ありふれない怪物は、やがて英雄へ   作:シロマダラ

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前話も投稿しているので、そちらを先にご覧ください。


第十話 奈落の底の封印部屋

「......だれ?」

 

 掠れた、弱々しい女の子の声だ。上半身から下と両手を立方体に埋めたまま顔だけが出ており、長い金髪が垂れ下がっていた。そして、その髪の隙間から紅眼の瞳が覗のぞいている。年の頃は十二、三歳くらいだろう。随分やつれてはいるが、絶世の美少女と言えるほどには整った容姿している。

 

「すいません。間違えました」

 

 考える間もなくハジメが扉を閉めようとする。それを金髪紅眼の女の子が慌てたように引き止める。もっとも、その声はもう何年も出していなかったように掠すれて呟ぶやきのようだったが...

 

 ただ、必死さは伝わった。

 

「ま、待って! ...お願い! ...助けて...」

「嫌です」

 

 そう言って、ハジメはやはり扉を閉めようとする。

 

「ど、どうして...なんでもする...だから...」

「こんな奈落の底の更に底で、明らかに封印されているような奴を解放するわけないだろう? 絶対ヤバイって。見たところ封印以外何もないみたいだし...脱出には役立ちそうもない。という訳で...」

「いや、そうでもなさそうだぞ」

 

 ハジメが躊躇いなく切り捨てようとするところをユキが否定した。

 

「あの眼は本気だ。それに嘘をつける状況じゃないことくらい理解できるはずだ。少しでも情報はあった方がいい」

「...それもそうだな...分かった」

 

 ハジメはユキの言葉に考え直し、少女に向き合った

 

「おい、いいか。事情を話せ。嘘は許さねえ。はぐらかすのも許さねえ。俺たちに真実をすべて話せ」

 

 ハジメは少女にドンナーを突き付ける。

 少女は自分が封印された理由を語り始める。

 

「私、先祖返りの吸血鬼...すごい力持ってる...だから国の皆のために頑張った。でも...ある日...家臣の皆...お前はもう必要ないって...おじ様...これからは自分が王だって...私...それでもよかった...でも、私、すごい力あるから危険だって...殺せないから...封印するって...それで、ここに...」

「お前、どっかの国の王族だったのか?」

「......(コクコク)」

「殺せないってなんだ?」

「...勝手に治る。怪我しても直ぐ治る。首落とされてもその内に治る」

「...そいつは凄まじいな。...すごい力ってそれか?」

「これもだけど...魔力、直接操れる...陣もいらない」

 

 ハジメは「なるほどな~」と一人納得し、ユキも話を聞いて思案した。

 魔力を直接操れる、つまり魔力操作の技能も〝すごい力〟なのだろう。

 

(やはりステータスを公開しなかったのは正しかったか)

 

 もしもステータスを公開していれば、ユキは教会から異端者に認定されていただろう。

 

「...たすけて...」

 

 ハジメが一人で思索に耽ふけり一人で納得しているのをジッと眺めながら、ポツリと女の子が懇願する。

 

「......」

 

 ハジメはジッと女の子を見た。女の子もジッとハジメを見つめる。どれくらい見つめ合っていたのか...

 

 やがてハジメはガリガリと頭を掻き溜息を吐きながら、ユキの方へ顔を向ける。

 

「その子を封印してることを考えると、おそらく魔力を吸い取る石だ。行けるのか?」

 

 ユキはハジメに問いかけるが、ハジメは無言で少女のほうに向きなおし、立方体に手を置いた。

 

「あっ」

 

 女の子がその意味に気がついたのか大きく目を見開く。ハジメはそれを無視して錬成を始めた。

 

 ハジメの魔物を喰ってから変質した赤黒い、いや濃い紅色の魔力が放電するように迸る。

 

 しかし、イメージ通り変形するはずの立方体は、まるでハジメの魔力に抵抗するように錬成を弾いた。迷宮の上下の岩盤のようだ。だが、全く通じないわけではないらしい。少しずつ少しずつ侵食するようにハジメの魔力が立方体に迫っていく。

 

「ぐっ、抵抗が強い! ...だが、今の俺なら!」

 

 ハジメは更に魔力をつぎ込む。詠唱していたのなら六節は唱える必要がある魔力量だ。そこまでやってようやく魔力が立方体に浸透し始める。既に、周りはハジメの魔力光により濃い紅色に煌々と輝き、部屋全体が染められているようだった。

 

 ハジメは更に魔力を上乗せする。七節分...八節分...。女の子を封じる周りの石が徐々に震え出す。

 

「まだまだぁ!」

 

 ハジメはそう吼えながら魔力を九節分つぎ込む。属性魔法なら既に上位呪文級、いや、それではお釣りが来るかもしれない魔力量だ。どんどん輝きを増す紅い光に、女の子は目を見開き、この光景を一瞬も見逃さないとでも言うようにジッと見つめ続けた。

 

 ハジメは初めて使う大規模な魔力に脂汗を流し始めた。少しでも制御を誤れば暴走してしまいそうだ。だが、これだけやっても未だ立方体は変形しない。ハジメはもうヤケクソ気味に魔力を全放出している...

 

 そして、女の子の周りの立方体がドロッと融解したように流れ落ちていき、少しずつ彼女の枷を解いていく。

 

 それなりに膨らんだ胸部が露わになり、次いで腰、両腕、太ももと彼女を包んでいた立方体が流れ出す。一糸纏わぬ彼女の裸体はやせ衰えていたが、それでもどこか神秘性を感じさせるほど美しかった。そのまま、体の全てが解き放たれ、女の子は地面にペタリと女の子座りで座り込んだ。どうやら立ち上がる力がないらしい。

 

 ハジメも座り込み、肩で息をしている。神水で回復しようと、震える手で容器を取り出すが少女の震える手がその手を掴む。

 

 ハジメが横目に様子を見ると少女が真っ直ぐにハジメを見つめている。顔は無表情だが、その奥にある紅眼には彼女の気持ちが溢れんばかりに宿っていた。

 

「......ありがとう」

 

 その言葉を贈られた時の心情をどう表現すればいいのか、ハジメには分からなかった。ただ、荒れ果てた心に微かな、しかし、消えることのない光が宿った気がした。

 

「......名前、なに?」

「ハジメだ。南雲ハジメ。お前は?」

 

 少女は「ハジメ、ハジメ」と、さも大事なものを内に刻み込むように繰り返し呟いた。そして、問われた名前を答えようとして、思い直したようにハジメにお願いをした。

 

「......名前、付けて」

「は? 付けるってなんだ。まさか忘れたとか?」

 

 少女はふるふると首を振る。

 

「もう、前の名前はいらない。......ハジメの付けた名前がいい」

「......はぁ、そうは言ってもなぁ」

 

 恐らく、何かを切っ掛けに新しい人生を歩む区切りとして、新しく名前を変えるのと同じようなものだろう。天津悠姫という名前を捨て、ユキ・ロスリックとして歩み始めたように。

 

「ユエなんてどうだ? ネーミングセンスないから気に入らないなら別のを考えるが...」

「ユエ? ......ユエ......ユエ......」

「ああ、ユエって言うのはな、俺の故郷で月を表すんだよ。最初、この部屋に入ったとき、お前のその金色の髪とか紅い眼が夜に浮かぶ月みたいに見えたんでな...どうだ?」

 

 思いのほかきちんとした理由があることに驚いたのか、女の子がパチパチと瞬きする。そして、相変わらず無表情ではあるが、どことなく嬉しそうに瞳を輝かせた。

 

「......んっ。今日からユエ。ありがとう」

「おう、取り敢えずだ......」

「?」

 

 礼を言う少女改めユエは握っていた手を解き、着ていた外套を脱ぎ出すハジメに不思議そうな顔をする。

 

「これ着とけ。いつまでも素っ裸じゃあなぁ」

「......」

 

 そう、ユエは裸で封印されていたため、解かれたばかりの今も裸なのである。外套を渡すとユエも今の状態を改めて意識したことで顔を真っ赤にして外套で体を隠す。

 

「ハジメのエッチ」

「......」

 

 

 

 二人のやり取りを見ながらユキは近づいていく。

 

「お疲れ、ハジメ。君もな」

 

 ユエはユキを見た後に、ハジメに問いかける

 

「ハジメ、この人は?」

「ユキ、ユキ・ロスリックだ。一人だった俺を助けてくれた、俺の仲間だ...」

 

 照れそうにユキの紹介をするハジメに苦笑しながら、ユキはユエに話しかける

 

「ユエ、だったな。ユキ・ロスリックだ、よろしく」

「ん。よろしく、ユキ...」

 

 お互いに自己紹介を済ませると、ユキが発動させている〝気配察知〟で魔物の気配を察知した。同時にハジメも気配察知で気付いたようで、ユエを抱きしめて二人は後方に移動した。直後、さっきまでいた場所にズドンッと地響きを立てながら魔物が姿を現した。

 

 体長五メートル程、四本の長い腕に巨大なハサミを持ち、八本の足をわしゃわしゃと動かしている。そして二本の尻尾の先端には鋭い針がついていた。サソリ、と表現するのが一番近いだろう。

 

 ハジメが戦闘態勢に入ろうとするところで、ユキが前に出る。

 

「ここは俺がやる。ハジメとユエは休んでろ」

「一人でやるつもりか?」

「ハジメはユエの封印を解くので魔力が空だろ、次は俺の番だ。

 それに、俺の星辰光(アステリズム)をちゃんと見たことはないだろう」

 

 ユキはそう言いながら刀状の発動体を抜き、切っ先を魔物に向けた。

 

「キシィアァァァアアア!!!」

「さあ、怪物の怒りを見るがいい

 〝創生せよ、天に描いた星辰を──我らは煌めく流れ星〟」

 

 そして、ユキは詠唱(ランゲージ)を紡ぎだした。

 




次回、ユキの星辰光、詠唱パートです。

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