ありふれない怪物は、やがて英雄へ   作:シロマダラ

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第四十一話 黒き竜

 

 その竜の体長は七メートル程。漆黒の鱗に全身を覆われ、長い前足には五本の鋭い爪がある。背中からは大きな翼が生えており、薄らと輝いて見えることから魔力で纏われているようだ。

 

 そして、何よりも印象的なのはその瞳だった。爬虫類らしく縦に割れたその黄金に光る瞳からは、剣呑さと美しさが感じられる。その黄金の瞳が、空中より悠姫達を睥睨していた。低い唸り声が、黒竜の喉から漏れ出している。

 

 蛇に睨まれた蛙のごとく、愛子達は硬直してしまっている。特に、ウィルは真っ青な顔でガタガタと震えて今にも崩れ落ちそうだ。脳裏に、襲われた時の事がフラッシュバックしているのだろう。

 

 黒竜はその視界にウィルを捕らえると、キュゥワァアアアと言う不思議な音と立てながら、その口に魔力を収束させていく。上流の破壊痕や冒険者達を消し飛ばしたブレスだ。

 

「ッ! 退h、ッ! ハジメ、盾だ!」

 

「ッ! クソッ!」 

 

 悠姫が退避と叫ぼうとしたところで、後ろにいる愛子達を見て変更した。愛子と生徒達、そしてウィルの八人は、いまだに硬直から戻っていない。

 

 ハジメが“念話”でユエとシアに指示しつつ、ハジメが“宝物庫”からハジメ製の大盾を取り出し、地面に固定して構えた。

 

 そして、黒竜からレーザーの如き黒いブレスが放たれる。音すら置き去りにし、一瞬で大盾へと到達したブレスは、すさまじい圧力と轟音、熱波を出して、大盾を構えるハジメを押し返そうとする。

 

「ぐぅ! おぉおおお!!」

 

 ハジメが雄叫びを上げながら耐える。しかし、黒竜の注意は完全にハジメ達に向いている。その隙に黒竜の真下から悠姫は飛び上がり、その無防備な腹に回し蹴りを叩き込んだ。

 

「グゥルァアアア!?」

 

 突然の衝撃に驚いて黒竜はブレスを中断し、衝撃が来た方へ首を向ける。そこには、抜刀の体勢をとった悠姫が。

 

「シッ!」

 

 そのまま黒竜の側頭部に音速を超えた抜刀を叩き込む。腹に喰らった衝撃よりも、更に強い一撃を頭部に入れられ、黒竜は叫びを上げる。しかし、その強固な竜鱗には、一筋の薄い傷しか入らない。

 

「〝禍天〟」

 

 それでも、黒竜をその場に留め、他の者が攻撃する時間は確保できている。ユエが重力魔法〝禍天〟を黒竜の頭上に展開し、落下するように押しつぶすと、黒竜を地面に叩き落とした。黒竜は猛烈な勢いで地面に縫い付けられ、さらに強まる〝禍天〟によって、黒竜は地面に陥没していく。

 

「止め、ですぅッ!」

 

 身動きが取れない黒竜の頭部に、シアが雄叫びを上げながらドリュッケンを振り下ろす。重力魔法を付与されたことで、更なる破壊力を得たドリュッケンの一撃は、まともに直撃すれば、致命傷に近いダメージを与えるだろう。

 しかし、

 

「グルァアア!!」

 

 自身を地面に縛り付ける重力の鎖を、黒竜は驚異的な膂力によって引き千切り、頭部へ振り下ろされていたドリュッケンを回避。同時に黒竜が展開した火炎弾をユエに向けて飛ばしつつ、地面に食い込んだドリュッケンを持ったシアの横腹に、高速で一回転することで勢いをつけた大質量の尾を叩き付けた。

 

「なッ!」

 

「あっぐぅ!!」

 

 重力魔法で空中に浮いていたユエは、下に加重することで火炎弾を回避し、シアは引き抜いたドリュッケンの柄を盾にすることで、木々の向こうまで吹き飛ばされた。そして、再び口に魔力を収束し、抜刀しようとする眼前の悠姫に()()()()()()()()を叩き込んだ。

 

 悠姫が膝下を残して消し飛んだことを確認した黒竜は、その黄金の瞳はハジメを…素通りして、その奥のウィルに向けた。既に大盾は仕舞い、ドンナー・シュラークを構えている。

 

「な、南雲君! あ、天津君が!」

 

 悠姫が消し飛んだところを目撃して、愛子や生徒達、ウィルがこれまで以上の悲鳴を上げている。彼らから見れば、たった今悠姫は死亡したようにしか見えないが、()()()()()()()()

 

「――無視、するな!」

 

 星環境変性(オルタレーション)――

 ――〝楽園を照らす光輝よ、正義たれ(S t . s t i g m a E l y s i u m)

 

 黒星晶鋼(アキシオン)に包まれて復活した悠姫が、再び無防備な黒竜の側頭部に抜刀を叩き込み、ダメ押しだと同時に付与(エンチャント)した衝撃を()()()、黒竜の側頭部を七重の衝撃となって襲い掛かった。

 

「グルァアアア!!」

 

 小さな斬傷も、何重にも重なれば大きな傷となる。先ほどから同一箇所に入れられた傷は、最後のダメ押しによって竜鱗を砕き、出血を引き起こした。

 

 体制を整えるためか、黒竜は大きな翼を羽ばたかせて暴風を起こし、誰も近づけないようにしつつ後方に下がった。その黄金の瞳は、それでもウィルを中心に捉えている。

 

 ここまでくると最早異常だ。堅牢な竜鱗すら砕くことができる存在(悠姫)が目の前にいるというのに、常に狙いはウィル一人。

 

「…洗脳されているのか」

 

 悠姫が出した結論は、この黒竜が何者かに洗脳されているということ。丁度、竜という強力な存在を洗脳できる可能性(才能)を持った“闇術師”の生徒が一人、失踪しているという事実もある。

 

 だが、逆に言えば、この竜の洗脳を解けば、その生徒に繋がる情報を手にできるかもしれない。竜も洗脳下でなければ、無暗に敵対することもないだろう。

 

「ディルグ、ユエはウィル達の護衛を」

 

「了解」

 

「…わかった」

 

「ハジメは中距離から俺の援護を頼む」

 

「おう」

 

 先程から、生き返った悠姫の姿に愛子達が騒ぎ立てているが、それを一切無視して悠姫は黒竜へと突貫し、黒竜は再び口に魔力を収束する。

 

「何度も同じ手を、使わせるか!」

 

 星環境変性(オルタレーション)――

 ――〝降り注げ、火の落涙。正義の滅びた大地へと(J u d g e m e n t T e a r)

 

 突貫と同時に展開した四つの爆熱火球(プラズマ)を一拍置きつつ、黒竜の口に向けて投射する。

 

 黒竜は魔力集束を中断し、空中に飛び上がりながら、爆熱火球(プラズマ)を迎撃すべく大量の火炎弾を展開するが、()()()()。ハジメのドンナー・シュラークによって火炎弾の方が先に撃ち落され、爆熱火球(プラズマ)はそれぞれ別の方向から黒竜を襲う。

 

「グルァアアア!!」

 

 爆熱火球(プラズマ)が黒竜に直撃する。だが、仮にも竜、雷熱に対してさえそれなりの耐性も備えている。そのため、爆熱火球(プラズマ)ではそこまで大きなダメージにはならないが、想定通り。

 

 わざわざ爆熱火球(プラズマ)を迎撃しようと意識した時点で、この展開は想定通りなのだ。そのまま黒竜の懐に潜り込み、黒竜の腹を斬りつける。当然、刃は通らず、先ほどのように多重化もしていない攻撃は、意味をなさないように思えるが、黒竜は()()()()()衝撃に驚き、飛行能力を維持できず墜落した。

 

 星環境変性(オルタレーション)――

 ――〝色即絶空空即絶色、撃滅するは血縁鎖(D e a d e n d S t r a y e d)

 

 黒竜の腹に叩き込まれた衝撃は、“衝撃操作”の星辰(ほし)によって、黒竜の翼の一点を襲い、翼の制御を不可能に陥れたのである。

 

 黒竜にとって、謎の攻撃で飛行能力を奪われた以上、目の前の人間(天津悠姫)は、洗脳による標的(ウィル・クデタ)よりも排除すべき敵へと変わっている。しかし、()()()()()()

 

 こうなれば最早ワンサイドゲームだ。表面が硬かろうとも、衝撃は無効化出来ないし、身体の内部を攻撃されれば、強靭な防御力も意味を成さない。更にはどの部位を攻撃しても、黒竜の全身を攻撃できる“衝撃操作”によって、悠姫はもう、攻撃をどこかに当てるだけでいい。仮に火炎弾を吐こうが、ブレスを吐こうが、この黒竜に悠姫は殺せない。

 

「す、すげえ…」

 

 その光景を見ている玉井淳史が無意識に言葉を漏らす。それは愛子や他の生徒達、ウィルも同じで、七人全員がコクコクと首を縦に振って、一方的な戦闘に眼を離せずにいた。先ほど一度死んだという事実も合わせて、普通ならば“化物”と罵られ、忌避されたとしても全く不思議ではない。しかし、愛子と生徒達七人が感じるのは驚愕であり、ウィルにいたっては、一種の憧憬を感じている。

 

 そして、決着は訪れた。所々、竜鱗は砕け、全身から血を流す黒竜は、その巨体を地に伏せた。

 

「ッ! や、やった!」

「な、待て! 行くな、バカか!」

 

 ウィルが喜んで立ち上がり、黒竜に近づこうと走り出した。咄嗟にディルグが制止しようとするも手が届かず、黒竜に向けて走っていく。

 

「グゥガァアアアア!!!」

 

「ひッ!」

 

 それを見た黒竜が、最後の足掻きと言わんばかりに咆哮を上げながら全身から魔力を放出、それによって悠姫を吹き飛ばすと、黒竜はウィル目掛けて爆進する。ウィルはその黒竜に驚いて腰を抜かして、倒れ込んでいる。

 

「シア!」

 

「今度は、外しません!!!」

 

 いつの間にか戻ってきていたシアが、今度こそとドリュッケンを振り上げる。そしてその超威力の一撃を、黒竜の頭部に叩き込んだ。その衝撃で黒竜は、頭部を地面にめり込ませ、突進の勢いそのままに半ば倒立でもするように下半身を浮き上がらせ逆さまになると、一瞬の停滞のあと、ゆっくりと地響きを立てながら倒れ込んだ。

 

 それから約一分後、黒竜は意識を取り戻した。これで洗脳が解けていなかったならば仕方がない、ウィルを狙ってウルに来られては困るため、止むを得ないがここで仕留める必要があるが――

 

『…ぬぅ…うぅ……ここ…は? わ、妾は…一体何を……?』

 

 ――理解できる言語を話し始めた。

 

 これには思わず、悠姫やハジメも硬直した。オロオロという雰囲気を出す黒竜と、硬直して誰も動かない中、ユエがハッと気づいた様に口を開いた。

 

「……もしかして、竜人族?」

 

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