ)が爆発的に溢れ出てくる。頬は熱を帯び、瞳には光が宿り、口角が上がっていくのが自分で分かる。

 

「ふ、ふふっ」

 

 口から小さな笑いが漏れ出る。そうか、これが嬉しいということか、これが感情(こころ)というものかと、神が創造した人形を、一人の怪物が人間へと作り変えていく。

 

 悠姫は徐々に押し込まれていき、拮抗はノイントの方へと傾いてく。数値上の強さでは語れない()()()が、ノイントの背を強く押していたのだ。

 

「……」

 

 息が、僅かに弾んでいることに気付く。それが何を意味するのかを考える前に、双大剣が再び動いた。

 

 鍔競り合いが崩れ、ノイントが一歩踏み込む。悠姫は即座に対応するが、間合いが近い。壁が背後に迫っていた。

 

 次の一撃。双大剣が太刀を押し下げ、そのまま横から叩き付ける。衝撃で壁面の装飾が砕け、破片が宙を舞った。その音がノイントの胸の奥を刺激する。

 

「……あ」

 

 思わず、声が漏れる。自分の口から出た音に、ノイントは一瞬だけ目を見開いた。理由は分からない。だが、その瞬間、胸の内側が確かに弾んだのだ。

 

 次の動作は、さらに速かった。受け流しから即座に踏み込み、間を与えない。攻撃が連なり、悠姫は防御に回る。

 

 ――楽しい。

 

 その言葉が、形になる前に、喉の奥で弾ける。

 

「……ふふっ」

 

 笑いが、溢れた。短く、抑え切れない音だった。

 

 それを境に、動きが変わる。踏み込みは深く、連撃は苛烈に。躊躇が消え、勢いが前へ前へと押し出されていく。

 

 悠姫は後退し、瓦礫を切り払いながら駆け出して態勢を立て直す。だが、ノイントの追撃は止まらない。

 

 双大剣が振るわれ、衝撃が回廊全体を揺らす。床に亀裂が走り、壁が耐え切れずに崩れ落ちる。やがて辿り着いた回廊の先には大扉が待ち構えていた。

 

「はぁッ!」

 

 ノイントの攻勢は止まらず、気合を出すかのように叫びながら、そのまま悠姫を大扉の先へと押し込んだ。

 

 

 

『ああ、あの子が傍にいる……近くで戦っている……』

『それじゃあ、私もそろそろ準備をしましょうか』

『さぁ、私達の勝利を掲げましょう』

 

 

 

 大扉を突き破って出た先には、一気に開けた空間があった。

 

 そこは、神殿の大広間。高い天井、豪勢なシャンデリア、周囲を囲む石柱。祭壇の前にはイシュタル率いる聖教教会の司祭達が集まり、手を組んで祈りのポーズを取っていた。

 

 そして、大扉を突き破ってきたノイントを見ると、イシュタル達は恍惚とした表情を浮かべてノイントを見つめ、そして一斉に聖歌を歌い始めた。どこか荘厳さを感じさせる司祭百人による合唱だが、やがて悠姫に異変をもたらした。

 

「……ッ!? これは?!」

 

 体から力が抜け、魔力が霧散していく。まるで、体の中からあらゆるエネルギーが抜き出されていくようだった。さらに、光の粒子のようなものがまとわりついて悠姫の動きを阻害する。

 

「行動阻害、状態異常の魔法か……面倒なッ」

 

 イシュタル達が行使しているのは〝覇堕の聖歌〟という魔法。相対する敵を拘束しつつ衰弱させていくという凶悪な能力を持ち、司祭複数人による合唱という形で歌い続ける間のみ発動するという変則的な魔法である。

 

 体内に高位次元から魔力供給され続ける悠姫からすれば、魔力の霧散は弱体にはならないが、他の効力はノイントとの戦闘を続ける上では致命的だった。

 

 なんとか止めさせねばと意識を向けたが、その隙をノイントが容赦なく襲い掛かってくる。

 

「余所見などッ」

 

 高く飛ぶノイントから無詠唱の魔法が放たれる。雨のように降り注ぐ魔法群に対し、悠姫は邪竜の星光(ほし)へと切り替え、波打つ床が迫り出し壁にした。魔法群との衝突による衝撃波は床壁を砕いていくも、悠姫には届かない。

 

 しかし、その砕け散る床壁の僅かな隙間から、ノイントの横に見覚えのあるゲートが出現しているのが見えた。そして、そのゲートにノイントが飛び込むと、ノイントは悠姫の背後に現れて双大剣を振り上げた。

 

 だが、仲間が使用するものも含めて複数回も見てきたからこそ、ゲートを認識した悠姫の判断は素早かった。ノイントがゲートに入るより早く振り向き、後方のゲートに向かって太刀を振るう。

 

 双大剣と太刀が火花を散らす。

 

「まさか〝空間魔法〟を取得しているとは思わなかったな」

 

「貴方を仕留めるなら、手段は選べないでしょう」

 

 ノイントはそのまま押し合いを選ぶことなく、再びゲートの中へと姿を消す。

 

 正面、側面、天井近く、と複数のゲートを展開し短距離転移を連続する。ユエですら〝界穿〟の二対発動がやっとだというのに、ノイントはその数倍のゲートを操っていた。

 

 しかし、悠姫とて伊達に無数の修羅場を潜ってきた訳ではなく、直ぐに連続転移には適応していた。どのゲートが繋がっているのかを把握し、ノイントや魔法の転移先を読み、踏み込み、ゲートごと両断する。

 

 それでもやはり、完全に対処出来ている訳ではなかった。〝覇堕の聖歌〟が悠姫の動きを妨害していた。

 

「――ッ!」

 

 分解魔法が付与された大剣が、悠姫の肩口を削り取る。その復元速度ですら、聖歌の影響が更に鈍らせた。このまま削られ続ければ、悠姫はノイントに敗北して消滅することは間違いない。

 

 そんな窮地だからこそ―――

 

「――まだだッ」

 

 気合と根性、ただの精神論が怪物を更なる領域へと昇華させた。

 

 瓦礫なった床壁を剣麟として射出し、それらを足場に悠姫は宙を駆ける。弱体を受けるならば、それを上回る強化をすれば良い、そんな単純明快な力技でノイントの転移へと追いついた。

 

「出鱈目ですかッ」

 

 転移の直後に目の前に現れた悠姫を認識して、ノイントは目を見開いて驚いた。同時に、その方法に気が付いて悪態を吐きながらも不思議に納得する。この男なら不思議ではない、と。

 

 振り下ろされた太刀を双大剣が受け止め、刃を返す。悠姫の一撃は弾かれ、床に走った衝撃が石材を砕いた。悠姫は弾かれた反動で宙に浮き、重力に従って落下を始める。

 

 ノイントは銀翼を大きく広げ、雨を降らせるようにおびただしい数の銀羽を掃射する。悠姫は斬空真剣で致命となるものだけを迎撃し、生まれた僅かな穴を天駆翔の炎翼加速(ブースター)で通り抜けてノイントに再び接敵する。

 

 悠姫は太刀を引き絞り、一気にノイントへと突き出す。ノイントは双大剣を立て、正面から受け止めた。甲高い金属音が鳴り火花が散る。

 

 次の瞬間、重縛羈束(グレイプニル)が二人を縛り付けた。

 

「ッ、これは」

 

「そう、あの時と同じだ。共に墜ちようか」

 

 発生した超重力は容赦なく二人を捕え、そして空間そのものを押し潰すように働きかける。次の瞬間、神殿全体を揺さぶる轟音が響いた。

 

 床は二人を中心に亀裂が一気に走り砕け散る。衝撃は柱へ、壁へと伝播し、装飾や石材が次々と倒れ落下する。それは司祭達にも物理的な衝撃として伝わり、聖歌は中断された。

 

 土煙が視界を覆う中、ノイントを大きな影が襲い掛かる。悠姫が傍の瓦礫を蹴り飛ばしたのである。

 

 ノイントはその瓦礫を両断し、影から迫るであろう悠姫を待ち受ける。しかし、両断した瓦礫の影には誰もおらず、ハッとノイントは上を見上げ―――

 

「残念、こっちだ」

 

 ――左から聞こえてきた声に反射的に大剣を振るった。しかし大剣は空を斬り、右から放たれた隕石の如き鉄拳に殴り飛ばされた。

 

「ぐッ!」

 

 よろめくノイントに対し悠姫は追撃の手を緩めない。発声を偽装した星光を刀身に集束させ、大上段から太刀を振り下ろす。ノイントが左の大剣で受け止めると、悠姫は星光を解放した。

 

増幅振(ハーモニクス)

 

 震動する太刀が甲高い音を響かせる。そして数瞬拮抗すると、バキンッ!という音を出しながら大剣が半ばから両断した。

 

「なっ!」

 

 一瞬、ノイントの視線が砕け散った刃の行方を追う。その意識を逸らしたことで生じた隙を、当然の如く悠姫が逃すはずがない。太刀を振り下ろした勢いを一切殺さず、左足を軸に回転しながら身体を捻り、そして遠心力を集中させた鋭い蹴りを叩き込んだ。

 

「――ッ!」

 

 鋭く重い衝撃が全身を駆け巡り、ノイントの身体はいとも簡単に吹き飛ばされる。弾かれ転がった先にあったのは、イシュタル達が集まる祭壇だった。

 

 衝突と同時に亀裂が走り、積み上げられた装飾と石材が崩れ落ちノイントはその瓦礫の中に半ば埋もれてしまった。

 

 イシュタル達が一斉に悲鳴を上げる。“本当の神の使徒”であるノイントが“異端者”に押され、吹き飛ばされた挙句に瓦礫の下に沈められた事に動揺しているのだ。

 

 司祭達が我先にと祭壇に駆け寄り、崩れた石材に手を掛けて神の使徒を埋める瓦礫を取り除こうとしている。

 

 だが次の瞬間、駆け寄る司祭達を巻き込みながら、ノイントを覆う瓦礫が内側から弾け飛んだ。ゆっくりと、体全身を銀色の魔力で覆ったノイントが立ち上がる。纏う威圧感が何倍にも跳ね上がっており、それを神々しさと受け取り、イシュタル達は恍惚とした表情を浮かべていた。

 

 しかし、当のノイントはイシュタル達には一瞥もすることなく、左に持つ刀身が半分になった大剣に視線を落す。

 

 純粋な硬度や武具としての性能を語るならば、“真の神の使徒”であるノイントが持つ大剣はトータスでも最上級品なのだ。それでも折られたその理由は、悠姫が使った技と、【神山】の神殿という環境に起因する。

 

 増幅振(ハーモニクス)というその技は、対象物の内側に振動を打ち込んで炸裂させるという、振動操作の星辰光(アステリズム)を宿す銀狼(リュカオン)と呼ばれた男が使っていた技である。

 

 そこに加わる、【神山】の神殿という環境。この場所にはガイアが、悠姫の片割れが封印されている。そのガイアと共鳴するように、現在の悠姫の出力は上がり続けていた。結果、本家を遥かに上回る技へと昇華されていた。

 

―――心臓が高鳴る。

 

―――体内を駆け巡る血が騒いでいる。

 

―――大地母神(ガイア)を解放せよと、全身の細胞が叫んでいる。

 

 しかし悠姫は、まだだ、あと少し、覇者の王冠を手にするのは少し早いと無理矢理閉じ込める。そして左手を上げ、手の甲をノイントに向けて二度三度、誘う様に指先を軽く曲げる。

 

「……」

 

 “掛かって来い”というその挑発を、ノイントは真正面から受け取る。左の大剣を捨て、銀翼を大きく広げ、空気を切り裂く音と共に、滑空するように一直線に悠姫へと滑りだす。

 

「「はぁああッ!!」」

 

 残る右の大剣を両手で持ち、振り切った大剣に合わせるように振られた悠姫の太刀が、再び交差する。

 

 ノイントは、ハジメや光輝が使う〝限界突破〟に似た魔法である〝禁域解放〟を使い、全てのステータスを爆発的に上昇させている。対する悠姫も、ガイアと共鳴してその出力を一秒毎に更新していく。

 

 一合、次の一応、次の次の一合、と先程とは比べ物にならない程の衝撃が、神殿中に伝播する。床が踊るように浮き、柱が軋み、天井の装飾が剥がれ落ちる。

 

 戦闘の余波は神殿という建物自体を攻撃し続け、大地震を思わせる轟音と共に悲鳴を上げている。壁に走った亀裂同士が繋がり、支えを失った柱が一本、また一本と崩れ落ちる。

 

 司祭達が逃げようと慌てているが、その原因である二人は止まることも自重することもない。

 

 崩れ落ちる床を踏み越え、倒れかかる柱を弾き、刃を交えたまま前へと進む。そしてとうとう、神殿の完全な崩壊が始まった。

 

 外壁が耐え切れずに砕け散り、瓦礫と粉塵の向こうに夜空が露わになる。そして二人はそこから外へと躍り出て、斜面を削るように駆けながら山腹を横断していく。

 

 その先にあるのは、現在進行形で魔人族による大襲撃を受けているハイリヒ王国王都と王城。

 

 崩れていく神殿を背に、二人はそのまま【神山】を駆け下りていった。




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