ノイント戦です。
開戦された悠姫、ティオとノイントの戦闘。この戦いの天秤は、
理由の一つとして、やはり悠姫が左腕を失ったことによる戦闘力の低下が上げられる。両手で構えることによる一撃威力の上昇、そして二刀で手数を増やすことは不可能になり、さらには左右のバランスが崩れることで重心の位置が変化している。
そして、ティオ自身の戦闘力の問題もある。トータスという大きな枠組みで言えば竜人族はトップクラスの戦闘力を誇っている。その竜人族の中でも上澄みであるティオの戦闘力は、当然上から数えた方が遥かに早い。しかし、今現在戦っている真の神の使徒はその上を行くのだ。
結果、悠姫とティオに不利な状況が出来上がる。
羽ばたかせたノイントの翼から、雨のように分解の羽弾が降り注ぐ。悠姫が自分とティオに当たるものを含めて、斬空真剣で斬り落とすがやはり手数が足りず、悠姫の端々を削り取る。
「主殿!」
「問題ない。しかし、このままだと競り負けるか」
不死性を活用できない以上、羽弾だけで身体を削られるのは
「〝嵐焔風塵〟」
ノイントに羽弾を使わせないように攻め続けること。ティオが放つ魔法は〝嵐焔風塵〟。直径約十メートルの火炎竜巻を発生させる魔法で、ブレスには及ばないもののかなりの威力を誇っている。
しかし、直撃してもノイントを倒すには至らない。そこに、
「咲き誇れよ結晶華。天より見下ろす人形を撃ち落とせ」
――
触れたものを凍らせる氷杭をノイントに向けて連射する。が、空中を自由自在に飛び回れるノイントには当たらない。
氷杭の連射が途切れた一瞬に、双大剣を構えたノイントが悠姫に、凄まじいスピードで斬りかかる。重い双大剣を受け止めた悠姫には運動エネルギーも合わさり、身体が砕けそうな衝撃をもたらすが、技能の〝身体強化〟と〝部分強化〟を使って耐える。
「これ以上の抵抗は無意味です」
「しぶとく生きるのは生物の専売特許なんだ。意味なんて知るかよ」
太刀と双大剣で火花を散らせながら相対する二人だが、依然悠姫が不利な状況。徐々に後ろに後退しつつあるのが、それを証明している。
「なるほど。感情がない私には理解できないことです」
「…つまり、自分は無機質な人形だと?」
「肯定です、
「――それは、妾たちの里を襲ったのも同じか!」
そこに、ティオの縮小された竜巻がノイントに放たれる。ノイントは上空へ飛ぶことで竜巻を回避する。
「そういえば、あなたは竜人族でしたか」
「そうじゃ! 五百年前、お主等に滅ぼされた竜人族の生き残りじゃ! 妾たち竜人族は、人間族や魔人族の争いに関わらぬよう、ひっそりと生きてきたはずじゃ! それなのに、あの日妾たちは滅ぼされた! それもお主等の主が望んだというのか!」
「その通りです。この世界に存在する全ては主の物。ゆえにその命を捧げなさい」
「お断りじゃ!」
ティオに向けて〝緋槍〟が放たれる。ティオは中級防御魔法〝嵐空〟で防ぎつつ〝緋槍〟を回避するが、威力や攻撃速度はノイントの方が上。やがて〝嵐空〟の展開が間に合わなくなり、ティオに〝緋槍〟が直撃するかと思われた時。
「俺を忘れないでくれよ」
――
悠姫から放たれた灼熱の槍が、ティオに直撃する〝緋槍〟を撃ち落とした。
「なあ、神の使徒。お前は、エヒトの考えに疑問を抱いたことはないのか?」
「ありません。そもそも、疑問を抱くという機能そのものが、我々には備わっていません」
駒に余計なものは必要ないのだから当然だとノイントは悠姫に言った。だが、悠姫にはそうは見えない。
不意を突かれた時の詰り、追い詰められた時の言葉の節々。感情を持たぬ人形なら、そこに起伏など生まれるはずがないのだから。
「…なるほど、よく理解した。お前はここで殺すつもりだったが、気が変わった」
「どういう意味です?」
「分からないかな? お前が主と崇めてる奴は、塵屑だと言ってるんだよ」
「……消えなさい」
感情がないと言う割には、やはり明らかに怒っているようにしか見えないノイントに、悠姫は笑いながら邪竜の
上空のノイントに、射出した剣麟を足場に接近する。依然左腕を失ったままの悠姫だが、そこに不利など存在しないと言うような行為に、ノイントは顔を顰めながらも羽弾を悠姫に発射する。足場の剣麟を次々と消し飛ばされ、空中で身動きが取れなくなる状況に追い込まれつつあっても、悠姫は止まらない。
「やらせないのじゃ!」
そこにティオがノイントに向けて竜巻を放つが、ノイントはティオに一瞥すらせず〝緋槍〟で竜巻を散らせつつ、ティオを近づかせないよう牽制する。不可解な行動をとる悠姫に止めを刺すつもりだ。
そして残り数十メートルまで悠姫が接近し、
――
「
「なッ!」
切り替えた
悠姫はその一瞬に、バーナーと化した一刀がノイントを斬り上げ、流れるように袈裟斬りを叩き込む。吹き出る血潮は、猛る焔にて蒸発する。
悠姫の超出力によって輝照されたこの
ノイントはその攻撃を受け、しかし倒れず双大剣を構えた。
「これで終わりです、
「主殿ォ!」
ノイントが持つ分解魔法を宿した大剣が、悠姫の胸へと突き立てられた。一切の容赦なく、分解の魔力が悠姫を塵へと変えていく。
ティオやハジメ達の奮闘空しく、不死身だった悠姫は此処で死亡し――
「――
――
既に八割もの身体を消失しながらも発せられた静かな
すぐにもう一方の大剣を振り上げるが、
「させないのじゃ!」
ティオが振り上げられた大剣を弾き飛ばした。
舌打ちとともに悠姫から離れようとするが、もう遅い。再生した
「お前の護りが硬いのは判ったが、この距離ならロクな防御もできないだろう?」
――〝
「ッァァアアアア!」
超高出力の雷撃が、悠姫とノイントを襲う。常人ならば、いやハジメ程度のステータスでなければ、僅かな掠りでも即死は免れず、とたえハジメでも直撃すれば死ぬかギリギリといったところだろう。
咄嗟に、ステータスを三倍にまで上昇させる〝限界突破〟を疑似的に再現する〝禁域解放〟を使用していなければ、ノイントも危険だったはずだ。
雷撃で鈍った身体で悠姫を蹴りつけ、その反動でどうにか星光の範囲から離脱する。
悠姫の行ったことは単純明快、
左腕を斬り飛ばされた時から解析を初め、その解析に自身の能力の大部分を割いていたために攻めあぐねていた。しかし、先ほど心臓を含めて身体の殆どに分解魔法の効果が及んだため解析が急速に進み、土壇場で分解魔法を弱化させる身体へと改造することができたのだ。
距離を取ったノイントに対して、ティオの風魔法による援護の元、悠姫がノイントに追撃をかける。この瞬間、天秤は悠姫達に傾き始めた。
鍔迫り合いに発展した二人の距離は、当然超近距離。つまり、最も悠姫の強さが発揮される距離と言うこと。ノイントに悠姫が復活した理由について考える暇も与えずに畳みかけた。
「この戦いもそろそろ終わりにしよう。"
「無駄です!」
新西暦で使用していた
しかし、
「知ってるさ、さあ次だ。"
眼前に放り投げられたのは
「ッ、この程度で」
「そら次だ。"
「二度目は、ありませんッ」
再び手榴弾がノイントの眼前に放り投げられる。ノイントからは何も見えず聞こえないが、何をしてくるかは想定できる。一度、それも直前に掛かった攻撃をくらうはずもなく、大剣で焼夷手榴弾を切り裂く。が、その中から出てきたのは金属、
「それはそうだ。同じ手に引っかかる神の使途がいるのかよ」
――"
「なッ、ッが!」
展開されたのは超重力。金属球を基点に発せられた超重力の檻は容赦なく、ノイントを地に叩き落した。陥没させかねない勢いで地面に叩きつけられたノイントだったが身体的ダメージは小さく、重力に逆らって立ち上がり――
「この、程度で!」
「感情が出てきてるぞ、無機質な
――顔を上げたノイントの視界一杯に広がる悠姫の掌に、収束された
「くぅうううっ!!」
悠姫に止めを刺せた矢先に、物の数分でこの格差。視界と聴覚は回復したが身体的に襤褸襤褸のノイントと、自らの
この日、神の盤上に現れた
「なぜ、なぜそこまでして、抗うのですか! 主に従い服従することこそこの世界の
幸福、と言う言葉を口にしているが、ノイント自身はその意味を殆ど理解していない。なぜならば、
それでも、命の危機に脅かされず日々を笑って過ごせること、
「この世界の存在ではないあなたが、主が敷いた秩序を壊す。それこそあなたが唾棄すべき“悪”ではないのか! 一体どのような理由で、世界から幸福を奪い取るというのだ!」
だからこそ、長い歴史の中で収集した知識から
「
――悠姫はノイントの
「自由意志を縛られて得られるものなど虚無同然、幸福などとは真逆の存在だ。涙がない? 笑顔だった? そんなわけないだろうが。涙が枯れた笑みしかない色を失った
「自由、虚無、涙…?」
悠姫が連ねる言葉はノイントの
主の考えは絶対、なのになぜこの男は主に抗う?
幸福を得られないというならば、主を否定するならば、一体どうすればいい。そもそも、幸福とはいったいなんだ? 自由とは? 涙とは?
わからない、なんだ、なんなのだ…
「イ、レギュ、ラー…」
「世界を壊して自由を得ることが悪だというならば、俺は悪で構わない。イレギュラーならばイレギュラーとして、お前たちの世界を壊す。涙を笑顔に変えるために、俺は進み続ける」
私の中に響くこれはいったいなんだ? お前は一体、私に何をした? それでも――
――
「イ、レギュラー」
「切っ掛けは作ったぞ。あとはお前次第だ、ノイント。俺は、お前の
「イレギュラー!」
「"
ああ、私は―――
次話、作者本人忘れかけていた清水回です。