―――やばいやばいやばいやばい!
学園の制服を着た少女は、周囲に誰もいないことを確認してから一人頭をかきむしった。
「このままだと、
時折吹く風はハーフアップにされた黒く艶やかな髪を遊ばせる。
周囲にちらりちらりと花びらが降り積もるが、今は意識の端にも上らず。
少女は、角度によって赤くも見える紅茶色の瞳の表面を涙でジワリと濡らし、そして叫んだ。
「破滅しちゃうの!?!?!?!?!?」
奇しくも10年前、今は見知らぬライバルが似たような叫びを上げていたことを、彼女は知る由もなかった。
ロゼ・クオーツは迷っていた。端的に言って迷子だった。
休憩時間にはまだ余裕があるとはいえ、どこからともなく流れてきた桜の花びらに誘われるように、大きな学園の内部を探索に出てしまい、今に至る。
今日からロゼが通うことになる、ここ王立魔道学園は国内の魔法使いの育成をほぼほぼ一手に担った大型の学校である。もちろん土地もとてつもなく広い。正直無謀だったとは思う。反省している。ゆえに迷子だった。
結んだ髪と赤いリボンをひらひらさせつつあっちへふらふらこっちへふらふら、どうにかこうにか開けた場所に出た。そして、
花びらの雨の中に立つ少女に、脳裏に何かがよぎるがそれはロゼが掴み取る前に消え去ってしまったのだった。
「あら、こんにちは。この場をご利用なさるかしら?」
そこにいたのは美しい金髪を風にそよがせた1人の少女だった。輝く海のような瞳にがこちらに向く。
彼女の着る制服は同学年のものであるのに、その静かな瞳がロゼにはとても大人びて見えた。
見とれてしまった意識を早々に引き戻し、返答する。元々桜の花びらを追いかけてきたのだ。
「こんにちは。いえ、大丈夫です。お気遣いありがとうございます。風に流れてきた桃色の花びらが気になって、見に来ちゃいました」
「そう。わたくしもこの木を見に、少々抜けて参りましたの。」
目の前の少女は桜の木を振り返る。振り向きざまに、その白銀に蜂蜜をひとさじ垂らしたかの様な髪と、髪に映える深い赤色のリボンが翻るのがとても綺麗だと思った。
「すごく大きな桜の木ですね」
ロゼもまた、少女に並んで桜を見る。この辺りではあまり見かけない珍しい種類の木だ。
樹齢何年なのか想像も付かないほどに大きい。加えて満開に咲く花が木をさらに大きく見せていた。
「この木には伝説があるという話ですのよ。何年も何年も学園の生徒たちに語り継がれてきた伝説が」
「伝説……」
「貴女もどこかで聞くことがあると思いますわ。では、わたくしは先に失礼しますわね」
振り返りかけた少女の肩に、桜の花びらに紛れて蝶が留まっているのに気がつく。
「あっ肩に、ゴミが。少し失礼しますね」
飛び立ってしまわないようにそっと近づき、手の内に止まらせて離れた。
一瞬目を見張らせた少女がふっと微笑む。
「あら、ありがとう。またどこかで、ごきげんよう」
高貴そうな少女が蜂蜜の髪を靡かせて去っていった後、そっと手の中の蝶を逃がした。
「ごめんね。虫が苦手な子も多いから、一応、ね……」
ロゼの脳裏には一匹の蝶相手に涙目になる兄の姿が浮かんでいた。
しばらく蝶を見守った後、桜の木にもっと近づいてみることにした。
ロゼが両手を伸ばした程度ではとても届かないような太い幹に手が触れたとたん、強い風が吹き視界の全てが桜に染まった。
そして、冒頭に戻る―――。
しばらく蹲った少女、ロゼ・クオーツは勢いよく立ち上がると自分の頬を両手で叩いて気合を入れた。
「やったろうじゃないですか!
器用に小声で叫んだあと、今一度周囲を見回す。
「……で、ここはどこ…………」
辺りに人気はなく、少女の背後を風が駆け抜けていくのみだった。
どうにか来た道を戻ろうと周囲を見回しながら歩いていた。ふと何かに躓き、体が前のめりになる。
一瞬手を突くかそのまま足を前に出すか迷っていたところ、ふらついたロゼの肩が引っ張られ、前に向かっていた重心が今度は後ろに傾く。
とん、と背中と後頭部が何かに触れた。
「大丈夫?」
「えっ」
「あっ……」
やさしげな声に、振り返ろうと動いた拍子にどさどさと音が聞こえる。すぐに振り返ると何冊もの本とファイルが散らばっていた。
「すみません、落とさせてしまったようで……」
エフェクトが見える。この、キラキラしたエフェクトは……攻略対象者の証!そして、金髪碧眼のイケメンと言えば。
ロゼの顔がスーっと青くなった。
「もももしかして王子様であらせられますか!?たいへんなしつれいをっ!どう謝罪を申し上げて良いでありますればばばば……!?」
「落ち着いて。今の僕はただの君の同級生だよ。だから、はじめまして、クリストファー・
「あっ!はい!はじめまして、1年A組のロゼ・クオーツです。さっきは助けていただいてありがとうございました!」
自己紹介を返し、ぺこりとお辞儀をした。
サッとしゃがんで本を拾い集める。どうやら転びそうになっているところを見られたようで、少し恥ずかしい。
「きょろきょろしてたけど、もしかして迷子だった?」
そして迷子だったこともバレていた。とても恥ずかしい。
「お恥ずかしながら、そうなんです。桜の木を見に行こうとしたら、1年生の教室棟がどこだか分からなくなってしまって……」
「ふふ、ここすごく広いからね」
拾った本を軽く払ってから差し出す。
「もし良ければ、いくらかお持ちましょうか?そうしたら『今度』はわたしの方に放り出したらいいですよ。絶対に落としませんから!」
そういってむんっとガッツポーズをして見せると、王子はまるで耐え切れないという風に笑った。
「ふふふっ……そんなに何回も助けることにならないよ……しかも君は迷子で、僕がどこに向かうか知らないのに……っ……」
何がツボにはまったのかロゼにはさっぱり分からなかったが半分くらいお腹を抱えてまで笑っている王子からは星が散り、とても楽しそうなので良しとした。
ロゼにだけ見える、王子の周りに踊る星々がそれを教えてくれていた。
あの後キラキラを背負った二人組が慌てた様子で王子の後を追いかけてきて、荷物持ちからお役御免になった。
丁寧に教えてもらった道をたどり無事教室にたどり着き、クラスは今自己紹介の時間である。
耳だけ傾けつつも、ロゼはまったく違うことを考えていた。
「……です。よろしくお願いします」
桜がきっかけか、何故か知ることになった謎の情報に、良く分からないエフェクト付きの視界。
それによるとどうやらこの先3年間のうちに攻略対象を落とせなければ
いや理不尽!とロゼの眉間にしわが寄った。これが自室なら地団太を踏んでいたかもしれない。
「次、……」
まず攻略対象者はさっきのキラキラがそうらしい。このクラスにもいる。というか王子もいる。
王子を背負った二人は宰相の息子と騎士団長の息子であるということだった。幼馴染なんだよと笑う王子がよぎるが今はそこではない。
このキラキラとまぶしい人たちと仲良くなり、好感度を上げていく必要がある。
「…………ツ」
正直その程度で10年を共にした時間をどうこうできるとは思えないが、どうにかなると信じてやっていくしかない。
好感度が上がるときには星のエフェクトが、相手がこちらに好意を持ってくれるにつれてそれが増えるようだ。
「……ゼ、……ツ」
色々考えた結果、対象者たちには失礼なことかもしれないが、これも破滅を防ぐためだ犠牲になってもらおうと若干クズな方向に開き直った結論を出したところで。
「ロゼ・クオーツ!体調でも悪いのですか?」
「はい、すみません!大丈夫です!ロゼ・クオーツと申します、よろしくお願いします。」
考え込みすぎて周囲が疎かになっていたロゼは自分の名前を認識した瞬間立ち上がり、一礼をして、座った。前後の席の子にくすくすと笑われる。
今日は笑われてばっかりだなと火照った頬を冷やすことになるのであった。
なんか勝手に前の席の子の好感度上がったから良いんだ良いんだ!
おもしれー女、ってやつなのかもしれない