「あれがテルス…」
「予想以上に大きい街ですね」
「古都と言われてるくらいです。歴史は相当ですよ」
悠姫たちがライセン大迷宮を攻略した頃、雫たち四人は王都から程遠い街、古都テルスに向かっていた。テルスはハイリヒ王国建国前から存在し、王国屈指の歴史の長さを持つ街だ。
ではなぜそんな街に雫たちが向かっているのか。それは一つの依頼が、冒険者であるアヤメとシェリアに来たからであり、雫と香織がそれに同行しているからだ。
とはいえ、その依頼内容は非常に奇妙な物だった。
「始めて確認された強力な魔物が出たから倒してほしい…でもテルスにも守備隊はいるんですよね?」
「はい。神殿騎士や王国近衛兵にも引けを取らない実力の守備兵や冒険者が配備されてます」
「それなのにアヤメさんたちに依頼が来るんですか?」
「これでも金ランク、トータスでも指折りの実力者でですからね。そんな私達に直接と言うことは、つまりそれほど強い魔物ということでしょう」
或いは力を恐れた何者かの罠か、それとも魔人族の仕業か。
何にしても、行ってみなくては分からない話だ。
「光輝くん達は連れてこなくてよかったんですか?」
「冒険者へ依頼を、勇者だから、という理由で奪うのはさすがに越権行為という物でしょう。
…まさか肉壁として、とか考えてます?」
アヤメの指摘にすっと眼を逸らす香織と雫。その二人を呆れた眼で見るアヤメと笑いを堪えているシェリア。緊張感の欠片もなく、四人はテルスに辿り着いた。
テルスに入った雫たちを迎えたのは、未知の魔物に怯える人々…ではなく、笑顔で大通りを往来する人々と、大通りで元気に露店を開いている商人たち。
いたって普通の、人気の観光地という風の賑わいだったため、おもわず雫と香織はぽかんとしてしまう。
「…えっと、魔物に襲われてる様子は…」
「…ない、ですよね…?」
依頼主はこのテルスに先祖代々住んでいるという、ファーナムという老人。
話を聞くと、夜な夜な街を徘徊する謎の影があるという。しかもその影は、何故か一部の人にしか見えていないようで、見えている人たちに特に共通点は無い。
丁度、銀ランク冒険者のパーティが気づいていたようで、その影に戦いを挑んだところ、成す術もなく負けてしまったらしい。重傷を負ったが命に別状はなく、その時に見たこともない魔物だと分かり、銀ランク冒険者でダメなら金ランク冒険者を、ということらしい。
聞けば聞くほどに奇妙な、というより怪しい内容だ。
まずアヤメとシェリアの二人が、影が見えることを前提に話が進んでいる。勿論、ダメ元で呼んでいるということもあるかもしれないが、どうやらその考えはないようだった。
そして何より、早とちりしていただけかもしれないが、実害がほとんど出ていないということもある。
建造物が壊されたわけでもなく、銀ランク冒険者パーティが重傷を負った以外は怪我人もなく、行方不明や死者が出たわけでもないのだ。そのパーティとて自ら戦いを挑んだ結果と言うことを踏まえれば、魔物による被害はゼロと言っていい。
ここまでくると魔物の存在さえ怪しくなってくる。
その後、街を探索してみるが特に変わった様子などなかった。
大通りだけでなく、住宅街や街はずれ、路地裏なども周ったが気になるようなこともない。一通り街を見て周ったその日の夜、宿の一室に集まって話をしていた。
やはり罠だったのか? 確かに怪しさしか感じていないが、ファーナム老人や話しをきいた銀ランク冒険者が嘘を吐いている様子はなかった。
「…さて、では話を纏めましょうか」
アヤメの一言に三人が頷く。
一つ、自分たちは未知の魔物の被害に遭っているから助けてほしい、という依頼を受けて古都テルスに来た。
二つ、実際は被害など殆ど無く、魔物の姿は見える者と見えない者に別れている。
三つ、魔物は夜に現れ、夜の内に姿を消す。
「…やはり罠ということでしょうか?」
「それなら犯人の狙いはアヤメさんとシェリアさん?」
「…魔人族か悪戯と言った方が納得できるわね」
犯人を絞り込むには、情報量自体は十分と言える。ただし、絞り込める犯人像はあまりにも候補が少なすぎる。
まず前提として、古都テルスは一種の治外法権区に相当し、余程の権力者出ない限りは口を出すことは出来ない。その上で、昼間の様子から情報統制はされている考えれば、余程の権力者に相当すると考えられる。
そして、アヤメとシェリアを指名したということは、狙いは二人。だが、王位継承権を捨てているとはいえシェリアはハイリヒ王国の第一王女、シェリアを狙うということは国家反逆罪になる。
更に、姿を消すことができ、銀ランク冒険者パーティを倒せるほど強い魔物。
国家反逆罪を被る危険性を冒す最高位権力者。それが以上から絞り込める犯人像になるが、そんな存在がいるのだろうか?
可能性としては聖教教会。だが協会の名を出せばよいだけで、やることが遠回り過ぎる。
次点で、ヘルジャー帝国。だが実力主義の国家が、
では魔人族、或いは悪戯なのかと考える。
だが、魔人族では魔物による被害が殆ど出ていないことに疑問が残る。
目撃者が限られることから悪戯とも思えるが、実際に重傷者が出ていることが事実だと語っている。
結果、犯人像が振出に戻る。
(まさか、いや)
(あり得るわね、あの男なら)
そこで、一つの情報を変えてみた。
狙いは
四人に共通するのは一人の男を慕っているということ。後者二人に共通するのは、
いるではないか。その
ベヒモスを倒したあの日、
国を敵に回すことに
二人が同じ考えに辿り着いた瞬間、街の方から爆発音と悲鳴が聞こえてきた。
「ッ! まさか魔物が?!」
「急いで外へ!」
時間が惜しいと、部屋の窓から飛び出した四人は悲鳴が聞こえた方へ急いだ。
現場に着いた四人が見たのは、血を流して倒れ伏すテルスの住民と、逃げ惑う人々、そして爆発があっただろう場所に佇む見たことが無い
すぐに武器を構える。だが、雫と香織の手は震えていた。恐怖だ。
これまで死を感じたことはある。でも死を見たことはなかった。
理解はしている、戦わなければ死ぬと。覚悟もしている、人の死を見ることになると。
だが、いくら覚悟をしていても実際に直面すれば戸惑うものだ。それ故に、二人は、
「二人とも落ち着いて」
「魔物は私達が引き受けます。二人は住民の避難を」
「「は、はい」」
短剣を構えたアヤメと、曲剣を二本構えたシェリアが魔物と相対する。
そして、シェリアが仕掛け戦いが始まった。
雫と香織は、戦いの様子を少し眺めた後、住民の避難を促した。
正直な気持ちを出すならば、あの魔物との戦いを任せてほしいという思いはあった。
ただ、少し眺めて自分達では歯が立たないという結論に達した。金ランク二人に未だ勝てない現状で驕るつもりなどないが、魔物最強と言われていたベヒモスを倒せるほどの実力はあると自負している。
それでも勝てないという確信を持ち、魔物の出何処を考えながら二人は住民の避難の先導した。
視界の端では、アヤメたちと魔物が戦っている。その魔物に竜のマークが刻まれていることに、雫たちは気が付かなかった。
「おか~さ~ん!」
「なんで俺達がこんな目に遭うんだ!」
「教会は何をしてるんだ!」
「誰でもいいから助けてよ!」
一時的に設けられた避難所である大聖堂は、昼間の賑やかな喧騒とは逆に阿鼻叫喚に溢れていた。
死傷者も多数出ており、アヤメたちが到着するまでに被害も相当出ていた。
だが、当然大聖堂だけで都市の人間を全員収容できるはずもなく、まだ避難できていない人は大勢いる。
「お姉ちゃん…大丈夫…?」
「ええ。大丈夫よ、ありがとう」
「ごめんなさい。ありがとう」
「いいえ。もうすぐで避難所です」
雫と香織は怪我をして足を引きずっていた親子を背負って、大聖堂とは別の避難所に向かっていた。あの一帯の避難民はこの親子で最後のはずだ。そして避難所が見えてきた。
「…本当にありがとうね」
「…お姉ちゃん、これあげる」
男の子はポケットから何かを差し出した。それは男の子のポケットに入る程度の大きさの黒い結晶のようなもの。
「これを、私たちに?」
「今日の朝見つけたんだ。とってもきれいだったから」
目一杯の笑顔で男の子は言った。
男の子の言う通り、思わず見とれてしまうほどこの結晶はきれいだった。
ただどこか、
「でも、本当に良いの?」
「うん。お母さんを助けてくれたお礼」
男の子が女性に宝石をプレゼントする、というプロポーズ宛らな絵だが、悲しいことに女性二人には想い人がいるし、男の子もまだこの手の行為は理解していない。
男の子の母親だけが、あらあらまぁまぁと見ているが、
――――ォォォオオオッ!!
「「ッ?!」」
突如聞こえた雄叫びに驚いて、全身が硬直したかのように固まった。
すると、雫たちから少し離れた建物の陰から、重い足音を立てながら
「なんで此処に?! あれはアヤメさんたちが?!」
「でも、戦闘音はまだ聞こえてる!」
つまり二体目。二人は直ぐに武器を構える。
あの日以来の、あの日以上の死の恐怖に体が震える。でも――
(私達が引けば、この子が犠牲になる)
――男の子が震えながら香織を見つめている。恐怖に満たされた、今にも泣きだしそうな目だ。こんな時、あの人ならなんて言うのか。
顔を上げた香織は、同じことを考えていたのか、同時に顔を上げた雫と目が合った。二人してきょとんとして吹き出して笑った。
私達が知っているあの人なら、きっとこう言うだろう。
「大丈夫、私達がいるよ。だから、」
「絶対に助けるから。だから、」
「「走って!!」」
ここにいるのは雫たち二人と、男の子と足を怪我しているお母さん。
少なくとも、私達ではこの魔物には勝てないだろう。でも、時間稼ぎ程度なら出来るはずだ。この親子が避難所に逃げ込めるまで、そしてアヤメさんたちが来るまでの時間を。
意識が朦朧とする。
全身が砕けているのでは思う程痛い。
この程度の傷で済んでいるのは、召喚された神の使途としての単純なスペックのおかげだろう。トータス基準の人間では即死している。
端的に、雫と香織は時間稼ぎに失敗した。
親子は避難所に逃げ込むことはできた。だが魔物が想定以上に強く、二人は避難所まで投げ飛ばされた。その衝撃で意識が飛びかけ、避難所の出入り口は魔物から丸見えになってしまい、避難民を見つけた魔物が近づいてくる。
幸いなのは、その魔物がゆっくりと近づいてくることだろう。だから意識と整える時間ができる。
最悪なのは、身体をピクリとも動かせないことだ。現に今も、先の男の子が泣きながら香織を揺さぶっている。
一歩ずつ魔物が近づくたびに、避難民たちの悲鳴が大きくなり、今度はどんどん悲鳴が少なくなってきた。
もうだめだ助からないここで死ぬんだ。生きることを諦めた人たちが増えていく。それでも男の子は香織を揺さぶり続ける。
悲鳴が小さくなり、死神が近付くように魔物の足音がはっきりと聞こえてくる。
ここで終わるのか?
私達がいると言っておいて?
助けると口にしておきながら?
((
そうだまだだ。まだ終わっていない。
(誰でもいい! 私に、私達に、この人達を助ける力を!)
(あの笑顔を守る力を!)
本来ならばどこにも届かぬ思い。
だが、この都市の歴史、一人の男との関係、男の子からもらった
『――ならば私が力を貸しましょう。貴方達も私の愛しい子供達なのだから』
――瞬間、音を置き去りにした何かが、男の子に伸ばした魔物の腕を通り抜けた。横には納刀している雫の姿。そして鮮血を散らしながら落下する魔物の腕。
そう、雫の一刀が魔物の腕を切断していた。
一瞬呆けた魔物だったが、斬られたと認識した瞬間雄叫びをあげて残った腕を雫へ振り上げた。しかし何を感じたのか、大きく後ろへ飛び去るという
魔物からすれば、万全でも自身に劣る小娘二人が、瀕死の状態から
そして、その理性は正しかった。
後退した魔物を雫が追撃する。
これこそ、奇跡が与えた
「「〝
高速の斬閃が魔物を斬り裂いていき、斬傷から魔物の身体を腐敗させる。腕を振り上げ足で蹴り上げ、もう遅い。四肢の筋繊維は断ち切られ、もはや魔物は身動き一つ取ることができない。
命運は決した。雫が魔物の心臓を剣で突き刺し、二人は届かぬ筈の勝利を手にしたのだった。
「「――」」
気が抜け、
だがこれで戦いは終わった。この街を、この避難所の人々を、この男の子の笑顔を守ることができたと安心し――
――絶望は再びやってきた。
「――さ、三体、目」
「そん、な…」
先の二人を見て学習しているのか、既に戦闘態勢を取っている。二人の一挙一動は見張られ、先ほどのような奇襲紛いの攻撃は効かないだろう。
正しく絶体絶命。だが逃げるわけにもいかない、守ると決めているのだから。
激痛を堪え、二人は武器を構える。この場を乗り越えるには
「「〝天■せよ、■が守■星――」」
――魔物の胴体に光の矢が生えた。
香織と雫は驚いて
「よく頑張ったわね」
「後は私たちに任せてください」
アヤメの短剣が魔物の片目を斬り裂き、胴を貫くシェリアの光矢が三本六本と増えていく。
痛みに悶え暴れる魔物から離れ、アヤメとシェリアは香織と雫の前に降り立った。
アヤメは短剣のままだが、シェリアは曲剣の柄尻を合わせて弓のような形状にしている。
二人の背中を見た香織と雫は安心して、その意識を闇に落とした。
二人が目を覚ましたのは、その数日後。
死傷者は数千人。都市人口から見てもそれなりの人数で、それをたった三体の魔物による被害だと考えれば、とても恐ろしいことだと感じてしまう。
その魔物の正体もはっきりした。
目的は不明。だが、何かをテストしているようだった、とアヤメ達は言う。
なにはともあれ、依頼は達成した四人は王都に帰還する。
香織と雫の手首にはブレスレットにした
――ありがとう! お姉ちゃん!
古都テルス
ハイリヒ王国建国前から存在している比較的大きな街。
そのため歴史的建造物が多く、それが古都の由来となっている。
かつてはエヒトではない何かを信仰していたという逸話が存在しているが、全くの出鱈目と言われており、現在ではエヒトが信仰されている。
余談だが、テルスとはローマ神話における大地母神の名前であり、ギリシャ神話でのガイアに相当する。つまりここで信仰されていたのは・・・
邪竜おじさん、暗躍中。
魔物改造テストも上手くいったし、
とか考えてます。
雫&香織の
プロローグ冒頭のユキVSヴァルゼライド、「幕間:
三章、遅くても四章中に公開できるように頑張ります。