フリード・バグアーと名乗った男を視界に収めながら悠姫達は岩石の足場に着地した。足場の周囲はマグマの海で覆われており、もしも落ちてしまえば終わりだろう。
だが、そのマグマをその程度と感じてしまうほどの脅威が、悠姫達の頭上にある。
一体一体が脅威的な威力のブレスを吐く総数五十の灰色の竜に、その灰竜を超える巨体の
「神の使徒……ね。随分と大仰だな。神代魔法を手に入れたからそう名乗ることを許されたってか?」
「そうだ。神代の力を手に入れた私に、“アルヴ様”は直接語りかけて下さった。“我が使徒”とな。故に私は、己が全てを賭けて主の望みを叶える。その障碍と成る貴様等の存在を、私は全力で否定する」
バッと上げた右手を合図に、灰竜の口内に魔力が集束する。必殺級の威力を誇るであろうそれに警戒しながら、ハジメは不敵に笑いながら応える。
「いいや、無理だな。だってお前、
「ッ! 死ぬがいいッ!」
ハジメの煽りに顔を怒りで染めたフリードが右手を振り下ろす。その号令と共に、灰竜達の口内から小規模の
しかし、魔法の構築を終えたユエが右手をかざし、ハジメが稼いだ時間をいっぱいに使って練り上げた魔法を展開する。
「〝絶禍・改〟」
魔法名の宣言によって、重力魔法が展開する。本来の〝絶禍〟が約60cmの重力球を生み出し吸い込むものに対し、この〝絶禍・改〟は約100cm程の重力球を複数展開するもの。消費魔力は〝絶禍〟の数倍にまで大きくなったが、展開範囲・引力性能は上がっている。
それ故に、灰竜の小極光程度ではビクともしない。
「ならば私が手にした新たな力、神代の力を知るがいいッ!」
灰竜では守りを突破できないと判断したフリードは再び
神代魔法の絶大な効果を知っている以上、発動はさせないとハジメはドンナー・シュラークをフリードへ向け引き金を引いた。が、
「〝界穿〟!」
「ッ! 後ろです!」
魔法名を唱えると同時に、フリードと白竜の姿が消えた。正確には光り輝く膜のようなものが出現し、そこに飛び込んだのだ。閃光が空を切り驚愕するものの、〝未来視〟で先を視たシアの警告でハジメは背後へ振り返る。
そこには、大口を開け極光を口内に溜めた白竜とその背に乗って鋭く睨むフリードがいた。同時に臨界に達しているブレスを解き放つ。が、
「喰らうわけねえだろ」
「
振り返りながら取り出した大盾を構え〝金剛〟を発動、更には悠姫が
しかし、
「でりゃぁぁあ!」
そこに、陰からドリュッケンを構えたシアが飛び出し、目を見開くフリードへ迫る。傍に控える亀型の魔物が障壁を展開するが、拮抗は一瞬。障壁を粉砕し大槌の一撃がフリードへと放たれた。
「がぁああ!」
辛うじて腕をクロスしてガードしたようだが勢いを殺しきれるはずもなく、両腕を粉砕されながらフリードは白竜の背から吹き飛ばされた。
白竜は背から主がいなくなったことに気が付いたようで、気を逸らしたことでブレスの勢いが弱まった。そこを狙い撃つように、横から迫る黒いブレスが白竜を極光ごと呑み込んだ。
「グルルァッ!」
悲鳴を上げて吹き飛ばされる白竜。だが何とか体制を立て直し、天井付近へと一気に飛翔する。そこには、灰竜の背に乗って両腕を治療するフリードがいた。見れば、フリードの周囲に十数体程度まで数を減らした灰竜が集まっている。
「……恐るべき戦闘力だ。よもや神代の力を使ってなお、ここまで追いつめられるとは……貴様等、一体どれほどの神代魔法を習得しているのだ」
白竜の背に乗り移ったフリードが、肩で息をしながら押し殺すような声色で語る。
「負け惜しみか? 神代魔法の差で負けたとでも言いてえのかよ」
「ッ…この手は使いたくはなかったが、貴様等ほどの強者を殺せるならば」
一瞬だけ表情を怒りに染めるがすぐさま目を伏せ、何かを決心したように肩に止まった小鳥の魔物に何かを伝え――
「やらせねえ」
「なッ」
ハジメのどドンナーの一撃により、ドパンッという衝撃音と共に魔物が消し飛んだ。肩で発生した衝撃に驚き、魔物の肉片を顔面に浴びる。反射的に目を閉じてしまい、再び開いた時には、目の前に転移してきた悠姫が迫ってきていた。
「ッ!」
息を飲んで驚愕するが既に遅く、フリードの首へ吸い込まれるように悠姫の刃が届く
その瞬間――
「その位置だ、フリード。少々手荒だが、許せ」
刹那、煌めく剣閃――空間を斬り裂きながら無数の刃が悠姫へと襲い掛かる。
避けられないと判断したもののみ迎撃し、残りを屈み身体を捩り回避する。しかし、追撃は止まらない。
前方の空間に捻じれた大穴が出現する。まるで何かの射出口だと感じた悠姫の予想通りに、そこから直径三メートル程の柱が悠姫を押し出した。
『主殿ッ!』
屈んでいるという体勢上避けることはできず、白竜の背より落下する悠姫を、ティオが搔っ攫うように回収する。
その直後、フリードの隣に一人の魔人族が降り立った。
紅蓮に燃える長髪を靡かせて悠姫達を眼下に収める男を、フリードは恨めしそうに睨みつける。
「――ヴィクトル」
ヴィクトル、と呼ばれた男は特に悠姫から視線を逸らすことなく告げる。
「目的は既に達している。
「彼女が来ているならば――」
「目的は果たしたと言った。これ以上は我々も無事では済まん」
「……分かった」
フリードは苦虫を噛んだような表情を見せるも、ヴィクトルの言葉を受け入れ魔法行使の姿勢をとる。
再びハジメが妨害しようとドンナーの銃撃を放つも、射線上に割り込んだ影がドンナーの銃撃をはじき返す。
「貴様達の相手はこの俺、ヴィクトル・ドラングレイグが引き受けさせてもらう」
自身の名を告げ、ヴィクトルは態勢を低くして一気に駆け出した。白竜の背より空中に飛び出し、身体を翻しながら右手に握った直剣を振るう。
そして、その剣閃が虚空を斬り裂きながらハジメへと襲い掛かった。これが先ほど悠姫を襲った攻撃の正体なのだろう。
「ハッ! 舐めてんじゃねぇ!」
その攻撃はさっき見た。ハジメはドンナー・シュラークで飛来する剣閃を打ち落とし、そのまま照準をヴィクトルへと固定する。
それを見たヴィクトルはあろうことか、直剣をハジメへと投擲した。
「はッ?!」
自ら武器を捨てる行為にハジメも驚愕を隠せなかったが、それも一瞬。シュラークの照準を直剣へと変更し、ドンナーと同時に斉射する。
紅い雷を纏った閃光がヴィクトルと飛来する直剣に襲い掛かる。しかし、閃光がそれらを貫くことはなかった。
ヴィクトルと直剣が視界から消失した。空を切る閃光に驚くも、真後ろから殺気を感じて振り向き――
「――がッ!?」
「ハジメッ!」
「ハジメさんッ!」
――ハジメの両足を一対の閃光が貫いた。肉が焼け焦げ激痛に悶えるハジメに、ユエとシアが悲鳴を上げ男へ駆け寄る。敵に対する意識は完全に抜けており、そこにヴィクトルが襲い掛かる。
『馬鹿者ッ! 油断するでないッ!』
ジャリンッという甲高い金属音を鳴らし、ヴィクトルの刃をティオの竜鱗が受け止める。鱗を斬り裂き筋肉まで到達しティオは顔を顰めるも、筋肉に力を込めることで直剣が抜けないように固定する。
『今じゃッ!』
ティオの呼びかけに応えるように、影から悠姫と雫が飛び出した。迫る二人をヴィクトルは視界に収め、抜けない剣を手放すと同時に何もないはずの虚空から大剣を取り出し振り払った。
「きゃッ!」
大剣の暴威に耐えられず、雫が身体を宙に浮かせて飛ばされる。だが、足場を越えてマグマに落下する前にティオが回収することで一命を取り留めた。
ホッと一息を吐くが、油断は一切できない。大剣を取り出したのは、おそらく〝宝物庫〟によるものだろう。悠姫達が真オルクス大迷宮を攻略、即ち七大迷宮を攻略したことで手に入れたアーティストなら、ヴィクトル・ドラングレイグが〝宝物庫〟を所有していることはそこまで不思議でない。
それよりも脅威と感じるのは、ヴィクトル自身の能力に他ならない。
飛来する剣閃、堅牢なティオの竜鱗を容易く斬り裂く剣、大剣を振るった勢いのみで人体を飛ばす衝撃。悠姫が見間違うはずがない、あれの正体は
(ならばどんな能力だ?)
少なくとも、一撃で決着をつけられるようなタイプではない。もしそれならティオや雫の命は既になかっただろう。
思考を巡らせていると、ふとヴィクトルが悠姫に語り掛ける。
「俺の
「何を…ッ!」
瞬間、【グリューエン大火山】全体に激震が走り、凄まじい轟音と共にマグマが荒れ狂い始める。
「うおッ!」
「んぁ!?」
「きゃあ!?」
「な、なにッ!?」
『ぬおっ!?』
突如として下から突き上げるような衝撃に見舞われて、三者三様の悲鳴を上げて必死にバランスをとる。マグマの海からは無数の火柱、マグマ柱が吹き上がり始めている。
「ハジメさん! 悠姫さん! 水位がッ!」
シアの言葉に足場の淵を見れば、確かにマグマの海がせり上がってきていた。
「要石を破壊したのだ。この【グリューエン大火山】という活火山のマグマ溜まりをせき止め噴出をコントロールしている要因だ」
「ッ! なるほど、それなら」
「ああ、間も無くこの大迷宮は破壊される。大噴火と共にここで果てるがいい」
ヴィクトルとフリードが首から下げたペンダントを天井に掲げる。すると天井に亀裂が走り、開口し始める。そしてそのまま頂上までのいくつかの扉が開き、やがて砂嵐が吹き荒れる空が姿を現した。
どうやら、【グリューエン大火山】の攻略の証で地上までのショートカットを開いたのだろう。フリードとヴィクトルはそれぞれ白竜と灰竜の背に乗り、踵を返して天井の通路に消えていった。
周囲のマグマの海は、既にハリケーンの勢力圏に入った海のように荒れ狂い、噴き上がるマグマ海はその数を次々と増やしている。
悠姫は少しの間思案すると、ハジメ達に伝える。
「ハジメ、ユエ、シアはこのまま空間魔法の取得に行ってくれ。こんな大火山に居を構えているんだ、噴火に対する対策をとっていないはずがない。俺達は天井を通って脱出、〝静因石〟を持ってアンカジへと戻る」
それは双方にとって、ある種の賭けである。しかし、勝算の高い賭けでもある。
空間魔法、つまりは四次元空間そのものに干渉することができる魔法なのだろうと想定できるそれならば、〝宝物庫〟のような四次元空間に居を構えることも可能だろうし、それならば噴火の影響を受けることはないはずだ。
そして、ティオの竜体ならば白竜や灰竜たちと同じように天井から脱出することも不可能ではない。
悠姫の提案にハジメは少し逡巡するも、決意を固めたようで力強く頷いた。
「分かった。香織とミュウに〝あとで会おう〟って伝えてくれ」
「ああ、了解だ」
悠姫はハジメの伝言を受け取り、雫と共にティオの背に飛び乗った。そして、ティオは力強い風を身に纏い一気に飛び立った。
やがて、ティオ達は【グリューエン大火山】を脱出し、アンカジの方角へと飛翔していった。
数十分後、【グリューエン大火山】は轟音という表現すら生温い程の大気すら軋ませる大噴火を起こし、一時的に砂嵐さえ消し飛ばした。立ち上る黒煙は雷鳴を起こし、赤熱化した岩石を周囲へと弾き飛ばす。
トータスに現存する歴史書上、初めての【グリューエン大火山】の大噴火。その歴史的瞬間は、どういう原理か数分後には再び巨大な砂嵐のベールに包まれ、その偉容を覆い隠してしまった。
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