好いている少女の死を目の前で何度も見続ければこうなってしまうのも仕方ない。
しかし、それを同じく何度も見続けた黒フードはそれに冷めた視線を向けていた。
黒フードは知っている。この後にこの少年が起こす行動を。
少女に予定調和の様に迫るトラックを少年は見ることもなく、轢かれる筈だった少女の手を引き、そのまま自分と少女を入れ替える様にして少年が道路に飛び出した。
それに少女は目を見開いたが、少年はそれすら目に入らないのか、空に向けて一言、「ザマァみろ」とだけ呟くと、トラックに轢かれ……姿を消した。
その場に残った少女は泣き始める。泣き叫び始める。
しかし黒フードはそこまで見ると静かに黒しかない世界へと戻る。
昨日と今日の間で会った、あの特徴的な赤いジャージの青年を思い出しながらーーー。
シンタローとリュウは銃を所持する集団の一人に脅されながら両手を体の前に縛られ、他 抵抗出来ない状態で同じように捕まっている集団の中に座らされた。
そして、少しすると腕時計を見ていた男が無精髭を生やした男に時間を告げる。
「13時、時間です」
「よし」
男はそれを聞き、男が渡してきた携帯を使い、外に放送を流し始めた。
『あー、テステス。お、聞こえてるな』
(ふざけてんのか彼奴っ!)
シンタローは内心で怒りをあらわにするが、男の声は携帯からスピーカーで流れ続ける。
『えー、警察の諸君、お務めご苦労。一度しか言わないのでよく聞くように。簡潔に言うと要求は一つ。今から30分以内に10億円を用意しろ!』
それを聞いていた全員は、その要求が叶うはずがないと考えた。
当たり前である。たった30分で10億円など、例え用意が出来ようと、その頃には全員の命は散ってしまっているだろう。
『受け渡しは30分後。この棟の最上階で行う。此方からはもう既に受け取りを待機させてるんでヘリから落としてくれ。偽札だの発信機だの、そこらへんは無駄だからやめるように。……あとまぁ、分かってるとは思うが、準備が出来ないだの人質解放が優先だの言った場合ーーー』
ここまできて仕舞えば、誰でも分かる。
その先の言葉が。
『ーーーここにいる奴らは全員、殺す』
(なっ!?そんな要求通る訳がないだろ……!!)
シンタローは焦り始め、いつもの頭の回転の良さが使えなくなってしまっている。
しかし、そのシンタローを落ち着かせるものが三人。
『ご主人、大丈夫ですよ!気を確かに!』
一人目はエネ。
「シンタロー、落ち着け。……俺たちは此処ではまだ死なない」
二人目はリュウ。
そして、三人目は後ろからシンタローの背中に手を付け、優しく語りかける。
「貴方、落ち着いて……大丈夫、きっと助かる。まずは落ち着く事が大事おす」
その少女の声は、とても優しく、確かに心を落ち着かせてくれる力があった。
(エネやリュウは兎も角、他人なのに……)
シンタローはそんなことを冷静に考える事が出来るようになった事を自覚すると、まずは思考を始めた。
(奴らの人数はこのフロアに9人程。それに受け取り役が一人、他にもう一人、操作している奴がいる)
ー何が最先端なコンピュータで安全が保たれてるだ……瓦解しまくってるじゃねーか!ー
この立て篭り班達は、最先端のコンピュータを逆手に取るほどの実力ある集団であると少しは理解したシンタロー。
(せめてシャッターが開いてくれれば……ん?)
そこでシンタローはある事を思いつく。
……しかし、それを実行するには、まずは色々と必要な手立てがある。
(まず、最初はこの手の拘束を解かねーと……いや、それ以上に、何かきっかけがあれば……!)
と、その時、リーダー格らしき無精髭の男がいきなり頭を押さえ、痛みを訴えた。
「っ!おいテメェ!誰の頭殴ってんだよ!!オイ!!」
「え、ちょ……私じゃありま……うぐっ!!」
その光景は余りにもおかしなものである。
何故なら、誰も、無精髭の男を殴ってなどいないのだから。
その光景にポカーンとなるシンタロー。
「くくっ」
そんなシンタローを現実に戻したのは、普通は笑える状況であるはずもないのに、笑う男の存在である。
「……え?」
その男は黒いフードを被った茶髪猫目の男で、しかし同じように捕まっている。
それなのにも関わらず、余裕があるのか笑ったのだ。
その男はしかし、シンタローとリュウの視線に気付き、謝罪をする。
「いや、ごめんごめん。あんまりおかしかったもんだからつい……ね」
「おかしいって、何が……」
「え?まあ、色々とね……それよりも君」
そこで猫目の男はシンタローの目を見ながら言う。
「さっきから、随分と面白い『目』をしてるね」
「……へ?」
「何かしてやろうかな〜、でもチャンスがないな〜……みたいな感じの」
「な、なんでそんな事を……」
「いや、まあなんとなくなんだけど」
その一言に、シンタローの後ろにいた黒髪の男と金髪の少女が呆れたように嘆息した。
「でも、実際はどうなの?」
「えっ?」
「秘策あり、って感じ?」
猫目の男の問いに、シンタローは筒抜けであると分かると、答えた。
「……30秒。この手が自由になって30秒あれば、確実に、こいつらの目を丸くしてやれる!」
「へ〜?そりゃ凄い。まあ、嘘って感じはしないなぁ」
「そうだな……反応もないしな」
猫目とシンタローが会話をしている所に、金髪の釣り目の少女が割り込むようにして呟いた。
「おや?君も嘘が分かるの?」
「……ああ」
「へ〜?面白い『目』を持ってるね……あ、所で、勝率は何パーセント?」
と、此処で猫目が本題に戻した。
シンタローもまた、それに乗る。
「悔しいけど……100%」
「「……」」
猫目と少女がその一言に目を丸くする。
「プッ」
しかし、すぐに猫目の方が噴き出し笑いをした。
「別に信じなくてもいいよ……まあ、これ解けないだろうし、キッカケもないし……」
「いやいや、ごめんごめん」
猫目は目に涙を浮かべながら続ける。
「本当に確信してる感じだったからさ。君の言うことは信じてるよ」
「……」
その一言にシンタローもリュウも信じられないような視線を猫目少年に向けた。
「キッカケかぁ……そうだなぁ」
しかし、猫目少年はそれに気付かないのか、はたまたそれが演技なのか、考える素振りを少ししてから、
「多分だけど……彼奴またアナウンス流すと思うんだ」
「……お前は何を言ってるんだ?」
流石にリュウが問い掛けるが、しかし質問の答えは返ってこず、勿論、リュウ自身も返ってくる事を期待していたわけでもないので、話の続きを聞く。
「まあ、その時に『確実に』隙が出来るから、あとは君に任せるよ」
「はぁ?どういう意味だよ。そもそもまずコレが取れねぇって……」
そこまで話していると、無精髭の男が怒鳴りだし、仲間の男にもう一回話すため、スピーカーから鳴らすように言った。
それにシンタローは驚いた表情を見せるが、無精髭の動きは止まらない。
『あー……聞こえてるな?金を準備する時間を10分短縮する。よって、残りあと10分だ』
シンタローはその一言にそれはもう驚いた表情を見せた。
『間に合わねぇと言おうもんなら、先ずこいつらの半分を殺す。いいな?』
その言葉に今度は絶望の顔を見せるが、しかしまだ無精髭の話は終わらない。
『それと、今の内に言っておくが……金の受け渡しのあと、俺たちはヘリでここから去る。追跡などは止めたほうがいい。落とせば相当な規模で街が消し飛ぶだろう爆弾を積んである。少しでも追跡だのの気配があれば、その瞬間にそれを街に落とす』
無精髭の言葉に、流石に他のお客達も動揺の色を出した。
しかし、シンタローは逆に怒りが先に来ていた。
(俺の家だって余裕で射程圏内だ……いや、俺の家だけじゃない。『アカネ』や『メグ』の家も……)
そこまで考え、さらに怒りが増幅しだしたシンタロー。
「くっそ、マジでいい加減に……」
「大丈夫」
その言葉に、流石にシンタローは切れてしまった。
「そんなのんびりしてる場合かよ!!俺の家族や友人が死ぬかもしれないんだぞ!?」
シンタローは思わず立ち上がり、大声で叫ぶ。
しかし、それは逆に悪目立ちしてしまった。
「あらら……」
「テメェはなんなんだよ。ウルセェな……」
(ヤバイ!?)
ここまで来ると危険を感じ、恐怖が戻ってきたのか、シンタローの体は震え始めた。
無精髭の男はそれを見ると、シンタローの髪を引っ張り、自身の顔が見えるようにした。
「おいおい、震えてんじゃねえか……」
「!!」
「さっきの威勢はどうしたよ!?ああっ!!?」
「ひぃ!!」
「随分と貧弱そうだしよぉ……普段、外にも出てねえんじゃねえのか!?てめぇみたいな貧弱クズだったら、誰も死んでも困らねぇよな?……そうだろ!オイ!」
無精髭の男は賛同を得る為か、後ろの仲間に声を掛ける。
その声に仲間達は笑いー一人笑いながらも頷く男がいたがーーお客達も心配そうな声を上げる。
しかし、シンタローは、それを片耳でしか聞いていなかった。
「……よろ……」
「あぁ?何か言ったかよ。よく聞こえねぇなぁ?」
そこで、シンタローは……ついに切れた。
「お前みたいなクソ野郎こそ、一生牢屋に引き篭もってろよ!!」
それを猫目は聞き、笑みを浮かべる。
「やっぱ君、面白いよ……!最高!」
その瞬間、テレビ置き場にあったテレビが大きな音を立てて倒れた。
「おい!!何だこりゃ……」
「ガッ!」
「何で勝手に物が倒れるんだよ!!」
そのテレビの倒れ方は、自然と倒れるにしては不自然であり、それはまるでーーー目を『奪っている』様だった。
「くっ!!バカにしやがって!!オイ!そこに誰かいるのか!?」
無精髭の男は混乱しながらもしかししっかりとテレビが倒れた方に銃口を向ける。
しかし、それは無駄に終わる。
「おい、応えろ……!!」
男がそこまで言うと、その男の背にあった棚が倒れ始め、叫び声をあげながらも男は棚に潰されてしまった。
そして、その瞬間、シンタローはパソコン売り場を見つけた。
(よしっ!!あとはこの手が自由になれば!!)
そこまで考えると、その瞬間に手を縛る感触がなくなった。
それはリュウも同じであり、二人して見合わせる。
「ね?出来たでしょ、隙が」
そんな二人に声を掛けたのは猫目の少年。
「お前、いつの間に!」
「それじゃあ、よろしくね〜?期待してるよ〜」
猫目の少年はシンタローの質問に答えず去っていく。
シンタローもまた、其処でやるべき事を思い出し、直ぐに立ち上がり走り出した。
棚に埋もれた男さえ踏みつけ、目指すはパソコン売り場。
「なっ!?……おい、動くな!!」
「危ない!」
そんな声達さえ、今のシンタローには聞こえない。
シンタローは携帯のコードを取り出し、パソコンと接続した。
「頼んだぞーーーエネ!」
シンタローの一言に、エネは笑みを浮かべながら答える。
「終わったら、遊園地ですからね!!」
そのままエネは去っていく。
その去っていく姿を見て、シンタローは安堵した……その瞬間。
パンっ!という音とシャッターが開く音と共に、シンタローは腹部ら辺に痛みを感じた。
そして、シンタローは倒れ、目を瞑るその前に見えたのは、複数の人の姿だった。
***
『……起きて』
シンタローは目を覚ます。
その目を覚ました場所は、とても真っ暗な世界。
その世界に普通は動揺するものだが、しかしシンタローは冷静だった。
なぜなら、本人はそれが『夢』であると自覚しているからだ。
『……ようやく起きた』
「……俺は死んだのか」
『貴方はまだ死んでない。死なせないーーー貴方にもまだ、残ってもらわないといけないのだから』
シンタローは其処でこれが少女の声である事を漸く理解した。
そして、少女の言葉を理解しようとするが、少女は待たない。
『貴方は元の世界に戻れば、此処を忘れる……だから、余計な事を考えず、元の場所に戻って……そして、今度こそ死なないで。ーーー私が殺しに行くまでは』
その言葉を最後に、シンタローの意識は遠のいた。
***
シンタローが目を覚ますと、見知らぬ天井が見えた。
「……俺、なんか、夢を見てた気が……どんな夢だっけ?」
シンタローはそう呟き、思考に耽ろうとするが、しかしさっきからある腹部にかかる重みの正体を見てみた。
其処には、二人いた。
一人は水色の髪の少女。とても安らかに寝ていた。
もう一人は白髪の少女。こちらも同じ様に寝ていた。
「……やべ、起こしにくい」
シンタローがそう呟いたのとほぼ同時に白髪の少女が目を覚まし……。
「ひっ!!」
怯えられた。
「き、キドーーー!」
そして逃げられた。
「……何だったんだ?」
シンタローがまた呟くと、今度は複数人の足音が聞こえだし、その足音が部屋の前で止まると、扉が開いた。
「……漸く起きたか」
「……え?」
シンタローは其処で驚きの声を上げた。
なぜなら、見知らぬ少年少女の中に、あの猫目と涙目の妹、その妹が持つ自分の携帯、その中にいるエネ(遊園地に行こうと叫んでいるがシンタローはそれどころではない)、そして……。
「シンタロー!?大丈夫!?怪我してたのに、もう起きて平気なの!?」
「……アカネ?」
忘れるはずもない、友の一人である『雅 茜』が涙を流しながらそこにいた。