ありふれない怪物は、やがて英雄へ   作:シロマダラ

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  二ヶ月ぶりになりますが、第六十六話、三章本編最終話です。


第六十六話 ヒカリの導き

 町外れの公園で怪しげな密会が行われていた頃、一人の少年が月明かりに照らされて佇んでいた。

 

 そこは一方の密会場とは異なり、町の裏路地や商店の合間を縫うように設けられた水路に掛けられた、小さなアーチを描く橋の上。ゆるりと流れる水面には下弦の月が写りこみ、そして反射した月明かりが橋の上で項垂れる少年の、天之河光輝の暗く沈んだ表情を照らしていた。

 

 日付が変わる頃に目を覚ました光輝は、香織と雫が悠姫に()()()()()()着いて行ったことを知り、制止する龍太郎の声を振り切り自棄を起こすかのように宿を飛び出してきたのだ。そして脇目も降らずに走って辿り着いた先が、この橋の上だった。

 

「俺は……」

 

 水面に映る月を眺める光輝の頭には、後悔ばかりが渦巻いている。

 

 自分が弱く未熟だから()に敗け、そしてあの魔人族を()()ことが出来なかった。結果、怪物にも敗北し大切な幼馴染達を止めることも出来なかった。

 

 そうだ、あの怪物。ユキ・ロスリックもとい、天津悠姫。奴が自分達の全てを壊した。奴は自分で言った通り、“悪”だ。平気で人を殺す極悪最低な怪物なのだ。それなのに。

 

 天津悠姫はどこまでも輝いて見えた。それに比べて天之河光輝(自分)は……酷く惨めに見えた。

 

『皆が前を向いて歩けるように。

 

 誰もが自らの意志で進めるように。

 

 絶望(なみだ)希望(えがお)に変える為に。

 

 俺は真実、鍍金(メッキ)を纏う正義(邪悪)の敵に―――“悪”そのものになりたいんだよ』

 

「…違うッ」

 

 否。正真正銘、自分(天之河光輝)は“勇者”なのだ。鍍金(メッキ)を纏ってなど断じていないと首を横に振った。しかし、奴の語った信念があまりにも格好よく(正道で)、そして全てが壊れたこの失敗(敗北)という現実が何よりも恐ろしく、疑念が脳裏にしがみついて離れない。

 

 自分は何かを間違えていたのではないか? 二人が自分の元から離れて行ってしまったのは、そのせいではないのか?

 

 その上で光輝にとって都合の良い所謂ご都合主義を展開するも、疑念が邪魔をしてその答えに納得することが出来ない。

 

「……ッ」

 

 ふと、無意識の内にカタカタと震える右手が目に映った。その震える右手を抑え込むように、左手で拳をギュッと握りしめる。なぜ震えているのか、その理由は実に明白だった。悠姫の胸を貫いた聖剣から伝わった、肉を切り裂く感触が、命を奪う感覚が手に残り消えないのだ。

 

 疑う余地もなく、悪の所業。つまり善悪の内、悪は光輝(善は悠姫)にあると心の奥底で理解していることであり――

 

「クソッ!」

 

 悪態を吐きながらダンッと拳を手摺に叩きつけた。悲痛に歪んだ表情が水面に照らされる。

 

 つまることろ、光輝にとって悠姫は謎なのだ。

 

 悠姫は自分を“悪”と言いながらも、その信念は“善”であった。ならば悠姫に付き従うティオやハジメ達は、その“善”によって救われたのだろう。迷宮深部で光輝が言ったような、奴隷や洗脳などによるものではない。

 

 そして、雫が悠姫を幼馴染だと言ったことも嘘ではないことが分かる。雫が意味のない嘘なんて吐くはずがないのだから。

 

 だから――

 

「――成ればよい、君が目指す理想の姿に。そうすれば、万事解決だろう」

 

「ッ! 貴様はッ!」

 

 その時、光輝の思考を遮り話しかけてきた相手がいた。光輝は驚いてバッと声の主へと振り返ると、そこには眼鏡をかけた黒髪の偉丈夫が立っていた。

 

 雫達が口にしていた呼び名は確か。

 

審判者(ラダマンティス)ッ!」

 

 ギルベルト・ハーヴェス、迷宮深部で悠姫の手によって殺された筈の()()()()()()()男が、地上の人間族の町であるホルアドに、人間族の勇者である光輝の前に姿を現したのだ。

 

 死んだ筈だ、いつの間にと、色々と考えることはあるがそれはそれ。鎧も聖剣もないこの状況は絶体絶命のピンチと言えるだろう。しかし、審判者(ラダマンティス)は臨戦態勢を取ろうとした光輝を制止した。

 

「ああいや、待ってほしい。私は戦いに来たわけではないのだよ」

 

「なに?」

 

 想定外の行動に、光輝は怪訝そうに動きを止めた。普段の光輝であればその制止など無視していただろうが、苦悩の最中にる今だからこそ素直に聞き入れた。

 

 そして当然、審判者(ラダマンティス)は光輝がそうするだろうと読んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まずは自己紹介をしよう。俺は天津悠姫。かつて怪物(テュポエウス)という異名で母国の為に戦い、今はこの世界に未来を齎す為に暴力(チカラ)を振るう、一人の破綻者(バケモノ)だ」

 

 ホルアドを出立して十数分、街道から少し離れた場所で、悠姫は迷宮深部でハジメが撃ち殺した筈の魔人族の女性と向き合っていた。

 

 なぜ彼女が生きているのか、理由は単純でハジメが撃ち込んだのはゴム弾だったからだ。光輝達が銃声に反応して見た時に、彼女は後ろに仰け反っていたため気が付かなかった。

 

 そして、その後の悠姫と光輝の諍いの隙にゴム弾によって気絶していた彼女を拘束、ハジメ謹製のアーティファクトで姿を消しつつ此処まで連れてきたのである。

 

「……理解できないね。あんた、一体何がしたいんだい? まさか本当に、あたしら魔人族を救いたい、なんて言うつもりかい?」

 

 彼女が目を覚ましたのは迷宮から地上に帰還している途中だった。拘束されているという状態や、悠姫(バケモノ)達が傍にいるということから荷物に徹し、その結果として悠姫と光輝の決闘や悠姫の信念をしっかりと聞いていた。

 

 だから、悠姫の信念が嘘偽りないものだと理解していた。

 

 勇者を凌駕する圧倒的な力を持ちながらも勇者達と、延いては聖光教会とも対立する姿勢を取りながらも、彼女を殺さなかったこと、王国に渡さなかったことが一つの証明と言えるだろう。

 

「魔人族()、だ。それに、救いたいんじゃない。救うんだよ、傲慢な神が作った遊戯から。人間族も、魔人族も、亜人族も、種族なんて関係ない。皆が明日を生きるために」

 

「……ふん、信じられるかい」

 

 しかし、二種族の争いは数世代にも亘って続けられてきた一種の呪いのようなもの。仮にも人間族側として召喚された存在である悠姫の言うことを素直に聞き入れるほど、二種族の確執は浅くはない。

 

 だからこそ彼女は悠姫を拒絶するのだが、その表情は葛藤に苦しんでいるのが見て取れた。

 

 悠姫のそれは理想論に過ぎず、光輝(勇者)が「みんなを救う」と口にしているのと同じこと。にも拘わらず、悠姫の理想論には希望(ヒカリ)を感じさせる重みがあった。

 

 時間にして半日程度、彼女から悠姫に対する印象は最悪で、会話は今が最初なのに、()()()()()()()()()()と思ってしまう。

 

「……それなら、私の話を聞いてもらえませんか?」

 

 そこに魔導四輪から降り立った一人、アヤメが彼女の前に出た。そして、アヤメが耳飾りを取ると、彼女の顔は葛藤から驚愕へと変わった。

 

 風に揺れるさらりとした黒髪は赤く染まり、きめ細かな白い肌は浅黒くなる。特徴的なその二点は、紛れもなく相対する彼女と同じ特徴だった。

 

「…まさかあんた、魔人族?」

 

「私の名は、アヤメ・バグアー。魔国ガーランドの将軍、フリード・バグアーの実妹(いもうと)です」

 

 

 

 

 

 アヤメ・バグアーの今生は魔人族の国、魔国ガーランドにて始まった。

 

 今生は家族にも恵まれ、特に兄は前世の傲慢な実姉とは違い、本気で魔人族の幸福を願う硬骨漢。民に、部下に慕われる兄の姿は家族として誇りに感じ、アヤメ自身もそんな兄を敬愛していた。

 

 そして、兄の背を追って軍人となったのは、前世(キリガクレ)を考えれば当然だったのかもしれない。

 

 しかし、敬愛はいつしか疑念へと変わり、そして嫌悪へと墜ちていった。そのきっかけは、兄が大迷宮の一つ【氷雪洞窟】を攻略してきた後だった。

 

 当時、アヤメはアーティファクトを用いて外見を人間族に変え、冒険者として活動していた。役割は有事の際に人間族の兵士として徴兵されるであろう冒険者達の戦力調査、つまりスパイ活動だった。

 

 途中、自分と同じようにトータスに転生した前世の同僚に再会しスパイ活動に葛藤を抱くなど様々な経験をしてきたが、十分な程に充実していた。

 

 そんなある時、兄が大迷宮を攻略したとの報告を受けガーランドへと戻ると、そこには変わり果てた兄が待っていた。

 

 他種族を見下す思想は強まり、「魔人族の為に」という理想は「神の為に」と摩り替る。そして、それは兄の周囲にも伝搬し、国や民に尽くす誇りある軍ではなく、神に尽くし神命を絶対とする狂信者の集団が出来上がったのだ。

 

 ゆえに、アヤメ・バグアーは逃げ出した。兄から、ガーランドから、魔人族から。なぜなら、怖かったから。前世の実姉のようになってしまうのが、見ていられなかったから。

 

 この逃亡を、アヤメはずっと後悔してきた。そして将来、悠姫(ユキ)がトータスに召喚されるということをシェリアから聞かされた時、確かな希望を見た。

 

 

 

 

 

「もし、あれが私達魔人族が辿る運命だというのなら、それは認められない、認めてはいけない。だから、同胞の未来を救うために、力を貸してほしいのです」

 

「な…そ、そんなこと」

 

 アヤメの話に彼女は動揺して後退る。その荒唐無稽な話を信じるなら、フリード・バグアー(敬愛する上司)や同じ釜の飯を食った同胞達は、何者かに洗脳されてしまっているということだ。

 

 当然、彼女にとって信じられるはずもなく。

 

「し、信じられるわけだないだろ?! それに、だったらあたしはどうなんだい!? 魔人族が洗脳されてるって言うなら、あたしだって――」

 

「おそらく、国の中枢に近い者、洗脳の正体に近づいた者、そして思想に疑惑を抱いた者だけでしょう。それにあなたは、あの審判者(ラダマンティス)()()()()()()()()です。洗脳などはされていないでしょう」

 

 実際、彼女はギルベルトのことを、人間族だから気に食わないが、非常に優秀な人間族であると認めている。それこそ、未だ彼女が洗脳されていない証拠でもある。

 

「神は、地上の全ては己の駒であり、二種族の戦争は遊びに過ぎないと嘯いている。仮に魔人族が戦争に勝利して人間族を滅ぼしても、神の戯れで魔人族も滅ぼされるだろう」

 

「――ッ」

 

 絶句する彼女に対し、悠姫は畳みかけるように言葉を紡ぐ。

 

「だからこそ、その神の遊戯という運命から皆を救いたいんだ。だって誰もが、明日を自由に生きる権利があるんだから。その為に、力を貸してほしい。この通りだ、頼む」

 

 頭を下げて頼み込む二人の姿に彼女は数秒の間固まり、そして項垂れると声を震わせ呟くように言った。

 

「……あたしにはミハイルが…恋人がいるんだ。戦争が終わったら、二人で幸せにって…そんな将来も、やってこないってことかい…?」

 

「ああ。もしかしたら、もっと苦しい思いをするかもしれない」

 

「…あんたは、ミハイルの事も、救ってくれるのかい…」

 

「必ず」

 

 力強く肯定した悠姫に彼女は数秒置くと、ゆっくりと顔を上げ強い意志を宿して悠姫を見た。

 

「カトレア。あたしの名前だよ。さっきの言葉、破ったら永遠に恨むからね」

 

「…ありがとう。改めて誓おう。必ず君達を、皆を、神の支配無き世界へ救うと」

 

 ここに、怪物と一人の魔人族との間に盟約が交わされた。魔人族(誰か)の明日を守るために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「初めまして、と言っておこう。私はギルベルト・ハーヴェス。雄々しき英雄より審判者(ラダマンティス)という名を授かった、どこにでもいる凡庸な男だ」

 

「……天之河光輝だ」

 

 そして、カトレアが悠姫の協力者となった日の同日深夜。オルクス大迷宮の入り口があるホルアドの町では、互いの名乗りから始まった。

 

「まあ、そうだな。まずは君が抱いているであろう疑問に答えていこうか」

 

 最初は審判者(ラダマンティス)から切り出した。光輝は審判者(ラダマンティス)の一挙手一投足見逃さないと正面に捉えながら、その話に耳を傾ける。

 

「まず一つ、大迷宮で君達と会ったのは私ではない。あれは疑似的な人造惑星(プラネテス)、分かり易く言うなら私を基にした魔物だ。だから彼は死んだが私は生きている。初めましてと言ったのはそういうことだ。

 

 そして二つ目、これはまあ、普通に近づいただけだ。私は外見上、唯の人間族だからな。一般と同じように町に入り、歩き、そして君に近づき話しかけた、という訳だ」

 

「……それで?」

 

 言外に、何故近づいたのかと続きを促す。冷静でなによりと満足げに頷くと、懐に手を入れながら話し始めた。

 

「では、単刀直入に言おう。君は強い力が欲しくはないか? 守りたいものを守ることができる、強大な力が」

 

「…な、それは」

 

 同時、審判者(ラダマンティス)は懐から、赤ん坊の手位の大きさのものを取り出した。透明感のある黒い結晶であるそれは、どこか吸い込まれそうな魔力を放っている。

 

 そして、光輝はその結晶に見覚えがあった。それは古都テルスでの依頼後、王都に戻った香織と雫が身に着けていた腕輪(ブレスレット)に装飾されていた宝石と同じもの。

 

「これは黒星晶鋼(アキシオン)という。魔力が結晶化したものだと思えばいい」

 

黒星晶鋼(アキシオン)…」

 

「見ての通り、非常に多くの魔力が込められている。この黒星晶鋼(アキシオン)を間違えずに使えば、君は今の何倍にも強くなれる」

 

 審判者(ラダマンティス)の言葉に、光輝は生唾を飲み込んで黒星晶鋼(アキシオン)をじっと見る。既に、敵であるという警戒などどこにもなかった。

 

 その光輝の様子にフッと微笑むと、審判者(ラダマンティス)は手の黒星晶鋼(アキシオン)を光輝へ差し出す。光輝はまるで腫物を扱うかのように黒星晶鋼(アキシオン)を受け取ると、ゴクリと喉を鳴らし黒星晶鋼(アキシオン)審判者(ラダマンティス)の顔を交互に見る。

 

「一応注意しておくのだが、あくまでも間違わずに使えば、だ。使い方が分かるまでは懐に入れておくだけにしたほうがいい。それだけでも、窮地には女神が力を貸してくれるだろう」

 

 そして、用は終わったと審判者(ラダマンティス)は踵を返す。疎らな人影に埋もれ、すぐにその背は見えなくなった。その場には、立ち尽くす光輝とその手に握られた黒星晶鋼(アキシオン)だけが残った。

 

 突然の襲来と手に入れた貰い物に光輝は呆然としているが、その心は妙に澄み渡っていた。悠姫と比べた善悪も、命を奪った感覚も、そして大切な幼馴染の事も、憂いは既に取り払われていた。

 

 この時、黒星晶鋼(アキシオン)が鈍く輝いていることなど欠片も気付かず、そしてこれは、更なる苦難が降りかかる試練の始まりだった。

 

 

 


 

 

 

 【グリューエン大火山】最奥。反逆者(解放者)ナイズ・グリューエンの隠れ家。

 

 数百年以上もの間、空気が揺らぐことがなかった小さな世界で、魔法陣が輝いた。その光に照らされ、一人の影が浮かび上がる。

 

「……神代魔法…これで、一つ…」

 

 近づいた、と小さく漏れた呟きが空気を引き裂いた。微かに口元が吊り上がる。影の主は、さっそくと言わんばかりに手に入れたばかりの神代魔法を行使し、【グリューエン大火山】から脱出した。

 

 そして再び、小さな世界は静寂に包まれた。




 三章の人物詳細・設定補足を挟んで四章に入ります。
 幕間は完成次第投稿します。

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