オルクス大迷宮の中は薄ぼんやりと発光しており、緑光石という発光する特殊な鉱物の鉱脈を掘って出来ているらしい。
一行が隊列を組みながら迷宮内を進んでいくと、ドーム状の広間に出た。すると、壁の隙間から灰色の毛玉が湧き出てくる。
「よし、光輝達が前に出ろ。他は下がれ! 交代で前に出てもらうからな、準備しておけ! あれはラットマンという魔物だ。すばしっこいが、たいした敵じゃない。冷静に行け!」
メルド団長が言い終え、光輝たちが前に出る。
まず前衛の光輝、龍太郎、雫の三人が武器を構え、後衛である香織、中村恵理、谷口鈴が魔法を発動させるための準備に入る。
光輝が持つのは純白に輝くアーティファクト〝聖剣〟。光属性の性質が付与されており、聖剣から発せられる光が敵を照らすと、敵を弱体化させると同時に自分の身体能力を強化させるという、いかにも“聖なる”能力を持っている。
龍太郎は天職が"拳士"であるため、籠手と脛当てを付けている。決して壊れないアーティファクトであり、衝撃波を放つことができる。
雫は"剣士"の天職を持ち、刀とシャムシールの中間のような剣で魔物を切り捨てていく。
生徒たちが光輝たちの戦いぶりに見蕩れていると、詠唱が響き渡る。
「「「暗き炎渦巻いて、敵の尽く焼き払わん、灰となりて大地へ帰れ――〝螺炎〟」」」
三人同時に発動した螺旋状に渦巻く炎がラットマン達を吸い上げるように巻き込み燃やし尽くしていく。断末魔の悲鳴を上げながらパラパラと降り注ぐ灰へと変わり果て絶命する。
気がつけば、ラットマンは全滅していた。他の生徒の出番はなしである。どうやら、召喚組の戦力では一階層の敵は弱すぎるらしい。
「うん、まあ、よくやったぞ! 次はお前等にもやってもらうからな、気を緩めるなよ!」
生徒の優秀さに苦笑いしながら気を抜かないよう注意するメルド団長。しかし、初めての迷宮の魔物討伐にテンションが上がるのは止められない。頬が緩む生徒達に、しょうがないとばかりにメルド団長は肩を竦めた。
「それとな……今回は訓練だからいいが、魔石の回収も念頭に置いておけよ。明らかにオーバーキルだからな?」
メルド団長の言葉に魔法支援組は、やりすぎを自覚して思わず頬を赤らめるのだった。
ハジメはユキにサポートをされながら戦っていた。弱った魔物を相手にしたり、地面を錬成して落とし穴にはめて串刺しにしたりして魔物を倒した。
騎士団員達としては、錬成を利用して確実に動きを封じてから、止めを刺すという見たことがない戦法で確実に倒していくので驚きを隠せていなかった。錬成師は鍛冶職とイコールに考えられているため、実戦で錬成を利用することなどあり得なかった。
そしてユキ自身も騎士団員から注目されていた。硬い敵や素早い敵でも技能や魔法を使わず両断するその技量は、数年程度の訓練では身に付けられない。使用している太刀も特殊な合金を使用しているだけで、聖剣のような力があるわけではない。結果、それだけの経験があるのだろうと認識されていた。
そのままは特に問題もなく交代しながら戦闘を繰り返し、順調に階層を下げて行った。
そして、一流の冒険者か否かを分けると言われている二十階層にたどり着いた。
現在の迷宮最高到達階層は六十五階層らしいのだが、それは百年以上前の冒険者がなした偉業であり、今では超一流で四十階層越え、二十階層を越えれば十分に一流扱いだという。
ハジメ達は戦闘経験こそ少ないものの、全員がチート持ちなので割かしあっさりと降りることができた。
「お前達、ここから先は一種類の魔物だけでなく複数種類の魔物が混在したり連携を組んで襲ってくる。今までが楽勝だったからと言ってくれぐれも油断するなよ! 今日はこの二十階層で訓練して終了だ! 気合入れろ!」
一行は二十階層を探索していく。
すると、先頭を行く光輝達やメルド団長が立ち止まった。どうやら魔物のようで、訝しそうなクラスメイトを尻目に戦闘態勢に入る。
「擬態しているぞ! 周りをよ~く注意しておけ!」
メルド団長の忠告が飛び、その直後、前方でせり出していた壁が突如変色しながら起き上がった。壁と同化していた体は、今は褐色となり、二本足で立ち上がる。そして胸を叩きドラミングを始めた。どうやらカメレオンのような擬態能力を持ったゴリラの魔物のようだ。
「ロックマウントだ! 二本の腕に注意しろ! 豪腕だぞ!」
メルド団長の声が響く。光輝達が相手をするようで、飛びかかってきたロックマウントの豪腕を龍太郎が拳で弾き返す。光輝と雫が取り囲もうとするが、鍾乳洞的な地形のせいで足場が悪く思うように囲むことができない。
龍太郎の壁を抜けられないと感じたのか、ロックマウントは後ろに下がり仰け反りながら大きく息を吸い、部屋全体を震動させるほど強烈な咆哮が発せられた。
「グゥガガガァァァァアアアアーーーー!!」
体をビリビリと衝撃が走り、ダメージ自体はないものの硬直してしまう。〝威圧の咆哮〟。ロックマウントの固有魔法だ。魔力を乗せた咆哮で一時的に相手を麻痺させる。
光輝たちが動けないうちに、ロックマウントは距離を取り、傍らにある岩を放り投げてきた。
香織たちが魔法で迎撃しようとすると、投げられた岩から腕が生えてきた。どうやらその岩もロックマウントだったようで、その勢いのまま香織たちに飛び込んでくる。
妙に目が血走り鼻息が荒く、香織たち女性陣は「ひい!」と思わず詠唱を中断させてしまう。
「気持ち悪いのは理解できるが、詠唱は中断させるべきじゃないぞ」
投げられたロックマウントをユキが切り捨てる。
「す、すみません!」と謝るが、相当気持ち悪かったらしく、顔が青褪めていた。
「貴様……よくも香織達を……許さない!」
どうやら気持ち悪さで青褪めているのを死の恐怖を感じたせいだと勘違いしたらしく、怒りをあらわにする光輝。それに呼応してか彼の聖剣が輝き出す。
「万翔羽ばたき、天へと至r」
「ストップだ、天之川」
大上段に振りかぶった聖剣を一気に振り下ろそうする光輝の腕をつかんで阻止し、ユキがロックマウントに接近し両断する。
「いやー、助かったぞユキ」
「こんなところで大技使われて、崩落を起こされても困りますから。」
どうやら自覚はあるらしく「うっ」と声を詰まらせ、バツが悪そうに謝罪する光輝。香織達が寄ってきて苦笑いしながら慰める。
その時、ふと香織が壁の方に視線を向けた。
「……あれ、何かな? キラキラしてる……」
その言葉に、全員が香織の指差す方へ目を向けた。
そこには青白く発光する鉱物が花咲くように壁から生えていた。香織を含め女子達は夢見るように、その美しい姿にうっとりした表情になった。
「ほぉ~、あれはグランツ鉱石だな。大きさも中々だ。珍しい」
グランツ鉱石とは、言わば宝石の原石みたいなもので、特に何か効能があるわけではないが、その涼やかで煌びやかな輝きが貴族のご婦人ご令嬢方に大人気であり、加工して指輪・イヤリング・ペンダントなどにして贈ると喜ばれるらしい。求婚の際に選ばれる宝石としてもトップ三に入るとか。
「素敵……」
香織が、簡単な説明を聞いて頬を染めながら更にうっとりとする。そして、誰にも気づかれない程度にチラリとユキに視線を向けた。
もっとも、ユキ自身と雫は気がついていたが...
「だったら俺らで回収しようぜ!」
「こら! 勝手なことをするな! 安全確認もまだなんだぞ!」
そう言って唐突に動き出したのは檜山だった。グランツ鉱石に向けてヒョイヒョイと崩れた壁を登っていく。それにメルド団長は慌てるが、檜山は聞こえないふりをして、鉱石の場所に辿り着いてしまった。
同時に騎士団員の一人がフェアスコープで鉱石の辺りを確認し、一気に青褪めた。
「団長! トラップです!」
「ッ!?」
しかし、メルド団長も、騎士団員の警告も一歩遅かった。
檜山がグランツ鉱石に触れた瞬間、鉱石を中心に魔法陣が広がる。グランツ鉱石の輝きに魅せられて不用意に触れた者へのトラップだ。
魔法陣は瞬く間に部屋全体に広がり、輝きを増していった。
「くっ、撤退だ! 早くこの部屋から出ろ!」
メルド団長の言葉に生徒達が急いで部屋の外に向かうが、一歩遅く間に合わなかった。
部屋の中に光が満ち、ユキ達の視界を白一色に染めると同時に一瞬の浮遊感に包まれる。
ユキ達は空気が変わったのを感じた。次いで、ドスンという音と共に地面に叩きつけられる。
尻の痛みに呻くハジメを尻目にユキは周囲を見渡し警戒する。クラスメイトのほとんどはハジメと同じように尻餅をついていたが、メルド団長や騎士団員達、光輝達など一部の前衛職の生徒は既に立ち上がって周囲の警戒をしている。
どうやら、先の魔法陣は転移させるものだったらしく、転移した場所は巨大な石造りの橋の上だった。ざっと百メートルはありそうで、天井も高く二十メートルはある。橋の下に川などなく、全く何も見えない深淵の如き闇が広がり、まさしく奈落の底といった様子だ。
橋の横幅は十メートルくらいありそうだが、手すりどころか縁石すらなく、足を滑らせれば掴むものもなく真っ逆さまだ。ユキ達はその巨大な橋の中間にいた。橋の両サイドにはそれぞれ、奥へと続く通路と上階への階段が見える。
それを確認したメルド団長が、険しい表情をしながら指示を飛ばす。
「お前達、直ぐに立ち上がって、あの階段の場所まで行け。急げ!」
雷の如く轟いた号令に、わたわたと動き出す生徒達。
しかし、迷宮のトラップがこの程度で済むわけもなく、撤退は叶わなかった。階段側の橋の入口に現れた魔法陣から大量の魔物が出現したからだ。更に、通路側にも魔法陣は出現し、そちらからは一体の巨大な魔物が......
そして、現れた巨大な魔物を呆然と見つめるメルド団長の呻く様な呟きがやけに明瞭に響いた。
――まさか……ベヒモス……なのか……