今から私が体験した不思議な話をします。
この話にジャンルを付けるならホラーものになるのでしょうか。しかし私自身が何かを見た訳ではありません。私への被害も一切無く、傷一つ無く今も元気に生きています。
髪の長い女性も、恐ろしい怪物も出ません。この話を聞いたら怪異に悩まされるなんて事もありません。怪奇現象の正体を突き止めるような展開もありません。
そもそも怪奇現象じゃないかも。そう思ってしまう程、地味でつまらない話なのです。
最初に言ってしまうと誰もいない部屋から声がしただけのお話です。寝室だったり押入れの中だったり人がいない空間ならどこでも聞こえるようです。返答しようが無視しようが何も起こりません。声がした瞬間に扉を開いても誰もいません。ただそれだけの事でした。
私は母に勧められある会社のインターンシップに来ていました。二日間泊まり込みで行うので応募者が少ないようです。駐車場営業で有名な企業なのですが私は全く興味が湧かず、当時の私はかなり面倒くさそうに実習を受けていました。
実習を担当してくれた女性社員Sさんと私は仲良くなりました。共通の話題はありませんでしたが自然と会話が続く話しやすい方でした。Sさんは高卒で入社してまだ2年目の若手社員です。営業マンとは思えない穏やかな雰囲気に私は惹かれました。
一日目の実習が終盤にさしかかった頃。私達インターンシップの参加者は営業のロールプレイゲームが終わり10分間の休憩を取っていました。
「じゃあ今井さんは恋愛系のドラマも見るんだ?」
Sさんはずっと立っていて疲れたのか、私の隣の席に座りました。
「はい。最近は『真綾の恋』を見てますよ」
「アレ面白いよねー、私も全部録画してるよ。最新話のリク君なんかさ・・・」
「ストップ!最新話録画し忘れて見てないんです」
「そうだったの。面白かったのに・・・」
するとSさんは何か閃いたのか、あっと声を出して私に向き直ります。
「私も実習生と同じ寮に泊まっているんだけどさ、今日ウチに見に来る?」
「いいんですか?行きたいです」
Sさんといてもあまり緊張しないし変な気を使うこともありませんでした。同性で近い年齢だからかもしれません。せっかく誘ってくれたんだし一日くらいなら別にいいかな、そんな思いで実習後、私は彼女の部屋へお邪魔しました。
1DKの質素な部屋でした。でも一人暮らしならこれで十分なのでしょうか。キッチンを除いた家具は、小さなテレビ、小さな椅子、毛布がめくれた布団、テーブル、収納ボックスしかありません。
二人で順番にシャワーを浴びた後、パスタとオレンジファンタをテーブルに並べ鑑賞会が始まりました。
私が見逃した最新話を見終わった後、お互いの好きなシーンの話で盛り上がり成り行きで一話と三話も見ました。
声が聞こえたのは鑑賞後でした。
「ああー、やっぱリク君みたいな人に抱かれたいなぁ」
「Sさんは彼氏いないんですかぁ?」
「いないいない。今井さんはどんな人持ってるの?」
「私もいないですよー。出会いなんて無くて・・・」
「あはは。じゃあウチの課長はどーう?」
「40代じゃないですか。ありえないですよ。社内に良い人いないんですか?」
「全然いない。年齢層高いし」
「殺して下さい」
「・・・今井さんこそ学校に格好良い人いるんじゃない?」
「え?あ、いや、ウチは女子高なんで男子はいないですよ」
そっかぁと何事も無かったようにファンタを飲むSさん。
私はふと奥の部屋に視線を移しました。その部屋は電気を付けていないので薄暗く見えづらいのですが、押入れがあります。私は確かにあの中から声が聞こえたような気がするのです。
「ん?急にテンション下がってどうしたの?」
「あの、今あっちの押入れから何か聞こえませんでした?」
「お隣さんじゃない?」
声が鮮明だったので、間違いなく部屋の中から聞こえたと思います。ロボットのような抑揚の無い声でした。それがとてつもなく不気味で私を怖がらせました。さっきまで楽しかったのが嘘のようです。
「何て聞こえたの?」
Sさんは私の目をまっすぐ見て質問しました。先程までの笑みは消え、少し怒っているようにも見えました。
「殺して下さい、って言ってました」
「そうか今井さんも聞こえるんだ。おかしいな、前にTが来た時は聞こえなかったのに」
tさんはsさんの友人です。実習中に少し顔を出しただけなので詳しくはわかりませんが、無愛想な方だったのを覚えています。sさんとは真逆の人間です。
「ちょっと覗いてみる」
sさんは奥の部屋の電気を付け、押し入れの前に立ちました。私も彼女の後ろから押し入れを覗きます。
「開けるよ」
襖を開けても、そこには布団が積み重なっているだけでした。幽霊も化物も何もいません。
「いつもこうなんだ。楽しい時に声だけ聞こえて、姿は一切見せない」
「いつからこんな現象が?」
「2週間前に変な非通知の電話を取ってからかな」
「何か、幽霊みたいな声が聞こえたんですか?」
「そんなんじゃなかったよ。最初な何かを叩いたような音がして、それからずっと無言。誰かが私に電話しようとして、トラブルでも起きたのかと思ったんだ」
それがイタズラ電話なのか幽霊なのかは置いといて、何かを叩いたような音というのは気がかりでした。
「もしかしてこの部屋って訳アリ、なんですかね?」
前の部屋主が自殺して、それ以降怪奇現象に悩まされる、なんてホラー番組や怖い話ではお決まりのパターンです。あとはこのアパートが建てられる前は墓場だったとか。
オカルト話に詳しい訳ではありませんが、怪奇現象ってそういうものではないでしょうか?だからこの部屋にも過去に何かあったのではないかと思ったのです。
「私も最初はそう思った。でもこのアパート自体が新築なんだよ。この部屋の前住人はいない」
「アパートが建つ前は何があったんですか?」
「そこまではわからない」
あとでこのアパートが建つ前の様子を調べたのですが、この場所は雑貨屋でした。店主が店を移したので取り壊されただけのようです。自殺や他殺などの事件性は一切ありませんでした。
もう一つ、私には気になる事がありました。なぜTさんは聞こえなかったのに私には聞こえたのでしょうか。
私とTさんで何か違いがあり、それが条件になっているのかもしれません。
「今井さんとTの違い?うーん、全部」
「具体的にお願いしますよ・・・」
「本当に全部なんだもん。今井さんって前向きで明るいでしょ?でもTは真逆なんだよ。いつも働きたくないだの死にたいだの言ってるんだよ」
「『死にたい』ですか」
それからさらにSさんの話を聞いてみると、確かに私とTさんは全然違いました。違いが多すぎてどれが条件なのかわかりません。しかし言動を比較してみると、私は比較的前向き、Tさんは無気力で後向きな傾向がありました。
また、Tさんは希死念慮を持っているようです。希死念慮とは、辛い現実から逃れるために死を願うことです。
Sさんは楽しい時だけ声が聞こえると言っていました。事実、私とSさんが一番盛り上がっている時にあの声は聞こえました。
『殺して下さい』。そもそもこの言葉自体が暗く後ろ向きです。
もしかしたらこの声は取り憑いた人間を暗い気持ちにさせるのが目的なのかもしれません。Tさんにあの声が聞こえなかったのは、既に暗い人間だからではないでしょうか。
結局その後は何事もなく、次の日にインターンシップが終わりました。あの声は私に取り憑いたのではないかと心配していましたが、何か聞こえたり見えたりする事はありませんでした。
徐々にSさんとの連絡が途絶え、2ヶ月後にはもう忘れかけていました。元々興味の無い企業だったので忘れるのも早かったです。
しかし先日、連絡先を教えていないはずのTさんから突然メールが来たのです。
『Sについての話がしたい』というメールの内容でした。どうやらTさんはSさんのスマホから私の連絡先を知ったようです。私達は近場のカフェで会う約束をしました。
Tさんは相変わらず暗そうな人でした。服装も地味でほぼノーメイクに近かったです。休日にちょっと近所のコンビニへ出かけるような格好でした。
「Sが自殺未遂で入院している」
まず私は耳を疑いました。彼女が自殺だなんて考えられません。あんなに明るくて穏やかな方がたった2ヶ月で命を絶とうとするなんて信じられませんでした。
SさんとTさんが務める企業はハードな営業の仕事もします。もしかしたら仕事関係で悩んでしまい、うつ病を発症したのではないかと思いました。
しかしTさん曰くSさんは仕事で一切悩んでいなかったそうです。それどころか、成績は普通でしたが社内での人間関係が良く、楽しそうに働いていたようです。パワハラやセクハラも無いとのことでした。
「じゃあなんで、Sさんは自殺をしたんですか?」
「私もわからないけど、幻聴が関係しているっぽいんだ。今井さん心当たりあるんじゃない?」
私はすぐにハッとしました。あの日、押入れから聞こえた不気味な声。あんなもの聞き続けていたら精神が病んでしまってもおかしくないです。
「昔私もsから聞いたよ。幽霊がいるかもしれないって」
それから私はインターンシップでsさんの部屋に泊まった出来事を話しました。最初はウンウンと話を聞いていたtさんでしたが、途中で手を挙げて私の話を静止しました。
「『殺して下さい』だって?確かにそんな声がしたの?」
「はい、間違い無いです」
tさんは青白い顔をさらに暗くさせました。
「今のsも会うたびに『殺して下さい』って言うんだ」
私はいても立ってもいられなくなりました。たった2日間だけの付き合いでしたが、どうしても彼女のあの笑顔を取り戻したいのです。
「sさんに会わせて下さい」
「ダメだよ。もう以前のsじゃないし、君に何をするかわからない」
「sさんが私に暴力でも振るうんですか?」
tさんは首を横に振ると、バッグから一枚のメモと録音機を取り出した。メモには私の住所が書いてある。
「sの部屋で見つけたものだ。君はインターンシップに応募する時、個人情報を入力しただろう?sはそのデータを勝手に持ち出していたんだ。持ち出したデータが君の住所だ」
今の世は個人情報に厳しいです。個人情報を故意に流出させたのですから立派な犯罪になります。sさんは自殺未遂で入院後、懲戒解雇されたようです。
「なんで私の住所を?」
「君の住所を書きかけた封筒の中に、この録音機があった。これを君へ郵送したかったんだろう」
「録音機の内容は?」
「sが録音をミスったのか、物音しか聞こえないんだよ。何かモノを思い切り叩いたというか蹴り飛ばしたというか、そんな音だ」
私はその録音機の音声を絶対に聞いてはいけないと確信しました。
後日tさんが録音機の音声を解析してくれました。モノを叩いたような音の正体は、sさんの部屋にあった小さな木製の椅子を蹴り飛ばした音です。その後、僅かに小さな音も聞こえたそうです。何かを吊るしたようなヒモの軋む音、とのことでした。
今はもう、tさんともsさんとも会っていません。連絡先も削除しました。もう今後一切関わる事は無いと思います。
あの声の目的もsさんの目的も一切わかりませんでした。でも、私はそれを解決しようとは思いません。考えてはいけない気がするのです。
それでも2つ疑問があるとすれば。
sさんはなぜ自殺をする前に私へ封筒を郵送しなかったのでしょうか。
録音機は誰が録音したのでしょうか。
せめて記録だけでもと思いここに記述させて頂きました。
この文章を読んで気分を害した方、なぜか不安を感じてしまった方もいるかもしれません。ですが最初に言った通り、これを読んだからといって怪奇現象に見舞われるような事はありません。
身の周りの人が死ぬと、とてつもない虚無感と悲しさに襲われます。あまり話した事が無い人でも、不思議とそうなるものです。そんな時ふと「死」へ興味が湧きます。「死んだらどなるんだろう」「彼の後を追って死んでしまおうか」など。
私が思うに悪霊とは、「他人の死が原因で己の死を望んでしまう」事だと思うのです。人の死がさらに人の死を誘ってしまうんです。
私はまだ高校生です。身近な人の死を経験していません。
家族や友人がもしも命を絶ってしまったら。私は耐えられるのでしょうか。
私は趣味でガールズバンドを組んでいます。みんなと一緒にベースを弾く毎日がとても楽しいです。学校でも休みの日でも、私には話したり遊んだりできる友達が沢山います。誰も失いたくありません。
だから時々怖くなるのです。