ありふれない怪物は、やがて英雄へ   作:シロマダラ

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第六十二話 静寂と帰還

 

 人間一体を文字通り消し飛ばした嵐が止み、一帯には静寂が漂った。しかし、生徒の一人が呟いた一言が静寂を引き裂いた。

 

「…人殺し」

 

 その生徒とは悠姫(ユキ)とハジメを奈落へ落とした直接的原因を作った、檜山大介だ。件に居合わせた九割九分は、どの口で、と異を立てるだろう一言。しかし今の状況が状況な為に他の誰も口を開くことはなかった。

 

「「ユキさんッ!」」

 

 そして、凄惨な戦闘を繰り広げ、最終的に人間一人を殺した正体不明の化物(人間)に二大女神が抱き着くという光景を見て、ようやく生徒達は我を取り戻し始める。

 

 真っ先に声を張り上げたのは、大切な幼馴染が()()()()()()()()()()()天之河光輝だ。

 

「二人から離れろッ!」

 

 〝覇潰〟の反動が残っているのか、ふらつきながら聖剣を振り上げる。しかしそれで化物(悠姫)を切り裂くことなど出来るはずがない。

 

「…危ないな。二人に当たったらどうする?」

 

「ぐッ!」

 

「光輝ッ!」

 

 無造作に振り抜いた太刀で聖剣を弾き飛ばし、前蹴り(ヤグザキック)で光輝を蹴り飛ばす。聖剣を持ち上げるだけでふらつく程なのだから、反撃など当然出来るはずもなく、そのままパーティーメンバーの元へと転がった。

 

 光輝を受け止めた坂上龍太郎が化物(悠姫)を迎え撃つために立ちあがって拳を構えるが、悠姫は光輝達を見ながらも動かず、漂う緊張感が周囲の視線を釘付けにする。

 

 だからこそ、ハジメの行動に悠姫達以外は誰も気が付かなかった。

 

 乾いた銃声が鳴り響く。銃声の発生場所には、銃口から煙を出すドンナーを構えたハジメと、頭を仰け反らせながら後ろに倒れる魔人族カトレアの姿。銃を知る地球組なら見間違えるはずもなく、ハジメがカトレアの頭部を打ち抜いたのだ。

 

「な、なんで……」

 

 突然の光景に呆然とする光輝達を尻目に、悠姫は二人(雫、香織)と共にハジメに近づく。ハジメが近づいてきた悠姫に対し口を開く。

 

「…これでいいか?」

 

「ああ、助かる。まずは逆襲撃の第一歩だ」

 

 何かを頼まれていたのだろうハジメが悠姫に確認を取り、悠姫が満足気に頷く。何を頼んだのかは一目瞭然であり、それに気が付いた香織が声を上げようとするが首を横に振る悠姫を見て口を噤んだ。

 

「なぜ、なぜ殺したんだ…殺す必要があったのか」

 

 光輝が、まるで大切な誰かを殺されたかのような憎しみを宿した眼光で悠姫とハジメを睨みつける。しかし二人は意にも介さずメルドの容態を診ているシアへと歩を進め、もう護衛は不要だろうとユエも悠姫達の方へと向かった。

 

「シア、メルドの容態はどうだ?」

 

「危なかったです。あと少し遅ければ助かりませんでした。……言われた通り〝神水〟を使っておきましたけど……良かったのですか?」

 

「ああ、この人にはそれなりに世話になったんだ。それに、メルドが抜ける穴は色んな意味で大きすぎる。特に、勇者パーティーの教育係に変な奴がついても困るしな。まぁ、あの様子を見る限りメルドもきちんと教育しきれていないようだが……人格者であることに違いはない。それに……」

 

「言い方は悪いが、利用価値が高い。色々な意味で死なせるには惜しいし、助けられるならそもそも助けるさ」

 

 魔人族という()との戦争において、異世界から勇者という()()()を召喚し、()()()という罪を背負わせることを強要する。たとえ勇者が神の使徒であっても、それら全てがエヒト()の信託によるものだとしても、心を痛め本気で己を恥じる。

 

 少なくとも、召喚からの二週間で悠姫(ユキ)はメルドがそういう人間なのだと感じ取っていた。それを人格者と言わずしてなんというのか。

 

「おい、南雲、それにお前もだ。どうして殺し……」

 

「あの、ユキさん? メルドさんは大丈夫なんですか? 正直、助かるような傷じゃなかったと思うんですけど」

 

 ハジメと化物(悠姫)を問い詰めるような光輝を遮り、香織が悠姫(ユキ)に尋ねた。

 

「そうだな…飲めば一瞬で傷も魔力も全て完全回復する、魔法の霊薬を飲んでもらった。伝説になってるらしいから、普通では手に入らないけどな」

 

「そんな貴重なものを…」

 

「シアにも同じことを言ったが、助けられるなら助けるさ」

 

 香織だけでなく、他生徒達もメルドが一命を取り留めたと理解し安堵の息を吐いている。そこに、光輝が再い口を開く。

 

「おい、メルドさんの事は礼を言うが、なぜ、か……」

 

「ユキさん。メルドさんを助けてくれてありがとうございます。それに私達のことも……助けてくれてありがとうございます」

 

 そして、再び香織によって遮られた。光輝が物凄く微妙な表情をする。だが、香織は光輝のことなど一切気にすることなく、雫と共に真っすぐ悠姫だけを見る。

 

 生きている(死んでいない)ことは知っていた。なぜなら、天津悠姫(ユキ・ロスリック)がどういう怪物(にんげん)なのか、誰よりも知っているのだから。それでも、不安がないわけではないのだ。

 

「そして……ごめん…なさい…支えるって…言ったのに…」

 

「あの時…守れなくて…ごめん…なさい」

 

 そんな涙を浮かべる二人の心境を読み取ったのか、悠姫は二人の頭を撫でながら慈愛と安堵を込めて微笑んだ。

 

「俺もハジメも、あの日のことは全く後悔していない。確かに苦しいと思うことは何度もあった。それでも、意味がなかったわけじゃないんだ」

 

 それはホルアドに付いたときにティオにされた質問と同じ答え。やり直したいとは思っていないし、間違っていたとも思っていない。だから、後悔もしていない。

 

「ここで二人に謝られたら、俺達はその思いを無下にしてしまうことになる」

 

 過去(おもいで)を振り返って、こんなこともあったなと、気付いて受け入れるだけで十分。未来はずっと先まで続いていくもの、だからこそ、今ここで二人がするべきは謝罪ではない。

 

 二人は涙を拭い、笑顔で悠姫を見つめ。

 

「また会えてうれしいですッ!」

 

「これからも、よろしくお願いしますッ!」

 

「ああ、よろしく」

 

 それが、勝利を()るということだから。

 

 三人の間に独特な雰囲気が作られる。女子生徒や一部の男子生徒といった、トータスに召喚されてからの雫と香織の様子から悠姫(ユキ)への気持ち(想い)を察していた者達は生暖かい視線を向け、檜山達子悪党組は苦虫を潰したような顔で悠姫を睨みつけ、光輝と龍太郎は何もわかっていない顔でキョトンとしている。

 

 珍しいことに、二人がよく作り出していた雰囲気を第三者目線で見ているためか、ハジメとユエまで居心地悪そうな顔で目を逸らしている。作成者の一人が悠姫であるということも、居心地の悪さに拍車をかけている。

 

 しかし、そんな空気を壊す(読まない)輩というのがここに存在していた。

 

「……ふぅ、香織と雫は本当に優しいな。クラスメイトが生きていた事を泣いて喜ぶなんて……でも、二人は人を殺した、しかも南雲は戦えない女の人をだ。話し合う必要がある。もうそれくらいにして離れた方がいい。いや、直ぐに離れるんだ。その人は危険だ」

 

 一部の生徒から空気を読めというような非難の眼差しを光輝に対して向けている。しかし、光輝はそれに全く気付かず雫と香織を悠姫から引きはがそうとしている。

 

「光輝…ユキさん達が助けてくれなかったら、私達は全員死んでいたかもしれないのよ? 助けてくれた相手にその言い方は失礼じゃない」

 

「勿論、助けてくれたことには感謝している。でも、それとこれとは話が別だ。彼女とは話し合いができた。戦争と止めるために、分かり合うことができたんだ。それなのに、南雲がしたことは許されることじゃない。その人も…」

 

 光輝の物言いに雫が目を吊り上げて反論する。クラスメイト達は、どうしたものかとオロオロするばかりであったが、子悪党組は元々ハジメと悠姫(ユキ)が気に食わなかったこともあり、光輝に加勢し始める。

 

 そんな中、悠姫は遠藤に、光輝の言葉の中で疑問に感じていたことを尋ねた。

 

「……なあ遠藤。ハジメのことを南雲って呼んでるから言っているとは思うんだけど…俺のこと言った?」

 

「俺に気付いてくれたッ! あ、いや、もちろん言いましたよ。でも、ありえないとか、死んだとかで、その…」

 

 影の薄さ世界一を誇る遠藤は一瞬で自分を見つけてくれた悠姫に感動しかけるも、直ぐに気を取り戻して説明した。纏う雰囲気や姿が変わっているが、間違いなく二人は二人だと。しかし、明らかに若返っている悠姫(ユキ)だけは信じられないと。

 

「……くだらない連中。早く戻ろう? ミュウとティオも待ってる」

 

「あー、うん、そうだな」

 

 仕方ないか、と悠姫が考えていると、ユエが光輝の物言いやそれに加担する者達を、くだらない、とバッサリ切り捨てる。それはハジメに対して言ったものであり呟きに等しい声量だったが、やけに明瞭に全員の耳に届いた。

 

 ミュウ、ティオという悠姫達以外にはわからない名前が混じっていたが、光輝達に引っかかったのは最初の一言。

 

「待ってくれ。こっちの話は終わっていない。南雲の本音を聞かないと仲間として認められない。それに、君は誰なんだ? 助けてくれた事には感謝するけど、初対面の相手にくだらないなんて……失礼だろ? 一体、何がくだらないって言うんだい?」

 

「……」

 

 既に見切りをつけたユエは反応を返さない。そんなユエに少し苛立ったのか眉をピクリと動かした光輝は、直ぐにいつも女の子にしているような優しげな微笑みを携えて再度、ユエに話しかけようとした。しかし、今度は悠姫が割って入る。

 

「つまりお前は、どうして“殺害”という選択を取ったのかを知りたいんだろ? それなら簡単、必要だったからだ」

 

「なッ?! ふざけるな!」

 

「ふざけているものか、本気だよ。そもそも、お前はどうするつもりだった?」

 

「それは…そうだ、捕虜にすればよかったんだ。それなら彼女を殺す必要なんてない」

 

「…はあ」

 

 返答を聞いた悠姫は、思わず深い溜息を吐いてしまった。勿論、含む感情は失望と呆れである。

 

 光輝は捕虜にすればいいと言ったが、戦時国際法が制定されていないトータスで、捕虜となった敵の女性がどんな末路を辿ることになるのか想像は難くないだろう。

 

「即処刑、或いは性欲を吐き捨てるための道具にされるか…まあそんなところだろう。少なくとも、二度と陽を浴びることはできなくなるだろうし、身体(からだ)が生きても精神(こころ)は死ぬぞ」

 

 なお、審判者(ラダマンティス)を捕虜にした場合は、王国側が滅亡の一途を辿ることになるだろう。

 

 審判者(ラダマンティス)が敗れた相手は悠姫であり、勇者達王国ではない。優劣至上主義である審判者(ラダマンティス)が己より弱い(劣等の)勇者や王国に従うはずもなく、たとえ捕虜であろうと内側に光の亡者を入れてしまえば言わずもがなだ。

 

「そんなことはないッ! 俺がそんなことは許さない!」

 

「どうやって? 四六時中共にいるのか? ()()をしている間は? 仮に仲間だと言って連れて行こうとすれば、王国や教会は必ず止めるだろう。それは敵だと。さらに敵を仲間にしたと民衆に知れ渡ったら? 非難囂々(ひなんごうごう)だ。教会はともかく王国は求心力を失って滅亡の一途を辿るかもしれない」

 

「そ、そんなことあるわけない!」

 

「まあ、そうだな。滅亡云々は極端かもしれない。だが、お前の選択は彼女を(ころ)すぞ」

 

 怒りを宿した鋭い眼光で射抜かれ、光輝は身震いして竦み上がる。しかし、()()()に引き下がるわけにはいかないと自分を奮い立たせ、再び声を張り上げようとして…

 

「よせ、光輝」

 

「メルドさん!」

 

 メルドは少し前に意識を取り戻していたらしく、雫と香織から状況を聞き、そして悠姫と光輝の会話を聞いていた。

 

「…ユウキ、でいいか?」

 

「ああ。ぜひともそう呼んでくれ」

 

「…そうか」

 

 メルドは少しふらふらしながら悠姫とハジメの前に立つと、土下座する勢いで謝罪し始めた。

 

「…すまなかった。あの日、ユウキとナグモがいたから俺達は生き残った。それなのにお前達を見捨て、あまつさえその犠牲に何一つ報いることが出来なかった…」

 

「…悠姫がさっき言ったことだけどな、俺達はあの日のことは後悔してねえんだよ。まあ、一部を放置してるとか、教育係としてとか、色々と言いたいことはあるが…少なくとも、あんたが俺らに謝罪する必要はねえよ」

 

「…すまん…いや、ありがとう」

 

 ハジメの返答に悠姫も頷くと、メルドは感謝を言葉に出し、今度は光輝へと向き直し悠姫達にしたように謝罪した。

 

「ど、どうして、メルドさんが謝るんだ?」

 

「当然だろ。俺はお前等の教育係なんだ……なのに、戦う者として大事な事を教えなかった。それは、人を殺す覚悟のことだ。時期がくれば、偶然を装って賊をけしかけるなりして、人殺しを経験させようと思っていた……魔人族との戦争に参加するなら絶対に必要なことだからな……だが、お前達と多くの時間を過ごし、多くの話しをしていく内に、本当にお前達にそんな経験をさせていいのか……迷うようになった。騎士団団長としての立場を考えれば、早めに教えるべきだったのだろうがな……もう少し、あと少し、これをクリアしたら、そんな言い訳で先延ばしし続けて、今回の出来事だ……私が半端だった。教育者として誤ったのだ。そのせいで、お前達を死なせるところだった……申し訳ない」

 

 そう言って、再び深く頭を下げるメルドに、生徒達はあたふたと慰めに入る。どうやら悠姫が思っていた通り、メルドは光輝達についてかなり悩んでいたようだった。

 

 メルドの心の内を聞き、光輝は押し黙った。魔人族を殺しかけたことを思い出したのだ。同時に、メルドが人殺しを自分達に経験させようとして居た事にショックを受けていた。ただの賊が相手なら、圧倒して拘束する程度はできるのにと……

 

 


 

 

 それからしばらくして、メルドと遠藤の頼みを聞き入れた悠姫達は、光輝達も引き連れて地上への帰路についていた。先行は悠姫達、中団は光輝達、そして最後尾にアヤメ、シェリア、シアだ。

 

 道中の魔物を悠姫達が瞬殺していく。かつて“無能”や“未知”と呼ばれていた者達の今の強さを見て、生徒達は様々な表情をしている。青褪めながら睨む檜山や、妬みの視線を送る子悪党達。他にも複雑そうな視線であったりと。

 

 当然だが、悠姫達はそんな生徒達の心境など全く気にしていない。雫と香織は、時折ハジメとユエも混じりながら悠姫と話し、シアは(ディルグ)のことでアヤメ、シェリアと会話している。

 

 それから程なくして一行は無事に地上に帰還した。

 





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