第四章、始まります
第六十七話 大砂漠とトラブル
【グリューエン大砂漠】、そこは赤銅色の世界と呼ぶに相応しい場所だった。赤銅色の微細な砂が風によって吹き上がり、大気の色すら赤銅色に染め上げる。そして、三百六十度、見渡す限り一色となった世界は方向感覚を狂わせる。
また、天より燦々と照り付ける太陽と、その
しかし、それは勿論
赤銅一色の世界を黒い箱型の乗り物、ハジメ謹製の魔導四輪が爆走していた。道と言う道など欠片もないが、車内に設置された方位磁針が進むべき方向を指し示している。
「……外、すごいですね……普通の馬車とかじゃなくて本当に良かったです」
「全くじゃ。この環境でどうこうなるわけではないが……流石に、積極的に進みたい場所ではないのぉ」
「トータスにこんな場所があったんだね…」
「恐らく、夜はホルアドやブルック以上に冷え込むだろう。そう考えればハジメ様様だな」
窓にビシバシ当たる砂と赤銅の世界を眺めながら後部座席のシアとティオ、前部座席の香織はしみじみと呟き、悠姫は膝上の丸みを帯びた黒いものを優しく手で梳きながら同意した。
「前に来た時と全然違うの! とっても涼しいし目も痛くないの! パパはすごいの!」
「……うん、ハジメパパは凄い。ミュウ、お水飲む?」
「飲むぅ~」
そして、前部座席の窓際でユエと一種に座っているミュウが、誘拐されて通った時との違いに興奮して万歳する。
無理もないだろう。海人族、それに四歳という幼さも考慮すれば、砂漠の横断など衰弱死しても不思議ではない程に過酷なものだったはずだ。そんな劣悪環境に耐えたミュウにとっては、冷暖房に冷蔵庫まで完備されているこの魔導四輪は、天国とも思える快適空間だろう。
「いや、ユエ…パパ呼びは勘弁してくれねえか?」
「でもハジメ君、ミュウちゃんには普通にパパって呼ばれてるよね?」
「いや、ミュウはもういいんだよ。ただ、同級生やユエ達からそう呼ばれるのは、な」
「…むぅ、仕方がない」
将来像を思い浮かべていたユエは、頬を膨らませ渋々ながらも引き下がった。でもいつかは、とユエが口を開くその前にハジメは蒸し返されてたまるかと、今度はその矛先を後部の二人へと向けた。
「てかいつまでいちゃついてんだよ」
「そうだよ雫ちゃん、次は私なんだから」
「…その後でよいから、妾も…」
「いやそうじゃねえんだよな…」
間違った同意をする香織とティオに、呆れたような声を出すハジメ。しかし、傍から見れば俺やユエもあんな感じだったのかと思うと、正直強くも言えないのも事実ではある。
その話題の種は勿論、
「ほら、ハジメもああ言ってるし、そろそろ、な?」
「……もう少し…」
悠姫と、悠姫に膝枕をされている雫である。ホルアドを出立して暫くはハジメ達の目もあって自重していたが、我慢できなくなったらしい。仲間以外に見られる心配がなくなった時は甘えるようになっていた。
「……八重樫って、こんな奴だったか?」
「話を聞いた限りあの勇者のフォローもしていたようじゃし、その反動もあるんじゃろうな……ん、なんじゃあれは?」
とうとう香織も悠姫に引っ付き始め、ユエが「…香織、意外とやる」と呟き、シアは「香織さん、大胆です」と目を輝かせ、ミュウが「お兄ちゃんとお姉ちゃん達、仲良しなの~」と興奮する。そんな様子を面白げに見ていたティオだが、どうやら窓の外に何かを見つけたらしい。
「ハジメ殿、三時の方向で何やら騒ぎが起こっておる」
「あれは…確かサンドワームだったか?」
ティオに促されてそちらを見ると、大きな砂丘の向こうにサンドワームと呼ばれるミミズ型の魔物が相当数集まっている様子が見えた。
体長は平均二十メートル、大きいものだと百メートルにも及ぶという。グリューエン大砂漠にしか生息しておらず、普段は地中を潜航し、獲物が近くを通ると三重構造に並んだ牙を生やした大口で真下から襲い掛かる。この奇襲を察知することは難しく、砂漠を横断する者達からは死神として恐れられている。
とはいえ、サンドワーム自身の索敵能力は決して高いとは言えず、潜航場所の近くを通らなければ狙われることはないという。つまり、サンドワームの群れに補足されてしまった、不運な獲物がいるということなのだが……
「なんで同じ場所をグルグル回ってんだ?」
奇妙なことに、そのサンドワームの群れはその獲物がいると思われる場所を中心に、何かを窺うように周囲を旋回していたのだ。ティオが言うには、獲物を食べるか食べないか迷っているよう、らしいのだが。
「じゃが、奴らは悪食じゃ。獲物を前に躊躇するなんてことはないはずなのじゃが…」
「まあ、態々首を突っ込む必要は……ッ!? 掴まれッ!」
突然そう叫ぶと、ハジメは一気に四輪を加速させた。その直後、車体を僅かに浮き上がらせながら砂色の巨体、大口を開けたサンドワームが後方より飛び出してきた。
「下だ! まだ来るぞ!」
「チッ!」
咄嗟に感知系の
そして車体に擦れるように飛び出してきた二体を含め、三体のサンドワームが四輪を睥睨した。奇襲を躱されたサンドワームは、今度はその巨体に物を言わせ大口を開けて襲い掛かる。
これが唯の馬車であったならば、この攻撃で終わっていただろう。しかし、この
「そう言えば、何気に使うのは初めてだな!」
そんな事を言いながら、ハジメは四輪をドリフトさせて車体の向きを変え、バック走行すると同時に四輪の特定部位に魔力を流し込み、内蔵された機能を稼働させる。
四輪のボンネット部分が一部スライドして開き、中から四発のロケット弾がセットされたアームがせり出してきた。そしてアームは獲物を探すようにカクカクと動き、迫りくるサンドワームへと砲身を向けると刹那の間に発射。サンドワームの口内へと吸い込まれていった。
「香織、ミュウを」
「うん、分かってるよ」
次の光景を予見した悠姫は、その凄惨な光景を見せないようにと香織に声を掛ける。香織は分かっているとミュウを正面から抱きしめて、そして次の瞬間、悠姫が予見した通りの光景が表れた。
サンドワームは爆音と共に内側ら弾け飛び、真っ赤な血肉がシャワーのように降り注いだ。バックで走る四輪のフロントガラスにもベチャベチャとへばりついた。これには見えていないミュウ以外の全員が顔を顰める。
「うへぇ……ひでえなこりゃ」
「殺った本人が言うことか、それ? それよりも次が来るぞ」
爆音と衝撃に気が付いたのだろう、砂丘の向こう側にいたサンドワーム達が一斉に動き始めた。地中の浅い部分を移動しており、砂が盛り上がっているために隠密性がない。おそらく、奇襲よりも速度を優先しているのだろう。
ハジメは四輪を砂丘の方へと向かわせた。そして三体を瞬殺したロケットをしまい、別の兵器を起動させる。ボンネットの中央が縦に割れ、なかから長方形の箱が表れ、軽快な音でライフル銃へと変形した。
その直後、一体のサンドワームが勢いよく地上へと飛び出した。ライフル銃は紅いスパークを迸らせながらサンドワームの頭部に狙いをつけ――
「は?」
――目標が宙を舞ったことで、スパークは鳴りを静めた。宙を舞ったのだ、サンドワームの頭部が。胴体から斬り飛ばされて。そして、その頭部へと。
「
――〝
魔杖の熱戦が血肉ごと焼き消した。サンドワームを斬ったのは雫だった。悠姫に
雫に気が付いて地上へと現れたサンドワーム達を、雫は殺気を籠めて睨みつけた。たった一体を屠ったところで雫の怒りが収まるわけがなく、サンドワームが雫に蹂躙されたのはある意味当然の結末だった。
そして、一行はサンドワームが捕食するのを躊躇していた
“治癒師”である香織がその人物へと近づき、その顔を見ると目を見開いて驚いた。歳は二十代半ばくらいの若い青年なのだが、香織が驚いたのは年齢ではない、青年の状態だった。
苦しそうに歪められた顔には大量の汗が浮かび、呼吸は荒く、脈も速い。服越しでも判るほどの高熱を発しており、圧力を掛けられているように血管が浮き出ており、目や鼻といった粘膜から出血もしている。唯の日射病や風邪ではない、尋常ではない様子だ。
香織はその人物に、対象を診察して、その結果を自分のステータスプレートに表示する技能〝浸透看破〟を使った。それと同時に、悠姫が男の状態を読み取った。
「これは、体内の魔力が暴走してるのか?」
「…うん、そうみたい」
「…どういうことだ?」
「変なものでも食べたのか、或いは飲んだのか、それが原因で体内の魔力が暴走状態になってる。何故か、魔力を外に排出することもできないから、内側から強制的に活性化・圧迫してる。……ああ、魔物の肉を食べた時に似ているんだ」
「なるほどな」
最後の一言はハジメは直ぐに理解できる内容だっただろう。なぜなら、奈落で自分が実際に体験しているのだから。この青年ほど軽い症状ではなかったが、つまり急いで対応しなければ行き着く結末が同じ可能性は高い。
「このままだと、内臓や血管が破裂して死ぬだろう。香織、まずはこの男から魔力を吸いだしてくれ」
「うん、分かった。光の恩寵を以て宣言する ここは聖域にして我が領域 全ての魔は我が意に降れ 〝廻聖〟」
香織は悠姫の指示に従い、光系の上級回復魔法〝廻聖〟を行使した。これは一定範囲内の人間の魔力を他者に譲り渡す魔法であり、その応用として他者の魔力を強制的に吸い出すドレイン系の魔法としても使用できる。
そして青年から吸い出された魔力は、神結晶の腕輪へと蓄えられていく。すると、徐々に青年の呼吸が安定し、出血も収まってきた。香織は〝廻聖〟の行使を止めると、初級回復魔法〝天恵〟で、青年の傷ついた血管を癒していった。
「取り敢えずこれで……今すぐ、どうこうなることはないと思うけど、根本的な解決は何も出来てない。魔力を抜きすぎると、今度は衰弱死してしまうかもしれないから、圧迫を減らす程度にしか抜き取っていないの。このままだと、また魔力暴走の影響で内から圧迫されるか、肉体的疲労でもそのまま衰弱死する……可能性が高いと思う。勉強した中では、こんな症状に覚えはないの……ユエとティオは何か知らないかな?」
「……正直、こんな病気は聞いたことはないのう。じゃが、主殿の言ったことが答えに近いんじゃないかの?」
「…魔物の肉を食べた、か」
ティオの言葉に反応して、悠姫が呟いた。とはいえ、悠姫は魔物の肉を食べた時の症状は、ハジメから聞いた範囲でしか分からない。つまり、当時のことを知っているのはハジメだけなのだ。
そして、悠姫がハジメへと顔を向けたところで、青年が意識を取り戻したらしく呻き声を上げ、目蓋がふるふると震えた。ゆっくりと目を開けて周囲を見渡す青年は、心配そうに自分を見つめる香織を見て。
「女神? そうか、ここはあのyォッ!?」
「雫!?」
「雫ちゃん!?」
「……あ、ごめんなさい。つい…」
香織へと手を伸ばそうとした青年の腹を、苛立ちが残っていた雫が刀の鞘で突き刺した。結果、ひどい呻き声を上げて止めを差された青年は、再びその意識が彼方へと旅立つことになった。
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