遅くなりましたが、五十一話です。
清水幸利にとって、異世界召喚とは憧れであり、夢だった。現実には存在しない、ありえないと分かっていながらも、ラノベの主人公を自分に置き換えて夢想する毎日。何度も世界を救い、何度も沢山のヒロインと
清水幸利は生粋のオタクだ。地球の自室には、ポスターにフィギュア、漫画にラノベ、薄い本や美少女ゲームが山のように置いてある。
だが、それらを知るのは家族のみ。特にクラスメイトには徹底的に隠してきた。オタクだと苛められているハジメを見れば、理由など言わずとも分かるだろう。
特別親しい友人はおらず、話しかけられたら最低限の受け答えはする、いなくなっても誰も気が付かないような典型的な
だからこそ、このトータスに召喚されたとき、清水は誰よりも歓喜に震えていた。「一クラスが丸ごと異世界に召喚され、カースト最底辺のモブが
事実、清水はチートスペックだった。いや、清水
“勇者”という唯一無二の天職を持つのは天之河光輝で、自分達は“勇者の同胞”という、所謂その他大勢でしかない。唯一の
夢にまで見た理想とは異なる現実。これでは地球にいた頃と全く変わらないじゃないか、何故自分が勇者ではないのか、なぜ特別なのが
そんな理想を完全に砕いたのは、訓練でオルクス大迷宮に行ったとき。つまり、ユキ・ロスリックと南雲ハジメが
王宮の部屋に閉じこもった清水は、ラノベや漫画の代わりに自分の天職“闇術師”の本を読み漁った。そんな時、ふとあることを思いついた。闇術を極めれば、他人や魔物を洗脳して支配できるのではと。そしてその考えは正しく、弱い魔物であれば簡単に洗脳することができた。ならば次は強い魔物を手に入れる為に、清水は愛子の護衛隊としてウルに向かうことにした。そしてこっそりと隊から抜け一人北の山脈地帯に入り――
「――で、今に至るか訳か」
全ての戦闘が終わった後、二十人以上の瞳が拘束された清水を射貫いていた。
ここはウルの町外れ。合流前のディルグに気絶させられた清水は、騒動の元凶を町の中に入れるわけにはいかないと、この場所に転がされていた。
清水が目が覚めた時には数万に及ぶ魔物の軍勢は既に倒され、化物達が
まず、最初に浮かんだのは困惑だった。俺の軍勢は一体どこに行ったのかと。しかしそれは無数に転がる魔物の死体から察することができた。次にありえない、と思うが、それが可能だと思わせる戦闘を繰り広げる悠姫達を見たら、不思議と納得してしまった。
そして恐怖によって逃げ出そうと藻掻くが、手足が拘束されたままでは逃げられない。そのまま戦闘が終わり、次々と清水がいる場所に悠姫達と愛子達に加え、デビッドたち神殿騎士とウィル、ウルの重鎮数名が集まり、今現在に至る。
「天津君、清水君の縄を解いてください」
「ダメだ。何をするか分からない」
「清水君と、先生として話したいんです。お願いします」
愛子の言葉に、悠姫は数拍置いて溜息を吐いた。やれやれと言うような感じ……ではなく、現状を全く理解していないのかと、半ば失望したというような溜息だ。
先生として
その考えを聞きたいのだろうが、少なくとも裏切りという
悠姫が清水の拘束を解くと、焦って足がもつれて立ち上がれず尻餅をつき、ズリズリと後退りする。しかし、どう足掻いても逃げられないと分かっているのか直ぐに止まり、尻餅をついた状態のまま俯いた。
愛子は清水の傍に近づき、膝を折って視線を合わせて話し始めた。
「清水君、先生は清水君とお話がしたいんです。どうして、こんなことをしたのか……どんな事でも構いません。先生に、清水君の気持ちを聞かせてくれませんか?」
俯いたまま、清水はボソボソと喋り始める。
「なぜ? そんな事もわかんないのかよ。だから、どいつもこいつも無能だっつうんだよ。馬鹿にしやがって…勇者、勇者うるさいんだよ。俺の方がずっと上手く出来るのに…気付きもしないで、モブ扱いしやがって…ホント、馬鹿ばっかりだ…だから俺の価値を示してやろうと思っただけだろうが…」
「てめぇ…自分の立場わかってんのかよ! 町がめちゃくちゃになるところだったんだぞ!」
「そうよ! 馬鹿なのはアンタの方でしょ!」
「愛ちゃん先生がどんだけ心配してたと思ってるのよ!」
反省どころか、周囲への罵倒と不満を口にする清水に、玉井や園部など生徒達が憤りをあらわにして次々と反論するが、愛子が生徒達を宥めなるべく声に温かみが宿るように意識しながら清水に質問する。
「そう、沢山不満があったのですね……でも、清水君。みんなを見返そうというのなら、なおさら、先生にはわかりません。どうして、町を襲おうとしたのですか? もし、あのまま町が襲われて……多くの人々が亡くなっていたら……多くの魔物を従えるだけならともかく、それでは君の“価値”を示せません」
愛子のもっともな質問に、清水は少し顔を上げると薄汚れて垂れ下がった前髪の隙間から陰鬱で暗く澱んだ瞳を愛子に向け、薄らと笑みを浮かべた。
「……示せるさ――」
「――魔人族になら、か?」
そこに悠姫が口を挟んだ。清水はなぜ知っているのか、と驚いた表情で悠姫を見る。同じように、愛子達もどういうことなのかと悠姫の方を向いた。
「なんでって、魔人族側に付いている
まだ驚いた表情をしている清水を見ながら悠姫は話を続ける。
「ウルに到着する前から魔人族側と通じてたとは考え難い。おそらく、山脈地帯に入った後に魔人族と出会った。そこで、畑山教諭を誘拐、又は殺害を依頼されたんだろう。魔人族側に、勇者として招かれることを報酬として」
「――えッ…私、を…?」
「畑山教諭の能力は、文字通り世界を変えることができる。農地開拓の為に各地を周っているんだろ? それで人間族の兵糧問題が完全解決、なんて敵対勢力が見過ごせるわけがない」
それに、魔人族領は不毛の地でもある。それゆえに、“農作師”の力は非常に魅力的だっただろう。ならば、殺害よりも誘拐を優先する筈だ。
しかし実際はどうだ。あの清水が行っていた魔物の進軍で、特定の人間一人を攫うことが出来ただろうか?
答えは否だ。所詮、洗脳していたのは群長の魔物のみ。その配下にまで清水が事細かな指示など下せる訳がない。
ならば誘拐ではなく殺害を依頼した? それはそれで疑問が残る。魔人族の繁栄を願うのに、魔人族の強化より
つまり、魔人族を裏から操る黒幕が存在するということでもある。しかし聖教協会、エヒト信仰は魔人族の存在を認めていない。ということは―――と、それ以上は今考えることではないだろう。
生徒や神殿騎士達は悠姫の“愛子の殺害”という発言に一瞬呆けるが、我に返ると一斉に清水を睨みつけた。清水は一斉に向けられた鋭い眼光に身を竦めたが、続いた悠姫の言葉に今度は清水が呆けることになった。
「まあ、畑山教諭を消せたところで、お前が本当に勇者として招かれる可能性はかなり低いだろうな」
「――は?」
「なぜなら、魔人族は既に強力な魔物を操る手段を手にしているからだ。竜のような強力な生物を洗脳するのに丸一日、しかも完全無抵抗が前提なんて、はっきり言って使い物にならない。それなのに野心はある。それじゃあ、いつ
「……んな…」
「…清水君?」
俯いて肩を震わせる清水に、愛子は心配そうに声をかける。なにかボソボソと言って聞き取れないために、耳を寄せるように近づき、
「…ッざけんな!」
「キャッ!」
俯いていた姿勢から急にバッと起き上がり、愛子を引き寄せて首に腕を回して羽交い絞めにし、隠し持っていた十センチ程の針を取り出して突き付けた。
「動くなぁ! ぶっ刺すぞぉ!」
表情に狂気を宿し、裏返った声で叫ぶ清水。周囲の者たちが、愛子の苦しそうな表情を見て咄嗟に飛び出そうとするが、清水が持つ針を見て必死に押しとどめる。
「いいかぁ、この針は北の山脈の魔物から採った毒針だっ! 刺せば数分も持たずに苦しんで死ぬぞ! わかったら、全員、武器を捨てて手を上げろ!」
顔を青ざめながら、生徒や神殿騎士たちは各々の武器を足元に置いて、次々と両手を上げていく。その様子にニヤニヤと笑う清水は、悠姫やハジメ達に視線を移した。
「おい、手前らもだ! さっさとその銃と刀を寄越せ! 他の兵器もだ!」
そう叫ぶ清水に対し、悠姫とハジメはお互いに顔を合わせ、呆れるように溜息を吐いた後に清水を見て言った。
「いやいや、結局最後は殺すんだろ? じゃあ渡し損じゃねえか」
「人質って言うのは、どう転んでも得をするから機能するんだ。今の状況は一択だ」
「うるさいうるさいうるさいッ! ごちゃごちゃ言わず全部渡せばいいんだよ! お前らみたいな馬鹿どもは俺の言うことを聞いてればいいんだよォ!」
「……はぁ」
悠姫が再び溜息を吐くと腰から太刀を抜き、従うように清水の方へ太刀を放った。興奮しつつも下手に警戒していた清水は、短い放物線を描く太刀に視線を奪われ――
「――ぐぇ!」
次の瞬間には針を握った腕を捩じられ愛子を奪還された挙句、腹に膝蹴りを入れられていた。そして、愛子にしていた時と同じ様に、今度は清水が悠姫に羽交い絞めにされる。
愛子はシアに抱き留められ、ケホケホと咳をしながら息を整えている。
「く、くそッ! 俺は勇者なんだ、主人公なんだッ! 離せッ!」
「いい加減諦めろ。やりすぎなんだよ、お前は…ッ!」
「悠姫さん! 避けてッ!」
直後、シアが抱き留めている愛子を何かから庇うように身を捻った。そして、悠姫が羽交い絞めにしている清水を地面に組み伏せると同時に、蒼色の水流、おそらく〝破断〟と思わしき魔法が飛来した。
〝破断〟は、一瞬前まで愛子の頭があった場所を狙っており、それは奇しくも、清水を地面に組み伏せたことで体勢が低くなった悠姫の頭が射線上に存在していた。そして、〝破断〟は悠姫の頭部を容赦なく射ち抜いた。しかし、
「――まったく…元に戻るとはいえ、痛いものは痛いんだぞ…」
そしてそれは清水も同じで、先の〝破断〟が通過した位置は今は悠姫の頭部があった場所だが、最初は清水と悠姫の胴があった場所でもある。つまり、悠姫が動かなかったら清水も討ち抜かれていたということでもある。
ハジメが〝魔眼石〟で〝破断〟の軌跡を辿ると、遠くで鳥型の魔物に乗って逃走しようとしている魔人族の姿を捉えた。その背に向けてドンナーを両手で構えて発砲する。
さすがに距離が離れすぎているためか、魔人族の片腕だけを吹き飛して逃げられ、ハジメは舌打ちをしながらドンナーをホルスターに戻した。
「…分かったか? 今の魔法はお前も巻き込んでいた。これが現実だ」
「……うそ、だ…俺は…勇者で…主人公で…」
ようやくただの駒でしかなかったことを理解できたのか、失意に沈んだ清水は組み伏せられたまま力なく倒れこんだ。
愛子はそんな清水に近づいて、優しく声をかける。
「清水君…もう一度やり直しましょう? 大丈夫、先生が付いています。頼りないかもしれないけど、それでも、清水君は一人じゃありません」
「…せん、せい……でも…俺は…」
「私は先生ですから。どんな選択をしても、先生は生徒の味方です。だから、少し前を向いてみませんか?」
空っぽになった清水の心に愛子の言葉が染み渡る。少しずつ、少しずつ、愛子の言葉に清水は揺れ動いていた。
そして、愛子の手を取ろうとして――
「――クハハハッ! そんなに英雄譚がお望みかい? だったら
――甲高い哄笑がそんな空気を吹き飛ばした。
「なッ! 確かに頭をぶち抜いたはずだ、なんで生きてやがるッ!」
「竜が
止めは刺した筈だと戸惑うハジメに、ダインスレイフはその程度と嗤いながら否定する。
そして、悠姫たちから少し離れた場所に姿を現した。その手に持つのは浅黒い肌をした男の
初めて見た生首に、愛子や生徒たちは生首から目を逸らしつつ、胃から込み上げてくるものを必死に抑えている。
「で、だ…なに、プレゼントを用意したんでな。だから…お前の
「…え? がぼッ?! おぷ…」
「チッ、全員離れろ!」
ダインスレイフが清水の名前を呼んだ瞬間に起きた清水の変容に、悠姫は近くの愛子を掴んで一気に跳び去った。ハジメ達も、清水の様子が変わった瞬間に、後ろに跳び去るように退避している。
そして、バタバタと体内で何かが暴れるように震えている清水の
全身の筋肉が膨張し、屈強な大男、いや、
「――いぁ…たす、け…死、にたく――」
結果、元の面影など欠片も残さず、清水幸利は魔物へと変貌した。
区切りがいいのでここまでです。
次回、ウル・再会編最終回(予定)
最終的に清水がどうなるか、お楽しみに