サブタイトルや、或いは前話から察していた方もいるかと思いますが、未亡人フラグはハジメに立ちました。
「ハジメ、ユエ、観光区の十八番地の呉服屋「カイト」に行ってくれ」
『おう』
『ん』
その日、冒険者ギルドフューレン支部の支部長室では、慌ただしく多くの
「イルワ支部長、三ヶ所を無力化させた。捕縛用の人員を送ってくれ」
「聞いたな! 一ヶ所ごとに五人を送れ。人が足りなければ保安局や冒険者も連れていけ!」
『『は、はいッ!』』
悠姫の言葉に反応して、同じく支部長室にいるイルワがギルド職員に指示を出す。指示を受けた職員は他数名の職員や冒険者と共に、機械蜂の案内の元、無力化されたフリートホークの拠点に向かって行く。
今現在行われているのは、裏組織フリートホーフ殲滅作戦。そして、指揮所が支部長室であり、総指揮を執っているのが悠姫。
各地に飛ばした機械蜂で拠点を探り、ハジメ達が近いなら四人を向かわせ、四人が遠い又は別拠点にいるなら機械蜂で無力化することで、少しずつフリートホークの総体を削っていく。
ギルドを拠点としているのは、ギルド主導の殲滅戦なのだと他の裏組織に知らせ、その活動を牽制するため。
しかし、未だフリートホーフの本拠地と、ミュウの居場所は分かっていない。
「いやまさか、あのフリートホーフに対して攻勢に出れるとは思っていなかったよ。このサイズだから、拠点に侵入されても気付かれない。それに構成員の無力化もできる。どの組織も、喉から手が出るほど欲しがるよ」
「残念だけど、アーティファクトじゃなくて俺の能力の一部なんだ。他組織で使われないだけで良しとしてくれ」
「仕方ない。そうしよう」
なかなか足を掴ませてくれない組織に対して、こうもあっさり攻められるとは、とイルワが感心しつつ、どの組織もと言いながら、掌の機械蜂を是非欲しいという視線を悠姫に向けるが、しかし残念。あくまで悠姫の
そこに、ドット秘書長が慌てるように支部長室に入ってきた。その慌てぶりに、イルワがドットに話しかける。
「何かあったのか」
「い、いえ。実は先程、手紙が届いているのを発見しまして」
「手紙? それなら後にしろ。今はフリートホーフが優先だ」
「そ、それが、宛名は支部長ではなく、彼でして」
「俺?」
機械蜂を操作しながらイルワとドットのやり取りを聞いていた悠姫だが、ドットが持ってきた手紙が自分宛ということに疑問を抱いて手紙を受け取る。
―親愛なる天津悠姫殿へ 審判者より―
名前を見た瞬間に、悠姫は手紙を開封する。そしてその文面を読んで、悠姫は口元を笑うように歪ませた。
「フリートホーフの本拠地と、オークションの会場が分かった」
イルワとドットは悠姫の表情に一歩引いた態勢になったが、次いだ悠姫の一言に気引き締める。この殲滅戦で最も望んだ情報だ。
「ハジメ、オークション会場が分かった。ミュウという女の子もそこにいるらしい。シア、ティオも向かってくれ。俺は連中の本拠地に乗り込む」
『妾も主殿の方へ行ってよいかの? 本拠地ともなれば、顧客リストなんかもあるはずじゃ。それなら人手は多い方が良いと思うのじゃ』
「……そうだな。ティオも本拠地の方へ来てくれ、案内を飛ばす」
『了解じゃ』
「それなら、ギルドの非戦闘職員の内、十名程をユウキ君側に行かせよう。露払いはしてくれるだろ?」
頷いて、悠姫達はそれぞれの持ち場に急行する。
悠姫、ティオ、ギルド職員十名はフリートホーフの本拠地へ。ハジメ、ユエ、シア他ギルド職員や冒険者達はオークション会場へ。
フリートホーフ壊滅まで、あと――
「おい! いったい何が起きてやがる!」
商業区の外壁近く、観光区や職人区から離れた場所。公的機関の目も届かない裏の世界、都市の闇深くにそれはあった。表向きは真っ当な人材派遣を商いとしているが、裏では人身売買の総元締めをしている、裏組織フリートホーフの本拠地だ。
その本拠地では、ギルドの支部長室と同じように、慌ただしく多くの
「潰されたアジトは五十を超えました! 二十が吹き飛んで、三十近くがギルドに抑えられてます!」
「ふざけた報告してんじゃねえ! 三十だぁ? 冒険者使ったって、ギルドにそんな力があるわけねえだろうがッ!」
「そ、それが、ギルドに抑えられたアジトでは全員、毒か何かで動けなくなってたらしく…」
「毒ぅ? どいつか裏切りやがったか?」
しかし飲食で毒を盛るにしては、効果の出方が纏まりすぎていると、フリートホーフの頭、ハンセンは思考を巡らせる。さすが巨大な組織の頭と言うべきか、着眼点は良い。だが、相手が悪かった。
「あ? なんだ?」
その時、先程以上に外が騒がしいことに気付いた。
ハンセンがいる部屋は七階、つまり最上階だ。しかし、階下の方から悲鳴が聞こえてくる。少しずつ、だが着実に、
そして、ハンセンがいる部屋の扉が轟音と共に吹き飛んだ。
入ってきたのは、全身を構成員の返り血で染め上げた怪物。剣呑な様子と、視線で人を殺してしまいそうな鋭い眼光、そして全身から滴る返り血が、中性的な様子を掻き消して本能的な恐怖を感じさせる。
「…フリートホーフの頭目だな」
「……てめえが俺らのアジトを襲撃してたって奴か…一人で乗り込んでくるとは、ふざけた野郎だ…だが変態貴族共に好かれそうな見た目じゃねえか。おい! 今すぐ投降すりゃあ命だけは助けてやるぞ! 立派な雌になるように調k「黙れよ塵屑が」…あ?」
男娼趣味の変態貴族に売り飛ばせば、多大な利益が出ると喜ぶハンセンだが、悠姫が口を挟んだ一言に意識を奪われる。
「その汚い口を閉じろ。腐った声を垂れ流すな」
「……死ね」
悠姫の罵倒にキレたハンセンが親指で首を切り裂くようなサインを送ると、部屋の影に隠れていた構成員が、後ろから悠姫の首に剣を振り抜いた。
剣は当たり前のように悠姫の首と胴体を切断し、首はゴロリとハンセンの足元まで転げ落ちる。
「…は、ハハハハッ! なんだこいつぅ? こんな奴に良い様にやられたのかよ!」
転がってきた悠姫の首を踏みつけ、高笑いするハンセン。大金になる餌を殺してしまったとか、フリートホーフのメンツを潰した奴を見せしめにするのを忘れてたとか、いろいろと考えるものはある。だがスッキリしたと溜飲が下がる。が、
「黙れと言ったはずだが? それとも、目先の事しか見えていないのか。随分とおめでたい頭をしてるんだな」
「――は?」
足元から聞こえてきた
「ひッ! な、なんなんだお前ッ! ば、化物!」
「黙れと何度言えばいい」
太刀に流れる血を振り払いながら、ゆっくりと悠姫はハンセンに近づいていく。ハンセンは尻餅をついて後退りしながら逃げようとするが、出口は悠姫の背中の方にのみ存在し、ハンセンは自ら出口から遠ざかる形になっている。
「わ、悪かった! もうお前らには関わらねえ! 金なら好きに持っていっていい! だ、だから、命だけは!」
「屑には、罰を」
壁まで後退り逃げ場を完全に失ったハンセンの眼前で、悠姫が太刀を振り上げる。その様子を、悠姫に追いついたティオが固唾を呑んで出口から見ていた。
「う、海人族のガキか?! それなら、観光区の美術館でやるオークションだ! 俺が言って、お前に渡す!」
「悪には、裁きを」
醜い命乞いを歯牙にもかけず、
「や、やめ!」
「奪われた希望には、相応しい闇と嘆きと絶望を」
その
「倒壊した建物十一棟、半壊した建物十八棟、死亡が確認されたフリートホーフの構成員三十四名、再起不能十一名、重傷百三十八名、行方不明者五十五名……まあ分かってはいたけれど、これは事後処理が大変だね」
「ハンセンとかいう頭と幹部連中は捕まえた。他にも商品として捕まっていた子供たちも救ったし、フリートホーフと関わりがあった貴族なんかの顧客リストも手に入れた。当の貴族も、オークション会場という言い逃れできない場所で捕まえた。まあ貴族に関しては教会の権力で揉み消されそうだが、これ以上ない快挙だろう。他にどんな不満がある」
冒険者ギルドの応接室で、報告書を片手に眉間を揉み込みながらぼやくイルワに悠姫が応える。
フリートホーフの本拠地を襲撃した悠姫とティオだったが、実の所あの襲撃で死んだ構成員は殆どいない。最後にハンセンに振り下ろした太刀は、顔の横の壁を斬りつけ、ハンセンは恐怖によって失禁しながら気絶していた。
そして重要書類を確保して、大量の死傷者を出しながらフリートホーフ殲滅作戦が終了したのだ。
なおハジメ達は、丁度ミュウがオークションに出されていた時に襲撃、ミュウや他商品として捕まっていた子供達を救出し、オークションに参加していた客達は、周辺を確保していたギルド職員や保安官、冒険者に取り押さえられた。
子供達は保安局に保護されて、身元が確認がされ次第親元に戻ることになる。客達は半ば決定的な証拠を握られたようなもので、いくら貴族という立場であっても闇に手を出すことは不可能になったと言っていい。
そして肝心のミュウはというと、現在ハジメの膝の上に載って茶菓子をモリモリと食べていた。
「まさかと思うけど……メアシュタットの水槽やら壁やらを破壊してリーマンが空を飛んで逃げたという話があるんだけど……関係ないよね?」
「…ハジメ?」
「……ミュウ、これも美味いぞ? 食ってみろ」
「あ~ん」
イルワが言った内容を悠姫は知らないのだが、ハジメが目を逸らして聞いていない風を装うあたり、何か知っているのだろう。いや、ユエとシアの目が泳いだあたり、三人でやったことだというのは、悠姫含めティオ、イルワ、ドット秘書長は察した。
「はぁ…まあ、フリートホーフ壊滅に比べれば些事だ、対処のしようはある。目先の問題は、他勢力の動きだけど…」
「今回、ギルド主導という体でフリートホーフを壊滅させただけでも十分牽制になるはずだ。それでも調子付く奴がいるなら、支部長お抱えの“金”がやってくるとでも宣伝すればいい」
「……いいのかい? 利用されるのは嫌う質だと思っていたのだけど」
「実際嫌いさ。でも、こちらもフューレン支部長という後ろ盾に世話になる。お互いに利益がある、ウィンウィンの関係だ。過度な不利益が出ない限り、仲良くしよう」
悠姫の提案はイルワにとっても非常にありがたいもの。今回の件ではギルドと冒険者だけでなく保安局も入り混じっており、事実を併せれば“金”冒険者がお抱えであるというのも納得されるだろう。
「ありがとう、なら適度に利用させてもらうよ。……さてそれで、そちらのミュウ君のことなんだけど」
支部長室に緊張が走る。その雰囲気に、ミュウはまたハジメと離れることになるのではと、不安そうにハジメやユエ、シアの顔を見上げている。
「可能なら、このままミュウ君を君たちに預けて、依頼という形でエリセンまで送り届けてほしい」
これから暫く、事後処理の為にギルドも保安局も忙しくなる。原因の裏組織は壊滅したものの、保安局襲撃と誘拐されるという前科がある以上、真に安全とは言い難い。それなら、このままハジメ達に任せた方が、ミュウの安全や精神面で良いと判断したらしい。
「ハジメさん、悠姫さん…私、絶対、この子を守ってみせます。だから…」
「もう、二度と誘拐なんてさせないから……」
シアとユエが固い意志を宿してハジメと悠姫を見る。ティオは二人の判断に任せるようで、何も言わずに見守っている。
「お兄ちゃん…一緒…め?」
ハジメはその一言によって、一瞬で陥落した。というより、最初からミュウ本人が一緒に居たいと望めば、そのまま頷く程には陥落していた。
「まぁ、この期に及んで放り出すなんて真似するわけねえさ」
「ハジメさん!」
「お兄ちゃん!」
シアとミュウが声を上げながら満面の笑みで喜びを表にする。ユエも声には出さないものの、二人と同じように笑みを浮かべる。
そして、ハジメに同意するように悠姫も頷く。
大迷宮に挑む際は、近くに【アンカジ】という国があったはずなので、其処のギルドで預かってもらえばよいだろう。
そして、ミュウを連れていくことが決まったが、一つの問題が発生した。
「ただな、ミュウ。そのお兄ちゃんってのは止めてくれないか? 普通にハジメでいい。何というかむず痒いんだよ、その呼び方」
そう、呼び方である。所謂オタクであるハジメにとって、血の繋がらない幼女から“お兄ちゃん”と呼ばれるのはむず痒いものがあるそうだ。
ミュウがしばらく首を傾げると、何か納得したように頷いて――
「パパ」
――全員の想像の斜め上を行く答えを出した。
「………な、何だって? こめんな、ミュウ。よく聞こえなかったんだ。もう一度頼む」
「パパ」
「……そ、それはあれだな。海人族の言葉で“お兄ちゃん”とか“ハジメ”という意味で――」
「ううん。パパはパパなの」
「うん、ちょっと待とうか」
ハジメが目元を抑えて情報を整理している間に、悠姫がミュウにどういうことなのかを聞き出した。
「ミュウね、パパいないの……ミュウが生まれる前に神様のところにいっちゃったの……キーちゃんにもルーちゃんにもミーちゃんにもいるのにミュウにはいないの……だからお兄ちゃんがパパなの」
「そうか……良かったなハジメ、早くも子供ができたぞ。おめでとう。ハジメパパ」
「いやパパじゃねえし、なに早々に受け入れてんだよ。なあ、ミュウ。頼むからパパは勘弁してくれ。俺は、まだ十七なんだぞ?」
「やっ、パパなの!」
「わかった。もうお兄ちゃんでいい。贅沢は言わないからパパは止めてくれ!」
「やっーー!! パパはミュウのパパなのー!」
この後、何とか“パパ”だけは止めさせようとしたハジメだが、ミュウは“お兄ちゃん”よりも“パパ”の方がしっくり来たようで、最終的にエリセンでミュウの母親に説得してもらうしかないと、肩を落としながらも一時的に了承した。
なお、誰がミュウに“ママ”と呼ばせるかの紛争が勃発したが、ママは本物のママしか駄目らしく、ユエ、シア、ティオは“お姉ちゃん”、悠姫は“お兄ちゃん”で落ち着いた。
この日、南雲ハジメ十七歳(未婚)は、四歳の幼女ミュウのパパになった。