ありふれない怪物は、やがて英雄へ   作:シロマダラ

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第八十六話 魔人族の星辰奏者

 

 突然の結界の消失と魔人族の襲撃に、王都は大混乱に陥っていた。

 

 人々は家から飛び出しては砕け散った大結界の残滓を呆然と眺め、そんな彼等に警邏隊の者達が「家から出るな!」と怒声を上げながら駆け回っている。既に最小限の荷物だけを以て王都から脱出しようと試みたり、王宮内に避難しようと門前に集まって「中に入れろ!」と叫ぶ人々もいた。

 

 夜遅い時間であるため、まだこの程度の騒ぎで済んでいるが、しばらくすれば暴徒と化す人々が出ても不思議ではない。しかし、王宮側の方が混乱の度合いは酷く、都内への対処にあたる事は全く出来ない。なにせ、目が覚めたら喉元に剣を突き立てられたような状況なのだから無理もない。

 

 王宮側も急ぎ軍備を整えているようだが、間に合わなかった。

 

 最後の結界が破られ、大地を鳴動させながら魔人族の戦士たちと神代魔法で生み出された魔物達が押し寄せてきた。残る防壁は王都を囲む石の外壁だけなのだが、長く持つと考えるのは楽観だ。

 

 外壁を粉砕すべく、上級魔法を使う魔人族や固有魔法を使う魔物、更には巨体の魔物が外壁を叩き突撃する。上空からは灰竜や黒鷲のような飛行型の魔物が飛び交い、外壁を無視して王都内への侵入を果たした。

 

 外壁上部では王国の兵士達が必死に応戦しているが、全く想定していなかった大軍相手に、まともに迎撃出来るはずもない。

 

 そんな中、空中を走り、飛び、家屋の屋根を跳びながら魔人族と魔物達の方向へ進んでいく三人。ハジメ、ユエ、シアである。

 

「第一優先はあの男だな。【グリューエン大火山】で嘗められた借りは返さねぇとな」

 

「……ん。それに、また神代魔法の魔法陣を壊されたら堪らない」

 

「はいです」

 

 思い出すのは【グリューエン大火山】での一件。火山を噴火させてハジメ達ごと大迷宮を破壊しようとしたあの魔人族(フリード・バグアー)に対して、三人は恨みを募らせていた。

 

 それに、ハジメ達が脱出した時、〝空間魔法〟を取得できた魔法陣のあった部屋にはマグマが流れ込んできた。大迷宮には修復機能があるようなので【グリューエン大火山】も修復される可能性はあるだろうが、マグマの海に沈んだ今現在で魔法陣を使った〝空間魔法〟取得は難しいだろう。

 

 そして、もしもフリードが【神山】の大迷宮の構造を詳しく知っていた場合、【グリューエン大火山】のように破壊しようとする可能がある。どれくらいで修復されるか、そもそも修復されるかも分からない為、魔法陣が破壊されるのは何としても避けたい。

 

 勿論、魔人族側の神代魔法の所持者がフリードだけではない以上、同じように破壊しようとする者がいても不思議ではない。ただそれはそれとして、フリードを特に狙うのは、やはり私怨である。

 

 と、その時、体長三、四メートル程の黒い鷲のような魔物が十数体の群れになって襲い掛かってきた。けたたましい雄叫びを上げて迫ってくる黒鷲達に、ハジメはドンナー・シュラークで、シアはドリュッケンの射撃で、ユエは右手のフィンガースナップで放った無数の風刃で撃ち落としていく。

 

 大穴が空き、衝撃波で爆砕され、ギロチン処刑さながらにバラバラになっていく黒鷲の群れ。無惨に絶命させられていくことで三人を認識した飛行型の魔物達が三人の周囲を旋回し始める。よく見てみれば、約半数の魔物の背には魔人族の戦士の姿があった。

 

 彼等は黒鷲が瞬殺された事で警戒し、上空を旋回しながら様子を見ている。武器を構え、あるいは詠唱の準備を整えたまま、三人の動きを静かに見据えていた。

 

「……来ませんね」

 

 シアの呟きに、ユエは無言で同意を返す。ハジメはドンナー・シュラークを構えたまま、空中の配置を見ている。徐々に数が増えてきている。だが、無秩序ではない。明らかな、陣形と呼べるものを築こうとしている。

 

 それはまさしく、ハジメ達を大きな脅威であると認識し、警戒している事への証明と言えた。

 

 魔人族に情報が伝わる可能性のある戦闘として、ハジメ達が思い当たるのは少なくとも二度。ウルの町でのファヴニル・ダインスレイフとの交戦、そして【グリューエン大火山】でのフリード・バグアーと白竜との一件だ。その経緯を踏まえれば、この警戒具合も不自然ではないだろう。

 

 次の瞬間、魔物の一部が高度を下げた。それに呼応するように、後方で魔法陣が展開された。複数の詠唱が重なり上級魔法を形作っていく。

 

 対し、ユエが一歩前に出て指を鳴らす。

 

 夜空が裂けるような音と共に顕現した、全身から雷を迸らせながら雷鳴の咆哮を上げる龍が、真正面から魔法の奔流へ突進する。

 

 衝突―――爆音―――衝撃波。

 

 詠唱を維持していた魔人族達が、まとめて宙へ吹き飛ばされた。そして、雷龍が無防備な姿の魔人族達に襲い掛かる。血潮は蒸発し、身体は炭化し、その命を敵地の都で散らしていく。

 

「なっ……!」

 

「馬鹿な……!」

 

 驚愕に硬直する魔人族達、だがユエが挑発するかのように鼻で嗤う姿を見て、その驚愕が瞬時に憤怒へと変化する。

 

「貴様等ぁーーーー!!」

 

 叫びと同時に、旋回していた魔物達が一斉に動いた。怒りに駆られるが、戦士としての有能さが自然と陣形を整えさせて、絶妙な連携を取りながら四方と上方から逃げ場をなくすように包囲して魔法を放つ。魔法に長けた魔人族による魔法の斉射。普通なら絶望する場面、しかしハジメ達が浮かべるのは呆れた表情。

 

「……私達を警戒してたみたいだけど、無駄。彼我の実力差を知るといい」

 

「りゃぁあああ!」

 

 シアが跳び、ドリュッケンを振るう。重力魔法+身体強化によってフルスイングされた一撃は、詠唱中の魔人族三人の上半身をまとめて爆砕し、騎乗していた魔物も衝撃で断末魔の悲鳴を上げながら吹き飛んでいく。

 

「死ねぇ!!」

 

「殺せ!!」

 

 血走った目で特攻をかける魔人族に対し、ハジメが引き金を引く。一人、また一人と頭部を撃ち抜かれた魔人族が魔物の背からずり落ちていく。残された魔物も、ユエの雷龍が大口を開けて喰らっていく。

 

 その時、

 

「ッ!? ハジメさん! ユエさん!」

 

「来たかっ」

 

「んっ」

 

 シアが警告を発すると同時に、三人は即座に散開し建物の屋根から飛び降りた。直後、何もない空間に楕円形の膜が浮かび、そこから極光が奔る。極光は直前まで三人がいた空域を貫き、背後の建物を消し飛ばした。

 

「……やはり、予知の類か。忌々しい……」

 

 男の声が響くと同時に、楕円形の膜から白竜に乗った赤髪の魔人族フリード・バグアーが現れた。その表情には、渾身の不意打ちが簡単に回避されたことに対する苛立ちが浮かんでいる。

 

 白竜とフリードが完全に姿を表すと、タイミングを合わせたように黒鷲や灰竜に乗った魔人族達が数百単位で集まり、三人を包囲する。

 

 同時、凄まじい轟音を響かせて遂に王都の外壁の一部が崩されて、そこから次々と魔物や魔人族が王都内への侵入を果たす。そして、その一部が三人の方へと猛然と駆け寄ってくるのが見える。

 

「まさかあの状況から生還するとは……やはり貴様らは危険すぎる。ここで確実に仕留めさせてもらおう」

 

 フリードの憎しみすら宿って居そうな言葉を向けられて、三人は視線を交わし、口元を歪めて同時に同じ言葉を返す。

 

「「「殺れるものなら殺ってみろ(みて)(下さい)」」」

 

 その言葉を合図になったかのように、周囲の魔物と魔人族が一斉に魔法を放つ―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「創生せよ、天に描いた星辰を―――我らは煌めく流れ星」

 

 ―――――その刹那に、一つの起動詠唱(ランゲージ)が轟いた。

 

「名は要らぬ。栄光も、称賛も、望んではいない。ただ、立つべき場所に立ち、振るうべき刃を振るうのみ」

 

 込められた想いは勝利への渇望。愛すべき祖国、同胞達に勝利と繁栄を齎してみせるという宣誓に他ならない。

 

「無茶も無謀も、通るべき道ならば踏み越えよう。たとえ、いかなる不条理が立ちはだかろうと」

 

 その男は激怒していた。世界に蔓延る不条理と理不尽、そのあまりにも露骨な在り方に。

 

 悪によって善が貶められ、力ある者が正しさを嘲笑う。そんな光景が、許されていいはずがない。

 

 貧富の差は存在する。力の優劣もまた否定できない現実。ならば事実として不平等は受け入れよう。

 

 だが――不平等であるがゆえに生まれる()()()だけは、断じて認められない。

 

「折れず、曲がらず、砕けず。己自身を不滅の鋼と変え、その重みごと戦場へ刻み込め」

 

「闇に満ちた地平など、幻想に過ぎぬ。命の灯が在る限り、そこには必ず暁が訪れる」

 

 ならば俺が変えてやろう。尊き血族(ブルーブラッド)として、祖国を愛する者として、一人の男として。人々が希望を持てないのならば俺が切り拓こう。

 

 願わくば、未来の希望である子供たちが、飢えも恐れもなく、笑って生きられる国になるように。

 

「背負うべき理由など不要――さあ、勝利を捧げよ」

 

 この男こそ魔国ガーランドの将軍にして()()()()、ヴィクトル・ドラングレイグ。人々に勝利を齎さんと、英雄に宿った星、星辰光(アステリズム)が煌めいた。

 

超新星(Metalnova)――〝無冠無銘、勝利を捧げよ。(C r o w n l e s s )魔の地平に闇は無い(D a w n b r i n g e r)〟」

 

 

「こいつは俺が貰っていく」

 

「な、いきなり目の前にッ」

 

 まるで最初からそこにいたかのように、ヴィクトルがハジメの眼前に姿を表す。既に大剣を肩に担ぐように構えている。

 

 振り下ろされた大剣を、ハジメはドンナー・シュラークを交差して刃を受け止める。だが、

 

「――重ッ!」

 

 腕にのしかかった余りの衝撃に、咄嗟に〝金剛〟を発動した。しかし、それでも受け止めきれず、ハジメは振り抜かれた大剣によって押し飛ばされた。

 

「ハジメッ!」

 

「ハジメさん!」

 

 ユエとシアの焦る声が遠くに流れ、身体が宙を舞って街並みが一気に遠ざかっていく。十数棟先まで吹き飛ばされ、最終的に背中から建物へと叩き込まれた。

 

「……くそッ」

 

 降りた瓦礫の中で、片膝を突きながら肩で息をする。受け止めた両腕が、わずかに震えていた。咄嗟に使った〝金剛〟が間に合ったから良かったものの、もしも間に合わなかったら瓦礫の中で転がったまま動けなくなっていただろう。

 

『ハジメ、大丈夫?』

 

『ああ、なんとかな』

 

 すると、短くユエから念話が届いた。

 

『……今の奴がそっちに行った。気を付けて。こっちは私とシアで何とかするから』

 

『ああ、そっちもな』

 

 正面に重い着地音が一つ鳴る。瓦礫に足を取られながら顔を上げると、ヴィクトルが降り立っていた。片膝を突いたまま右手のドンナーを向け、ハジメは悪態を吐いた。

 

「チッよくもやりやがったな」

 

「ああ、その怒りはもっともだ。謝罪する、すまない。フリード達に聞かれずに話をするには、これが一番早かった」

 

 ヴィクトルは大剣を肩に担いだ状態で答える。敵意は少なく、武器を向けられているのに構えようともしない。

 

 普段なら嘗められているのかと勘ぐる所だが、それよりも今のヴィクトルの言葉には無視できない箇所があった。

 

「話だと?」

 

「ああ、お前達と同盟を結べないか、という話だ」

 

 同盟、という単語にハジメは思わず眉を顰めた。

 

「…はぁ? 同盟? 何を言ってんだお前は」

 

 この状況、このタイミングで出てくる言葉とは到底思えない。少なくとも、人間族の王都を襲撃している最中、魔人族の将軍が、敵地のど真ん中で切り出す話ではない。

 

 しかし、ヴィクトルの返答は実に淡々としている。

 

「そう驚くこともないだろう。お前達が七大迷宮を攻略してトータスの支配構造を知ったように、俺も迷宮を攻略して支配構造を知った。ならばその構造に支配されている者として、抗おうとしている者達と同盟を結ぶと考えるのは自然だろう」

 

 なるほど一理ある、とハジメは僅かに納得した。少なくとも、自分達は【オルクス大迷宮】の最深部、オスカーの住処で解放者についてやトータスの真実について知った。ならば、【氷雪洞窟】の最深部で同じことを知っても、何も不思議ではない。

 

 だが、あれは敬虔な信徒や聖職者にとっては到底信じられない、異端や邪教と切り捨てられても当然な情報の筈だ。

 

「…お前達はアルブ様とかいう奴を信仰してんじゃねぇのか? それに、魔人族には魔王とかいう支配者がいるじゃねぇか」

 

「エヒトの駒に決まっているだろう。でなければ、フリードがああも染められるかよ」

 

 吐き捨てるように言った言葉には、明らかな嫌悪が滲んでいる。

 

 アヤメによると、フリードは【氷雪洞窟】を攻略した後から人が変わったようになったという。ヴィクトルが染められたという風に言ったのはつまり、【氷雪洞窟】で知ったことを魔王に問い詰め、しかし洗脳されてしまった、という事なのかもしれない。

 

「俺が仕えるのは魔王陛下ではなく、ガーランドという国であり民草だ。()()()ではない」

 

「ゆえに、俺は貴様らと同盟の提案をしたいのだ」

 

 ……なるほど、とハジメは内心で呟いた。邪竜(ファヴニル)審判者(ラダマンテュス)は、魔人族には()()がいると言っていた。納得の一言しか出てこない。しかし、

 

「“一度持ち帰って検討させてください”ってテンプレな返答しかできねえな。少なくとも、俺はてめぇを信用できねえ」

 

「当然の回答だ。むしろここで即答されれば、俺の方が貴様らを信用できなくなる。貴様らの頭目とじっくり話し合うがいい」

 

「頭目て…」

 

 なるほど、こいつには悠姫がそう見えているらしい。あながち間違いとも言えないのは事実ではあるが。

 

 そう考えるハジメを余所に、ヴィクトルは「だが、」と続ける。

 

同盟(それ)軍務(これ)は別だ。俺はガーランドの将軍として、お前を討たねばならない」

 

 戦士として、兵士として、任務を遂行する事が俺の仕事だと。ヴィクトルが大剣を腰辺りに溜めるように構える。

 

「てめぇが俺に討たれるとは考えねえのか」

 

 ハジメは口角を上げながらゆっくりと立ち上がり、右手のドンナーに合わせて左手のシュラークもヴィクトルの方へと銃口を向ける。

 

「それはない、勝つのは俺の方だ。ゆえに討たせてもらうぞ。どうか討たれてくれるなよ」

 

 一切の迷いなく断言する。そこに込められているのは挑発でも嘲笑でもなく、悠姫が言うような()()()()()()()らしい断固とした宣言だ。

 

「一瞬で矛盾しやがって。ハッ、上等だッ!」

 

 それに呼応するように、ハジメの指が引き金を引く。二発の発砲音が、開戦の合図となった。




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