ありふれない怪物は、やがて英雄へ   作:シロマダラ

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第八十二話 悪食討伐

 淡い光が海面を照らし、天井へと揺らめく波紋を投げかけていた。

 

 その空間の中央には、神殿めいた建造物がそびえている。四本の巨大な支柱にのみ支えられ、壁という壁はなく、ただ神聖な気配が吹き抜けに満ちていた。

 

 中心の祭壇には、精緻を極めた魔法陣が刻まれている。周囲もまた海水に満たされ、そこから海面を渡るように四方へと通路が伸びていた。その先端は円形の足場となり、それぞれの中央にも魔法陣が描かれている。

 

 そして、その中央の祭壇には既に五人の男女が集まっていた。各々は周囲を軽く警戒しながら、残る二人の到着を待っている。

 

 やがて、四つの魔法陣のうち一つがにわかに輝きを放ち始めた。全員の視線が注がれる中、次の瞬間、爆ぜるような閃光が走り、二つの影が立ち現れる。悠姫と香織だった。

 

「……俺達が最後だったみたいだな」

 

 悠姫の言葉に反応するように、先に到着していた雫がすっと顔を上げた。

 

「香織!」

 

「雫ちゃんッ!」

 

 雫が香織の名前を呼ぶ。香織は呼びかけに応え、そのまま駆け出す。通路を軽やかに渡り、雫のもとまで一直線に走っていく。

 

 勢いのまま抱きつくと、雫も片腕を回して受け止める。ただ互いの無事を確認する程度の、ごく自然な抱擁だった。

 

 それを見ながら、悠姫は特に急ぐ様子もなく歩き出す。海面に揺れる光を踏みしめるように、中央に集まっている仲間の輪へと向かう。

 

「待たせたか?」

 

「いや、俺達もさっき着いたばかりだ。なんかあったのか?」

 

「先にメンタルケアをしただけさ」

 

「ああ、なるほど…」

 

 悠姫の返答にハジメは香織をチラリと見ながら納得する。

 

 抱擁が落ち着くと、香織は雫の前に軽く身を引いた。雫はその顔を静かに見つめる。問いかけるでもなく、探るでもなく、ただ何かを確かめるように。

 

 短い沈黙のあと、雫の肩の力がふっと抜けた。迷宮に入った時とはまるで違う、吹っ切れたような香織の表情を見て、ようやく彼女も息をつけたのだ。

 

「……心配、かけちゃったよね」

 

 香織がぽつりとこぼす。雫はわずかに目を細め、苦笑する。

 

「まあ……ね。でも、今の顔なら大丈夫そうだわ」

 

 雫の苦笑に込められたものに、香織はすぐ気づいた。あの時、自分の胸に差していた影を雫はとっくに察していたのだろう。

 

 けれど迷宮の最中、あえて言葉にしなかった。ただ見守ってくれていた。その沈黙の優しさが伝わる。

 

「ありがとう、雫ちゃん」

 

 雫は軽く頷き、視線を悠姫へ移した。香織も自然と同じ方向を見る。言葉を交わさずとも、思いは似たようなものだった。

 

「私達、仲間で……親友で……」

 

「……それに、同じ人を好きになった者同士だもんね。」

 

 軽い調子で言い合いながら、二人とも少し照れくさそうに笑った。

 

 と──視線の先。

 

 悠姫の隣で、いつの間にか当たり前のように腕に絡みついて甘えているティオの姿。

 

「「ずるいっ!!」」

 

 勢いよく放たれた二人の声に、ティオはびくりと肩を揺らし、わずかに視線を逸らした。それでも口元には、どうしても隠しきれない小さな笑みが浮かんでいる。

 

 悠姫はその様子に苦笑し、軽くティオの頭へ手を置いた。叱るでもなく、宥めるでもなく──いつもの調子で受け止める仕草だった。

 

 ティオは撫でられながらも照れくさそうにそっぽを向き、香織と雫は顔を見合わせて、同時にため息をつくのだった。

 

 

 

閑話休題

 

 

 

 改めて、一行は中央祭壇の方へと向かい、魔法陣へと足を踏み入れた。そして、脳内を精査れて記憶が読み取られる。しかし、今回は他の者が経験したことも一緒に見せられるようだった。

 

 ハジメ、ユエ、シアは、海底都市とも言える廃都での惨劇。そこでは人間族と魔人族の軍勢が激突する裏で、聖教教会の前身である光教教会の高位司祭が神の御心を理由に戦火を煽り、最終的には数百人もの女子供を祭壇に捧げるという狂気が渦巻いていた。

 

 雫とティオは、戦火が広がる国境付近の神殿での惨劇。神殿の司祭達が神の意志を掲げ、人間族の民へ武装を強要し、魔人族の殲滅を“聖務”として煽り立てる。祈りの声と叫びが混ざる中、信徒達は狂乱へ傾き、神殿を中心に戦火がさらに拡散していく。信仰が暴力へ転じる、その瞬間を二人は目の当たりにした。

 

 いずれも、正気を削り取るには十分すぎるものだった。一行は記憶の確認によって強制的に思い出され、蒼褪めたり、悪態を吐いたり、喉に込み上げるものを必死に押し込めていた。

 

 ようやく記憶の確認が終わり、無事に全員攻略者と認められたようである。一行の脳内に新たな神代魔法が刻み込まれていった。

 

「ここでこの魔法か……大陸の端と端じゃねぇか。解放者め」

 

「〝再生魔法〟か……【ハルツィナ樹海】の“再生の力”と言うのはこれのことか」

 

 つまり、東の果てにある大迷宮を攻略する、以前の問題として挑戦するには西の果てに行かなければならないということでもある。最初に【ハルツィナ樹海】に訪れた者にとってはとてつもなく面倒であることに違いはない。

 

 ハジメが解放者の嫌らしさに眉をしかめていると、魔法陣の輝きが薄くなっていくと同時に床から小さな祭壇のような直方体がせり出してきた。それは淡く輝くと、光が人型となった。どうやら、オスカー・オルクスと同じようにメッセージを残したらしい。

 

 白くゆったりとしたワンピースのようなものを着ており、エメラルドグリーンの長い髪と扇状の耳を持っている。解放者の一人メイル・メルジーネは海人族を関係のある女性だったようだ。

 

 彼女はオスカーと同じく、自己紹介をした後に解放者の真実を語った。おっとりとした女性のようで、憂いをおびつつも柔らかな雰囲気を纏っている。やがて、オスカーの告げたものと同じ語りを終えると、最後に言葉を紡いだ。

 

「……どうか、神に縋らないで。頼らないで。与えられる事に慣れないで。掴み取る為に足掻いて。己の意志で決めて、己の足で前へ進んで。どんな難題でも、答えは常に貴方の中にある。貴方の中にしかない。神が魅せる甘い答えに惑わされないで。自由な意志のもとにこそ、幸福はある。貴方に、幸福の雨が降り注ぐことを祈っています」

 

 そう締め括り、メイル・メルジーネは再び淡い光となって霧散した――と思うと再び同じ人型をとる。

 

「―――初めまして、ユキ・ロスリックさん。いいえ、“怪物”天津悠姫さんの方が正しいかしら?」

 

 メイルの言葉に、悠姫、ハジメ、ユエを除く四人が驚いて身構えた。三人はオスカーの住処で一度経験していたために驚かずにすんでいた。

 

「生きている間に一度会ってみたかったわ、残念ね……ガイア(かあさん)からの記録映像を預かっているわ……どうか、彼女の願いを叶えてあげて」

 

 言い残すと、メイルを形作っていた光はそのまま別人の形をとる。

 

 母性の塊と表現するのが相応しい雰囲気を出すその女性の名は、ガイア。生前の本名は、神庭(かんば)瑞葉(みずは)。今は【神山】に封印され、悠姫の到来を待っている女性である。

 

「久しぶり、と言っていいかしら。きっとあなたはオスカーの地下迷宮を、システィ達の峡谷迷宮を、ナイズの火山迷宮を、そしてこのメイルの海底迷宮へ到達したのでしょう」

 

 これには全員が目を見開いて驚いた。まさか攻略に行く順番を読んでいるなど誰が想像していただろう。しかし、映像のガイアはそのまま言葉を続ける。

 

「―――【神山】の神殿であなたを待っている者がいます。行方をくらましている人も、そこにいるでしょう」

 

「―――大丈夫。どんな障害が立ちはだかったとしても、勝つのはあなたなのだから」

 

「―――私は、ずっとあなたを待っているわ」

 

 告げ、ガイアの映像は終わりガイアを形作っていた光は今度こそ霧散する。そして、メイルやガイアが映っていた場所に小さな魔法陣が浮き出て輝き、光が収まるとメルジーネの紋章が掘られたコインが置かれていた。

 

「……い、いやぁ、これで証の数も四つですね。これで樹海の迷宮にも挑戦できますね」

 

 シアが言葉を詰まらせながら懐かしそうに故郷と家族に思いを馳せる。ハジメが証のコインを〝宝物庫〟にしまうと、途端に神殿が鳴動を始めた。そして、周囲の海水がいきなり水位を上げ始めた。

 

「うおっ!? いきなり強制排出かよっ。考える時間くらい寄越せってんだよ!」

 

「全員、掴み合え! 今度は離れるなよッ!」

 

 凄まじい勢いで増加する海水に、悠姫達は潜水艇を出す余裕もなくあっという間に水没していく。そして、〝宝物庫〟から念のためと用意しておいた酸素ボンベを取り出して装着する。

 

 直後、天井部分が【グリューエン大火山】のように開き、猛烈な勢いで海水が流れ込む。悠姫達はその竪穴に流れ込んで下から噴水に押し出されるように、上方へと吹き飛ばされた。

 

 ぶつかる直前に開いていく天井部分を順々に通過していき、やがて広大な海中へと放り出されると、急いで潜水艇を取り出そうとした―――が中断せざるを得ない状況になった。今一番会いたくない相手に遭遇したことによって。

 

『〝凍柩〟!』

 

『〝美醜の憂鬱、気紛れなるは天空神(G l a c i a l P e r i o d)〟!』

 

 一行が向けた視線の先には、全てを溶かし、無限に再生し続ける、現状で討伐方法が見えていない最悪の生物――巨大クリオネモドキがいた。

 

 ユエと悠姫が反射的に凍結系の魔法と星辰光(アステリズム)を発動させ、自分達を中心に周辺の海水を凍結させ氷をの障壁を張る。

 

 巨大クリオネモドキが射出した無数の触手が氷壁へと、激しい衝撃を伴いながら直撃する。

 

『どうするんじゃ!』

 

 念話石を使って通信してきたティオに、悠姫が凍結を続けながら答える。

 

『ユエは〝界穿〟で上空に転移、ティオは転移後直ぐに〝竜化〟して飛べるように備えろ!』

 

『んっ!』

 

『わかったのじゃ!』

 

 悠姫の指示にユエとティオは頷き、それぞれ集中し始める。

 

 ユエが行使しようとしている〝界穿〟とは、【グリューエン大火山】でフリード・バグアーが行使していた神代魔法であり、ハジメ達三人も習得した空間魔法の一つだ。空間の二つの位置に穴をあけ、二点の空間を繋げる。要するにワープゲートを作る魔法である。習得から日が浅いため、ユエでも四十秒程時間がかかる。

 

 ユエが〝界穿〟の発動に意識を裂いたため、氷の障壁に薄い部分が生じる。クリオネモドキはその変化を即座に察知し、密集させた触手を集中させて突破しようとしてくる。

 

『ちッ!』

 

 ハジメは〝宝物庫〟から鉱石を次々と取り出しては、連続で〝錬成〟していくことでユエと悠姫が作った氷壁のような、球体状の物理障壁を形成していく。

 

 そして、悠姫が金属性障壁が出来上がるまでの時間を稼ぎ、やがて五人が入り込んで孔を塞ぐことで完全な金属球となった。そこにハジメの技能である〝金剛〟と悠姫の星辰光(アステリズム)の〝不壊金剛〟の二重三重と強化を施す。

 

 その直後、クリオネモドキの触手が金属球へと殺到した。

 

 魔力そのものも溶かすクリオネモドキの半透明ゼリーが〝金剛〟と〝不壊金剛〟を喰い破ってくる。そして金属球も溶かし始めるが、ハジメが次々と錬成し続け、悠姫が付属(エンチャント)を何度もかけ続けることで、辛うじて防壁を維持し続ける。

 

 そして―――

 

『〝界穿〟!』

 

 ユエの空間転移魔法が発動する。金属球の中、ハジメ達の直ぐ後ろに空間を繋げるゲートが出現する。

 

『飛び込め!』

 

 ハジメの号令に従い、全員が一斉にゲートへと飛び込んでいく。最期に悠姫、ハジメの順で飛び込み、直ぐにゲートは消滅する。

 

 ゲートを潜ったハジメ達は、まず浮遊感に襲われた。ユエが海から少しでも離れることを優先し、出口を上空百メートル地点に設定していたのである。

 

 すぐにティオが〝竜化〟をして、その背に他全員を乗せて浮遊する。ユエが魔力枯渇で崩れ落ちかけ、香織とシアが咄嗟に支えながら魔晶石で魔力を補充する。

 

「ユエ、助かった。流石だ。空間転移は相当に難しいだろうに」

 

「……はぁはぁ、ん。頑張った。でも、まだまだ実践レベルじゃない」

 

 実際、ユエの言う通りで空間魔法は重力魔法の比ではない程に扱いが難しく、魔法分野では天才であるユエを以てしても、未だに実戦で扱えるレベルではなかった。

 

 だとすれば、短距離且つ巻物(スクロール)を用いた無詠唱速攻で〝界穿〟を行使したフリード・バグアーは、相当な使いてと言うことか、はたまた他の要因があるのだろうか。

 

 それでも、今回はユエが短い期間で発動に至れるまで習熟していてくれたおかげで、脱出することが出来たのだ。悠姫や香織達からも惜しみない賞賛がユエに送られた。

 

 これでようやく乗り切った……そう安堵した直後、

 

ザバァアアアアアア!!!

 

 そんな轟音と共に、突然、壁と形容できるほどの超巨大な津波が襲い掛かってきた。上空百メートル付近を飛ぶティオよりも遥かに高く、優に高さは五百メートル、直系は一キロメートルはあるだろう。

 

「ティオ!」

 

『承知っ!』

 

 悠姫の叫びにティオが翼をはためかせて全速力で前方へと急加速する。

 

「…〝縛印〟、〝聖絶〟!」

 

「〝聖絶〟」

 

 香織がティオの背から落ちた時の為に全員を繋げる光のロープを生成し、ユエと共に上級防御魔法〝聖絶〟を展開した。

 

「ティオさん、気を付けて! 津波の中にアレがいます! 触手が、きます!」

 

 未来視の派生技能〝仮定未来〟で見たのだろうシアの警告に、ティオは確認することなく咄嗟に身を捻った。直後、津波の中から無数の触手が伸び、直前までティオの居た空間を貫いている。

 

 上手く回避することが出来たが、津波との距離が縮まってしまった。なおも襲い掛かる触手を、悠姫が焼炎魔杖(レーヴァテイン)で、ハジメが火炎放射器で焼き払い迎撃しようとするが、あの大質量を前には無理があった。

 

「全員、固まれ!」

 

 直後、天災をも言うべき巨大津波が悠姫達を呑み込んだ。〝聖絶〟は一枚が完全に粉砕され、もう一枚もヒビが入っている。そして、悠姫達は壮絶な奔流によって、再び海中へと逆戻りとなった。

 

「狙った獲物は逃がさない、か?」

 

「ならば確実に、ここで仕留める」

 

 絶望的な状況にも関わらず殺意と闘志を絶えず滾らせるハジメと悠姫を見て、半ば諦めかけていたシア、ティオ、雫、香織の四人が体を震わせた。ユエも全く諦めておらず考えを巡らせている。

 

 そして、三十メート程にもなった巨大クリオネモドキが攻撃を仕掛けてくる。四人も心を持ち直し、それぞれが生き残るための術を模索する。もう、彼女達の眼には諦めの色は映っていなかった。

 

「…ハジメ、確か奴は火を忌避していたはずだ。つまり」

 

「奴の弱点は、火ってことか」

 

悠姫の指摘に光明を見出し、ハジメは〝宝物庫〟からフラム鉱石や魚雷を次々と取り出す。そして、次々と何かを錬成し始める。

 

「……何か思いついた?」

 

「ああ。海中で火を使うならこれしかない。上手くいけば倒せる」

 

「分かったっ! なら時間を稼ぐね、〝聖絶〟ッ!」

 

 各々が時間を稼ぐために一層、集中力を増して巨大クリオネモドキへと相対する。

 

 一つ、また一つと出来上がっていくが、どうにも時間が足りない。あと三分、あと三分あればと葛藤するが、抵抗空しく巨大クリオネモドキの頭部が大きく分かれてハジメ達を呑み込もうと襲い掛かった。

 

 瞬間、七人の誰でもない渋いおっさんの声が念話で皆の葛藤に応えた。

 

『ヤバそうじゃねぇかハー坊。おっちゃんが手助けしてやるぜ』

 

『ッ!? ま、まさかリーさんか!?』

『『『『誰!?』』』』

『おうよ。ハー坊の友、リーさんだぜ』

『『『『だから誰!?』』』』

 突然現れた人面魚とそれに従う魚群の助太刀が入ってきた。魚群は次々とクリオネモドキに突撃していき、クリオネモドキは不意打ちを前に押しやられていく。

 

 曰く、あのクリオネモドキの名は“悪食”と呼ばれる太古から存在する、魔物の祖先ともいうべき化物、天災らしい。そして、その“悪食”に襲われているハジメ達を見つけて助太刀に入ってきたということらしい。

 

 そんな話が終わる頃には魚群はほぼ全滅し、再び悪食がハジメ達に向かって大口を空けながら襲い掛かってくる。

 

 しかし、魚群という尊い犠牲の上に稼いだ時間は、きっかり三分。

 

 〝聖絶〟の周囲に魚雷軍が展開される。その数は百以上。ハジメは一斉に魚群を射出させると、魚雷軍は次々と悪食の身体に突き刺ささる。しかしそれらは爆発せず、悪食によって溶かされていく。

 

 それがハジメの狙いとも知らず。

 

「さぁ、たらふく喰えよ」

 

 魚雷群が完全に溶かされる前に、ハジメは〝宝物庫〟からフラム鉱石を液体化させたタールを注ぎ込んでいく。悪食の全身が黒く染まり始め侵食されていく。

 

 そして余すことなく黒く染め上げられると、

 

「身の内側から業火に焼かれろ」

 

 ハジメが手に持った火種が放り込まれ、タールの一片に吸い込まれるように直撃すると、一瞬で摂氏三千度の灼熱が悪食を内外から包み込んだ。抗うことの出来ない業火が一切の抵抗を許さず、悪食を焼き尽くしていく。

 

 ハジメ達は勝ちを確信する。太古の怪物――悪食討伐はここに成ったのだと。

 

 しかし、悪食は触手をボロボロと崩しながらハジメ達へと伸ばしていた。

 

「なっ、こいつまだなのかよっ」

 

 ハジメが驚愕して再び魚雷を取り出そうとするが、ユエがハジメを無言で制止する。指し示す先には、先ほどから無言で固まる悠姫の姿。だがそれは思考停止ではなかった。圧倒的なまでの異質な集中。

 

「集束・付属・干渉、最大出力。指向性を持たせろ、一点突破」

 

 ポツポツと小さく呟く。澄んだ声が全員の鼓膜に響く。

 

星光(ほし)だけでは足りない――魔法を組み込め、神代の魔法を」

 

「使えないでは駄目だ、無理でも使え。生成(干渉)重力(干渉)再生(干渉)■■(干渉)―――」

 

 口にするたび〝聖絶〟の周囲の海水はわずか蒸発し、光り輝く粒子が舞う。悠姫は悶えながら触手を伸ばす悪食を見据え、何かを解き放つように右手を軽く掲げ―――指を弾いた。

 

「―――〝集束・霆光天御柱神(ガンマレイ・ケラウノス)〟」

 

 無音の世界が視界を支配した。弾かれた指先から放たれたそれは、雷でも熱でもなかった。

 

 普通なら周囲の海水を蒸発させ、尋常ならざる大爆発を引き起こすであろうそれは、爆発的なエネルギーが悪食のみに集中し、ハジメ達にはさざ波程度の影響しか及ぼさない。

 

 業火に悶えていた悪食は、今度こそ一片残らず消し飛ばされた。

 

「……おいおい、今の何だよ。そんなもん、いつの間に編み出したんだ……?」

 

 ハジメは呆然と呟き、思わず息を吐いた。胸の奥に残る緊張を押し流すように、もう一度深く息をつく。

 

「しかしまぁ…ふぅ…何とか、終わったか」

 

「……ハジメ、大丈夫?」

 

「ハジメさん、大丈夫ですか?」

 

 〝聖絶〟の中で荒い息を吐きながら膝を突くハジメの傍に、ユエとシアが駆け寄って体を支える。同時、膝を着く悠姫の傍に雫、香織、ティオが駆け寄る。香織がハジメと悠姫に回復魔法を唱え、消費した体力を回復させた。

 

『やるじゃねぇかハー坊。それにハー坊の仲間もな。見事だったぜ』

 

『いや…リーさんが助けてくれなかったら、マジでやばかった。ありがとうな』

 

『どういたしまして、だな。仁義を貫いただけさ。気にすんなよ』

 

 ニヤリと笑うおっさん顔の人面魚と、同じくフッと口を緩めるハジメ。何かが通じ合っている二人に、他の面々がヒソヒソと話し合っている。

 

「やたらと通じ合ってないかの?」

 

「…なあ雫、香織。あれは現代地球の普通なのか? 少し帰還するのが怖くなってくるんだが」

 

「いやいやいや、そんなわけないじゃない!?」

 

「ハジメくん、異世界で出来た友人がシーマ○なの?」

 

「前もあんな感じでしたよ? ボーイズトークってやつですかね? 悠姫さんとやっているのは見たことないですけど」

 

「ん、ハジメ、楽しそう」

 

 そうしている間にも、ハジメとリーマンは何やら意気投合してきやすい会話を続けていた。

 

『んじゃあ。おっちゃんはもう行くぜ。ハー坊、縁があればまた会おうぜ』

 

『おう。リーさんも元気でな』

 

 恩人、恩魚?とハジメは互いに頷くと、リーマンは踵を返した。しかし少し進んで振り返ると、ユエとシアに話しかけた。

 

『嬢ちゃん達も元気でな。子供が出来た、いつか家の子と遊ばせよう。カミさんも紹介するぜ。じゃあな』

 

 それだけ言い残すと、今度は振り返らずに、そのまま大海へと姿を消した。

 

 ………は?

 

「「「結婚してたのかよぉーーー!!」」」

 

 そんなハジメ達三人の盛大なツッコミが残った。風来坊を気取っていたのだが、家庭持ちと考えると、タダのダメ親父にしか見えない。それを知ったしばらく、大海原に三人のツッコミが木霊していた。




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