朝、いつもどおり校門で出会った二人は自然と並んで歩き出す。こうして連れ立って教室へ向かう行為も日常の中に取り込まれて早数ヶ月。
空は晴れ渡って透き通った色をしているが時折吹く風は冷たくなってきた。
「今日はちょっと寒いですね」
「そうですわね、体調を崩さないよう気をつけないといけませんわ」
「お互い気をつけましょうね!それで……えっと……」
顔を合わせた瞬間からなにやらロゼがそわそわしている。マリエールの方に視線を寄越しては空中をさ迷わせてまたこちらを見ていた。
「なにかわたくしにおかしなところがありまして?」
「おかしくなんてないです!今日も完全無欠に麗しく華麗な立ち姿です!」
「当然ですわ」
「……その、あの、そのタイ、わたしの……」
ロゼが不自然にチラチラと見るのは、マリエールの胸元を飾る赤い細身のリボンタイだ。つい先日までロゼの髪を飾っていたような。
「似合いませんこと?」
マリエールはしれっと答えた。この新しいリボンタイはお気に入りなのだ。いくら見てくれても構わない。ロゼは寒さからか少々頬が赤くなっているようだった。
ロゼは口元をしばらくむにゃむにゃとさせていたが、思い切ったように言った。
「とても似合ってます。でも、わたしだってマリエールさんのリボン選びたいんです!今度はわたしから、プレゼントさせてもらってもいいですか?」
「、あなたがわたくしにふさわしいと思うものをえらんでくださるのなら喜んで受け取りますわ。……ではここで、ごきげんよう」
「はい、ではまた」
クラスの違うロゼと別れ、マリエールは自分の教室へと進む。その頬が普段よりも熱いことを誰にも気づかれないことを祈りながら。
そしてロゼもまた、机に突っ伏して耳元まで真っ赤にしていることを、二人は知ることはなかった。
楽しそうに去っていく攻略対象の後ろ姿を見送っているロゼにマリエールは声をかけた。
「仲が良いですわね」
「はい、でも。わたしのこれは
ロゼは自嘲したように笑う。世界からある意味愛されている故のその能力を彼女は厭っているのだろう。補正などなくても彼女は十分に愛されうる存在だ。そして、
しかしその愛の真偽を語るべきは自分ではないので、マリエールは何も言わない。
突然、ロゼが振り返って言った。
「そうだマリエールさん!次のお休みに一緒にお出かけしませんか!」
「こんにちは、ロゼさん。ごめんなさい、お待たせしまして?」
「おはようございます!今来たところですよ!」
二人は顔を見合わせて笑った。
予定よりもかなり早い時間だったが、これは念のため早く来ただけのことで、きっとロゼもそうで、楽しみにはしていたが休みまでの間にそわそわしてしまったなんていうことはなかった。マリエールとしては、そんなことは一切なかったのである。
今日、マリエールはどこへ行くのか知らなかった。
ロゼは悪戯げな笑みを浮かべる。
「それで、どこへ案内してくれるのかしら」
「リボンを選ばせてください。約束でしたよね」
ロゼに連れられてきたのは街道の端にある布地を扱う店のようだった。初めて入った店だったので物珍しく、色んなものを見せてもらう。
しばらく店内を見て周り、同じ位置でじっと悩んでいる様子のロゼに声をかけると、なにやら一人納得したように頷いた。
「ちょっと失礼します」
「えっあの……ロゼさん?」
するりとマリエールの頬に手を滑らせたロゼは、目の前まで顔を近づけてそのまま見入ってしまったようだった。嫌ではないが人の往来があるところでのこの状態はさすがに少し、恥ずかしい。
「マリエールさんの瞳はデルフィニウムの花びらのようですね」
「ちょ、ロゼさん!」
「金色の睫毛が光を透過したらとたんにそれは黄金に輝く麦の穂の海に」
「ちょっと……」
しかも言葉に出されるのは口説かれているのかと思うくらいに、綺麗なものに例えられたそれだった。普段どれだけ美辞麗句を並べ立てられようが澄ました表情で流せるマリエールも、ロゼのその真剣な表情の前にはそうもいかない。しかし目を背けるわけにもいかず。
「それでいて影の部分は透き通ったとても深い海の底のような、小さな輝きを宿す宝石のような。暁に星が輝いているみたいにも見えます」
「…………」
照れが限界に達したマリエールはいっそ自分もロゼの瞳を観察することにした。
興味があるものを見つけるととたんに輝きを増すその紅茶の瞳は、感情を乗せている時が何よりも美しい。光を浴びるとまるで炎のような赤みを見せる。今は透明度の高いルビーのような瞳は一身にこちらを見つめていた。透き通った上質の紅茶のような、琥珀よりもとろりと甘そうなその色合い。
何かが反射して青く映り込む部分はそれこそ暁の、朝焼けのような……と、そこでマリエールは気がついてしまった。このロゼの瞳に映り込んでいる青い物は、マリエールの瞳であることを。体温が上がり、思わず目を見開く。
「光に当たれば淡い輝きを放って、夏の空のような澄み渡る空色に……」
「もう良いのではなくて!?」
「………………」
がばりと引き剥がしたロゼはそのまま何事かを考え込んでいる。
「ロゼさん?」
「決めました!やっぱりこっちにします!」
そして満面の笑みで一つのリボンを差し出したのだった。
目当ての物を買い求めた後、にぎやかな街並みを離れて静かな公園へとやってきた。色づく葉が落ちて積もる中を二人で歩く。
落ち葉降りしきる中、ロゼは小さな箱に白い花を添えて差し出した。
「ありがとう、大切にさせていただきますわ。この小さなお花も」
「イチゴですよ。春になったら一緒にイチゴ狩りに行きましょうというお誘いも込めて!」
「楽しみにしていますわ。……ではわたくしからは、これですわね。貴女と見た今この時の思い出を」
マリエールは目の前にひらりと落ちてきた手のひら型をした小さな赤い葉を、そっと差し出した。
お金がかかった何よりも、今この瞬間一番美しいものを。少なくともマリエールはそれを一番美しいと思ったし、ロゼは顔を輝かせて受け取った。
「ありがとうございます。また来ましょうね!それに絶対絶対イチゴ狩り行きましょうね!妹さんも!」
「妹も喜びますわ。貴女がわたくしと出かける度に妹にお菓子を贈るせいで、会ったことも無いのに貴女のことを姉のように慕っていましてよ」
「マリエールさんとの時間をいただくんですから、賄賂の一つくらい当然ですね!」
マリエールは胸を張るロゼに呆れつつも笑みをこぼした。その理論で行くと、いつか妹が虫歯になってしまう。
「開けても良いかしら」
「どうぞ!」
小さな箱に収まっていたのは2本のリボンだった。
「良いですの?2つもいただいてしまって」
「もちろんですよ!マリエールさんにいただいたリボンより、どうしても質は劣ってしまうんですけど、ばっちりしっかり選びました!」
ちょっと一つには絞れなかったんですけど、とロゼは照れたように笑った。
取り出した一つ目のリボンを目の前まで持ち上げた。光沢のある柔らかな生地の深い青色がところどころ光を浴びて輝きを増している。
「これは……違う種類の糸が織り込んであるのね。とても美しい輝きですわ……」
少し違う色合いの糸を織り込むことで複雑な色味を出した美しいリボンだった。確かに使っている糸や職人の値段で言えばマリエールの用意したものの方が高価なのだろう。だがそのリボンをマリエールは一目で気に入ってしまった。その時点で何よりも価値のあるものだ。
「こっちは……」
そのリボンは、青色から赤みのある色へと変わってゆくグラデーションカラーだった。
まるでさっき見えた美しい朝焼けのような。
赤に映り込んだ青が朝焼けに見えるなら、青に映り込む赤もまた。
そんなシリアスなシーンでデートのお誘いをぶちこむんじゃない