では、第七十八話です。
【海上の町エリセン】から西北西に約三百キロメートル。
そこに、ミレディ・ライセンとシスティ・ライセンから聞いた七大迷宮の一つ【メルジーネ海底遺跡】が存在する。
二人からは、“月”と“グリューエンの証”に従え、とだけ教えられ、詳しい場所までは聞いていなかった。まあ、迷宮を探し当てることも試練の一つなのだろう。
そんなわけで、悠姫達は取り敢えずの方角と距離だけを頼りにして大海原を進んできた。そして、周囲数百メートルの水深に比べて幾分浅いポイントを発見し、ここが海底遺跡に続く地点だと見極めてライセン姉妹の教えにしたがって月が出る夜を待つことにした。
時間はちょうど日没の頃。地平線の彼方で真っ赤に燃える太陽が半分沈んでいる。空と海が赤とオレンジに染まり、太陽が海に反射して水平線の彼方へと輝く一本道を作り出していた。
悠姫とハジメはその光景を停泊させた潜水艇の甲板で見つめていた。
「しかしまあ、エリセンでティオ達と合流したら、悠姫がいなかったから驚いたぞ」
「あの後、連中から接触があったわけでもないから、何をしたかったのかはさっぱり何だけどな」
苦笑いをこぼしながら、悠姫は応えた。不死身ゆえに、大噴火に巻き込まれても悠姫を仕留めることが出来ない事くらいは魔人族側も承知している筈。
ならば何故と考えれば、可能性は時間稼ぎと言うところだろうか。現在、王都では不穏な影がちらついているらしい。それに魔人族側が関わっている可能性は十分ある。
「どうしたの?」
そこに、先ほどまで船内でシャワーを浴びていた香織達が声を掛けてやってきた。頬は上気し、湿った髪が頬や首筋に張り付いて艶かしい姿を出している。
「王都でのことだよ」
「……たしか、先生が行方不明なんだよね?」
「遠藤から聞いた話ではな」
グランセニック商会の護衛として同行したその道中で、悠姫は
そこで聞いたのが、まず悠姫とハジメの異端者認定。これは完全に決定事項らしい。二つ目が、遠藤が盗み聞いたとある二人の策謀について。これは半ば予想していた内容で、簡易な対策を遠藤とメルドに伝えている。
そして、最も大きな事案が畑山愛子教諭が行方不明になったという件である。
「…無事、だよね」
悠姫の隣にそっと香織が座る。そして、その反対側には雫が、背中にはティオが背中合わせにもたれかかる。
「畑山教諭の元には、俺が洗礼を施した清水がいる。単純な性能だけなら天之河に匹敵・凌駕するんだ、無事だと信じるしかない」
預けてくる香織と雫の頭を、悠姫は優しく撫でる。サラサラと音を鳴らしながら撫でられ、二人は気持ちよさそうに緩み切った顔を晒している。
自然な流れでいちゃつき始めた、とハジメ達は驚愕するもブーメランが帰ってくる気配がしたので三人もいつも通りにいちゃつき始めた。
そんな和やかな雰囲気を楽しんでいると、あっという間に時間は過ぎ去り、日は完全に水平線の向こう側へと消えていき、代わりに月が輝きを放ち始めていた。
そろそろ頃合いかと、ハジメは懐から【グリューエン大火山】攻略の証であるペンダントを取り出した。サークル内に女性がランタンを掲げている姿がデザインされており、ランタンの部分だけがくり抜かれて穴あきになっている。
すると、ペンダントに変化が現れた。ペンダントのランタンの部分に、少しずつ月の光を吸収するように底の方から光を溜め始めていた。それに伴い、穴あき部分が光で塞がれていく。
やがて、ランタンに光を溜め切ったペンダントは全体に光を帯びると、その直後にランタンから一直線に光を放ち、海面のとある場所を指し示した。
「……なかなか粋な演出。ミレディ何かとは大違い」
「システィは言及しないのか」
「あのいい子とミレディを同列に扱うなんて、システィに対する侮辱……」
“月の光に導かれて”というロマン溢れる道標に、悠姫達も感嘆の声を上げていた。特に【ライセン大迷宮】の入口を知っている四人は感動が深い。
ペンダントのランタンが何時まで光を放出しているのか分からなかったので、一行は早速、導きにしたがって潜水艇を航行させた。
暗い夜の海中を潜水艇が進んでいく。海上は月明かりで明るかったが、導きにしたがって潜航すればあっという間に闇の中。潜水艇のライトとペンダントが放つ光だけが闇を切り裂いて、進むべき先を照らしている。
そして辿り付いた地点は、海底の岩礁地帯だった。無数の歪な岩壁が山脈のように連なっている。そして、潜水艇が近寄りペンダントの光が海底の岩石の一点に当たると、重い音を響かせて地震のような震動が発生し始めた。
岩壁の一部が真っ二つに裂け、扉のように左右に開き出す。その奥には、冥界へ続くかのような暗い道が続いている。ハジメは潜水艇を操作して海底の割れ目へと侵入していく。
「う~む、海底遺跡と聞いた時から思っておったが、この〝せんすいてい〟? なるものがなければ、まず平凡な輩では迷宮に入ることも出来ないじゃろうな」
「……強力な結界が使えないとダメ」
「他にも、空気と光、あと水流操作も同時に出来ないとダメよね」
「でも、ここにくるのに【グリューエン大火山】の攻略の証が必須なので、大迷宮を攻略しているってことですよね。その時点で普通じゃないと思います」
「となると、攻略して授けられる神代魔法である空間魔法を利用するのがセオリーということだろうな」
道なりに深く潜航しながら、悠姫達は潜水艇がない場合の攻略法について考察していた。結論、超一流レベルの魔法の使い手が幾人もいなければ、そもそも侵入することすら出来ないという時点で、この大迷宮が他の大迷宮と同じく厄介であるという事が分かった。
と、その時――
「うおっ!?」
突如、横殴りの衝撃が船体を襲う。一気に一定方向へと流され始め、船体が激しく揺れ動く。しかし、それは既にハジメが対策済み。船底に組み込んだ重力石が重みを増し船体を安定させる。
「ううぅ、このグルグル感はもう味わいたくないですぅ」
何やらシアが顔を青くして首を横に振っている。どうやら【グリューエン大火山】から脱出するときに何かあったらしい。
そんなシアに苦笑いを浮かべつつ、ハジメは外の様子を観察する。緑光石の明かりが洞窟内の暗闇を払拭している。見た所、巨大な円形状の洞窟内を流れる奔流に捕まっているようだった。
流される船体を制御しながら、取り敢えずそのまま進む一行。しばらくそうしていると、船尾に組み込まれている〝遠透石〟が赤黒く光る無数の物体を捉えた。
「なんかが近づいてるな……まあ赤黒い魔力だから魔物なんだろうが」
「……殺る?」
ハジメの呟きに、隣の座席に座るユエが物騒な事を口にする。
「いや、武装を使う。有効打になるか確認しておきたいしな」
そう言い、ハジメが潜水艇の後部にあるギミックを作動させる。すると、悪戯っぽい笑みを浮かべたサメがペイントされたペットボトルサイズの魚雷が無数に発射された。
潜水艇が先に進み、やふがてトビウオのような姿をした無数の魚型の魔物達が、撒かれた魚雷群に突っ込んだ。
瞬間、盛大な爆発音が連続して発生し、大量の記法がトビウオモドキの群れを一気に包み込んだ。そして、衝撃でバラバラに散ったトビウオモドキの残骸が、赤い血肉と共に文字通りの海の藻屑となって流されていった。
「うん、前より威力が上がっている。改良は成功だな」
「うわぁ、窓の外を死んだ魚のような目をした者が流れていきましたよ」
「シア、それ死んだ魚よ」
「ハジメ、お前……」
それから度々、トビウオモドキの群れに遭遇するが容易く蹴散らし先へ進んでいく。暫く進んでいくと、岩壁の隙間に死んだ魚のような物が大量に挟まり、虚ろな目を海中に向けている場所に出くわした。
「……ここ、さっき通ったよな?」
「……そのようだな。周っているのか?」
どうやら、円環上の洞窟を一周してきたらしい。洞窟を先に進んでいるつもりだったので、まさか道を誤ったのかと疑問を抱くが、今度は道なりに進むのではなく、周囲に何かないか更に注意深く探索しながら航行することにした。
「あ、あそこにもあるよ」
「これで五カ所……つまりはそういうことだな」
洞窟の数ヶ所に、メルジーネの紋章が刻まれている箇所を発見した。メルジーネの紋章は五芒星の頂点の一つから中央に向かって線が伸びていおり、その中央に三日月のような文様があるという形。それが洞窟内に五カ所ある。
ここまでくれば、最早RPG風の仕掛けだと察し付く。ハジメは潜水艇を操作し、紋章に近づいてペンダントをかざす。すると案の定ペンダントが反応し、ランタンから光が紋章へと一直線に伸び、紋章が一気に輝きだした。
それを計五回行い、遂に円環の洞窟から先に進む道が開かれた。轟音を響かせて洞窟の壁が真っ二つに別れる。
ここから【メルジーネ海底遺跡】の本番だと気合を入れて、潜水艇を奥へと進めた。
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