遠い過去には魔王が存在し、聖女によって封印された。それがいつか復活するという伝承に基づき、この国では全ての国民にある程度の戦闘能力を持つことを推奨している。それより魔道学園、騎士学校共に物理と魔法両面からの戦闘技術を学ぶ授業が存在する。
実のところ、魔王には復活の兆しもなく数千年が過ぎ、国と国との戦争もないこの世界では戦闘能力を示すことは自分の有用性を、価値を示す手段となっている。
となればそれを発表する場もまた存在した。赤と白の組み分けをしてトーナメント形式で勝ち上がっていく
その組み分けが発表された時、ロゼは呆然とした。
赤組には絶対に同じ組になるはずの無かった『ヒロイン』と『悪役令嬢』の名前が共にあり、攻略対象者
そして他の群集に紛れ見つけられるはずの無い、ロゼと同じ表情をしているマリエールと目が合った。
「正規の道筋を辿らないのであれば、破滅から逃れるために、自分の有用性を示す必要があります」
何かを考えている様子のマリエールが言った。ありえないと思い込んでいた事態にロゼとしても未だ混乱は収まってはいない。
だが、その言葉にロゼはマリエールの意思を悟った。
「やっぱり、マリエールさんも同じ……なんですね」
「そう、わたくしは負けられないことを知っていますわ。貴女が負けられないことも」
団体としてのこのイベントでの負けがそのまま破滅に繋がることはない。好感度が直接下がることもない。でもそこにどんな因果が繋がるかは分からない。混乱はすれど、ロゼの意思は変わらない。破滅はしない。マリエールにもさせない。となれば。
すでに起こったことを考え込んでも仕方がない。ロゼは握ったこぶしをマリエールへと突き出す。
「じゃあ、今回は共同戦線、です!」
「今回だけ、ですわ!」
マリエールはそのこぶしをぺちりと叩いたのであった。
武闘大会といえど、魔道学園であるということもあり、魔法の使用には一切の制限がない。個人の素質の問題として物理と魔法どちらかに偏っていても、それもまた個性として認められている。空を飛ぶ純魔法使いから全身に電気を宿した状態での無手格闘で挑むものまでさまざまであった。
ロゼとマリエールはといえば。
「勝者!赤組 ロゼ・クオーツ!」
ロゼはふ、と息をついた。普段とは違い一つ結びにされた髪の青色のリボンがちらりと揺れる。
同時に隣の演習場で対戦していたマリエールの方も決着が付いたようだ。
ワッと歓声が沸く。二人は対戦相手の首筋に当てていた剣を下ろし、一礼した。
マリエールは、魔法万能型とも言える高い魔法力を有しており、その繊細で複雑な魔力操作により本来ユニーク魔法にしか存在しないような魔法まで人工的に再現してしまうほどであった。固有魔法においても氷の魔法を自在に操ることから、氷の魔女と呼ばれることもある。
対戦においてはその固有魔法の氷の魔法を目くらましとして、時に足止めとして、相手にレイピアを突きつける、実に優雅な戦闘を展開していた。
剣はたしなみ程度ですわって言ってたけど絶対に嘘だとロゼは思う。
一方ロゼは光の属性魔法への高い適性からくる治癒魔法に普通程度に使えるその他の属性魔法、花が出せるだけの固有魔法、その一切を投げ捨て剣と身体能力のみで勝ち進んでいた。
その方が速いので。勝てれば脳筋でもいいんですよ!
ロゼはマリエールに向かって念を飛ばした。鼻で笑われたような気がしたので!
半分くらいの試合が終了した。赤組と白組はそれぞれ別の演習場に別れて、作戦会議をかねた昼食の時間となる。
現時点での点数はあちらの方が上。ほんのり諦めのような、そんな空気が漂っているようだった。
なによりやはり相手にはこの国の王子がいることへの遠慮のようなものがあるように見えた。
「わたし、1年生のロゼ・クオーツと言います!少し皆さんのお時間いただいてよろしいでしょうか!」
このままでは士気は下がる一方でグダついたまま負けてしまうのが目に見えている。
段々と意見も少なくなってきたのを見て取り、ロゼは立ち上がった。
「あの!やっぱり王子とは戦いづらいですか?王子のいるチームだと遠慮しちゃいますか?」
見渡す顔には全員ではないもののやはりやる気の低さのような諦めのようなものが見て取れる。それはそうだろう。いくら大きな怪我をしないように保護魔法がかかっていたとしても、もしも傷つけたら?不興を買ったら?学園内では極力身分を問わないのが不文律とはいえ、相手はこの国の皇太子なのだから。
「クリストファー王子、結構今回の大会見るのも出るのも楽しみにしてたので普通に戦ったほうが喜ばれますよ!」
ひとまず、友人の要望を伝えることにした。
「あと、わたしは今回の闘技大会、絶対に勝ちたいと思っています」
ついでに自分の要望も。
「一人じゃちょっと無理なので全然知らない方々にわがままを言って申し訳ないのですが、ご協力お願いしたいです!」
わがままを承知でいっそお願いしてみることにした。顔も初めて合わせた先輩に。声を聞いたこともない同級生に。
ロゼに思いつくのなんてこのくらいしかない。
「なので、もしそれでもやっぱりって思うなら、その気まずさを全部わたしのせいにしたら良いです。わたしがお願いしたからって言って良いです!わたし王子の友達なので!大丈夫ですあとでちゃんとごめんねって言っておくので!お願いします!」
自分のせいにしておけなんてすごく傲慢なことを言ってるなと思いつつも、ロゼは頭を下げた。
1人でも2人でも開き直ってくれたら、心が軽くなれば、それはチームとしての勝利に一歩近づくことであると信じて。
あと叫んでるうちにわけがわからなくなって若干ノリで叫んでいる部分もあった。
「そんなこと言って、来年の大会では敵対したらどうするんですの?」
「そのときは、全力で戦って勝ちます!ごめんなさい!」
誰かがかけてくれた声に答えると、今度はクラスメイトが軽口を挟んだり笑ったりしてくれた。場がざわめきだす。
ロゼにはほんの少し、空気を変えることが出来たような気がした。
決勝戦はチームの中から1人、大将として選出して行われる。
だが、大将として決まっていた先輩が決勝戦前に負傷。現在の勝利数は拮抗していて、決勝戦で全てが決まる、そんな状況だった。
「ロゼさん、ちょっとこちらへ」
マリエールに呼ばれ目の前まで近づくとくるりと後ろを向かされた。
「王も観戦されている今日の戦いはお互い絶対に負けられませんわ。チームとしても、個人としても」
後ろでまとめて一つにくくっていた髪の毛がぱらりと解かれて、白い指で梳かされる。
「もちろんクリス様にだって、わたくしたちは負けるわけにはいきません。だから―――、」
髪が持ち上げられキュ、と布のすれる音がした。
「今回だけは、この決勝戦だけは、貴女に託しますわ。これは赤組の皆の総意です。絶対に勝ってきて」
振り向くとマリエールは勝気な表情で笑っていた。きっとロゼもまた、同じ表情をしている。
ロゼは自分がこの赤組の中で一番強いとは思わない。先輩方を差し置いてとも思う。すごく重たい期待だ。それでも、託してくれたならば。
「もちろんです!」
次の瞬間同じ赤組として闘ったクラスメイトを筆頭に歓声が上がり、驚いたロゼは飛び上がった。
ロゼは決勝の場に1人立っていた。赤組全体に、マリエールに託された負けることの出来ない戦いとなる。
向かい側に立つのは騎士団長の息子。あちらも負けるわけにはいかないのだろう。王子からの信頼を背負っているのだろう。こちらまで気迫が伝わってくる。
風が吹き、ロゼの頭で赤いリボンが揺れた。
凪いだと同時に二人がその場から消える。金属同士がぶつかる甲高い音が響いた。
数度剣を交えた後戦況は膠着状態となった。攻撃を受け流すことは出来ているが相手を攻めきれない。速さではロゼが勝っているが、力は体格で勝っているあちらの方が上。組み合ったら押し負ける。ロゼの脳裏に氷の結晶が過ぎった。
花弁が視界を覆う。そして、
「勝者!赤組 ロゼ・クオーツ!」
今までで一番大きな歓声が上がる。
「マリエールさん!」
馬車に乗り込もうとしていたマリエールをギリギリ呼び止めることができた。
全部終わって髪を解いて、初めてリボンが変わっていることに気がつき、慌てて走ってきたのだ。
「この、リボン……」
ロゼが言いかけると、マリエールはふっと微笑んでそのまま馬車に足をかける。
「差し上げますわ。わたくしに赤は似合いませんもの」
すごく上等な布で出来たリボンだ。こんな、こんなの……もらえるわけがない。
「でも……!」
「その代わり!こちらはいただいておきますわね」
かぶせるように声をあげたマリエールはロゼのリボンをツイと持ち上げた。そしてそのまま行ってしまったのだった。
ロゼは胸に赤いリボンをぎゅっと押し付けて、こぼれ出るままに笑った。
ちなみに 運動会イベントは好感度が一番高い攻略対象者と確実に同じチームとなり、他はランダム選出になる はずでした