ありふれない怪物は、やがて英雄へ   作:シロマダラ

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第七十六話です。
非常に濃いオリキャラが登場しますが、多めに見てください。


第七十六話 商会の女

 

 【グリューエン大火山】の噴火から凡そ二日が経過した頃、大砂漠から脱出して街道へ向かう影があった。悠姫だ。

 

「さて、どうするか…」

 

 ふう、と漸く砂漠を抜けられたと一息つきながら呟いた。不死身の肉体を駆使し続けたことで肉体的疲労は全くないが、精神的疲労までは別なのだ。

 

 もちろん、これ以上に過酷な状況など飽きるほど経験してきたのだから耐えられないわけではない。それでもやはり、辛いものは辛いのだ。

 

 そしてようやく、薄く緑色の草が生える街道にたどり着いた。

 

 そこに運よく通りかかる者がいた。小型の馬車と荷車を吹く商人風の男と痩せた馬だ。

 

「あん? どうした兄ちゃんこんなところで」

 

「ああ、よかった。実は今までアンカジ公国をでた後に砂漠を彷徨っていたんだ。それで、ようやくこうやって街道に出られたところなんだ」

 

「おいおい、とんだ馬鹿だな兄ちゃんよ。命知らずにもほどがあるぜ?」

 

「はは、よく言われるよ」

 

 そして、行先の話になると、男は申し訳なさそうに返した。

 

「なるほどな、エリセンか。それなら、今俺が来た方を進んでいけばいい。まあ数日くらいはかかるぜ?」

 

「あっちか、なるほどありがとう。野宿には慣れてるし、何とかするさ」

 

 そう告げ、悠姫は商人と別れ街道を疾走し始めた。

 

 急がなければ、皆を心配させてしまう。そう思い、自身が使える能力を駆使しつつ、エリセンへと向かっていく。

 

 そしてその道中、一つの豪華な馬車とそれを襲撃する野盗達に遭遇するのだった。

 

 

 

 

 

 日が傾き、砂混じりの風が街道を撫でていた。

 夕焼け色に染まった空の下、ひときわ騒がしい怒号が木々の合間を駆け抜けた。

 

「守れッ! 馬車は絶対に死守しろ!」

 

 叫ぶ護衛の声。

 しかしその周囲では、すでに五人の護衛が傷を負い、地に血を滴らせていた。

 

 囲むは野盗十数名と魔物。“魔獣使い”の天職が操る狼型の五体の魔物が馬の喉笛を狙い、野盗たちは護衛の連携の乱れを突いて間合いを詰める。

 

 もはや崩壊寸前、蹂躙される未来が目前に迫った、そのとき――

 

スパンッ

 

 ――と、風を切る音と同時に野盗二人の首が宙に舞う。そしてそこには、刀を振り抜いた影が一つ。

 

「勝手だが、助太刀する」

 

 声と同時、更に一つ。影が地を蹴って前へ飛ぶ。

 

「だ、誰だッ—―ぎゃ」

 

 叫ぶ間もなく、一人が地面から突き出された槍に貫かれる。

 

 滅亡剣の星光(ほし)が地面をうねり、竜のように敵を呑み込む。その中を黒髪の剣士――悠姫が駆け抜ける。

 

 刀身が閃き魔物の頭を断つ。土爪が壁となり再び跳躍して刃を振るう。その剣に、迷いは一切なかった。

 

 

 

 そして数分後、すべてが終わっていた。

 

 野盗も魔物も全滅し、物言わぬ骸と化している。

 

 悠姫は最後の血飛沫を振り払うように刀を納め、立ち尽くす。その姿を、五人の護衛達はただその光景を呆然と見つめているだけだった。

 

「……終わった、のか?」

 

「夢、じゃないんだよな…?」

 

 誰かがそう呟いた時、悠姫は黙って負傷者の元へと歩いていき、手をかざした。そして掌から放たれる淡い光が、負傷者の裂けた皮膚がゆっくりと閉じてく。

 痛みが引き、出血が止まる。命が繋ぎ止められていく感覚に、負傷者は呆然となりながら呟いた。

 

「…治ってる……あんた、治癒師なのか?」

 

「いや、通りすがりの冒険者だよ」

 

 それだけ告げて悠姫は次の負傷者へと移り、再び回復の星光(ほし)で照らしていく。その行いに誰も口を挟むことはできず、ただただ目を奪われていた。

 

 そして、最後の一人を癒し終えたとき、ようやく誰かが言った。

 

「……名前を、訊いても?」

 

 ふと顔を上げ、悠姫は僅かに笑って答えた。

 

「天津悠姫。さっき答えた通り、冒険者だ」

 

 名乗りは静かで、謙遜でも誇示でもなかった。その名を呟くように反芻する護衛達の背後で、ギィィと、ゆっくりと馬車の扉が開いた。

 

 夕焼けを浴びて降りてきたのは、白金の長髪を持つ、一人の令嬢。

 

 その容姿はまさに、絵画の中の聖女のよう。風に舞うスカート、陶器のような肌、曇りなき双眸。

 

 極彩のドレスの裾が大地の上にふわりと落ちる。

 

 そして――

 

 彼女は伏せた顔を上げ、両の手を胸元へ添えるように差しだし、まるで神に祈るかのような澄んだ声で、語りだした。

 

 

 

「ああ、純潔という言葉が形を持つのなら、それはまさしく貴方のこと……」

 

「祝福された静けさ、誰の欲にも汚されない無垢な光、美の神のような存在がこの世にあるなんて……」

 

「幼く陶器のように白く、美しいお手で、どうかこのわたくしを……」

 

「……ポイって、して?」

 

「“ゴミを見る目”でお願いしますわ……っ♡」

 

 

 

 ピシリ、と空気が凍り付いた音がした。静寂が包み込み、鳥すらも鳴かずに飛んでいる。

 

 護衛達の何人かが両手で顔を覆って空を仰ぐ。そして悠姫はただ一言――

 

「……なんだこいつ?」

 

 無意識に乱暴な言葉は口から飛び出した。

 

 その声に反応して、女性は目を開けて悠姫の顔を見る。

 

 数泊の沈黙。目と目が合う瞬間――

 

「……チェンジでッ! ごめんなさい名も知らない殿方。貴方の愛を、わたくしは受け取ることができないの」

 

「なんだこいつ??」

 

 ――好きだと僅かにも感じることもなかった。護衛の一人が呟いた。

 

「やったよ、この人…」

 

 

 

 

 

「こほん……わたくし、グランセニック商会の者――ルミナ・グランセニックと申します。この度は命を救っていただき、ありがとうございました」

 

 彼女――ルミナの名を聞き、悠姫にはその性に聞き覚えがあった。ブルックからフューレンに移動したときに受けた護衛依頼、その雇い主だったモットー・ユンケルの声が脳裏に蘇る。

 

『グランセニック商会の坊ちゃまなら、このような愚は犯さないでしょうな』

 

『一般的に好まれる女性が好みではない様ですが…』

 

(世界線が異なってもこれか…もう因果的に決まってるのか?)

 

「ああ……天津悠姫だ。通りがかっただけだから、気にしなくていい」

 

「それでも、貴方が来なければわたくし達は全滅してました。ですので――」

 

 ルミナは言葉を区切り、そして視線を真っすぐ悠姫へ向けて再び口を開いた。

 

「わたくし達は、エリセンに向かっています。その道中、護衛をお願いできませんか?」

 

「…エリセンに?」

 

 まさかその名前が出るとは思わなかったため、悠姫は聞き返した。ルミナは静かに頷きながら続ける。

 

「ええ、海人族が住まう海上の町、流通する海産物の約八割を担う要所であるエリセンです。わたくしは海運やその海産物の流通を任されています」

 

 若くしてそれほどの権限を持たされているということは、それほどまでに優秀と言うことなのだろう。ならばなおのこと残念味を感じるのだが…

 

「見ての通り、わたくし共には護衛が揃っております。ですが、先ほどのような事態がまた起きないとも限りません。護衛達も、貴方いれば大いに心強いことでしょう。勿論、護衛料は正当な額で支払わせていただきます。いかがですか?」

 

 ルミナの声に偽りはなかった。後ろで控える護衛達も、一人二人と頷いている。悠姫としても、断る理由はなかった。

 

「…受けよう、その依頼。実は、俺の目的地もエリセンなんだ。簡単に言って、都合がいい」

 

「あら、それならよかったですわ。それなら早速出発しましょう?」

 

 そう告げ、ルミナは自ら馬車の扉を開けて乗り込んで、そして悠姫を誘った。

 

「さあ、馬車の中へどうぞ?」

 

「……いや、護衛なら外にいるべきだろ。男と二人になろうとするんじゃない」

 

「ご安心くださいませ。悠姫様はわたくしのストライクゾーンの範囲外ですわ」

 

「……そうか」

 

「ええ。ですからそういう意味での警戒はご無用です。わたくしは商人ですから、人を見る目は自身がありますわ。それに、貴方と少し話もしてみたいと思いまして」

 

 チラリとルミナの後ろに視線を向けると、護衛達が頷く様子を見て数秒沈黙して、馬車の階段を上った。

 

 

 

 

 

 馬車は静かに軋みを上げて、街道を進んでいた。

 

 揺れは思っていたより少なく、座面はふかふかとしていたが、悠姫の気は全く抜けていない。

 

 ――正面に座る人物が、完全に油断ならないからである。

 

 悠姫は少し目を伏せ、やや思案気味に口を開いた。

 

「一つ訊いておきたい。……なんで俺のことを()()()()()だと思った?」

 

 その問いに対しルミナ・グランセニックは、まるで待っていましたと言わんばかりの笑顔を浮かべて答える。

 

「それはですね、わたくしの中ではすでに“導かれた答え”があったからですわ」

 

「……」

 

「まず、あのような混乱している街道に、理知ある大人がたった一人で現れる可能性はほぼゼロですわ!」

 

「……」

 

「あの大火山の噴火で街道は制限され、まともな大人達は避難しているはす。つまり、その場に突然現れた方は――」

 

 ルミナは死んだ目をしている悠姫に気づくことなく、恍惚とした表情をしながら手を組み、夢を見るような声で結論付けた。

 

「――彷徨える迷い子。旅の途中で運命に導かれし、幼くして剣を執る使命を背負った天の遣い――()()()に決まっておりますわッ!!

 

 ……

 

 ……

 

 ……

 

 悠姫は頭痛を抑えるように眉間をつまみ、溜息を吐いた。

 

「……その理屈だと、半分の確率で“少女”になるんだが」

 

「…………」

 

「つまりお前は目も見ないうちに、年端もいかない女の子に全力でプロポーズしていたかもしれないことになるんだが」

 

 背筋がピンと伸び、視線が宙を彷徨いながら、ルミナは制止している。

 

 そして数泊の沈黙の後―――

 

「……はッ!!

 

 静かな馬車の中に響き渡る、息を吞むような気付きの叫び。肩が震え、瞳孔が開き、完全な“ガラスの仮面カット”が展開されていた。

 

「けけ、け、けれど…あの時の光景は、まるで神話で下の……風に巻かれて、砂を踏みしめて進む、まだあどけなさが残る輪郭……小さな背中…」

 

「俺は普通に背丈はあるし、声は低い方だと思うんだが」

 

「光というのは、時に真実をぼかす者なのですわ……」

 

「ぼけているのはその眼では…」

 

 揺れる馬車の中で、その光景を笑うものはいなかった。だがどこか場は和んでいた。

 

 悠姫はルミナの本質が“性癖以外は割と真面目”であることを理解し始めていた。

 

 

 

 

 

 日が沈み、冷たい夜風が肌を撫でていく。

 

 街道脇に小さな野営地を設置し、そこで護衛達は交代で見張りを立て、悠姫は少し離れた焚火の前に腰を下ろしていた。

 

 その炎をただ眺めてゆっくりとしている。

 

 そして

 

「夜風が冷たくはありませんか?」

 

 気配もなく隣に現れた令嬢の声に、悠姫はわずかに眉を上げる。

 

「…いや、平気だ。それにこの程度は小さいころは常日頃だったしな

 

「そう。なら良かったですわ」

 

 そう答え、ルミナは悠姫の隣に腰を下ろした。スカートの裾を丁寧に整え、焚火の揺らぎを静かに見つめていた。

 

 しばらくしてからポツリと――

 

「悠姫様…生きるとは、なんだと思いますか?」

 

 そう、唐突に呟いた。悠姫はその問いかけに自信を重ねながら、それを感じさせずに返す。

 

「……哲学か?」

 

「ええ、わたくしは、どうしてもお話をしてみたかったのです。貴方のように強く、優しく、美しく、そして何より“真っすぐな目”をした方と」

 

 ルミナの目は真剣だった。ふざけた調子ではない、からかいでもない。だから悠姫も、黙って続きを促した。

 

「…昔は、“誰かに愛されること”だと思っていました。でも、どこかに違和感を感じていました。それは、本当にわたくしが生きる意味はなのかと」

 

 その視線はどこか遠く、過去を見ているようだった。

 

「誰かに愛されることでも、成功することでも、立派なことをすることでもない。ただ、心の底から“この為にわたくしは生まれてきた”と思える瞬間は、一体どこにあるのかと」

 

 悠姫は何も答えず、焚火を見つめている。ルミナはそっと、両手を膝に重ねて続ける。

 

「ある時、それを見つけたのです。それは――」

 

 少しだけ照れたように、でも確信を込めて語る。

 

「それは、“幼き者を見つけること”だったのです」

 

「何の邪気も知らず、世界に純粋な好奇心と小さな勇気をだけを持って立っているその姿。傷つきやすくて、でも真っすぐで。とても、とても――」

 

 言葉を探すように、息を吐いて答えた。

 

「――尊い、と思ったのです」

 

「わたくしはその姿に、まるで神を見るかの思いがしたのです。彼らの誰かの為に笑って、泣いて、時には戦おうとするその“健気さ”こそが、わたくしにとっての“生”そのものだったのです」

 

 ルミナの言葉が静かに消えた後、しばらく沈黙があった。

 

 焚火が乾いた枝を割く音。遠くで見張りの護衛が歩く足音。

 

 夜空にはひときわ明るい星がまた一つ、光を灯している。

 

 悠姫はそのまま、星ではなく焚火を眺め、そして――

 

「まあ、真っすぐに生きているのは悪くないと思うよ」

 

 ポツリと、肯定にも似た一言を落とす。ルミナはほんの少しだけ目を丸くして、そして微笑んだ。

 

「ありがとうございます、悠姫様。わたくし、それだけで救われますわ」

 

「ああ、でも――」

 

 悠姫はルミナの言葉に被せ

 

 

()()はやめておけよ。憲兵にしょっ引かれるぞ」

 

 

 ルミナが目を瞬かせた。

 

「……()()とは?」

 

「開口一番に言った、“ポイって、して?”っていう奴だよ」

 

「……………」

 

 ルミナの肩が小さく震えている。そして、手で口元を隠しながら声を潜める。

 

「……バレて、いましたの?」

 

「いやバレるバレないとかじゃないだろ、あれは。全部言ってたぞ」

 

「うっ……」

 

 焚火の火がパチリと音を立てて、とるの空気が再び静かに戻ってくる。ルミナは少し肩を落としながら、しかしすぐに真顔で言った。

 

「では、以後はまず“問答から入る”ようにいたしますわ」

 

「……いや、そうじゃない」

 

 夜は更けていく

 

 




 ドMロリコンの系譜を受け継ぐ存在、ドMショタコンの登場です。
 
 以前にグランセニックとか出したので何かに使えないかなぁとか思って生まれてるので、一応モブキャラです。

 章末の人物紹介で色々出すかもしれないです

 良ければ感想、アドバイスなどいただけると嬉しいです。
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