遅くなりましたが、第六十五話です。
「光輝君ッ!」
崩れ落ちるように気絶する光輝。それを見て中村恵理が叫び、周囲の静止を振り切って光輝の元へと駆け出した。悠姫は恵理が駆けてくるのを確かめながら胸に突き刺さる聖剣を引き抜き、無造作に地面に転がす。
誰が見ても即死だと判断できるはずなのに、血が噴き出るどころか一瞬で傷が塞がった姿には、生徒全員が本日何度目か分からない驚愕に包まれる。
「……まあ、そろそろ行くか」
「…ああ、そうだな…」
『……
悠姫が周囲には聞こえないような声量でぼそりと呟き、そして踵を返す。元々、町を出る直前だったということもあり、後は魔導四輪に乗り込むだけだ。
なお、パーティーメンバー二人が脱退するアヤメとシェリアは、再び金ランク冒険者としてトータス各地で活動することにしている。そのため、途中の町まで悠姫達に同行する。
つまり、勇者一行からは離れるということでもあり、雫達含め最強パーティーが完全離脱する結果となる一行にとっては大きな痛手だ。
その為なのか、それとも他の理由があるからなのか、今度は檜山達子悪党組が騒ぎ立てる。曰く、香織達が抜ける穴が大きすぎる。特に香織は二人しかいない“治癒師”の一人であり、今回のようなことがあったら死人が出るかもしれない。だから何が何でも残ってほしいと。
しかし、二人の説得が不可能なのだと悟ると、今度は悠姫達を説得させようと試み始めた。過去のことは謝る、どんな罰だって受けるからと。
当然、悠姫達が首を縦に振るわけがない。寧ろ逆に説得を諦めさせる
「あの時みたいに、裏切られて殺されかけるのは二度とごめんだ」
――と、言ってしまえばどうなるか。
今、悠姫達がいる場所はホルアドという町の出入り口付近の広場、つまり人の往来が非常に激しい場所の一つだ。そんな場所で行われた勇者パーティーの
そして、観客達には冒険者のみならず商人や一般市民も混じっているが、「裏切り」「殺されかける」という二つが合わされば過去に何があったのか考えるのは非戦闘者でも想像するには難くない。
結果、当然のように檜山達へと批難の視線が浴びせられる。さらには当の檜山が否定しないのだから、批難は拍車をかけるように鋭くなる。
こうなってしまえば悠姫達の説得など素振り一つ出来るわけがなく、檜山達は悔しそうな顔をしながら引き下がるしかなかった。
そして今度こそ出立の邪魔をするものはなくなった。ハジメと悠姫がそれぞれ魔導四輪を取り出す。未知のアーティファクトに周囲はどよめき、生徒達は車両まで作ったのかと驚きを超えて呆れの域に入っている。
「それじゃあ、私と雫ちゃんも行くね」
「急に抜けることになってしまって、ごめんなさい」
「ううん、二人のお胸を味わえなくなるのは寂しいけど、私達は大丈夫だよ。いっぱい揉まれて、もっと大きくなって帰ってきてね。ね、エリリン」
「ちょ、ちょっと、鈴ッ!」
「……」
「エリリン?」
「恵理ちゃん?」
「…えっ! あ、うん。鈴の言う通り、私達は大丈夫だよ。それよりも、鈴? セクハラはダメだよ?」
「え~」
次々と魔導四輪に乗り込んでいくその間に、雫達は別れの挨拶をしていた。
純粋な戦闘力で頭二つは抜けている雫や強力な回復・支援役の香織が抜けるのは、勇者一行が大幅弱体化するということ。二人は檜山を擁護する気持ちなど欠片も持ってはいないが、仲間をより危険な目に遭わそうとしていることに心を痛めていた。
谷口鈴はそんな二人の気持ちを汲み取ったのか、いつも通りの調子で二人にセクハラ発言をした。同意を求められた恵理は何か考え込んでいたのか一拍遅れて反応するが、直ぐに普段の調子を取り戻した。
コントのようなやり取りに噴き出すように笑い、手を振りながら二人の元を離れた。そして悠姫が運転する魔導四輪に乗り込み、悠姫達はようやくホルアドを後にした。
目的地はグリューエン大砂漠にある、七大迷宮の一つ【グリューエン大火山】。
「……そろそろ大丈夫か」
——————と、ホルアドから出立して十数分。万が一の追手も振り切っただろうと、周囲に自分達以外は近くにいないことを確認した悠姫達は、街道から少し離れた場所に停車した。
そして悠姫を含めた数名が魔導四輪から降り立ち、その中の一人へと目を向けた。
「それでは、
「……知ってるかい? そういうのは話じゃなくて、脅しっていうんだよ」
その一人とは、オルクス大迷宮でハジメが撃ち殺した筈の魔人族、カトレアだった。
「くそっ! くそっ! 何なんだよ! ふざけやがって!」
時間は深夜。宿場町ホルアドの町外れにある公園、その一面に植えられている木々の一本に拳を叩きつけながら、押し殺した声で悪態をつく男が一人。檜山大介である。檜山の瞳は狂気的と言っても過言ではない程に醜く濁り、憎しみと動揺と焦燥で激しく揺れていた。
「案の定、随分と荒れているね……まぁ、無理もないけど。愛しい愛しい香織姫が目の前で他の男に掻っ攫われたんだものね?」
そんな檜山の背に、嘲りと同情を含んだ声が掛けられた。振り返った檜山の前に立っていたのはこの
この二人の関係は、
あの日、檜山大介は〝火球〟を使って
その犯行は全員が目の当たりにし、檜山には
香織が
そんな時にその人物は現れ、悪魔の契約を持ち掛けてきた。
提示されたのは白崎香織、差し出すものは檜山大介と言う共犯者。そして、一度は潰えた歪んだ恋情が背中を押し檜山はその契約書にサインする。
恐怖に怯えながら何度も密会を重ねた、共犯者の計画に協力してきた。
「くそっ! こんな……こんなはずじゃなかったんだ! 何で、あの野郎生きてんだよ! 何のためにあんなことしたと思って……」
――ヒーローの如く現れた天津悠姫によって、その一切が崩された。
「あのさぁ……一人で錯乱してないで会話して欲しいのだけど? この密会中のところを見られたら、後で言い訳が大変なんだから」
「……ふざけんな……お前に従う理由なんてないぞ……俺の香織は、もう……」
傍らの木に拳を打ち付けながら、檜山は苦々しく言った。檜山がこの人物に協力していたのは香織を自分だけのものにするためだった。だが、今回の一件によって香織のパーティーは解散し、その香織も悠姫達へと着いて行ってしまった。無理をして追いかけたところで、
そんな檜山を蔑んだ目で見下すものの、共犯者とてすぐには言葉を紡ぐことができなかった。何故ならこの人物もまた、悠姫に釘を刺されていたのだから。
悠姫にとっては、歪みに歪んだ重い感情は見慣れたものであった為に気が付けたのだが、共犯者にとっては一瞬で心を見抜かれた気持だったのだ。つまり、共犯者がどんな策を打とうとしているのかも見抜かれているようなのだ。
そして、
「……ッ」
将来訪れるかもしれない末路を想像して身震いするものの、止まるつもりなど毛頭ない。檜山と同じように、手に入れたいものがあるのだから。しかし、妄信的に求め続けたゆえに決定的な間違いにも気づけない。
折れた檜山をこのまま見限っていればよかった。二大天使という最大の障害がいなくなった以上、関係ない誰かを巻き込むことなく真っすぐにアピールしていればよかったのだ。
だが、
月明りが二人を照らす。
「……や、やべえ事を聞いちまった…」
そして、二人は最後に致命的なミスを犯していた。
第三章本編はあと一話、幕間と人物紹介・設定補足回を入れて、第三章は終了です。