再び気絶した青年を魔導四輪の中に避難させて暫く、青年は目を覚ました。同時に正気も取り戻したようで、外の砂漠と比べると天国と言える快適な環境や自分を囲む悠姫達にひどく混乱したが、悠姫達が命の恩人だと理解すると頭を下げて礼を言い自己紹介を始めた。
青年の名前は、ビィズ・フォウワード・ゼンゲン。悠姫達が【グリューエン大火山】に挑戦する際の中継拠点に考えていた、アンカジ公国領主の子である。
これには、さすがの悠姫達も驚きを隠せなかった。アンカジ公国はエリセンから運送される海産物の鮮度を極力落とさずに運ぶための要所で、その海産物の産出量は北大陸の八割を占めている。つまり、北大陸の食糧供給の一分野において、独占的な権限を得ているに等しいのだ。ハイリヒ王国の中でも信頼の厚い屈指の大貴族である。
そんな大貴族の子が、謎の奇病によって砂漠で息絶えようとしていたということは、アンカジ公国に
ビィズの方も、香織や雫の素性(〝神の使徒〟として異世界から召喚された者)や悠姫達の冒険者ランクを聞き、目を剥いて驚愕をあらわにして天へと祈り始めた。神が我らに女神を遣わしてくださったのだと。
そして、ビィズが語った内容はまさにアンカジ公国の危機だった。
まず四日前、アンカジで原因不明の高熱を発し倒れる人が続出した。それは本当に突然のことで、初日だけで人口二十七万人のうち三千人近くが意識不明に陥り、症状を訴える人は二万人にも上ったという。当然、直ぐに医療院は飽和状態となり、公共施設を全開放しつつ医療関係者が総出で当たったが、香織がビィズに行ったのと同じく、進行を遅らせることは出来ても完治させる事は出来なかった。
更には医療関係者の中からも倒れるものが現れ始めた、遂に死者が出始めた。それも発症してから僅か二日だという事実に、絶望が立ち込め始めた。
そんな中、一人の薬師が飲み水に魔力の暴走を促す毒素が含まれていることを突き止めた。そしてその毒素がアンカジの生命線であるオアシスを汚染していたことが、奇病の原因だったのだ。
つまり、新たな水の確保が出来ないということでもある。いずれ水の備蓄は尽きるという事実に更なる絶望が立ち込めるが、解決策がないわけではない。
それは、砂漠のずっと北方にある岩石地帯か【グリューエン大火山】で少量採取できる〝静因石〟という希少鉱石を使うこと。〝静因石〟には魔力の活性を抑制する効果があり、粉末状にしたものを服用すれば体内の魔力を鎮めることが出来るだろう。
「だが、新たに〝静因石〟の採取に行ける冒険者は皆倒れてしまった。水の備蓄も圧倒的に足りない。ゆえに私と護衛隊で救援要請の為に王国へ行こうとしたのだが……」
「自分も感染していた、ということか。健常だった護衛隊はサンドワームに喰われ、奇病に罹ったビィズ殿は喰われずにこうして助かったとは、幸運と言うか不幸と言うか」
「ああ、情けない。今もなお、アンカジの民は苦しんでいるというのに。……だが、私は幸運だ。君達に、いや、貴殿達にアンカジ公国領主代理として正式に依頼したい。どうか、私に力を貸して欲しい」
そう言い、ビィズは深く頭を下げた。車内を静寂が包み込む。
悠姫とハジメに視線が集中する。二人は軽く目を合わせ、静かに頷いて口を開いた。
「受けてやるよ、その依頼。元からアンカジには寄る予定だったし、グリューエン大火山にも挑むつもりだ。そのついでに〝静因石〟を採ってくるくらい問題じゃねえ」
「さすがに二十万人の無辜の人々を見捨てるほど非情じゃない。それに…」
「それに?」
「……いや、何でもない。依頼の内容は、ビィズ・フォウワード・ゼンゲンをアンカジ公国まで送り届けること。使える水と〝静因石〟の確保。であってるか?」
――アンカジ公国に魔人族の陰がある等、言えるわけがない。
カトレアからの情報提供によって、魔人族がアンカジ公国に何かをするということは知っていたが、カトレアが別動隊だったからかその何かまでは分からなかった。
しかし、兵站の一角を担う要所であることは間違いはない。魔人族が狙う場所としては当然だ。
「あ、ああ。それで、まずは王国に」
「いや、水の確保には当てがある。このままアンカジに向かうぞ」
「当て? そんなのどうやって」
数十万人分の水の確保などどうやるのかと、ビィズは訝しむ。それは当然の疑問なのだが、ここには魔法の天才であるユエがいる。そして、大気中の水分を集めて水を作るなど、常識的には考えつかないだろう。
それを掻い摘んで説明する香織と、背後に宇宙を展開する猫のような表情になったビィズを尻目に、ハジメは魔導四輪をアンカジ公国に向かわせた。
乳白色の外壁に囲まれ、その各所から登る光の柱が緩やかな曲線を描きながらアンカジ全体をドーム状に覆い、砂嵐から都を守っている。内部も乳白色の建造物が立ち並び、外界の赤銅色とのコントラストが美しさを際立たせている。
しかし、その美しさとは裏腹に、アンカジは暗く陰気な雰囲気に覆われていた。通りに出ている者は極めて少なく、ほとんどの店も営業していないようだ。誰もが戸口をしっかり締め切って、まるで嵐が過ぎ去るのをジッと蹲って待っているかのような、そんな静けさが支配していた。
「……使徒様やハジメ殿達にも、活気に満ちた我が国をお見せしたかった。すまないが、今は時間がない。都の案内は全てが解決した後にでも私自らさせていただこう。一先ずは、父上のもとへ。あの宮殿だ」
「父上!」
「ビィズ! お前、どうしっ……いや、待て、誰だそいつら!?」
ビィズの顔パスで宮殿内に入った悠姫達は、そのまま領主ランズィの執務室へと通された。衰弱が激しいと聞いていたのだが、どうやら治癒魔法と回復薬を多用して根性で執務に乗り出していたらしい。
そんなランズィは、一日前に救援要請を出しに王都へ向かったはずの息子が帰ってきたことに驚きをあらわにした。ビィズは悠姫の肩を借りながら、ランズィへと事情を説明した。
話はトントン拍子に進み、執事らしき人が持ってきた静因石の粉末を服用して完治させたビィズに香織が回復魔法を掛けると、全快とまでは行かずとも行動を起こすに支障がない程度には治ったようだ。
なお、完治といっても、体内の水分に溶け込んだ毒素がなくなったわけではなく、単に静因石により効果を発揮できなくなったというだけである。体内の水分に溶け込んでいる以上、時間と共に排出される可能性はあるので、今のところ様子見をするしかない。
「じゃあ、動こう。香織はシアを連れて医療院と患者が収容されている施設へ。魔晶石も持っていけ。ハジメ達は、水の確保だ。ランズィ殿、最低でも二百メートル四方の開けた場所はあるか?」
「む? うむ、農業地帯に行けばいくらでもあるが……」
「なら、そっちはハジメとユエが行ってくれ。シアは、魔晶石がたまったらユエに持って行ってくれ。残りの俺達はオアシスに行って汚染原因を調査する。ハジメとユエも水源を確保したら俺達に合流してくれ」
そして、悠姫の指示で行動を開始する。
香織とシアはビィズと同じ病状で倒れている住民の治療。その過程で抽出した魔力が溜まった魔晶石も用いてハジメとユエが水源の確保。
そして、悠姫達が原因とされてるオアシスの現状を調査、原因の特定・排除、という
オアシスは、キラキラと光を反射して美しく輝いており、とても毒素を含んでいるようには見えなかった。
しかし――
「……いるな」
「いるってことは……魔物?」
「恐らくな。なあ、ビィズ殿」
オアシスの中から魔力を感じ取り、悠姫がぼそりと呟いた。
「国で調査を行ったと言っていたが、どの程度を調べた?」
「ええと、オアシスとそこから流れる川、各所井戸の水質調査と地下水脈の調査です。ですが、話した通り地下水脈は特に異常は見つかりませんでした。とは言え、調べられたのはこのオアシスから数十メートルが限度で、オアシスの底まではまだ」
「オアシスの底には、何かアーティファクトでも沈めてるのか?」
「? いえ。オアシスの警備と管理として結界系のアーティファクトは使われてますが、それは地上に設置してるので、オアシスには何も…」
「なるほど…雫とティオは迎撃の用意を。他はオアシスから離れてくれ」
「分かったわ」
「了解じゃ」
「ユ、ユウキ殿? 何を?」
ビィズの言葉に頷いた悠姫は、指示を出しながら太刀を片手にオアシスへと片腕を入れる。
「〝
輝照するのは人狼の星光。
「〝
腕を揺らして発生させた振動で索敵する。じっと動かない悠姫にビィズ達は困惑して近づこうとするが、雫とティオがオアシスを警戒しながら制止する。それから訳一分が経過し――
「〝
――水面に波が立ち始め、直ぐにビィズ達の足元にも伝わる大揺れへと変わる。ビィズ達は何が起きたのだとさらに困惑し、悠姫へと詰め寄ろうとしたその直後、
風を切り裂く勢いで無数の水が触手となって悠姫に襲いかかった。しかしそれは、雫の抜刀術とティオの炎によって一つ残らず迎撃され空中へと霧散した。
そして、水面が突如盛り上がったかと思うと、重力に逆らってそのまませり上がり、十メートル近い高さの小山になったのである。
「な、なんだ……これは……」
ビィズの呆然とした呟きが響き渡った。