今井リサと7日間   作:古川集人

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諸事情により投稿が遅くなってしまいました。申し訳ありません。


4日目:今井リサの水族館デート

 目の前に広がるのは湘南の海だ。遠くのビーチにはたくさんのサーファーの姿が見える。まるで海にゴマを振りかけたようだ。

 今井さんの隣を自転車が通った。普通の自転車とは違い、サドルの横にL字型の出っ張りが2つ取り付けられている。サーフボードをそこに固定して自転車で運べるようにしたのだ。

 「すごいトンビ多くない?」

 今井さんは真上を見ていた。確かにさっきからピュロロロとトンビの鳴き声が聞こえる。僕も顔を空に向けてみたが、多いこと多いこと。何十羽というトンビが空を旋回したり、電線で休んでいたり、仲間と喧嘩していたりした。

 僕は視線を前に戻すと「トンビに要注意!食べ物に気を付けて!」という看板を発見した。

 「食べ物盗んでくるんだって」

 「怖っ!」

 わざとらしく口元を押さえる今井さん。そんな彼女の姿がとても可愛らしく思えた。

 僕と今井さんが知り合ったのはちょうど一週間前。他バンドとの交流会で意気投合し、連絡先を交換して、今こうしてデートをしている訳だ。

 僕だって男だ。このデートで彼女への思いを伝えるつもりだ。これから新江ノ島水族館へ向かうのだが、ちゃんと下見をして告白をする行程も決めてある。

 まず、告白するための雰囲気作りだ。順路中盤の1階大水槽前、順路後半の『クラゲファンタジーホール』、この2箇所はとても幻想的でアプローチをしやすいはず。ゆらゆら浮かぶクラゲに癒されながら、恋愛の話に持っていければ最高だ。

 肝心な告白スポットももちろん決定済みだ。順路後半にあるカフェエリアの外にウミガメの展示場がある。その場所をぐるりと囲うように、湘南の海を見渡せる桟橋が設けられている。近くにはイルカショーやカピバラの展示などがあるが、桟橋を渡る必要が無いので人は少ないはずだ。下見をした時から僕はここで告白をしてやると心に決めていた。

 そんな告白までの行程を僕は何度も頭の中で反芻していた。気が付いた時にはスタッフの人から入場券にハンコを押されていた。

 「今井さんって生き物とか好きなの?」

 「好きだよ。YouTubeで犬と猫の動画をよく見るかな。秋山さんは?」

 「僕もそんな感じ。可愛いよね」

 「ねー。エノスイではカワウソ見たいなぁ」

 「カワウソは最後の方にいたよ。それまでは魚だね」

 「あまり魚は詳しくないけど、パンフレットにも載っていた大水槽も楽しみ!エイとかサメとかイワシの群れがいるんでしょ?」

 「そうそう!イワシは今赤ちゃんの群れの展示をやってるんだって」

 「へぇー。あれ?イワシの赤ちゃんって何て言うんだっけ?」

 「シラス」

 知り合ってからあまり時間が経っていないので完全に打ち解けていない感じはする。しかし今は入館したばかり。話や気分が盛り上がれば壁なんて無くなるはずだ。何より今井さん自身が楽しそうなのでデートの成功も望める。

 

 

 薄暗い館内に入ると磯の水槽が見えた。より自然に近くするために波も再現されていた。岩場の周りにはイシダイなどのタイの仲間、ベラ、ハギの仲間などがいた。どれも釣りでよくお目にする魚た。

 「あははは。この唇かわいい」

 今井さんは波に揺られるハギが気に入ったようだ。

 「おちょぼ口だけど噛まれるとめっちゃ痛いらしいよ」

 「固いものを食べてるのかもね」

 ふと今井さんは水槽の奥を背伸びして覗き始めた。

 「あれ?この水槽って奥まで続いてる?」

 「この水槽は巨大水槽の一部だよ。遠くにエイとかイワシの群れが見えるでしょ?」

 「おお本当だ!下までずっと続いているんだ」

 相模湾を再現した水槽らしいが、水深や岩場を利用して様々な海の環境を展示していた。

 僕は目の前を泳いできたイシガキダイを見ながらどうやって告白するか考える。変にカッコつけるよりも、シンプルに好きですと伝えた方が良いだろう。イシガキダイのギョロ目が僕に向けられ、「本当にそれでいいのか?」と問いかけられたように思えた。「じゃあお前はメスにどうやって告白するんだ?」と心の中で聞いてみる。イシガキダイは「俺がお前を幸せにする」と言った気がした。「高校生の告白にしては重くないか?」と聞いてみると「お前はガキだからわからないだけだ」と言われたような気がした。

 「次行こうよー」

 今井さんに隣から肩をポンと叩かれた。それで僕はハッとする。

 「この大きな魚好きなんだね。何か通じるものでもあった?」

 「うん。ちょっとコイツとお話してた」

 「お、お話・・・?変なのー」

 笑いながら今井さんは館内を進み出す。僕は最後にイシガキダイをチラリと見て彼女の後を追った。

 

 

 「秋山さんは何でバンド始めたの?」

 相模湾の様々な環境を再現した小型水槽を眺めていると今井さんは僕にそう聞いてきた。

 「友達に誘われて始めたんだ」

 「同じメンバーの人?」

 僕は頷いた。その友達とは今喧嘩中なので思い出したくない。

 「今井さんは?」

 「私もそんな感じだよ」

 「もしかして湊さん?仲良いもんねー」

 「そうそう、友希那に誘われたんだ」

 今井さんは干潟水槽のシオマネキを見ながら話し続けた。

 「秋山さんのバンドメンバーも雰囲気良いよね。仲良くてお互い高め合っている感じがする」

 「そうかなぁ。仲は良いけど結果が追いついていないしな・・・。この前のライブなんて席が半分も埋まらなかったし・・・」

 「あ、ああ・・・。そうだったんだ・・・。なんかゴメン」

 今井さんはシオマネキから目を離し、僕に向かって軽く頭を下げた。パーマのかかった髪が揺れ微かにリンスの香りがする。流行る気持ちを抑え僕は順路を進んだ。

 「気にしなくていいさ。そんな事よりこの先に大水槽があるよ。行ってみない?」

 「おお!行こう行こう」

 順路の先の階段を下るとすぐ目の前に大水槽が広がっていた。キラキラ輝く水の世界を様々な魚達が泳ぎ回る幻想的な世界が映った。一匹の生き物のように泳ぐイワシの群れや空を飛んでいるような巨大なエイがより一層迫力を増している。日本では五本の指に入る程人気がある水族館だが、博物館知識の無い僕でもその理由がわかる気がした。

 「綺麗・・・」

 今井さんも巨大水槽に見とれている。ここで「君もきれいだよ」なんて言えれば魅力的な男なんだろうか。僕には無理だ。

 「すごいね。海の中にいるみたいだ」

 「ねー。ちょっと前にさ、海の世界がテーマのイベントをした事があるんだけど・・・。こんな雰囲気でもう一度やってみたいなー」

 サメがイワシの群れに突っ込み、驚いたイワシ達が二つに分かれる。イワシの群れはサメが去るとまた一つの塊に戻った。自然界のサメはイワシを食べてしまうが、水族館では常にサメのお腹がいっぱいなので襲わないらしい。でもあれだけイワシがいるんだから数匹襲われていても気が付かないだろうと思う。閉園後とかにサメはイワシ達をちょっとだけつまんでいるんじゃないだろうか。

 「そういえば秋山さんのグループって男女混合だよね。全員同性のグループと比べてファンが多い性別とか違うのかな?」

 「うーんどうだろ。バンドの人気に関してはメンバーの性別はあまり関係ない気がするな」

 「というと?」

 「アイドルはキャラクターを売るから異性のファンが多いけど、バンドは歌を売るからね。男性に合う歌や女性に合う歌でファンが多い性別も変わるんじゃないかな。まあ僕は強く意見言えないけど・・・」

 「なるほどー。確かにアタシ達のライブの時、女の人も多かったな」

 「いいよなぁロゼリア。僕もライブでお客さんが来て欲しいなぁ」

 メジナがもう一匹のメジナを追い掛け回しているのが見えた。縄張りにでも入って喧嘩しているのだろうか。さっきまでふわふわ浮くように泳いでいたのに追い掛け回す時のスピードはとても速かった。

 「アタシもまだまだで強く言えないけど・・・。頻繁に『アップデート』すると注目されやすいよ」

 「アップデート?」

 「常に新しい事に挑戦したり、つけ加えたりするんだよ」

 「わかるような、わからないような・・・」

 「例えば、ライブを月一で開いたりとか、ホームページやSNSを毎日更新するとか・・・。イベントや地域活動にたくさん参加するのもいいかも!」

 「要するにコツコツとメンバーで活動し続けるって事かな?」

 「うんうん。そんな感じ」

 それは正直骨が折れる話だ。だが人気あるグループはそんな地道な努力をして今があるのかもしれない。

 挑戦をし続ける。これほど意識の高い言葉があるだろうか。

 「さすがだなぁ今井さん。なんか眩しく見えてきたよ」

 「嫌だなぁ、アタシもまだまだって言ったじゃん」

 彼女はこちらを見て照れくさそうに笑った。

 「そんなしっかりしてるなら、結構男にモテるんじゃないの?」

 冗談で言った、ように見せかけて今回のデートの核となる質問をする。正直僕のバンドグループの事なぞどうだって良い。今とっても気まずいし、来月で辞めてやろうと思っていたのだ。

 「そうでもないよ。告白された事ないし」

 「ええ?彼氏いないの?」

 「うん」

 「そそそうか。それはい、意外だね」

 っしゃぁ!!と僕は心の中でガッツポーズをした。これはビッグニュースだ。今回のデートを成功させれば、今井さんと付き合うのも夢ではない。

 これ以上深く聞くとさり気なさが薄れる。恋愛の深い話はクラゲの所までとっておいた方が良いだろう。ここは一度場所を変えようと思った。

 「そろそろ移動しない?深海の水槽とかあるんだって」

 「お!行ってみようよ」

 今井さんは僕の横に並んで歩き出す。周りから見たら僕らもカップルだと思われているんだろう。

 僕はこの時浮かれきっていた。

 

 

 今井さんとデートをしていて気が付いたのだが彼女は世話焼きな人なのだろう。例えば湊さんの話を聞いてみると、もはや今井さんは彼女の保護者である。

 「え?メンバー全員分のマフラーを編んだの?」

 「うん。寒そうだったし」

 「それって結構時間かかるんじゃないの?」

 「そんなでもないよ。一週間ちょっとでできた」

 化学合成生態系の水槽に目を凝らしながら彼女は平然とそう言った。

 友達のためにそこまでやれるなんて、大抵の人間には難しい。彼女が編み物好きとはいえ思いやりのある行動だと思う。

 困っている人を見ると放っておけない性格なのかもしれない。

 それから少し歩いた先についに『クラゲファンタジーホール』が見えてきた。ここが正念場だ。

 「クラゲの水槽がいっぱい!幻想的だねー」

 ホールの壁沿いに水槽がいくつもあり、様々な種類のクラゲが水槽内を漂っている。ホール正面の大水槽には触手の長い黄色いクラゲが展示されていた。『パシフィックシーネットル』というらしい。ホール中央には球体水槽があり、照明が使われ美しい演出がされていた。

 クラゲのアクアリウムによる癒し空間、がコンセプトらしいが確かに何時間もずっとこの場所にいられそうだ。ボーッとこの幻想的な世界にいつまでも浸っていたい。

 そんな本来落ち着くはずであるこの場所で、僕は手に汗を握る程緊張していた。この場所で僕という男を今井さんに意識させなかればいけないからだ。上手く恋愛の話に持っていき、僕が今井さんに好意を寄せている事を彼女に感じ取ってもらわなければならない。

 今井さんはしばらくの間タコクラゲを眺め、その後大水槽の方へ向かっていった。彼女の後ろ姿を見た僕はよしと胸の奥で喝を入れる。

 「『パシフィックシーネットル』っていうんだね、このクラゲ」

 「たぶんアタシ明日には忘れてそう・・・」

 僕はあははと笑った。もちろん本当に笑う余裕なんて無いから作り笑いだ。

 「ねえ今井さん。彼氏欲しいって思わないの?」

 「あ、ああー。そりゃあ欲しいけど、今はいいかなぁ」

 「せっかく高校生なのにもったいない。今井さんなら簡単に作れると思うけどな」

 「そう?あまり自信ないけど」

 今井さんは『パシフィックシーネットル』を見ながら僕と話している。

 「秋山さんは恋人いないの?」

 「いないよ。だから今とても欲しい」

 僕は今井さんとの距離を一歩縮めた。

 「お互い恋人はいないんだね。ちょっと意識しちゃうよ」

 「恋人、いないんだ」

 僕の言葉を無視し今井さんはそう呟く。水槽に反射する彼女の顔から笑みが消えていた。さっきから僕の顔を一切見ようとせず、クラゲばかりを見ている。恥ずかしいのだろうか。

 「今井さんと一緒に水族館に来て、すごい楽しかったよ。また二人でいろんな場所に出かけたい」

 僕は彼女の横顔から目を離さずに口を動かし続けた。

 「そうだ!今度は池袋に行ってみない?プラネタリウムがあるみたいで・・・」

 「ごめん、それはできない」

 とても冷たい言葉だった。ナイフのように鋭く突き刺さる、とはこんな感じなのだろうか。

 冷水を浴びたみたいに僕は現実に引き戻される感覚に襲われた。

 「秋山さん嘘ついたね」

 「う、うそ?」

 今井さんはやっと僕の方を見てくれた。しかし彼女の目はとても悲しそうだ。

 「恋人がいないっていう嘘」

 思わず僕は彼女から一歩遠ざかった。もうクラゲなんて僕の視界の中に入らなかった。

 「い、嫌だなぁ。僕には彼女なんていないよ」

 「水無月玲さん、またやり直したいって言ってたよ」

 「なんであいつの事知ってるんだ!?」

 僕は思わず声を荒らげてしまった。周りの来館者の視線が気になったのか、今井さんはその場を離れようとする。

 「この先のカフェテリアから外に出られるみたい。そこで話そうよ」

 ああなんという事だ。その場所は僕が告白を考えていた場所じゃないか。

 動揺を隠せないまま、僕は今井さんの後を付いていくしかなかった。

 

 

 「今井さん、どういう事?」

 湘南の海が見渡せる大きな桟橋の回廊に着くなり、僕は声を低くして質問する。

 「始めから全部知ってた。ごめん」

 いつの間にか日が傾き始めていた。近くにはウミガメとカピバラの展示場がある。

 潮風が心地良いはずなのだが、今の僕はそんなもの感じられなかった。混乱と焦りから来る不満で一杯だった。

 「私達が出会った交流会の時から、水無月さんから相談を受けてたんだ。秋山さんと仲直りしたいって」

 「なんだって!?」

 僕には水無月玲という恋人がいる。同じバンドメンバーで僕はギター、玲はベースを担当していた。バンドを結成した時から僕らは付き合っていた。

 しかし先月からお互い不満をぶちまけるようになる。内容はどれもつまらないものだった。趣味が合わないとか、お金の使い方が気にくわないとかそんな事だ。文句はいつも玲の方から言っていた。それを僕が言い返して喧嘩になっていた。

 それでもう嫌になったのだ。あいつとは顔をできるだけ合わせないようにしてバンドの練習もしていた。だがそれも億劫になり練習は一ヶ月以上顔を出していない。出会いがあるかもしれないという下心でこの間の交流会には参加した。売れないバンドを辞め恋人も捨てて心機一転したいと思っていたのだ。

 今井さんは僕の、唯一の希望だった。彼女と付き合えば新しい世界が広がっているんじゃないかとまで考えていた。浮気になってしまうが、そんな事どうでもよかった。

 「秋山さんから水族館に誘われた時、ちょうどアタシは水無月さんと話していたんだ。デートのお誘いだなんてすぐにわかったよ。水無月さんになんて声をかけたら良いかわからなかった」

 なんてツいていないんだ僕は。あまりにもバッドタイミングすぎるだろう。

 「水無月さん、相当ショックを受けていたみたい。今にも泣き出しそうで、アタシも悲しくなってきちゃってさ」

 「だ、だって。あいつがガミガミとうるさいんだ。僕にすぐ文句言ってくるんだ」

 「水無月さんもそれは反省している。言いすぎたって」

 「だからなんだ。もう嫌なんだよ。あいつと付き合うの、面倒なんだ」

 僕は愚痴をこぼし、ハッとする。

 「もしかして今井さん、僕と玲のやつを仲直りさせるために来たのか?」

 今井さんは頷いた。彼女のため必死にデートプランを考えていた僕にとって、それは苛立ちを覚えさせた。

 「そうかよ。浮かれていた僕が馬鹿だった」

 「本当に申し訳ないと思ってる。ごめんなさい」

 今井さんは僕の方を見て頭を下げた。僕は彼女から視線を逸らした。

 「でも聞いて!水無月さん実はね、大型ショッピングモールでライブをするためにずっと交渉していたの。それが一昨日、やっと成立したんだよ」

 大型ショッピングモールでのライブ。数ヶ月前玲はそんな事を言っていたような気がする。

 「秋山さんが抜けるのは止めないって。だから大きな舞台でライブして、今までありがとうって伝えたいって」

 「・・・」

 僕は湘南の海を眺め続ける。帰路につくサーファー達の列がアリの大群のように思えた。

 あれだけ毎日うるさくて、いざ僕が消えれば泣き言を言ってくる。そんなのずるいだろう。ライブで感謝されるのは少しだけ嬉しいが玲と関係を戻すのは面倒くさい。

 「今井さんもういいよ。僕はあいつが嫌なんだ。僕らの問題に口を出さないでくれ」

 彼女は何も言えなくなってしまったのか俯いた。

 「今日のことは忘れようよ」

 「アタシ、ライブ行くから」

 「は?」

 僕はキョトンとした。

 「秋山さんのギター、楽しみにしてるから」

 「そんな事言ったって僕はあいつらと顔なんて合わせないよ。バンドもしないし玲ともう会わない」

 「正直アタシね、秋山さんと水無月さんの関係はどうでも良いって思ってるんだ。水無月さんに頼まれたから今交渉しているだけなの」

 「じゃあ何で僕に説得するんだ?」

 「秋山さん達の曲、聞いてみたんだ。アタシ心打たれたよ。暗い現実だけれど希望を捨てない、そんな歌が多かったね」

 すると今井さんはバッグの中から一枚のCDを取り出した。それは僕らのバンドが最初に発売したCDだ。

 「こんな素晴らしいバンドが無くなってしまうなんてもったない。秋山さん達に続けて欲しい」

 「すごいありがたいけど僕が抜けたってバンドは残るじゃないか」

 「小さなバンドグループは、一人抜けるとみんなやる気失せてきて結局解散する事が多いんだよ」

 確かにそうかもしれない。僕の知り合いのバンドグループも一人抜けてすぐに解散したのだ。

 「そうだ!アタシ達と合同ライブしようよ。男女混合グループなら何か言われる事も少ないだろうし」

 「それは・・・、いいな」

 僕の心が大きく揺らいだ。今のバンドグループは抜けるが、ギター自体は大好きなのだ。今話題のグループでもあるロゼリアと合同ライブできるなんて光栄だ。

 「秋山さんが練習に来ないのって水無月さんがいるから嫌なだけでしょ?また1からバンドグループを作るのも大変だし、今のグループでやり直してみない?」

 全部彼女の言う通りだ。弱小とはいえせっかく作ったバンドグループだ。恋人とのトラブルで捨ててしまうなんてもったいない。

 ギターだってやりたい。バンドもやりたい。いつかお客さんいっぱいの会場でライブをしたい。その気持ちは本当だ。

 「わかった。今井さんの勝ちだよ」

 僕は微笑んで彼女を見た。

 「とりあえず一度練習に出てみるよ。一ヶ月ぶりだから相当なまっていると思うけど」

 「じゃあショッピングモールでのライブするの?」

 「ああするよ。グループも抜けない。玲との関係はわからないけどね」

 「そっかぁ!良かった!」

 今井さんは嬉しそうに笑う。僕が抜けないためにわざわざ湘南に来てくれたんだし、彼女の期待に答えてあげたいと思えた。

 「ねえねえ秋山さん。イルカショーだけ見て帰らない?」

 彼女の指差す方向に人の列が見えた。今日最後のイルカショーが行われるらしい。

 「そうだね。水族館といえばイルカショーだし、見に行こうか」

 今井さんと付き合う事はできなかったけど、彼女と最後に見たイルカショーは今日一番楽しく感じられた。

 

 

 「っていう事が一か月前にあった」

 「色々言いたいことがあるのだけど・・・」

 私は大きなハンバーガーをあぐりと口に入れる。

 友希那と一緒にファーストフード店に来ているのだが、彼女の前にはSサイズのフライドポテトしかない。どうやら金欠らしく今月は食べ物にお金をかけたくないとのことだ。

 「まず異性と二人きりで水族館だなんて、私達のグループのイメージに関わるわ」

 「うん、それはアタシも反省してます・・・。ゴメン」

 「それで、秋山さん達はどうなったの?」

 アタシはハンバーガーを一度置きコーラを飲んだ。

 「秋山さんは水無月さんと仲直りしてもう一度付き合い始めたんだって。練習中に顔を合わせていくうちに関係が良くなっていったみたい」

 「それは良かったわね。あなたの嘘は良い方向に進んだのね」

 私は一つ嘘をついた。それは『秋山さんと水無月さんの関係なんてどうでも良い』と言ったことだ。

 私のあのデートでの目的は、秋山さんと水無月さんの話す機会を作ることだった。秋山さんが練習に一ヶ月以上来ていないのでどうにかして練習に来させ、水無月さんと普段から顔を合わせるようにしたかったのだ。そのために恋愛の話を遠ざけ、秋山さんのバンドマンとしての情熱に触れて練習の意欲を出させたのだ。

 「ショッピングモールでのライブも大成功だったみたいだよ。いつもよりお客さんも集まったみたい」

 「・・・それだけ?」

 「え?うん」

 友希那は塩まみれの手を顎に置いた。

 「秋山さん達のグループ『メッサーラ』は一か月前から急に話題になったの。ファンの数も何十・・・いえ、何百倍も増えた。売り余ってたCDは一瞬で無くなって、YouTubeの再生回数はミリオンを達成したわ。今じゃ男女混合バンドではトップレベルの人気を持つのよ」

 「ひゃー、それはすごい」

 「あなたが彼らと接触してから何か変わったのかと思ったのだけど・・・。たった一度のショッピングモールでのライブでこんなに人気が出るものかしら?」

 友希那は自分の顎に塩がついたことに気が付き紙ナプキンで手と顎を拭いた。

 「何か秘訣があるなら私達も取り入れてみようと思ったのに」

 「あれ?友希那知らないの?」

 キョトンとする友希那を見て思わず私は笑ってしまった。

 「そうかそうか、知らなかったのか」

 「な、なによ。どんな秘訣なの?」

 友希那は眉を潜めながらフライドポテトに手を伸ばした。私はもう一度コーラを飲んでから話す。

 「水無月玲さんは男だよ」

 瞬間、友希那が口に運ぼうとしたフライドポテトが宙に止まった。目をまん丸にして私を見ている。まるで時間停止でもしたかのようだ。

 「そそそれって」

 「うん。秋山さんは『バイ』なんだ」

 私は再びハンバーガーを口に運んだ。

 「秋山さんは自分と水無月さんが付き合い始めたことを『メッサーラ』のSNSで報告したんだ。そしたら『BLカップルがいるバンド』として一気に注目を浴びたの。楽曲もたくさんの人に聞かれてこれがまたすごい人気出たんだよ」

 「み、水無月さんって、ボーカルかドラムの女性かと思ってたわ・・・」

 「違う違う、あはははは」

 私はハンバーガーを食べ終わり紙ナプキンで手と口を拭いた。

 「友希那は『秘訣』を取り入れたいんだっけ?じゃあ私達は『GLバンド』だねー、いや『百合バンド』かぁ?という事は今度の合同ライブのテーマは『BLバンド×GLバンド』だね」

 「さ、さっきのはナシよ。私達は私達のやり方でやるわ」

 「誰と誰で組ませる?とりあえずアタシと友希那でやってみる?」

 「ちょっとリサ!からかわないでっ」

 これ以上イジると怒られそうなので辞めておこう。

 どんな形にせよ、『メッサーラ』の人気が出たのは私も嬉しかったのだ。

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