ありふれない怪物は、やがて英雄へ   作:シロマダラ

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 第八十三話です。

 誤字報告ありがとうございます。


第八十三話 いざ、王都へ

 悠姫達が【メルジーネ海底遺跡】を攻略、ついでに太古の魔物『悪食』を討伐、エリセンに帰還してから約五日が経っていた。

 

 各々が神代魔法の習熟や装備品の充実に時間を当てている中、悠姫はとある影の薄い男と通信をしていた。

 

「―――やはり、王城内の空気は相当に悪くなってるか」

 

『はい……先生と清水がいなくなったのに、天之河は“きっと大丈夫”ってだけで気にしてないし、それに園部達が怒ってて』

 

「そうか……例の二人への対策はどうだ?」

 

『メルドさんが主動になって動いてます。敵の行動が活発になってきているから、警戒されない程度に複数人で行動するようにしてもらって、ほんの僅かでも違和感を感じたらメルドさんかホセさんに報告するようにと』

 

「分かった。俺達はエリセンを出たら、一先ずそっちに向かう。詳しい情報の出所は説明できないが、畑山教諭と清水は今、教会の総本山神殿に囚われている筈だ」

 

『こっちに来るんですか?! というか先生達が囚われてるって、それなら早く――』

 

「落ち着け。お前達が突っ走った所で意味はない。反感を買って捕まるだけだ」

 

『うっ……でも、何も出来ないなんて』

 

「いや、お前にはやってもらいたいことがある―――」

 

 

 

「話は終わったのかしら?」

 

 悠姫が通信が終了したのを見計らって、水着姿の雫達が近づいてきた。

 

 先程まで海で泳いでいたようで、髪は陽光を浴びてしっとりと艶を帯び、肌には薄い水気が残っている。滴り落ちるほどではないが、海風に触れてほのかに冷えた気配がまとわりついていた。

 

「ああ、取り敢えずは」

 

「……向こうは大丈夫なの?」

 

 雫の問いに、悠姫は短く首を振った。

 

「教諭達の件で、少し荒れているようだ」

 

 それ以上も以下もない、端的な返答。雫が続きを促そうとしたそのとき――悠姫の視線がふと横へ逸れる。

 

 砂浜の少し先で、ミュウがハジメとレミアの手を両側から握り、楽しげに歩き回っていた。三人の光景へ視線を向ける途中、レミアに向けられたジト目と、ふくれっ面が二つ、視界の端をかすめる。

 

 だが、目線をそのままミュウたちへ移すうちに、二人の表情は自然と視界から消えていった。

 

 悠姫はわずかに息を吐き、声を落とす。

 

「……続きは夜にしよう」

 

 

 

 

 

 その日の晩、夕食前にハジメはミュウにお別れを告げていた。

 

 昼間、レミアから静かに語られた言葉があった。

 

『皆さんと出会って、あの子は大きく成長しました。甘えてばかりだったのに、自分より他の誰かを気遣えるようになった……あの子も分かっています。ハジメさん達が行かなければならないことを』

 

『それでも、一度も“行かないで”とは言っていないでしょう? あの子は、引き止めてはいけないと分かっているのです』

 

 それを聞いて、ハジメはミュウに気遣われていたと気付き、お別れを告げる決意をした。

 

 そして、お別れを聞いたミュウは、着ているワンピースの裾を両手でギュッと握り締め、懸命に泣くのを堪えていた。しかし、ハジメがミュウが望む限りミュウのパパでいると答え、そして必ず戻ってくると伝えると、ミュウは笑顔になって頷いていた。

 

「パパ、ママも? ママも一緒?」

 

「もちろん、私だけ仲間はずれなんて言いませんよね? あ、な、た?」

 

 と、ミュウを抱っこするハジメの傍へ、レミアが寄り添うように近づいた。その並びがあまりにも自然で、どう見ても普通の夫婦とその娘にしか見えなかったため、ユエとシアの空気が一瞬、冷えかける。

 

 もっとも、ハジメがそれを望むのなら、ということで、最終的にはレミアも連れていくことで話は落ち着いた。

 

 若干名から生暖かい視線を送られ、ハジメは肩を竦めると悠姫の方へと向き直る。

 

「ああ、すまん…色々と勝手に決めちまったな」

 

「構わないさ。色々と問題や課題は多いだろうが、ハジメがそうしたいと思ったなら俺も応援するし、必要なら手伝うだけだ」

 

「……助かる」

 

 笑って答える悠姫にハジメは苦笑する。二人の話が終わったのを見計らって、ミュウがハジメパパに再度抱っこを要求する。再会の約束をしたとはいえ、しばらくのお別れであることに代わりはない。

 

 だから最後の夜は、精一杯甘えるようだった。

 

 

 

 

 深夜、ずっとハジメに甘えていたミュウも疲れたのか眠りに落ち、ハジメ達も各々が寝ようとしていた時のこと。

 

『皆、寝ようとしたところにすまない。先にエリセンを出立した後について話しておきたい』

 

 突如、悠姫が念話石を用いて他六人に通信を繋いだ。念話石を選択したのは、はなし声でミュウが起きてしまうのを考慮したからだ。

 

 六人が同意する反応を返したのを確認して、悠姫は続けた。

 

『まず、俺が昼間に聞いた内容だ。知っている通り、畑山教諭と清水が行方不明になっている。王宮側はそれに対し総本山、つまり【神山】で異端審問について協議している、と回答しているらしい。だが、当然、園部達は納得できず何度も食い下がっている』

 

『……光輝はなんて?』

 

『“きっと大丈夫。心配することはない”の一点張りだそうだ』

 

『……あんなことがあっても何も変わってないのね』

 

 香織が寄り添う気配が伝わる中、悠姫は話を進めた。

 

『その天之河についてだが、そっちも少し気になる事がある。黒い結晶のようなものを持っているらしい』

 

『…黒い結晶っつうと』

 

『ん、知ってる気がする』

 

『間違いなく、黒星晶鋼(アキシオン)だ』

 

 基本的には悠姫の能力によって作り出される魔力(星辰体)の超純度の結晶体。しかし、以前にテルスで香織と雫が少年に貰ったように、トータスでは何故か悠姫の手に掛からず産出される事がある。

 

 光輝が手にすることになった経緯は不明だが、恐らくその一種なのだろう。

 

『その黒星晶鋼(アキシオン)を見ながらぼうっとしている所が目撃されてるみたいでな……あれは純度が高い結晶体というだけで、別に人を魅了したりする機能はない筈なんだが、黒星晶鋼(アキシオン)が関わっているなら無視できない』

 

 そこまで言うと、悠姫は話題を切り替えた。

 

『そして、こちらが本題だ。畑山教諭と清水の件、そして俺達の異端認定を巡って、召喚組の仲の溝が更に深くなってきているらしい』

 

『園部達は、天之河を中心とした王宮側、加えて教会に対する不信感も強めている』

 

『…まあそういう訳で、あちら側の人間関係がかなり軋み上げている。空気にもそれが顕著に現れて最悪だそうだ』

 

 そこで一度、話題を切り替える。

 

『次に、俺達は【メルジーネ海底遺跡】で〝再生魔法〟を手に入れた。文字通り“元に戻す”魔法であるこれなら、回復魔法でも浄化できなかったアンカジのオアシスも元に戻せるだろう』

 

『以上を踏まえて、エリセンを出立した後は二手に分かれようと思う』

 

『俺とティオは、先行して王宮に向かう。遠藤やメルド団長と合流、直接調査をする。可能なら【神山】に侵入して、畑山教諭と清水を救出する……俺を待っている奴もいるみたいだからな』

 

『ハジメ、ユエ、シア、香織、雫の五人はアンカジに向かってくれ。そっちは人数が多い方がいい』

 

『おう。こっちが片付いたら、俺達も直ぐにそっちに向かう』

 

 一拍の沈黙。その間を破ったのは、香織だった。

 

『……ねえ悠姫君、あの二人の話なんだけど』

 

 言葉を選んでいるのが、念話越しにも伝わる。

 

『前に行ってた、二人が立てているっていう“計画”……やっぱり、本当なの?』

 

 少しだけ間を置いて、悠姫は答えた。

 

『ああ。事実だ』

 

 短い肯定。だが、その返答は重かった。

 

『メルド団長が主動になって、王都内と周辺都市の調査・警邏に人員を割いている。名目は魔人族が潜伏していないかの調査と治安維持だが、実際には王宮内に残る人間を意図的に減らすようにしてる』

 

『……それで、二人は』

 

『どうやら、魔女(メディア)からは僅かに焦っているような雰囲気を感じるらしい。まあ、残念だがクロと見るしかないだろう』

 

『……そっか』

 

 小さく呟くと同時に、香織と雫、二人の気配が静かに沈んだ。

 

『……でも』

 

 しかし、香織の声が少しだけ強くなる。

 

『だからって、止めない理由にはならないよね』

 

『ええ』

 

 今度は雫が応じた。

 

『彼女は……私達にとってただの仲間じゃない。特に仲が良かった友達、だから』

 

 感情が、抑えきれずに滲む。

 

『間違ってるって分かってるなら止めるよ。どんな理由を並べられても、それは変わらないから』

 

『……ええ。必ず止めましょう』

 

 二人の決意は、迷いのないものだった。念話の向こうで、悠姫は静かに息を吐く。

 

『分かってる。だからこそ、急ごう。手遅れになる前に』

 

 それ以上の言葉はなかった。だが、その場にいる全員が理解していた。

 

 

 

 

 

 翌日朝、一行はミュウとレミアに見送られ、海上の町エリセンを旅立った。

 

 

 


 

 

 

「くそッ、くそッ……!」

 

 苛立ちをぶつけるように、女が床を蹴る。その様子を、少し離れた場所から窺う男がいた。

 

「お、おい……ど、どうすんだよ。このままじゃ、マジでバレちまうじゃねぇか……!」

 

 檜山だった。声は抑えているが、焦りが滲み出ている。視線も定まらず、落ち着きがない。

 

「……うっさいッ!」

 

 女――魔女(メディア)は、振り返りざまに吐き捨てた。

 

「どいつもこいつも、ボクの邪魔ばっかりして……!」

 

「だ、だってよ……王宮内の警邏は増えるし、人は減るし……お前の魔法で使える奴なんて、もう残ってねぇじゃねぇか!」

 

 言い返す声は弱々しい。その瞬間、空気が冷えた。

 

「――ねぇ」

 

 低く、抑えた声だった。呼ばれただけで、檜山の肩がびくりと跳ねる。

 

「勘違いしないで。“どうするか”を考えるのは、ボク。キミは言われた通りに動けばいい」

 

「……ッ」

 

「それとも何? 今さら怖くなった? 愛しの“香織姫”を諦める?」

 

 細められた瞳が、鋭く檜山を射抜く。そこにあるのは、焦りではなく――見下ろすような冷たい色。

 

「ち、違ッ……そ、そういうわけじゃ……!」

 

「だったら黙ってなよ。まだ詰んだわけじゃない。ただ……少し、やりにくくなっただけ」

 

 魔女(メディア)は息を整え、再び闇の奥へと視線を向ける。

 

「“人形”が使えないなら、別のやり方を考える。それだけのことなんだから」

 

 暗闇に呟きが溶けていく。しかし―――

 

 

 

「なぁんて、彼女は思ってるんでしょうねぇ」

 

 くすり、と。抑揚のない、しかしどこか楽しげな声音が、暗闇の底に零れ落ちた。

 

 その声は、先程まで響いていた苛立ちとも焦燥とも、まるで質が違う。感情を隠すでもなく、誇示するでもなく――ただ、上から眺めているだけの余裕があった。

 

 ―――魔女(メディア)は、とても分かり易い。

 

 そう嗤う妙齢の女性の声が、同じ暗闇の世界にポツリと溶けていく。

 

 その直後だった。

 

 遠く、さらに深い場所から、地鳴りのような怒号が響き渡る。

 

 我ら魔人族の同胞のため―――

 

 北大陸を支配する異教徒共を滅ぼせ―――

 

 開戦だ―――

 

 オオオオオオォォォォッ!!!

 

 狂熱に満ちた雄叫びが、地下を、闇を、空気そのものを震わせる。ただの鬨の声ではない。そこには、信仰と憎悪と高揚がない交ぜになった、歪んだ熱があった。

 

「ここで何してるんだ、殲滅姫(ティルフィング)

 

 怒号を切り裂くように男の声が響く。

 

 声の主は、暗闇の中にあってなお、その存在感を隠していなかった。声色は愉しそうに弾みんでいる。

 

「あら、団長じゃない?」

 

 振り返った女は、まるで偶然出会ったかのように軽く微笑んだ。だが、その瞳の奥には、常人のそれとは決定的に異なる光が宿っている。

 

「どうだった、怪物(テュポエウス)は?」

 

 嗤いと期待を含みながら試すような問い。だが、答えは最初から決まっているとでも言うように、殲滅姫(ティルフィング)は一歩前に出る。

 

「そんなの―――」

 

 一瞬、殲滅姫(ティルフィング)は顔を伏せた。肩が震え、息を殺す。

 

 次の瞬間。狂気に満ちた笑みを浮かべて顔を上げ、女は叫んだ。

 

「最っ高っじゃないッ!」

 

 歓喜。

 

 陶酔。

 

 破壊への純粋な賛歌。

 

「ああ、団長が懸想するのも、よく分かったわッ!」

 

 声は弾み、抑えがきかない。

 

「なんて素晴らしい雄々しい男なのかしらッ。壊し甲斐があって、殺し甲斐があって、どんな声を上げるのかしらッ……!」

 

 理性と常識を踏み越えた言葉を、彼女は何の躊躇もなく吐き出す。

 

「……始めましょうッ」

 

 両腕を広げ、まるで祝祭を宣言するかのように。

 

「ええ、開戦よッ」

 

 その声は、先ほどの雄叫びすら呑み込むほどの熱を帯びていた。

 

「私たちが恋い焦がれてきた―――」

 

 一拍、間を置いて。

 

英雄譚(サーガ)をッ!」

 

 女性―――殲滅姫(ティルフィング)、ヘルヴァルド・ティルフィングは、狂気と歓喜を余すことなく宿した笑みで、戦争の始まりを告げた。

 




 レミアとミュウ周りの話しは小話で補完します。

 良ければ感想、アドバイスなどいただけると嬉しいです。
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