ゆっくりですが完結に向けて頑張ります。
少し短いですが二十二話です。
ライセン大峡谷の谷底には溢れかえらんとばかりに魔物の死体が転がっていた。犯人等はもちろんユキたち四人。ブルックの町を出て早五日、幾度と魔物の襲撃を受けながらも、一行は大峡谷にあると言われている迷宮を探していた。
ブルック出発前に渡されたハジメ製ハンマー・ドリュッケンを振るうシア、魔力に物を言わせて魔法を放つユエ、的確に魔物をドンナーで狙撃するハジメ、さながら忍者のように木々や壁を足場に縦横無尽に駆け巡り魔物を切り伏せるユキ。
魔力分解作用も相まって地獄と評されるはずのライセン大峡谷の光景とは思えない。鎧袖一触、という言葉すら過分ではないだろうか。単純に襲われたから迎撃しているだけで、本人たちは迷宮探しの片手間でしかないのだが。
そして日が暮れた夜。一行はハジメ謹製キャンプ一式アーティファクトで野営をしていた。生成魔法を駆使して作られた一式は通常の宿すら超える快適さを実現し、魔力操作が必要なため防犯性能も抜群。国宝級の品々だ。
そんな国宝級アーティファクトを使った野営とは思えない夕食を終え、就寝準備に入る。最初の見張りはユキ。ハジメたち三人は無駄に快適なテントに入ろうとしたところで、シアが一人テントから出た。
「ちょっとお花摘みに」
「谷底にお花はないぞ? ッテ」
「デリカシーが無いぞハジメ。ユエに嫌われるぞ」
「悪い悪い」
と、デリカシーの無い発言をするハジメの小突くユキ。場所に似合わない和気藹々とした空気が四人を包んでいた。シアはそのまま谷の壁面の方へ向かい…
「ハ、ハジメさ~ん! ユエさ~ん! ユキさ~ん! 大変ですぅ! こっちに来てくださぁ~い!」
シアの大声が夜の谷底に響き渡った。いくら気配遮断の効果がある改造テントを使っていても完全ではない。あれでは魔物を呼び寄せる可能性は十分ある。それでも大声で三人を呼び出したのだ。よほどのことなのだろう。
三人がシアの元へ向かうと、そこの壁面には身を隠せそうなほどの大きさの隙間があった。シアはその前で大きく手を振り、ハジメを隙間へ引っ張っていく。ユエとユキも隙間に入ると、ある程度の広さがある空間があり最奥の壁には看板、だろうか。
〝おいでませ! ミレディ・ライセン、システィ・ライセン姉妹のドキワク大迷宮へ♪〟
まさに驚愕という一言に尽きるだろう。
「…本物、だよな」
「…名前からして、おそらく」
看板にはミレディ・ライセン、システィ・ライセンという二人の名前。
この大峡谷の名前の通り〝ライセン〟は世間一般に知られている。ただし〝ミレディ〟と〝システィ〟という名前は、四人はオスカー・オルクスの手記でのみ知った名前だ。かつてエヒトに戦いを挑んだオスカーの仲間たち、つまり解放者だ。
そう、ここがライセン大峡谷にある大迷宮の入り口だった。
とはいえ、シアを除いた三人からすれば別の意味で疑わしく感じている部分もある。
看板から滲み出る軽薄さでも言えばよいのだろうか。小馬鹿にしているような気を感じさせる文は、オルクス大迷宮での緊張感や解放者のイメージを壊すには十分だ。
「どこかに入り口があるんd、ふぎゃ!」
オルクスでの苦労を思い出して渋い顔をしている三人を尻目に、シアは大迷宮の入り口を探していた。とはいえ周囲にあるのは変わらぬ壁のみ。スイッチでもあるのかとペシペシと壁を叩いていると、シアが急に消えた。いや、ガコッという音と共に回転した壁の向こうへ吸い込まれていった。
「…あ~」
「…当たり?」
「…間違いないな」
消えたシアを追って三人も回転扉に潜る。三人を出迎えたのは先に潜ったシア、ではなく矢のトラップ。だがその程度は易々と迎撃する。なお、シアは回転扉に縫い付けられる形で生きていた。その時に足元が濡れていたのは…割愛しよう。
次いで現れたのは一枚の石板。
〝ビビった? ねぇ、ビビっちゃった? チビってたりして、ニヤニヤ〟
〝それとも怪我した? もしかして誰か死んじゃった? ……ぶふっ〟
〝まさかこんなトラップに引っかかるわけないよね~? プークスクス〟
「ムキー!」
さすがにシアが切れてドリュッケンで粉々に砕く。親の仇と言わんばかりの勢いで何度も叩きつける。砕け散った石板のあった地面には、
〝残念で~した。この石板は一定時間で自動修復するよ~〟
〝無駄な労力お疲れさまで~す〟
「ムキキー!」
さらに激しくドリュッケンを叩きつけた。まあ、シアの気持ちも分からなくもないため、気が晴れるまで待とうと思っていたユキだが、地面をよく見ると小さく別の文が彫ってあることに気が付いた。
〝お姉さまがすみません。うざくて本当にすみません…〟
「苦労、していたんだな…システィ・ライセン」
このライセン大迷宮はオルクスとは別の意味で、非常に厄介な迷宮だった。
まず、魔法がまともにが使えない。谷底よりも強力な魔力分解作用が働いているようで、魔法特化のユエでも上級魔法以外は殆ど使えない。ハジメは戦闘時に使っていた〝空力〟や〝風爪〟といった魔法が使えず、主兵装のドンナー・シュラークも半分以下の威力しかない。最も高い身体能力を持つユキは
結果、身体強化という点において天才的な素養を持ち、ドリュッケンというハンマーを振るうシアが最も適任ということになる。
で、その肝心のシアはというと…
「絶対に殺ルですよ~。住処を荒らして殺るですよ~」
と、殺意が絶頂状態だった。
ハジメやユエも殺意が滲み出ており、ユキは三人を見て苦笑していた。本来なら「冷静さを欠いては~」と注意するところだが、少なくとも道中のトラップやミレディ・ライセンの煽り看板のことを考えれば無理もないと思っていた。看板の隅に小さくあるシスティ・ライセンの謝罪文がなければ、ユキも多少荒れていたかもしれない。いや、三人ほどでないだけでユキも多少気が立っていた。
それほどまでに様々な意味で凶悪なトラップの数々が、彼らを襲っていた。
入口から進んだ彼らを襲った最初のトラップに引っかかったのは、意外にもハジメだった。ハジメが足元の床トラップを踏み抜いて作動させ、右から首ほどの、左から腰ほどの高さから回転鋸が飛び出してきた。
「回避!」
ハジメとユキは仰け反りながら、ユエは背が小さいのでしゃがんで回避した。慌てる声が聞こえてくるのでシアも何とか回避したようだ。ただその仰け反った瞬間に、ユキが天上から何か光るものが見え咄嗟に叫んだ。
「頭上にトラップ! 回避!」
ハジメがユエを掴んで前へ、ユキがシアを掴んで後へ飛んだ。その一拍後に高速で振動する無数の刃が四人がいた場所に落ちてきた。最初の回転鋸を回避して安心したところを死角から追撃する凶悪なトラップ。それも高速振動しているあたり、並大抵の盾では一瞬の時間稼ぎもできないだろう。
「完全な物理トラップか…こんな環境だ、魔力感知の効果は薄いか」
「ってことは俺の魔眼石には反応しないな」
もちろん完全な無駄ではないだろう。ただ魔眼石で分からない完全物理トラップでは見切ることは出来ない。
となれば四人で最も危険なのはシア、次いでユキになる。先のトラップで言うならば、ハジメは義手で受け止めることはできたかもしれないし、ユエは〝自動再生〟があるので易々とは死にはしない。ユキは身体能力は高いが防御力は低く、シアも同様。
「…最初でこの危険度だ…一層慎重に進むぞ」
ユキの言葉に三人が頷く。即死級の危険なトラップ。
その〝ただ危険なトラップ〟というのが序の口であったと知るのはもうすぐだった。
その四人の様子を遠見のアーティファクトで見ている二人の影があった。
ユキの半分程度の三頭身のフォルムをしたその見た目は、明らかに生身の人間の姿ではない。
「やっと…本当に来たね、〝シーちゃん〟」
「はい、〝ミーねえさま〟。ようやく役目を果たせます」
そこに響く声は年若い二人の女性。数百年、あるいは数千年か、それほど昔から彼女たちはこの迷宮に訪れる挑戦者を待っていた。いつか自分たちの意志を引き継ぐ者が現れることを信じて。そして、
「ってことは、あの黒髪が噂の〝怪物〟かな? なんか怪物って雰囲気じゃないけど」
「ですが、確かに強いですね。魔法やアーティファクトを使っている様子もないですし」
「シーちゃんの先輩になる人だけど、シーちゃん的にはどう思う?」
「どう、と言われても困ります、ミーねえさま。ですが〝母様〟の言葉通りなら――」
――きっと、
だってあの人は