つい先日の『Pastel✽Palettes』との合同ライブも終わり私は解放感に浸っていた。今週はバンドの練習も無し、学校でのテストも無し、バイトも無し。暇である。
友達と遊びに行こうと思ったが、どうやらみんな何か予定があるらしい。
「一人で遊びに行ってもなぁ」
現在日曜日の13時。普段なら外に出かけている事が多い時間帯だ。だが私はパジャマでベッドに寝転がりボーッと天井を眺めていた。
このまま一日を無駄にするのは嫌だ。そうだ、何かお菓子でも作ってみようか。でも材料が無かったな…。勉強でもしようか。でもそんな気分でもない…。
うだうだ頭の中で考えていると、ふと合同ライブ後の彩との会話を思い出した。舞台裏で彼女がスマホの画面をあまりにもしかめっ面で眺めていたので、つい私から話しかけたのだ。
「その…エゴサーチしてるの。自分がみんなにどう思われているか、すごい気になるでしょ?私がエゴサしてる事、他の子に広めないでね。絶対だよ!」
気持ちはわかる。私も周りからどう思われているのか気になるタイプなのだ。時々それで不安になってしまう。
「エゴサーチ、か…」
私はベッドから起き上がりノートパソコンを起動させる。
別に深い理由はない。暇だしちょっとやってみるか、そんな気持ちである。
検索欄に自分の名前を入力してエンター。ページ上部に多かったのは私達のライブのニュース記事。コメントを見てみると案外バッシングは殆ど無く、嬉しい内容のものが多かった。自然と顔がニヤける。
三ヶ月前から私のSNSにしつこく文句を言ってくる輩がいるのだが、そのような人は一切見られなかった。案外アンチ掲示板などに行かなければ誹謗中傷は少ないのかもしれない。
今度はSNSで調べてみる。私の投稿へのコメントを見ても、暴言を吐く人は見られなかった。それどころか応援コメントが多い。ファンの人達には頭が上がらなかった。
しかし私の編み物の投稿に、やたら長文で否定的なコメントをしている人を見かけた。アカウント名は「まっちゃ」。アイコンはブーツの写真。
このアカウントを私は知っていた。この「まっちゃ」こそが三ヶ月前からネチネチと文句を言ってくるヤツである。不思議なことに、私のバンド活動よりも趣味の投稿によく噛み付いてくるのだ。
「こんな編み物でみんなにチヤホヤされていいね。こんな事してる暇あったらバンドの練習でもしたら?この間のライブ全然ダメで…」
「またこの人じゃん、恨みでも買ったのかな?」
その長文の一行だけ読み、コメントを下にスクロールした。
SNSを閉じて再びネットの海へ。今度は10ページ目に飛んでみる。あまり見られていないページが多いので、もしかしたら面白いサイトがあるかもしれない。そんな思いを胸に探していると、期待通り興味深いサイトを見つけた。
サイト名は「今井里紗のブログ」。
同姓同名、とまではいかないが、声に出してみれば同じ名前だ。リサと里紗。親近感が湧くものだ。
自分の趣味や出かけた時の感想を書くような、よくある日記ブログである。
アーカイブから半年前をクリック。紅葉を見に行った時の写真が添付された日記を読んでみる。
「京都です!秋の京都!そして清水寺!駅からまっすぐ歩いたら着くので、方向音痴な私でも迷いませんでした。外国人観光客も多いですね。この後にしんそばを食べて………」
「おおー、綺麗じゃん!『Roselia』のみんなと京都旅行したいなぁ…」
写真の映し方がとても綺麗だ。スマホではなく、高いカメラで撮影したものだろう。
次のページをクリックして、時間を遡るように日記を眺めた。
「今日は大雪。学校に行くだけで靴の中がべちょべちょ…。雪で遊ぶのは楽しいですが、普段の生活では嫌ですね」
「スキーに行きました!去年は雪が多いのでスキーをするには困りませんでした。装備を一式レンタルして滑りました。スキーのあのスピード感がいいですよねー」
年明けの1月の日記だ。どれも雪に関係する日記が多い。確かに去年は雪が多く、ホワイトクリスマスも見られた。
その後も日記を眺めていき、四ヶ月前の投稿にふと私の目が止まった。写真には赤い帽子が映っている。
「私は趣味で編み物もやっています。今日は暇だったので帽子を編んでみました。かなりの自信作です!いつかハンドメイドで生活できるようになれたらいいな」
彼女の編んだ帽子はとても上手な仕上がりだった。このまま編み物を極めて営業をすれば、ハンドメイドで食べていけるかもしれない。
「そうだ、私も編み物をしよう」
対抗心を燃やした私はノートパソコンを閉じ編み物の準備を始める。
里紗さんは赤い帽子だったので、白い帽子を編んでみる事にした。そもそも今は赤い糸を持っていない。
完成した帽子をSNSで投稿して、私の暇な休日は幕を閉じた。
学校での休み時間にSNSを覗いてみる。昨日編んだ帽子の投稿に、みんながどんな反応をしているか確認したかったのだ。
いいねの数は200を超えていた。私の普段の投稿よりも多い。ただバンド関係の投稿よりも良い結果を残せているのは複雑な気持ちだが…。
「上手ですね!」「女子力高い」「売ってください3万で買います」など私を褒めてくれるようなコメントが多かった。
しかしそんな中ただ一つ長文の否定的なコメントがあった。相手のアカウントはもちろん「まっちゃ」である。
「承認欲求に飢えているのか?そんなにちやほやされたいのか?大人しくお前はバンドの練習を…」
「またこの人かー」
いちいち噛み付いてくるのが鬱陶しいが、別に私自身が嫌がらせを受けた訳でも無いし無視で良いだろう。
「お疲れ様」
気がつくとすぐ隣に友希那が立っていた。右手には巾着袋で包んだ弁当をぶら下げている。昼はこうやって二人で食べているのだ。
「おつかれー。ご飯食べよっか」
友希那と一緒に弁当を食べ始める頃には、「まっちゃ」の事など私は忘れていた。
家に帰って再び「今井里紗のブログ」を開く。昨日は四ヶ月前の日記まで読んだので、今日は最新の日記まで読めるかもしれない。
アーカイブから日記のページに飛び、目を通してみる。
「水族館に行きました!マグロの大群が見られました…」
「近くの山を登りました。山道の途中にあるお寺で御朱印を貰いました…」
色とりどりの写真を眺めながら日記を読み進めていく。
手袋の写真が載っている日記でふと指を止めた。
「私は趣味で編み物もしています。今回は手袋です。どんな色合いにするか悩みましたが…」
日記自体は今までと同じように書かれているのだが、ページの下にコメントがあったのだ。
「綺麗ですね!私よりも上手い!」「色合いが可愛いですね」
そんな簡単な内容のものが四つ程書かれていた。
「あれ?コメントなんてできたんだ」
どうやら今回の日記から閲覧者がコメントを打てるようにしたらしい。私も何かコメントしようか、そう考えていた時だ。
「コメントのIDがみんな同じ?」
コメントの横にIDと書き込んだ時間が示されているのだが、四つのコメントはどちらも全て一緒なのだ。さらにこの日記を投稿してから二分後にコメントが書き込まれており、どうも早すぎる。
おそらく里紗さんはネットに詳しくなく、ついコメント欲しさに自演してしまったのかもしれない。恥ずかしいコメントだが、閲覧者が少ない事が幸いか。
この日記以降、次第に投稿への自演コメントが多くなっていく。三ヶ月前の日記には約20個の自演コメントで埋められていた。一見賑わっているようなページだが、全て一人の人間が打ったものだと思うと少し引いてしまう。
「ちょっと調子乗っちゃったのかな…?」
ネットを使っていると最初は恥ずかしい事をしてしまうものだ。里紗さんもきっとだろう。
だが次のページから日記の本文にも変化が起きていた。
「私からお話があります。私の日記をご覧になった方は必ずコメントして下さい。またはSNSで広めても構いません。また、否定的なコメントはしないで下さい。閲覧者は投稿者に対して感謝をするべきだと思っています。なぜなら投稿者は自分の時間を削って閲覧者のために楽しいコンテンツを提供しているからです。だから感謝のコメントをしっかり書き込んで下さい。長文でも構いません」
それに対して「ごめんなさい」「自分もそう思います」などの共感するコメントが20個ほど書かれていた。この日記からコメントごとのIDと時間が変化しているが、おそらくこれも自演だろう。そんなコメントの中に明らかに里紗さんとは違う人物の書き込みがあった。
「人のブログの写真を勝手に使っておいて何言ってるんだ!?」
それに対して里紗さんからの返信は無い。
人のブログの写真…?もしかして、今までの写真は…。
試しに私は「紅葉 清水寺」と打ち込み画像検索をする。
私が初めて見た里紗さんの日記の写真。それが検索結果の上の方に出てきたのだ。クリックしてみると全く別のブログへと飛ばされた。どうやらこれは三年前の写真らしい。他の写真を検索してみると、やはりどれも別のブログから勝手に貼り付けたものらしい。
「今までの日記、全部嘘だったの…!?」
しかし編み物の写真のみ検索しても見つからなかった。他の写真と比べて画質も低く、被写体の映し方も素人っぽい。編み物の写真のみ、本人が撮影したのではないだろうか。
次のページの日記には友達への悪口が書かれていた。次は親に対して。次は世の中に対して。次は雇ってくれなかった会社に対して。そして次は流行りのガールズバンドに対して。
「私からのお願い」以降はどこかに出かけた日記は途切れてしまった。その代わり愚痴や悪口の要素が多い日記が増えていったのだ。
正直読んでいて良い気持ちにはなれなかった。
しかしそれでも、時々編み物の日記を書いている。妬み恨みな日記など忘れてしまうくらい上手だ。
間違いない。編み物は本当に里紗さんの趣味なのだ。
妙な不安に駆られながらも読み進めていくと、今年の四月初の日記には再びガールズバンドに対しての悪口が書かれていた。
「どのバンドも歌詞が良くないし音も悪い。カラオケじゃねーんだからさ。そこそこ有名なバンドで私と似た名前のヤツがいてさ、趣味も似てて気持ち悪いわ」
ギクリとした。私の事だろう。
あまり深く考えず、私はすぐに次のページへ飛んだ。
「私はニートになってしまった。これからどうしよう?死のうかな?てゆうかコメントしろって言ってんじゃん。投稿してやってんのに」
そしてそれに賛同する自演コメント。
たとえ嘘だとしても、半年前の日記は読んでいて楽しかった。今の日記はもう堕ちぶれていまい、見るに耐えない。悲しくなってくる。
一ヶ月前の日記はそもそも日記では無くなっていた。愚痴や悪口を呟き続けるブログである。そして私の実名は挙げられていないが、私に対する誹謗中傷も増えていった。
私がこの間SNSで投稿した編み物についても書かれていた。
「例のバンド女。また編み物の投稿しやがった。私の方が絶対上手い。あの女はいいよな、こんな編み物でチヤホヤされてさ。バンドの練習でもしてろよ」
なんだかこのコメント、どこかで見た事があるぞ…?
そういえば、私の趣味にしつこく嫌なコメントをしてくる人がいた。特に編み物などの趣味の投稿に対して異常な反応を示すのだ。
今井里紗さんも編み物が趣味だし、私の事を良く思っていないらしい。もしかして「まっちゃ」の正体は…。
私は「今井里紗のブログ」のホームへ戻りプロフィールを見る。桜のプロフィール画像の下にSNSのボタンがあった。おそらく今井里紗さんのSNSと連携しているのだろう。
私は恐る恐るそのSNSをクリックした。
飛ばされたアカウントは、私がよく知るブーツの写真が表示されていた。
「まっちゃ」のアカウントページに飛んだのだ。
「今井里紗さんは…まっちゃだったんだ…」
私はノートパソコンを閉じ、自分のSNSを確認する。
三ヶ月前から私が編み物の投稿をする度に「里紗さん」は悪口コメントを送っていた。
里紗さんは他のブログの写真を勝手に使った嘘日記を公開し、自分はよく出かける人だと演じた。コメント機能にも気が付いて自演でページを賑やかせた。
しかし四月上旬に就職に失敗。ブログも閲覧数やコメントが伸びず、不満に感じていたのだろう。さらには写真の盗作もバレてしまう。
そんな時、ほぼ同じ名前の私を知る。SNSでは応援されるコメントがとても多かった。
里紗さんは私に対して嫉妬していたのかもしれない。リサと名前がほとんど同じで趣味も同じなのに、誰も自分を見てくれない。だから私に対して誹謗中傷するようになったのだろう。
あれだけ自分の日記に自演コメントを書き込んでいるのは、承認欲求を満たすために暴走してしていたのだ。
私はSNSを開き「まっちゃ」のアカウントをタップ。ブロックリストに彼女を追加した。もう二度と「今井里紗のブログ」も読まないことにした。
怒っているのではない。悲しいのだ。私も彼女のそんな気持ちがわかってしまうから。私もみんなに認められたかった。必要以上に周りを気にしていた。それで悩んでしまった時期もある。
もし私が彼女の日記を見続けたら、私もこうなってしまうだろう。負の感情とは不思議なもので簡単に人に伝染してしまう。
せっかく立ち直ってみんなと一緒に歩き出したんだ。もう折れたくない。だから今井里紗さんとは関わらない。
その日の夜。彩ちゃんから連絡が来た。
「この間のライブお疲れ様!良かったらみんな一緒にカラオケで打ち上げしない?今週の水曜日を予定中」
打ち上げ、という名の女子会になるだろう。とても楽しそうだ。
「やろうやろう!『Roselia』のメンバーは私から話しておくよ」
そしてニコちゃんマークのスタンプを送信。
「そういえば昨日エゴサしてみたよ」
「ええ!?落ち込んだりしてない?大丈夫?」
「大して何も書かれてなかったし大丈夫!」
「いいなー。私なんて歌下手くそとか書かれるよ」
ボーカルはバンドメンバーで圧倒的に目立つので、彩ちゃんは叩かれてしまう事が多いのかもしれない。私への誹謗中傷が少なかったのはベース担当で目立ちにくかったからだろう。
「でも私もちょっと言われてたよ」
「そういうコメントは無視だよ無視!深く考えちゃダメ!」
「そうだね、無視する!」
彩ちゃんとの話を終え私はベッドに寝転がった。
『Roselia』のメンバーとも最近はカラオケに行ってなかった。久しぶりにみんなの歌が聞けるのでワクワクする。
とにかく、私は今を楽しもう。
まだお風呂に入っていなかったので私は浴室へと向かった。