ありふれない怪物は、やがて英雄へ   作:シロマダラ

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第五十七話です。


第五十七話 魔法の言葉

 

「うっ……」

 

「鈴ちゃん!」

 

「鈴!」

 

 九十層で敗北を経験した雫達は、八十九層最奥付近の壁内に身を隠していた。

 

「し、知らない天井だぁ~」

 

「鈴、あなたの芸人根性は分かったから、こんな時までネタに走って盛り上げなくていいのよ?」

 

 喉が渇いているため、皺枯れた声でネタに走る鈴だが、状況は最悪と言っていい。

 

 まず、九十層に降り立った十七人は魔人族勢力による襲撃に遭った。肩に双頭の白い鳩のような魔物を乗せた赤髪の魔人族の女性と()()()の男性、その二人が従える魔物。

 

 女魔人族による勧誘を蹴って始まった戦闘は、高い攻撃と防御だけでなく、姿を消す魔物に回復担当まで、それぞれに特化した魔物の連携によって、終始魔人族勢力の優勢によって決着した。

 

 それは圧倒的なまでの経験不足によるもの。戦略を練り、戦術を駆使する知能を有する敵との戦闘経験。なまじ力押しで解決できるような相手ばかりだったからこそ、光輝達は罠に掛かってしまった。

 

 しかし、仮に魔人族の戦術を喰い破っていたとしても、敗北という予言からは避けられなかっただろう。

 

 その理由こそ、()()()()()()()()()()

 

 人間の名は、ギルベルト・ハーヴェス。そして魔物の名は、マルス-No.ε 殺塵鬼(カーネイジ)とウラヌス-No.ζ 氷河姫(ピリオド)

 

 たった一体(一人)でも王国を滅ぼし得る魔の星、人造惑星(プラネテス)三体(三人)も魔人族と共に姿を現したのだ。

 

 その三体に立ち向かったのは、雫、香織、アヤメ、シェリアの四人。“勇者”をも超える現最強のパーティ――のはずなのに。

 

「……でも」

 

 ぼそりと呟いた雫が思い出すのは、ギルベルトにいとも簡単にあしらわれた自身と香織。純粋な技量、膂力、経験の差が、容易に越えられざる壁となって立ちはだかる。

 

 氷河姫(ピリオド)殺塵鬼(カーネイジ)に対しては、それぞれアヤメとシェリアが対峙したが、それでも勝利は掴めなかった。

 

 結果、雫達は敗走を余儀なくされた。“暗殺者”遠藤浩介を地上に送りつつ、“土術師”野村健太郎の技能で壁に空間を造って身を隠し、そして今に至る。

 

「…アヤメさん、大丈夫ですか?」

 

「ええ、軽傷です。すみません、審判者(ラダマンティス)の相手を貴方達に任せてしまって…」

 

「いえ、アヤメさんの能力はあの人には効き辛いですし、判断は間違っていなかったはずです」

 

 少なくとも、光狂いに対してアヤメの能力は相性最悪であり、逆に強いだけの魔物である二体の魔星(プラネテス)に対しては最優だった。

 

 とは言え、一瞬でも気を抜けば死んでいたことに変わりはなかっただろう。だが、過ぎたことを言っても仕方がない。問題はこれからどうするべきかであり、しかしそれも一択しかない。

 

「…私達四人で、審判者(ラダマンティス)達を足止め、その間に天之河君達が包囲網を突破、脱出。逃げるならば、これ以外の選択はないわ」

 

「なッ! それはダメだ! それでは四人を見捨てることになるじゃないか!」

 

「だったら他にどんな選択があんだよ! そもそも、お前が負けたのが悪いんじゃねえか!」

 

「次は負けない!」

 

 シェリアが提案したのは、自分達四人を犠牲にして他十二人を生かすこと。利用価値が高い自分達が殺されることはないだろうと予想してのことなのだが、光輝は猛烈に反発する。

 

 それに対して、檜山パーティの近藤礼一が声を上げる。先の戦闘で、光輝は切り札でもある〝限界突破〟を使用してまで負けたのだ。先程よりも消耗している今、客観的に見て勝てる要素などあるわけがない。それでも光輝は負けないという一点張り。

 

 険悪な空気が全員を包み込むが、今は敵から身を隠している途中でありそんな中で騒げば――

 

「ルゥガァアアアアア!!!」

 

 ――見つかるのは当然だ。

 

「ッ、戦闘態勢!」

 

「ちくしょうが!」

 

 壁を粉砕してきたキメラ型の魔物、その後ろには他の魔物や魔人族、ギルベルト達の姿も。光輝が聖剣を構えて叫び、それに続いて各々が軋む体に鞭を打って立ち上がり、悪態を吐きながらも武器を構える。

 

「光輝! あの三体は私達で抑えるから、〝限界突破〟で魔人族を一点突破しなさい!」

 

「そ、それじゃあ雫達が!」

 

「つべこべ言わずに早くしなさい!」

 

 そんな中、雫達四人は一足先にギルベルト達へ飛び出し――

 

「「天■せよ、■が守■星───鋼の■■に■■を■せ」」

 

 ――先手必勝とばかりに星辰光(切り札)を解放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「地に満ちる絶望、天に広がる憎悪、滅びの時代は訪れる。されど、決して希望(ヒカリ)は途絶えない」

 

 紡がれる起動詠唱(ランゲージ)

 

 腕輪(ブレスレット)に埋め込まれた黒星晶鋼(アキシオン)を通じ、二人を大地母神の祝福が包み込む。

 

「邪心に染まりし者よ、暗き闇でも見失わぬ輝く灯火を見るがいい。この猛き炎こそ、人間(ヒト)を繁栄へ導く宝なれば」

 

 込められた想いは希望(ヒカリ)への、そして前へ前へと進み続ける怪物への羨望。

 

 何年も夢を見続けて、無限に命を落とし続ける姿に心を痛め、それでも何度勝利(失敗)しても諦めないあの強い心に憧れた。

 

「甦れ、渾沌の化身よ。汝が奈落を飛び立つ時、新たな神話は紡がれる」

 

「生まれよ泥の姫、大地の化身よ。たとえ災厄を解き放とうとも、不滅の(ほむら)(かいな)に抱え希望(ヒカリ)を明日へ繋ぐのだ」

 

 だからこそ、怪物(かれ)の隣に立ち、支え、そして怪物(かれ)が創ろうとする新世界の姿を見てみたいと願った。

 

 それはきっと、いや必ず、誰もが救われる世界なのだから。

 

「「いつの日か世界が笑顔で満たさると信じて。さあ人々よ、絶望(なみだ)を拭い立ち上がれ」」

 

「「約束された想いを胸に、星辰(ほし)を導く人と成れ」」

 

「「〝超新星(Metalnova)〟――〝世を覆う災厄の果て(L a s t E l p i s)一縷の希望を与えておくれ ( P a n d o r a)〟ッ!」」

 

 

 

 神速の斬閃がギルベルトの眼下より襲い掛かる。それを身を捩って躱し、次いで振られる鞘を大剣で難なく逸らす。さらに雫の影から杖が突き出されるが、大きく飛び退いた。

 

「ッ!」

 

 剣閃が見えた上段に曲刀を構え――悪寒を感じた雫は横へステップしながら、下段の攻撃に備えるように曲刀を構え直す。そして腕に伝わる衝撃と僅かに削られる肩部。血が噴き出すと同時に生じた痛みに顔を顰めた。

 

「雫ちゃん!」

 

 香織が雫の傷を回復し、使用できる数少ない攻撃魔法〝光穿矢〟を飛ばしつつ、胴を薙ぐように杖を振るう。ギルベルトは最低限の動きで〝光穿矢〟を避けつつ、香織の杖を大剣で受け止める。

 

 そしてその全てがギルベルトの読み通り。

 

「シッ!」

 

()がそうするなら」

 

「〝縛煌鎖〟!」

 

「次はそうくる」

 

 唐竹割のごとく襲い掛かる剣閃も、動きを止めんと四方より飛来する光の鎖も、()()()()()()というギルベルトの先読みは完璧だった。

 

(ッ、強い)

 

 攻撃の手を緩めず、雫は内心で舌を打った。

 

 あくまで表面上だが、ギルベルト・ハーヴェスという男のことは知っている。

 

 ユキ(悠姫)の戦友、あらゆる方面に才能を持つ秀才、黄道十二星座部隊(ゾディアック)部隊長、光の奴隷(亡者)。そんな男が高々数手で測れる程度の相手である訳がない。

 

 だが、純粋な戦闘力という点なら自分達も弱いわけではない筈だ。勿論、たった数ヶ月の努力で越えられるなど微塵も思っていない。それでも、()()位にはなるはず、なのに――

 

(さき)が見えないッ)

 

 ――なんだこの壁は。攻撃が全く当たらない。それどころか黒外套に掠らせることすら出来ない。

 

 〝縮地〟を使い跳び回る雫は、既に音速の領域に足を踏み入れている。それでも、審判者は笑みを崩さずその瞳は雫を捉えて逃がさない。

 

「――ッ!」

 

 ギルベルトの視界から外れた隙を狙い香織が杖を突きだす。完全な死角からの一撃、しかし審判者の慧眼は一挙手一投足残らず読み切り、杖を大剣で受け流しながら香織の頬に裏拳がめり込んだ。

 

「香織ッ!」

 

 たたらを踏んで倒れる香織を見て、雫が過去最高速度で斬りかかる。ギルベルトの首へ吸い込まれた一閃は――

 

「――ッガ!」

 

 ――鳩尾を抉るような蹴撃によって中断される。肺胞の空気を全て吐き出し飛び掛けた意識を歯を食いしばりながら繋ぎ止め、雫は香織を掴んで後跳(バックステップ)で審判者から遠ざかる。

 

「素晴らしい。今ので終わると思っていたのだが」

 

「…敗けられない理由が…あるんです」

 

「ああ、それで結構。やはり正義(ヒカリ)とはそうでなくては」

 

 光の亡者(お前)と一緒にするな、と内心で吐き捨てる。香織も復活し二人で息を整えるが余裕は全くない。

 

 この少しの攻防ではっきりした。雫と香織では、ギルベルト・ハーヴェスには勝てない。いや、この場の全員でも勝利に届くかのかは怪しいだろう。

 

 それでも、雫が言った通り、敗けられない理由があるのだから。

 

 絶望的な戦力差、それを理解しても失われない瞳の輝きに、ギルベルトは二人の()()を上昇させる。

 

 が、その決断に水を差すようで悪いがと、空いた手を差し出しながら微笑を浮かべて口を開いた。

 

「その勝利へ邁進する強き心を、力を、どうか私に貸してはくれないだろうか」

 

「……それは私達に、仲間になれ、ということですか?」

 

「少々違う。私が求めているのは、同じ未来を目指す同志なのだ。気付いているのだろう? このトータス(世界)は、あまりに歪だと」

 

「……確かに、それは同意します」

 

 宗教観による迫害と戦争。人間族、亜人族、魔人族の関係は分かり易く言えば()()()()で、それ自体は地球の歴史にも存在している。価値観の違い、という点ならありふれたものだ。

 

 しかし、いや待て。三種族とも、(エヒト神)が創り上げたのだろう? それなのに人間族にのみ肩入れし、挙句異世界から強力な加護を与えてまで召喚する?

 

 それではあまりにも俗人的すぎる。自分で創造して、気に入らないから()()()()()()()など、()を玩具か何かと勘違いしているのではないか。

 

「道や手段は違えど、怪物(テュポエウス)も邪悪を討つべく戦っている。だからその一助を、どうかしてくれないか。君達ならばそれが出来ると信じているのだから」

 

「それ、は…」

 

 ギルベルトの口から出た異名は二人が慕う男のもの。つまり、あの日以降にギルベルトが会っているという証明でもある。だからだろうか、絶体絶命の状況も後押しして二人の意志は揺れ動いた。

 

「どうやら、あちらも終わったようだ」

 

 ギルベルトに反応して、二人はギルベルトの視線の先を追った。

 

 そこには、馬頭の魔物に首根っこを掴まれて吊るされた光輝。腹から血を流して倒れるメルド団長。それを絶望的な目で見る生徒達。

 

 そして、壁に寄りかかる形で倒れているシェリアとアヤメの姿。止めを刺すつもりはないのか、二体の魔星は二人の前で立ったまま動かない。

 

「これで決着、だが…()()()()か」

 

 なにやら意味深な呟き。なにがあと少しなのか謎に包まれているが、そこに()()()淡い希望を感じ――

 

「……るな」

 

 ――光輝の呟きが全員の耳に響いた。それは光輝の敗北を受けて、降伏を受け入れようとした者達の耳にも確かに届き、降伏すると発しようとした檜山は言い知れぬ圧力に口を噤んだ。

 

 魔人族は死にぞこないが何かを言っていると光輝を見たが、その両目は白銀に輝く眼光に睨まれて息を呑んだ。満身創痍の光輝から底知れ無いプレッシャーを感じ、後退ると同時に、警報を鳴らす本能に従って魔物に指示を出した。

 

「アハトド! 殺れ!」

 

「ルゥオオオ!!」

 

 馬頭の魔物改め、アハトドが咆哮を上げながら両腕で光輝を圧殺しようと力を込めた。すると、光輝を光が包み込み、竜巻のような魔力の奔流が巻き上がる。そして、光輝がアハトドの右手に対し同じように右の拳を振りつけると、簡単にアハトドの右手を粉砕した。

 

 悲鳴と共に拘束していた光輝を落としたアハトドは、今度は光輝の負傷を感じさせない回し蹴りを喰らい、後方の壁へ凄まじい勢いで吹き飛ばされた。

 

 強大な敵。全力の末の敗北。仲間の危機。

 

 ここに、()()の起爆剤が揃ったのだ。

 

「よくもメルドさんをぉー!!」

 

 力の正体は〝限界突破〟の派生技能[+覇潰]。〝限界突破〟が一定時間ステータスを三倍に引き上げる能力なら、〝覇潰〟は五倍に引き上げるもの。当然、疲弊している今では効果は三十秒程、更にその後の副作用も甚大だ。

 

 しかし、光輝はそんなことを歯牙にもかけず、メルドの仇を討たんと復讐の念だけを魔人族にぶつけている。魔人族も土壇場の覚醒に焦り、周囲の魔物を光輝にけしかけるが聖剣の一振りで薙ぎ払われ、砂塵を操り盾にするも聖剣の前には効果が無く、あっさりと盾ごと魔人族は切り裂かれた。

 

「まいった、ね…あの状況で逆転なんて…まるで三文芝居だよ」

 

 切り裂かれた衝撃で血飛沫を撒き散らしながら背後の壁に激突した魔人族はズルズルと崩れ落ち、聖剣を構えながら歩み寄る光輝を前にそう呟いた。

 

 そして、懐からロケットペンダントを取り出し、ギュッと握りながら目を瞑り…

 

「ごめん…先に逝く……愛してるよ、ミハイル……」

 

 瞬間、聖剣を振り下ろした光輝の手が止まった。魔人族は覚悟していた死が訪れないことに訝し気に顔を上げ、頭上数ミリで停止した聖剣と、その聖剣を握る光輝の恐怖と躊躇いが宿った瞳を見た。それにより、光輝が聖剣を止めた理由を悟って、光輝を侮蔑の眼差しで睨みつけた。

 

「……呆れたね……まさか、今になってようやく気がついたのかい? “人”を殺そうとしていることに」

 

「ッ!?」

 

「まさか、あたし達を“人”とすら認めていなかったとは……随分と傲慢なことだね」

 

「ち、ちが……俺は、知らなくて……」

 

「ハッ、“知ろうとしなかった”の間違いだろ?」

 

「お、俺は……」

 

「ほら? どうした? 所詮は戦いですらなく唯の()()なのだろ? 目の前に死に体の()()がいるぞ? さっさと狩ったらどうだい? おまえが今までそうしてきたように……」

 

「……は、話し合おう……は、話せばきっと……」

 

 この瞬間、“勇者”天之河光輝の戦意は完全に失われた。光輝の中で魔人族という()()()へと昇華したのだから。人殺しは罪、だからどんな理由があってもしてはならないこと。だから、()()()()()()

 

「アハトド! 剣士の女と治癒師の女を狙え! 全隊、攻撃せよ!」

 

 聖剣の傷と衝撃から回復した魔人族の命令で、ギルベルトの下で膝をつく雫と香織へ魔物が迫る。()()()であるギルベルトの手を借りていることには不本意ではあるが、その飛びぬけた優秀さ自体は認められる。そのギルベルトが直々に相手しているのだ。つまり、この“勇者”以上に厄介な相手であるということは明白だ。

 

「な、どうして!」

 

「自覚のない坊ちゃんだね……私達は“戦争”をしてるんだよ! 未熟な精神に巨大な力、あんたは危険過ぎる! 何が何でもここで死んでもらう! ほら、お仲間を助けに行かないと、全滅するよ!」

 

 光輝は蒼褪めて二人の元へ向かおうとするが、突然膝から力が抜け前のめりに倒れ込む。〝覇潰〟の制限時間が訪れたのだ。どれだけ踏ん張っても、聖剣を杖のようにして立ち上がるのが精一杯。光輝は絶望で顔を染め、二人に向けて叫んだ。

 

「香織ッ! 雫ッ!」

 

 

 

 

 

 その二人は互いに支え合いながら立ち上がり、迫る魔物達を一見した後に覚悟を決めた表情でギルベルトを睨みつけた。

 

「さて、どうかな? 時間はもうないが」

 

 このままではアハトドを始めとした魔物達に殺されるぞと、暗に仄めかす。しかし二人の返答は決まっている。

 

「「お断りします」」

 

 差し出した手を払いのけられたギルベルトだがそこに驚きはなく、二人がそうするだろうと分かっていたように不敵な微笑を浮かべていた。

 

「理由を聞いても?」

 

 尋ねるギルベルトに、二人は先の弱々しい心を振り払い強い意志を視線に宿して睨みつける。

 

 理由など分かっているだろうと。確かに、その手を取れば歪が正された、正しき新世界(トータス)はやってくる。だが、自分で言ったではないか。()とは道と手段が違うと。

 

 光の奴隷(亡者)と道程が異なっているならば、目指す結果が異なっているのも当然。ならば、取るべき手がどちらなのかも当然だ。

 

「「私達は、私達の怪物(英雄)を信じているからです!」」

 

 叫ぶと同時に、香織が上位防御魔法〝天絶〟をギルベルトに対して多重展開。壁として自分達とギルベルトを隔離しつつ香織が限界寸前の加速でアヤメとシェリアを救助、雫が〝縮地〟を併用しつつ魔人族へと斬りかかる。

 

 仕向けた魔物の全てを置き去りにして迫った雫に、魔人族は目を見開いて驚いた。瞬きをするような一瞬で訪れるであろう(オワリ)を幻視した。

 

「し、雫! やめるんだッ!」

 

 そこに、渾身の力を振り絞り魔人族を背に両手を広げて光輝が立ちはだかった。その背に対して感じるのは、やはり呆れと侮蔑。そんな魔人族の視線に一切気が付くこともなく、光輝はキリっとした表情で雫を見る。

 

「ッ!」

 

 しかし、それで雫が止まることなどはない。呆れも侮蔑も既に湧かず、あるのは邪魔という一点のみ。ゆえに、雫は容赦なく光輝の横腹に蹴りを入れて退かし、そのまま魔人族に唐竹割を叩き込む。

 

 しかし、勇者という壁が表れて生まれた隙を活用しないわけがなく、魔人族は魔物という盾を使って後ろに跳んだ。その盾は有効に働き、雫の唐竹割は魔物を両断するも魔人族には届かない。

 

(今!)

 

 瞬間、磁界操作という星辰(ほし)を使って唐竹割によって生じた慣性を無理矢理逆転させ、刀身を返しつつ魔人族へと切り上げた。

 

 それは所謂〝燕返し〟と言われる剣術の再現で、磁界操作も用いたことによる人体構造を無視した技は、雫の両腕に捻じ切らんばかりの激痛が走った。

 

 しかし奇襲としては一級品で、事実魔人族は想定外の反撃に動けない。魔物は遠く、光輝は後ろで倒れ、雫を遮るものは何一つ存在しない。今度こそ、雫は両手を魔人族の血で染め上げ――

 

 

 

「すまないが、彼女を殺される訳にはいかないのだよ」

 

 

 

 ――雫の鳩尾で炸裂する聖印(スティグマ)()()()()()()()輝照させていた星辰光(アステリズム)が、この時初めて解放された。

 

 血反吐を吐き体をくの字に折り曲げて地面に崩れた雫に対して、容赦なくギルベルトの追撃(スティグマ)が炸裂する。

 

「ああ、悪いが()()もだ」

 

「雫ちゃんッ!」

 

「雫!」

 

 たとえ〝天絶〟に遮られようとも関係なく、ギルベルトが指を鳴らすと同時に雫の足元が弾け飛ぶ。香織と光輝が叫ぶが、香織はアヤメとシェリアを魔星から護るために動けず、光輝は〝覇潰〟の限界時間を迎え疲労も加わり数メートルすら動けない。

 

「は、はははッ! 止めを差しな、アハトド!」

 

「ルゥオオオ!!」

 

 アハトドの豪腕が勝利の咆哮と共に振り上げられる。

 

 雫はその鉄槌を霞む両目で眺めていた。親友(香織)の声も聞こえない。代わりに、走馬頭のようにこれまでの思い出が脳裏に過る。

 

 香織達に出会うよりも前の幼い頃の悠姫をまず思い出した。それから悠姫がいなくなり、香織達と出会い、小学、中学、そして高校に上がって、トータスに召喚されて。夢が現実になって、想い人に再会して。あの、月下の一夜。

 

 だから、あの日の言葉が掠れて漏れた。

 

 それは曰く、魔法の言葉。女の子が唱えれば、どんな男でも無敵の英雄(ヒーロー)になれる最強の呪文。

 

「助、けてッ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、助けるさ。その涙を拭うために、そして笑顔を与えるために」

 

 瞬間、アハトドの頭上の天井が轟音と共に崩落し、同時に溢れ出た極光がアハトドを欠片残さず消し飛ばした。

 

「これまでよく頑張った。雫、香織。もう大丈夫だ」

 

「…あ、ああ」

 

「…う、そ」

 

 一人を除いて呆然とする中、天井から降り立ったその男の背と言葉を聞き、雫と香織の全身に電撃が走った。

 

 最後に聞いた時とは違う声。だが知っている。何年も見てきたあの夢の、あの憧れの、あの想い人の声だと。

 

 たなびく外套。片手に握られた一刃。黒い髪に黒い瞳。そして、情熱を宿した眼光。圧倒的な存在感を放ちながら、その男は現れた。

 

「そして、これも言わせてもらおう――」

 

 辛いとき、苦しいとき、悲しいときに。どこからともなく現れて助けてくれる無敵のヒーロー。

 

 魔法の言葉は唱えられた。ゆえに、怪物(ヒーロー)はやってきた。

 

「――そこまでだ、魔人族。君の絶望(なみだ)は、此処で終わる」

 

「「ユキさんッ!!」」

 




ヴェンデッタのヴェンデッタルートをやった人なら分かるでしょう。
最後のシーンは、あのシーンです。逆の立場から見るとどんな見え方になるんでしょうね。きっとシスコン無職の絶望顔がはっきりしていることでしょう。

次話は、前話から今話の間の主人公達です。

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