とりあえず短めですが、第八十話です。
ようやく八十話かぁ…
「はぁはぁ、香織は無事か?」
「けほっ、けほっ、うっ・・・う、うん、何とか・・・皆は・・・」
結構な量の海水の飲んでしまい、咽ながら周囲を見渡す私に目には、私の腰に手をまわして抱きしめる悠姫君の姿と、真っ白な砂浜が映っていた。周囲にはそれ以外には何もなく、遠くには木々が雑木林のように茂った場所が見えていて、頭上一面には水面がたゆっているのが見える。おそらく決壊のようなもので上からの海水の侵入を防いでいるらしい。
「はぐれたみたいだな・・・まぁ、咄嗟に見えた限りだと雫はティオといるみたいだし、ハジメ達も固まっているようだし、大丈夫だろう」
「・・・うん」
悠姫君は私の腰から手を離して髪をかき上げながら言う。私は、悠姫くんの言葉にどこか沈んだ表情を浮かべている。
脳裏に過るのは先ほどの巨大クリオネから戦略的撤退を図ったときの様子。
悠姫の一撃が岩盤を砕いて流れ落ちた先の空間は巨大な球体状の空間で、何十箇所の穴から海水が噴出し流れ込み、滅茶苦茶な潮流となっている場所だった。
その激流に翻弄されながらも皆が何とか近くの仲間の傍に行こうとしていたが、激流は容赦なく引き離していく。
そんな中、悠姫の視界に下方へと流されそうになっている香織が映った。判断は一瞬、悠姫は星光を使い一気に下降して香織と合流。二人は一緒に一つの穴に吸い込まれるように流されていった。
そして流れ着いた先が、この真っ白な砂浜だったというわけだ。
「……り…」
まただ、また私は足を引っ張ってしまった。あの場に私が居なければ、きっと悠姫君はティオや雫ちゃんと合流できた筈なのに。
「…織…」
ホルアドでパーティに入ってから私は一体、何回悠姫君達の足を引っ張ってしまったんだろう。潜水艇から出て直ぐの事だってそうだ。突然の魔物の攻撃に、私だけが驚いて備えることも出来なかった。
「香織」
「えっ、なにゅ」
ふと、悠姫君が私を呼ぶ声がして顔を上げた瞬間、両頬をがしっと挟まれる。そのまま犬を撫でまわすみたいに、ぐにぐにと無遠慮に弄ばれる。
「にゅ、にゅにしゅるの!」
(な、なにするの!)
私の抗議などどこ吹く風で、悠姫君はしばらく頬をぐりぐりし続けた。ようやく解放され、赤くなった頬を擦りながら恨めしげに見上げる。
「少しは気が晴れたか?」
「うっ……」
その一言に、頬の熱がさらに増していくのを感じた。見抜かれているという恥ずかしさが、頬の赤みを余計に濃くしていた。そんな私に、悠姫君は表情を柔らかくしながら言う。
「少し休憩しよう。流されるだけでも体力は取られるからな」
「だ、大丈夫だよ。私のことなんか気にしないで―――」
「大丈夫なものか。大切な仲間が悩み苦しむ姿を放っておけるかよ。……聞くのは俺一人だ。落ち着いてゆっくり話そう」
悠姫君の言葉が、私の中にすぅっと入ってくる。胸の前で手をギュッと握りしめていると、悠姫君が再び口を開く。
「だからまずは、そのずぶ濡れの恰好を着替えてこい」
着替えを終えた私を、悠姫君は砂浜に腰を下ろして待っていた。そして、私は悠姫君の隣に少し遠慮しがちに腰を下ろして膝を抱える。
それから約一分、無言の空気が流れた所で、私は自然と口を開いた。
「……私、ずっと思ってたの。皆の足手まといになってるって、足を引っ張ってるって…役に立ててないじゃないかって」
一度口を開くと、私の心の影は堰を切ったように溢れ出した。
「ハジメ君みたいにアーティファクトが作れるわけじゃない。ユエみたいに強い魔法が何度も使える訳じゃないし、シアみたいな身体能力があるわけでもない。
ティオみたいに色んな事を知ってるわけじゃないし、悠姫君や雫ちゃんみたいに武器を振って戦えるわけじゃない」
「――それでも、それでも信じて頑張ったの。あの日からずっと、悠姫君とハジメ君が生きてるって信じて…アヤメさんとシェリアさんに教えてもらいながら、雫ちゃんと強くなるために努力して」
必死にこらえていた涙が抑えきれなくなり、ぽろぽろと白い砂浜に零れていく。
「なのに私……全然、皆の役に立ててない…悠姫君を助けられてない、支えられてない…」
そして、最後の方は嗚咽にまざって途切れていき、私は膝に顔をうずめた。
「……全く、香織は」
大体十秒ほどを置いて、悠姫君は口を開く。その呆れたような声に、思わず肩がぴくりと揺れる。
怖くなって余計に顔をうずめる私に、悠姫君は静かに――
「考えすぎなんだよ、
――そう、言葉にした。それは一体、どういう意味なんだろう。
「ふた、り?」
「そう、二人。まあ雫からは直接聞いた訳じゃないから、あくまでも推察だけどな。本当、似た者同士だな君達は」
聞けば雫ちゃんも、ほんの一瞬だけど【グリューエン大火山】で思い詰めた表情をする事があった。ただ、最奥のボスと戦っている時に吹っ切れたのか、急に動きが良くなったらしい。
悠姫君曰く、自分は刀剣を振るうことに優れているだけで、その他に何かが出来るわけじゃない、一番平凡な人間だ、等と思っていたのだろうと。
「雫ちゃんが…そんなこと…」
「二人をパーティに招いたのは俺で、そこには別にメリットデメリットを求めた訳でもない。共に来てほしい、共に戦ってほしい。単純にそれだけなんだよ」
「パーティっていうのは助け合いだ。誰もが何かを完璧に出来なきゃいけないなんて、そんな決まりはない。誰かが出来ないことは、他の誰かが支えてやればいい。一人で出来ないなら、二人で三人で、皆でやればいい」
悠姫君の声は、強さと優しさを同時に帯びていた。
「……私、ほんとに……皆の役に立てるのかな」
思わずこぼれた弱音に、悠姫君は小さく息を吐いて笑った。
「役に立つ、なんて態々考えなくていいんだよ。香織は香織がしたいことをすればいい……香織はどうしたい?」
その一言に、もう一度胸が熱くなる。涙を拭って、私はかすかに笑みを浮かべた。
「……ほんと、悠姫君ってずるいよ」
情けなく震える声で、そんなことしか言えなかった。心の奥に巣くう影は、既に晴れてなくなっていた。
涙の跡を残したまま、私はかすかに笑いながら顔を上げた。
それからしばらくしてから、悠姫達は改めて大迷宮を攻略するために歩を進めた。
最初は鬱蒼と木々や草が茂った密林。密林という場所らしく、昆虫や蜘蛛と言った生き物がそこら中に湧いている。それも、さすが大迷宮に住まう生き物と言うべきなのか、毒性を持つであろう紫色の液体を滴らせ、正面背面の両面で問題がない構造の蜘蛛もいる。
しかし、警戒を怠らなかった事で特に危険な何かが起きる事もなく、密林を抜けることが出来た。
そしてその先に広がっていたものは……
「これは……船の墓場とでも言うべきか?」
「すごい……帆船なのに、なんて大きさ…」
密林を抜けた先は岩礁地帯になっており、おびただしい数の帆船が半ば朽ちた状態で横たわっていた。そのどれもが、最低でも百メートルはありそうな帆船ばかりで、遠くに見える一際大きな帆船は三百メートルくらいはありそうなサイズだ。
悠姫も香織も思わず足を止めて見入ってしまうようなある種の異様な光景だった。しかし、いつまでもそうしているわけにもいかず、二人は気を取り直して船の墓場へと足を踏み入れた。
岩場の隙間を通り抜け乗り越えて船の上をも歩いて先へと進んでいく。二人は船の上を歩きながら、その船の状態を確認する。そして、それらの船には例外なく激しい戦闘跡が残っていた。切断されたマスト、焼け焦げた甲板、石化したロープ。つまりこれらの船は――
「戦艦なのか、これらの船は」
「うん、でもあの一番大きな船は違うみたい。装飾が豪華だし……」
そして、その推察は二人が船の墓場の中腹に到達した辺りで事実であると証明された。
「「「「「うぉおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」」」」
「「「「「ワァアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」」」」」
「ッ! なんだ!」
「悠姫君! 周りがっ!」
突然、大勢の人間の雄叫びが聞こえたかと思うと、二人の周囲の風景がぐにゃりと歪み始めた。何事かと周囲を見渡すと、気が付けば悠姫達は大海原の上に浮かぶ船の交番に立っていた。
さらに、周囲には見えていた船の墓場などはなく、何百隻という帆船が二陣営に分かれるように相対し、その上では武器を手に雄叫びを上げる人々の姿があった。
「これは、一体――」
「ゆ、悠姫君? 私達、夢でも見てるのかな?」
呆気にとられる二人を置きながら、何百隻という船が一斉に進みだし、体当たりをするかの勢いのまま突貫しながら、双方ともに魔法を撃ち合いだす。
轟音よ共に火炎弾が飛び交い船体に大穴を穿ち、巨大な竜巻がマストを狙って突き進み、海面が凍り付いて航行を止め、着弾した灰色の球が即座に帆を石化させていく。
瞬く間に戦場へと早変わり、そのまま悠姫達を戦争へと巻き込んでいく。
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