響き渡り消えゆくベヒモスの断末魔。ガラガラと騒音を立てながら崩れ落ちてゆく石橋。
そして…
瓦礫と共に奈落へと吸い込まれるように消えてゆくユキとハジメ。
その光景を、まるでスローモーションのように緩やかになった時間の中で、ただ見ていることしかできず、どこか遠くで聞こえていた悲鳴が、実は自分のものだと気がついた香織は、急速に戻ってきた正常な感覚に顔を顰めた。
「離して! 二人の所に行かないと! 約束したのに! 私がぁ、私たちが守るって、支えるって! 離してぇ!」
飛び出そうとする香織を雫と光輝が必死に羽交い締めにする。香織は、細い体のどこにそんな力があるのかと疑問に思うほど尋常ではない力で引き剥がそうとする。
「香織! 君まで死ぬ気か! 南雲とロスリックさんはもう無理だ! 落ち着くんだ! このままじゃ、体が壊れてしまう!」
それは、光輝なりに精一杯、香織を気遣った言葉だったが、今この場で香織には掛けるべき言葉だった。
「無理って何!? 二人は死んでない! 行かないと、きっと助けを求めてる!」
誰がどう考えてもユキとハジメは助からない。奈落の底と思しき崖に落ちていったのだから。
しかし、その現実を受け止められる心の余裕は、今の香織にはない。言ってしまえば反発して、更に無理を重ねるだけだ。龍太郎や周りの生徒もどうすればいいか分からず、オロオロとするばかり。
「香織っ、香織!」
香織は光輝を振り払うが、雫は絶対に離さないように強く抱きしめて声を掛ける。
「雫ちゃんっ! 二人が! 早く助けに行かないと!」
「わかってるわよ、そんなこと! だからお願い待って…。香織まで行っちゃったら、私が一人になっちゃうじゃない...」
「雫ちゃん…」
誰よりも助けに行きたいのは雫なのだろう。なぜなら雫は一度、
香織は雫の言葉を聞いて、冷静さを取り戻していく。
「あの二人ならきっと大丈夫よ。死んじゃったりしないわ」
「でも!」
「ユキさんの強さなら私たちはよく知っているわ。それに、ユキさんが言ってたじゃない。『俺を殺せるのは英雄だけだ』って。だからユキさんも南雲くんも、絶対大丈夫よ」
それはホルアドの宿での夜、ユキが言っていた言葉。何年もユキの戦いを夢で見ていたからこその信頼の言葉だった。
「雫ちゃん…うん、そうだね…そうだよね。ありがとう、雫ちゃん。もう大丈夫だよ」
香織が落ち着いた様子を確認すると、メルド団長は声を張り上げる
「…お前たち! ぼさっとするな! 早く撤退するぞ! これ以上犠牲を出すわけにはいかん!」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
そこで優花がメルド団長の一喝に待ったをかける
「…檜山は、どうするんですか? 檜山が、二人を魔法で落としたんですよ?」
その言葉に全員が息をのみ、静寂が訪れる。檜山は顔を蒼くしながらうろたえる
「は、は?な、なに言ってんだよ! そんなことするわけねぇだろ!」
「いい加減にしなさいよ! 誰も魔法を使ってないときだったのよ! ごまかせるわけないじゃない! この場の全員があなたを見てたのよ!」
檜山はさらにうろたえ、周りを見るがクラスメイトは目を逸らす。それは無言で肯定しているようだった。
「香織に雫も、なんで何も言わないのよ! とっくに気付いてるじゃない!」
「優花、大丈夫よ」
「二人は大丈夫だって信じてるもん、私たち。…でも――」
香織はそこで言葉を止め、香織と雫は檜山に顔を向ける。その顔は人を見る目ではなく、哀れな何かを見るよな表情だった。
「「――絶対に許さない」」
二人に檜山は蒼褪めた顔を真っ白になった。
「メルド団長、脱出しましょう」
「あ、ああ。そうだな。さあ、立てお前たち!撤退するぞ!」
雫の言葉にメルド団長は我に返り、全員を連れて迷宮を脱出するために歩きだす
その足取りはとても重い。それもそうだろう、仲間が二人奈落に落ちて知ったのだから当然だ。
そして、二人を失い、生徒たちの心に大きな傷を残して迷宮から脱出を果たし、ホルアドへと戻ることができたのだ。
―――同時刻―――
「我らの英雄に並ぶ
すべては心一つなり」
「宝を寄こせ! すべてを寄こせ!
俺は此処にいるぞ!
光を尊ぶ亡者達が、トータスで産声を上げていた。
早朝、一行は高速馬車に乗って王国へ帰還した。
二人の死を伝えられた王国と教会の反応は
もちろんメルド団長を含め抗議する者もいた。あの二人がいたからこそ我々は生き残れたのだ、と。結局、二人を罵った者は処分を受けたものの、考え自体が変わることはなかった。
そして当然、二人を奈落へ落とした檜山が罪に咎められることはなかった。光輝に縋り付いて謝り、その光輝も
何より、
謁見後、雫と香織は部屋に戻るとそこにはユキの専属メイドであり部下、アヤメ・キリガクレが立っていた。
「……やはり、ご主人様は戻られなかったのですね」
「……知って、いたんですね」
「死んでいないことも知ってますよ。…これからどうするんですか?」
戦うのか、戦わないのか、ユキとハジメを追いかけるか、待ち続けるか、という意味だろう。
もちろん追いかけたい。だが、今の二人では力不足。少なくとも、ベヒモスを倒すことができないと足手まといになる。
「「アヤメさん。私たちに戦い方を教えてください」」
アヤメは新西暦でユキの部下、元軍人である。ちなみに誰にも言っていないが、トータスで冒険者として活動していたこともある。ランクは金。つまりトータス最高レベルである。師事する相手としては間違いなく相応しいだろう。
「……厳しいですよ?」
「覚悟しています」
「このままでいるのは嫌なんです。だから」
「「お願いします」」
「……分かりました。明日から始めますよ」
「「はい!!」」
メルド団長への説明、パーティ再編成、二人の訓練と、明日から忙しくなりそうだとため息をつくものの、アヤメの表情は何処か嬉しそうにしていた。
最後にアヤメが嬉しそうにしていたのは、ユキの理解者がいるからです。
何度も人生やり直してる人間とか、普通じゃないので…
糞眼鏡と邪竜おじさんはどっかで絡ませるのでお待ちください。