ありふれない怪物は、やがて英雄へ   作:シロマダラ

74 / 106
第六十四話 怪物の真実

 

 涙交じりに告げられた雫の一言(訣別)は光輝に最大級の困惑を齎し、次第に悠姫に対する怒りへと変化していった。

 

 勧善懲悪。それが天之河光輝が信奉する考えだ。そして、元のスペックの高さゆえに地球で失敗も挫折も経験したことがない光輝は、己こそが絶対の善だと信じている。

 

 だからこそ、審判者(ラダマンティス)の語った極楽浄土(エリュシオン)()()()と思った。反対に、それを真っ向から否定し、さらには絶対善である自分から幼馴染(ほうせき)を奪おうとする邪悪な悠姫は許せない。

 

 信奉する理想を実現する為、聖剣を構えた光輝は悠姫へと叫んだ。

 

「俺と決闘しろ、ユキ・ロスリック! 俺が勝ったら、二度と二人には近寄らないでもらう! そして、そこの彼女達も全員解放してもらう!」

 

「……はぁ、天津悠姫だと言ってるだろうに」

 

「何をごちゃごちゃ言っているッ!」

 

 悠姫の返答を聞かずに駆け出す光輝。態々相手をする必要など悠姫にはないのだが、多くの注目を浴びている今の状況は()()()()()。悠姫は光輝へ向けて数歩踏み出し、太刀(やいば)をもって決闘の返答をした。

 

 

 

 勇者VS怪物。それはありふれた対立構造であり、ドが頭に付くほどの王道的展開だ。そして、その物語は勇者の勝利によって決着する。なぜなら、それが英雄譚だからだ。

 

 ゆえに、勇者(光輝)怪物(悠姫)の対立も勇者(光輝)が勝利を手にする――ということはない。年季、覚悟、積んだ研鑽、質と量。すなわち総合値(トータルスペック)が越えられない壁となって勇者の前に立ちふさがる。

 

 そして何よりも、これは勇者の英雄譚ではなく、怪物の■■■■なのだから。よって、当たり前に敵わない。

 

「貴様のような危険な奴は絶対に認めないッ!」

 

「……あれは二人の選択だ。お前が口を挟むことじゃない」

 

「ぐ…黙、れッ!」

 

 悠姫が聖剣を刀身上で巧みに滑らせ、態勢を崩してよろめいた光輝の腹に膝蹴りを叩き込む。光輝は前屈みに倒れかけるも踏鞴を踏んで堪え、聖剣を悠姫へと振り上げる。

 

「俺が二人を、皆を守るんだッ!」

 

「皆を守る、ねえ…」

 

 上体を反らして聖剣を躱した悠姫は、光輝の一言に反応し思案する。その様子を光輝は隙だと思ったのか、高速の剣撃を放つ。しかし、悠姫には一掠りもしない。

 

「そうだッ! 二人は俺の幼馴染なんだ、ずっと一緒にいたんだ。これからだって、ずっとッ! それなのに、人をコレクションみたいに扱う貴様には――」

 

「今すぐ鏡を見てみろよ。二人をコレクションみたいに扱う勇者の姿が写っているぞ」

 

「ふざけるなぁッ!」

 

 全く当たらないことに痺れを切らし、〝縮地〟と八重樫流剣術を織り交ぜて攻め立てるが、それでも悠姫には一撃も届かない。むしろ鏡合わせのように、後出しでありながら断刃(ムラサメ)の剣術で捌く余裕すらある。

 

 それに一番驚愕したのは光輝だ。なぜなら、このトータスで八重樫流剣術を修めているのは、光輝と雫の二人しかいないからだ。にも拘らず、光輝の目には悠姫が八重樫流剣術を繰り出しているように見えていた。

 

 時代背景を考えれば、断刃(ムラサメ)の剣に同じような技があっても不思議ではないが、光輝はそんなことはつゆとも知らない。凄まじいほどの技量で真似していると思っている。

 

「なッ! この…」

 

「まだ勝てないと理解できないか?」

 

「ぐぁああッ!」

 

 当然のように悠姫は剣身を殴り、聖剣が光輝の両手を離れ飛ぶ。光輝は軽くあしらわれたことに混乱し、そのためか聖剣を呼び寄せる機能を使わずにそのまま悠姫へと殴り掛かった。が、結果は当然返り討ち。

 

 鉄拳(カウンター)が光輝の顔面に命中し、まるでピンボールのように光輝を殴り飛ばした。邪悪な魔人族を滅ぼし人間族に栄光を齎すはずの勇者が木端のように宙を舞い、そして入れ替わるように、光輝が立っていた場所に聖剣が突き刺さる。

 

「ッ…なぜだ」

 

 殴られた顔を手で覆いながら、呼び寄せた聖剣を杖に立ちあがる。だが重い一撃を喰らったことでようやく冷静になったのか、無鉄砲に悠姫に向かうことはしなかった。代わりに、悠姫を睨みつけながら叫んだ。

 

「それだけの力を持っていながら、なぜ皆の為に使わないんだッ!」

 

 それが唯の強がりでしかないのは誰の目にも明らかだった。空気を読んだのか、或いは光輝の叫びに対する悠姫の応えが気になるのか、観客達は一斉に静かになった。そして、悠姫は口を開く。

 

「逆に聞くが、お前が言う()って、誰のことだ?」

 

「――え?」

 

 悠姫の言葉に光輝は言葉を失くす。単純に意味が理解できていないのだろう。

 

「別に個々人の名前を言えってことじゃない。トータス全体のことか? 人間族のことか? ハイリヒ王国のことか? それともお前達召喚組のことか?」

 

 つまり規模の問題。そして当然、光輝(勇者)の答えは想像できる。

 

「――も、もちろん、トータスのことだ!」

 

「なら、どうしてこんなところにいる? お前は世界を救うんだろう?」

 

「当たり前だ! 俺が皆を――」

 

「で、お前はこれまで一体何人救ってきたんだ? 王都と迷宮、あとはホルアドと他数ヶ所か? おそらく、勇者の救いを求める誰かは数少ない場所ばかりだっただろう。それで一体誰を救えるのさ」

 

「そ、それは」

 

 事実、()()がこれまで救ってきた人の数など皆無に等しかった。精々、オルクス大迷宮内で遭遇した冒険者の危機を助けた程度。それで“世界()を救う”など、酒の肴にしかならない笑い話だ。

 

「お前はウルの町が危機に陥っていたのを知っているのか? あの町にいた畑山教諭たちの方が、お前の言う()の命を救ってるぞ」

 

「お、俺達は訓練で」

 

「一番強いはずのお前達が、どうして訓練しかしてない。それなら訓練が必要なのは彼女たちのはずだ。立ち位置が逆だろ」

 

 片や()()、片や()()()。光輝が言う()の為に戦うのが、どちらが相応しいかは明白だ。容赦ない悠姫の口撃に、光輝は思わず後退る。

 

「加えて言うならば、俺達が居なければあの町は間違いなく滅んでいた。お前達よりも、皆のために戦っているのは間違いなく俺達だし、世界を救っているのも俺達だ」

 

「今回の危機だって、半ばお前が原因だろ? それに、覚醒したお前は勝利の一歩手前まで行ったというのに、それすら溝に捨てたんだ。身近の仲間すら守れない、むしろ危険に晒すような奴が、一体誰の命を守れるっていうのさ」

 

 光輝が怒りによって〝覇潰〟を会得した瞬間に発したその強大な魔力を、数階層も隔てた先にいた悠姫達は感じ取っていた。それは間違いなくお伽噺のように大逆転を果たせるだけの力であった筈なのに、光輝は“人殺しは悪”という心一つで無駄にしたのだ。

 

「ッ……」

 

 対し、光輝は何も言い返せない。いや、言い返すことができない。なぜなら単純明快、悠姫の言っていることは事実(正道)なのだから。

 

「なんなんだよ…なんなんだよお前はッ! 正義の味方にでもなったつもりかよ!」

 

 だからと言って悠姫を認めることは光輝にはできない。悠姫が雫と香織を連れて行こうとしているのは事実、しかし()()()()()()()()というご都合主義を上回る何かが光輝の足を止め――

 

「俺達の絆を壊して、何が目的なんだ…何がしたいんだよ…」

 

 ――悲愴な表情で顔を歪め、光輝は呟いた。その両眼は悠姫を捉えているが、覇気は既に微塵もない。

 

 そして、光輝の小さな問いかけ(呟き)は、奇しくもフューレンでティオが悠姫に問いかけた内容と似たものだった。悠姫はティオを一瞥し、まるで自分を落ち着かせるように深く呼吸をして、口を開く。

 

 そして、悠姫は語りだす。“悪の敵”の隣で戦い続けた怪物の真実を。

 

「愛、友情、信念、決意……それら善の輝きは尊いものだ。守らなければならないと分かっているし、それを守り抜くために命をかけねばならないことにも、ああまったくもって異論はない」

 

「だからこそ、腐った正義を語り、他者の夢を轢殺し、恥の欠片も感じない塵屑どもが許せない」

 

 煮え滾る溶岩(マグマ)のように熱を帯び始め、ハジメ達も含め誰もが気圧される。

 

「俺は別に、この世全ての悪を許せないと言っているわけじゃない。自分と他者との間に差というものは必ず存在するし、身を守るためにも力だって必要だ。悲しい真実だが、必要悪は文字通り必要なんだよ」

 

「人の心は千差万別、正義も悪もそれぞれの価値観で大きく変わる。それでも、不要に誰かが傷つき、希望(えがお)が否定される日常は間違っているし、()()絶望(なみだ)を生むということは、何時(いつ)の時代、それこそ異なる世界でも悪なのだと断言できる」

 

「俺はそんな正義(邪悪)を滅ぼしたい」

 

 システィ達反逆者(解放者)が立ち上がったように。新西暦で(かつて)、改革派として血統派(邪悪)を粛清したときのように。

 

「他者を貶め搾取することしか能がない塵どもが。正義という麻薬に酔って暴力を振りかざす屑どもが。人を駒と、箱庭を彩る人形などと嘯く■どもが」

 

「許すものか、認めるものか。俺たちは生きているんだよ、歩いているんだよ。だからこそ、皆が進む道を、未来を閉ざすことなど認めない。それでも正義が希望(えがお)を掻き消すというのなら、ああいいさ、俺がその正義を断罪(ひてい)する」

 

「何が目的なのかと、何をしたいのだと、そう訊いたな天之川。つまりそういうことさ」

 

「皆が前を向いて歩けるように。

 誰もが自らの意志で進めるように。

 絶望(なみだ)希望(えがお)に変える為に」

 

 人が自由な意志の元に生きられる世界(ミライ)を創るために。()()()()()()()()解放者(反逆者)達の意志を継いで(エヒト)に抗う彼は正義に非ず。

 

「俺は真実、鍍金(メッキ)を纏う正義(邪悪)の敵に―――“悪”そのものになりたいんだよ」

 

 

 

 

 己に向けられる視線、そこに込められた確かな正道(ヒカリ)に貫かれ、光輝は尻餅をついて立ち上がれず言葉を紡げなかった。敵わない、太刀打ちできないという()()()()()()が光輝の心を支配する。

 

「う、うぁぁぁあああッ!」

 

「ッ光輝!」

 

 恐怖に顔を歪ませて、光輝は聖剣を突き構えながら突撃した。そこに技など一切なかった。難しい考えもない。ただ純粋に、恐ろしい怪物を遠ざけたかった。逃亡ではなく攻撃をしたのは、僅かに残った正義(プライド)だったのだろう。

 

 だからこそ、光輝は再び()()()()

 

 雫の静止に意味はなく、聖剣の切先は悠姫の胸へと吸い込まれ――

 

「……え、あ…」

 

「……()()()()()()()。それが、人を殺す感触だ」

 

 ――震えながら握られた聖剣は容赦なく、悠姫の心臓を貫いていた。それを自覚した瞬間、光輝の意識は暗闇へと墜ちていった。

 





第三章、あと数話続きます。

よければ感想、評価などをいただけると嬉しいです。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。