平原を、魔道四輪と魔道二輪が爆速で駆け抜ける。本来ならば〝錬成〟による整地機能があるのだが、〝錬成〟が速度に追い付かず、魔道四輪の荷台に乗っている生徒達はリアルシェイクを味わっている。その魔道四輪に悠姫の姿は見当たらず、魔道二輪はシアが運転し、その後ろにティオが乗っている。
そう、今もなお、悠姫は襲撃者ダインスレイフと戦っている。
「な、南雲君。本当に天津君を置いてきてしまっていいんですか?」
「いいも何も、俺達が残ってたらむしろ邪魔になる」
ファヴニル・ダインスレイフ、傭兵団「ファヴニル」の首領。聞いていた以上に危険な男だということは、一目見て直ぐに理解した。光の奴隷、最強の
その時、ハジメの脳裏に、悠姫の声が響いてきた。
『聞こえるか?』
「ッ! 悠姫か?!」
「…今どこ?」
「え? 天津君?」
ユエは聞こえているらしいが、愛子には聞こえていないらしい。窓の外を見ると、魔道二輪で並走しているシアとティオも驚いている様子から、ハジメ、ユエ、シア、ティオの四人にだけ聞こえているようだ。
『まだダインスレイフと交戦中、だッ!』
『おいおい、一体誰と話してるんだよ? 俺達の逢瀬に、部外者は必要ねえだろッ!』
チッ! と悠姫の舌打ちと、激しい剣戟が聴こえてくる。悠姫とダインスレイフの戦場は、既に山脈の奥地へと移行している。
『悪いが手短にいくぞ、これからの事だ』
『依頼を完遂しつつ俺達が自由に動くには、この場を丸く収めるしかない。そしてそのためには、あの数万の魔物を殲滅する必要がある』
ウィルに言った通り、決して不可能ではない。あくまで総数が数万なのであり、その全てが洗脳されているという訳ではないのだ。洗脳されているのは群れの頭であり、その頭が倒されれば、その群れは崩壊する。
だが、魔物の大群を殲滅したところで、丸く収まるとは思えない。異常な戦闘力を保有する異端者として、教会に指名手配されるだろう。それ自体は覚悟していることだが、今はまだ早すぎる。
その考えを読んだのか、悠姫はハジメにあることを教えた。
『畑山教諭のことなんだが、園部達が言うには最近、民衆に“豊穣の女神”と呼ばれてるらしいぞ?』
ハッと、悠姫の言いたいことを理解したハジメは、助手席に座る愛子をちらりと見た。愛子はハジメが見てきたことに気が付いて、「?」とかわいらしく首を傾げている。
“農作師”である彼女の
『畑山教諭には悪いが、大切な生徒のためだ。存分に利用させてもらうとしよう』
だが――
ウルに到着すると同時に、ウィルと愛子達は足をもつれさせる勢いで、魔物の大群について報告すべく役場へ駆けていった。
ハジメは愛子達をすぐに追いかけることをせず、これからのことを考えていた。それは、最後に悠姫が言ったことについてだった。
『だが、ウルをどうするのかはハジメに任せる。どのみち、
『別にウルを見捨ててもいい。茨の道に入るのは覚悟の内だろう』
『俺達は仲間だ。どんな“選択”をしても、俺達はそれを尊重する』
正直に、ハジメにとって、この町がどうなろうと知ったことでない。せっかくの米がもったいない、という程度は思うが、大きな面倒になるくらいなら仕方がない。
ここで“選択”を間違えたら、取り返しのつかないことになる気がする。
ハジメは瞑想するように眼を閉じて、一回、深呼吸をして心を落ち着かせた。
それから少しして、愛子達を追いかけて役所に入ったハジメ達が見たのは、ウルのギルド支部長や町の幹部、教会の司祭達が集まって、愛子達に詰め寄る様子だった。皆一様に、信じられない、信じたくないという表情をしている。
それもそうだろう。数万もの魔物の大群が町に迫ってきている、明日にはこの町は滅ぶのだ。などと言われて、それを正直に信じる者など普通はいない。しかし、それを言ってきた者が“神の使途”で“豊穣の女神”である愛子ならば話は別だ。さらに、魔人族が魔物を操るという情報まで出てきている最近においては、無視できることではない。
そんな中、ハジメ達が来たことに気が付いたようで、ウィルがハジメに詰め寄った。
「ハ、ハジメ殿! 今この方たちに説明を――」
「んなことしてる時間はねえだろうが。隅っこでおとなしくしてろ」
ウィルの話をバッサリと斬ると、ハジメは愛子の元へ真っ直ぐに歩いていった。それに気付いた愛子は、覚悟を決めた表情でハジメと相対する。二人の様子に、周りの騒めきも自然と治まり、その場の全員が二人に注目している。そして、周囲にも聞こえるようにハジメが先に話し始めた。
「俺達は、あの魔物を殲滅することができる」
再び周囲が騒めきだす。何を言っているのだ、という疑惑の視線がハジメに刺さるが、当のハジメも、相対する愛子も、それに一切の反応を出さず、愛子は答えるように口を開いた。
「……戦って、くれるのですか?」
「先に仲間が戦ってるからな。だが、この町を守るかどうかは、先生しだいだ」
そして一拍置いて、
「昨日言った通り、俺はあんた達のことはどうでもいい。この町なんざ捨てて、すぐに悠姫を助けに行って、フューレンまでウィルを連れてくことだって考えた」
「だけど、本当にそれでいいのかとも考えた。どこまでも自分達を優先して、
そのあいつ等が誰のことを言っているのか、生徒達はすぐに察した。オタクと蔑まれ、無能と罵られ、そして裏切られた。その実行犯が誰なのかを知らない生徒は、一人もいない。
「それに、地球に帰ることが出来ても、そんな生き方は通用しない。父さんに、母さんに、胸を張って“帰ってきた”なんて言えるわけがない」
大切な者以外を切り捨て続けるその生き方が、地球に戻っても通用するわけがない。そこに居場所などあるはずがなく、その先ではハジメだけでなく、ユエ達にも幸せをもたらさない。
ならば、“神の使途”として教会の走狗として振舞うのが正解なのか?
「でも、もう裏切られるのは二度とごめんだ! 体のいい道具みたいに使われて、理不尽に捨てられるのも嫌なんだよ!」
ハジメは怒りを込めて咆哮した。無意識に溢れた〝威圧〟が、その場の全員を襲う。誰もが、腰を抜かして倒れたり、怯えた表情で後ずさりする中、少し顔を青くしながらも、愛子はハジメの顔をじっと見据えている。
「だから
それでも、不条理に苦しむ誰かの涙を、見捨てる外道には墜ちたくない。本当に助けられる命なら、助けたい。あの日、
そこで愛子が口を開く。先ほどと同じ覚悟を決めた、だが女神の如く優しい目でハジメを見つめている。
「――それでも、私は南雲君の“先生”です」
先生の役目は、生徒の道を決めることではない。生徒が幸せになれる道へ進めるように
「だから、南雲君がどんな“選択”をしても、先生はそれを尊重します」
「……たとえ、俺が血と罪に濡れてもか?」
「当然です!」
一瞬の躊躇いもなく愛子は即答した。
ハジメはユエとシアの二人をチラリと見る。真っ直ぐに静かな瞳で見つめるユエと、少し不安そうな表情をしているシア。しかし、二人がハジメと目が合うと、二人とも優しい顔で微笑んだ。それに釣られて、ハジメも笑みがこぼれる。
どのみち、茨の道になることには変わりないのだから、何よりも大切な仲間達が幸せになれるというのなら、道を抜けた先の光景を良くするためにも、一肌脱ぐ程度はどうということもない。
ハジメは二人の頭にポンと手を置いて優しく撫でた後、外に向けて歩き出した。急に撫でられて驚いた二人も、ハジメの後についていく。
「な、南雲君?」
そんなハジメに、愛子が慌てたように声をかけた。ハジメは振り返ると、愛子の“覚悟”には参ったとでもいうように肩を竦めて言葉を返す。
「数万の大群を相手取るなら、ちょっと準備しておきたいからな。話し合いはそっちでやってくれ」
「南雲君!」
ハジメの返答に顔をパァーと輝かせる愛子。そんな愛子にハジメは苦笑いする。
「最初にも言ったがな、仲間がまだ戦ってるんだ。ただ、“先生”からの
ああ、だけど、と言い、
「殲滅に関しては一切を任せてもらうし、先生にも大立ち回りしてもらうからな。
そして、ハジメは二人を連れて役場を出ていった。〝威圧〟を出していた張本人がいなくなり、再び役場は騒がしくなる
三人が出て行った扉を、愛子は嬉しそうな顔…ではなく、複雑そうな顔で見ていた。平気で人の命を見捨てるような人にならずに済んだことが嬉しい反面、結局、危険な戦場に生徒を送り出すという自分に嫌悪している。
そして、それまでのやり取りを見ていた一人、ティオは、興味深い顔で扉を見ていた。山脈地帯でのやり取りで、ハジメの基本的なスタンスや性格は、大体理解できた。その上で、そのハジメを制御する
そっと、頬に手を添える。一族でも屈指の耐久を有する、自身の硬い竜鱗を貫いた衝撃。そのようなこと苦もなく行えるものなど、そうはいない。それこそ、
(彼ならきっと、我ら竜人族の悲願を…)
そして妾を…と、頬を赤く染めながら、ティオは考えた。
次回も悠姫はほとんど出てきません。
おじさんとのイチャイチャ(本気)を期待していた人には申し訳ないです。
次々回は悠姫対おじさん回です。
あと今更ですが、このウル編では自己解釈多めになります。ご了承ください。