ありふれない怪物は、やがて英雄へ   作:シロマダラ

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第七十五話 守護者と剣士と治癒師

 

 【グリューエン大火山】が大噴火をしてからしばらく、【グリューエン大砂漠】の上空をふらふらと飛ぶ影があった。〝竜化〟しているティオである。

 

『ぬぅ…さすがに血を流しすぎたのじゃ…』

 

「ティオ、大丈夫? 辛いなら一度降りて」

 

『いや、妾よりつらい思いをしている者が待っておるじゃ。休んでおる暇などないじゃよ』

 

 それから飛ぶこと数時間、ようやく前方にアンカジの影か見えてきた。このまま飛び続ければアンカジの監視塔からティオの姿が見えるだろう。

 

 雫が心配そうにティオを見つめる。大火山ではいろいろあったために竜化状態が多かったものの、本来はティオが竜人族であることを隠したがっていることは知っている。

 

 竜人族は五百年以上前に滅んだはずの種族であり、その姿を晒すことは生き残っている竜人族そのものを危険に晒すことに直結する筈なのだ。しかしティオは、既にその葛藤を振り切っているようで、そのままアンカジへと翼を進める。

 

 そして、アンカジから数キロ付近の位置までやってきた。見れば、監視塔の頂上付近が非常に慌ただしい。まあ、黒竜が一直線に飛んできているなど非常事態になるのは当然だ。

 

『しっかり捕まっておれよ雫、このまま突っ込むのじゃ!』

 

「え、ちょ、ティーー」

 

 勘違いで攻撃されても面倒だと、ティオは入場紋の方へと迂回しながら加速し、そのまま門付近へと不時着地をした。

 

ズドオォン!!

 

 と、半ば墜落する形で砂塵を巻き上げながら着地したティオの元へ、アンカジの兵士達が隊列を組みながらやってきた。見れば、城壁の上にも大勢の兵士が弓や魔法陣の刻まれた杖も持って待機している。

 

 もうもうと巻き上がる砂埃が風にさらわれて晴れていく。兵士達が緊張にゴクリと喉を鳴らす音が響くが、砂埃が晴れた中から現れたのは黒髪金眼の美女と、その美女に肩を貸す黒髪黒目の美少女の姿。美女が随分と疲弊しているようだと分かると、兵士達は皆一様に困惑したように仲間同士顔を見合わせた。

 

 そんな混乱する兵士達の間をすり抜けるように、一人の少女が飛び出した。アンカジで患者達の救護の為に待っていた、香織である。後ろから危険だと兵士達やビィズが制止の声をかけるが、香織はその声を全て無視して荒い息を吐くティオと雫の元まで駆け寄った。

 

「ティオ、雫ちゃんッ! 大丈夫!?」

 

「むっ、香織か……うむ、平気じゃよ。まあちと疲れたがの」

 

「ええ、結構危険だったけどね…」

 

 体中に怪我を負って疲弊している様子の二人に、香織が血相を変える。すぐそばに膝を着くと、急いで二人の容態の診察と治療を開始した。二人の体内になにやら見たことがない毒素が入っていることに気づき、すぐさま浄化と回復魔法を同時にかけ始める。

 

 そして、傷が塞がり毒素が徐々に解毒されていくことを確認するとほっと息を吐くと、ふと辺りをキョロキョロを見回し、次第に嫌な予感が当たったのか不安そうな表情になった。

 

「あの……悠姫君は? それにハジメ君達も…なんで二人だけなの? それにあの噴火は…」

 

「落ち着いて香織、ちゃんと説明するから」

 

「うむ、まずは後ろの兵士達を落ち着かせて、話ができる場所に案内して遅れ」

 

「あ、うん、そうだね」

 

 背後で困惑にざわめく兵達に今更ながらも気が付き、ティオと雫がしそうな表情をしていないこともあり、香織は落ち着きを取り戻して力強く頷いた。

 

 そして、香織はビィズや駆け付けたランズィ達の元へと戻り、事情説明をしながら落ち着いて話ができる場所へと移動した。

 

 

 

 

 

 時間はティオが【グリューエン大火山】の脱出の為に飛び立った時にまで遡る。

 

 天井へと迫るティオへと灰竜の小極光が迫る。しかし既に数を数十体にまで数を減らし、また悠姫が星女神(アストレア)の星光による嵐防壁が小極光の射線を歪ませる。

 

 そのままティオが灰竜の群れへ突っ込むが、ヴィクトル達が脱出したのか天井の扉が閉まり始めた。時間がないと悟ったのか、ティオはまるで弾丸のように体を細め、風魔法も駆使しながら加速することに集中する。

 

「行け、ティオそのまま突破しろッ!」

 

『了解じゃ、主殿よッ!』

 

 愛する主君(悠姫)の命に奮起してティオは調子を上げ、閉まり切る寸前の扉を潜り抜けた。そしてそのまま加速を続け、二つ目、三つ目と扉を潜り抜け、ついに地上へと繋がる厚い扉を残すところまで上がってきた。そんなティオ達に、頭上から光弾と真空刃が襲い掛かる。

 

 ティオは回転しながら回避し、回避しきれないものは悠姫を雫が迎撃する。速度を全く緩めずに、むしろ加速しながら突き進むティオへと白竜から極光が降り注ぐ。

 

 どうやら魔力が付きかけているようで、威力はそれほどでもない。おそらく半分も出ていないだろう。だが、それでも喰らえば灰竜の小極光の比ではないダメージになるだろう。かといって回避したり迎撃すれば飛行速度は落ち、脱出に間に合わなくなる。

 

 ティオは背に乗る悠姫と雫をチラリと見る。二人はティオの視線に気が付くと、揃って頷いた。そして悠姫が口を開く。

 

「さっき言った通りだ、そのまま突破しろ。露払いは引き受ける」

 

「足はお願いね、ティオ」

 

『おう、任せるのじゃッ!』

 

 二人の言葉に目を輝かせ、ティオは更に加速する。竜人族の中でも特に強者であるティオにとって、自分を守ってくれる男などいなかった。いつだって守る側だったのだから。だからこそ、極めて困難なこの状況でも守られているという事実に、かつてない喜びが爆発する。

 

「グゥルゥアアア!!」

 

 そして遂に、竜の咆哮を轟かせながら最後の扉をくぐり抜けた。黒い極大の弾丸と化したティオが垂直に飛び出し、巨大な砂嵐に囲まれながらも陽光が降り注ぐ。

 

「あの状況からでも出て来るとはッ! この化物共がッ! だが、いくら黒竜でも既に満身創痍、ここで仕留めッ!」

 

 頭上を飛び越えたティオに、白竜に乗ったフリードが驚愕しながらもここで仕留めようと、眼光を鋭くした。しかし、太陽を背に落ちてくる豪槌磊落(ミョルニル)によってその目論見は瓦解した。

 

 すかさず亀型の魔物に障壁を張らせるが、この剛力の前には鎧袖一触。障壁と纏めて爆散する魔物と再び構えた悠姫に、回避も防御も間に合わないと察してフリードの表情が凍り付く。しかし悠姫は剛力の追撃をかけることなく、〝宝物庫〟からこれでもかとハジメ謹製手榴弾を放ってから、ティオの背へ残してきた黒星晶鋼(アキシオン)を起点に復活することで脱出する。

 

 そして次の瞬間、手榴弾が一斉に起爆した。

 

「がぁああ!!」

 

「ルァアアアアン!!」

 

 フリードと白竜は主従揃って悲鳴を上げながら盛大に吹き飛ぶ。更に、ダメ押しとばかりに放たれたティオの竜巻に巻き込まれ、フリードと白竜は砂嵐の中にまで吹き飛ばされた。

 

 しばらくフリード達が消えていった場所を見つめた後、変化がないことを確かめると踵を返してアンカジの方角へと向き直し翼を羽ばたかせた―――瞬間、

 

「なッ?!」

 

 極小の極光が悠姫を貫いた。更にと追撃の閃光に四肢と頭部を貫かれ、悠姫はティオの背から落下する。

 

「悠姫君ッ!」

 

『主殿ッ!』

 

 雫が咄嗟に手を伸ばすが届かず、落下する悠姫を救出しようとティオが反転するが、疾風のように飛来した一体の灰竜が悠姫を掻っ攫う。そしてそのまま砂嵐の中へと消えていった。

 

『行かせッ、なッ!?』

 

 反転したティオが大きく翼を羽ばたかせ、追いかけようとした次の瞬間、砂嵐の中から十数もの閃光が襲い掛かった。その迎撃も回避も間に合わず、閃光はティオの鱗を砕き翼を焼く。

 

「ティオッ!」

 

『い、いや、この程度ッ』

 

 必死の声と共に、ティオはふらふらと揺れながら飛行を維持する。しかし、

 

『主殿は――』

 

 完全に見失ってしまっていた。ただでさえ砂嵐の中に逃げられたというのに、追撃で意識を削がれ感知範囲外へと逃れてしまったようだ。最早、方向すらも検討が付かない。

 

「そんな…」

 

 雫の声が震えている。ティオも呼吸を荒げながら、どうにか姿勢を保って飛行を続けていた。

 

 そんな時、

 

『聞こえるか?』

 

 二人の頭の中に、一人の男の声が響いた。

 

「悠姫君ッ! 大丈夫なのッ?」

 

『どこじゃッ! 今そこに――』

 

『いや、そのままアンカジへと戻ってくれ。噴火に巻き込まれる。何をしたかったのか分からんが、砂嵐の中に飛ばされただけみたいだ』

 

「それならッ!」

 

 雫が声を荒げる。合流さえできれば、という想いが言葉には込められている。だが、悠姫の声はひどく冷静だった。

 

『お互いの位置が正確に分からない以上、合流に使っている時間はない。〝静因石〟を入れた〝宝物庫〟は渡してあるだろ?』

 

 現実が、言葉となって突き刺さる。

 

 葛藤はするが悠姫の言葉に納得もしている。この【グリューエン大火山】が噴火すれば、強大な破壊力を発生させるのは目に見えている。ならば一分一秒でも早くこの場を離れなければならない。

 

 もし噴火に巻き込まれてしまったら、二人は確実にここで死ぬ。そしてアンカジへと〝静因石〟を届けることもできなくなり、更に多くの人々が死んでしまう。

 

『……信じてよいのじゃな?』

 

「ティオッ、でも!?」

 

『わかっておるッ! じゃが、アンカジには妾たちも待っておる者達が大勢おるのじゃ!』

 

 雫が握った拳を震わせる。しかし葛藤の後、伏せた顔を上げてようやく声を絞り出す。

 

「大丈夫、なのよね」

 

『ああ、本当に心配をかける。次の予定地のエリセンで合流しよう。香織とミュウにもそう伝えておいてくれ』

 

「……心配をかける埋め合わせは必ずしてもらうから」

 

『そうじゃな、香織も合わせて三人分じゃな』

 

『――そうだな、分かった。考えておく』

 

 そして、悠姫からの通信が途絶える。雫とティオは顔を見合わせ、頷いた後にアンカジの方角へと飛翔していった。

 

 

 

 

 

「それじゃあ、他の皆は……」

 

「うむ、あとから追いかけてくるはずじゃし、少なくともアンカジでは合流できるはずじゃ」

 

 【グリューエン大火山】で何があったかを聞いた香織は、顔を青ざめさせて手をギュッと握り締めた。アンカジの人々を震撼させた大噴火を見たときから感じていた不安が急速に膨れ上がっていく。

 

 しかし、そんな今にも倒れそうな香織が握りしめた手に、雫とティオがそっと自分達の手を重ね合わせる。

 

「大丈夫よ、香織」

 

「雫ちゃん?」

 

「あの人は必ず約束を守ってくれるわ」

 

「うぬ、それと主殿達からの伝言じゃ。〝あとで会おう〟〝アンカジで合流しよう〟じゃ」

 

 香織は、思わず軽い言葉だったことにポカンと口を開けて呆けてしまう。そしてフッと笑いが零れる。

 

「そっか、確かにそれなら大丈夫だね。だから、私たちもやるべきことをやらないとね」

 

「ええ、私達も手伝うわ」

 

 香織は悠姫とハジメ達が行方不明となったという事実にめまいを覚えるものの、彼等なら大丈夫だとギュッと拳を握りながら信じた。そして、先ほどランズィ達に渡した〝静因石〟が粉末状に加工され患者達に配られている頃だろうと判断し、衰弱した人々を救う為に瞳に力を入れて立ち上がった。

 

 その後、宮殿で領主の娘であるアイリ―にかまわれているミュウとも合流し、事情説明が行われた。ハジメパパがいないことに泣きべそをかくのではないかと思われていたミュウであったが、「ミュウはハジメパパの娘だから」と懸命に泣くのを堪えるということがあった。

 

 ミュウが海人族だったりティオが滅んだはずの竜人族であったりと、ランズィ達も思うところもあったもが、命懸けでアンカジ公国を恩人達やその連れであるという事実には変わりなく、そう大きな騒ぎにはならなかった。

 

 それから三日、香織達は次々と患者達を癒していった。その晩、香織達は次の予定を立てる。

 

「今日で、私の処置が必要な患者さんはいなくなったと思う。あとは、時間を掛けて安静にするか、医療院の人に任せれば問題ないと思う。だから、元々の予定通りにエリセンに向かおうと思うの」

 

「ママ? ママの所に行くの?」

 

「ふむ、そうじゃな。妾もそろそろ動くべきかと思っておった。妾の背に乗っていくがよい。エリセンまでなら、急げば一日もかからず行けるはずじゃ」

 

 香織の言葉に、ミュウは嬉しそうに身を乗り出し、ティオは真剣な表情で賛同した。しかし、雫はティオの提案に確認するかのように問いかける。

 

「でも、ティオは良いの? 竜化した状態で飛んでいけば、確実に話題になるわ。このアンカジなら何とかなるかもしれないけど、他の町になれば…」

 

「妾たち竜人族が生き残っているとなれば、確かに多少は騒ぎにはなるじゃろう。じゃが、それを隠していたせいで後悔するようなことはしたくはないんじゃ。なに、竜人族の隠れ里は早々見つからぬ。何せ五百年は隠れてきたのじゃぞ?」

 

 スイスイと進んでいく話に、ミュウが頭の上で??の花を大量に咲かせている。香織がミュウに丁寧に分かりやすく説明すると、直接ハジメの迎えに行けないことは悲しんできたが、母親の元に帰れることと、そこでハジメパパを待つのだということで納得してもらった。

 

 翌日、引き止めたそうな領主や、特に熱っぽい眼差しで香織を見つめるビィズに見送られながら、竜化したティオの背に乗って一行は西の空へと飛び立った。行先はエリセン、ミュウの故郷であり七大迷宮の一つ【メルジーネ海底遺跡】が存在するという町。

 

 はぐれてしまった愛しい人を想い、必ず見つけるのだという決意を胸に秘めて真っすぐ前を向いた。

 




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