ありふれない怪物は、やがて英雄へ   作:シロマダラ

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第七十九話です

誤字報告ありがとうございます。日本語って難しいですね…


第七十九話 不死の魔物

 【メルジーネ海底遺跡】の円環の洞窟から、開かれた新たな未知へと潜水艇を進める。

 

  そこからは特に何事もなく奥へ進み、やがて真下へ通じる水路に出た。すると突然、船体が浮遊感に包まれて一気に落下した。

 

「うぉ、まじか!」

 

 様々な悲鳴が漏れる船内、全身がフワッと浮く感覚に耐えながらいずれ来る衝撃に耐えるよう皆が何かに捕まる。そして、激しい衝撃が船内に―――伝わることはなかった。

 

「間一髪だな」

 

 悠姫が展開した星女神(アストレア)の星光で大気によるクッションを創造して受け止めていた。そしてゆっくりと、ズズンッと音を立てながら硬い地面に着地させる。

 

 どうやら先ほどまでと異なり、外は海中ではなく空洞になっているようだった。取り敢えずは周囲に魔物の気配がない事を確認して、一行は船外に出る。

 

 潜水艇の外は大きな半球状の空間だった。頭上には大きな孔があり、原理は不明だが水面がたゆたっていた。どうやら、潜水艇は底から落ちてきたようだった。

 

「どうやら、ここからが本番みたいだな。海底伊関というよりは洞窟って感じだがな」

 

「……ここが全部水中じゃなくて良かった」

 

 ハジメが潜水艇を〝宝物庫〟に戻し、一行が洞窟の奥に見える通路に進もうとしたその時、ハジメがユエに呼びかける。

 

「ユエ」

 

「ん」

 

 たったそれだけで、ユエは即座に障壁を展開する。

 

 刹那、頭上からレーザーの如き水流が流星さながらに襲いかかる。それは、ユエが魔力が霧散する性質をもつ【ライセン大迷宮】で重宝した魔法〝破断〟と同じもの。直撃すれば容易く人体に穴を穿つことが出来るだろう。

 

 しかし、例え即興で張られた者であってもユエの障壁は強固極まりないもの。その証明に、凶悪な水のレーザーをあっさりと防ぎきる。

 

 そして、ハジメが呼びかけた事で攻撃を察知していた悠姫、シア、ティオ、雫にも動揺はない。

 

 だが、香織はそうもいかなかった。

 

「きゃあ!?」

 

 思わぬ突然の激しい攻撃に、思わず悲鳴を上げながらよろめき、傍に立つ悠姫が咄嗟に腰に腕を回して支える。

 

「大丈夫か?」

 

「ご、ごめんなさい」

 

 パッと、抱き止められた体勢から直り香織が悠姫から離れる。いつもの香織ならここで赤面の一つでもしそうなものだが、香織の表情は優れない。どうやら、抱き止められた恥ずかしさよりも、自分だけが醜態を晒してしまったことに落ち込んでいるようだった。

 

 香織自身、アヤメとシェリアの指導もあり、自分の魔法技能に関してはそれなりのものだと自負していたつもりだった。戦闘中でも上級の回復魔法や防御魔法を使えるし、発動速度や性能だって〝結界師〟である鈴に引けを取らないレベルで使えるのだ。しかし、ユエと比べると自分の防御魔法が児戯のように感じてしまう。

 

 分かってはいたのだ。自分の魔法技能に対する自負など、悠姫達が歩んできた冒険には遠く及ばないのだと。自分の存在は、彼等にとって足手まといでしか無いのだという()()()が香織の胸中を蝕んでいく。

 

「香織、大丈夫?」

 

「う、うん。何でもないよ。ありがとう、雫ちゃん」

 

「それなら、いいんだけど…」

 

 暗い影を帯びた香織の表情に、雫は心配そうに声をかける。だが香織は咄嗟に誤魔化し、無理やり笑顔を浮かべて強がった。その強がりを雫は何となく察したが、どう声をかければよいのか分からず、結局はそれ以上踏み込まずに引き下がった。

 

 それと同時に、ティオが火炎系攻撃魔法〝螺炎〟を繰り出し、天井を焼き払う。すると、レーザーを放っていた正体であるフジツボのような魔物がボロボロと落ちてきた。どうやら水中生物であるためか火系には弱いらしく、ティオの〝螺炎〟により直ぐに焼き尽くされる。

 

 フジツボモドキの排除を終えると、一行は奥の通路へと歩みを進めた。通路は先ほどの部屋よりも低くなっており、足元には膝くらいまで海水で満たされている。

 

 そうなると、ユエの身長では海水がつかる部分が多くなるので、ハジメがユエを担ぎ上げて肩の上に座らせた。

 

 ユエに羨ましそうな眼差しを向けるシアと、悠姫に視線を向ける三人をスルーして、海水をかき分けながら通路を進んでいく。

 

 時折襲撃してくる魔物をハジメがドンナーで撃ち抜きながら、ぼそりと呟いた。

 

「……なんか弱すぎないか?」

 

 その呟きに、香織以外の全員が頷いた。

 

 大迷宮の敵というのは、基本的に単体で強力、複数で厄介、単体で強力かつ厄介というのがこれまでのセオリーだった。しかし、通路で襲ってきた魔物も、ハジメ達が大火山から脱出した時に襲ってきた海の魔物より弱いと考えると、とても大迷宮の魔物とは思えない。

 

 今回が大迷宮を初経験する香織以外の皆が首を傾げるのだが、その答えは通路の先にある大きな空間で示された。

 

 全員が空間に入った瞬間、半透明のゼリーのような何かがたった背後の通路への入り口を塞いでしまったのだ。

 

「私がやります! うりゃぁ!」

 

 咄嗟に最後尾にいたシアがその壁を壊そうとドリュッケンを振るった。だが、表面が少し飛び散っただけでゼリー状の壁自体が壊れることはなかった。

 

「ひゃわ! 何ですかこれ!」

 

 ゼリー状の飛沫がシアの胸元に付着すると、付着した部分の衣服が溶けだしたのだ。

 

「シア、動く出ない!」

 

 咄嗟にティオが、絶妙な火加減でゼリー状の飛沫だけを焼き尽くした。少しだけ皮膚にも付いてしまったようで、シアの胸元が赤く腫れている。どうやら、出入り口を塞いだこのゼリーには強力な溶解作用があるようだ。

 

「ッ! まだ来るぞ!」

 

 警戒してゼリー壁から離れた直後、今度は頭上から無数の触手が襲い掛かった。ゼリー壁と同じ見た目をしている以上、恐らく溶解作用もあるのだろうとユエが障壁を張る。さらにティオが炎を繰り出して焼き尽くし、悠姫が煌翼の星光(ハイペリオン)でティオの炎に干渉、天井を這うように炎を付着(エンチャント)することで炎の天井を構築していく。

 

「ユエの防御とティオの攻撃ってだけで反則みたいなコンボなのに、単独(ひとり)でも反則みたいな悠姫が混ざるとなぁ…」

 

「……いや、南雲くんも十分反則だと思うわよ?」

 

 鉄壁の防御と、その防御に守られながら一方的に攻撃。さらには何でもありの支援込み、ハジメが遠い目をして呟くのも仕方がない。雫が何か言っているが、ハジメは聞こえてないと反応しない。

 

 するとシアがハジメの傍にそろりそろりと近寄り、衣服が溶けて露になった胸の谷間を強調して、実にあざとく頬を染めながら上目遣いでおねだりをする。

 

「あのぉ、ハジメさん。火傷しちゃったので、お薬を―――」

 

「ん、シア。そういうのは後にして。ハジメ、このゼリー、魔法も溶かすみたい」

 

 シアのおねだりにユエが割り込んで声をかける。ハジメがユエの方を見れば、ユエの張っている障壁が徐々に溶かされているのが分かる。

 

「む、やはりか。先ほどから妙に炎が勢いを失っておると思っておったのじゃが」

 

「こっちもだ。天井に付着させてる炎が直ぐに消える。恐らく、炎に込められた魔力自体を溶かしてるんだろう」

 

 ティオと悠姫の言葉が正しければ、このゼリーは魔力そのものを溶かすことも出来るらしい。中々に強力で厄介な能力だ。大迷宮の魔物に相応しい。

 

 そんなハジメの内心が聞こえた訳では無いのだろうが、遂にゼリーを操る魔物が姿を現した。

 

 天井の僅かな亀裂からしみ出すように現れたそれは、空中に留まり徐々に形を形成していく。半透明で人型、ただ手足はヒレのようで、全身に赤い宝石のような斑点を持ち頭部には触覚のようなものが二本生えている。

 

 パッと見はクリオネのようだった。ただし全長が十メートル近くあるという化物である。

 

 その巨大クリオネは予備動作なく全身から触手を飛び出させ、同時に頭部からシャワーのように溶解ゼリーの飛沫を飛び散らせた。

 

「ユエも攻撃して! 防御は私が! 〝聖絶〟!」

 

 香織は、派生技能〝遅延発動〟であらかじめ唱えておいた〝聖絶〟を発動する。ユエは香織の言葉に頷くと、自身が張っていた障壁を解除してティオと一緒に火炎を繰り出した。シアもドリュッケンを砲撃モードに切り替えて焼夷弾を放ち、悠姫は焼炎魔杖(レーヴァテイン)に切り替えて熱線を掃射する。

 

 大火力の一斉攻撃を受けた巨大クリオネはその身体を爆散四散させた。よし、と満足気な表情を浮かべるユエ達だったが、悠姫とハジメが声を上げる。

 

「いや、まだだ」

 

「反応がまだ消えてない! 香織は障壁を維持して―――なんだこれ、魔物の反応が部屋全体に」

 

 ハジメの魔眼石で見えている視界には、魔物の反応である赤黒い色一色で部屋全体を染め上げていた。それはまるで、部屋全体が魔物であると告げられているようだった。

 

 そして、その懸念は当たっていたようで四散したはずのクリオネが瞬く間に再生されて行く。よく見ればその腹の中には、先ほどの通路で散発的に斃していた魔物が数多くおり、消化されているのが分かる。

 

「ふむ、どうやら魔物が弱いとは思っておったが、大迷宮の魔物ではないただの魔物で、こやつの食料だったようじゃな……無限に再生されてはかなわん、魔石はどこにあるのじゃ?」

 

「たしかに、透明なのに魔石が見当たりませんね?」

 

 ティオの推測に頷きつつシアがハジメを見るが、ハジメは困惑したような表情を浮かべている。

 

「……ハジメ?」

 

「…まさかとは思うが、()()()()?」

 

 ユエが呼びかけ、悠姫がまさかと聞くと、ハジメは頭を掻きながら悠姫に同意しながら報告した。

 

「……ああ、ない。あいつには魔石が無いんだ」

 

 その言葉に全員が目を丸くする。

 

「いや、強いて言うなら、あのゼリー状の体の全てが魔石だ。俺の魔眼石には、あいつの体全てが赤黒い一色に染まって見える。あと、この部屋全体も赤黒い。あるいは、この部屋が奴の腹の中だ」

 

 ハジメが事実を告げると同時に、再び巨大クリオネが攻撃を開始した。今度は触手とゼリーの豪雨だけでなく、足元の海水を伝って体の一部を飛ばしてきてもいる。

 

 ハジメは、〝宝物庫〟から火炎放射器を取り出し、摂氏三千度の消えない炎を撒き散らせる。狙いは周囲の赤黒い反応を示す壁。それに合わせるように、悠姫も熱線を拡散させて攻撃する。

 

 どうやら壁にも巨大クリオネの一部が混ざっているようで、壁紙が剥がれるように燃え尽きていく。しかし、半透明のゼリーは燃やしても燃やしても際限なく出現し、遂に足元からも湧きだすようになってきた。

 

 ユエ達は何度も巨大クリオネを対しているのだが、直ぐにゼリーが集まり復活するため終わりがない。しかもいつの間にか水位が腰のあたりまで上がっており、ユエに至っては胸元付近までが水に浸かっている。

 

 殲滅方法が見つからないうえに戦闘力を削がれる水中に没するのは非常にマズイ。なぜなら、この巨大クリオネは魔法の障壁を張っても、潜水艇を出して中に入っても、殲滅方法がなければいずれ溶かされてしまうため籠城戦法は出来ないからだ。

 

 ふと、悠姫が視界の端に渦巻きを発生させている地面の亀裂を発見する。そこからの決断と行動は早かった。

 

「全員、一度態勢を立て直す。地面の下に空間があるから、そこから逃げるぞ。何処に繋がっているか分からん、覚悟を決めろ」

 

「おう!」

 

「んっ」

 

「はいですっ」

 

「わかったわ」

 

「わかったよ!」

 

「承知じゃ」

 

 全員が声を上げたのを確認して、悠姫は星光を滅亡剣へと切り替え地面に穴を穿つ。そのまま穴を深く穿ち続け、やがて硬い手ごたえに辿り着いた所で再び星光を切り替える。

 

「―――〝豪槌磊落(ミョルニル)〟ッ!」

 

 筋力増強という単純明快な能力と悠姫の超出力によって放たれた一撃は、ハジメが放つパイルバンカーにも匹敵し、階層の壁を貫通粉砕した。

 

 次の瞬間、形成された縦穴へととてつもない勢いで水が流れ込む。腰元まで上がってきていた海水が勢いよく流れ始め、ユエ達も足を攫われて穴へと流されていく。

 

 そのまま流れに身を任せるように穴へと飛び込んでいき、最後にハジメが巨大な岩石と無数の焼夷手榴弾を転送し、悠姫達と共に地下空間へと流されていった。

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