ありふれない怪物は、やがて英雄へ   作:シロマダラ

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第四十話 ウサミミの守護者と救助

 

「…ディルグ…兄さま?」

 

 無意識に出たシアの問い掛けが、張りつめられた空間に響き渡る。その問い掛けに反応するように、川岸の岩から立ち上がった男はゆっくりとシアの方へと向き、返答した。

 

「…大きくなったな、シア」

 

「ッ! ディルグ兄さまッ!」

 

 脱兎の如く駆けだしたシアは、泣きながらディルグに抱き着いた。シアに生き別れの兄がいると知っていたのは悠姫、ハジメ、ユエの三人だけ。昨晩会ったばかりの愛子達七人はそのことを知らないものの、兄妹と、大きくなったという言葉から大体の事情は察したのか、目元に涙を浮かべ鼻を啜っている。

 

 気の抜けたハジメは、構えていたドンナーを降ろして、笑いを堪えて肩を震わせながら近づいてきた悠姫に、不満げな様子を一切隠すとことなく言った。

 

「…知ってたんなら、言ってくれても良かったんじゃねえか?」

 

「先に金ランクのディルグ・ロートレクが山脈地帯に入ってるのは聞いてただろ?」

 

「あー…そういやそうだったな…忘れてた。だけどまさか、気配を全く感じられないとは思わなかったけどな…」

 

新西暦(むかし)から気配を殺すのは巧かったからな。それに、ハウリアに転生して、一層磨きがかかったようだな。隣に座られるまで気が付かなかった」

 

「それを言われたら、俺は話しかけられるまで気が付かなかったんだけどな…」

 

 泣いているシアの頭を撫でてなだめる様子は、まさしく兄妹だった。シアが泣き止むまで、それは続いた。

 

 

 

 

 

 新たにディルグを加えて十二人になった一行は、川の上流を目指して歩いていた。ディルグが言った、ウィル・クデタがいるという滝壺は下流方面だが、先に戦闘痕を確認しておこうということだ。

 

 その進行ペースは、最初のペースとは比べる必要がないほどにゆっくりだった。理由の一つは、愛子達の体力がそれほど回復していないこと。二つ目は、ウィル・デクタの生存、安全が確認されていること。故に、特別急ぐ必要性が無くなった。そして、

 

「――それで――ハジメさんが――ユエさんも――」

 

「ああ、そうか。シアはよく頑張ってるな」

 

 兄妹の時間を確保するためだ。この捜索依頼が完遂すれば、悠姫達四人は【グリューエン大火山】に向かうことになっているし、ディルグは()()()()()()()()()の為に、四人に同行することは出来ない。シアとディルグの目的が違う以上、これは当然のことであるし、ならば今のうちに十数年分の会話を楽しみたい。

 

 普段からシアに当たりが強い(最近はユエのお願いもあって甘くなってきた)ハジメも、今回ばかりは見逃すかと、周囲の警戒と探索をしていた。

 

 そして歩くことしばらく、ディルグの話しにあった戦闘痕と冒険者の装備が見つかった。無惨に散らされた剣や盾、鎧、そして激しさを物語る破壊の跡が広がっている。

 

「…これは…」

 

「…相当激しい戦闘…いや、一方的な蹂躙か…ディルグ、()()()()()が出来る魔物に覚えは?」

 

「ない、な。正確には、俺が知る限りでは知らん。海の向こうや()()などを含めればいるかもしれないが…」

 

「現実的ではない、か…」

 

 そう言い、悠姫は()()()()()()()()跡を見る。半ば炭化していることから、超高熱の攻撃、レーザーのような攻撃が放たれたことが想像できる。

 

 だが、そのような攻撃ができるような魔物は、ディルグが言った通りこの付近には存在していない。それどころか、地上に存在していることすら怪しい。

 

 悠姫やハジメ、ユエに言わせるならば、裏オルクス大迷宮最下(九十)層クラスの魔物だ。そんな魔物が突然生まれるとは考えにくい。

 

 と、視界の端に川岸に引っかかっている、光るものを見つけた。拾い上げてみると、それは少し古そうなロケットペンダントだった。中には美しい女性の写真が嵌っている。誰かの妻か恋人か、落ちていた場所から無関係ではないだろうと、回収した。

 

 そして、遺留品を大体の回収したところで、下流の滝壺裏で既に生存を確認しているというウィル・クデタの元へ向かった。

 

 いざ滝壺裏に着くと、そこには気絶するように横に倒れ、しかし体を冷やさないように上着のようなものを掛けられている青年を発見した。上に掛けたのはディルグだという。愛子達が心配そうに見る中、悠姫が青年の頬をペチペチと叩いて起こす。何度か行うと、ようやく意識を取り戻したようで、呻きながら目を開けた。

 

「ぅ…あ、あれ? ここは……」

 

「起きていきなりで悪いが質問だ。あんたはウィル・クデタか? クデタ伯爵家三男の」

 

「ぅわ! き、君たちは一体? どうしてここに……」

 

 目覚めたら十二名もの男女に囲まれているのだ。驚くのも無理はないだろうが、これをはっきりさせなければ話は進まない。

 

「俺は天津悠姫。冒険者ギルドフューレン支部支部長イルワ・チャングの依頼を受けて、ウィル・クデタの捜索に来た。もう一度聞くぞ、あんたデタ伯爵家三男、ウィル・クデタか?」

 

「あ、は、はい! 私がウィル・クデタです! そうか…イルワさんが…また借りを作ってしまったな…」

 

 それから、各々の自己紹介と、ウィルから何があったかを聞いた。話を纏めるとこうだ。

 

 およそ五日前、五合目でブルタールという、オーガやオークのような魔物の群れに襲撃された。犠牲を出しながらもなんとか捌いていき、撤退していった先が、先ほど悠姫たちがいた六合目付近。そこで、今度は()()()()に襲撃された。前方には竜、後方にはブルタールの群れという絶体絶命で、竜の放ったブレスでウィルは吹き飛ばされ、この滝壺まで川に流された、ということだった。

 

 つまり、あの抉られた跡は竜のブレスによるもので、冒険者達はあの場所で全滅してしまったのだろう。

 

 ウィルは、話している内に、感情が高ぶったようですすり泣きを始めた。無理を言って同行したのに、冒険者のノウハウを嫌な顔一つせず教えてくれた面倒見のいい先輩冒険者達、そんな彼等の安否を確認することもせず、恐怖に震えてただ助けが来るのを待つことしか出来なかった情けない自分、救助が来たことで仲間が死んだのに安堵している最低な自分、様々な思いが駆け巡り涙となって溢れ出す。

 

「わ、わだじはさいでいだ。うぅ、みんなじんでしまったのに、何のやぐにもただない、ひっく、わたじだけ生き残っで……それを、ぐす……よろごんでる……わたじはっ!」

 

 洞窟の中にウィルの慟哭が木霊する。誰も何も言えなかった。顔をぐしゃぐしゃにして、自分を責めるウィルに、どう声をかければいいのか見当がつかなかった。生徒達は悲痛そうな表情でウィルを見つめ、愛子はウィルの背中を優しくさする。ユエは何時もの無表情、シアは困ったような表情、ディルグは面倒くさそうな表情をしている。

 

 が、ウィルの言葉が途切れ、泣き声だけが残った時、悠姫が四つん這いに蹲るウィルの前でしゃがみこんだ。

 

「…自己嫌悪は終わったか? もう行くぞ」

 

 え? と誰かの呟きが漏れた。恐らく愛子達七人の誰かだろうが、少なくとも、悠姫なら元気づける言葉をかけると思っていたのか。当のウィルも、目を真っ赤にしながらキョトンとしながら顔を上げる。顔を上げたウィルの目に映ったのは、呆れたと言わんばかりの表情の悠姫だった。

 

「何だよその顔。別に手足が折れてるわけでもないだろ? ほら早く立て」

 

「あ、あの…天津君? ウィルさんは…」

 

 ウィルの気持ちなど知ったことではないと急かす悠姫に、それはないだろうと愛子が口を挟む。

 

「後悔なら今じゃなくてもできる。今するべきなのは、ここを離れること。そしてウィル(お前)をイルワの元に連れて帰るのが俺達が受けた依頼だ。それとも、お前のわがままで、今度は俺達を殺すのか?」

 

「ッ! そんな、こと、は…」

 

「天津君! そんな言い方はッ!」

 

「事実だ。…まあ、そうだな。敢えて言うことがあるとすれば――」

 

 遠回しにウィルのわがままで誰かが死んだと悠姫が言う。無論、その()()が冒険者のことであることは明確であり、一切遠慮なく言う悠姫に愛子が再び口を挟む。生徒達六人も剣呑な雰囲気を出している。しかし悠姫は訂正することはなく、だが敢えてと一言置いて、

 

「――生きろ。そして忘れるな。たとえ誇りを捨ててでも生きろ。その冒険者達の名前、共に過ごして学んだこと、その冒険者達が生きていたという軌跡を、たとえ誰が忘れてもお前だけは忘れるな。それが、お前にできる唯一の贖罪だ」

 

 そして、その罪を正当化(正義に)しようとする屑には堕ちてくれるなよ、と。

 

 最後の一言を聞いた時、悠姫が抱える(信念)の一片が垣間見え、全員の背筋が凍るように感じた。

 

 天津悠姫(ユキ・ロスリック)は、誰よりも英雄(ヴァルゼライド)の背中を追い続け、誰よりも英雄(ヴァルゼライド)の隣に立ち続け、そして誰よりも英雄(ヴァルゼライド)肯定(否定)した男なのだ。ならば当然、それ相応の歪みを抱えているのだから。

 

 それからしばらくして、ウィルも落ち着いたのかゆっくりと、だが確かな足どりで立ち上がる。日の入りまでおよそ一時間と少し、急いで下山すれば暮れには麓に辿り着けるだろう。

 

 だが、事はそう簡単には進まない。滝壺から出てきた一行を熱烈に歓迎するものがいたからだ。

 

「グゥルルルル」

 

 低い唸り声を上げ、漆黒の鱗で全身を覆い、翼をはためかせながら空中より金の眼で睥睨する……それはまさしく“竜”だった。

 

 

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