ありふれない怪物は、やがて英雄へ   作:シロマダラ

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 感想ありがとうございます。とりあえず、王都編はこの調子で駆け抜けていきます。

 では、第八十五話です。


第八十五話 救出と激突

 

 標高八千メートル、雪と雲海に閉ざされた【神山】。その山腹に築かれた神殿の一室は、貴賓を迎えるための豪奢な造りをしていた。

 

 深紅の絨毯に彫刻の施された家具、清潔に整えられた寝台。だが外界に通じるのは、鉄格子付きの小さな窓と重厚な扉だけ。外へ逃れる術はどこにもない。

 

 その部屋に囚われているのは二人――畑山愛子と清水幸利。

 

 両腕に嵌められた黒鉄の腕輪は肉体を縛るものではなく、魔力を封じる枷だった。幸利は星辰光(アステリズム)輝照用の杖は手元にあるが、魔法も星辰光(アステリズム)も発動できない以上、抵抗の手段はない。

 

 彼女らは十日以上もの間、この部屋で悠姫を待っていた。攫われたのではない。ノイントの()()()を受け入れ、天津悠姫を呼び寄せる餌としてノイントに囚われるという選択をしたのだ。

 

 

 

 

 

 それはハイリヒ王国王宮の廊下でノイントに対峙した時まで遡る。

 

「……お願いがあってきました」

 

 ノイントはそう切り出した。声色は低く抑揚に乏しい。だが、どこか言葉を選んでいるような間があった。

 

「お、お願い?」

 

 思わず聞き返した愛子に、ノイントは小さく首を縦に振る。

 

「はい。イレギュラーを、天津悠姫を呼び出すのに協力していただきたいのです」

 

 淡々とした説明で、そこに感情は見えない。ただ、事実を並べているだけの口調。

 

「悠姫さんを……呼び出す?」

 

 ノイントの一挙手一投足に警戒しながら杖を構え、愛子を守るように前に立ちながら、幸利が低い声で問う。

 

「そうです」

 

 即答だった。肯定以外の意味を含まない、単純な返答。

 

「今度こそ、悠姫さんを殺すためにか」

 

 問いは鋭く、廊下の空気が張り詰める。それでもノイントの表情は変わらない。

 

「そうですね……それも無い訳ではありません。ですが……」

 

 わずかに、間があった。言葉を探しているというより、次に何を述べるべきかを整理しているような沈黙。

 

「……?」

 

 促すように、幸利が短く声を出す。

 

「もし……私たちが協力しなかったら?」

 

 しかし、ノイントの返答より先に、愛子が震えを含ませながら問いかける。

 

「そうですか。なら、別の者に頼むとしましょう」

 

 ノイントは、迷いなくそう告げた。あまりにもあっさりとした返答だった。拒絶も、苛立ちもなく、単純に代替案を示した。

 

「べ、別の人って……まさか!」

 

 だが、その代替案を聞いた愛子の顔色が変わる。現在、この王都で悠姫を呼び出せるほどの関係を持つ者などそう多くはない。少なくとも、愛子の中では自分とウルの町に行った面々くらいしか思いつかない。

 

「ええ。目的はイレギュラーを呼び出すことです。ならば、貴方達でなくとも構いませんので」

 

 その言葉は、選択肢を与えているように見えて、実際には何も変わらないことを示していた。

 

「そ、それなら……私がやります! 大事な生徒たちにそんな真似はさせられません!」

 

 先生として生徒に危険なことはさせられない。叫ぶように言い切った愛子の前に、幸利も一歩進み出る。

 

「俺もやる。先生だけにそんなことはさせられません」

 

 二人の決意を前にしても、ノイントは表情を変えなかった。

 

「……賢明な判断です」

 

 

 

 

 

 ……はて、考えてみれば「協力してほしい」と言っておきながら軟禁するだけなのはどうなのかと思うところがあるが、重要なのはそこではない。

 

 悠姫さんをノイントが呼び出す。それの言い淀んだ目的とは一体何なのだろうか。

 

 それが今度こそ悠姫さん仕留めることではないのは分かっている。

 

 では、何のために呼び出すのか。

 

 戦うため――――殺す目的があるのに戦うが目的なことがあるか?

 

 試すため――――今更何を?

 

 あの時、ノイントは確かに考えていた。言葉を選び、間を置き、相手の反応を待つような素振りがあった。

 

 聞いていた無機質な存在像とは異なり、少なくとも、その振る舞いは人間の会話に近かった。

 

「……一体誰が…何を」

 

 ポツリと愛子が呟く。

 

 その声は小さく、独り言に近かった。だが、幸利は思わず視線を向ける。

 

 愛子は俯いて手首のアーティファクトに視線を向けたまま動かない。唇を噛みしめ、何かを堪えるように、じっと見つめている。

 

 生徒が、何かをしようとしている。

 

 それを阻止しようと動いている者達がいる。

 

 愛子と幸利を軟禁した後にノイントはそう語っていた。具体的に誰が、何をということまでは言わなかったが、愛子が不安を募らせるには十分だった。

 

 思い出すのはウルの町の一件。清水幸利が暴走して、悠姫やハジメ達がウルの町にいなかったら、取り返しがつかなくなる事になっていた出来事。愛子は、その時と同じような、それ以上の取り返しがつかない事にならないかと気が気ではなかった。

 

 すぐにでも生徒たちの元に行きたい、皆の無事を確認したい、一人一人の話を聞いて心の声を聞かせてほしい。だが、今の状況がそれが許さない。

 

「……天津くん、どうか」

 

「……先生」

 

「―――――ああ、呼んだか?」

 

 半ば無意識に、愛子は一人の男の名を呼んだ。こうして軟禁される一因となった男の名、死んでしまう運命だった清水幸利を救い、更には祝福(星辰光)まで与えた英雄(怪物)の名。

 

 そう、こんな声の―――

 

「「……えっ?」」

 

「ん?」

 

 バッと、愛子と幸利は出入口の方を向く。しかし、そこは重厚な扉が変わらず二人をこの部屋から出さないために佇んでいる。

 

「…今、天津くんの声が聞こえたような」

 

「俺が喋ったからな」

 

「…はい、俺も確かに悠姫さんの声が聞こえました」

 

「外だよ、外。窓を見ろ」

 

 幻聴? いや、幻聴じゃない! と二人は悠姫の声がした方、格子の嵌まった小さな窓に視線を向ける。するとそこには、窓から顔を覗かせる悠姫の姿があった。

 

「えっ? えっ? 天津くんですか? えっ?」

 

「ちょ、いや、ここ本山だし、それに最上階じゃ……えっ?」

 

「とりあえず、窓側から離れてくれ」

 

 混乱する二人を置いて、悠姫は滅亡剣(物質再整形)で人一人が余裕をもって通れるくらいの穴を壁に開けて、部屋内に侵入を果たした。

 

 開いた外壁から夜風が吹き込み、悠姫の背後では黒竜――ティオが静かに滞空したまま、首を伸ばして室内を覗き込んでいる。

 

「あ、あの……なんでここに……」

 

「もちろん、二人を助けにきた。実は、とある情報網から二人が行方不明になったと聞いてな。次の迷宮攻略の道中で王都の傍を通るから、そのついでにな」

 

「そんなこと……それに、それだけじゃ私たちがどこにいるかなんて」

 

「その辺りは込み入った事情があるから今は話せないんだが、リリアーナ王女からのお願いもある」

 

「リリアーナ姫から?」

 

「ああ、畑山教諭と清水が修道女服の女性と話した後に行方不明になった。俺とハジメが半ば強制的に異端者認定された件と言い、今の王宮は何かがおかしい。だから助けてほしい、とな」

 

「リリィさんが…天津君はそれに応えてくれたんですね」

 

「二人がこの【神山】に囚われているのは分かっていたからな。それに、個人的な別件もある。はっきり言うならリリアーナ王女のお願いはついでだ」

 

 悠姫はそう告げると、視線をキッと鋭く変えながら扉の方へと向ける。

 

「そういう事だ。二人は連れて行って構わないよな、ノイント」

 

「―――ええ、構いませんよ、イレギュラー。貴方がここに来たならば、その二人に用はありませんので」

 

 ハッと、愛子と幸利が扉の方に向く。すると、二人が押しても引いてもビクともしなかった重厚な扉が、ギィッと重い音を立てながら開いた。

 

 流れ込む冷気と共に姿を現したのは修道服姿の女性。感情が灯らない、機械のような無機質な瞳が悠姫へと注がれる。

 

 ゆっくりと、ノイントが室内に足を進める。後退る愛子と幸利、その二人の腕輪型アーティファクトがパチリと鳴ると、ガチャリと音を立てて床に落た。

 

 すると今度は、ノイントの足元から白光が立ち昇り、修道服が霧散していく。白銀の鎧が内側から顕現し、両手には二振りの大剣が握られ、背には白翼が広がった。

 

 紛れなく、真の神の使徒―――ノイントの威容がそこにはあった。

 

「ハジメ達は既に王都に入っている。二人はティオと共に、ハジメ達に合流しろ」

 

『こっちじゃ、早う乗るんじゃ!』

 

 悠姫が一歩前に進み太刀を抜き放つ。

 

 黒竜姿のティオが二人を急かし、愛子と幸利は顔を見合わせ、決死の想いでティオの背へと飛び移る。

 

『ご武運を祈るのじゃ、主殿』

 

 悠姫の返答を聞くことなく、ティオは翼を羽ばたかせて王城の方へと舞い降りていった。

 

 そして室内には悠姫とノイントだけが残される。悠姫は太刀を、ノイントも双大剣を互いに構える。

 

 次の瞬間、二人は同時に踏み込み閃光のような一合目を交わした。火花を散らし激突音が轟き渡った。

 

 

 


 

 

 

 一方その頃、アンカジでの浄化を終わらせたハジメ達はホルアドに残っていた遠藤やリリアーナ達と合流、夜陰に紛れながら王都内を駆けていた。リリアーナが王宮を出るときに使った隠し通路へと向かっているのだ。

 

 そして、ようやく隠し通路の入り口に辿り着いた。

 

「この時間なら、皆さん自室で就寝中でしょう」

 

「よし、なら先に例の二人を先に無力化、拘束するぞ」

 

 声を潜めるリリアーナに対し、同じく声を潜めるハジメが続けた。皆がハジメの言葉に頷き、隠し通路に入ろうとした、その時―――

 

 砲撃でも受けたかのような轟音が響き渡り、直後、ガラスが砕け散るような破裂音が王都を駆け抜けた。

 

「ッ! なんだッ!」

 

「これはっ……まさか!?」

 

 瞬時にハジメがドンナー・シュラークを両手に持ち、〝気配感知〟と〝魔力感知〟を用いて周囲の警戒を行う。そして、リリアーナは思い当たることがあったのか、顔面を蒼白にして空を見た。そして、ユエ達も同じく空を見上げる。

 

「な、なんだとッ!」

 

「そ、そんな……大結界が……砕かれた?」

 

 メルドが驚愕し、リリアーナが信じられないといった表情で震える声で呟く。彼女の言う通り、王都の夜空には大結界の残滓である魔力の粒子が輝き舞い散りながら、中空へ霧散していく光景が広がっていた。

 

 すると、一瞬の閃光が奔り、再び轟音が鳴り響く。そして、王都を覆う光の膜のようなものが明滅を繰り返しながら軋みを上げ、罅が全体に広がり砕け散った。

 

「第二結界も……そんな、どうしてこんなに脆くなって……」

 

 リリアーナが言った大結界とは、王都を外敵から守る三枚の巨大な魔法障壁のことだ。三点に障壁を生成するアーティファクトがあり、定期的に宮廷魔法師が魔力を注ぎ込んで間断なく展開維持している王都の守りの要だ。

 

 その絶対守護の障壁が僅か十数秒で二枚も破られたのだ。内側の結界程強度は増していくが、これでは三枚目を破られるのも時間の問題だろう。結界が破られたことに気が付き、あちこちで明かりが灯されている。

 

『皆、聞こえるかの? 状況説明は必要かの?』

 

「ティオか! そっちはどうなってる? 何が起きたのか分かるのか?」

 

『うむ。まず、愛子殿と清水殿は無事に救出して、妾の背に乗っておる。主殿は神殿に残ってノイントと戦闘中じゃ』

 

「ん……やっぱり」

 

『そして、結界についてじゃが、王都の南方一キロメートル程の位置に魔人族と魔物の大軍が出現しておる。あの時の白竜もおるな。結界を破壊したのはアヤツのブレスと……なにやら一人の魔人族の一撃じゃな』

 

「な、一体どうやってそんなところまで……」

 

 ティオの報告に、リリアーナが表情を険しくしながら疑問に眉をしかめる。

 

 しかし、その疑問の答えに対してハジメ達は想像がついていた。間違いなく〝空間魔法〟だろう。軍そのものを移動させられるほどのゲートを開くなど魔法の天才であるユエでさえ至難の業であるが、何らかの補助があれば可能なのかもしれない。

 

「……仕方ねぇ。白崎達は王女様とこのまま王宮に行け。王宮内部の作りはお前等の方が知ってんだろ。俺、ユエ、シアは連中の相手だ」

 

「ん……分かった」

 

「はいです! 泣いて謝ってもボコします」

 

 三人としても、特にあの白竜とその主の魔人族に対しては相当に根を持っている。その魔人族の実妹に免じて命を散らすところまでは踏み止まれる(かもしれない)が、ボコすかどうかは別である。

 

 三人が各々に怒気と殺る気を高める姿に、他の皆が少し引き気味になっていると、ティオから再び連絡が入る。

 

『気合十分なようじゃし、魔人族の相手はとりあえず三人で十分じゃろう。妾は背の二人と王宮側に行かせてもらうぞ。根の深さを考えれば、王宮側の人数が多い方が良いじゃろう』

 

「ああ、先生は任せたぜッ!」

 

 そう言うや否や、三人は来た道を帰るように王都の空へと飛び出していった。

 

「……すぅ、行きましょう」

 

「うん、そうだね」

 

「はい、行きましょう」

 

「お、おう」

 

「あ、ああ」

 

 ほんの僅か、本当にほんの僅かだけ件の魔人族を不憫に思いながら、雫は雑念を振るうように頭を振り、先へ進もうと告げる。皆もそれに同意し、そしてようやく王宮への隠し通路へと入っていった。




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