ありふれない怪物は、やがて英雄へ   作:シロマダラ

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 感想ありがとうございます。


第九十四話 新生

 黒ずんだ山肌を、二つの影がほとんど落下するような勢いで駆け下りていた。

 

 片や、白銀の鎧と銀翼を纏う女。神の使徒ノイント。

 

 片や、夜の底に溶け込むような黒髪を靡かせる剣士。天津悠姫。

 

 止まるという発想そのものが最初から存在しないかのように、二人は崩れた斜面を滑落にも似た速度で喰い潰していく。だが、その実態はただの落下ではない。悠姫は山肌を文字通り駆け、ノイントはそのすぐ横を低く飛ぶ。

 

 そして、時折独楽同士がぶつかるように真正面から衝突しては、火花を散らし、再び離れ、また次の瞬間には喰らい付くように斬り結ぶ。

 

 片手に残った大剣を振り下ろし、ノイントが悠姫の頭上へ斬撃を叩き付ける。悠姫は太刀を逆袈裟に差し込み、その一撃を真正面から受け流した。激突の衝撃は足場の岩盤ごと砕き、二人の足下を土砂の奔流へ変える。

 

 だが、崩れた斜面が二人を呑み込むより早く、悠姫は砕けた岩塊を踏み台に跳び、ノイントは銀翼を羽撃(はばた)かせ空へ身を起こした。

 

 直後、羽撃(はばた)きに伴って散った幾枚もの銀羽が、音もなく悠姫へ襲い掛かる。

 

 掠めただけの岩塊が輪郭ごと崩れ落ちるように消え、露出した山肌が削り取られたように抉れた。悠姫は正面から飛来する数枚だけを斬空真剣で斬り飛ばし、残りは最小の動きで躱した。左へ半歩、身を沈めて前へ一歩。外套を掠めた一枚が羽織の端を細かな塵へ変え、夜風に散らしていく。

 

「――ッ!」

 

 そこへノイントがもう来る。

 

 銀翼を半ば畳むようにして急加速し、片大剣を横薙ぎに振るう。双大剣の片割れを失ったことで単純な攻撃の手数は減っていたが、かえって刃筋は研ぎ澄まされていた。敵主を排除すること目的とした剣とは別種の鋭さ。人形のような無機質さを削ぎ落とし、まるで今ある一振りに己の意志を真っ直ぐ乗せたような剣。

 

 悠姫はそれを見て、口の端だけ僅かに上げた。

 

 速い、重い、そして何より熱を感じる。

 

 太刀と大剣が再びぶつかり合う。火花が夜の山腹へ散り、すぐ傍の岩肌が衝撃に耐え切れず崩落した。二人の身体は弾かれ、そのまま互いに逆方向へ散る。だが、離れた時間は一瞬にも満たない。悠姫が足下の岩を砕いて踏み込み、ノイントが翼を打って横合いから差し込む。二つの影は山を滑るように落ち続け、その途中で何度も何度も、螺旋を描くように激突した。

 

 下へ、更に下へと駆けていく。今二人の周囲を埋めるのは、崩れた岩盤と焼け焦げたように黒ずんだ山肌ばかりだ。大規模な崩落の余波か、あるいは神殿内で交わされた凄絶な斬撃の名残か。露出した地層はどこまでも暗く、そこへ二人の斬光だけが断続的に明滅する。

 

 一度、ノイントが高く浮いた。

 

 悠姫の進路を読むように斜め前へ躍り、翼から銀羽をばら撒きながら大剣を振り下ろす。その瞬間、悠姫は自ら山腹を蹴り砕いて宙へ飛んだ。

 

 殲嵐の星光により、圧縮された嵐が奔流となって吹き荒れる。銀羽の幾つかを飲み込み、分解の魔力ごと捩じ伏せてノイントの身体を横から弾いた。だがノイントはそのまま吹き飛ばされず、銀翼を打って無理やり体勢を立て直し、空中で身を捻ると大剣を起点に白銀の軌跡を描いた。

 

 横薙ぎの斬撃を、悠姫は空中で太刀を合わせて逸らす。だが完全には流し切れず、衝撃で身体が一気に下方へ落ちた。黒ずんだ岩盤へ叩き付けられる寸前、悠姫は斜面へ着地はせずに足裏で岩そのものを砕いて滑る。土と石の破片を尾のように噴き上げながら、なおも前へ進む。

 

 悠姫が駆け、ノイントが追いかける。【神山】そのものを戦場として、二人の戦闘は苛烈さを増していく。悠姫は煌めく星光を強欲竜へと切り替える。

 

 唸りを上げるように、山肌が獰猛な顎を剥く竜の形を取る。だが悠姫が求めた役割は攻撃ではない。黒い山肌を踏み砕きながら奔るその軌道の先、王都の建築群の高みを見定めた悠姫は、竜の顎を射出台のように使ったのだ。

 

 弾丸のように空へ射出された悠姫の身体が、一息に王都外縁の建物群の上へ。夜の闇に沈む屋根の列が眼下に広がる。その上へ、悠姫は流星のような勢いで飛び込んだ。

 

 相当な高さがあったため、着地の瞬間に屋根が爆ぜる。瓦が跳ね上がり、屋根板がひしゃげ、梁が悲鳴を上げた。だが悠姫は止まらず、砕いた屋根の上をそのまま駆け抜け、隣の建物の屋上へ跳ぶ。更にその先へ。屋根から屋根へ。屋上から屋上へ。まるで平地を走るような速度で、あちこちから火の手が上がり悲鳴や怒号が響き渡る王都の空を切り裂いていく。

 

 その上から、ノイントが追い付いた。銀翼を広げたまま、屋根の稜線すれすれを低く飛ぶ。夜空を背負った白銀の天使めいた姿。だがその手にあるのは救済の光ではない。分解を撒き散らす銀羽と、片大剣の死線だけだ。

 

 羽撃(はばた)きと同時に羽が散る。屋根瓦が触れた端から塵になって崩れた。悠姫は踏み込む足場を銀羽に削られながら、それでも速度を落とさず屋上を滑るように走る。そこへノイントが低空から差し込み、片大剣を叩き込んだ。

 

 屋根の上で刃が噛み合う。

 

 衝撃で建物そのものが沈み、周囲の窓が一斉に割れた。火花が散り、瓦礫が舞い、二人は弾かれるように離れる。だが、その弾き合いすら次の踏み込みの前振りにしかならない。悠姫が屋上を蹴って宙へ跳び、ノイントが銀翼で旋回して追う。悠姫は空中で太刀を引き絞り――

 

「シッ!」

 

 一閃。万物断ち切る斬空真剣が、夜の王都を横切った。ノイントは翼を折り畳むようにして急降下し、その軌道を寸前で外す。代わりに背後の塔が音もなく断ち切られ、遅れて上半分が滑り落ちた。

 

 ノイントはその落下する屋根板すら踏み台に変える。片大剣を構えたまま、瓦礫の上を滑るように踏み込み、悠姫の真横へ回り込んだ。

 

「――ッ!」

 

 ぶつかる、弾ける、またぶつかり弾け屋根が砕ける。

 

 まるで独楽だ、と誰かが見ていれば思っただろう。

 

 屋根と屋上の間を縦横に移りながら、互いに衝突しては火花を散らし、次の瞬間には別の高さでまた斬り結ぶ。王都全体を盤面にした、あまりに暴力的な舞踏だった。

 

 

 

 火花を曳いて弾けた二つの影が、王宮側の別々の屋上へと滑り着地する。

 

 砕けた瓦が乾いた音を立てて転がり、石造の欄干がひびを走らせた。視界の端に見えるのは、王宮へ連なる塔楼と回廊、そして夜空を背負う尖塔の影だけ。王都の喧噪が耳に届くが、二人の意識は相手のみ。互いの呼吸と、刃を打ち合った痺れの残響だけだった。

 

 悠姫は下段に落とした太刀をわずかに揺らし、向かいの屋上に立つノイントを見据える。

 

 白銀の鎧はあちこちが裂け、片大剣を握る腕にも浅くない傷が走っている。翼の羽縁も欠け、分解の銀羽を撒き散らした痕跡が月光の下に淡く残っていた。だが、その気配は衰えない。むしろ斬り結ぶたびに濃く、熱を帯び、今なお鋭くなり続けている。

 

 悠姫がふっと息を吐く。

 

「そろそろ答え合わせをしようじゃないか」

 

 ノイントの双眸が僅かに揺れる。悠姫の声は高くない。だが、夜気を裂いて真っ直ぐノイントの耳に届く。

 

「以前、俺はお前に言ったな。感情(こころ)を学んで、出直してこいと」

 

 風が吹き抜け、銀翼の先が微かに震えた。しかし、悠姫はなおも逸らさずノイントを見据える。

 

「―――お前は、一体何を学んだ? 何を知った? 何を感じた?」

 

「他の誰でもない、()()()()()()()()()()()()()()で教えてくれ」

 

 その問いに、ノイントはすぐには答えられなかった。指先に力が入る。胸の奥で燃える熱は、もうとっくに誤魔化せなくなっていた。嬉しい。楽しい。昂ぶる。この男と斬り結び、今この瞬間にも自分の意志をぶつけ合っていることが、どうしようもなく熱い。

 

 それを、もう知っている。知ってしまっている。

 

「……私は」

 

 小さく漏れた声は、以前のような無機質さを欠いていた。

 

「私は、主の命に従い、盤上より不要な駒を排除してきた。神の使徒として、イレギュラーである貴様を排除するために来た」

 

 そこまでは事実だ。けれど、それだけでは足りないと、ノイント自身がもう理解していた。

 

 悠姫は口を開かず、彼女の言葉をただ待っていた。その沈黙が、余計にノイントの胸を抉った。

 

「……違う」

 

 やがて絞り出すように、ノイントは言った。

 

「違う……それだけでは、ない」

 

 銀翼がゆっくりと開く。月光を受けた羽根の一枚一枚が、息づくように震えた。

 

「主の命は、確かにあった。イレギュラーの命を狙う理由として、それは間違いではない」

 

「だが、私は……」

 

 そこで、言葉が詰まる。

 

 自分でも見たくなかったものに、ようやく触れたのだ。

 

 イレギュラー排除、主の命、神の使徒としての役目。

 

 すべて嘘ではない。だが、今に至ってはそのすべてが言い訳でもあった。

 

 ノイントは片大剣の切っ先をわずかに下ろした。

 

「私は、あなたに見てほしかった」

 

 その一言が零れた瞬間、自分でもはっきりと分かった。

 

 そうだ、見てほしかったのだ。

 

 怪物の言葉で揺らいだ自分を。胸の内に灯った熱を。嬉しいと知り、楽しいと知り、剣を交えることに昂ぶる自分を。変わってしまった自分を。いや、変わったことで初めて見え始めた“自分”を。

 

「主の命を口にしていたのは、ただの言い訳だった。私は……あなたに、変わった私を見てほしかった」

 

 まるで子供が親に褒めてほしいと願うような、あまりに無防備で、あまりに未熟な本音だった。

 

 だが、だからこそ偽りがない。

 

「そうか」

 

 悠姫がたったそれだけ返すだけでも、ノイントの胸の奥が更に熱を帯びる。

 

 嘲笑でも呆れでもない。ようやくそこまで辿り着いたのか、とでも言いたげな静かな眼差し。

 

「なら、もう答えは出てるだろ? ただの人形が、そんな顔で物をねだったりするか?」

 

 ノイントの唇が、僅かに開く。

 

 言い返せない。言い返すための言葉は、もう持っていない。

 

 胸の内を満たすこの熱は、主のものではない。誰かに与えられた役割でもない。今ここで、この剣を振るい、この男に見てほしいと願っているこの感情は、紛れもなく自分のものだ。

 

「願わくば、人が自由な意志の元に生きられる世界になりますように」

 

 ふと、かつて解放者と呼ばれた者たち口にしていたという誓いを口にする。

 

 その声音はまだ少し震えていた。だが、そこに迷いはない。

 

「ああ、私は」

 

 銀翼が大きく広げる。白銀の光がその身の内から噴き上がる。

 

「私は主の人形ではない。神の使徒という駒でもない」

 

 一言ごとに、纏う光が濃くなる。神から垂れ流される威光ではない。己の名を、己の意志を、この世界に刻み付けるための光。

 

「私は、ノイント!」

 

 屋上に、その名が高らかに響いた。

 

「私は、心を持っ()た一人の人間だッ!」

 

 膨れ上がった銀光が、周囲の瓦礫と塵を吹き飛ばす。その眩しさを悠姫は真正面から受け止めた。

 

 そして、ほんの僅かに目を細める。

 

「ああ」

 

 短い肯定。だが、その一音だけで十分だった。

 

()()()()()――」

 

 悠姫は太刀を静かに構え直す。

 

「よろしく、ノイント」

 

 その言葉に、ノイントの胸の熱が更に膨らむ。

 

 名を呼ばれた。ただ、それだけのことがどうしようもなく嬉しかった。

 

 主の使徒としてではない。盤上の駒としてでもない。真の神の使徒などという仰々しい名でもない。

 

 ノイント、と。今ここで生まれた自分を、そのままの名が呼ばれた。それが胸の奥へ真っ直ぐ落ちて、焼けるような熱になって広がっていく。

 

 敵であることに変わりはない。斬り合い、殺し合う相手であることも変わらない。それでも、その事実すら今はこの熱を曇らせなかった。

 

 嬉しい。

 

 胸の内で、はっきりとそう思う。認められたかったのだと。見てほしかったのだと。そして、今ようやく見つけてもらえたのだと。

 

 ノイントは片大剣を握る手に力を込めた。銀翼がゆっくりと広がる。白銀の光はなおもその身の内から溢れていたが、先ほどまでとは違う。誰かに与えられた威光ではない。

 

「ならばこそ―――」

 

 悠姫のその声音に宿るものは先程までと同じではない。宿る声色から優しさは消えていない、しかし奥底に冷え切った刃のような断定があった。ノイントを貫く視線に殺意が満ちる。

 

(貴様)は邪魔だ」

 

 その殺意はノイントに害を及ぼさず、さらにその深層―――天上の主へと注がれる。 

 

 次の瞬間、遥か後方で崩落を続けていた【神山】の神殿が、ひときわ凄まじい轟音と共に吹き飛んだ。

 

 それは単なる崩落音ではなかった。石が砕ける音でも、岩盤が割れる音でもない。山そのものの内側で、何かが長い眠りから目を覚まし、殻を破るような重く澄んだ響きが包んでいた。

 

 吹き飛んだ神殿最奥部の中心から、一筋の光が夜空へと翔け上がる。

 

 あらゆる色彩を孕みながら、それでもなお大地を思わせる力強さを宿した光。真っ直ぐ天へ昇ったそれは、王都の上空で弧を描くように軌道を変え、そのまま一直線に悠姫たちへ飛来する。

 

 光は二人の上空で一瞬だけ揺らぎ、そのまま悠姫の背後へ回り込んだ。

 

 ふわり、と。悠姫よりなお高い位置から、長い髪を靡かせた女が光の輪郭の内側から現れ、艶やかな黒髪が夜風に流れる。

 

 柔らかな曲線を帯びたその姿には、ただ立つだけで万人に“母”を連想させるような圧倒的な母性があった。慈しみ、包み、赦し、それでいて決して揺るがぬ大地のような深さ。視界に入れた者の心に、本能じみた安堵と畏れを同時に刻み込む存在感。

 

 光の残滓を纏ったまま、女性は悠姫の背後からそっと腕を回す。愛情を籠めて、恋情を籠めて、母が子を慈しむように抱擁する。

 

 そして、その降臨とまったく同時に唇が静かに開き―――――

 

「創生せよ、天に描いた極晃を―――我らは神代の流れ星」

 

「神祇降臨・顕星開始」

 

 ―――――驚くほど穏やかに、母が幼子へ子守唄を聞かせるような静かで起動詠唱(ランゲージ)を口にする。解き放たれる神威の咆哮。唯一にして無二の至高が降誕する。

 

「始まりに混沌(カズム)ありし、天地発りし時、天成りて、地未だ定まらず。清きは高く、濁れるは沈み、天と地は分かたれたり」

 

 奏でられるは天地開闢の創世神話、混沌の極点から注がれる超特級の魔力(星辰体)の奔流が台風のように吹き荒ぶ。

 

(テオス)の御業、(アネモス)は空を巡り、(ピュール)は陽を掲げ、(ヒュドール)は流れ、(ゲー)は身を孕む」

 

「光と闇、(ヘリオス)(セレネー)は交わり、星々は(コスモス)を謳い、(ヒト)は大地に芽吹く」

 

 可視化されるほどに噴出されるエネルギーが、星辰光(アステリズム)の極致にして到達点を手にするために()()()()を内から組み替えていく。

 

 空間魔法、限定取得。○○魔法、限定取得。○○魔法、限定取得。変性魔法、限定取得―――此処に条件は満たされた。

 

「さぁ、新世界の幕を開けましょう」

 

 これぞ、究極にして異端の神。永きに渡る封印の果て、敬する父にして愛する子を■■べく大地母神(ガイア)が降り立った。

 

陰陽還相薄(いんようかんあいうすし)清而軽者薄而為天(せいじてかるきものうすくしててんとなし)重而濁者凝而為地(おもくしてにごれるものこごりてちとなす)―――星冠万歳(コンプリート)

 

超新星(Metalnova)――〝神統記紀・星を抱くは、(Takaamanohara)始律黎明の大地母神(-Theogony)〟」

 

 優しく包み込むような星光の祝福が、悠姫へと宿っていく。

 

 

 

 悠姫がそっと目を閉じる。

 

 背から回された腕の温もりは、離れていた時間の長さを問わない。

 

 何を経てきたのかも、どれほど待たせたのかも、今この場では、もうどうでもよかった。

 

「……ガイア」

 

 そっと首に回された細腕に手を添えながらようやく零れた名は、驚くほど静かだった。

 

 背後の女は、悠姫の首筋へ頬を寄せたまま、わずかに目を細める。

 

「ええ、悠姫。ああ、貴方の温もりが愛おしい」

 

「ああ、俺もだ。ずっと君に会いたかった」

 

 溢れ出す愛おしい想いが多すぎて、大きすぎて、とても言葉に出来ないほどだ。

 

 しかし、今度こそ並び立つのだと、そう理解するにはそれで足りた。

 

 ノイントが息を呑む。屋上の向こう側で、片大剣を構えるその全身が微かに軋んでいた。

 

 今、自分の目の前にあるものが、もはや先程までの延長線上にはいないのだと。

 

 だからこそ、ノイントは退かなかった。

 

 ここで目を逸らせばきっと、自ら掲げた名を自らの手で曇らせることになる。ようやく人間だと名乗ったばかりの自分が、今さら恐れを言い訳に膝を折れるはずがない。

 

 銀翼が大きく打ち鳴らされる。片大剣を握る白銀の女は、夜気を裂いて真正面から踏み込んだ。

 

「はあああああッ!」

 

 渾身の力を籠めて放たれた一撃は、【神山】の神殿で悠姫と戦闘を始めてから最高潮だった。

 

 今この瞬間、自分の意志で選び取った一撃。その全てを乗せて、ノイントは悠姫とガイアをまとめて断ち切らんと片大剣を振り抜く。

 

 だが、その前へ出たのは悠姫一人だった。

 

 ガイアはなおも背から抱いたまま、ただ寄り添っている。それでいて、何ひとつ遅れは生まれない。悠姫の身体に宿る熱も、巡る星辰光もいまや全てが一つの理へ組み直されつつあった。

 

 悠姫が無造作に太刀を振るう。ただそれだけの動作が、先程までとは決定的に違っていた。

 

 片大剣と太刀が噛み合った瞬間、ノイントの全身を衝撃が貫く。重いのでも、速いのでもない。刃の向こうから流れ込んでくる“何か”そのものが違うのだ。祈りと祝福と断罪と、そして揺るがぬ意志が、たった一振りのうちへ矛盾なく収まっている。

 

 踏み込んだのは自分だったのに、たった数歩歩いただけの男に押し込まれる。

 

 銀翼を打ち、屋上を踏み砕き、片大剣に全体重を預けてもなお、ノイントの身体はじりじりと後ろへ滑っていった。

 

「――ッ」

 

 歯を食いしばり押し返そうとするが、悠姫は一歩も退かず逆に半歩だけ前へ出た。たったそれだけで均衡が崩れる。

 

 足下の屋上が砕け、瓦と石片が吹き上がる。踏ん張りの利かなくなった一瞬を、悠姫は逃さない。

 

「ノイント」

 

 名を呼ぶ声は、驚くほど静かだった。

 

 けれど、その響きにノイントの胸ははっきりと揺れた。つい先程までどうしようもなく嬉しかったその名が、今度は刃の間合いをずらすほど深く胸へ落ちる。

 

「お前が変われたように、俺もまた変わろうじゃないか。勝利をこの手に掴むため」

 

 次の瞬間、悠姫の蹴りが片大剣の腹を弾いた。

 

 体勢が崩れる。そこへ悠姫は滑り込むように懐へ入り、肩から胸元へと鋭くぶつかる。続けざま、太刀の柄頭が鳩尾を打った。肺から空気が押し出され、白銀の身体がわずかに浮く。

 

 最後に振るわれたのは、悠姫の流星の如き拳だった。星光を帯びた一掌が、胸甲の中心へ深くめり込む。

 

 屋上が砕け、空気が破裂し、ノイントの身体が真っ直ぐ後方へ吹き飛ぶ。塔楼の角をかすめ、王宮の壁面を削り、ついには広場を隔てる外壁を外から突き破って、その向こうへと叩き込まれた。

 

 遅れて、砕けた石壁が轟音と共に内側へ雪崩れ落ちる。広場にいた者たちの視線が、一斉にその破断口へ向いた。

 

 瓦礫の奥、土煙の向こう。そこに、満身創痍のノイントが膝をつく。片大剣を杖にしながら、それでもなお顔を上げ、外壁の裂け目の向こうを見据えた。

 

 そして、その破断口から悠姫が宙に降り立つ。

 

 歩くわけでも、落ちるわけでもない。ただ、在るべき高さから在るべき者として、静かに空を降りてくる。

 

 背後には、なお星光の残滓が尾を引いていた。祝福の熱をその身に宿したまま悠姫は広場へ顕れる。

 

 見上げる者たちの喉が、無意識に鳴った。

 

 それは英雄の到来に見えた。

 

 それは怪物の出現に見えた。

 

 それは断罪の顕現に見えた。

 

 そしてあるいは、新たな神話の幕開けに見えた。

 

 悠姫が広場の上空へ静かに立つすぐ後、夜風に長い黒髪が流れる。柔らかな光を纏った長身の女が、悠姫の隣へ音もなく降り立った。

 

 万人に“母”を連想させる圧倒的な母性と、恋うる者だけが持つ熱を同時に宿した女神は、悠姫と並び立つことを何の迷いもなく選んだ。

 

「天葬せよ、我が守護星――鋼の箱庭(ウチュウ)終焉(オワリ)を宿せ」

 

 そして、天津悠姫は遂に、覇者の王冠の一角を掴み取った。





神統記紀・星を抱くは、(Takaamanohara)始律黎明の大地母神(-Theogony)

星辰体結晶化能力・創星型

基準値:E
発動値:D

集束性:EX
操縦性:EX
維持性:EX
拡散性:EX
付属性:EX
干渉性:EX


 体内に精製した黒星晶鋼(アキシオン)を通して高位次元に干渉、()()()()()星辰光(アステリズム)を創星できるガイアの星辰光。

 新たに創星した星辰光(アステリズム)は自身に一時的に宿し、洗礼行為によって他者を使徒にして星光を与えることが出来る。この洗礼は悠姫や神祖が行う洗礼と異なり、使徒に不死性能を与えられない。

 また、一時的に身に宿す事は出来るがガイア自身がその星光を振るうことは不可能。

 性質は創星時に任意で設定することが出来るが、洗礼行為で与えた相手の素質によって変化する。その場合、変動した差が大きいほど相手に相手に反動として襲い掛かる。

 ユキ・ロスリック、システィ・ライセン、八重樫雫、白崎香織の星辰光(アステリズム)はこの能力によって創星されたもの。

 しかし、トータスにおいては創星能力とは異なる性質を有していた―――



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