ありふれない怪物は、やがて英雄へ   作:シロマダラ

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第六十三話 抑えていた思い

「パパぁー!! おかえりなのー!!」

 

 地上へと帰還し、【オルクス大迷宮】の入り口広場まで到着した一行を一人の幼女が出迎えた。周囲の喧騒に負けない声を張る幼女の姿に、戦闘のプロである冒険者や傭兵、その他商人達が微笑ましいものを見るように目元を和らげていた。

 

「むっ! ミュウか」

 

 そう言って、ハジメはステテテテー! と可愛らしい足音と立てながら駆け寄ってきた幼女、ミュウを受け止めた。

 

「ミュウ、迎えに来たのか? ティオはどうした?」 

 

「うん。ティオお姉ちゃんが、そろそろパパ達が帰ってくるかもって。だから迎えに来たの。ティオお姉ちゃんは……」

 

「妾はここじゃよ」

 

 人混みをかき分けてティオがゆったりと現れる。

 

「おいおい、ティオ。こんな場所でミュウから離れるなよ」

 

「目の届く所にはおったよ。ただ、ちょっと不埒な輩がいての。凄惨な光景はミュウには見せられんじゃろ。まあ、きっちり締めておいたから安心するのじゃ」

 

「……それならいいだろう」

 

 不服そうに受け入れたハジメに、子離れできるのかの? と不安がるティオに悠姫が近づいて話しかける。

 

「留守番を頼んで悪かったな、ティオ」

 

「なに、気にするでない」

 

 その光景に、本日何度目か分からない驚愕と共に呆然と悠姫達を見つめる生徒達。しかし、今の驚愕は当然ではあるのだろう。死んだと思っていたクラスメイトが、四ヶ月で子持ちになっているなど誰が予想するのだろうか。加え、その驚愕は周囲の冒険者達にまで伝播していた。

 

「南雲の…娘?!」

 

「一体誰との子だ…?」

 

「いや、黒髪の女性は南雲より天津(ロスリック)さんの方が距離近いぞ…」

 

「まさか二人のライバル出現?」

 

「「な、生ユウキちゃん……グハッ!」」

 

「…増えた…」

 

 口々に言う生徒達に怒りで表情を引き攣らせるハジメに、周囲の冒険者に恐れ戦いて表情を引き攣らせる悠姫。一身に注目を浴びる中、ティオが雫と香織に一歩前に出て、そして最大級の爆弾を落としていった。

 

「お主等がシズク殿とカオリ殿かの?」

 

「は、はいそうですが…あなたは?」 

 

「妾はティオ・クラルス。主殿、悠姫殿の第四婦人の座を望む者じゃ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから暫く経ち、悠姫達は入場ゲートを離れ、町の出入り口付近の広場に来ていた。元々、イルワからロアに手紙を届けるためにホルアドに来たのであり、救出依頼も達成報告をすればホルアドに滞在する理由もない。

 

 悠姫達についていく形で、ぞろぞろと光輝達も町の出入り口広場に集まっている。というより、悠姫達ではなく、悠姫達の旅について行こうとしている雫と香織について行っているのだろう。

 

 二人の覚悟を決めた、しかしどこか不安気な表情を見て悠姫はどうしたものかと思案した。悠姫達が進んでいるのは間違いなく茨の道であり、()()を敵に回すことが半ば決まっている。

 

「…主殿。わら…」

 

「おいおい、どこ行こうってんだ? 俺らの仲間、ボロ雑巾みたいにしておいて、詫びの一つもないってのか? ア゛ァ゛!?」

 

 そこに、雫達以上に不安気な表情のティオを遮り、世紀末に現れそうなガラの悪い男達が十人ほど現れた。口振りから恨みや報復が目的のようだ。もっとも、ティオやシアを下卑た視線で見ることから、報復だけが目的でないことは明白だ。

 

「…俺が片しておくから、はっきりしとけよ」

 

「ありがとう、ハジメ」

 

 なんでもないように振舞いながらハジメが一歩前に出る。単純に雫達の件に決着をつけてほしかったからであり、ユエやシアを下卑た視線で見たり、ミュウを怯えさせたことに対する怒りはそんなにない。精々八割、九割程度だ。この瞬間、男達の命運は決まった。

 

 不満顔のティオを宥め、悠姫は二人の前に立つ。出鼻を挫かれた形になったティオだが、言いたいことは伝わっている。というより、答えなど最初から出ていたのだ。

 

「雫、香織。俺達の旅路(みち)は、とても険しく苦しいものだ。無数の困難が待ち受けているだろう。だから、こんなことを言う俺を許してほしい」

 

 急に声を掛けられ背筋がピンと伸びた二人に、悠姫は告げた。

 

「俺と共に来てほしい。俺達と共に、戦ってほしい」

 

 それは途中降車が許されない地獄への片道切符、しかし二人は迷いなくその切符を手に取った。

 

「「はいッ!」」

 

 満面の笑みで応えた二人に、不安なことなど何一つない。この時を迎えるべく、絶望したあの日からずっと努力してきたのだから。

 

 

 

 

 

 と、これで終わればハッピーエンドだっただろう。しかし、それを認められない者がここにいる。

 

「ま、待つんだ二人とも…何を言っているんだ?! ッ貴様! 二人に一体何をしたッ!」

 

「なにって…勧誘しただけだ。仲間として、共に戦ってほしいと」

 

「ふざけるなッ! 雫も香織も俺の大切な仲間だ! 平然と人を殺すような危険な貴様に、二人は絶対に渡さない!」

 

 怒りで吠えながら、光輝は聖剣を悠姫に突きつけた。光輝の目には、麗しきお姫様を攫おうとしている大魔王の姿でも映っているのだろう。

 

「どんな嘘を吐いて誑かしたのかは分からないが、俺は騙されない! 二人は俺が――」

 

「何を言ってるの? 嘘なんてないし、騙されてもないわよ」

 

「それに、好きな人と一緒にいたいって思うのは普通でしょ?」

 

「――え?」

 

 しかし、勇者の誓いに対する返答はお姫様からの拒絶だった。お姫様達は大魔王に攫われることを望んでおり、勇者の救いなどそもそも求めていないのだ。

 

「す、好き…? なにを言って…」

 

「それにさっきから、そいつ、とか、貴様、とか…いったい何様のつもりなの? 助けてもらったていうこと本当に理解してる?」

 

「そ、それはそうだが…危険なことには変わりな…」

 

「危険だ、危険だって言うけど、一体何がどう危険なの? 私達を殺めるつもりなら、誰も来ない迷宮の底で殺されてるよ」

 

 二人からの詰め寄りに、光輝はひどく狼狽する。二人はいつでも自分の味方で仲間だったはずなのに、どうしてこんなことになっているのだと、光輝の頭には困惑ばかりが押し寄せる。悠姫(ユキ)とハジメが奈落に堕ちたあの日から、味方とも仲間とも思われていないということに全く気付けないまま。

 

「……いや、やっぱりだめだ。これは二人の為に言っているんだ。見てくれ、あの南雲を。女の子を二人も侍らせて、あんな小さい子まで……しかも兎人族の子は奴隷の首輪まで付けさせられている。黒髪の女性だって、あの人のことを『主殿』って呼んでた。そう呼ぶように強制されてるに違いない。あいつらは女性をコレクションかなにかと勘違いしているんだ。最低だ。だから人だって簡単に殺せるんだ。あいつらに付いて行っても不幸になるだけだ。だからここに残った方がいい。いや、残るんだ。例え恨まれても、二人のために俺は止めるぞ。絶対に行かせはしないッ!」

 

 徐々にヒートアップする光輝の物言いに、思わず雫と香織は唖然とする。しかし、もう光輝は止まらない。雫と香織へと向けられていた説得のための視線は、ユエ達へと向けられていた。

 

「君達もだ。これ以上、その男達の元にいるべきじゃない。俺と一緒に行こう! 君達ほどの実力なら歓迎するよ。共に、人々を救うんだ。シア、だったかな? 安心してくれ。俺と共に来てくれるなら直ぐに奴隷から解放する。ティオも、もう主殿なんて呼ばなくていいんだ」

 

 そんな事を言って爽やかな笑顔を浮かべながら、いつの間にか悠姫へと合流していたユエ達に手を差し伸べる光輝。雫は顔を両手で覆いながら天を仰ぎ、香織は開いた口が塞がらない。

 

 そして、誘いを受けたユエ達は…

 

「「「……」」」

 

 案の定と言うべきか、光輝から全力で目を逸らして、静かに両手で鳥肌が立っている腕を擦っていた。ユエとシアはハジメの影に隠れ、ティオですらユエ達と同じように悠姫の背中に縋りつくようにして光輝の視界から逃れるように隠れていた。

 

 さすがに黙っていられなくなった悠姫が口を開こうとしたが、それを雫が前に出ることで止め、雫は絞り出すように口を開いた。

 

「…ねえ、つまり()()()で仲間だから…安全だから…一緒にいるべきだって、そういうこと?」

 

「そうさ、当り前じゃないか。だから――」

 

 俺の元に来るんだと、光輝は笑顔で雫に手を伸ばす。しかし、帰ってきた返答は、これまで以上に光輝には理解できないものだった。

 

「…なら私が、悠姫(ユキ)さんは私の幼馴染だって言ったらどうするの?」

 

「え、なにを言って…雫の幼馴染は俺達だろ?!」

 

「ええ、光輝達()幼馴染よ。でも悠姫(ユキ)さんの方が先。事故で行方不明になって、その後に光輝達と出会ったのよ。だから、光輝が幼馴染を理由にするなら、私が悠姫(ユキ)さんを選んでも何も不思議じゃないでしょ?」

 

 光輝だけでなく同じ幼馴染である龍太郎も目を見開いて驚いている。しかし、雫が語る理由(論破)は止まらない。

 

()()()からの星光(祝福)って言う部分でも悠姫(ユキ)さんの方が仲間だって言えるし、()()()()()()悠姫(ユキ)さんと一緒の方が安全よ。それに――」

 

 と、言いかけた言葉を飲み込んだ。

 

 言うべきことは言ったのだ。これ以上何かを言えば、感情(おもい)が抑えきれないことを雫は仄かに理解していた。しかし、勇者は容赦なく、逆鱗を踏み抜いた。

 

 その瞬間、何年も抑えてきた()()が爆発する。

 

「…いや、それは違う。雫は騙されているんだ。雫の幼馴染は俺達だけで、()()()は雫を傷付けようとしているんだ。だからさあ、俺の元に――」

 

「…けないで」

 

「――雫?」

 

「ふざけないでって言ってるのよッ!」

 

 涙が混じった瞳に睨みつけられ、光輝は思わず蹈鞴を踏むように擦り下がる。その雫の気迫には龍太郎や他生徒達、ハジメでさえ目を見開いて驚いていた。つまり、それだけ我慢し続けたということでもあった。

 

「何時も、何時も、何時も、何時も、何時もッ! 私を傷付けようとしている? どの口で言ってるのよッ! 私達を困らせて、私達を傷付けてくるのは何時も光輝じゃないッ!」

 

「し、雫?」

 

「あなたの()()に付き合うのは限界。私はもう我慢しない。私は悠姫君が好き、愛してる。ずっと一緒にいたいの。だから――」

 

 だから。

 

()()()()()

 

 八重樫雫ははっきりと、天之河光輝(幼馴染)へと訣別の一言を口にした。

 





次回、悠姫VS勇者。

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