時を遡ること数日。とある湖畔の町ウルに向かっている数台の馬車があった。それは今現在、およそ三つに分裂している地球召喚組の一つ、農地改善・開拓組の馬車だった。
“農作師”畑山愛子を筆頭に、その
そして園部優花もまた、その一人だった。
園部優花は、あの日の事件以降、オルクス大迷宮に向かわず、王宮に残っている、所謂居残り組の一人だった。
もちろん、死という恐怖に怯えているのはあるし、ある一件が無ければ優花の心は折れていたままだっただろう。それでもオルクス大迷宮に行かないのは、“勇者”天之河光輝の事が信じられなくなった、ということが理由だ。
あの日、ユキ・ロスリックと南雲ハジメが奈落に落ちていった原因が、檜山大介というのは誰もが知っている。注意を無視してトラップに引っ掛かったこと、
それなのに、檜山は無罪として赦された。
挙句の果てには、あの二人が落ちたのは二人の責任、力不足だったとまで言い始めている。その二人に助けられて、私達は生き残ったというのに。
そしてその檜山は、仲間たちの為にという名目の元、香織の気を引くために勇者組の一人としてオルクス大迷宮に潜っている。
嫉妬から仲間を殺す檜山と一緒に戦うなどできるわけがないし、その檜山を
そういうこともあり、優花はオルクス大迷宮には行っていなかった。だが、ただ王宮に引きこもっていただけという訳ではない。時折、王宮の外の魔物と戦っているし、情報収集だって欠かしていない。
ただ、王宮に残って情報収集するにも限界を感じていた。そんな時に、畑山愛子先生、愛称「愛ちゃん先生」が各町村に行って農地開拓をするという話を聞いた。そして、神殿騎士からの護衛として愛子に同行し、今に至るという訳だった。
「――しっかし、意外だな」
「え? なにが?」
その日の野営で優花は、同じく同行している玉井淳史からそんなことを言われた。今この場に集まっているのは、愛子、優花、淳史、
「だって、園部が愛ちゃん先生と一緒に行く、なんて言い出すなんて思わなくてよ」
「あーそれは確かに。なんて言うか、
私達も…と心の中で呟いたのは妙子。
この場にいるメンバーの内、愛子と優花以外は、頑張って励まそうとする愛子に元気づけられて立ち上がっていた。だから、それより前に立ち上がり、でも勇者組に加わらなかった優花が気になったのだろう。
「それで、何かあったの?」
「……一回ね、雫と香織に聞いたことがあるの。なんでそんなに頑張れるんだって。そしたら――」
『ユキさんと再会するまでにずっと強くなるために』
「――って言ったの」
「ユキさんって…ロスリックさんだよね。でも…」
「うん。あの日に亡くなった。誰もがそう思ってたのに、あの二人は、全然そう思ってなかったの」
『あんなことで、あの人は絶対に死んだりしないよ。あの人を倒せるのは、たった一人だけ』
『どんなことがあっても、最後に“勝つ”のは、あの人なのよ』
羨ましかった。初対面の筈の人をそこまで信頼できることが。
眩しかった。必ずそうだと
だから――
「生きてるって、“勝つ”って二人みたいな事を言うのかなって思ったの。これまでの事を受け止めて、それでも上を向いて歩くことが、“勝つ”ってことなんだって。だから私も、せめて自分にできることを頑張ってみようと思っただけ」
「「「…………」」」
「…あ、あの、何か言って? 恥ずかしいんだけど」
急にシンとなって、優花はどんどん恥ずかしくなってきた。というか、自分で考えても恥ずかしくなってきた。無意識にポエムチックな告白をしていたという事実に、顔が茹蛸のように赤くなってくる。
「――ぅぅうう。感ッ動しました!!」
「ふぇ?! あ、愛ちゃん?!」
「そんなことを考えていたんですね! 私は、私は~ッ」
愛子が、お酒に酔ったように泣きながら優花に絡みついてくる。もちろんお酒なんて一滴も摂ってないし、アルコールだって全く摂取していない。完全に泣きすぎて我を失っているだけだった。
そうして夜は更け、日は変わり、また馬車に揺られ、そして数日後には湖畔の町ウルに到着した。
“農作師”の愛子を筆頭に、数日前のポエム告白で仲間内での株が上がり、「愛ちゃんをイケメン軍団から守る会」のリーダー的ポジションになった優花やその他生徒達の力によって農地開拓は順調に進んだ。
そして、事件は起きた。生徒の一人、清水幸利が失踪したのである。
大事な生徒が失踪したことで愛子は酷く取り乱し、農地開拓を放り出して捜索を始めた。優花もまた、あの日のような悲劇は繰り返さないと、大切な仲間を捜索した。その先で、思わぬ再開と、本気の化物に出会うことなど、誰も予想していなかった。
夜の帳が落ち、音が消えたように静けた深夜。
北の山脈、そこに流れる川の上流にある洞窟。そこには黒い竜が眠り更けており、その竜を囲むように数人の男や魔物が立っていた。
その一人、黒ローブを着た少年は隣に立つ、浅黒い幅の男に不安そうに問いかけた。
「ほ、本当に、大丈夫なんだよな?」
「ええ。真の勇者様である貴方様であれば決して不可能ではありません。それに、竜は一度眠ると中々目を覚ましませんし、より深い眠りに入るように睡眠系の魔法も使っています。存分にお力を発揮ください」
「そ、そうだ。俺は選ばれたんだ、俺が主人公なんだ……い、いくぞ」
そして黒ローブの少年は詠唱を唱え、黒い竜に魔法をかけ始めた。浅黒い男が少年を嘲笑するように見ていることに、当の少年は気づいていない。
その様子を冷めた目で見ていた別の男は、洞窟から出て夜空を見上げた。はだけた胸元に、冷たい夜風が直撃する。それに身悶えする様子などは一切なく、来たるべき未来へと熱い視線を送り――あと数日。
「さあ、会いに来たぜ、
光の亡者、ファヴニル・ダインスレイフは、
同じ北の山脈にある森に、遠くから甲高い笑い声をそのウサ耳で捉えていた、一人の筋肉粒々な男が居た。
いくら
「それでもよく聞こえるものだな、邪竜の笑いは」
特殊合金を用いた槍を担いで休憩する男はそう呟いた。それだけ特徴的なのか、単純に爆音なのか、聞こえていると錯覚しているのか。
だが、もし錯覚だとすれば、それはあの男がいる筈だと期待している証拠なのだろう。
「さあ、神に仇名す世界の敵にならんとする者達よ。その可能性を見せてくれ」
主君やその仲間たちの到来を待ちながら、「金」冒険者、ディルグ・ロートレクは不敵に笑った。
「神域」
それは人が認知することすらできない、文字通り神の領域。つまり、このトータスにおける唯一神、エヒトがいる領域でもある。
「――ふむ。なかなかに興味深いことになってきたか」
その神域に響き渡る、あらゆる生物が本能のままに跪くことを強いる、
「――ノイント」
「は」
主の命に現れたのは、銀髪碧眼の神秘的な雰囲気の美女。彼女こそが“真の神の使途”。ハジメ達のように、エヒトによって召喚され使途となった者達とは違い、使途として
「事は理解しているな? あの黒髪の男、
「主命、受諾いたしました」
エヒトからの主命を受け、ノイントは地上へと降り立ち
その様子を見ていたエヒトはくつくつと嗤いながら見ていた。
「ああ、排除して見せろよ。出来るものならば」
それは、
だが、エヒトはそのような未来を全く理解していない。それどころか、たった今自分が言ったことの意味すら分からず、更にはハジメ達とは別に
それはまるで痴呆のようで、
「全ては完全なる
今の言葉もまた、忘却の彼方へと消えていった。
そして、このトータスに刻まれる新たな神話の一ページが、幕を開けようとしていた。
邪竜おじさんには、本気で暴れてもらいます。