今井リサと7日間   作:古川集人

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2日目:今井リサと痴漢電車

 「すみません!この人痴漢です!」

 真昼間の駅のホームに甲高い声が響き渡った。声を聞いた数人がそちらへ振り返る。

 女子高生が手を挙げ必死に駅員を呼びかけていた。彼女のすぐ側にはスーツ姿の中年男性が呆然と立っている。おそらくあの男性が痴漢をしたのだろう。

 私が所属するバンドグループ『Roselia』は普段使っていたライブハウスが現在改装中でライブの練習ができず、隣町のスタジオを借りていた。ベースケースを担ぎながら自転車で移動するのが嫌だったので、私はこうして電車を利用して通っていた。ライブハウスへ向かう最中、私は痴漢現場に遭遇したのだ。

 怖いなーとか用心しなきゃなーとか話のネタになるなーとか、普段の私ならそんな事を考えているだろう。

 だが今回は違う。目の前の痴漢現場に私は違和感を感じていた。

 近くのベンチに腰掛け、自分の顔を隠すようにベースケースを前に置く。女子高生と中年男性、そして今駆けつけた駅員の様子を観察した。

 実は同じような痴漢現場を私は昨日と一昨日にも見ている。しかも同じ車両、同じ駅、同じ時間でだ。一昨日は若いツーブロックの男と女子大生が。昨日は太った中年男性とOLが。そして今日はスーツ姿の中年男性と女子高生が痴漢騒ぎを起こしている。

 痴漢の加害者、被害者は別人だが、同じ場所、同じタイミングで毎日痴漢が起こるものだろうか。

 ベースケースの影からしばらく見張っていると3人は何か小声で話しながら駅員専用通路の扉を開けてしまった。それから少し経ち止まっていた電車が動き始める。職員専用通路の扉は再び開く気配が無く、これ以上見張っていると練習に遅れそうだったので、私は仕方無く電車へ乗った。

 だが結局「お客様同士のトラブル」で10分遅れてしまった。

 

 

 友希那にネチネチ文句を言われながら今日の練習は終わった。3日連続練習に遅れているのだから怒られても仕方が無い。ただあの痴漢事件だけはやっぱり話しておきたかった。

 「毎日同じ場所で同じ時間に痴漢?嘘つかないでちょうだい」

 「本当だって!アタシ全部見たんだもん」

 「そもそも痴漢って朝の混雑した時間帯に起こるものでしょう。昼にやるなんて堂々としすぎよ」

 言われてみればそうだ。昼の空いている時間帯に痴漢だなんて、周りの人間に犯罪行為を見せつけているようなものだ。それが毎日起こるなんて、やはり何かおかしい。

 「まあ嘘か本当かなんていいわ。同じタイミングで電車が遅延するんでしょう。だったら明日からその痴漢より早く電車に乗れば遅れないわよね」

 「ま、まあそうだけどさ。何か気にならない?」

 「全く興味無いわ」

 ガクリと肩を落とし私はスタジオから帰路についた。

 

 

 その夜の事。風呂上りに部屋へ戻ると着信が来ていた。相手は燐子だ。

 「もしもしー、どうしたの?」

 「あの、今井さんが話していた…痴漢事件の事なんですけど…」

 まさか燐子がこの話題に食い付いてくるとは。ちょっと意外である。

 「SNSで聞いた事があって…。痴漢電車の噂」

 「ち、痴漢電車?ヤラシイビデオのタイトル?」

 「ある電車のある車両で痴漢をしても、警察を呼ばれず罪にもならないという噂です」

 私の背筋に冷たい物が走る。今日の事件を振り返ると、駅員はやってきたがいつまで経っても警察は来なかった。職員専用通路から被害者の女子高生も出てこなかった。彼女はどうなってしまったのだろうか。

 「警察呼ばれないって、それ駅員もグルじゃん…」

 「そうなんです。加害者が駅員にお金を払うから、警察が呼ばれないみたいで…」

 事実だとしたら大変な社会問題だ。報道局に言えば取り扱って貰えるかもしれない。

 「こんなの私…許せません…。だから明日、実際に痴漢を見て調べようと思っているんです」

 燐子の声から強い意志を感じた。こんな悪行私も女として許せない。ぜひ彼女に協力したいと思った。

 「わかった。アタシも同行するよ」

 明日の朝燐子と駅で会う約束をし電話を切る。

 その後友希那へ明日の練習も遅れる事を伝えると「そう」とだけ返ってきた。正直痴漢電車よりも彼女に会う方が怖かった。

 

 

 燐子と合流し昨日痴漢があった同じ時間の電車、同じ車両に乗る。真昼間なので車内は人が少なく空いている席の方が多い。本当にこんな場所で痴漢が起こるのだろうか。

 「何かあったらすぐに2人で逃げよう」

 電車が動き出すと私は小声で燐子にそう言った。

 痴漢が起こる駅は2つ先だ。それまでに私はこの車両の人間を確認した。

 私達を除くと今この車両に乗っている人間はたったの3人。

 1人はお婆ちゃん。まあ今回の事件には関係ないだろう。

 もう1人は金髪で耳にピアスをつけた男子学生。人を見かけで判断してはいけないが、不良っぽいので警戒してしまう。

 最後の1人はメガネをかけた30代くらいのサラリーマン。これから営業にでも行くのだろうか。

 痴漢の加害者になりそうなのは不良学生とメガネサラリーマンだ。だが被害者になりそうな女性がいない。被害者がいなければ痴漢は起こらない。

 なんだ、今日は痴漢事件なんて起きないじゃないか。内心ドキドキしていた私は安心した。

 電車がガタリと大きく揺れた。分岐ポイントを通ったのだ。その揺れで頭が冴えたのだろうか。私は気が付いたのだ。

 痴漢の被害者になりそうな女性、それは私達だ。

 燐子は私と手を繋いだ。彼女も気付いたのだろう。顔が真っ青だ。

 私自身も冷や汗をかいていた。背中とパンツが湿ってとても気持ちが悪い。

 まだ電車は動き出したばかりだ。次の駅まで3分かかる。死ぬ程怖いが今すぐに下車はできない。

 まず自分自身を落ち着かせよう。私は深呼吸し、今の状況を冷静に考え直した。

 痴漢と言っても色々あるが、私達に触るような事件は起こらないだろう。たとえ起こりそうになってもすぐに逃げられるはずだ。当たり前だが、直接私達に触るには近付く必要がある。男がこちらへ近付いた瞬間に私達は別車両へ逃げれば良い。

 他に盗撮するタイプもある。バッグなどにカメラを仕込んで女性のスカートの中を撮影するような行為だ。では今日のボトムズだが、私はスキニーパンツ、燐子はロングスカートだ。私は物理的に覗けないし、隣子のスカートは彼女のほぼ真下にカメラを設置する必要がある。直接触る行為と同じように、盗撮するにも私達へ近付く必要があるはずだ。

 それに万が一痴漢が起きても警察に証明できるはずだ。この車両には人が5人いる。車内の見通しも良い。友希那も言っていたが、こんな場所で痴漢をすれば目撃者を増やす事になるだろう。

 「大丈夫だよ。こんな場所で痴漢なんて無い」

 燐子は震えながらも頷いた。

 「次の駅で降りる?」

 「いえ、まだ頑張れます…」

 一年前は内気な彼女だったが、最近は勇気を振り絞り自分から動き出す事が多くなった。現に痴漢電車の調査も燐子から言い出した。彼女なりに成長しているのだ。

 「今井さん」

 突然燐子は強く私の手を握った。彼女の手は熱く汗で湿っているのがよくわかった。

 彼女の視線の先にはメガネサラリーマンがいた。席から立ち上がりこちらへ向かってくる。

 次の駅までまだ少し時間があるしドアが開くのは私達が座っている側とは逆だ。降りるために立ち上がったと考えると不自然である。まさかこの男堂々と痴漢をする気か。

 私と燐子の間に一気に緊張が走った。電車はかなりスピードを出しており車両がガタガタと大きく揺れる。男がこちらへ近付いてくるにつれ、線路を走る電車の音が大きくなったような気がした。

 メガネサラリーマンは私と目が合った。彼はすぐに視線を逸らす。無表情な彼の顔が人間性を失っているようで恐ろしかった。

 いつでも逃げられるように足に力を入れた。燐子の手を離さないように手にも力が入る。男の些細な動作も見逃さないよう、彼から目を離さない。

 男は私達が座っている傍のドア前で立ち止まった。長方形の窓から高速で移り変わる景色を眺めているが、時々チラリとこちらを見ているような気がした。男が手を伸ばすとちょうど私に触れられる距離だ。直接私に触る気なのかもしれない。

 そしてついにつり革を握っていた男の右手が動き出した。今すぐ隣の車両に逃げなければ大変な目に遭うだろう。心臓の鼓動が電車の走る音よりも大きくなっていた。

 私が逃げようと中腰になった時。男の手は私の方に伸びず彼自身のポケットの中へ突っ込まれた。取り出したのは黒い名刺入れ。彼は中を開き、電車の運行表をじっと見た。

 電車のスピードが徐々に落ちていき次の駅のアナウンスが流れた。

 「お出口は左側です」

 それを聞いたメガネサラリーマンは少し恥ずかしそうに私達とは反対側のドアへ移動する。

 やがて電車は止まりドアが開いた。メガネサラリーマンはその駅で下車した。

 メガネサラリーマンはこの電車に普段乗らないのだろう。営業で慣れていない電車だったので、次の駅で開くドアの方向がわからなかったのだ。早く立ち上がったのは緊張していたためか。営業相手が頑固なのかもしれない。

 思わず私は大きく息を吐き燐子に寄りかかった。

 冗談抜きで死ぬかと思った。

 「た、ただの勘違い…」

 燐子はそう言うと糸が切れたように俯いた。

 「でも良かった。何も起きないのが一番良いよ」

 痴漢電車の噂はあくまで噂なのだろう。現実的に考えて駅員と加害者がグルなんてありえないじゃないか。痴漢の対応をする駅員だっていつも同じ人じゃない訳だし。

 「今日は遅れずに練習できそうですね」

 「ホントホント。昨日友希那に遅れるって連絡したら怖かったんだよ」

 「なんて返ってきたんですか?」

 「『そう』だって。絵文字も記号もスタンプもなし!たったひらがな二文字だけ!見てよコレ」

 「うわあ…。これは、怖いですね…」

 ドアが閉まり電車が動き出した。次の駅で私達は急行に乗り換える。痴漢が起きる駅も次だが、やはり車内は人が少なくさっきと同じような状況だ。痴漢なんて起きるわけがない。変わった所と言えば、メガネサラリーマンと入れ替わるように一人のOLが乗車したくらいだ。

 「最近アタシもゲーム始めたんだー」

 「何のゲームですか?もしかして、どうぶつの森?」

 「そうそう、どうぶつの森。魚図鑑埋めるのにハマっちゃった」

 「図鑑埋め、楽しいですよね。博物館で眺めるのも好きです…」

 「いいよねー。あれ、燐子もどうぶつの森持ってるんだ。今度そっちの島に行きたいな」

 もはや私は痴漢電車の噂など忘れて彼女と話していた。

 一応車内の様子を確認していたが特に怪しい行動をしている人間はいない。お婆ちゃんは寝ているし、金髪ピアスはボーッとしているし、OLはスマホをいじっている。ごく普通のお昼の車内風景だ。

 何事もなく電車が駅に到着し、私達は一番近くのドアの前に立った。この駅で乗り換えをする人は多く、OLと金髪ピアスも別のドアの前に立っていた。この時私は金髪ピアスがOLよりも前に立っていたのを覚えている。

 ドアが開かれ私達はホームへ降りた。その時だ。

 「すみません!この人痴漢です!」

 私は電撃が走ったように隣のドアへ振り返った。

 甲高い声を上げたのはOLだ。彼女は金髪ピアスの腕を乱暴に握っている。

 OLの突然の大声でお婆ちゃんもビックリして起きてしまった。

 金髪ピアスは確かに見た目は不良だが、私には彼が痴漢をしたとは到底思えない。

 まず車内では何もしていなかった。ボーッとしていただけである。何か行動を起こしていたのなら私達が気が付くはずだ。そもそも電車から降りる直前までOLと金髪ピアスは接近していない。

 では電車から降りる直前だが、金髪ピアスがOLよりも前に立っていたのを確かに覚えている。彼は手ぶらでカメラやスマホを覗かせるようなバッグも持っていない。そんな彼が、自分の背後にいる女性に痴漢なんてできるだろうか。

 そして私は必死に駅員を呼ぶOLの顔を見てハッとした。この女性、一昨日私が見た『太った中年男性に痴漢されたOL』と同じ人間なのだ。

 そう、痴漢なんて始めから起きていなかったのだ。痴漢電車の噂もただの噂だ。

 濡れ衣を男性に着させ賠償金を求める、悪質な痴漢冤罪だったのだ。この車両は男性の賠償金を狙う女達の『狩場』なのだろう。

 駆けつけた駅員が金髪ピアスとOLから事情を聴いている。私と燐子は顔を合わせ3人の元へ向かった。

 「すみません、この男の人痴漢なんてしてないと思うんですけど」

 「はぁ?」

 ギロリとOLのナイフのような眼差しが私に向けられる。怯んだ私をカバーするように燐子は話した。

 「だって、電車の中では、2人とも離れて座っていたんです。痴漢なんてできませんよ…」

 「痴漢されたのは降りる直前よ!私の事後ろから触ってきたの!」

 シメた!と言わんばかりに私はOLに言い返した。

 「いえ、この男の人はあなたの前に立っていました。後ろから痴漢なんて出来るはずが無い」

 思わず私はニヤケそうになった。推理小説の主人公はこんな気持ちになるのだろう。

 しかし金髪ピアスは首を横に振り、俯きながら話した。

 「違います。俺が痴漢しました。俺は電車から降りる直前、彼女の後ろにいました」

 「「え?」」

 思わず私と燐子は声が出た。

 「ほら見なさい!私は痴漢されたのよ!」

 駅員は私達の間に入り興奮したOLに言い聞かせた。

 「これから別の部屋で詳しく話を聞くので、とりあえずお2人はご同行をお願いします」

 くるりと駅員は私達へ振り返ると同じように丁寧な口調で説明した。

 「事情を話して下さってありがとうございます。後はこちらで対応します」

 そう言うと3人はあの職員専用通路の扉を開き、消えてしまった。

 なんだか私はやるせない気持ちになった。電車が遅延してまた友希那から文句を言われるわ、痴漢電車の噂は結局わからず終いだわ、頭がムシャクシャしてくる。

 「なんかもう、わからないです」

 燐子も不満そうな顔をしている。とりあえず私は友希那に対する謝罪を考えるのだった。

 

 

 友希那にシカトされ続けた練習から翌日。今日は連休の最終日だがメンバーの都合が合わなかったので練習は無かった。しかし私と燐子は昨日と同じ時間の電車、同じ車両に乗っている。理由はもちろん、痴漢電車の噂をはっきりさせるため。

 元々正義感で動いていた私達だが、今は己を納得させるために行動している。なんだかちょっと哀れに感じた。

 私達は昨日と同じ駅で電車に乗り車内の様子を確認する。この時点でもう私は不審な点に気が付いていた。

 座っている私達の目の前にいる1人の女子高生。彼女は私が一昨日見た痴漢の被害者だ。そして少し離れた所で座っているのは昨日の加害者、金髪ピアス。そういえばこの男、よく見たら初日に見たツーブロックの男と似ている。おそらく同一人物だろう。

 昨晩燐子と話しながら痴漢事件について推理した。痴漢事件はヤラセ、被害者役と加害者役はシフト制、駅員もグル、という結論にまで至った。

 痴漢事件がヤラセなら昨日の金髪ピアスが嘘をつくのも納得できる。

 シフト制だと考えたのは昨日のOLを私は2度見ているから。事実、今この車両にいる2人は私が今まで見てきた男女だ。

 駅員がグルという仮説の理由だが、本来ならヤラセだとしても事件を起こしたら警察に目を付けられるはずだし、そもそも同じ電車で毎日痴漢が起きれば駅員なら不審がるだろう。駅員がグルなら警察に届け出を出さないし、ヤラセを止めようとは思わない。

 今日はそれらを確かめるために電車に乗ったのだが、どうやら当たりらしい。

 しかし私達は完全にスッキリはしなかった。ヤラセ痴漢をする目的がわからないからだ。

 ヤラセ痴漢をしたって彼らにメリットが一切無い。被害者も加害者も駅員もグルなのだから賠償金は入らないはずだ。

 「この人痴漢ですー!」

 2つ目の駅で女子高生が叫ぶ。やはり今日もヤラセ痴漢は起こった。

 私達は駅員、被害者役、加害者役が集まるタイミングで彼らを脅そうと考えていた。目的を教えなければタレコんでやるぞ、といった具合に。

 昼間のスカスカなホームを走り抜け、駅員が合流する。脅すなら今しかない。私と燐子は足並みを揃えて彼らの間に割って入った時だ。

 「すみません。みなさんちょっといいですか?」

 シャツ姿の中年男性2人がさらに加わったのだ。

 今この場に7人もいる。ただでさえホームに人が少ないのでかなり目立つ。

 早く3人を脅したいのに。私はソワソワしながら2人の中年男性の顔を見た。

 「警察です。ちょっと話を聞かせてもらえますか?」

 「「え?」」

 中年男性は警察証を見せびらかした。意外な人物に私と燐子は思わず声が出る。毎日毎日驚いてばかりで疲れるものだ。

 

 

 

 駅内のどこかで話すのかと思ったらなんと警察署まで連れて行かれた。私達とヤラセ組は別のパトカーに乗って来たのだが警察署ではヤラセ組の姿は見えなかった。時間をずらして到着するのだろうか。

 取調室みたいな小部屋に案内された後ここまで私達を連れてきた警官が部屋の外へ出てしまった。小部屋に静寂が訪れる。なんだか怖かった。

 燐子がボソリと口を開く。

 「これって私達、疑われているんでしょうか?」

 「…かもしれない」

 案内してくれた警官の口調は優しかった。しかし事情聴取だけで関係者を警察署まで連れてくるものだろうか。

 すぐに小部屋の扉が開かれた。入ってきたのは若い女性警官だった。

 「こんな所まで移動させてしまって申し訳ありません」

 「いえいえ。あのいきなり質問して悪いんですけど、アタシ達って疑われていますか?」

 女性警官は首を横に振り微笑んだ。

 「これから行うお話次第です、と言いたい所ですが実は大方事件は解決しているんです。お2人を呼んだのは事件内容の矛盾や見落としが無いかの確認です。リラックスしてお話して下さい」

 男性警官から女性警官に変わったのも私達が話しやすい場を作るためだろう。

 私と燐子は胸を撫で下ろし、今までのヤラセ痴漢について全てを話した。

 「高校生がそこまでたどり着くなんてすごいですね。痴漢を止めたいと思う心も立派です。将来警察もアリなんじゃないですか?」

 「いやー、これから公務員試験の勉強はちょっと…。それに今はバンドやっていますし…」

 「あら、今流行りのガールズバンドですね」

 女性警官は「それで」と話を区切り事情聴衆に戻した。

 「お2人の話と今回の事件内容は完全に合致しています。ヤラセ痴漢も真実です」

 「でも、ヤラセ痴漢なんてして誰が得をするんですか?」

 今まで黙っていた燐子が喋りだした。

 「私、彼らの目的が知りたいです」

 「アタシも知りたいです」

 女性警官は頷くと、ファイルから複数枚のカラーコピーされた用紙を取り出した。

 どれも会社の公式ホームページのようだが業種はバラバラだった。中には一部上場企業もある。

 「あの駅では、決まった時間の電車でヤラセ痴漢ビジネスを展開していた。そしてこれらの会社の社長や幹部がクライアント。駅にヤラセ痴漢をするよう金で依頼した人達です」

 「その人達は痴漢の賠償金とか迷惑料とかを取るために依頼していたんですか?」

 「いいえ。彼らはお金のやり取りが目的ではないんです」

 「ええ?痴漢をする事で得られるものって他にありますか…?」

 「そもそもヤラセ痴漢じゃなくてもいいのよ。ヤラセ喧嘩ビジネスでもいいし、仮病ビジネスでも良いの」

 ますますわからなくなる。とにかく騒ぎを起こしたいのは理解できたが、お金以外に何か得はあるだろうか。

 「あ!今井さん!」

 燐子は閃いたのか大きな声を上げた。

 「今井さんは…何で友希那さんに怒られたんですか?」

 「練習時間に遅れたから…。ああ!」

 そうかそういう事か!痴漢をしたらお金や刑罰以外にも生まれるものがある。それは被害者や加害者よりももっとたくさんの人に影響するものだ。

 「電車遅延…!ヤラセ痴漢の目的は電車遅延だったんだ…!」

 「そう。彼らは金で時間を買っていた。いや、金で時間を奪っていたんです」

 「電車を遅らせて、クライアントは何をする気だったんでしょうか?」

 女性警官は「それがねー」と頭を抱えながら話し出した。

 「問いただしてみたら散々だったわ」

 女性警官は手元に有るコーヒー会社のホームページの用紙に指差す。

 「例えばここの社長は取引先との大事な会議に寝坊したから依頼した。外部との大切な会議を遅れた理由が寝坊だなんて、社長の口から言えないわよね。他の理由を作ろうにも、昼に電車遅延なんて滅多に起こらないし、仮病だって体調管理の問題が問われる。だから実際に電車遅延を起こして『自分ではどうしようも無い状況で遅れてしまった』とアピールしたの」

 なるほど。会議には遅れてしまうが寝坊して遅れたと話すより電車遅延の方が仕方ない感じはある。イメージはこちらの方がまだマシだ。

 女性警官は隣の用紙を指差した。

 「ここの幹部は営業先の人を会議で遅らせ立場を弱くさせて、自分の都合の良い取引をしていたわ。こっちはライバル業者を遅らせて発注を大きく遅らせていた。どいつもこいつも自分だけの勝手な都合で電車遅延を起こしていたの」

 蓋を開けてみたらくだらない事件だった、と言わんばかりに女性警官は呆れながらそう話した。敬語口調も無くなっている。

 ある意味私も被害者なのだろうか。彼らが電車遅延を起こしたせいで私は友希那に怒られたのだから。

 

 

 警察の方はパトカーで私達を最寄りの駅まで送ってくれた。

 外はもう太陽が傾いている。私は大きく伸びをして帰路についた。

 「やっとスッキリできましたね」

 燐子は微笑みながらそう言った。

 「そうだねー。スッキリ!」

 「今回の事件を纏めると『時は金なり』でしょうか。あんな理由でお金を払う程、時間が大切だったんですから」

 「ああーなるほど。時間はお金と同じくらい大切かぁ。そりゃあ友希那も私に怒るわけだ」

 燐子と私は笑い合った。笑い合った後に私は女性警官の言葉を思い出した。

 『彼らは金で時間を買っていた。いや、金で時間を奪っていた』

 時間はどうやってもお金では買えない。しかし、お金で時間を奪う事は今回の事件のように可能だと思ったのだ。

 ただこれを発言したら嫌な空気になりそうだし言わないでおいた。

 来週はまた練習がある。友希那と無事仲直りできるだろうか。

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