ありふれない怪物は、やがて英雄へ   作:シロマダラ

80 / 106
第六十九話 潜むもの / 迫るもの

 

 小山からオアシスの水が流れ落ちて現れたそれは、体長十メートル、無数の職種をくねらせた、所謂スライム型の魔物だった。

 

「こ、この魔物は……バチュラム…なんですか?」

 

「さあね。なんであれ、この魔物がオアシスを汚染させた原因で、毒素を生み出す固有魔法を持っているんだろう」

 

 バチュラム、というのはトータスでのスライム型の魔物の事だ。だが、ビィズがその巨体に驚いているように、バチュラムは一メートル程度の体長のはずだ。加えて、水質を汚染するような能力を有しているわけでもない。

 

 つまり突然変異個体――ではなく、魔人族の変性魔法によって改造された魔物と言うことだ。

 

「そ、それじゃあ、この魔物を倒せば…」

 

「浄化されるかどうかは分からないが、少なくとも水質汚染が進むことはなくなるだろう。……ああ、もう終わったよ」

 

 戸惑うビィズに悠姫は濡れた手を払いながら語り掛ける。そして、悠姫の「終わった」という言葉と同時に、バチュラムの体がずるりとずれた。

 

「八重樫流抜刀術・〝断空〟」

 

 鍔を鳴らして雫が呟くと同時に、核を真っ二つにされたバチュラムが一瞬で崩れ去る。

 

 アンカジ公国を滅亡の危機に陥れた脅威の根源があっさりと退治された光景に、ビィズ達は呆然としながら悠姫達を見つめていた。

 

「こ、これで終わりなのですか?」

 

「これで終わったのなら万々歳なんだが、水質に関しては……だめだな」

 

 慌ててアンカジの薬師が水質を調べてみたが、落胆した様子で首を振ることから結果は察せられた。同時に、ランズィやハジメ達も合流してきた。ランズィはビィズから結果を聞くと同じように落胆して顔を伏せる。

 

「じゃが、これ以上に汚染が広がることはないのじゃ。地下水脈から新しい水を汲みだしていけば、オアシスを元に戻すことは出来るはずじゃ」

 

 しかし、ティオが慰めるように言うと、ランズィ達は気を取り戻してオアシス復興へと気合を入れた。常に過酷な環境下にある国だからこそ、その国に住む民たちの愛国心も強いのだろう。

 

「だが、一体このバチュラムはどこから来たのだ? 毒素を放出するなど聞いたこともない。地下水脈から流れ着いたのか?」

 

「……いや、心当たりならある。魔人族だ」

 

「!? 魔人族だと! 魔物を使役することは聞いていたが」

 

「強力な魔物や、このバチュラムみたいな新種の魔物を使役している魔人族に出くわしたことがあってな。つい最近だと、使徒である勇者パーティすら退けるほどだ」

 

 ハジメの返答にランズィは苦い顔をしながら低い唸り声を上げる。エリセンから送られる海産物や果物等の運送における要所である点からも、アンカジ公国が狙われることは想像できる。

 

「まさか、そこまでだったとは……その強さ、アーティファクト、ハジメ殿とユウキ殿は、まさか」

 

 香織殿と雫殿と同じ……と続けようとしてランズィは口を噤んだ。恩人に対し、余計な詮索など無礼であり、また優先して行うことはまだ残っている。

 

「……アンカジ公国領主ランズィ・フォウワード・ゼンゲンは、国を代表して礼を言う。この国は貴殿等に救われた」

 

 そういうと、ランズィやビィズを含め彼等の部下達も深く頭を下げた。一国の領主が容易に頭を下げるべきではないが、ハジメ達が誰であろうとランズィは頭を下げていただろう。

 

「まあ、ありがたく受け取っておく。この恩はでかいぞ」

 

 笑いながら返したハジメに、謙遜と下心で返してくるものだと思っていたためにランズィはキョトンとしてしまう。が、同時に吹き出すように笑い、肩を震わせた。

 

「ああ、勿論。末代まで覚えているとも……それで、まだアンカジには苦しんでいる患者たちが多くいる……それを頼めるかね?」

 

「もともと、【グリューエン大火山】には用がある。それに、静因石の確保も依頼の内だ。気にすることはない。それで、いくつ必要だ?」

 

 

 

 

 

 医療院では、香織がシアを伴って獅子奮迅の活躍を見せていた。緊急性の高い患者から魔力を抜き取ってストックし、周囲に集めた患者の病の信仰を一気に遅らせ、同時に衰弱を回復させるように回復魔法も行使する。

 

 シアは、動けない患者達を馬車に詰めて、その馬車ごと持ち上げて一気に運んでいた。香織が移動するより効率が高いと判断したからだ。

 

 医療院の職員達は、上級魔法を連発したり、複数の回復魔法を当たり前のように同時行使する香織の姿に深い尊敬を念を抱き、全員が香織の指示の元に治療に当たっている。

 

 そんなところに、悠姫達がやってくる。そして、ランズィより水の確保と汚染の元凶が倒されたことが大声で伝えられると、一斉に歓声が上がった。砂漠の真ん中で安全な水も確保できず、絶望に包まれていた人々に笑顔が戻り始める。

 

「俺達はこれから【グリューエン大火山】に挑む。香織はここで、患者達の治療を続けてほしい」

 

「悠姫君…うん、分かった。でも、皆の体力的にもあと二日…私の回復魔法を考えても、三日くらいしか持たないと思う。だから、静因石をお願い」

 

 香織の魔力は、治療と同時に抜き出してストックした魔力や黒星昌鋼(アキシオン)があるため問題ないのだが、患者達の衰弱や体力面が限界に近い。

 

 星辰奏者(エスペラント)となったことで魔力操作の技能を習得し、回復魔法の精度は飛躍的に向上している。それでも、三日が限界だ。

 

「……私、頑張るから。無事に帰ってきてね。待ってるから……」

 

「…ああ、任せろ」

 

 夫を仕事へ送り出す妻さながらな振舞いをする香織に、悠姫は周りから生暖かい視線を向けられながらも苦笑いして応える。そして、ミュウを香織に預け、一行は【グリューエン大火山】へと出発した。

 

 

 


 

 

 

 悠姫達がアンカジ公国を救うために奮闘していた、その日の夕方。ハイリヒ王国王宮の廊下を、畑山愛子が暗い表情で歩いていた。その隣には、清水幸利も共に歩いている。

 

 愛子の表情が暗いその原因は、ここ数日における王国と教会の対応である。有体に言うならば、ユキ・ロスリック(天津悠姫)と南雲ハジメの両名が、異端者認定されたのだ。

 

 確かに、悠姫とハジメの力は非常に強力だ。僅か数人で六万以上の魔物の大群を、未知のアーティファクト、未知の魔法で撃滅した。にもかかわらず、聖教教会には非協力的で、場合によっては敵対することも厭わないというのだから、危険視させるのは当然ではある。

 

 だが、ウルの町を救ったという功績や、愛子がどれだけ抗議しても取り合うことはせずに異端者認定を下すなど、どう考えてもおかしいだろう。

 

 更におかしいということがあるとすれば、清水幸利に何の罰がなかったのだ。これは愛子や他護衛隊から見れば喜ばしいことではあるが、二人への判決に加えて奇妙と言うほかない。

 

「…私は、どうすれば…」

 

「先生…」

 

 そんな愛子を見て、幸利は何もできないもどかしさに悩んでいた。自分を助けてくれた恩人が異端者となり、自分を信じてくれた恩師が苦しんでいる。それなのに何もできない無力差がどうしようもなく悔しい。

 

 強い力を手に入れたのに、先生の役に立てる力を授けてもらったはずなのに。

 

「?」

 

 ふと、幸利が不思議な気配を感じて前方を見る。そこには、聖教教会の修道複を身に纏った女性が立っていた。すると。

 

 

「はじめまして、で合っているでしょうか。畑山愛子、清水幸利」

 

 

「ッ!?」

 

 幸利が愛子を抱えて、後ろへ飛び退った。直接に声は聞いていないはずなのに、直感的に気付いてしまった。この女は――

 

「――真の神の使徒、ノイントッ!」

 

 清水幸利がウルの町へと魔物を嗾けた戦いで、悠姫と激闘を繰り広げた“真の神の使徒”

 

 まずい、と幸利は内心で唾を吐く。たとえ逆立ちしようとも、清水幸利ではノイントには敵わない。木っ端のように瞬殺されて終わりだ。

 

 だが、ここには畑山愛子という守らなければならない人がいるのだ。震えながらも杖を取り出し、愛子へと近づけさせまいとノイントへと突きつける。

 

 ようやく理解できたのか、愛子は顔を青褪めさせて清水へと叫んだ。

 

「し、清水君ッ! 私は構いませんから、早く逃げて…」

 

「そんなことできませんッ! 俺が時間を稼ぎます!」

 

「で、でも――」

 

「―――慌てているところすみませんが、私に戦いの()()はありません」

 

「…は?」「…ふぇ?」

 

 と、二人のやり取りを前にノイントは変わらず能面的な表情で、しかし明確に()()()()()()()()と口にした。

 

 思わずキョトンとする幸利と愛子に、ノイントは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と悩みながら口にした。

 

「お願いがあってきました」

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。