広大な平原のど真ん中に、来たに向けて真っ直ぐ伸びる街道がある。街道と言っても、碌な整備も舗装もされておらず、馬車や人が何度も通ったことで雑草が剥げただけの、一種の畦道に過ぎない。
その街道を猛烈なスピードで駆け抜ける二頭の黒い鉄の馬、もとい二台の魔道二輪がいた。当然、悠姫達だ。
片方にはハジメが運転し、その前にユエ、後ろにシアが乗っている。そしてもう一方は悠姫が一人で乗っている。
大峡谷のように魔力が阻害されるようなことがないため、魔道二輪のスペックを存分に発揮し、時速八十キロ近いスピードで爆走している。
現在の位置は、依頼の捜索範囲である北の山脈に一番近い街まで、あと一日程度といったところ。休憩を挟まずに、このままノンストップで走らせれば、日没までにはその街に入れるだろう。その街で一晩過ごし、明朝から北の山脈へ向かって捜索を開始する予定になっていた。
「でも、意外ですね。悠姫さんなら兎も角、ハジメさんも積極的に行動するなんて」
シアが言う。これはあくまで依頼ではあるが、極論、ただの人助けだ。それも必ず生きて連れ戻せとも言われてない。どちらかといえばお人好しの部類に入る悠姫なら兎も角、ハジメが依頼に前向きに行動しているのが疑問に思ったのだろう。
「ああ、生きているに越したことはないからな。その方が、感じる恩はでかい。これから先、国やら教会やらとの面倒事は嫌ってくらい待ってそうだからな。盾は多いほうがいいだろう? いちいちまともに相手なんかしたくないし」
「……なるほど」
実際、イルワの影響力がどれほどなのかは分からない。そのため、盾としてどれほど機能するのかも分からないが、無いよりかはマシだろう。
だが、積極的なのはそれだけではなく、
「それに聞いたんだがな、これから行く町は湖畔の町で水源が豊かなんだと。そのせいか町の近郊は大陸一の稲作地帯なんだそうだ」
「……稲作?」
「おう、つまり米だ米。俺達の故郷、日本の主食だ。こっち来てから一度も食べてないからな。同じものかどうかは分からないが、早く行って食べてみたい」
トータスでの主食はパンが主流だ。もちろんパンがダメという訳ではないが、日本生まれ日本育ちの日本人であるハジメにとっては、米があるなら米を食べたいと思うのも自然だろう。そしてそれは、(一応)日本生まれの(一応)日本人の悠姫も同じだった。
「もしも売ってるなら、是非とも買い込んでおきたいな」
「……ん、私も食べたい……」
「出来るなら、レシピも知りたいですね」
食への期待を込めて、四人は街道を真っ直ぐ進んでいった。
ウルの表通りをトボトボと歩いているのは、召喚組唯一の教員、畑山愛子だ。普段の活気づいた様子はなりを潜め、今は、不安と心配に苛まれて陰鬱な雰囲気を漂わせている。その原因は、生徒の一人、清水幸利が失踪したからだった。
「はぁ、今日も手掛かりはなしですか……清水君、一体どこに行ってしまったんですか……」
「愛子、あまり気を落とすな。まだ、何も分かっていないんだ。無事という可能性は十分にある。お前が信じなくてどうするんだ」
「そうですよ、愛ちゃん先生。清水君の部屋だって荒らされた様子はなかったんです。自分で何処かに行った可能性だって高いんですよ? 悪い方にばかり考えないでください」
気を落とした愛子に声をかけたのは、愛子専属護衛隊隊長の神殿騎士デビッドと「愛ちゃんをイケメン軍団から守る会」、通称「愛ちゃん護衛隊」の園部優花だ。
愛子専属護衛隊とは、農地開拓のために各地を周る愛子の護衛として教会から派遣された、神殿騎士で構成された護衛隊のことだ。全員が非常に整った容姿を持っており、誰が見ても明らかなように、護衛と同じ以上にハニートラップ要因として集められている。だが、当の愛子は全く靡かないどころか、逆に護衛隊全員が愛子に墜とされているという、色々な意味で驚きの護衛隊だった。
ちなみに、「愛ちゃんをイケメン軍団から守る会」の「イケメン軍団」とは、主にこの神殿騎士達のことを言っている。
その両護衛隊は今も愛子の周りにいて、彼等も口々に愛子を気遣うような言葉をかけている。
清水幸利が失踪して既に二週間と少し。時には隣の町村にまで捜索範囲を広げてみたが、情報の欠片も入ってこない。だが、生徒達や騎士達はそれほど心配しているわけでもなかった。清水幸利は“闇術師”という天職を持っており、闇系魔法に特別才能を持っている。その他の系統魔法にも高い才能を持っているため、その辺のゴロツキ程度にやられることはないだろう。
「…皆さん、心配かけてごめんなさい。そうですよね。悩んでばかりいても解決しません。清水君は優秀な魔法使いです。きっと大丈夫。今は、無事を信じて出来ることをしましょう。取り敢えずは、本日の晩御飯です! お腹いっぱい食べて、明日に備えましょう!」
オーッ! と、握り拳を振り上げる。無理しているのは丸分かりだが、気合の入った掛け声に生徒達も「は~い」と素直に返事をする。騎士達は、その様子を微笑ましげに眺めた。そして、宿泊している高級宿“水妖精の宿”に向かっていった。
「えっ!? それって、もうこのニルシッシル(トータス版カレーライス)食べれないってことですか?」
「申し訳ありません。何分、材料不足なものでして…」
宿に帰った一行が食事時に聞いたのは、香辛料を使った料理は、今日限りというものだった。それには、カレー好きな優花が、悲痛な声を上げて一層驚いていた。
「いつもならこのような事がないように在庫を確保しているのですが……ここ一ヶ月ほど北山脈が不穏ということで採取に行くものが激減しております。つい先日も、調査に来た高ランク冒険者の一行が行方不明となりまして、ますます採取に行く者がいなくなりました。当店にも次にいつ入荷するかわかりかねる状況なのです」
「……不穏っていうのは具体的には?」
「何でも魔物の群れを見たとか……北山脈は山を越えなければ比較的安全な場所です。山を一つ越えるごとに強力な魔物がいるようですが、わざわざ山を越えてまでこちらには来ません。ですが、何人かの者がいるはずのない山向こうの魔物の群れを見たのだとか」
「それは、心配ですね……」
「しかし、その異変ももしかするともう直ぐ収まるかもしれませんよ」
「どういうことですか?」
「実は、今日のちょうど日の入り位に新規のお客様が宿泊にいらしたのですが、何でも先の冒険者方の捜索のため北山脈へ行かれるらしいのです。フューレンのギルド支部長様の指名依頼らしく、相当な実力者のようですね。もしかしたら、異変の原因も突き止めてくれるやもしれません」
愛子たちはピンと来ていない様だったが、騎士達はそれを聞いて感心したように声を漏らした。フューレンのギルド支部長というと、冒険者ギルドでも上級幹部クラスだ。その直々の指名がされるほどとなると、「黒」か「銀」、もしかしたら「金」の可能性が高い。そうなるとある程度は絞り込めるだろうと、騎士たちはあり得そうな人物をリストアップしていく。
すると、二階の方から若い男女の声が聞こえてきた。
「おや、噂をすれば。彼等ですよ。騎士様、彼等は明朝にはここを出るそうなので、もしお話になるのでしたら、今のうちがよろしいかと」
「そうか、わかった。しかし、随分と若い声だ。金に、こんな若い者がいたか?」
デビッドが疑問の声を上げると、徐々に男女の会話が聞き取れるようになってくる。
「もうっ、何度言えばわかるんですか。私を放置してユエさんと二人の世界を作るのは止めて下さいよぉ。ホント凄く虚しいんですよ、あれ。聞いてます?
「聞いてる、聞いてる。見るのが嫌なら一人別室にしたらいいじゃねぇか」
「んまっ! 聞きました? ユエさん。
「……
「まあまあ、若いんだから。もっと青春を謳歌しなさいよ」
「爺か。てか、肉体的には悠姫も十分若いだろ」
それを聞いた愛子の心臓がビクリと跳ね上がった。今、少女はなんといっていた? ハジメと言っていなかったか? それに少年の片方の声は、自分達が知る
反射的に愛子は駆け出し、その少年等と仕切っていたカーテンを勢いよく開けながら叫んでいた。
「南雲君?! ロスリックさん?!」
「………先生?」
「………畑山教諭?」
愛子の前に現れたのは眼帯をした白髪の少年と、中性的な見た目の黒髪の少年。記憶にある姿とは大きく変わっているが、白髪の少年は間違いなく生徒の一人、南雲ハジメだった。黒髪の少年も、自分達と同時に召喚されたユキ・ロスリックのように見える。
「………本当に…二人…何ですね…? 生きて、いたんですね……」
目に大粒の涙を浮かばせて、今にも号泣しそうになっている。いきなり名前を呼ばれたことで驚いていた二人も、自分達の知る人だと気づき、更に泣き出しそうな様子を見ると、すぐさま冷静に戻っていた。
「……誤魔化せると思うか?」
「…無理だろ、名前も読んだし…それにこの人、梃子でも動かないタイプじゃなかったか?」
「…ああ、そうだった…」
当の二人は、愛子から顔を逸らしてボソボソと相談していた。だがこうなってしまった以上、無かったことには出来ないだろうと、覚悟を決めて愛子たちに向き合った。
「…うん、まあ…久しぶりだな、先生」
「どうもお久しぶりです? いや、
ようやく帰ってきた返答は、愛子が最も期待したものだった。そう、愛子が知る南雲ハジメとユキ・ロスリック? ということが明らかになったのだ。そう思った愛子は、溜まった涙を滝のように流しながら、二人に抱き着きながら口を開いた。
「こ、こんなところで何をしているんですか? 何故、直ぐに皆のところへ戻らなかったんですか? それにその格好……何があったんですか? 答えなさい!」
愛子の怒声に、奥の方から生徒達や騎士達が駆けつけてくる。その生徒達は二人の顔を見ると、先の愛子のように硬直し、騎士達は愛する愛子が男二人に抱き着いている姿を見て硬直している。
さすがに騒ぎが大きくなってきたのか、野次馬が沢山集まってきた。下手に注目されているし、愛子には抱き着かれているため動けないし、だからと言って無理やり引きはがすわけにもいかないしと、ハジメと悠姫は困り果てていた。
「……離れて、二人が困ってる」
「な、何ですか、あなたは? 今、先生は二人と大事な話を……」
「……なら、少しは落ち着いて。いい年した女が男二人に抱き着いて、はしたない」
そこに急に割り込んできたユエに、反論するように愛子が声を上げるものの、最後の「はしたない」の一言で自分の状態を理解したのか、顔を真っ赤にして慌てながら二人から離れる。
ようやく自由になった二人は少し距離を取って、改めて愛子達に向き直した。
「すいません、取り乱しました。……やっぱり、生きていたんですね?」
「ああ、なんとか生きてるよ」
「よかった…よかった…」
愛子の後で見ていた生徒達も、「やっぱり南雲って…」「でも、ロスリックさんって、もっと…」と、状況を把握し始めていた。
その愛子や生徒達のことなど知らぬとばかりに、悠姫達四人は近くの席に着いてメニューを開いている。
「えっと、良いんですか? 元の世界のお知り合いでは?」
「ハジメにとってはそうだな。俺は召喚されてからだから、ユエとシアの方が付き合いは長いな。まあ、どうせ数日はウルに滞在するんだ。今すぐする話でもないだろう。……園部、何かおすすめはあるか?」
「えッ! そ、それならニルシッシルが…」
「ああ、たしかカレーライスみたいな奴か…じゃあニルシッシル、一つ」
「まあ、そうだな…………俺も同じで」
「……私も同じで」
「はぁ…あ、私も同じでお願いしま~す」
急に声を掛けられた優花は反射的にニルシッシルと答え、悠姫達もそれならとニルシッシル四人分を注文している。そこに当然のように、愛子が待ったをかける。
「二人とも、まだ話は終わっていませんよ。何を物凄く自然に注文しているんですか。大体、こちらの女性達はどちら様ですか?」
「悪いけど、こっちは依頼を受けて丸一日ノンストップでここに来たんだ。ご飯くらいゆっくり食べさせてくれ。それと、彼女たちは・・・」
「……ユエ」
「シアです」
「ハジメの女」「ハジメさんの女ですぅ!」
「お、女?」
「ふむ……ユキ・ロスリック改め、天津悠姫。ハジメの親友だ」
「し、親友?」
「そこは驚くなよ」
愛子が若干どもりながら「えっ? えっ?」とハジメと二人の美少女を交互に見る。後ろの生徒達も困惑したように顔を見合わせている。いや、男子生徒は「まさか!」と言った表情でユエとシアを忙しなく交互に見ている。
「おい、ユエはともかく、シア。お前は違うだろう?」
「そんなっ! 酷いですよハジメさん。私をこんな体にしたくせに!」
「……ハジメ、メッ!」
「いや、こんな体って、ユエも『南雲君?』……何だ、先生?」
そこに、シアの「こんな体にした」という言葉に愛子が反応し、声が一段階低くなる。ハジメが二人の美少女を両手に侍らして高笑いしている光景が再生されているようだった。表情がそれを物語っている。わなわなと震わせてから上げた顔には「非行に走る生徒を何としても正道に戻してみせる!」という決意に満ちていた。そして、“愛子の怒り”という小さい雷がウルに、“水妖精の宿”に落ちた。
「お、女の子に傷物にした挙句、ふ、二股なんて! すぐに帰ってこなかったのは、遊び歩いていたからなんですか! もしそうなら・・・許しません! ええ、先生は絶対許しませんよ! お説教です! そこに直りなさい、南雲君!」
子犬のようにきゃんきゃんと吠える愛子を尻目に、面倒な事になったとハジメは深い深い溜息を吐くのであった。なお、何故か標的から外れた悠姫は口を押えて、笑いそうになるのを堪えていた。